【実施例1】
【0018】
本数値シミュレーションプログラムを構築するために、EM損傷の支配パラメータAFD
*genが用いられる(非特許文献3参照)。当該パラメータはEM損傷に起因する原子流束の定式化で与えられる。原子濃度勾配(応力勾配)に起因するバックフローと拡散率における金属配線内で生成された応力の効果とを考慮したEM原子流束Jは式1で与えられる(非特許文献7参照)。
【0019】
【数4】
【0020】
ここで、N:原子濃度、D
0:振動数項、k:ボルツマン定数、T:絶対温度、Q
gb:原子拡散の活性化エネルギ、κ:保護膜拘束下の濃度変化と応力変化との間の係数、Ω:原子体積、σT:引張の熱応力、N
T:σTが作用したときの原子濃度、N
0:無応力状態における原子濃度、Z
*:有効電荷数、e:単位電荷、ρ:電気抵抗率、j
*:電流密度ベクトルのJ方向の成分、∂N/∂l:原子濃度勾配のJ方向成分である。
【0021】
本数値シミュレーションでは保護層で覆われた広いCu配線を想定したため、結晶粒界拡散(grain boundary diffusion)を主要な拡散メカニズムとして仮定した。非特許文献8、9によれば広いCu配線(interconnetcs)において、結晶粒界はEM経路(path)となる。発明者らは原子流束発散を計算するモデルを導入した(非特許文献10参照)。そこで、発明者はCu配線に関しても当該モデルに基づいてEM損傷の支配パラメータを用いた。
【0022】
微小単位構造(後述)に出入りする原子を考慮すると、多結晶構造配線の原子流束発散は式2で与えられるように定式化される。
【0023】
【数5】
【0024】
ここで、C
*gbはD
0δ/kを表しており、結晶粒界の有効幅をδで示す。dは平均結晶サイズ、Δφは結晶粒界間の相対角度に関連した定数、j
xおよびj
yはデカルト座標系における電流密度ベクトルjのx、y成分、θは微小単位構造とx軸との間の角度である。
図1(A)は多結晶構造のモデルを示し、
図1(B)は
図1(A)の一部拡大図(微小単位構造)を示す。
図1(A)中では金属配線(Metal line)10の一部拡大図が示されており、当該拡大図において金属結晶粒12はサイズdの矩形(6角形のGrain)で表されている。
図1(B)に示される微小単位構造では結晶粒界(Grain Boundary)1(アラビア数字)、2(アラビア数字)および3(アラビア数字)、微小単位構造とx軸との間の角度θ、定数Δφ等が示されている。
【0025】
式2のAFD
*genの正の値のみの期待値がEM損傷を支配するパラメータAFD
*genを表し、多結晶構造配線におけるボイド形成に関して式3が得られる。
【0026】
【数6】
【0027】
式3は単位時間、単位体積当たりで減少する原子数を意味する。
【0028】
配線端部では、原子流に関する境界条件を上記パラメータの形成に与える必要がある。つまり、配線の陰極端では原子の流入はなく陽極端では原子の流出はないからである。当該境界条件は、可能なゼロ流束を
図1(B)に示される微小単位構造内に各θ範囲について割当てることにより表すことができる。表1は原子流束に関する上記境界条件を示す(非特許文献11参照)。表1中のJ
1(アラビア数字)、J
2(アラビア数字)、J
3(アラビア数字)等の1(アラビア数字)、2(アラビア数字)および3(アラビア数字)は
図1の結晶粒界(Grain Boundary)1(アラビア数字)、2(アラビア数字)および3(アラビア数字)の1(アラビア数字)、2(アラビア数字)および3(アラビア数字)である。
【0029】
【表1】
【0030】
以上より、
図1(B)に示される微小単位構造内の原子の出入りを考慮すると、ビア接続配線端部における原子流束発散AFD
*gen|endは式4により与えられる。
【0031】
【数7】
【0032】
ここで、δ:結晶粒界の有効幅、β:配線端がx軸となす角度(
