特許第6044900号(P6044900)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6044900
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】生物材料用透明化試薬、及びその利用
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/30 20060101AFI20161206BHJP
   G01N 1/28 20060101ALI20161206BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20161206BHJP
   G02B 21/34 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
   G01N1/30
   G01N1/28 J
   G01N33/48 P
   G02B21/34
【請求項の数】14
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2013-516357(P2013-516357)
(86)(22)【出願日】2012年5月18日
(86)【国際出願番号】JP2012062874
(87)【国際公開番号】WO2012161143
(87)【国際公開日】20121129
【審査請求日】2015年3月30日
(31)【優先権主張番号】特願2011-114009(P2011-114009)
(32)【優先日】2011年5月20日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】宮脇 敦史
(72)【発明者】
【氏名】濱 裕
(72)【発明者】
【氏名】阪上 朝子
【審査官】 土岐 和雅
(56)【参考文献】
【文献】 特開2007−051957(JP,A)
【文献】 特表2003−517601(JP,A)
【文献】 特開平06−080502(JP,A)
【文献】 特開平03−167472(JP,A)
【文献】 特開2003−066035(JP,A)
【文献】 米国特許第06472216(US,B1)
【文献】 米国特許第06703242(US,B1)
【文献】 米国特許第06232092(US,B1)
【文献】 特許第5858435(JP,B2)
【文献】 Guennadi A Khoudili et al.,Optimisation of the two-dimension gel electrophoresis protocol using the Taguchi approach,Proteome Science,2004年 9月 9日,2-6,1-12
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N1/00〜1/44、33/48〜33/98、G02B21/00〜21/34
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)、Tomson Innovation、CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
尿素及び尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも一種の化合物を1M以上で8.5M以下の範囲内の濃度で含み、グリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含み、かつ、非イオン性の界面活性剤を含む、溶液であることを特徴とする生物材料用透明化試薬。
【請求項2】
上記化合物として尿素を含む、溶液であることを特徴とする請求項1に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項3】
水溶液であることを特徴とする請求項1又は2に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項4】
上記非イオン性の界面活性剤が、TritonX(登録商標)、Tween(登録商標)、及びNP-40(商品名)からなる群より選択される少なくとも一種であることを特徴とする請求項1から3の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項5】
水溶性の高分子化合物をさらに含むことを特徴とする請求項3、又は請求項3を引用する請求項4に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項6】
水溶性の上記高分子化合物が、パーコール(登録商標)、フィコール(登録商標)、ポリエチレングリコール、及びポリビニルピロリドンからなる群より選択される少なくとも一種であることを特徴とする請求項5に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項7】
グリセロールを27(w/v)%以上で33(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことを特徴とする請求項1から6の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項8】
尿素を3M以上で5M以下の範囲内の濃度で、上記界面活性剤を0.025(w/v)%以上で5(w/v)%以下の範囲内の濃度でそれぞれ含むことを特徴とする請求項1から7の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項9】
多細胞動物由来の組織又は器官、或いはヒトを除く多細胞動物を透明化するものであることを特徴とする請求項1から8の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬。
【請求項10】
請求項1から8の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬と、単離された生物材料とを含んでなり、当該生物材料を透明化するために生物材料の内部に生物材料用透明化試薬が浸潤していることを特徴とする生物材料透明化処理システム。
【請求項11】
請求項1から8の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬を、単離された生物材料中に浸潤して、当該生物材料を透明化する工程、を含むことを特徴とする生物材料の透明化方法。
【請求項12】
請求項1から8の何れか一項に記載の生物材料用透明化試薬を含むことを特徴とする生物材料用透明化処理キット。
【請求項13】
請求項11に記載の方法により透明化した生物材料を、光学顕微鏡により観察する工程を含むことを特徴とする、生物材料の観察方法。
【請求項14】
尿素及び尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも一種の化合物を1M以上で8.5M以下の範囲内の濃度で含み、かつ、グリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含む、溶液であることを特徴とする生物材料用透明化試薬を、単離された生物材料中に浸潤して、当該生物材料を透明化する工程、を含む方法によって透明化した生物材料を、光学顕微鏡により観察する工程を含むことを特徴とする、生物材料の観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物材料用の透明化試薬、及びその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
光学顕微鏡を用いて不透明な組織内部を観察する際には、透明化試薬を用いた前処理(透明化処理)が行われる。
【0003】
透明化試薬及び前処理方法としては、例えば、特許文献1及び非特許文献1に記載のAnn-Shyn ChiangによるFocus Clear(商品名)溶液、或いは非特許文献2に記載のHans-Ulrich Dodtらのtissue clearing methodが代表的なものとして知られている。これらは何れも、組織を透明化することで、組織中に存在する蛍光物質を観察する目的で使用される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第6472216号公報(特許日2002年10月29日)
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Ann-Shyn Chiang et al.: Insect NMDA receptors mediate juvenile hormone biosynthesis. PNAS 99(1), 37-42 (2002).
