特許第6044585号(P6044585)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6044585
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】多相交流モータの制御装置
(51)【国際特許分類】
   H02P 6/10 20060101AFI20161206BHJP
   H02P 25/22 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
   H02P6/10
   H02P25/22
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2014-95852(P2014-95852)
(22)【出願日】2014年5月7日
(65)【公開番号】特開2015-213407(P2015-213407A)
(43)【公開日】2015年11月26日
【審査請求日】2015年10月26日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】100093779
【弁理士】
【氏名又は名称】服部 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】林 二郎
【審査官】 マキロイ 寛済
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−034280(JP,A)
【文献】 特開昭63−056102(JP,A)
【文献】 特開2007−020320(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 6/10
H02P 25/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の電動パワーステアリング装置(1)において操舵アシストトルクを発生する多相交流モータ(80)の通電を制御する制御装置(10)であって、
前記多相交流モータのステータ(84)を構成しロータ(83)に回転磁界を発生させる2組の多相巻線組(801、802)に対応して電気的に独立して設けられ、前記2組の多相巻線組に交流電圧を出力する2系統のインバータ(601、602)と、
前記2組の多相巻線組に印加される交流電圧の位相差を制御する制御部(65)と、
を備え、
前記制御部は、
前記位相差について、ある特定次数の高調波成分によるトルクリップルであるA次トルクリップルを低減可能な基準位相差、及び、別の特定次数の高調波成分によるトルクリップルであるB次トルクリップルを低減可能な他の位相差を含む制御範囲を設定し、前記多相交流モータの要求特性として運転者による操舵速度に基づいて前記制御範囲内で前記位相差を変化させることを特徴とする多相交流モータの制御装置。
【請求項2】
前記制御部は、
前記操舵速度が小さいとき、前記位相差を前記基準位相差にすることにより前記A次トルクリップルを低減し、前記操舵速度が大きいとき、前記位相差を前記他の位相差に近づけることで前記B次トルクリップルを低減することを特徴とする請求項1に記載の多相交流モータの制御装置。
【請求項3】
車両の電動パワーステアリング装置(1)において操舵アシストトルクを発生する多相交流モータ(80)の通電を制御する制御装置(10)であって、
前記多相交流モータのステータ(84)を構成しロータ(83)に回転磁界を発生させる2組の多相巻線組(801、802)に対応して電気的に独立して設けられ、前記2組の多相巻線組に交流電圧を出力する2系統のインバータ(601、602)と、
前記2組の多相巻線組に印加される交流電圧の位相差を制御する制御部(65)と、
を備え、
前記制御部は、
前記位相差について、ある特定次数の高調波成分によるトルクリップルであるA次トルクリップルを低減可能な基準位相差、及び、別の特定次数の高調波成分によるトルクリップルであるB次トルクリップルを低減可能な他の位相差を含む制御範囲を設定し、前記多相交流モータの要求特性として前記多相交流モータに通電されるモータ電流に基づいて前記制御範囲内で前記位相差を変化させることを特徴とする多相交流モータの制御装置。
【請求項4】
前記制御部は、
前記モータ電流が大きいとき、前記位相差を前記基準位相差にすることにより前記A次トルクリップルを低減し、前記モータ電流が小さいとき、前記位相差を前記他の位相差に近づけることで前記B次トルクリップルを低減することを特徴とする請求項3に記載の多相交流モータの制御装置。
【請求項5】
前記多相交流モータは三相交流モータであり、
前記基準位相差は、5次及び7次の高調波成分を低減可能な位相差であり、
前記他の位相差は、11次及び13次の高調波成分を低減可能な位相差であることを特徴とする請求項1〜のいずれか一項に記載の多相交流モータの制御装置。