図1(B)参照)、d:平均結晶粒径、Q
gb:粒界拡散の活性化エネルギ、D
x=Z
*eρj
x−κΩ/N
0(∂N/∂x)、D
y=Z
*eρj
y−κΩN
0(∂N/∂y)である。原子流束勾配AFD
*gen|endは結晶粒界における流束発散の量を表し、単位時間、単位体積当たりで減少する原子数を意味する。
【0033】
上記EM損傷の支配パラメータを用いて、配線内における原子濃度分布の本数値シミュレーションを数種類の入力電流密度j、基板温度T
sを条件として実行した。評価される配線は二次元的に要素分割し、原子濃度分布の生成プロセスは上記支配パラメータに基づき各要素の原子濃度を変化させながらシミュレートした。温度に関する境界条件は配線の両端に与え、電流密度に関する境界条件はビア位置に与えた。原子流は金属配線の周囲では遮断した。端部のパラメータであるAFD
*gen|endは陰極および陽極端の要素とビアとで用い、AFD
*genは他の要素で用いた。
【0034】
図2は、本数値シミュレーションまたは方法の流れをフローチャートで示す。
図2に示されるように、要素の初期原子濃度をN
0とする。まず、電流密度分布および温度分布を2次元FE分析(有限要素法。一般的には数値解析としてもよい。)により計算する(ステップS10)。上記分析結果(電流密度分布および温度分布)とディスク38(後述)等に記録された薄膜特性(配線材料の物性定数。非特許文献4参照)とから各要素における上記支配パラメータ(AFD
*gen|end、AFD
*gen)を計算する(ステップS12、S14)。時間経過に伴い配線内の原子濃度分布は変化し、これら支配パラメータ値も変化する。次に、θに関する原子濃度N
*を上記支配パラメータの値に基づき計算する。各要素における原子濃度Nはすべてのθの値についてのN
*の平均により計算する。δN/δx、δN/δy等の濃度分布の計算も行う(以上、ステップS16)。臨界原子濃度または原子濃度が変化しなくなる定常状態に達したか否かを判断し(ステップS18)、達したと判断した場合は終了し、そうでないと判断した場合はステップS14へ戻って計算を繰返す。繰り返すときは、ステップS16の結果の、N、δN/δx、δN/δyを使って、ステップS14の計算を行う。
【0035】
本数値シミュレーションでは各要素に2種類の原子濃度(N
*、N)を使っている。一つは、式2で表されるAFD
*gbθに含まれるθ(
図1参照)を0から2πのそれぞれの値としてAFD
*gbθ値を計算し、その値から求める原子濃度(N
*)である。よって、N
*はθの値毎に計算される。もう一つは、θの値毎に持っているN
*を要素内の全てについて平均した原子濃度Nである。このNが要素の原子濃度として、式2で用いられている。原子濃度の初期値N
0からEM損傷前の要素内の原子数がわかる。AFD
*genまたはAFD
*gen|endは、単位時間に単位体積当たりEMにより何個原子が消失するかを求めるパラメータであるから、この値から1計算ステップの間にどのくらい要素から原子が消失するかを計算することができ、時間経過後の要素の原子濃度Nを求めることができる。要素の原子濃度N(とその勾配δN/δx、δN/δy等も)が変化すると、それらの関数であるAFD
*genまたはAFD
*gen|endの値も変化する。これによる時間ステップを進行させた繰り返し計算を行う。繰り返し計算はある入力電流密度を仮定して行う。
【0036】
図3は、繰返し計算による配線の原子濃度分布の時間に伴う変化をグラフで示す。
図3で横軸は配線中央部(
図4参照)からの距離(μm。負が陰極側で正が陽極側)、縦軸は原子濃度(N/N
0)である。原図では繰返し数(step。時間の経過)が色分けされて示されている(青色:5000ステップ、赤色:10,000ステップ、緑色:20,000ステップ、紫色:30,000ステップ)。
