(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6044595
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】金属材料の引張加工変態発熱測定装置および引張試験方法
(51)【国際特許分類】
G01N 3/08 20060101AFI20161206BHJP
G01N 25/72 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
G01N3/08
G01N25/72 Z
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-125249(P2014-125249)
(22)【出願日】2014年6月18日
(65)【公開番号】特開2016-3986(P2016-3986A)
(43)【公開日】2016年1月12日
【審査請求日】2016年1月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105968
【弁理士】
【氏名又は名称】落合 憲一郎
(72)【発明者】
【氏名】川崎 由康
(72)【発明者】
【氏名】岩澤 心和
(72)【発明者】
【氏名】上ケ市 竜也
(72)【発明者】
【氏名】森田 英明
(72)【発明者】
【氏名】横田 毅
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸 一洋
【審査官】
福田 裕司
(56)【参考文献】
【文献】
登録実用新案第3119564(JP,U)
【文献】
特開2002−357521(JP,A)
【文献】
特開2006−029963(JP,A)
【文献】
特開2012−163420(JP,A)
【文献】
特開平11−307822(JP,A)
【文献】
特開2008−157806(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 3/08
G01N 25/72
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属材料製の引張試験片に一対のチャックを介し負荷荷重を与える荷重負荷手段を有する引張試験装置と、前記負荷荷重を時系列的に計測する荷重計測手段と、前記負荷荷重により前記引張試験片に生じる変位を時系列的に計測する変位計測手段と、を有する計測装置と、前記引張試験片の変形状況を、時系列的に撮影可能に配設された試験片撮影装置と、前記引張試験片の温度を、時系列的に計測可能に配設された試験片測温装置と、前記計測装置、前記試験片撮影装置および前記試験片測温装置から得られたデータを演算する演算手段と、前記得られたデータおよび演算結果を取り出し可能に記憶する記憶手段とを有する記憶演算装置と、前記記憶演算装置からのデータを表示する表示装置とを有する引張加工変態発熱測定装置であって、
前記引張試験片を、表面に黒体ラッカーが塗布された試験片とし、
前記引張試験装置を、該引張試験片の周囲の少なくとも半分以上を囲む暗幕を有する装置とし、前記表示装置に、引張変形中の前記引張試験片の変形挙動と温度分布とが対応可能に可視化されて表示させることを特徴とする引張加工変態発熱測定装置。
【請求項2】
前記試験片撮影装置がカメラ、ビデオカメラまたはマイクロスコープのいずれかであり、前記試験片測温装置が二次元の温度分布画像を測定可能な赤外線サーモグラフィであることを特徴とする請求項1に記載の引張加工変態発熱測定装置。
【請求項3】
前記変位測定手段が、前記引張試験片の表面に貼付された耐熱歪ゲージを用いた変位測定手段、前記引張試験片の表面に描かれたスクライブドサークルを用いた変位測定手段、および前記引張試験片の表面に描かれた直径1mm以下のドットを1mm以下のピッチで付けたグリッドを用いた変位測定手段のうちのいずれか1種であることを特徴とする請求項1または2に記載の引張加工変態発熱測定装置。
【請求項4】
前記試験片撮影装置および前記試験片測温装置が、カメラのピント合わせ用治具を有することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の引張加工変態発熱測定装置。
【請求項5】
対象とする金属材料から採取した引張試験片を、引張試験装置の一対のチャックにセットし、該引張試験装置の荷重負荷手段で引張変形させる金属材料の引張試験方法において、
