【実施例】
【0028】
<PIポリアミドの作製>
1.PIポリアミドの設計
TMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子に存在する共通の塩基配列(Break fusion sites)(配列表配列番号1)の全部または一部に結合するように、次の(1)〜(4)の4つのPIポリアミドをそれぞれ設計した。
また、これらとの比較のために、TMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子に存在する共通の塩基配列(配列表配列番号1)の全部または一部に結合しないPIポリアミド(コントロール)も設計した。
【0029】
図3にTMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子の塩基配列における共通の塩基配列、AREの塩基配列(配列表配列番号2)および各PIポリアミドの結合部位を示した。
図3において、赤色のアンダーラインで示された箇所がTMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子の塩基配列における共通の塩基配列であり、青色のアンダーラインで示された箇所がAREの塩基配列であり、緑色のアンダーラインで示された箇所が各PIポリアミドの結合部位である。
また、下式における各記号は次の意味を示す(Ac:アセチル、Py:ピロール、Im:イミダゾール、β:β−アラニン、γ:γ−酪酸、Dp:N,N−ジメチル−1,3−プロパンジアミン)。
【0030】
PIポリアミド(1)
図3に、PI polyamide(1)として緑色のアンダーラインで示した塩基配列(表1、PIポリアミド(1))を標的塩基配列として認識するように、AcPyImβImImImγPyPyPyβImPyPyβDpのPIポリアミドを設計した。このPIポリアミドは以下の式(式1)に示されるものであり、化学式はC
75H
94N
31O
15、分子量は1669.75であった。
【0031】
[式1]
【0032】
PIポリアミド(2)
図3に、PI polyamide (2)として緑色のアンダーラインで示した塩基配列(表1、PIポリアミド(2))を標的塩基配列として認識するように、AcPyPyPyβPyPyγPyImβImImImβDpのPIポリアミドを設計した。このPIポリアミドは以下の式(式2)に示されるものであり、の化学式はC
76H
95N
30O
15、分子量は1668.76であった。
【0033】
[式2]
【0034】
PIポリアミド(3)
図3に、PI polyamide(3)として緑色のアンダーラインで示した塩基配列(表1、PIポリアミド(3))を標的塩基配列として認識するように、AcImImImβPyImγPyPyβPyPyPyβDpのPIポリアミドを設計した。このPIポリアミドは以下の式(式3)に示されるものであり、化学式はC
76H
95N
30O
15、分子量は1668.76であった。
【0035】
[式3]
【0036】
PIポリアミド(4)
図3に、PI polyamide(4)として緑色のアンダーラインで示した塩基配列(表1、PIポリアミド(4))を標的塩基配列として認識するように、AcPyPyβPyPyPyγImImImβPyImβDpのPIポリアミドを設計した。このPIポリアミドは以下の式(式4)に示されるものであり、化学式はC
76H
95N
30O
15、分子量は1668.76であった。
【0037】
[式4]
【0038】
PIポリアミド(コントロール)
TMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子に存在する共通の塩基配列(配列表配列番号1)の全部または一部に結合しないPIポリアミド(コントロール)として、表1、PIポリアミド(コントロール)に示した塩基配列を標的塩基配列として認識するようにAcPyPyPyImβImγPyβPyImβImβDpのPIポリアミドを設計した。このPIポリアミドは以下の式(式5)に示されるものであり、化学式はC
73H
94N
29O
15、分子量は1617.71であった。
【0039】
[式5]
【0040】
【表1】
【0041】
2.PIポリアミドの合成
<HCTUを用いたピロールイミダゾールポリアミドの合成>
HCTU(ペプチド研究所製)を縮合活性化剤として、上記1.で設計したPIポリアミド(1)〜(4)(4種)およびPIポリアミド(コントロール)をそれぞれ合成した。
【0042】
1)試薬の調製
(1)モノマー