図3に示されるように、繰返し数が多くなるほど(時間の経過に伴い)、同じ位置における原子濃度は変化していき、十分に時間が経過すると原子濃度が変化しなくなる定常状態になることがわかる。
図3に示されるように、時間経過に伴い、要素毎のN
*、さらにはNが変化していき、その後濃度分布が定常状態になる。
【0037】
図4は、本数値シミュレーションで評価した4種類の配線構造を示す。
図4で
図9と同じ符号を付した個所は同じ要素を示すため、説明は省略する。
図4(A)は両端にリザーバがないサンプル1を示し、
図4(B)は陰極ビアにリザーバを配置したサンプル2を示し、
図4(C)は陽極ビアにリザーバを配置したサンプル3を示し、
図4(D)は陰極ビアおよび陽極ビアの両方にリザーバを配置したサンプル4を示す。
図4(A)〜(D)に示すような直線形状のCu配線を想定し、リザーバの有無が閾電流密度の大きさに与える影響を評価した。
図4(A)〜(D)に示すように、リザーバがない場合(サンプル1)、陽極端から密度jの電流を入力し、陰極端からjの電流を出力する(矢印参照)。両端に想定したビア間の距離は150(μm)、配線52の幅Wは10(μm)、厚さtは410(nm)である。リザーバがある場合(サンプル2および3)も同様に150(μm)離れたビア間で密度jの電流を入出力した。張り出し部55n、55Pの長さはいずれも25(μm)である。本数値シミュレーションは各々のサンプルにおいて、基板温度573(K)下で、3種類の電流密度を想定して実施した。
【0038】
本数値シミュレーションにおいて、Cu配線は表2で示される特性定数を有するものと想定した(非特許文献12〜16参照)。
【0039】
【表2】
【0040】
入力電流密度は、0.2、0.4および0.6(MA/cm
2)の3つの値を想定した。環境温度はすべてのサンプル1〜4において573(K)と想定した。
【0041】
想定した電流密度が小さい場合は、配線内の原子濃度N
*の最小値がボイド形成に至る臨界の原子濃度N
*minに達することなく配線内の原子濃度分布が変化しなくなる定常状態となる。配線内における原子濃度の最小値がちょうどN
*minに一致する電流密度を閾電流密度とし、配線の許容電流密度として評価する。閾電流密度より小さい電流密度で本数値シミュレーションを実行後、原子濃度分布の定常状態を得た。
図5(A)は、定常状態でのすべての要素における原子濃度N
*の最小値と想定した電流密度jとの関係を示すグラフである。
図5(A)で横軸は電流密度(MA/cm
2)、縦軸は最小原子濃度(N
*/N
0)であり、各サンプル1〜4毎にプロットした。詳しくは、定常状態になった原子濃度N
*の配線内での最小値を、仮定した入力電流密度に対してプロットした。
図5(A)に示されるように、各サンプル1〜4のプロットを結ぶ線と臨界の原子濃度(N
*min/N
0)の線との交点から閾電流密度が評価される。
図5(B)はこのようにして評価された各サンプル1〜4についての閾電流密度j
th(MA)を示す。配線内の原子濃度N
*がN
*minの値に達するとボイドができて損傷するモデルとなっているため、定常になった時にちょうど配線内の原子濃度N
*の最小値がN
*minの値になる入力電流密度を
図5(A)に示されるグラフの交点から求め、それを閾電流密度j
thとして評価する。
【0042】
図5(A)、(B)に示されるように、サンプル1と4の閾電流密度j
thはほとんど同じである。これに対して、サンプル2では閾電流密度j
thはサンプル1および4の閾電流密度j
thより大きい。サンプル3では閾電流密度j
thはサンプル1および4の閾電流密度j
thより小さい。リザーバが陰極ビア側に配置されたサンプル2の場合、閾電流密度j