前記引張試験片を、一方の側の表面に黒体ラッカーを塗布した引張試験片とし、
前記引張試験片の周囲の少なくとも半分以上を暗幕で囲い、引張試験の開始から時系列的に、前記引張試験片に負荷された荷重を荷重計測手段で計測し、前記引張試験片に生じた変位を変位計測手段で計測するとともに、前記引張試験装置に配設された試験片測温装置で、前記引張試験片の一方の側から、引張試験の開始から時系列的に、引張変形中の該引張試験片の温度分布画像を測定し、さらに前記引張試験片の他方の側から、試験片撮影装置で、引張試験の開始から時系列的に、該引張試験片の外観を撮影し、得られた各データを記憶演算装置の演算手段に入力し、演算処理して、前記記憶演算装置の記憶手段に取り出し可能に記憶することを特徴とする金属材料の引張試験方法。
【請求項6】
前記引張変形終了後に、前記記憶手段に記憶された各データを取り出し、前記演算手段により演算して、引張変形中の前記引張試験片の温度分布と変形挙動とを対応させて、可視化して表示することを特徴とする請求項5に記載の金属材料の引張試験方法。
【請求項7】
前記試験片測温装置が二次元の画像を測定可能な赤外線サーモグラフィであり、前記試験片撮影装置がカメラ、ビデオカメラまたはマイクロスコープのいずれかであることを特徴とする請求項5または6に記載の金属材料の引張試験方法。
【請求項8】
前記変位計測手段が、前記引張試験片の表面に貼付した耐熱歪ゲージを用いた変位計測手段、前記引張試験片の表面に描かれたスクライブドサークルを用いた変位計測手段、および前記引張試験片の表面に描かれた直径1mm以下のドットを1mm以下のピッチで付けたグリッドを用いた変位計測手段のうちのいずれか1種であることを特徴とする請求項5ないし7のいずれかに記載の金属材料の引張試験方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属材料の材料試験に係り、とくに引張変形挙動に伴う局所的な加工発熱、変態発熱の発生位置および発生タイミングを可視化できる金属材料の引張加工変態発熱測定装置および金属材料の引張試験方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料の材料試験として、引張試験をはじめ、各種の特性値を評価する試験方法が、例えば、JIS Z 2241-2011 金属材料引張試験方法、JIS Z 2256-2010 金属材料の穴広げ試験方法、JIS Z 2248-2014 金属材料曲げ試験方法等として、標準化されている。しかし、これらの方法は、試験片全体の平均化された材料挙動を把握することに留まっている場合が多く、例えば、各種の特性を示す材料挙動を、局所的な変化を考慮しながら、時系列的に把握して材料の評価を行っている場合は少ない。
【0003】
引張試験ではないが、最近、例えば特許文献1には、穴−穴拡げ金属板の穴拡げ試験方法が記載されている。特許文献1に記載された技術は、金属板開穴部にポンチを当接して押し込みながら、開穴部の穴拡大過程をテレビカメラで撮像してデータ処理装置に入力し、板厚断面の外周端及び内周端が暗となるように画像処理したうえ、周方向に割れ検出を常時繰り返し、割れの軌跡を示す暗部が連続するか否かを判定することにより、板厚方向の内外面から不定位置に発生する割れを検出する穴−穴拡げ金属板の穴拡げ試験方法である。これにより、従来、目視で行っていた拡大開穴部の割れ検出が正確に行えるとしている。
【0004】
また、特許文献2には、金属材料の穴拡げ試験方法が記載されている。特許文献2に記載された技術は、金属板開穴部にポンチを当接して押し込みながら、撮像装置によって打抜き穴の形状を時間を追って撮像してデータ処理装置に入力し、各時刻の撮像画像において打抜き穴板厚断面の内周端を明確化する画像処理を行い、打抜き穴全周について予め定めた周方向ピッチで内周端の位置データを取得して測定点とし、測定点の位置データに近似した真円を定めて擬似円とし、予め判定点数と判定閾値とを定めておき、判定点数以上の連続する個所の測定点において、測定点と擬似円との距離が判定閾値を超えたときを、穴拡げ限界と判定する金属材料の穴拡げ試験方法である。これにより、従来の目視方法と比較して測定ばらつきのない穴拡げ試験判定が可能になるとしている。
【0005】