FmocPyCOOH(Wako,20mg)、FmocImCOOH(Wako,40mg)、Fmoc−γ−Abu−OH(Nova Biochem,17.5mg)およびFmoc−β−Ala−OH(Nova Biochem,17.5mg)をそれぞれ、合成するPIポリアミドごとに必要なカップリング分用意し、レジンに対してFmocImCOOHを2当量、それ以外を4当量ずつ秤量し、1.5mLのエッペンドルフチューブに移した。さらにHCTUをFmocImCOOHのチューブに45mg、それ以外のチューブには22.5mgをそれぞれ加えた。また、NMP(Nacalai tesque製)をFmocImCOOHのチューブに500μL、それ以外のチューブには250μL加えボルテックスおよび1時間静置し完全に溶解させた。
(2)合成用試薬
合成機による合成のために、表2に記載の試薬を調製して用いた。
【0043】
【表2】
【0044】
3.レジンの調製
Fmoc−β−Ala−Wang−Resin(Peptide Institute製)をSmall Libra Tube(HiPep研究所製)に40mg(0.04mmol)取り、ペプチド合成機にセットした。これにNMP1mLを加え、20分間膨潤させた。
【0045】
4.ペプチド合成(自動)
上記1.で調製したDIEAを縮合活性化剤として合成機(PSSM−8;島津製作所製)にインストールした。また、先に準備しておいた各モノマーの入ったチューブをC末端から順番通りに合成機内ラックに配置した。PSSM−8の合成プログラムをセットし、合成機をスタートさせ、H
2NAcPyImβImImImγPyPyPyβImPyPyβ−Resin、H
2NAcPyPyPyβPyPyγPyImβImImImβ−Resin、H
2NAcImImImβPyImγPyPyβPyPyPyβ−Resin、H
2NAcPyPyβPyPyPyγImImImβPyImβ−ResinまたはH
2NAcPyPyPyImβImγPyβPyImβImβ−Resinまで、次の(1)〜(4)の反応サイクルを繰り返すことで自動合成を行った。
【0046】
反応サイクル
(1)カップリング処理を、上記活性化剤を用いてNMP中で30分間行った。
(2)余剰のモノマーおよび活性化剤を除くため、1mLのNMPによるレジンの洗浄を5回繰り返した。
(3)Fmoc脱保護溶液(30%Piperidine/NMP)を1mL加え3分間反応させ、溶液を除去後、再び同じサイクルを繰り返した。
(4)Fmoc脱保護溶液を除くため1mLのNMPによるレジンの洗浄を5回繰り返し(1)に戻った。目的産物が得られるまでこのサイクルを繰り返した。
【0047】
5.精製
合成機からレジンを取り出し、洗浄、乾燥の後、ネジ式キャップのエッペンドルフチューブに移した。これにN,N−Dimethylpropanediamine(Nacalai tesque製,2mL)を500μL加えてヒートブロックにより55℃で一晩加熱することにより、レジンからポリアミドの切り出しを行った。反応液をLibra Tubeに移し、濾過によりレジンを取り除き、レジンに付着している残りの反応液をNMP1mLおよびメタノール1mLで回収した。
溶媒を留去後、HPLC(0.1%AcOH:CH
3CN=100:0〜0:100,30min)で分取精製した。分取精製の後、凍結乾燥をして、上記1.で設計したPIポリアミド(4種)およびPIポリアミド(コントロール)をそれぞれ得た。
【0048】
6.DNA Binding Assay
上記5において生成したPIポリアミド(1)〜(4)(4種)について、次の1)および2)の工程によるDNA Binding Assayにより、TMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子への結合をそれぞれ確認した。また、PIポリアミド(コントロール)についても同様に、各遺伝子への結合の有無を調べた。
【0049】
1)TMPRSS2遺伝子およびERG遺伝子の共通の塩基配列(配列表配列番号1)と同じ塩基配列を含むTMPRSS2 オリゴDNAにFITCをラベルした分子(47bp)、および同塩基配列を含むERG オリゴDNAにFITCをラベルした分子(59bp)を作成し、終濃度1μMの各オリゴをアニーリングバッファー(20mM Tris−HCl,2mM EDTA,200mM NaCl)中で100℃に熱し、その後2時間かけて段階的に30℃まで冷却した。これにより、各オリゴDNAは自己アニーリングし、ヘアピン状の2本鎖を形成する。
2)上記1)のヘアピン状の2本鎖DNAを含む溶液15μlに0.2mMのPIポリアミド(1)〜(4)またはPIポリアミド(コントロール)をそれぞれ5μl混合し、37℃で1時間インキュベートして混合液を得た。
3)上記(2)の混合液を5−20% アクリルアミドゲル(TBE バッファー)にて電気泳動しLAS 4000(GEヘルスケア・ジャパン製)にて泳動像を観察し、泳動度の違いから結合の有無を判定した。
【0050】
その結果、
図4に示したようにTMPRSS2 オリゴDNAにおいても、ERG オリゴDNAにおいても、本発明のPIポリアミド(1)を加えた場合(
