(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6044115
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】トナー用ワックス組成物
(51)【国際特許分類】
G03G 9/08 20060101AFI20161206BHJP
【FI】
G03G9/08 365
【請求項の数】1
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-116980(P2012-116980)
(22)【出願日】2012年5月22日
(65)【公開番号】特開2013-242490(P2013-242490A)
(43)【公開日】2013年12月5日
【審査請求日】2015年4月20日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004341
【氏名又は名称】日油株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124349
【弁理士】
【氏名又は名称】米田 圭啓
(72)【発明者】
【氏名】山田 宗宏
(72)【発明者】
【氏名】湯川 加代子
(72)【発明者】
【氏名】板子 典史
【審査官】
高松 大
(56)【参考文献】
【文献】
特開2011−133753(JP,A)
【文献】
国際公開第2006/064617(WO,A1)
【文献】
特開2002−082487(JP,A)
【文献】
特開2013−047702(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G03G 9/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
炭素数16〜24の脂肪族アルコールと炭素数16〜24の脂肪族カルボン酸とから形成された混合エステルからなるトナー用ワックス組成物であって、その混合エステルのうち、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸の炭素数がいずれも偶数であるエステルをエステルaとし、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸のうち少なくとも一方の炭素数が奇数であるエステルをエステルbとするとき、エステルbの平均炭素数が37〜45であり、エステルaとエステルbの質量比が99.5/0.5〜85/15であることを特徴とするトナー用ワックス組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複写機やプリンターなどの電子写真法や静電記録法等で形成される静電荷の現像に用いられるトナーに対して好適に添加されるトナー用ワックス組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、複写機やプリンター等の複写装置に求められる性能は高度化しており、装置上の改良に加え、それらの装置に使用されるトナーについても高い性能が要求される。例えば、環境意識の高まりから、消費電力を低減するために、低温定着に適応したトナーが求められている。更に、商業印刷分野では高速印刷に適応できるトナーが求められている。このようにトナーには多くのニーズがあり、これらの課題を同時に満たすトナーが求められている。
【0003】
低温定着を達成するためには、トナーが低温で機能する必要があるので、トナー用ワックスについても低温で融解するワックスが求められている。
特許文献1には、軟化点の低いパラフィンワックスなどを使用する方法が開示されている。しかし、このような軟化点の低い物質をトナーに使用すると、トナー輸送時や夏場の室内等で高温に保管する場合に、ワックスが溶融したり、ワックスが表面にブリードアウトすることによってトナーが凝集しやすくなり、トナーのブロッキングが発生することがある。
【0004】
近年、低温定着を達成する方法として、脂肪酸エステルワックスがトナー用ワックスとして使用される場合がある。
特許文献2には、特定の構造を有するカルボン酸エステルワックスを使用したトナーが、低温定着性や画質に優れることが記載されている。しかし、本エステルワックスを使用したトナーは、通常、トナーの凝集やブロッキングが発生しにくいが、バインダー樹脂の種類やトナーの製造方法等によっては、保存安定性が不十分な場合がある。
【0005】
特許文献3には、酸価および水酸基価の低い特定のエステルワックスが開示されている。本エステルワックスは、低温での融解物が殆どないので、本エステルワックスを使用したトナーは、高温での保存安定性に優れ、良好な低温定着性、高画質を達成することが記載されている。しかし、近年、低温定着性や高温での保存安定性に加え、特に商業印刷を中心として高速印刷に適応したトナーが求められている。