また、特許文献3には、金属材料の試験方法が記載されている。特許文献3に記載された技術では、金属材料からなる試験片に負荷荷重を与え、その試験片に亀裂が発生した時の変形特性値を求める際に、試験片に負荷荷重を与えた時の変形特性値の時系列変化を計測及び記憶し、変形特性値の時系列変化と同期して、試験片の測定対象面の温度パターンの時系列変化を二次元の温度画像として計測及び記憶し、試験片に亀裂が発生した後の二次元の温度画像から亀裂の発生箇所を特定し、特定された亀裂の発生箇所の温度の時系列変化における特異点を検出して、亀裂の発生時期及び亀裂発生時の変形特性値を判定している。これにより、亀裂の発生時を的確に把握することができるとともに、変形特性値の正確な判定が可能となるとしている。
【0006】
また、特許文献4には、金属材料の試験方法が記載されている。特許文献4に記載された技術では、金属材料からなる試験片に負荷荷重を与え、その試験片に亀裂が発生した時の変形特性値を求める際に、試験片に負荷荷重を与えた時の変形特性値の時系列変化を計測及び記憶し、変形特性値の時系列変化と同期して、試験片の測定対象面の温度パターンの時系列変化を二次元の温度画像として計測し、二次元画像の各画素毎に記憶し、記憶された温度パターンの時系列変化から、特異の温度変化履歴を生じた画素を順次抽出し、抽出された画素が予め設定された数以上に前後、左右及び斜め方向に隣接連結している画素数を検出して亀裂発生箇所を特定し、画素群の中から最初に特異の温度変化履歴を生じた画素を亀裂の始まり点として特定し、亀裂の始まり点の温度履歴の特異点を検出することにより、亀裂の発生時期及び亀裂発生時の変形特性値を判定している。これにより、測定点が移動しても正確に亀裂の発生時を的確に把握することができ、亀裂の発生箇所、発生時期、亀裂発生時の変形特性値の正確な判定が可能となるとしている。
【0007】
また、特許文献5には、金属材料の試験方法が記載されている。特許文献5に記載された技術では、金属材料からなる試験片に負荷荷重を与え、その試験片に亀裂が発生した時の変形特性値を求める際に、試験片に負荷荷重を与えた時の変形特性値の時系列変化を計測及び記憶し、変形特性値の時系列変化と同期して、試験片の測定対象面の温度パターンの時系列変化を計測及び記憶し、さらに、変形特性値の時系列変化と同期して、試験片の測定対象面を撮像し、その撮像画像を記憶し、記憶された撮像画像から負荷荷重により試験片の測定対象面に発生する亀裂を検出し、亀裂の発生箇所を特定し、記憶された温度パターンの時系列変化から特定された亀裂の発生箇所の温度の時系列変化を検索し、検索された亀裂の発生箇所の温度の時系列変化の特異点を検出して亀裂の発生時期、亀裂発生時の変形特性を判定している。これにより、亀裂の発生時を的確に把握することができ、変形特性値の正確な判定が可能となるとしている。
【0008】
また、特許文献6には、ひずみ測定方法が記載されている。特許文献6に記載された技術は、試験体に外力を作用させる前後で、試験体の外力作用前画像と作用後画像を撮影しておき、外力作用前画像と作用後画像とからパターンのマッチングにより仮伸縮率を求め、得られた仮伸縮率に基づき、外力作用前画像のパターンまたは作用後画像のパターンを変形し、変形されたパターンに基づき、外力作用後画像から、パターンのマッチングにより伸縮率を求めるひずみ測定方法である。これによれば、パターンの変形を考慮し、測定精度の向上と情報処理量の低減が図れるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第3612154号公報
【特許文献2】特許第5170146号公報
【特許文献3】特許第3292062号公報
【特許文献4】特許第3292063号公報
【特許文献5】特許第3327134号公報
【特許文献6】特開2012−83309号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1〜5に記載された技術はいずれも、テレビ(ビデオ)カメラや赤外線カメラを使用して、リアルタイムに試験片の外観や温度分布を撮影し、データ解析して、割れ、亀裂の発生時期や発生位置の特定や、割れ、亀裂発生時の変形特性値を正確に測定できるとしている。しかし、特許文献1〜5には、穴拡げ試験についての記載しかなく、引張試験についてまでの具体的な言及はない。また、特許文献6に記載された技術は、カメラやビデオカメラを利用して試験体に描かれたマーク(パターン)を撮影して、簡便にひずみを測定している。しかし、特許文献6には、引張変形時に生じる発熱についての記載はなく、特許文献6に記載された技術では、時系列的に発熱を含む変形過程を追従することは難しいという問題があった。