図4、Polyamide(1))はPIポリアミド(コントロール)を加えた場合(
図4、Polyamide(Control))やPIポリアミドを加えていない溶媒のみの場合(
図4、Vehicle)と比べて泳動の遅れが見られ、PIポリアミド(1)がTMPRSS2 オリゴDNAおよびERG オリゴDNAのいずれにもに結合することが確認できた。PIポリアミド(2)、PIポリアミド(3)およびPIポリアミド(4)においても、PIポリアミド(1)の結果と同様の結果が得られた。
【0051】
[試験例]
次の試験例1〜4により、本発明のPIポリアミドによる、前立腺癌細胞(LMCaP)に対する効果を確認した。なお、各試験例における共通の試料として、次の試料を同様に調製して使用した。
【0052】
<試料>
1.PIポリアミド
実施例と同様の方法によって合成したPIポリアミド(1)〜(4)(4種)およびPIポリアミド(コントロール)を使用した。
これらの各PIポリアミドを蒸留水に溶解したものを、細胞を培養している培地に添加することで細胞への導入を行った。
【0053】
2.前立腺癌細胞LNCaP
ATCC(American Type Culture Collection)より入手したヒト前立腺癌細胞LNCaP(ATCCナンバー:CRL−174)を用いた。
【0054】
3.培地
(1)フェノールレッド含有培地
フェノールレッド含有RPMI−1640培地(SIGMA−Aldrich製、カタログナンバーR7509)500mLに、チャコール処理を行った牛血清(FBS)を50ml添加したものをフェノールレッド含有培地として用いた。
(2)フェノールレッド非含有培地
フェノールレッド非含有RPMI−1640培地(SIGMA−Aldrich製、カタログナンバーR8758)500mに、チャコール処理を行った牛血清(FBS)を12.5ml添加したものをフェノールレッド非含有培地として用いた。
【0055】
4.DHT(デヒドロテストステロン)(和光純薬)
エタノール(EtOH)で、100nMに溶解したDHTをアンドロゲン刺激のために用いた。
【0056】
[試験例1]
融合遺伝子またはERG遺伝子の発現の検討
RT−PCRにより、PIポリアミド(1)〜(4)をそれぞれ導入した細胞における融合遺伝子の発現、およびERG遺伝子の過剰発現の有無を検討した。比較として、PIポリアミド(コントロール)を導入した細胞においても同様に検討した。
1)PIポリアミドの導入およびcDNAの調製
各PIポリアミドを1μMまたは5μMとなるように添加した上記3.(2)のフェノールレッド非含有培地でLNCaP細胞を3日間培養した。その後、上記4.のDHT(100nM)を培地内に添加し、アンドロゲン刺激を加えた。
この細胞から、アイソゲン(ニッポンジーン製)を用いてマニュアルに従って、RNAを抽出した後、PrimeScript(登録商標) Reverse Transcriptase(TaKaRa製)を用いてcDNAを調製した。
【0057】
2)RT−PCR
上記1)で調製したcDNAをそれぞれ鋳型DNAとして、表3に示したプライマーにより、各PIポリアミドを導入した前立腺癌細胞における融合遺伝子またはERG遺伝子の発現の有無を調べた。このRT−qPCRにおいて、Power SYBR(登録商標) Green PCR Master Mix(アプライドバイオシステム製)を使用した。
【0058】
【表3】
【0059】
その結果、
図5に示したように、本発明のPIポリアミド(1)を導入した細胞においては(
図5、Polyamide(1)1μM、5μM)、アンドロゲン刺激を与えても、導入したPIポリアミドの濃度依存的にTMPRSS2遺伝子とERG遺伝子との融合遺伝子(
図5、TMPRSS2−ERG)およびERG遺伝子(
図5、ERG)の発現が抑制されることが確認できた。一方、PIポリアミド(コントロール)を導入した細胞においては、いずれの遺伝子の発現も抑制されなかった(
図5、Polyamide(Control))。PIポリアミド(2)、PIポリアミド(3)およびPIポリアミド(4)においても、PIポリアミド(1)の結果と同様の結果が得られた。
【0060】
[試験例2]
細胞増殖能の評価
各PIポリアミドを導入した細胞、および、比較としてPIポリアミド(コントロール)を導入した細胞を培養し、MTSアッセイによって各細胞の増殖能を検討した。