【0006】
特許文献4には、特定の結着樹脂とカルナウバワックス等の低融点ワックスとを併用したトナーが高速印刷時に優れた耐久性を示すことが記載されている。しかし、本ワックスは融点が高く、必ずしも低温定着に適応したワックスではない。
【0007】
低温定着時の高画質と高速印刷を両立させるためには、高速印刷の際の定着時にワックスがすばやく低温で融解し、ワックスとしての機能を発現するとともに、印刷後はすばやく固化して他の印刷物への固着を防止する必要があり、このような高速印刷および低温定着に適応したトナー用ワックス組成物が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2005−266753号公報
【特許文献2】特開平8−50368号公報
【特許文献3】特開2002−212142号公報
【特許文献4】特開2004−280085号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明の目的は、トナーに耐ブロッキング性と保存安定性とを付与することができ、かつ高速昇降温時の融点と凝固点の差が小さく、高速印刷および低温定着に適応したトナー用ワックス組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記の問題について鋭意検討を重ねた結果、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸の炭素数がいずれも偶数であるエステルと、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸のうち少なくとも一方の炭素数が奇数であるエステルとを特定の割合で含有する混合エステルが、昇降温速度が高速でも、すばやく融解および凝固することを見出した。そして、本混合エステルは、トナー用ワックス組成物として使用した場合に、トナーに対して耐ブロッキング性や保存安定性を付与するとともに、高速印刷時の定着工程ですばやく融解し、その機能を発現して、紙等の印刷媒体に印字された後すばやく固化する。したがって、本混合エステルをトナー用ワックス組成物として使用することによって、高速印刷においても高画質な画像を作成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明のトナー用ワックス組成物は、炭素数16〜24の脂肪族アルコールと炭素数16〜24の脂肪族カルボン酸とから形成された混合エステルからなるトナー用ワックス組成物であって、その混合エステルのうち、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸の炭素数がいずれも偶数であるエステルをエステルaとし、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸のうち少なくとも一方の炭素数が奇数であるエステルをエステルbとするとき、
エステルbの平均炭素数が37〜45であり、エステルaとエステルbの質量比が99.5/0.5〜85/15であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明のトナー用ワックス組成物は、昇降温速度が高速の場合にもすばやく融解、固化するので、高速印刷および低温定着に適応する。また本発明のトナー用ワックス組成物は、低温下では融解し難く、酸価および水酸基価が低い。したがって、本発明のワックス組成物を用いたトナーは、耐ブロッキング性と保存安定性を有し、かつ、高速印刷時の定着性と画質に優れる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明のトナー用ワックス組成物は混合エステルからなり、混合エステルは炭素数16〜24の脂肪族アルコールと炭素数16〜24の脂肪族カルボン酸とから形成される。
【0014】
本発明に用いる脂肪族アルコールは、炭素数が16〜24であり、好ましくは17〜22である。炭素数が16未満の場合には、ワックスが低温下で融解して、トナーの高温保存時の安定性が低下するおそれがある。また、炭素数が24を超える場合には、定着時にワックスがすばやく染み出すことができず、高速印刷時に定着性や剥離性が低下することがある。
【0015】
脂肪族アルコールの例としては、パルミチルアルコール、ヘプタコサノール、ステアリルアルコール、ノナデカノール、エイコサノール、ヘネイコサノール、ベヘニルアルコール、トリアコサノール、テトラコサノール、ヘプタコサノール、ヘキサコサノール等が挙げられる。これらの中でもベヘニルアルコールが特に好ましい。
【0016】