【非特許文献2】Hans-Ulrich Dodt et al.: Ultramicroscopy: three-dimensional visualization of neuronal networks in the whole mouse brain. Nature Methods 4 (4), 331-336 (2007).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記の方法は何れも、透明化処理の有効成分等として有機溶剤が必須であるため、生組織に用いることは難しく、適用対象が専ら固定化サンプルに限定されるという問題がある。また、透明化処理の対象となる生物材料の収縮を引き起こしうるという問題がある。
【0007】
本発明に先立ち、本願発明者らは、尿素を用いれば、生物材料を透明化することが出来ることを見出している。尿素は、生物親和性に優れた成分であるため、透明化処理の有効成分として尿素又は尿素誘導体を用いれば、上記の問題を解決しうる。
【0008】
本願発明者らは、さらに、尿素又は尿素誘導体を用いて、脆弱な組織に対しても組織の変形等の虞をより低減しうる透明化処理方法の開発という課題に着手した。
【0009】
本願発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、有効成分として尿素又は尿素誘導体を用いた新規な生物材料用透明化試薬、及びその利用を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するために、本願発明者らは鋭意検討を行なった。その結果、透明化処理の有効成分として尿素又は尿素誘導体を含む溶液に、所定の濃度以上のグリセロールを共存させることによって、脆弱な組織に対しても組織の変形等がより確実に抑制可能となることを見出した。これにより、本願発明を想到するに至った。
【0011】
すなわち、本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記の課題を解決するために、尿素及び尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも一種の化合物を1M以上で8.5M以下の範囲内の濃度で含み、かつ、グリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含む、溶液であることを特徴としている。
【0012】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記構成を前提として、上記化合物として尿素を含む、溶液である。
【0013】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記構成を前提として、水溶液である。
【0014】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記何れかの構成を前提として、界面活性剤を含んでいる。
【0015】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記界面活性剤が非イオン性の界面活性剤である。
【0016】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記非イオン性の界面活性剤が、TritonX(登録商標)、Tween(登録商標)、及びNP-40(商品名)からなる群より選択される少なくとも一種である。
【0017】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記何れかの構成を前提として、水溶性の高分子化合物をさらに含む。
【0018】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、水溶性の上記高分子化合物が、パーコール(登録商標)、フィコール(登録商標)、ポリエチレングリコール、及びポリビニルピロリドンからなる群より選択される少なくとも一種である。
【0019】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記何れかの構成を前提として、グリセロールを27(w/v)%以上で33(w/v)%以下の範囲内の濃度で含む。
【0020】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記何れかの構成を前提として、尿素を3M以上で5M以下の範囲内の濃度で、上記界面活性剤を0.025(w/v)%以上で5(w/v)%以下の範囲内の濃度でそれぞれ含む。
【0021】
本発明に係る生物材料用透明化試薬は、上記何れかの構成を前提として、多細胞動物由来の組織又は器官、或いはヒトを除く多細胞動物を透明化するものである。
【0022】
本発明に係る生物材料透明化処理システムは、上記の課題を解決するために、上記何れかの生物材料用透明化試薬と、単離された生物材料とを含んでなり、当該生物材料を透明化するために生物材料の内部に生物材料用透明化試薬が浸潤していることを特徴としている。
【0023】
本発明に係る生物材料の透明化方法は、上記の課題を解決するために、上記何れかの生物材料用透明化試薬を、単離された生物材料中に浸潤して、当該生物材料を透明化する工程、を含むことを特徴としている。
【0024】
本発明に係る生物材料用透明化処理キットは、上記何れかの生物材料用透明化試薬を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0025】
本発明は、有効成分として尿素又は尿素誘導体を用いた生物材料用透明化試薬であって、透明化処理による組織の変形等をより確実に抑制可能なもの、及びその利用を提供することが出来るという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0026】
図1】本発明の一実施例に関し、本発明に係る生物材料用透明化試薬でマウスの脳スライスを透明化処理した後に、当該脳スライスの光の透過率を測定した結果を示す図である。
図2】本発明の他の実施例に関し、本発明に係る生物材料用透明化試薬でマウスの胎仔を処理した結果を示す図である。
図3】本発明の参考例に関し、尿素を主成分として含む生物材料用透明化試薬で透明化処理をする前の生物材料と、透明化処理後に処理前の状態に回復させた生物材料とに対して行った免疫染色の結果を示す図である。
図4】本発明のさらに他の実施例に関し、本発明に係る生物材料用透明化試薬でマウスの胎仔を処理した結果を示す図である。
図5】本発明のさらに他の実施例に関し、本発明に係る生物材料用透明化試薬でマウスの大脳のスライスを処理した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0028】
(生物材料用透明化試薬の有効成分)
本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」とは、生物材料を透明化する必須の有効成分として「尿素」を含む、溶液である。
【0029】
本発明にかかる他の態様における「生物材料用透明化試薬」は、生物材料を透明化する必須の有効成分として「尿素誘導体」を含む、溶液である。
