(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記操舵状態量は、前記操舵軸の回転量に応じて増減する第1の物理量と、前記操舵軸の回転速度に応じて増減する第2の物理量との積であることを特徴とする請求項1乃至請求項8のいずれか1項に記載のステアリング制御装置。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明の実施形態を図面と共に説明する。
<全体構成>
本実施形態の電動パワーステアリングシステム1は、
図1に示すように、ドライバによるハンドル(操舵部材)2の操作をモータ6によってアシストするものである。ハンドル2は、ステアリングシャフト3の一端に固定され、ステアリングシャフト3の他端にはトルクセンサ4が接続されており、このトルクセンサ4の他端には、インターミディエイトシャフト5が接続されている。なお、以下の説明では、ステアリングシャフト3からトルクセンサ4を経てインターミディエイトシャフト5に至る軸体全体を、まとめて操舵軸ともいう。また、以下では、操舵軸の回転角を舵角、操舵軸の回転角速度を操舵速度、操舵軸の回転角加速度を操舵加速度ともいう。
【0014】
トルクセンサ4は、操舵トルクTsを検出するためのセンサである。具体的には、ステアリングシャフト3とインターミディエイトシャフト5とを連結するトーションバーを有し、このトーションバーのねじれ角に基づいてそのトーションバーに加えられているトルクを検出する。
【0015】
モータ6は、ハンドル2の操舵力をアシスト(補助)するものであり、減速機構6aを介してその回転がインターミディエイトシャフト5に伝達される。すなわち、減速機構6aは、モータ6の回転軸の先端に設けられたウォームギアと、このウォームギアと噛み合った状態でインターミディエイトシャフト5に同軸状に設けられたウォームホイールとにより構成されており、これにより、モータ6の回転がインターミディエイトシャフト5に伝達される。逆に、ハンドル2の操作や路面からの反力(路面反力)によってインターミディエイトシャフト5が回転すると、その回転が減速機構6aを介してモータ6に伝達され、モータ6も回転することになる。
【0016】
また、モータ6は、本実施形態ではブラシレスモータであり、内部にレゾルバ等の回転センサを備え、モータ6の回転状態を出力可能に構成されている。本実施形態のモータ6は、回転センサからの回転状態として、少なくともモータ速度ω(回転角速度を示す情報)を出力可能に構成されている。なお、モータ速度ωの代わりに、モータ速度ωに減速機構6aのギア比を乗じることで求められる操舵速度を用いてもよい。
【0017】
インターミディエイトシャフト5における、トルクセンサ4が接続された一端とは反対側の他端は、ステアリングギアボックス7に接続されている。ステアリングギアボックス7は、ラックとピニオンギアからなるギア機構にて構成されており、インターミディエイトシャフト5の他端に設けられたピニオンギアに、ラックの歯が噛み合っている。そのため、ドライバがハンドル2を回すと、インターミディエイトシャフト5が回転(すなわちピニオンギアが回転)し、これによりラックが左右に移動する。ラックの両端にはそれぞれタイロッド8が取り付けられており、ラックとともにタイロッド8が左右の往復運動を行う。これにより、タイロッド8がその先のナックルアーム9を引っ張ったり押したりすることで、操舵輪である各タイヤ10の向きが変わる。
【0018】
また、車両における所定の部位には、車速Vを検出するための車速センサ11が設けられている。
このような構成により、ドライバがハンドル2を回転(操舵)させると、その回転がステアリングシャフト3、トルクセンサ4、およびインターミディエイトシャフト5を介してステアリングギアボックス7に伝達される。そして、ステアリングギアボックス7内で、インターミディエイトシャフト5の回転がタイロッド8の左右移動に変換され、タイロッド8が動くことによって、左右の両タイヤ10が操舵される。
【0019】