【請求項6】
前記基準位相差は、30°であり、前記他の位相差は、0°であることを特徴とする請求項5に記載の多相交流モータの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多相交流モータの通電を制御する制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、三相以上の多相交流モータの制御装置において、2組の多相巻線組から構成される多相交流モータに対し、2組の巻線組に対応する2系統のインバータを備え、各巻線組への通電を制御する制御装置が知られている。例えば、特許文献1に記載の制御装置は、機械的構成として、互いに30°の角度間隔を保つ2組の三相巻線組を有するモータと、この2組の三相巻線組に接続した2系統の三相インバータとを備える。位相のずれた三相交流電圧を2組の三相巻線組に印加することにより、モータのトルクリップル(脈動)の低減を図っている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開平2−70286号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、車両に搭載される各種交流モータの中でも、電動パワーステアリング装置に用いられるコラム取付型の操舵アシストモータは、特に運転者に近い場所に設置される。そのため、インバータが出力する交流電圧の基本正弦波に重畳される高調波成分によってトルクリップルが発生すると、ハンドルに振動が加わるのみでなく、トルクリップルに伴って発生する音が運転者の耳障りになる場合がある。
【0005】
そこで、特許文献1等に開示された技術を用い、2組の巻線組へ印加する三相交流電圧に電気角30°の位相差を設けることで、主に5次及び7次の高調波成分を低減できることが知られている。
しかし、運転者が不快に感じる音は、車両に搭載された多相交流モータの共振周波数等との関係により、5次、7次成分だけでなく、11次、13次、又はさらに高次の成分が影響する場合がある。また、人は、特定次数の高調波成分が瞬時に発生したときよりも、ある周波数分布状態が定常的に継続したときに、より耳障りと感じる場合があり得る。
【0006】
このように、「運転者の耳障りな音」という課題に着目すると、三相の場合、2組の三相巻線組に印加する交流電圧の位相差を単純に30°に固定し、5次、7次成分に由来するトルクリップルを低減するだけでは、上記課題を十分に解決することができない。
本発明は、このような点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、2組の巻線組を有する電動パワーステアリング装置用の多相交流モータの制御装置において、運転者の耳障りとなる音を低減する多相交流モータの制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、車両の電動パワーステアリング装置において操舵アシストトルクを発生する多相交流モータの通電を制御する制御装置であって、「多相交流モータのステータを構成しロータに回転磁界を発生させる2組の多相巻線組に対応して電気的に独立して設けられ、2組の多相巻線組に交流電圧を出力する2系統のインバータ」と、「2組の多相巻線組に印加される交流電圧の位相差を制御する制御部」とを備える。
制御部は、位相差について、ある特定次数の高調波成分によるトルクリップルであるA次トルクリップルを低減可能な基準位相差、及び、別の特定次数の高調波成分によるトルクリップルであるB次トルクリップルを低減可能な他の位相差を含む制御範囲を設定し、多相交流モータの要求特性に基づいて制御範囲内で位相差を変化させることを特徴とする。
【0008】
ここで、「多相交流モータの要求特性に基づいて位相差を変化させる」とは、モータに要求される回転数−トルク特性に直接関係する物理量、具体的には、運転者による操舵速度やモータに通電される電流等に基づいて、位相差を変化させることをいう。この場合、操舵速度やモータ電流の変化に応答し、即時に位相差を変化させることが好ましい
【0009】
例えば、操舵速度に応じて位相差を変化させる態様では、操舵速度が低速の領域で基準位相差を採用し、操舵速度が大きくなるほど他の位相差に近づけるようにするとよい。
また、多相交流モータが三相交流モータの場合、基準位相差は、5次及び7次の高調波成分を低減可能な位相差であり、他の位相差は、11次及び13次の高調波成分を低減可能な位相差であることが好ましい。
【0010】
一方、参考形態に係る発明の制御部は、多相交流モータの通電にゆらぎを生じさせるように、制御範囲内で位相差を変化させる。これは、比較的長い周期で変化を与えるものであり、ディザ制御の思想に近い。具体的には、時間経過に従って、例えば1秒程度の周期で位相差を変化させることをいう。この態様では、基準位相差を跨いで設定される所定の最小値から所定の最大値までの制御範囲で位相差を周期的に変化させるとよい。