【0030】
上記尿素誘導体の種類は特に限定されないが具体的には例えば、各種のウレイン、又は、下記の一般式(1)に示す化合物である。なお、一般式(1)に示す化合物には一部のウレインが含まれる。本発明にかかる生物材料用透明化試薬は、尿素及び尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも1種の化合物を有効成分として含んでいればよいが、これらの中で尿素を含むことがより好ましい。
【0031】
【化1】
【0032】
一般式(1)に示す尿素誘導体において、R1、R2、R3、R4は、互いに独立に水素原子(但し、R1〜R4の全てが水素原子の場合は尿素自体に相当するので除かれる)、ハロゲン原子、又は炭化水素基であり、炭化水素基を構成する炭素原子が複数個ある場合には当該炭素原子の一部が、窒素原子、酸素原子、硫黄原子等のヘテロ原子により置換されていてもよい。炭化水素基としては、鎖状炭化水素基、及び環状炭化水素基が含まれる。
【0033】
上記鎖状炭化水素基として、例えば、鎖状アルキル基、鎖状アルケニル基、及び鎖状アルキニル基等が例示される。鎖状炭化水素基を構成する炭素数は特に限定されないが、例えば、6以下の直鎖状又は分岐状のものが挙げられ、好ましくは炭素数が1〜3のアルキル基である。鎖状炭化水素基は、例えば、ハロゲン原子等の置換基を有していてもよい。鎖状アルキル基の例としては、メチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、iso−ブチル基、sec−ブチル基、tert−ブチル基、ヘキシル基、オクチル基等が挙げられる。
【0034】
上記環状炭化水素基として、例えば、シクロアルキル基、及びシクロアルケニル基等が例示される。環状炭化水素基は、例えばハロゲン原子等の置換基を有していてもよい。シクロアルキル基の例としては、シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基、等の、炭素数が3以上で、好ましくは6以下のものが挙げられる。シクロアルケニル基の例としては、シクロヘキセニル基等の、炭素数が3以上で、好ましくは6以下のものが挙げられる。
【0035】
上記ハロゲン原子としては、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子等が挙げられる。
【0036】
また、一般式(1)に示す尿素誘導体のより好ましい具体例は、以下の1)〜2)に示す通りである。
1)R1〜R4より選択される任意の3つの基が水素原子であり、残りの1つの基がハロゲン原子、又は炭素数1〜6以下の鎖状炭化水素基である。より好ましくは残りの1つの基が、炭素数1〜3、又は炭素数が1〜2のアルキル基である。
2)R1〜R4より選択される任意の2つの基が水素原子であり、残りの2つの基が互いに独立にハロゲン原子、又は炭素数1〜6以下の鎖状炭化水素基である。より好ましくは残りの2つの基が何れも、炭素数1〜3、又は炭素数が1〜2のアルキル基である。なお、水素原子となる2つの基の一方はR1、R2の何れかから選ばれ、他方はR3、R4の何れかから選ばれることがより好ましい。
【0037】
本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」は、尿素及び尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも一種の上記化合物を1M以上で8.5M以下の範囲内の濃度で含む。当該化合物の濃度は、好ましくは3M以上で5M以下の範囲内であり、より好ましくは3.5M以上で4.5M以下の範囲内であり、さらに好ましくは3.7M以上で4.3M以下の範囲内である。
【0038】
(有効成分として尿素等を用いる利点)
尿素は、毒性が極めて低い生体由来の成分である。そのため、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、1)固定化された生物材料はもとより、固定化されていない(生きた)生物材料の透明化にも用いうるものとなる。2)また、尿素は、蛍光タンパク質へのダメージ、及びその蛍光の消失が比較的少なく、蛍光タンパク質を用いた生物材料の観察にも適用しうるものとなる。3)尿素は、極めて安価で入手容易でもあり、かつ取扱い性に優れるため、極めて低コストかつ簡単な手順で透明化処理を行いうるものとなる。
【0039】
また、上記の利点に加えて、4)従来の生物材料用透明化試薬と比較して、光散乱性が高い不透明な生物材料の透明性を格段に向上させることができ、超深部組織に存在する種々の蛍光タンパク質および蛍光物質の観察が可能となる。5)特に脳組織では、これまで深部観察のバリアーであった白質層を透明化することが可能となり、白質層より深部に位置する領域(例えば脳梁)の観察が可能となる。6)本発明の試薬による透明化処理は可逆的である。具体的には、透明化処理後の生物材料を平衡塩類溶液に浸漬するのみで、透明化処理前の状態に戻すことが可能である。透明化処理の前後においてタンパク質等の抗原性も変化せずに保存されるため、通常の組織染色、及び免疫染色の手法を用いた分析が可能である。
【0040】
なお、尿素に代えて上記した尿素誘導体を用いることによっても、同様の利点が得られうる。
【0041】
(グリセロール)
本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」は、必須の成分として「グリセロール」を含む。「生物材料用透明化試薬」は、グリセロールを、25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含む。グリセロールは通常は乾燥抑制成分として用いられ、その場合には20(w/v)%以下の濃度で充分な効果を示す。しかし、グリセロールを25(w/v)%以上の濃度で含むことにより、透明化処理を受ける生物材料の変形等がより確実に抑制可能となる。その結果、生物材料が極めて脆弱な組織であったとしてもその損傷及び変形を抑制しつつ透明化処理を行いうる。また、透明化処理を迅速に行う観点では、グリセロールの濃度を35(w/v)%以下の範囲内とする。グリセロールの濃度は好ましくは、25(w/v)%以上で33(w/v)%以下の範囲内であり、より好ましくは27(w/v)%以上で33(w/v)%以下の範囲内である。グリセロールがこれらの濃度範囲の場合、本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」は、尿素及び尿素誘導体からなる群から選択される少なくとも一種の上記化合物の濃度は好ましくは3M以上で5M以下の範囲内であり、より好ましくは3.5M以上で4.5M以下の範囲内であり、さらに好ましくは3.7M以上で4.3M以下の範囲内である。グリセロールの濃度と、尿素等の濃度とがいずれも上記範囲内にある場合は、特に、透明化処理のスピードと生物材料の変形抑制の効果とが両立する。
【0042】
また、グリセロールは免疫応答による拒絶が比較的低く、かつ網内系によるトラップが比較的生じ難く肝臓並びに腎臓等に蓄積する虞が比較的低い。そのため、生物材料としての生体に上記「生物材料用透明化試薬」を適用し易いという利点がある。さらに、グリセロールは比較的安価であるという利点もある。