すなわち、このLNCaP細胞を全部で5000細胞となるように96ウェルプレートに播き、各PIポリアミドを1μMまたは5μMとなるように添加した上記3.(2)のフェノールレッド非含有培地で3日間培養した。その後、上記4.のDHT(100nM)を培地内に添加し、アンドロゲン刺激を加えた。刺激後、それぞれ24時間、48時間または96時間培養した。指定された刺激時間後、各細胞にMTS試薬(Cell Titer 96 AQueous One Solution Cell Proliferation Assay, Promega, Madison WI)を10μl添加して1時間インキュベートした。その後、各細胞の吸光度(490nm)を測定し、培養後の細胞数を調べることで、細胞増殖能を評価した。
【0061】
その結果、
図6に示したように、PIポリアミド(コントロール)を導入した細胞(
図6、Polyamide(Control))に対し、本発明のPIポリアミド(1)を導入した細胞(
図6、Polyamide(1)1μM、5μM)では、96時間培養した段階で有意に増殖が抑制されることが確認できた(
図6、
*:p<0.05)。PIポリアミド(2)、PIポリアミド(3)およびPIポリアミド(4)においても、PIポリアミド(1)の結果と同様の結果が得られた。
【0062】
[試験例3]
細胞遊走能の評価
各PIポリアミドを導入した細胞、および、比較としてPIポリアミド(コントロール)を導入した細胞を培養し、Cell Cultuer Insertと、8.0μm pore size PET filter(Becton Dickinson製)を用いてCell migration アッセイによって各細胞の遊走能を検討した。
すなわち、培養皿にPBSで10μg/mlに希釈したフィブロネクチン(Sigma製)を30分間作用させ、下層フィルターを作成した後、下層チャンバーに上記3.(1)のフェノールレッド含有培地RPMI 1640培地を700μl加えた。
各PIポリアミドを5μMとなるように添加した添加した上記3.(1)のフェノールレッド含有培地で3日間培養したLNCaP細胞を5×10
4細胞ごとに分け、各細胞を300μlの上記3.(1)のフェノールレッド含有培地に懸濁したものをそれぞれ上層チャンバーに加えた。これを、37℃、5%CO
2条件下で24時間培養した後、フィルターを剥がした。
下層フィルター上の細胞を30分間メタノールで固定した後、PBSで洗浄し、Gimsa’s stain solution(Muto Pure Chemicals製)で30秒間インキュベートした。その後、細胞を200倍率の顕微鏡で観察し、細胞数を数えることで、細胞遊走能を評価した。
【0063】
図7に各PIポリアミドを添加した細胞の顕微鏡写真を示した。また、各PIポリアミドを添加した細胞における遊走した細胞数を
図8に示した。その結果、
図7および
図8に示したように、本発明のPIポリアミド(1)を導入した細胞においては(
図7、8、Polyamide(1))、PIポリアミド(コントロール)を導入した細胞(
図7、8(Polyamide(Control))に比べて、細胞の遊走能(浸潤能)が顕著に抑制されることが確認できた(
図8、
***:p<0.00001)。PIポリアミド(2)、PIポリアミド(3)およびPIポリアミド(4)においても、PIポリアミド(1)の結果と同様の結果が得られた。
【0064】
[試験例4]
EZH2遺伝子の発現量の検討
前立腺癌の進行に作用するポリコーム群タンパク質であるEZH2をコードする遺伝子についても、本発明の各PIポリアミドを導入した細胞における遺伝子の発現量を検討した。比較として、PIポリアミド(コントロール)を導入した細胞においても同様に検討した。
【0065】
1)PIポリアミドの導入およびcDNAの調製
各PIポリアミドを1μMまたは5μMとなるように添加した上記3.(2)のフェノールレッド非含有培地でLNCaP細胞を3日間培養した。その後、上記4.のDHT(100nM)を培地内に添加し、アンドロゲン刺激を加えた後、さらに2日間(48時間)培養した。
この細胞から、アイソゲン(ニッポンジーン製)を用いてマニュアルに従って、RNAを抽出した後、PrimeScript(登録商標) Reverse Transcriptase(TaKaRa製)を用いてcDNAを調製した。
【0066】
2)RT−qPCR
上記1)で調製したcDNAをそれぞれ鋳型DNAとして、配列表配列番号19(EZH2 RT−qPCR fw、フォワードプライマー)および配列表配列番号20(EZH2 RT−qPCR rev、リバースプライマー)に示したプライマーにより、各PIポリアミドを導入した前立腺癌細胞におけるEZH2遺伝子の発現量を調べた。このRT−qPCRにおいて、Power SYBR(登録商標) Green PCR Master Mix(アプライドバイオシステム製)を使用した。
【0067】
その結果、
図9に示したように、本発明のPIポリアミド(1)を導入した細胞においては(
図9、Polyamide(1)1μM、5μM)、導入していない細胞(
図9、Polyamide(Control))に比べてEZH2遺伝子の発現が抑制されることが確認できた。