【0011】
金属材料の代表的な材料試験として、引張試験がある。引張試験は、JIS Z 2241として標準化されており、最新版としてJIS Z 2241−2011がある。しかし、引張試験中の材料の変形過程については、応力−歪曲線や、あるいはさらに試験片の外観観察等から、推測する程度に留まっていた。とくに、ネッキング前の加工硬化挙動やネッキング後の変形挙動など、局所的な変形挙動についての情報を得ることは難しく、さらに、TRIP鋼などの変形中に変態が生じるような場合には、変態開始時期や、変態の発生位置などの局所的な情報を得ることが難しいという問題があった。
【0012】
そこで、本発明は、かかる従来技術の問題を解決し、引張試験における局所的な引張変形挙動を追従することが可能な、金属材料の引張加工変態発熱測定装置及び金属材料の引張試験方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記した目的を達成するために、引張試験における変形挙動を時系列的に可視化する方法について鋭意検討した。その結果、まず、引張変形中に発生する熱(加工に伴う発熱現象および変態に伴う発熱現象)を利用することに想到した。そして、赤外線サーモグラフィを用いて、引張試験時に引張試験片全体の温度分布を時系列的に測定し、可視化することに思い至った。しかも、上記した画像を、負荷荷重とそれによって生じる変位とに同期して測定(記録)すれば、局所的な加工発熱および変態発熱の発生位置および発生タイミングを荷重−変位(ストローク)曲線(応力−歪曲線)と対応して示すことができ、局所的な引張変形挙動の解析に有効であることに想到した。
【0014】
しかし、引張試験中に引張試験片に生じる発熱現象は、微弱で、通常では精度良く測定することが難しく、局所的な変形挙動の解析に用いることには問題があった。そこで、更なる検討を行った結果、引張試験片の表面(測温面)に黒体ラッカーを塗布した引張試験片を用いることに思い至った。なお、測温面に塗布するラッカーは、放射率が0.94以上で、耐熱温度が500℃以上の耐熱性を有し、変形後に剥離等の状態変化の少ないものとすることが好ましいことも知見した。
【0015】
このような黒体ラッカーを測温面に塗布した引張試験片(高Mn系TRIP鋼板:残留γ:31面積%)を用い、さらに、引張試験片の周りを暗幕で遮光した状態で、引張試験を実施した。そして、引張試験中の荷重、変位を時系列的に測定するとともに、引張試験片測温面を赤外線サーモグラフィにより時系列的に測温し、温度分布画像を得た。温度分布画像は、引張試験時の荷重、変位に同期して記録した。得られた結果の一例を
図1に示す。なお、
図1(a)は、応力−歪曲線であり、
図1(b)は、各歪における引張試験片の温度分布画像であり、白く見える領域ほど高い温度となっていることを示す。
図1(b)に示す温度分布画像には、リューダース帯の伝播に近い発熱現象(1)や、局所的発熱現象(2,3)、破断部近傍の発熱状態(4)が、鮮明に示されている。
【0016】
本発明は、かかる知見に基づき、さらに検討を加えて完成されたものである。すなわち、本発明の要旨は、つぎのとおりである。
(1)金属材料製の引張試験片に一対のチャックを介し負荷荷重を与える荷重負荷手段を有する引張試験装置と、前記負荷荷重を時系列的に計測する荷重計測手段と、前記負荷荷重により前記引張試験片に生じる変位を時系列的に計測する変位計測手段と、を有する計測装置と、前記引張試験片の変形状況を、時系列的に撮影可能に配設された試験片撮影装置と、前記引張試験片の温度を、時系列的に計測可能に配設された試験片測温装置と、前記計測装置、前記試験片撮影装置および前記試験片測温装置から得られたデータを演算する演算手段と、得られたデータおよび演算結果を取り出し可能に記憶する記憶手段とを有する記憶演算装置と、前記記憶演算装置からのデータを表示する表示装置とを有する引張加工変態発熱測定装置であって、前記引張試験片を、測温面に黒体ラッカーが塗布された引張試験片とし、前記引張試験装置を、該引張試験片の周囲の少なくとも半分以上を囲む暗幕を有する装置とし、前記表示装置に、引張変形中の前記引張試験片の変形挙動と温度分布とが対応可能に可視化されて表示させることを特徴とする引張加工変態発熱測定装置。
(2)(1)において、前記試験片撮影装置がカメラ、ビデオカメラまたはマイクロスコープのいずれかであり、前記試験片測温装置が二次元の温度分布画像を測定可能な赤外線サーモグラフィであることを特徴とする引張加工変態発熱測定装置。