【0043】
(界面活性剤)
本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、必要に応じて界面活性剤を含んでいてもよい。界面活性剤は、生物組織への本試薬の侵入を緩やかに向上させるという理由から、非イオン性の界面活性剤が好ましい。非イオン性の界面活性剤として、ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート、ポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート、ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート、及びポリオキシエチレンソルビタンモノオレエート等の脂肪酸系;ポリビニルアルコール等の高級アルコール系;ポリオキシエチレンオクチルフェニルエーテル等のアルキルフェノール系の界面活性剤が挙げられる。具体的には、例えば、TritonX−100、及びTritonX-140等のTritonX(登録商標)シリーズ;Tween−20、Tween-40、Tween-60、及びTween-80等のTween(登録商標)シリーズ;NP-40(商品名);からなる群より選択される少なくとも一種が挙げられる。界面活性剤は、必要に応じて、二種以上を混合して使用することもできる。
【0044】
これら界面活性剤は、尿素の、生物材料に対する浸透性を高め、透明化処理の効率を向上させうる。特に、脳組織の白質層等、のように、透明化処理が比較的困難な生物材料の透明化を行う場合には、「生物材料用透明化試薬」は界面活性剤を含むことが好ましい。
【0045】
なお、上記界面活性剤は、尿素に対するのと同様に、生物材料に対する尿素誘導体の浸透性を高めうる。
【0046】
(水溶性の高分子化合物)
本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、必要に応じて水溶性の高分子化合物をさらに含んでいてもよい。ここで、高分子化合物とは、分子量が例えば5万〜6万程度以上の大きさであって、細胞内に実質的に侵入しないものである。また、高分子化合物は、生物材料の変性等を引き起こさないものが好ましい。水溶性の高分子化合物として、具体的には、例えば、架橋型シュークロース高分子物質、ポリエチレングリコール、ポリビニルピロリドン、又はパーコール(商品名。コロイド状シリカをポリビニルピロリドン皮膜で被覆した高分子物質)等が挙げられる。架橋型シュークロース高分子物質として、具体的には例えば、フィコール(Ficoll)PM70(商品名))のような、シュークロースをエピクロルヒドリンで架橋(共重合)した重量平均分子量約7万の高分子物質等が挙げられる。
【0047】
これら水溶性の高分子化合物は、尿素及び尿素誘導体とは異なり細胞内に浸入することがなく、また水溶性であるから、細胞内外の浸透圧差の調整に寄与すると考えられる。そのため、透明化処理の対象となる生物材料の原型維持に寄与し、とりわけ、生物材料の膨張の防止に寄与する。特に限定されないが、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」の浸透圧が比較的高い場合には、当該試薬はこれら水溶性の高分子化合物を含むことが好ましい。
【0048】
(その他の成分)
本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、必要に応じて、カルボキシビニルポリマー、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、プロピレングリコール、ならびにマクロゴールから選択される少なくとも一種の化合物を「乾燥抑制成分」として含むことができる。乾燥抑制成分は、透明化処理の対象となる生物材料の乾燥を防止する。とりわけ、透明化処理後に光学顕微鏡による観察に供されるまでの時間が比較的長い場合、或いは、光学顕微鏡による長時間観察に供される場合には、本発明の試薬は、上記の乾燥抑制成分を含むことが好ましい。なお、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、所定濃度のグリセロールを必須の成分として含むが、グリセロールは乾燥抑制作用も有する。したがって、当該生物材料用透明化試薬は、上記乾燥抑制成分を別途含まなくとも相応以上の乾燥抑制効果を有している。
【0049】
また、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、上述した「尿素及び/又は尿素誘導体」、「界面活性剤」及び「水溶性の高分子化合物」以外に、例えば、pH調整剤、及び浸透圧調整剤等の添加剤を必要に応じて含んでいてもよい。
【0050】
(溶媒)
本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、尿素が可溶な溶媒を含む溶液である。溶媒の種類は、尿素が可溶な限り特に限定されないが、水を主溶媒として用いることが好ましく、水のみを溶媒として用いることが特に好ましい。なお、本発明において、「水を主溶媒として用いる」とは、使用される全溶媒に占める水の体積の割合が他の溶媒と比較して最も多いことを指し、好ましくは使用される全溶媒の体積の合計の50%を超え100%以下の量の水を用いることを指す。また、水を主溶媒として用いて調製された「生物材料用透明化試薬」を、水溶液としての「生物材料用透明化試薬」と称する。
【0051】
なお、水を主溶媒として用いた場合には、例えば、固定化した標本にはジメチルスルホキシド(DMSO)を水と混合し用いてもよい。例えば固定化した標本にDMSOを混合して用いれば、生物材料に対する試薬の浸透性の向上、及び角質表面を有する組織の透明化処理促進等の効果が期待される。
【0052】
溶媒として水を用いる主な利点は、以下の通りである。1)本発明に係る「生物材料用透明化試薬」の有効成分である尿素は水への溶解性に優れているため、生物材料用透明化試薬の調製が容易かつ低コストとなる。2)有機溶剤を主溶媒として用いる場合と比較して、透明化処理時に処理対象となる生物材料の脱水を伴わない。そのため、生物材料が収縮するという問題を抑制可能となる。3)有機溶剤を主溶媒として用いる場合と比較して、蛍光タンパク質に損傷を与える可能性が著しく低減される。そのため、透明化処理を受けた生物材料を、蛍光タンパク質を用いて観察可能となる。4)固定化された材料に限定されず、生材料の透明化処理に適用可能となる。5)後述するように透明化処理が可逆的となり、透明化処理後の生体試料を必要に応じて透明化処理前の状態に戻すことができる。6)有機溶剤を主溶剤として用いる場合と比較して、取り扱いの安全性がより高くなる。
【0053】
また、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、透明化処理の対象となる生物材料に好適なpHの維持が可能な緩衝液であってもよい。さらに、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」は、透明化処理の対象となる生物材料の変形をさらに抑制し、かつ生物材料内に尿素が充分に浸透する程度に、その浸透圧が調整されていてもよい。