2つの態様に共通する技術的思想は、従来技術のように、2組の多相巻線組に印加される交流電圧の位相差を固定するのでなく、何らかの物理量を引数とする関数として位相差を規定し、多相交流モータの動作中に、その関数に従って位相差を変化させるということである。
【0011】
本発明では、車両の電動パワーステアリング装置における運転者の操舵中、基準位相差によるトルクリップルの低減を考慮しつつ、操舵アシストトルクを発生する多相交流モータの動作状態に応じて、或いは経時的に高調波成分の分布状態を変化させることで、運転者の耳障りとなる音を低減することができる。なお、具体的な変化パターンは、多相交流モータの共振周波数等との関係によって、車両毎にチューニングすることが好ましい。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】本発明の実施形態による三相交流モータの制御装置により制御される2系統インバータの回路模式図。
図2】本発明の実施形態による三相交流モータの制御装置を適用した電動パワーステアリング装置の概略構成図。
図3】本発明の実施形態による制御装置が適用される三相交流モータの模式図。
図4】2系統の位相差が0°の場合の波形図。
図5】2系統の位相差が30°の場合の波形図。
図6】2系統の位相差が(a)0°、(b)30°の場合の特定次数の高調波成分によるトルクリップルの図。
図7】位相差とA次トルクリップルとの関係を示す図。
図8】本発明の第1実施形態の位相差制御による操舵速度と位相差及びA次トルクリップルとの関係を示す図。
図9】第1実施形態の変形例の位相差制御による操舵速度と位相差及びA次トルクリップルとの関係を示す図。
図10】本発明の第2実施形態の位相差制御によるモータ電流と位相差及びA次トルクリップルとの関係を示す図。
図11】本発明の第3実施形態の位相差制御を説明する波形図。
図12】本発明の第3実施形態の位相差制御による位相差及びトルクリップルの時間変化を示す図。
図13】第3実施形態の変形例の位相差制御による位相差の時間変化を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明による多相交流モータの制御装置の実施形態を図面に基づいて説明する。
最初に、複数の実施形態に共通の構成について、図1図3を参照して説明する。この実施形態の制御装置は、車両の電動パワーステアリング装置において、コラム取付型の操舵アシストモータとして用いられる三相交流モータの制御装置として適用される。
【0014】
[三相交流モータの制御装置の構成]
図2は、電動パワーステアリング装置1を備えたステアリングシステム90の全体構成を示す。ハンドル91に接続されたステアリングシャフト92には、操舵トルクを検出するためのトルクセンサ94が設置されている。ステアリングシャフト92の先端にはピニオンギア96が設けられており、ピニオンギア96はラック軸97に噛み合っている。ラック軸97の両端には、タイロッド等を介して一対の車輪98が回転可能に連結されている。ステアリングシャフト92の回転運動は、ピニオンギア96によってラック軸97の直線運動に変換され、ラック軸97の直線運動変位に応じた角度について一対の車輪98が操舵される。
【0015】
電動パワーステアリング装置1は、回転軸を回転させるアクチュエータ2、及び、回転軸の回転を減速してステアリングシャフト92に伝達する減速ギア89を含む。
アクチュエータ2は、操舵アシストトルクを発生する三相交流モータ80と、モータ80を駆動する「制御装置」としてのECU10とから構成される。モータ80は、三相ブラシレスモータであり、ステータの内側に配置されたロータが回転磁界によって回転する(図3参照)。
【0016】
ECU10は、制御部65、及び、制御部65の指令に従ってモータ80への電力供給を制御するインバータ60を含む。また、モータ80の回転角を検出する回転角センサ85が設けられる。回転角センサ85は、例えば、モータ80側に設けられる磁石と、ECU10側に設けられる磁気検出素子とによって構成される。
【0017】
制御部65は、トルクセンサ94からの操舵トルク信号、回転角センサ85からの回転角信号等に基づいて、インバータ60への出力を制御する。これにより、電動パワーステアリング装置1のアクチュエータ2は、ハンドル91の操舵を補助するための操舵アシストトルクを発生し、ステアリングシャフト92に伝達する。
【0018】
詳しくは図1に示すように、モータ80は、2組の「多相巻線組」としての三相巻線組801、802を有する。三相巻線組801、802はステータを構成し、ロータに回転磁界を発生させる(図3参照)。第1巻線組801は、U、V、W相の三相巻線811、812、813から構成され、第2巻線組802は、U、V、W相の三相巻線821、822、823から構成される。