(3)(1)または(2)において、前記変位測定手段が、前記引張試験片の表面に貼付された耐熱歪ゲージを用いた変位測定手段、前記引張試験片の表面に描かれたスクライブドサークルを用いた変位測定手段、および前記引張試験片の表面に描かれた直径1mm以下のドットを1mm以下のピッチで付けたグリッドを用いた変位測定手段のうちのいずれか1種であることを特徴とする引張加工変態発熱測定装置。
(4)(1)ないし(3)のいずれかにおいて、前記試験片撮影装置および前記試験片測温装置が、カメラのピント合わせ用治具を有することを特徴とする引張加工変態発熱測定装置。
(5)対象とする金属材料から採取した引張試験片を、引張試験装置の一対のチャックにセットし、該引張試験装置の荷重負荷手段で引張変形させる金属材料の引張試験方法において、前記引張試験片を、一方の側の表面に黒体ラッカーを塗布した引張試験片とし、前記引張試験片の周囲の少なくとも半分以上を暗幕で囲い、引張試験の開始から時系列的に、前記引張試験片に負荷された荷重を荷重計測手段で計測し、前記引張試験片に生じた変位を変位計測手段で計測するとともに、前記引張試験装置に配設された試験片測温装置で、前記引張試験片の一方の側から、引張試験の開始から時系列的に、引張変形中の該引張試験片の温度分布画像を測定し、さらに前記引張試験片の他方の側から、試験片撮影装置で、引張試験の開始から時系列的に、該引張試験片の外観を撮影し、得られた各データを記憶演算装置の演算手段に入力し、演算処理して、前記記憶演算装置の記憶手段に取り出し可能に記憶することを特徴とする金属材料の引張試験方法。
(6)(5)において、前記引張変形終了後に、前記記憶手段に記憶された各データを取り出し、前記演算手段により演算して、引張変形中の引張試験片の温度分布と変形挙動とを対応させて、可視化して表示することを特徴とする金属材料の引張試験方法。
(7)(5)または(6)において、前記試験片測温装置が二次元の画像を測定可能な赤外線サーモグラフィであり、前記試験片撮影装置がカメラ、ビデオカメラまたはマイクロスコープのいずれかであることを特徴とする金属材料の引張試験方法。
(8)(5)ないし(7)のいずれかにおいて、前記変位計測手段が、前記引張試験片の表面に貼付した耐熱歪ゲージを用いた変位計測手段、前記引張試験片の表面に描かれたスクライブドサークルを用いた変位計測手段、および前記引張試験片の表面に描かれた直径1mm以下のドットを1mm以下のピッチで付けたグリッドを用いた変位計測手段のうちのいずれか1種であることを特徴とする金属材料の引張試験方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、引張試験中の引張試験片の変形挙動と温度分布と対応して時系列的に可視化することができ、局所的な発熱の発生位置および発生タイミング等から、鋼板等の材料の変形挙動を解析することができ、例えば、自動車、缶、建築等用高強度鋼板の開発に大きく寄与することが期待され、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】引張試験を行って得られた応力−歪曲線と、引張試験片温度分布との対応を示す説明図である。
【
図2】本発明引張加工変態発熱測定装置の構成の一例を模式的に示す説明図である。
【
図3】変位計測手段を、(a)耐熱歪ゲージとした場合、(b)スクライブドサークルとした場合、における試験片外観の一例を模式的に示す説明図である。
【
図4】実施例において使用した鋼板(鋼板A)の変形挙動と局所的発熱状態の対応の一例を示す説明図である。
【
図5】実施例において使用した鋼板(鋼板B)の変形挙動と局所的発熱状態の対応の一例を示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明で使用する引張加工変態発熱測定装置は、引張試験装置2と、計測装置3と、試験片撮影装置4と、試験片測温装置5と、記憶演算装置6と、表示装置7とを有する。
図2に、本発明で使用する引張加工変態発熱測定装置の構成の一例を示す。
【0020】
引張試験装置2には、荷重負荷手段2aを有する。荷重負荷手段2aは、引張試験片1に、好ましくは所定の引張速度で、荷重を負荷することができ、通常の引張試験が実施できればよい。なお、荷重負荷手段2aには、一対のチャック2a1,2a2が着脱容易に配設され、引張試験片1への荷重負荷を可能にする。
【0021】