【0054】
なお、尿素誘導体に関しても、尿素と同様の上記溶媒を用いることができる。
【0055】
(組成物の量的関係)
本発明に係る「生物材料用透明化試薬」における「尿素」の含有量は、1M以上で8.5M以下の範囲内であれば特に限定されない。なお、「尿素」の含有量の上限は、使用する溶媒に対する尿素の溶解度により決定される。対象とする生物材料の種類にも依存するが、例えば、「生物材料用透明化試薬」における尿素の含有量が比較的少ない場合には処理時間を長くし、尿素の含有量が比較的多い場合には処理時間を短くすることで必要な透明化処理を行うことができる。
【0056】
また、「界面活性剤」を使用する場合、その含有量は特に限定されないが、0.025(w/v)%以上で5(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことが好ましく、0.05(w/v)%以上で0.5(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことがより好ましく、0.05(w/v)%以上で0.2(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことが特に好ましい。なお、単位(w/v)%とは、「生物材料用透明化試薬」の体積(v(ミリリットル))に対する、使用する界面活性剤の重量(w(グラム))の百分率である。
【0057】
また、「水溶性の高分子化合物」を使用する場合、その含有量は特に限定されないが、2.5(w/v)%以上で40(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことが好ましい。また、生物材料の膨張抑制効果と透明化処理後の屈折率とのバランスという観点では、上記含有量は、5(w/v)%以上で25(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことがより好ましく、10(w/v)%以上で20(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことがより好ましく、10(w/v)%以上で15(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことが特に好ましい。なお、単位(w/v)%とは、「生物材料用透明化試薬」の体積(v(ミリリットル))に対する、使用する「水溶性の高分子化合物」の重量(w(グラム))の百分率である。
【0058】
また、上記「乾燥抑制成分」を使用する場合、その含有量は特に限定されないが、0(w/v)%を超え10(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことが好ましく、1(w/v)%以上で7(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことがより好ましく、2.5(w/v)%以上で5(w/v)%以下の範囲内の濃度で含むことが特に好ましい。なお、単位(w/v)%とは、「生物材料用透明化試薬」の体積(v(ミリリットル))に対する、使用する「乾燥抑制成分」の重量(w(グラム))の百分率である。
【0059】
(対象となる生物材料)
本発明の「生物材料用透明化試薬」を用いた透明化処理の対象となる生物材料の種類は特に限定されないが、植物由来の材料又は動物由来の材料が好ましく、魚類、両生類、爬虫類、鳥類又は哺乳類(哺乳動物)等の動物由来の材料がより好ましく、哺乳動物由来の材料が特に好ましい。また、哺乳動物の種類は特に限定されないが、マウス、ラット、ウサギ、モルモット、ヒトを除く霊長類等の実験動物;イヌ、ネコ等の愛玩動物(ペット);ウシ、ウマ等の家畜;ヒト;が挙げられる。
【0060】
また、生物材料は、個体そのものであってもよく(生きているヒト個体そのものは除く)、多細胞生物の個体から取得した器官、組織、或いは細胞であってもよい。本発明の「生物材料用透明化試薬」は優れた透明化処理能力を有するので、生物材料が、多細胞動物由来の組織又は器官(例えば、脳全体又はその一部)、或いはヒトを除く多細胞動物の個体(例えば、胚等)そのものであっても透明化処理を適用可能である。本発明の「生物材料透明化試薬」は、生物材料の変形を抑制する効果が極めて大きいため、脆弱な生物材料の透明化に特に好適である。ここで脆弱な生物材料とは、植物細胞を除く細胞、発生初期段階の動物胚、幹細胞や初代培養細胞、株化細胞を特殊な培養環境で3次元的に生育させた塊(spheroid, neurosphere, cell aggregatesなど) 等が挙げられる。
【0061】
また、上記の生物材料は、顕微鏡観察用に固定化(fixed)処理された材料であってもよく、固定化されていない材料であってもよい。なお、固定化された材料を用いる場合には、固定化処理後に、例えば20(v/w)%ショ糖−PBS溶液に、充分に(例えば、24時間以上)浸漬する処理を行うことが好ましい。さらに、当該材料をOCT compundに包埋して液体窒素で凍結後、PBS中で解凍し、4(v/w)%PFA(パラホルムアルデヒド)−PBS液で再度固定する処理を行うことが好ましい。
【0062】
上記生物材料は、具体的には例えば、蛍光性化学物質を注入した生体組織、蛍光性化学物質で染色を行った生体組織、蛍光タンパク質を発現した細胞を移植した生体組織、または蛍光タンパク質を発現した遺伝子改変動物の生体組織等であってもよい。
【0063】
(生物材料用透明化試薬の特に好適な組成の一例)
本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」の特に好適な組成の例示は以下の通りである。これらの透明化試薬は、特に、マウス等の哺乳動物の発生初期段階の胚を透明化処理する目的で、極めて好適である。
・生物材料用透明化試薬(1):
水に、尿素を3M以上で5M以下の範囲内の濃度で溶解し、かつ、グリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含んでなる水溶液。
・生物材料用透明化試薬(2):
水に、尿素を3M以上で5M以下の範囲内の濃度で、非イオン性の界面活性剤(例えば、TritonX-100)を0.05(w/v)%以上で0.2(w/v)%以下の範囲内の濃度で、さらにグリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含んでなる水溶液。
・生物材料用透明化試薬(3):
水に、尿素を3M以上で5M以下の範囲内の濃度で、非イオン性の界面活性剤(例えば、TritonX-100)を0.05(w/v)%以上で0.2(w/v)%以下の範囲内の濃度で、グリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で、さらに「水溶性の高分子化合物(例えば、Ficoll)」を2.5(w/v)%以上で5(w/v)%以下の範囲内の濃度で含んでなる水溶液。
・生物材料用透明化試薬(4):