【0019】
インバータ60は、第1巻線組801に対応して設けられる第1系統インバータ601と、第2巻線組802に対応して設けられる第2系統インバータ602から構成される。以下、インバータ、及びそのインバータと対応する三相巻線組の組合せの単位を「系統」という。
【0020】
ECU10は、コイル52、コンデンサ53、第1系統インバータ601、第2系統インバータ602、第1系統電流検出器701、第2系統電流検出器702、及び制御部65等を備えている。電流検出器701、702は、インバータ601、602が巻線組801、802に供給する相電流を相毎に検出する。
コイル52及びコンデンサ53は、バッテリ51からインバータ601、602に入力される電圧の脈動を抑制し、平滑化する。
【0021】
第1系統インバータ601は、6つのスイッチング素子611〜616がブリッジ接続されており、第1巻線組801の各巻線811、812、813への通電を切り替える。本実施形態のスイッチング素子611〜616は、MOSFET(金属酸化物半導体電界効果トランジスタ)である。以下、スイッチング素子611〜616をMOS611〜616という。
【0022】
高電位側のMOS611、612、613は、ドレインがバッテリ51の正極側に接続されている。また、MOS611、612、613のソースは、低電位側のMOS614、615、616のドレインに接続されている。MOS614、615、616のソースは、電流検出器701を構成する電流検出素子711、712、713を介してバッテリ51の負極側に接続されている。高電位側のMOS611、612、613と低電位側のMOS614、615、616との接続点は、それぞれ、巻線811、812、813の一端に接続されている。
電流検出素子711、712、713は、それぞれ、第1系統U、V、W相の巻線811、812、813に通電される相電流を検出する。
【0023】
第2系統インバータ602についても、スイッチング素子(MOS)621〜626、電流検出器702を構成する電流検出素子721、722、723の構成は、第1系統インバータ601と同様である。
制御部65は、マイコン67、駆動回路(プリドライバ)68等で構成される。マイコン67は、トルク指令、フィードバック電流、回転角信号等に基づき、三相電圧指令値を制御演算する。駆動回路68は、三相電圧指令値に基づいてPWM信号を生成し、MOS611〜616、621〜626のゲートに出力する。MOS611〜616、621〜626がPWM信号に従ってスイッチング動作することで、インバータ601、602から巻線組801、802に所望の交流電圧が印加される。
【0024】
本実施形態の制御装置により通電を制御するモータ80の構成について、さらに図3を参照して説明する。この図3は、例えば特開2014−50150号公報等に開示されたものと同じである。
図3(a)に示すように、モータ80は、回転軸Oを中心としてロータ83がステータ84に対して回転する。このモータ80は、mを自然数とすると、ステータ84のコイル数が(12×m)であり、ロータ83の永久磁石87の極数が(2×m)である。図3では、m=2の例を示す。なお、mは2以外の自然数であってもよい。
【0025】
図3(b)は、スラスト方向Z(図3(a)参照)から視たロータ83の永久磁石87およびステータ84の模式図である。永久磁石87は、N極とS極が交互に2個ずつ、計4(=2×2)極設けられている。ステータコイルは、6個のコイルからなるコイル群が4群、すなわち24(=12×2)個のコイルから構成される。1つのコイル群は、U1コイル、U2コイル、V1コイル、V2コイル、W1コイル及びW2コイルが、この順に電気角30°間隔で時計回りに配列される。また、2つのコイル群が「1組の巻線組」を構成する。
【0026】
図3(c)は、スラスト方向Zから視たステータ84の展開図であり、図3(d)は、ラジアル方向R(図3(a)参照)から視た巻線の展開図である。図3(d)に示すように、例えばU1コイルを形成する巻線は、1本の導線が、6個おきに配置される突出部86に順に巻回されることにより形成される。
【0027】
これにより、U相では、U1コイル811の電気角は0°、U2コイル821の電気角は+30°であり、U2コイル821は、U1コイル811に対し+30°の位置関係にある。W相でも同様に、電気角+150°のW2コイル823は、電気角+120°のW1コイル813に対し+30°の位置関係にある。V相では、逆向きに通電することにより、V1コイル812の電気角は(60°−180°=)−120°、V2コイル822の電気角は(90°−180°=)−90°となり、V2コイル822は、V1コイル812に対し+30°の位置関係にある。