ECU15は、図示しない車載バッテリからの電力によって動作し、トルクセンサ4にて検出された操舵トルクTs、モータ6のモータ速度ω、および車速センサ11にて検出された車速Vに基づいて、アシストトルク指令Taを演算する。そして、その演算結果に応じた駆動電圧Vdをモータ6へ印加することにより、ドライバがハンドル2を回す力(ひいては両タイヤ10を操舵する力)のアシスト量を制御するものである。
【0020】
本実施形態ではモータ6がブラシレスモータであるため、ECU15からモータ6へ出力(印加)される駆動電圧Vdは、詳しくは、3相(U,V,W)の駆動電圧Vdu,Vdv,Vdwである。ECU15からモータ6へこれら各相の駆動電圧Vdu,Vdv,Vdwを印加(各相の駆動電流を通電)することで、モータ6の回転トルクが制御される。ブラシレスモータを3相の駆動電圧で駆動(例えばPWM駆動)する方法やその3相の駆動電圧を生成する駆動回路(例えば3相インバータ)についてはよく知られているため、ここではその詳細説明は省略する。
【0021】
ECU15は、直接的にはモータ6へ印加する駆動電圧Vdを制御することによりモータ6を制御するものであるが、モータ6を制御することで結果としてそのモータ6により駆動される操舵系メカ100を制御するものであると言え、よってECU15の制御対象はこの操舵系メカ100であると言える。なお、操舵系メカ100は、
図1に示したシステム構成図のうちECU15を除く機構全体、すなわちハンドル2から各タイヤ10に至る、ハンドル2の操舵力が伝達される機構全体を示す。
【0022】
<ECU>
次に、ECU15の概略構成(制御機構)を
図2のブロック図に示す。なお、
図2に示したECU15の制御機構のうち、電流フィードバック(FB)部42を除く各部、および電流FB部42の機能の一部は、実際には、ECU15が備える図示しないCPUが所定の制御プログラムを実行することによって実現されるものである。つまり、CPUによって実現される各種機能を機能ブロック毎に分けて図示したものが
図2である。但し、これら各図に示した制御機構がソフトウェアにて実現されることはあくまでも一例であり、
図2等に示した制御機構全体または一部を例えばロジック回路等のハードウェアにて実現するようにしてもよいことはいうまでもない。
【0023】
ECU15は、
図2に示すように、ベースアシスト指令Tb
*を生成するベースアシスト部20と、補正トルク指令Trを生成する補正部30と、ベースアシスト指令Tb
*と補正トルク指令Trを加算することによりアシストトルク指令Taを生成する加算器41と、アシストトルク指令Taに基づいてモータ6へ駆動電圧Vdを印加することによりモータ6を通電駆動する電流フィードバック(FB)部42と、を備えている。
【0024】
ベースアシスト部20は、路面反力(路面負荷)に応じた操舵反力(操舵トルク)の特性の実現、すなわち路面負荷に対応した反応(反力)が準定常的にドライバへ伝達されるようにすることで車両の状態や路面の状態をドライバが把握しやすくなるようにすると共に、操舵状態に応じてドライバに与える手感(ハンドルからタイヤまでの感覚的硬さ,ねばり,重さ)を調整することで操舵時のフィールを向上させることを実現するためのブロックである。ベースアシスト部20は、操舵トルクTsとモータ速度ωと車速Vに基づき、上述した路面負荷に応じた伝達感や操舵状態に応じたフィールが実現されるようにハンドル2の操作をアシストするための、ベースアシスト指令Tb
*を生成する。
【0025】
補正部30は、車両全体としての操作安定性(車両運動特性)の実現、すなわち、車両の挙動が不安定となることによってハンドルに伝わる不安定な挙動(振動的な挙動等)を抑制して、車両の挙動(各車輪10の操舵時の挙動)が所望の挙動特性となるように(具体的には車両が適切に収斂するように)するためのブロックである。補正部30は、操舵トルクTsとモータ速度ωと車速Vに基づき、上述した不安定な挙動を抑制(収斂)するための補正トルク指令Trを生成する。
【0026】
加算器41は、ベースアシスト部20で生成されたベースアシスト指令Tb
*と補正部30で生成された補正トルク指令Trとを加算することにより、アシストトルク指令Taを生成する。
【0027】