水に、尿素を3M以上で5M以下の範囲内の濃度で、非イオン性の界面活性剤(例えば、TritonX−100)を0.05(w/v)%以上で0.2(w/v)%以下の範囲内の濃度で、ジメチルスルホキシド(DMSO)を8(w/v)%以上で12(w/v)%以下の範囲内の濃度で、グリセロールを25(w/v)%以上で35(w/v)%以下の範囲内の濃度で含んでなる水溶液。
【0064】
上記何れの生物材料用透明化試薬(1)〜(4)においても、グリセロールの濃度は好ましくは、25(w/v)%以上で33(w/v)%以下の範囲内であり、より好ましくは27(w/v)%以上で33(w/v)%以下の範囲内である。また、上記何れの生物材料用透明化試薬(1)〜(4)においても、尿素の濃度は好ましくは3.5M以上で4.5M以下の範囲内であり、より好ましくは3.7M以上で4.3M以下の範囲内である。
【0065】
なお、尿素に代えて尿素誘導体(又は尿素と尿素誘導体との混合物)を用いる場合には、上記した尿素と同じ濃度で尿素誘導体等を用いて、生物材料用透明化試薬(1)〜(4)を調製すればよい。
【0066】
(生物材料用透明化試薬の調製)
本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」の調製方法は、「尿素及び/又は尿素誘導体」、「グリセロール」、並びに、必要に応じて用いる「界面活性剤」、「水溶性の高分子化合物」、及び「乾燥抑制成分」等を、溶媒中に溶解することで調製される。溶媒中に溶解、又は混合する手順は特に限定されない。
【0067】
(生物材料用透明化試薬を用いた透明化処理法の一例)
本発明にかかる「生物材料用透明化試薬」を用いた生物材料の透明化処理方法は、上記の「生物材料」に対して「生物材料用透明化試薬」を浸潤させる工程(透明化処理工程)を含む方法である。より具体的には、透明化処理用の容器内で、上記の「生物材料」に対して「生物材料用透明化試薬」を浸潤させる。
【0068】
上記の透明化処理工程において、透明化処理用の容器内に「生物材料用透明化試薬」と「生物材料」とを格納する順序は特に限定されないが、まず「生物材料用透明化試薬」を格納し、次いで「生物材料」を格納する(すなわち、生物材料用透明化試薬に生物材料を投入する)ことが好ましい。
【0069】
上記の透明化処理工程を行う処理温度は特に限定されないが、15℃以上で45℃以下の範囲内であることが好ましい。また、透明化処理を行う処理時間は、特に限定されないが、2時間以上で6ヶ月以内の範囲内であることが好ましく、72時間以上で21日以内の範囲内であることがより好ましい。また、透明化処理を行う圧力は特に限定されない。
【0070】
上記の透明化処理工程で用いた、透明化処理された生物材料を格納した処理容器は、後述する観察工程に供されるまで、例えば、室温又は低温環境下で保存してもよい(透明化試料保存工程)。
【0071】
(透明化処理された生物材料の観察工程)
透明化処理された生物材料は、次いで、例えば、光学顕微鏡による観察工程に供される。観察工程に供される生物材料は、必要に応じて、上記透明化処理工程の事前に、又は透明化処理工程後で観察工程前に、染色或いはマーキング等の可視化処理工程が施されてもよい。
【0072】
例えば、可視化処理工程に蛍光タンパク質を用いる場合には、透明化処理工程の事前に、生きた生物材料に対して蛍光タンパク質遺伝子を導入して、蛍光タンパク質を発現させる。
【0073】
また、可視化処理工程として、蛍光性化学物質(蛍光タンパク質は除く)の生物材料への注入、又は蛍光性化学物質を用いた生物材料の染色を行う場合には、上記透明化処理工程の事前に行うことが好ましいが、上記透明化処理工程後に行うこともできる。さらに、可視化処理工程として、蛍光性化学物質以外の化学物質を用いた染色を行うこともできる。
【0074】
観察工程は、あらゆる種類の光学顕微鏡を用いて行うことができる。例えば、観察工程は、3次元超分解顕微鏡技術(例えば、STED、3D PALM、FPALM、3D STORM、及びSIM)を適用して行うこともできる。また、観察工程は、多光子励起型(一般的には2光子励起型)の光学顕微鏡技術を適用して行うことが好ましい。
【0075】
なお、本発明において、透明化(処理)とは、処理前の生物材料と処理後の生物材料とを比較して、処理後の方が光(特に可視光)の透過度が向上することを一つの指標とするものである。
【0076】
(その他の応用)
本発明に係る「生物材料用透明化試薬」を用いた透明化処理は可逆的である。そのため、透明化処理された生物材料は、例えば、平衡塩類溶液に浸漬することにより、生物材料透明化試薬の成分を取り除き、透明化処理前の状態に戻すことが可能である。ここで、平衡塩類溶液とは、具体的には例えば、PBS、HBSSなどリン酸塩によって緩衝液化された平衡塩類溶液;トリス塩酸塩によって緩衝液化された平衡塩類溶液(TBS);人工脳脊髄液(ACSF);MEM, DMEM, 及びHam’s F-12などの細胞培養用の基礎培地;等が挙げられる。
【0077】
上記「生物材料用透明化試薬」を用いた場合、透明化処理の前後において、或いは、透明化処理後に透明化処理前の状態に戻す場合において、生物材料に含まれるタンパク質等の変性等を招来しない。そのため、生物材料に含まれるタンパク質等の抗原性も変化せずに保存される。そのため、例えば、生物材料を透明化処理して光学顕微鏡による観察を行った後に、当該生物材料を透明化処理前の状態に戻して汎用の組織染色、又は免疫染色の手法を用いた詳細分析を行うことなども可能となる。
【0078】
すなわち、本発明の他の観点は、上記「生物材料用透明化試薬」を用いた透明化処理により透明化した生物材料に対して、平衡塩類溶液を浸潤することにより上記生物材料を透明化処理前の状態に戻す工程、を含む生物材料の復元方法である。
【0079】
(生物材料用透明化処理キット)
本発明にかかる「生物材料用透明化処理キット」は、上記の「生物材料用透明化試薬」を備える。「生物材料用透明化処理キット」は、さらに、上記の透明化処理工程で用いる「処理容器」、「生物材料把持器具(ピンセット等)」、透明化処理後の生物材料を透明化処理前の状態に戻す「平衡塩類溶液」、及び「キットの取扱説明書」から選択される少なくとも一つを備えていてもよい。なお、キットの取扱説明書には、例えは、上記(生物材料用透明化試薬を用いた透明化処理法の一例)欄に記載したような、透明化処理方法の手順等が記載されている。
【0080】
(生物材料透明化処理システム)
本発明に係る生物材料透明化処理システムは、本発明に係る「生物材料用透明化試薬」と、単離された上記「生物材料」とを含んでなり、この「生物材料」を透明化するために当該「生物材料」の内部に「生物材料用透明化試薬」が浸潤したものである。すなわち、当該処理システムとは、例えば、透明化処理の途中段階にある生物材料を含む処理システム、又は、透明化処理が完了した生物材料を含む処理システムを包含する概念である。
【実施例】
【0081】
本発明について、以下の実施例、及び比較例等に基づいてより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【0082】
〔実施例1:脳切片の観察〕
(全身固定工程)