【0028】
このような構成のモータ80を使用し、第1系統インバータ601及び第2系統インバータ602が同じタイミングで交流電圧を出力した場合、第2巻線組802に印加される三相交流電圧の位相は、第1巻線組801に印加される三相交流電圧の位相に対して電気角30°遅れることとなる。すなわち、モータ80の機械的構成により、電気角30°の位相差を作り出すことができる。ここで、電気角30°の位相差は、後述する「基準位相差」に相当する。
【0029】
[交流電圧の位相差と高調波成分によるトルクリップルとの関係]
以下、2組の巻線組801、802に印加される交流電圧の電気角位相差を、「2系統の位相差」、或いは、単に「位相差」という。次に、2系統の位相差と高調波成分によるトルクリップルとの関係について、図4図7を参照して説明する。図4以下では、相電圧波形の例としてU相電圧の波形を示す。また、交流電圧の波形は、正確には高調波成分が重畳した歪んだ波形となるが、便宜上、正弦波形の基本波のみを図示する。
2系統の位相差が0°の場合の波形を図4に示し、位相差が30°の場合の波形を図5に示す。図5では、第1系統に対し第2系統の位相が遅れる場合を例示するが、第1系統に対し第2系統の位相が進む場合についても以下の説明は同様である。
【0030】
また、位相差が0°の場合、及び30°の場合の高調波成分によるトルクリップルを図6に示す。図6では、5次及び7次高調波成分に相当する周波数を「fA」、11次及び13次高調波成分に相当する周波数を「fB」として、周波数−トルクリップル特性を模式的に示している。以下、5次及び7次高調波成分によるトルクリップルを「A次トルクリップル」といい、11次及び13次高調波成分によるトルクリップルを「B次トルクリップル」という。
図6(a)に示すように、位相差φ=0°でのA次トルクリップルの値をA0とし、B次トルクリップルの値をB0とする。位相差φ=0°では、値A0は値B0より大きい。一方、図6(b)に示すように、位相差φ=30°ではA次トルクリップルが除去され、代わりに、B次トルクリップルの値がB0より大きくなる。
【0031】
図7に示すように、A次トルクリップルは、位相差φが30°のとき0となり、位相差φが30°から離れるに従って、30°を中心として対称的に増加する。破線で示した棒は、その位相差φにおいて図6に対応する図を記載した場合のA次トルクリップルの大きさを示すものである。
この場合、30°という位相差φは、「特定次数の高調波成分」であるA次トルクリップルを低減可能な「基準位相差」に相当する。
【0032】
一般にハンドル91に伝わる振動を低減する目的では、A次トルクリップルを低減することが有効である。しかし、運転者の耳障りとなる音に関しては、車載状態でのモータ80の共振周波数等との関係によって、むしろB次トルクリップルによる影響の方が大きい場合がある。したがって、位相差φ=30°の状態が位相差φ=0°の状態よりも常に良いとは限らない。
また、人の感覚は、一定の周波数の音が定常的に継続している状態よりも、周波数が適当に変化している状態の方が気になり難いという場合がある。
【0033】
こうした背景をふまえ、ECU10の制御部65は、基準位相差30°を含む制御範囲を設定し、制御範囲内で位相差を変化させる「位相差制御」実行する。制御部65は、基準位相差30°を含む制御範囲において、例えば2系統のインバータ601、602へのPWM信号のタイミングをずらすことで位相差φを変化させる。
【0034】
ここで、制御部65が位相差φを変化させる技術的思想は、大きく分けて次の2通りの思想に基づくものである。
(1)モータ80の要求特性に基づいて位相差φを変化させる。
(2)モータ80の通電にゆらぎを生じさせるように位相差φを変化させる。
第1の思想では、モータ出力に関する何らかの物理量を引数とする関数として位相差φを規定し、制御部65は、その関数に従って位相差φを制御する。第2の思想では、例えば時間を引数とする関数として位相差φを規定し、制御部65は、時間変化に従って位相差φを制御する。第2の思想は、ディザ制御に近いと言ってもよい。
以下、ECU10による位相差制御の具体的な構成について、実施形態毎に説明する。
なお、第1の思想による第1、第2実施形態が「特許請求の範囲に記載の発明を実施するための形態」に相当する。第2の思想による第3実施形態は、参考形態に相当する。
【0035】
(第1実施形態)
本発明の第1実施形態による位相差制御について図8を参照して説明する。第1実施形態では、「三相交流モータの要求特性」として操舵速度を引数とする関数を用いて位相差φを変化させる。
図8に示す例では、操舵速度Vsが0のときの位相差φを基準位相差である30°とし、操舵速度Vsが大きくなるに従って、位相差φを0°まで漸減させる。A次トルクリップルは、操舵速度Vsが0のとき0であり、操舵速度Vsが大きくなるに従って、位相差φ=0°での値A0まで漸増する。つまり、0°から30°までの範囲が制御範囲に相当する。