電流FB部42は、アシストトルク指令Taに基づき、そのアシストトルク指令Taに対応したアシストトルク(アシスト操舵力)が操舵軸(特にトルクセンサ4よりもタイヤ10側)に付与されるようにモータ6へ駆動電圧Vdを印加する。具体的には、アシストトルク指令Taに基づいて、モータ6の各相へ通電すべき目標電流(相毎の目標電流)を設定する。そして、各相の通電電流Imを検出・フィードバックして、その検出値(各相の通電電流Im)がそれぞれ目標電流と一致するように駆動電圧Vdを制御(通電電流を制御)することで、操舵軸に対して所望のアシストトルクを発生させる。
【0028】
なお、このような補正部30および電流FB部42は公知の技術(例えば、特開2013−52793号公報参照)であるため、ここでは説明を省略し、以下では、本発明の主要部に関わるベースアシスト部20について詳述する。
【0029】
<ベースアシスト部>
ベースアシスト部20は、
図3に示すように、負荷推定器21と、基本負荷量演算部22と、ドライバ仕事率演算部23と、剛性調整量演算部24と、粘性調整量演算部25と、慣性調整量演算部26と、微分器261と、目標演算器27と、偏差演算器28と、コントローラ部29とを備えている。
【0030】
負荷推定器21は、ベースアシスト指令Tb
*(アシストトルクに相当)と操舵トルクTsとに基づいて路面負荷を推定する。基本負荷量演算部22は、負荷推定器21にて推定された路面負荷(推定負荷Tx)と自車両の走行速度(車速V)とに基づいて、操舵トルクの目標値の基本成分である基本トルクTf
*を生成する。
【0031】
ドライバ仕事率演算部23は、モータ速度ωに減速機構6aのギア比を乗じることで求めた操舵速度に、操舵トルクTsを乗じることでドライバ仕事率Wを算出する。但し、操舵トルクTsおよびモータ速度ω(ひいては操舵速度)は、いずれもハンドル2を右回転させた場合と、左回転させた場合とで逆極性の値となる。また、操舵トルクTsは、Ts=0となるハンドル2の位置を中立位置として、中立位置から右回転させた場合と左回転させた場合とで逆極性の値となる。中立位置は、タイヤがグリップしている通常走行時には、車両を直進させる位置が中立位置となり、オーバステアによるスピン発生時にはタイヤが横滑りしている方向が中立位置となる。ここでは、右回転時に正、左回転時に負となるものとする。
【0032】
従って、操舵トルクTsとモータ速度ωの極性が同じでありドライバ仕事率Wが正極性となる場合は、ハンドルを切り込む操作によって生じた値であること、操舵トルクTsとモータ速度ωの極性が異なっておりドライバ仕事率Wが負極性となる場合は、ハンドルを切り戻す操作によって生じた値であること、ドライバ仕事率Wがゼロであれば保舵の状態であることを表す。
【0033】
つまり、ハンドルを中立位置から左右どちらかに切り込んだ場合、操舵トルクTs、モータ速度ωの極性は同じであるため、ドライバ仕事率Wは正極性の値となる。ハンドルを切った状態で保持すると(保舵の状態)、モータ速度ωは0であるため、ドライバ仕事率は0となる。この保舵の状態から、ハンドルを切り戻した場合、切り込んだときとはモータ速度ωの極性が反転し、操舵トルクTsとモータ速度ωの極性が互いに異なったものとなるため、ドライバ仕事率Wは負極性の値となる。なお、操舵トルクTsは、タイヤの向きが車両の進行方向から外れるほど大きな値となり、また、モータ速度ωが急な操舵を行うほど大きな値となり、これらの操作の度合い(操作量)に応じて、ドライバ仕事率Wの絶対値は大きな値をとる。
【0034】
なお、操舵速度はモータ速度ωに比例した値であるため、モータ速度ωを操舵速度と見なして、モータ速度ωに操舵トルクTsを乗じたものをドライバ仕事率Wとして用いてもよい。
【0035】
微分器261は、操舵速度に相当するモータ速度ωを微分することで操舵加速度に相当するモータ加速度αを生成する。
剛性調整量演算部24は、ドライバ仕事率Wと推定負荷Txと車速Vに基づいて、目標操舵トルクTs
*に含まれる調整成分の一つであり、操舵時にドライバに与える操舵系メカ100の剛性感を調整するための剛性調整トルクTk
*を生成する。粘性調整量演算部25は、ドライバ仕事率Wとモータ速度ωと車速Vに基づいて、目標操舵トルクTs