本発明に用いる脂肪族カルボン酸は、炭素数が16〜24であり、好ましくは17〜22である。炭素数が16未満の場合には、ワックスが低温下で融解して、トナーの高温保存時の安定性が低下するおそれがある。また、炭素数が24を超える場合には、定着時にワックスがすばやく染み出すことができず、高速印刷時に定着性や剥離性が低下することがある。
【0017】
脂肪族カルボン酸の例としては、パルミチン酸、ヘプタデカン酸、ステアリン酸、ノナデカン酸、アラキン酸、ヘネイコサン酸、ベヘニン酸、トリコサン酸、テトラコサン酸、ヘプタコサン酸、ヘキサコサン酸等が挙げられる。これらの中でもベヘニン酸が特に好ましい。
【0018】
本発明に用いられる混合エステルは、上記の炭素数16〜24の脂肪族アルコールと上記の炭素数16〜24の脂肪族カルボン酸とから形成されるエステルの混合物である。本混合エステルは、融点が90℃以下、特に80℃以下であることが好ましく、凝固点が45℃以上、特に50℃以上であることが好ましい。また、融点と凝固点の差は16℃以下、特に15℃以下であることが好ましい。
【0019】
本発明においては、本混合エステルのうち、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸の炭素数がいずれも偶数であるエステルをエステルaとし、脂肪族アルコールおよび脂肪族カルボン酸のうち少なくとも一方の炭素数が奇数であるエステルをエステルbとするとき、エステルaとエステルbの質量比(a/b)が99.5/0.5〜85/15である。
エステルaとエステルbの質量比(a/b)が99.5/0.5〜85/15の場合には、高速で昇降温を行った場合の融点と凝固点の差が小さくなるので、本混合エステルをトナーに用いることによって、高速印刷時においてすばやい定着が実現でき、画質が良好となる。エステルaとエステルbの質量比(a/b)は、97/3〜87/13が好ましく、95/5〜90/10が更に好ましい。
【0020】
エステルaとエステルbの質量比(a/b)を特定の範囲とすることによって高速昇降温時のエステルの融点と凝固点の差が小さくなる理由については、明確ではないが、例えば以下のようなことが推測される。混合エステルが高速で融解する際には、エステルaの結晶のパッキング性をエステルbが崩しやすくすることによって融点が低くなる。一方、混合エステルが固化する際には、エステルaの結晶化をエステルbが促進することによって凝固点が高くなる。
【0021】
エステルaの平均炭素数は38〜46が好ましく、39〜44が更に好ましい。また、エステルbの平均炭素数は37〜
45であり、39〜45
が好ましい。さらに、エステルaとエステルbの各平均炭素数の差が以下の式(1)を満たすことにより、高速で昇降温を行った場合の融点と凝固点の差がさらに小さくなる傾向があり、高速印刷における画質が向上するので好ましい。
−3≦(エステルaの平均炭素数−エステルbの平均炭素数)≦3 ・・・式(1)
【0022】
エステルaおよびエステルbの各酸価は、3mgKOH/g以下、好ましくは1mgKOH/g以下、さらに好ましくは0.3mgKOH/g以下である。エステルaおよびエステルbの各酸価が3mgKOH/gを超える場合には、高温保存時の安定性が低下したり、環境条件が変化した場合に、帯電性が不安定になり画質が低下することがある。
【0023】
エステルaおよびエステルbの各水酸基価は、7mgKOH/g以下、好ましくは5mgKOH/g以下、さらに好ましくは3mgKOH/g以下である。エステルaおよびエステルbの各水酸基価が7mgKOH/gを超える場合には、高温保存時の安定性が低下したり、環境条件が変化した場合に、帯電性が不安定になり画質が低下することがある。
【0024】
混合エステルの製造方法としては、酸化反応による合成、脂肪族カルボン酸およびその誘導体からの合成、脂肪族カルボン酸と脂肪族アルコールとの脱水縮合反応、脂肪族カルボン酸の酸ハロゲン化物と脂肪族アルコールとの反応、エステル交換反応等を利用した製造方法が挙げられる。反応の際には、触媒を使用しても良く、触媒としては酸性またはアルカリ性触媒、例えば酢酸亜鉛、チタン化合物が挙げられる。反応に際しては、カルボン酸とアルコールとを同量のモル比で反応させてもよいし、あるいは1成分を過剰に添加し反応させてもよい。その後、再結晶法、蒸留法、溶剤抽出法などにより高純度化させてもよい。
【0025】
また、混合エステルは、2種以上のエステルをそれぞれ合成した後に、エステルaとエステルbの質量比が規定の比率になるように配合して製造してもよいし、規定の比率になるように原料の脂肪族カルボン酸および脂肪族アルコールを調整して一括合成で製造しても良い。
【0026】