thは他のサンプルより大きくなった。これは、定常状態におけるビア間通電部の原子濃度分布はサンプル1と3とでは変化しないが、サンプル2の分布はそれらよりも高い濃度となり配線内の原子濃度の最小値も増加したためと考えられる。つまり、サンプル2は他の形状のサンプルよりも多く電流を流すことができるため、EM損傷しにくい形状であるということができる。
【0043】
図6は、サンプル1、2および3の配線に沿った原子濃度N/N
0の分布を示すグラフである。
図6で横軸は配線中央部(
図4参照)からの距離(μm。負が陰極側で正が陽極側)、縦軸は原子濃度(N/N
0)であり、サンプル1は実線、サンプル2は破線、サンプル3はピッチの短い破線で示す。サンプルはすべて入力電流密度が等しい。式1によれば、電流密度が等しい場合、EMの駆動力は等しい。このため、定常状態では原子濃度の傾きは互いに対応している。一方、リザーバでは電流密度はほとんどゼロであり、EMの駆動力はない。従って、定常状態ではリザーバにおける傾きはほとんど水平となる。質量の法則によれば、サンプル2における原子濃度分布はサンプル1における分布から広域的に上方へシフトすることになる。
【0044】
図7は、本数値シミュレーション終了時の原子濃度分布を示すグラフである。
図7で横軸は配線中央部(
図4参照)からの距離(μm。負が陰極側で正が陽極側)、縦軸は原子濃度N
*(1/μm
3)、入力電流密度j=2.0(MA/cm
2)でありサンプル3について示す。
図7はN
*の分布であるため、各要素に複数のN
*がありそれらをプロットしていることから、太い線にみえている。
図7に示されるように、陰極側のビア部において濃度がN
*minに達し、ボイドが発生すると考えられた。この結果は実験におけるボイド発生箇所(非特許文献17参照)に一致する。
【0045】
以上より、本発明の実施例1によれば、EM損傷支配パラメータを用いた本数値シミュレーションを実施することにより、集積回路配線におけるリザーバ効果の評価を行った。本数値シミュレーションは、まず電流密度分布および温度分布を2次元FE分析(有限要素法。一般的には数値解析でもよい。)により計算する。上記解析結果(電流密度分布および温度分布)とディスク38(後述)等に記録された薄膜特性(配線材料の物性定数。非特許文献4参照)とから各要素における上記支配パラメータ(AFD
*gen|end、AFD
*gen)を計算する。次に、θに関する原子濃度N
*を上記支配パラメータの値に基づき計算する。各要素における原子濃度Nはすべてのθの値についてのN
*の平均により計算する。臨界原子濃度または原子濃度が変化しなくなる定常状態に達したか否かを判断し、達したと判断した場合は終了し、そうでないと判断した場合は上記支配パラメータの計算を繰返す。本数値シミュレーションにより、陰極端側にリザーバを設けると、配線内部の最小原子濃度が増加し、配線の許容電流密度が増加することがわかった。また、リザーバを有する配線に許容値以上の電流が作用した場合、陰極側のビア部で原子濃度はボイド発生の臨界値に到達するため、ボイド発生箇所は陰極側のビア部であると評価できた。即ち、許容値以上の電流が作用した場合、陰極側のビア部にボイドが発生することが実験事実と符合していることがわかったため、本数値シミュレーションによる結果は妥当であると言える。つまり、従来あまり行われない陰極端側のみにリザーバを設けることを行うと、配線の許容電流密度が増加し、損傷しにくくなることがわかった。以上により、リザーバ構造を有するビア接続の多層配線について、ボイドの発生に至るEM損傷過程の本数値シミュレーションを実施し、リザーバ効果を考慮しつつ閾電流密度を評価することにより配線の信頼性を評価するシミュレーション方法等を提供することができた。リザーバ構造を有するビア接続の多層配線構造において、陰極端のビア側にのみリザーバを設け、当該多層配線内部の最小原子濃度を増加させることにより、多層配線の許容電流密度を増加させるビア接続の多層配線構造を提供することができた。