【0036】
操舵速度Vsが小さいとき、すなわちハンドル91をゆっくり回すときは、基準位相差にすることによりA次トルクリップルを低減し、ハンドル91の振動を抑制する。一方、操舵速度Vsが大きいとき、すなわちハンドル91を速く回すときは、位相差φを0°に近づけることでB次トルクリップルを低減し、運転者の耳障りとなる音を低減する。
位相差φの変化パターンの詳細、例えば操舵速度Vsに対する位相差φの傾きは、モータ80を車両に搭載した状態での共振周波数等を考慮し、車両毎に設定をチューニングすることが好ましい。
【0037】
操舵速度Vsに基づく位相差制御の変形例として、図9に示すように、操舵速度Vsが0から所定速度Vsaまでの範囲で位相差φを30°に固定し、所定速度Vsaを超えたら位相差φを漸減させるようにしてもよい。また、直線的に漸減させる例に限らず、位相差φを所定範囲毎にステップ状に変化させてもよく、曲線的に変化させてもよい。
図9の例でも、操舵速度Vsの全範囲について考えれば、従来技術のように位相差φを一定に固定しているわけでなく、制御範囲内で位相差φを変化させているという点で本発明の特徴を有している。
【0038】
本実施形態の作用効果について説明する。
(1)ECU10は、操舵速度Vsに基づいて位相差φを変化させることにより、「位相差φが30°であり、A次トルクリップルが除去される状態」と、「位相差φが30°と0°との間であり、A次トルクリップルはある程度発生する反面、B次トルクリップルが低減する状態」とを変化させることができる。これにより、従来技術のように位相差φを30°に固定する場合に比べ、操舵期間全体を通して、運転者の耳障りとなる音を低減することができる。
【0039】
(2)従来、モータ極スロットから生じる特定次数のトルクリップルを低減する技術として磁石スキュー着磁やスキュースロット等が知られている。しかし、これらは構造が複雑であり、製造コストが増大するという問題点があった。それに対し、本実施形態では、例えば2系統のインバータ601、602へのPWM信号のタイミングをずらすことで位相差φを生成するため、コストの高いスキュー構造を採用することなく、特定次数のトルクリップルを好適に低減することができる。特に、図3に示す構成のモータ80を採用すれば、基準位相差である30°を機械的構成により作り出すことができる。
【0040】
(3)本実施形態のECU10は、車両の電動パワーステアリング装置1において操舵アシストトルクを発生するモータ80の通電制御装置として適用される。特にコラム取付型のモータ80は、車両に搭載される各種交流モータの中でも最も運転者に近い場所に設置されるものであるため、特定次数の高調波成分による音が運転者の耳障りとなり易い。したがって、位相差φを変化させる本発明の作用効果が特に有効に発揮される。
【0041】
(第2実施形態)
本発明の第2実施形態による位相差制御について図10を参照して説明する。第2実施形態では、「三相交流モータの要求特性」としてモータ電流を引数とする関数を用いて位相差φを変化させる。
図10に示す例では、モータ電流Imが0のとき位相差φを0°とし、モータ電流Imが大きくなるに従って、基準位相差である30°に漸近させるように位相差φを変化させる。A次トルクリップルは、モータ電流Imが0のとき値A0となり、モータ電流Imが大きくなるに従って0に漸近する。
モータ電流Imとしては、電流検出器701、702が検出した相電流の振幅を用いてもよく、実効値を用いてもよい。或いは、相電流検出値をdq変換したd軸及びq軸電流を用いてもよい。
【0042】
モータ電流Imが大きく操舵トルクが大きいときは、基準位相差にすることによりA次トルクリップルを低減し、ハンドル91の振動を抑制する。一方、モータ電流Imが小さく操舵トルクが小さいときは、位相差φを0に近づけることでB次高調波成分を低減し、運転者の耳障りとなる音を低減する。これにより、第1実施形態と同様の効果を奏する。
【0043】
(第3実施形態)
次に、本発明の第3実施形態による位相差制御について図11図13を参照して説明する。第3実施形態による位相差制御は、モータ80の通電にゆらぎを生じさせるものである。具体的には、制御部65は、時間経過に従って位相差φを変化させる。
【0044】
図11図12に示すように、U相電圧の位相差は、時間軸における期間Iで最小値φmin、期間IIで中心値φc、期間IIIで最大値φmaxとなるように周期的に変化する。図12の例では、位相差は、最小値φminから最大値φmaxまで時間に対して直線的に変化している。ここで、中心値φcは、基準位相差である30°に設定される。また、例えば、最小値φminは15°、最大値φmaxは45°というように基準位相差を跨いで設定される。