生後6週齢の野生型(非遺伝子改変)の正常C57BL6系統雄マウスを用い、ペリスタポンプを用いて左心室より氷冷PBSを灌流した後、氷冷固定液(4% パラホルムアルデヒド−PBS, pH7.4)を灌流してマウスの全身を完全に固定した。
【0083】
(生物材料の摘出及び固定工程)
次いで、マウスの頭蓋骨を除去して、脳全体を注意深く摘出した。そして、摘出した脳を氷冷固定液(4% パラホルムアルデヒド−PBS, pH7.4)に一晩、4℃の環境下で浸漬した。その後、この脳を、20% シュークロース−PBS溶液中に移し24時間、4℃の環境下で緩やかに振盪した。
【0084】
次いで、上記脳を20% シュークロース−PBS溶液で完全に置換した後、OCT compound中に包埋し、液体窒素を用いて凍結した。そして、凍結後の脳を、PBS中に移し室温で解凍した。解凍後の脳は、再び、4% パラホルムアルデヒド−PBS中で1時間再固定した。
【0085】
(生物材料の透明化処理及び観察工程)
最後に、再固定した脳から海馬を含む冠状断スライス(厚さ3mm)を作成した。次いで、この冠状断スライスを、中央線で右半球側スライスと左半球側スライスとに切断した。そして一方の半球側スライスをSCALE−A2試薬で48時間、浸漬し、室温で振盪して透明化処理を行なった。また、他方の半球側スライスを生物材料用透明化試薬Uで48時間、浸漬し、室温で振盪して透明化処理を行なった。次いで、これらの冠状断スライスから、海馬を含む厚さ1.5mmの冠状断スライスを切り出した。このようにして得た冠状断スライスを観察工程に供した。
【0086】
なお、上記SCALE−A2試薬は、4M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、10%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。上記生物材料用透明化試薬Uは、4M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、30%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。
【0087】
観察工程は、分光光度計(日立製:製品名U-3310 Spectrophotometer)を用いて、1.5mm厚の上記冠状断スライスの、300nm〜920nmの波長域の光の透過スペクトルを測定した。
【0088】
なお、参考例として、再固定した脳から海馬を含む冠状断スライス(厚さ3mm)を作成した。次いで、この冠状断スライスを、中央線で右半球側スライスと左半球側スライスとに切断した。そして一方の半球側スライスをPBSで48時間、浸漬し、室温で振盪した後に得た、海馬を含む厚さ1.5mmの冠状断スライスを準備した。
【0089】
観察の結果は、図1に示す。同図中の「U」は、生物材料用透明化試薬Uで処理した実施例の結果であり、「SCALE−A2」はSCALE−A2試薬で処理した結果であり、「PBS」はPBSで処理した参考例の結果である。同図に示すように、波長による相違は見られるものの、「U」及び「SCALE−A2」は、参考例と比較して透明化されていることが確認された。
【0090】
なお、データは示さないが、SCALE−A2試薬、生物材料用透明化試薬U、PBS、及び水は、300nm〜920nmの波長域の光の透過スペクトルがほぼ等しい。
【0091】
〔実施例2:マウス胎仔の透明化処理〕
Fucci−S−Green(Fucci−S/G/M)とFucci−G1−RED(Fucci−G1)とを発現するトランスジェニックマウス(理化学研究所・脳科学総合研究センター・細胞機能探索技術開発チームが作製したマウスを自家繁殖し得たもの。[参考文献: Sakaue-Sawano et al., Cell, 132(3): 487-98, 2008.]の胎生11.5日目、及び13.5日目の胎仔を、4(v/w)% PFA−PBSで2日固定後に20(v/w)%ショ糖-PBS溶液に浸漬し、一旦凍結後に解凍を行った。この後、再び4(v/w)%PFA−PBSで1時間固定を行った。上記トランスジェニックマウスは、Fucci−S/G/Mを発現しているライン♯504と、Fucci−G1を発現しているライン♯596とを交配して得たものであり、細胞周期のS/G/M期にある細胞が緑色蛍光を、G1期にある細胞が赤色蛍光を発する。なお、ライン♯504とライン♯596とは、上記参考文献に記載されたものであり、第三者が入手可能である。
【0092】
その後、実施例1と同じ生物材料用透明化試薬Uに、これら胎仔を3ヶ月間浸漬することで透明化処理を行った。
【0093】
次いで、アガロースゲル(濃度0.5%(w/v)以下)中に上記胎仔を封入し、共焦点三次元蛍光顕微鏡(macro zoom LSCM(AZ-C1):Nikon社製)で、所定の励起光を当てて観察を行った。なお、撮像に用いた対物レンズ(AZ-Plan Flour, N.A.=0.2, W.D=45mm)の倍率は2倍である。
【0094】
観察の結果は、図2に示す。同図に示すように、本実施例に係る生物材料用透明化試薬で透明化処理を行うことでマウス胎仔の全身が顕著に透明になった。その結果、胎仔の各部位を構成する細胞について細胞周期の状態を検出可能となり、全身の3次元的な細胞周期マップを作成することが可能となった。また、透明化処理の工程において、マウス胎仔の体積変化(膨潤)が実質的に起こらなかった。
【0095】
〔参考例1:透明化処理後の組織の回復〕
GFPトランスジェニックマウスおよびYFPトランスジェニックマウス(GFP-M lineおよびYFP-H line, 米国ハーバード大学Josh Sanes教授より供与されたもの)の海馬より2.5 mm厚のスライスを作製し、一旦SCALE−A2試薬(実施例1参照)による透明化処理を5日間行って透明化した後、PBSで3回リンスして不透明状態の組織に戻した際の免疫染色性を、SCALE−A2試薬による透明化処理前のものと比較した。
【0096】
なお、上記SCALE−A2試薬は、実施例1〜2で用いた生物材料用試薬Uと同様に、透明化処理の活性成分として尿素を含んでいる。
【0097】
免疫染色には幼若な神経細胞の表面に存在するPSA-NCAMのポリシアル酸を認識するマウス由来抗PSA-NCAM(polysialilated neural cell adhesion molecule)モノクローナル抗体(Millipore社)と、アストログリアに特異的な中間径フィラメントGFAP(glial fibrillary acidic protein)を認識するウサギ由来抗GFAPポリクローナル抗体(Sigma社)とを1次抗体として用い、24時間4℃で反応させた後にPBSでリンスした。その後、抗PSA-NCAMモノクローナル抗体は、Alexa Fluor 546で標識された抗マウスIgM抗体(Invitrogen, Molecular Probes社)を、GFAPポリクローナル抗体はAlexa Fluor 633で標識された抗ウサギIgG抗体を2次抗体(Invitrogen, Molecular Probes社)として室温で3時間反応させることで免疫組織染色を行った。これらのスライスの蛍光はこの間減衰することはなかったため、GFPあるいはYFPの蛍光を含めた3重蛍光像が得られた。観察は倒立型共焦点レーザー顕微鏡(FV500, Olympus社)を用いて20倍の対物レンズ(UplanApo20, Olympus社)により行った。