*に含まれる調整成分(調整トルク)の一つであり、操舵時にドライバに与える操舵系メカ100の粘性感を調整するための粘性調整トルクTc
*を生成する。慣性調整量演算部26は、ドライバ仕事率Wとモータ加速度αに基づいて、目標操舵トルクTs
*に含まれる調整成分の一つであり、操舵時にドライバに与える操舵系メカ100の慣性感を調整するための慣性調整トルクTi
*を生成する。
【0036】
目標演算器27は、基本トルクTf
*、剛性調整トルクTk
*、粘性調整トルクTc
*、慣性調整トルクTi
*を加算して目標操舵トルクTs
*を演算する。偏差演算器28は、操舵トルクTsと目標操舵トルクTs
*との差であるトルク偏差を演算する。コントローラ部29は、微分器や積分器等を備えており、ハンドル操作時にドライバに与える路面負荷に応じた伝達感や操舵状態量に応じたフィールを調整するための出力を生成する。
【0037】
コントローラ部29は、トルク偏差(操舵トルクTsと目標操舵トルクTs
*との差)に基づき、トルク偏差が0になるよう、すなわち操舵トルクTsが目標操舵トルクTs
*に追従するように制御することで、路面負荷に応じた伝達感や操舵状態量に応じたフィールを実現するアシストトルク(アシスト量とも言う)を発生させるためのベースアシスト指令Tb
*を生成する。
【0038】
負荷推定器21は、
図4に示すように、ベースアシスト指令Tb
*と操舵トルクTsとを加算する加算器21aと、その加算結果から所定の周波数以下の帯域の成分を抽出するローパスフィルタ(LPF)21bとを備え、このLPF21bにより抽出された周波数成分を推定負荷Txとして出力する。通常、ドライバは、主に10Hz以下の操舵反力情報を頼りに運転をしているため、概ね10Hz以下の周波数成分を通過(抽出)させ、10Hzより高い周波数成分は遮断するようにしている。
【0039】
基本負荷量演算部22は、路面反力に応じてドライバがハンドル操作を重いまたは軽いと感じることができるようにするための、或いは路面反力の上昇に対するドライバの操舵反力(或いは操舵トルク)の上昇度合い(勾配)を実現するための、目標操舵トルクTs
*を生成するものである。本実施形態の基本負荷量演算部22は、実際には、推定負荷Txおよび車速Vに対応する目標操舵トルクTs
*がマップ化されており、そのマップをもとに目標操舵トルクTs
*を生成する。
【0040】
剛性調整量演算部24は、剛性成分演算部24aと乗算器24bを備える。剛性成分演算部24aは、ドライバ仕事率Wおよび車速Vに応じて、ハンドル操作時にドライバに与える剛性感(ばね感)を調整するためのゲインK(機械インピーダンスの剛性成分に相当する値)を、予め用意された剛性調整マップを用いて生成するものである。乗算器24bは、ゲインKに推定負荷Txを乗じることで剛性調整トルクTk
*を生成する。つまり、ゲインKは、路面負荷(推定負荷Tx)に対する調整ゲインといえる。
【0041】
剛性調整マップは、例えば、
図5(a)に示すものが用いられる。すなわち、ドライバ仕事率Wが0(保舵の状態)のときに、所定のゲインK(>0)を持ち、保舵の状態からドライバ仕事率Wが正極方向に増加する(ハンドルの切り込み)に従ってゲインK(すなわち、剛性)も増加するように設定されている。また、保舵の状態からドライバ仕事率Wが負極方向に増加する(ハンドルの切り戻し)に従ってゲインも低下し、ゲインが0に達するとマイナスのゲインが増加する。但し、ドライバ仕事率Wの絶対値が大きくなるほど、ゲインKの増加,減少は緩やかになり、特に負極性側では、ドライバ仕事率Wの所定値以下ではゲインKが一定となるように設定されている。但し、
図5(a)に示したマップは、車速Vがある一定値である場合について示したものである。従って、実際には
図5(a)に示した特性は車速Vによって変化する。具体的には、切り込み側(W>0)では、車速Vが遅いほど大きなゲインK(剛性)が得られる特性となり、切り戻し側(W<0)では、車速Vによらずほぼ同じ特性となる。
【0042】
粘性調整量演算部25は、粘性成分演算部25aと乗算器25bを備える。粘性成分演算部25aは、ドライバ仕事率Wおよび車速Vに応じて、ハンドル操作時にドライバに与える粘性感を調整するために使用する粘性成分Cを、予め用意された粘性調整マップを用いて生成するものである。乗算器25bは、粘性成分Cに操舵速度に相当するモータ速度ωを乗じることで粘性調整トルクTc