【0045】
図7に示した位相差φとA次トルクリップルとの関係を参照すると、A次トルクリップルは、位相差φが中心値φcのとき0、位相差φが最小値φmin又は最大値φmaxのとき最大となるように変化する。一方で、第1実施形態で説明したとおり、B次トルクリップルは、位相差φが中心値φcを離れるほど小さくなる傾向がある。
また、位相差変化の一周期Tdは、交流電圧の周期に比べて十分に長い時間、例えば1秒程度の時間に設定される。ハンドル91を左側の回転限界位置から右側の回転限界位置まで回す時間が2−3秒であるとすると、その時間内に2−3周期、位相差が変化する。つまり、位相差φは、運転者が通常に変化を認識できる程度の時間で変化する。
【0046】
このような位相差制御をすると、比較的大きな角度でハンドル91を操作するとき、高調波成分の分布が周期的に変化することにより、高調波成分によって発生する音が周期的に変化する。人は、特定の周波数の音が定常的に継続することに対して不快感を覚える場合があるため、音の周波数を周期的に変化させ、耳障りとなる音を「散らす」ことで不快感を低減することができる。
しかも、位相範囲を変化させる制御範囲を、基準位相差である30°を中心として設定することで、A次(5次、7次)のトルクリップルを平均的に低減させ、ハンドル91に加わる振動を低減することができる。
【0047】
第3実施形態における位相差の変化パターンの変形例を図13に示す。
図13(a)に示すように、最小値φmin及び最大値φmaxにおいて一定時間保持し、最小値φminと最大値φmaxとを急峻に変化させるようにしてもよい。また、最小値φmin及び最大値φmaxでの保持に代えて、又は加えて、中心値φcで一定時間保持するようにしてもよい。
さらに、図13(b)に示すように、時間に対する正弦波関数として位相差を変化させてもよい。これにより、図12の例に比べて変化を滑らかにすることができる。
【0048】
(その他の実施形態)
(ア)本発明において位相差の変化を規定する関数は、上記実施形態で例示した操舵速度、モータ電流、又は時間を引数とするものに限らない。「多相交流モータの要求特性に基づいて位相差を変化させる」形態では、操舵加速度、操舵トルク、アシストトルク等を引数とする関数により位相差の変化を規定してもよい。
一方、「多相交流モータの通電にゆらぎを生じさせる」形態では、時間以外に、例えばモータの累積回転角度に基づいてゆらぎ周期を規定してもよい。また、ゆらぎ周期を固定するのでなく可変としてもよい。
【0049】
(イ)位相差の詳細な変化パターンは、上述のように、車両への搭載後に車両毎にチューニングされることが好ましい。しかし、厳密には、車両の走行時毎に、乗員数や座る場所、荷物の重さや位置によって、さらには運転者の個人差によっても最適なチューニングは変化する可能性がある。そのため、走行時の車両挙動や共振周波数等の情報を取得しつつ、最適なチューニングを学習制御するようにしてもよい。
【0050】
(ウ)本発明は、上記実施形態で例示した三相交流モータに限らず、四相以上の多相交流モータの制御装置として適用することができる。その場合の基準位相差や位相差の変化特性は、理論的又は実験的に、好ましい値を設定すればよい。また、基準位相差によって低減される「特定次数の高調波成分」は、三相交流モータでは5次及び7次の高調波成分であるが、相の数に応じて特定次数は変化する。
また、制御対象とするモータは図3に例示した構成のものに限らない。制御装置は、モータの構成に応じて、2系統の位相差を変化させる具体的な方法を適宜決定してよい。
【0051】
(エ)ECU10の具体的な構成は、上記実施形態の構成に限らない。例えばスイッチング素子は、MOSFET以外の電界効果トランジスタやIGBT等であってもよい。
(オ)本発明の制御装置は、3系統以上の複数系統のインバータを備え、各インバータに対応する3組以上の多相巻線組から構成される多相交流モータの通電を制御するものであってもよい。3系統以上の複数系統のうち任意の2系統についての交流電圧の位相差が本発明の要件を充足する制御装置は、本発明の技術的範囲に含まれる。
【0052】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、発明の趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【符号の説明】
【0053】
10 ・・・ECU(制御装置)、
60、601、602 ・・・インバータ、
65 ・・・制御部、
80 ・・・モータ(三相交流モータ、多相交流モータ)、
801、802 ・・・三相巻線組(多相巻線組)、
83 ・・・ロータ、
84 ・・・ステータ。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13