本発明のトナー用ワックス組成物は、バインダー樹脂、着色剤、荷電制御剤などとともに配合され、通常の製法によってトナーが製造される。トナー中における本発明のトナー用ワックス組成物の配合量は、バインダー樹脂100質量部に対して0.1〜40質量部である。トナー中には、本発明のトナー用ワックス組成物が単独であるいは2種類以上混合して配合される。
【0027】
本発明のトナー用ワックス組成物は、高速昇降温時の融点と凝固点の差が小さく、低温下では融解し難く、酸価および水酸基価が低いという効果を有するので、本発明のワックス組成物が配合されたトナーによれば、耐ブロッキング性と保存安定性を有し、かつ高速印刷時の定着性と画質に優れるという効果が得られる。
【実施例】
【0028】
以下、実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明する。
【0029】
〔エステルの評価方法〕
本実施例および比較例で採用した各種評価の方法を次に示す。
(1)エステルの酸価:JOCS(日本油化学会)2.3.1−96に準拠した。
(2)エステルの水酸基価:JOCS(日本油化学会)2.3.6.2−96に準拠した。
(3)エステルの炭素数:炭素数分布については、ガスクロマトグラフィ(株式会社島津製作所製:GC−2014)を用い、カラムとしてアジレントJ&Wカラム社製DB−1を用い、カラム温度としては、開始温度100℃から10℃/分で300℃まで昇温させ、300℃で10分間保持し、インジェクション温度330℃、ディテクション温度330℃で測定することによって得た。
(4)エステルの融点と凝固点:昇降温速度毎分30℃の示差走査熱量分析(DSC)における吸熱ピークおよび発熱ピークのトップピークの温度をそれぞれ融点、凝固点とした。示差走査熱量分析計として、セイコーインスツル株式会社製の「DSC−6200」を使用した。測定は、約10mgのエステルを試料ホルダーに入れ、レファレンス材料としてアルミナ10mgを用いて行い、0℃から150℃まで昇温した後、150℃から0℃まで降温して行った。昇降温速度は毎分30℃とした。なお、測定の前に、0℃から150℃までの昇温工程と150℃から0℃までの冷却工程を経たサンプルを測定試料とした。
【0030】
〔エステルの調製〕
温度計、窒素導入管、攪拌羽および冷却管を取り付けた4つ口フラスコに、表1に示す組成(炭素数分布)を有するアルコールaを400g(1.48mol)、表2に示す組成(炭素数分布)を有するカルボン酸aを446g(1.57mol)加え、窒素気流下、220℃で反応させた。得られたエステル粗生成物は810gであり、酸価が7.2mgKOH/gであった。本エステル粗生成物にトルエン160gおよび2−プロパノール200gを入れ、エステル粗生成物の残存酸価の2.0倍当量に相当する量の水酸化カリウムを含む10質量%水酸化カリウム水溶液を加え、70℃で30分間攪拌した。30分間静置して水層部を分離・除去した。排水のpHが中性になるまで水洗を4回繰り返した。残ったエステル層の溶剤を180℃、1kPaの減圧条件下で留去し、濾過を行い、エステルAを780g得た。脱酸に供したエステル化粗生成物に対する収率は95%であった。得られたエステルAの組成(炭素数分布)、酸価、水酸基価、平均炭素数を表3に示す。
【0031】
表1に示すアルコールa〜dおよび表2に示すカルボン酸a〜fを用い、エステルAと同様にして、エステルB〜Iを調製した。得られたエステルB〜Iの組成(炭素数分布)、酸価、水酸基価、平均炭素数を表3に示す。
【0032】
【表1】
【0033】
【表2】
【0034】
【表3】
【0035】
〔混合エステルの調製〕
表3に示すエステルA〜Iを表4に示す配合比率で配合して、エステルJ〜Uを調製した。調製に際しては、配合するエステルを90℃で加熱溶融して、均一になるように混合し、冷却・固化後粉砕して各エステルを得た。得られたエステルJ〜Uの組成(炭素数分布)、酸価、水酸基価を同じく表4に示す。
【0036】
【表4】
【0037】
表5に示すエステルを実施例1〜9および比較例1〜8とし、各実施例および比較例における本明細書に記載の式(1)の値、DSCにおける融点、凝固点、融点と凝固点の差を同じく表5に示す。
【0038】
【表5】
【0039】
実施例1〜9のエステルは、昇降温速度が30℃/分と非常に速い場合の融点と凝固点の差が小さいので、すばやい融解と凝固が達成可能であり、また融点が65℃以上と高く、酸価および水酸基価が低い。したがって、実施例1〜9のエステルを用いたトナーは、耐ブロッキング性と保存安定性を有し、かつ高速印刷時の低温定着性と高い画質を両立させることができる。
【0040】
一方、エステルaとエステルbの比率が本発明規定の範囲から外れる比較例1〜8のエステルは、高速昇降温時の融点と凝固点の差が大きいので、トナーに用いても高速印刷時の低温定着性と高い画質の両立が期待できない。