*を生成する。つまり、粘性成分Cは、
粘性調整マップは、例えば、
図6(a)に示すものが用いられる。すなわち、ドライバ仕事率Wが0(保舵の状態)のときに粘性成分Cはゼロとなる。保舵の状態からドライバ仕事率Wが正極方向(ハンドルの切り込み)に増加するに従って粘性成分Cは減少し、ドライバ仕事率Wが所定値以上であるときは一定の値をとるように設定されている。また、保舵の状態からドライバ仕事率Wが負極方向(ハンドルの切り戻し)に増加するに従って粘性成分Cは増大し、ドライバ仕事率Wが所定値以下であるときは一定の値をとるように設定されている。但し、
図6(a)に示したマップは、車速Vがある一定値である場合について示したものである。従って、実際には
図6(a)に示した特性は車速Vによって変化する。具体的には、車速Vが遅いほど、全体的に大きな粘性成分Cが得られるように変化し、その変化する比率は、切り込み側(W>0)より、切り戻し側(W<0)のほうがより大きくなるような特性を有する。
【0043】
慣性調整量演算部26は、慣性成分演算部26aと乗算器26bを備える。慣性成分演算部26aは、ドライバ仕事率Wに応じて、ハンドル操作時にドライバに与える慣性感を調整するための慣性成分Iを、予め用意された慣性調整マップを用いて生成するものである。乗算器26bは、微分器261によって生成されたモータ加速度αに慣性成分Iを乗じることで慣性調整トルクTi
*を演算する。
【0044】
慣性調整マップは、例えば、
図7(a)に示すものが用いられる。すなわち、ドライバ仕事率Wが0(保舵の状態)を含む所定の微操作域内では慣性成分Iは負極性の一定値となる。ドライバ仕事率Wが微操作域の上限値より大きな値に設定された切り込み側所定値以上および微操作域の下限値より小さな値に設定された切り戻し側所定値以下では慣性成分Iは正極性の一定値となる。ドライバ仕事率Wが微操作域の上限値から切り込み側所定値の間および微操作域の下限値から切り戻し側所定値の間では、ドライバ仕事率Wの絶対値の増加に従って慣性成分Iも増加するように設定されている。ここでは、慣性成分Iを変化させるパラメータとしてドライバ仕事率Wを用いているが、ゲインK,粘性成分Cと同様に、ドライバ仕事率Wに加えて車速Vを用いてもよい。
【0045】
ところで、機械インピーダンス(剛性成分,粘性成分,慣性成分)は、物体に加わる力Fと、物体の変位量xとの関係を規定するものであり、(1)式の関係式によって表される。
【0046】
【数1】
ここでは、xは操舵角(モータの回転角)、その1回微分値は操舵速度(モータ速度ω)、その2回微分は操舵加速度(モータ加速度α)を表す。つまり、剛性調整量演算部24,粘性調整量演算部25,慣性調整量演算部26は、(1)式に従ってハンドル操作時にドライバに与えるフィールの調整に必要なトルクを求めるものである。但し、本実施形態では、剛性調整トルクTk
*の算出に、操舵角xではなく推定負荷Txを使用しているため、剛性成分の代わりに剛性成分に相当するゲインKが用いられている。なお、操舵角xとゲインKの関係は、操舵系メカ100の特性を表す関係式から簡単に求めることができる。
【0047】
<効果>
以上説明したように、電動パワーステアリングシステム1では、ベースアシスト部20が路面負荷(推定負荷Tx)に応じた反力をドライバへ伝達する成分と、ドライバ仕事率Wに応じて操舵系メカ100の機械インピーダンスを調整する成分とから、アシストトルクの発生源となるモータ6を制御するベースアシスト指令Tb
*を生成している。
【0048】
従って、電動パワーステアリングシステム1によれば、ハンドル操作時にドライバに対して、路面負荷に応じた伝達感や操舵状態に応じたフィールを的確に提供することができる。しかも、機械インピーダンスを変化させるパラメータとして切り込み、切り戻し、保舵等の操舵状態を識別可能なドライバ仕事率Wを用いているため、操舵状態毎に制御を切り替える必要がなく、簡易な制御によって細やかにフィールの調整を行うことができる。
【0049】