また、計測装置3は、負荷荷重を時系列的に計測する荷重計測手段3aと、負荷荷重により引張試験片1に生じる変位を時系列的に計測する変位計測手段3bとを有する。なお、荷重計測手段3aとしてはロードセルが例示できる。また、変位計測手段3bとしては、荷重計測手段3aのストロークを測定する変位計を用いても、あるいは引張試験片1に貼付した耐熱歪ゲージ、あるいは引張試験片1表面に描いたスクライブドサークル、あるいは引張試験片1の表面に描かれた直径1mm以下のドットを1mm以下のピッチで付けたグリッドを用いても良い。なお、スクライブドサークル、グリッドを使用する場合には、
図3に示すように、引張試験片の一方の側に描かれたスクライブドサークルあるいはグリッド(図示せず)を、試験片撮影装置4で時系列的に撮影し、得られた画像から円の局所的な変位量を読み取り、記憶演算装置6の演算手段6aに入力する。
【0022】
計測装置3は、記憶演算装置6に接続され、計測装置3により得られたデータ(荷重、変位データ)を演算手段6aに入力し、取り出し可能に記憶手段6bに記憶する。なお、計測装置3では、得られたデータをアナログ値からデジタル値へ変換して、演算手段6aに入力する。
【0023】
本発明では、引張試験装置2には、引張試験片1の周囲の少なくとも半分以上を囲む暗幕2bが配設される。暗幕2bで、引張試験片1の周囲の少なくとも半分を遮光し、測温面を暗くする。これにより、引張変形中の引張試験片の発熱状況が明確に計測可能となる。引張試験片1の測温面での発熱は微量であるため、引張試験片1の測温面が明るい状態では、引張試験片1の発熱量(温度)を精度良く計測することができない。暗幕2bは、引張試験での破片の飛散防止という観点から、安全カバーの役割をも持たせる必要があり、完全遮光暗幕とすることが好ましい。
【0024】
また、試験片撮影装置4は、引張試験片の一方の側(面)を撮影可能に配設される。被撮影面である引張試験片の一方の側(面)に、試験片撮影装置4のカメラのピントが合うような位置(被撮影面から300mm以上離れた位置)に配設する必要があることはいうまでもない。撮影開始前に、試験片撮影装置4のカメラのピントを被撮影面に合わせる。試験片撮影装置4は、引張変形中の、引張試験片1の外観、引張試験片1表面に描かれたスクライブドサークルまたは直径1mm以下のドットを1mm以下のピッチで付けたグリッドを、時系列的に撮影する。これにより、引張変形中の試験片外観の変化を記録するとともに、スクライブドサークルを用いた変位計測手段、またはグリッドを用いた変位計測手段として、機能する。試験片撮影装置4としては、カメラ、ビデオカメラまたはマイクロスコープのいずれかが例示できる。
【0025】
試験片撮影装置4は、記憶演算装置6に接続され、得られたデータ(変位データ)を演算手段6aに入力する。得られたデータは、演算処理されて、取り出し可能に記憶手段6bに記憶される。
【0026】
また、試験片測温装置5は、引張試験片1の他方の側(被測温面)を計測可能に配設される。精度良く計測するためには、引張試験片の他方の側(被測温面)に、試験片測温装置5のカメラのピントが合うような位置(好ましくは被測温面から300mm以上離れた位置)に配設する必要があることはいうまでもない。計測開始前に、カメラのピントを被計測面に合わせる。通常では引張試験片の温度と室温とが同じで、ピントを合わせにくいため、ピント合わせ治具を利用することが好ましい。ピント合わせ治具は、異なる低温度に冷却した所定厚さの薄鋼板を着脱容易に保持し、計測する引張試験片の前に一定時間かざすことができる治具とすることが好ましい。
【0027】
試験片測温装置5としては、引張試験片1の一方の側の面(測温面)のような二次元の温度分布(画像)を測温可能なように、赤外線サーモグラフィとすることが好ましい。なお、引張試験における局部的な発熱現象を精度良く測定するために、赤外線サーモグラフィの解像度は、320×256ピクセル以上、ピクセルピッチは50μm以下、インターバル記録は2秒以下であり、200℃以上の温度が測定可能であることが好ましい。
【0028】
試験片測温装置5は、記憶演算装置6に接続され、得られたデータ(画像)(温度分布画像)を演算手段6aに入力する。得られたデータは、荷重、変位データと同期させるなど演算処理されて、記憶手段6bに取り出し可能に記憶される。
【0029】