【0098】
図3に示すように、SCALE−A2の処理前(図中でBefore SCALE)、処理後(図中でAfter Recovery)ともに、抗PSA-NCAMモノクローナル抗体によって、海馬歯状回に存在する幼若な神経細胞とその細胞からCA3領域へと伸長した苔状線維とが実質的な問題なく染色された。また同様に、抗GFAPポリクローナル抗体によって、アストログリアも問題なく染色された。
【0099】
〔実施例3:マウス胎仔の透明化処理〕
実施例2で用いたものと同種のトランスジェニックマウスの胎生14.5日目の胎仔を、PBS、生物材料用透明化試薬U、及びSCALE−A2試薬中に浸漬し、室温で7日間振盪することでインキュベーションした。なお、生物材料用透明化試薬U、及びSCALE−A2試薬は、実施例1で用いたものと同一組成である。
【0100】
インキュベーションした結果を図4に示す。図4中のAは、それぞれの溶液で室温で7日間振盪してインキュベーションした胎仔を比較した図である。PBSで処理した場合は胎仔がほぼ透明化していなかった。生物材料用透明化試薬Uの場合は肝臓以外の透明化が進み背景のパターンが透過しており、かつPBSで処理した場合と比較してほぼ体積に差がなかった。これに対して、SCALE−A2試薬の場合はやや透明化が進んでいるが、PBSおよび生物材料用透明化試薬Uの処理と比較すると膨潤していた。
【0101】
図4中のBは、胎仔の膨潤の程度を数値化したグラフである。胎仔の体積の測定はすべて同様な形状かつ同様なサイズの容器に一定量の溶液を加えておき、そこに検体である胎仔を一つずつ浸漬し、増加した分の液量をその時点での胎仔の体積としてマイクロピペットを用いて計量することで行った。これをInitial(0day, それぞれの胎仔をPBSに浸漬して測定)、最初の体積測定後にすぐに新しいPBS、生物材料用透明化試薬UあるいはSCALE−A2試薬に浸漬し3日後、7日後の各時点でその都度一定量の新たな溶液に入れ換えた後に胎仔を浸漬し、上記方法によって増加した体積を測定した。それぞれの値はInitial(0day)の時点の体積を100%としてその値に対する各時点の体積を相対値として計算し、各溶液に用いた2匹の胎仔の平均値として表した。
【0102】
各溶液に浸漬を開始して7日目の時点での体積は、それぞれ、PBSの場合はInitialの98.0%、SCALE−A2試薬の場合はInitialの125.3%、生物材料用透明化試薬Uの場合はInitialの106.1%と変化した。すなわち、生物材料用透明化試薬Uを用いることで胎生14.5日目のマウス胎仔の体積変化率はSCALE−A2試薬の場合よりも小さいことが確認され、透明化も進行していることが確認された。
【0103】
〔実施例4:マウスの大脳スライスの透明化処理〕
まず、8週齢の野生型C57BL6/J系統マウス(日本エスエルシーより購入)4匹を用いて、アクリル製のbrain slicer(室町機械製)により、厚さ3mmの海馬領域を含むスライスを作製した。この際、左右の中心線の最後部を基準位置として大脳の前方向に向かって3mmの位置を両半球にわたって切断した。次いで、この4つの個体の海馬領域を含むほぼ同位置から得られた4枚の大脳スライスを中心線を基準に左右にほぼ均等に分断して8つのスライスとした。
【0104】
次いで、上記8つのスライスのうち3つのスライスを、氷冷固定液、上記生物材料用透明化試薬U、及び生物材料用透明化試薬U1に浸漬し、室温で6日間振盪することでインキュベーションした。なお、これら3つのスライスは、浸漬処理前の大きさがほぼ同じであった。上記の氷冷固定液は、4%パラホルムアルデヒド(PFA)−PBSである。また、生物材料用透明化試薬U1は、4M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、25%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。結果を図5中の(a)に示す。なお、比較を容易にするために、左右に分断したスライスの画像のうち、撮影後の画像で向かって左側にあった右半球の画像の方向を反転し両半球の向きを揃えた画像として表現した。
【0105】
また、上記8つのスライスのうち2つのスライスを、生物材料用透明化試薬U2及びU3(参考例)に浸漬し、室温で6日間振盪することでインキュベーションした。なお、これら2つのスライスは、1枚の大脳のスライスを左右にほぼ均等に分断したものであって浸漬処理前の大きさはほぼ同じであった。生物材料用透明化試薬U2は、6M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、25%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。生物材料用透明化試薬U3は、6M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、15%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。結果を図5中の(b)の上段に示す。
【0106】
さらに、上記8つのスライスのうち2つのスライスを、生物材料用透明化試薬U4及びU5(参考例)に浸漬し、室温で6日間振盪することでインキュベーションした。なお、これら2つのスライスは、1枚の大脳のスライスを左右にほぼ均等に分断したものであって浸漬処理前の大きさはほぼ同じであった。生物材料用透明化試薬U4は、8M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、25%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。生物材料用透明化試薬U5は、8M濃度の尿素、0.1%(w/v)濃度のTritonX−100、15%(w/v)濃度のグリセロールを純水に溶解した水溶液である。結果を図5中の(b)の下段に示す。
【0107】
生物材料用透明化試薬U、U1、U2、及びU4に浸漬したスライスは何れも透明化が起こっていた。なお、スライスの場合、皮膚に覆われた胎仔マウス全身のように水分の侵入が徐々に起こる場合とは異なり、切断面から一時期に多くの水分の侵入が生じる。従って胎仔マウス全身の場合に比べて膨潤の程度が大きい。こうした条件であることを理解した上で、生物材料用透明化試薬U2とU3、U4とU5とを夫々比較すると、生物材料用透明化試薬U2及びU4の方が、生物材料用透明化試薬U3及びU5よりもスライスの膨潤が顕著に抑制されていた。
【0108】
本発明は上述した各実施形態及び実施例に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0109】
本発明は、有効成分として生物親和性のより高い成分を用いた新規な生物材料用透明化試薬、及びその利用を提供することが出来る。
図1
図2
図3
図4
図5