電動パワーステアリングシステム1では、剛性成分演算部24aで使用する剛性調整マップとして、
図5(a)に例示したものを使用している。これにより、ドライバ仕事率Wが正(つまり切り込み)のときには剛性が増加するため、保舵の状態から徐々に切り込んでいくに従ってドライバに与える手応えを適切に増加させることができる。また、ドライバ仕事率Wは、ハンドルを速く大きく切り込むほど剛性が増加するため、ドライバが切り込もうとする強さの度合いに応じた適切な手応えをドライバに与えることができる。
【0050】
逆に、ドライバ仕事率Wが負(つまり切り戻し)のときには剛性が減少するため、緩やかにハンドルが戻る感覚をドライバに与えることができる。特に、ゲインKを負の値にすることによって、その効果を顕著なものとすることができる。
【0051】
つまり、従来装置のように操舵角に応じて剛性を変化させた場合、切り込み、切り戻しで剛性を変化させることができないため、切り込みで適切な手応えをドライバに与えるように設定できたとしても、切り戻しのときにも剛性が高い(ばね反力が強い)ままとなり、ハンドルが急激に戻ることになる。しかし、電動パワーステアリングシステム1では、ドライバ仕事率Wに応じて剛性(ゲインK)を変化させているため、切り込みと切り戻しとで異なる剛性を簡単に実現することができる。
【0052】
また、特殊な状況として、オーバステア発生時にカウンタステアへ移行するときの操舵状態は、操舵トルクTsが減少する方向にハンドル2を操作する切り戻しとなる。このような危険回避行動においては、フィールの微妙な違いがドライバの操作に大きな影響を及ぼすことになる。そして、ドライバ仕事率Wは、このような特殊な切り戻しが行われたときに、切り戻しを表す負極性の値が生成されるため、危険回避行動時にもドライバに適切なフィールを与えることができ、その結果、ドライバに適切な行動をとらせることができる。
【0053】
電動パワーステアリングシステム1では、粘性成分演算部25aで使用する粘性調整マップとして、
図6(a)に例示したものを使用している。これにより、ドライバ仕事率Wが正(つまり切り込み)のときには粘性が減少するため、切り込んでいったときのモータに起因した余分な粘性感(ねっとりした感覚)がなくなり、心地よいすっきりしたフィールをドライバに与えることができる。特に粘性成分Cを負の値にすることによって、その効果を顕著なものとすることができる。
【0054】
逆に、ドライバ仕事率Wが負(つまり切り戻し)のときには粘性が増加するため、ハンドルの戻りが緩やかになり、収斂性を向上させることができる。つまり、ドライバ仕事率Wに従って粘性成分Cを調整することにより、心地よい切り込み感覚の実現と切り戻し時の良好な収斂性を、いずれも実現することができる。
【0055】
電動パワーステアリングシステム1では、慣性成分演算部26aで使用する慣性調整マップとして、
図7(a)に例示したものを使用している。これにより、ドライバ仕事率Wが0(つまり保舵)、もしくは微操作域内の値を有しているとき(保舵からの微操舵,切り込み或いは切り戻しの初期)は、モータ慣性に起因する余分な慣性感が除去されるため、ドライバに自然なフィールを与えることができる。
【0056】
また、ドライバ仕事率Wの絶対値が微操作域を超えた大きな値を有しているとき(ある程度大きな切り込みまたは切り戻しを行ったとき)は、適度な慣性が与えられるため、慣性力に伴う反力成分としてのフィールを実現することができる。
【0057】
なお、保舵からの微操舵は、実際の運転で大部分を占める行動であり、ドライバのフィールを調整するにあたっては重要な要素とされており、機械インピーダンスをドライバ仕事率Wに従って調整することにより、保舵からの微操作域を、他の操舵域とは分離して調整することにより、ドライバにより的確なフィールを与えることができる。
【0058】
図5(b)、
図6(b)、
図7(b)は、それぞれ、剛性成分に相当するゲインK、粘性成分C、慣性成分Iの変化に対する操舵系メカ100の機械インピーダンスの変化を操舵トルクTsから操舵角までの伝達特性として表現したものをシミュレーションによって求めたボード線図である。
【0059】