また、記憶演算装置6は、演算手段6aと記憶手段6bとを有するパソコン等が例示できる。演算手段6aでは得られたデータを用いて演算処理がなされ、所望の関係図等を作成できる。時系列的にデータが記憶されていることから、例えば応力−歪曲線、応力−歪曲線と温度分布画像との対応図など作成することが可能である。記憶手段6bでは、各装置で採取されデータを取り出し可能に記憶できる。記憶演算装置6には、得られたデータを表示するための表示装置7が付設されることはいうまでもない。表示装置7としては、プリンター、CRT等が例示でき、カラー表示可能とすることが好ましい。
【0030】
つぎに、本発明の金属材料の引張試験方法について説明する。
【0031】
本発明の金属材料の引張試験方法では、例えば
図2に示す引張加工変態発熱測定装置を用いて行うことが好ましい。
【0032】
まず、対象とする金属材料から引張試験片1を採取する。なお、引張試験片1の形状は、板状、角状、棒状等いずれでもよくとくに限定する必要はないが、板状が表裏の引張変形挙動を対応させるという観点から好ましい。
【0033】
そして採取された引張試験片1の一方の側の表面(被測温面)に黒体ラッカーを塗布する。被測温面に塗布するラッカーは、放射率が0.94以上で、耐熱温度が500℃以上となる耐熱性を有し、変形後に剥離等の状態変化の少ないものとすることが好ましい。放射率が0.94未満では、観測される試験片表面の温度が低く、測定される温度分布画像が所望の精度を確保できない。また、耐熱温度が500℃未満では、引張試験時に所望の温度分布画像を得ることができない。本発明で使用する黒体ラッカーとしては、市販品である、カンペパピオ(株)製「テルモスプレー」(商品名)、あるいは(株)キーエンス製「黒体スプレー」(商品名)等が例示できる。なお、黒体ラッカーを塗布した状態で、試験片測温装置(赤外線サーモグラフィ)による撮影(測温)で表示される温度と、試験片の実体温度とが誤差のないように、試験片に熱電対を溶着し、試験片温度を実測し、試験片測温装置の表示温度と対比し、実測した温度に一致するように、試験片測温装置における放射率等の調整を行っておくことはいうまでもない。
【0034】
黒体ラッカーを一方の側の面に塗布された引張試験片1は、引張試験装置2の一対のチャック2a1,2a2にセットされる。そして、引張試験片1の周囲の少なくとも半分以上を暗幕で囲い、少なくとも引張試験片1の黒体ラッカーが塗布された一方の面(被測温面)を暗く保持して、引張試験を実施する。
【0035】
なお、引張試験を開始する前に、好ましくは被測温面から300mm以上離れた位置に配設された試験片測温装置5のカメラのピントを被測温面に合わせる。この際、ピントが合わせにくいため、ピント合わせ治具を利用し、低温度に冷却した所定厚さの薄鋼板を保持し、計測する引張試験片の前に一定時間かざしてピント合わせを行うことが好ましい。ピントを合わせたのちは、薄鋼板をピント合わせ治具から外すことはいうまでもない。また、試験片撮影装置4についても、同様に、カメラのピントを被撮影面に合わせておく。
【0036】
セットされた引張試験片1に、荷重負荷手段2aにより、所望の引張速度で、荷重を負荷し、引張変形する。
【0037】
引張試験開始から時系列的に、荷重計測手段3aを用いて引張試験片1に負荷された荷重を、また、変位計測手段3bを用いて引張試験片に生じた変位を、計測する。得られたデータは、演算手段6aに入力され、演算処理されて、取り出し可能に記憶手段6bに記憶される。
【0038】
また、同時に、引張開始から時系列的に、試験片測温装置5を用いて、引張変形中の引張試験片の温度分布画像を測定(撮影)する。好ましくは赤外線サーモグラフィで、引張試験片全域で二次元の温度分布画像が得られるように、被測温面を撮影する。得られたデータは、演算手段6aに入力し、演算処理されて、取り出し可能に記憶手段6bに記憶(格納)される。
【0039】
また、同時に、引張開始から時系列的に、引張試験片1の他方の側から、試験片撮影装置4で、引張試験片1の外観を撮影し、試験片の変形状況を確認する。なお、変位計測手段として、引張試験片表面に描かれたスクライブドサークルを用いる場合には、時系列的に撮影された映像から、局所的な円の変形量を測定し、局所的な変位量を時系列的に算出することができる。また、変位計測手段として、引張試験片表面に描かれたグリッドを用いる場合には、時系列的に撮影された映像から、局所的なドットとドットの間の変位量を測定し、局所的な変位量を時系列的に算出することができる。
【0040】