図5(b)では、粘性成分C、慣性成分Iを固定し、ゲインKを
図5(a)に示したK0,K1,K2としたときの伝達特性を示したものである。
図5(b)からは、伝達特性において剛性成分の特徴が表現される部位、すなわち定常ゲインが、ゲインKを増減することによって変化していることがわかる。
【0060】
図5(b)では、剛性成分に相当するゲインK、慣性成分Iを固定し、粘性成分Cを
図5(a)に示したC0,C1,C2としたときの伝達特性を示したものである。
図5(b)からは、伝達特性において粘性成分の特徴が表現される部位、すなわち折点周波数付近のゲインが、粘性成分Cを増減することによって変化することがわかる。
【0061】
図6(b)では、剛性成分に相当するゲイン、粘性成分Cを固定し、慣性成分を
図6(a)に示したI0,I1,I2としたときの伝達特性を示したものである。
図6(b)からは、伝達特性において慣性成分の特徴が表現される部位、すなわち折点周波数より高い周波数のゲインが、慣性成分Iを増減することによって変化することがわかる。
【0062】
なお、
図5〜
図7に示した、剛性成分調整マップ、粘性成分調整マップ、慣性成分調整マップは、一例に過ぎず、所望の特性を実現できるように適宜設定すればよい。
<他の実施形態>
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されることなく、種々の形態を採り得ることは言うまでもない。例えば、一つの構成要素が有する機能を複数の構成要素に分散させたり、複数の構成要素が有する機能を一つの構成要素に統合したりしてもよい。また、上記実施形態の構成の少なくとも一部を、同様の機能を有する公知の構成に置き換えてもよい。
【0063】
上記実施形態では、機械インピーダンスを変化させるパラメータとして、操舵トルクTsと操舵速度(モータ速度ω)の積からなるドライバ仕事率Wを用いているが、これに限るものではなく、操舵軸の回転角に応じて増減する第1の物理量と、操舵軸の回転速度に応じて増減する第2の物理量との積によって求められる操舵状態量であればよい。第1の物理量としては、上記実施形態で用いた操舵トルクTsの他に、ヨーレート、横加速度、操舵角等を用いてもよい。また、第2の物理量としてはハンドルに連動して変位する部位の変位速度であればよい。
【0064】
上記実施形態では、ベースアシスト部20で生成されたベースアシスト指令Tb
*に補正部30で生成された補正トルク指令Trを加えたものを電流FB部42に供給するアシストトルク指令Taとしているが、補正部30を省略し、ベースアシスト指令Tb
*をそのままアシストトルク指令Taとするように構成してもよい。
【0065】
上記実施形態では、機械インピーダンスとして、剛性成分、粘性成分、慣性成分の全てを調整しているが、いずれか一つまたはいずれか二つを調整するように構成してもよい。
上記実施形態では、負荷推定器21において、ベースアシスト指令Tb
*と操舵トルクTsから推定負荷Txを生成しているが、ベースアシスト指令Tb
*の代わりに電流FB部42で検出される通電電流Imを用いてもよい。
【0066】
上記実施形態では、基本トルクTf
*を、推定負荷Txから生成しているが、操舵角から生成するように構成してもよい。
上記実施形態では、基本トルクTf
*と、機械インピーダンス調整用のトルクTk
*,Tc
*,Ti
*を別々に求めた後、これらを加算して目標操舵トルクTs
*を生成しているが、特許文献1に記載されているように、機械インピーダンスを反映した規範操舵モデルを用いて操舵角から目標操舵トルクTs
*を求めるように構成されたシステムに本発明を適用してもよい。この場合、規範操舵モデル中で使用される機械インピーダンスを、操舵状態量(例えば、ドライバ仕事率W)によって調整するように構成すればよい。
【0067】
上記実施形態では、本発明をEPSに適用した例を示したが、これに限定されるものではなく、ハンドルと操舵輪とが機械的に切り離された構成を有するステア・バイ・ワイヤに適用してもよい。この場合、基本トルクTf
*を用いることなく、剛性調整トルクTk
*と粘性調整トルクTc
*と慣性調整トルクTi
*を加算したものを目標操舵トルクTs
*とすればよい。