記憶手段6bに格納されたデータは、引張開始から時系列的に採取されていることから、荷重と変位とを同期させて、荷重と変位の関係(曲線)、あるいは応力と歪の関係(曲線)を求めることができ、さらに、引張試験片の温度分布画像が時系列的に採取されていることから、局所的な加工発熱あるいは局所的な変態発熱の発生位置、発生タイミングを、応力−歪曲線とを対応させることにより、金属材料の変形挙動を解析することができる。さらに、耐熱歪ゲージやスクライブドサークルを用いた局所的な歪の計測により、同一位置、同一タイミングでの、局所的な加工発熱あるいは局所的な変態発熱と局所的歪とを対応(照合)させて変形挙動を解析することもできる。
【実施例】
【0041】
金属材料として、質量%で、0.15%C−1.5%Si−5.5%Mnを含む高Mn系TRIP鋼板(鋼種A、残留γ:31面積%;板厚:1.2mm)および0.21%C−1.5%Si−2.1%Mnを含む高C系TRIP鋼板(鋼種:B、残留γ:17面積%;板厚:1.2mm)を選定した。
【0042】
これら鋼板から、引張試験片(JIS 5号試験片)を採取し、一方の表面(被測温面)に黒体ラッカーを塗布した。使用したラッカーは、放射率:0.95で耐熱温度:550℃のラッカー(カンペパピオ(株)製「テルモスプレー」(商品名))とした。
【0043】
上記したラッカーを測温面に塗布した引張試験片1について、
図2に示す引張加工変態発熱測定装置を用いて、引張試験を実施した。なお、実施にあたっては、引張試験片の周りを暗幕2bで遮光した状態とした。
【0044】
引張試験片1を一対のチャック2a1,2a2にセットしたのち、荷重負荷手段2aにより引張速度:10mm/minで、引張り、引張試験片1に荷重を負荷した。そして、引張試験開始から時系列的に、引張試験中の荷重をロードセル(荷重計測手段3a)で、変位(ストローク)を変位計(変位計測手段3b)で計測し、デジタル値に変換して、演算手段6aに入力し、演算処理して記憶手段6bに格納した。
【0045】
また、同時に、引張試験開始から時系列的に、試験片測温装置5として赤外線サーモグラフィで引張試験片のラッカーを塗布した面(被測温面)を測温し、二次元の温度分布画像を得て、演算手段6aに入力し、演算処理して記憶手段6bに格納した。引張試験は、破断まで行った。
【0046】
記憶手段6bに格納された、引張試験開始から時系列的に計測された荷重、変位のデータから、演算手段6aで処理して、荷重−変位曲線、さらに公称応力−公称歪曲線として、可視化(表示)し、
図4(a)、
図5(a)に示す。この公称応力−公称歪曲線の各位置に対応して、得られた温度分布画像を
図4(b)、
図5(b)に示す。得られた温度分布画像の原図は、カラー表示されているが、ここでは、白黒表示とした。白色が強い領域ほど温度が高い領域であることを示す。
【0047】
なお、参考として、引張試験片幅中央位置で長手方向に沿った温度分布曲線(ラインプロファイル)を
図4(c)、
図5(c)に示す。
【0048】
図4(c)、
図5(c)における位置0mmは、引張試験片の標点の下端部に一致させている。引張試験片の標点距離は50mmであり、引張試験前における標点の下端部を位置0mmとし、上端部を位置50mmとして引張試験を行った。引張試験では下部を固定し、上方向に引張り、変形させる。したがって標点の下端部(位置0mm)は引張試験中固定され、位置の変動はない。
【0049】
得られた温度分布画像から、鋼種Aでは、リューダース帯の伝播に近い挙動と残留γの変態発熱とが確認できる(
図4(b)1参照)。また、ネッキング前の加工硬化挙動が段階的に確認でき、それに伴う局所的発熱の存在を確認できる(
図4(b)2〜3参照)。また、ネッキング部近傍の発熱状態も確認できる(
図4(b)4参照)。
【0050】
鋼種Bでは、リューダース帯の伝播に近い挙動はなく、残留γのマルテンサイトへの変態による発熱が顕著に確認できる(
図5(b)2,3参照)。また、ネッキング部近傍の発熱状態も確認できる(
図5(b)4参照)。
【0051】
このように、本発明によれば、鋼種によらず、引張変形における局所的な加工発熱、変態発熱を、その発生位置、発生タイミングとともに、明確に確認できることがわかる。一方、引張試験片に黒体ラッカーを塗布しない場合(比較例)には、暗幕を使用して試験片周囲を暗くしても、局所的な加工発熱、変態発熱を精度よく、確認することはできなかった。
【符号の説明】
【0052】
1 引張試験片
2 引張試験装置
3 計測装置
4 試験片撮影装置
5 試験片測温装置
6 記憶演算装置
7 表示装置