【実施例】
【0046】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0047】
〔実施例1〕
(要約)
幹細胞の重要な特徴として、自己複製能と多分化能の2つがある。今回われわれは、ペプチジルプロリルイソメラーゼPin1が多能性幹細胞の自己複製と多能性維持に重要であるということを明らかにした。Pin1が、転写因子であるOct4と他の基質に関与するということもまたプロテオミクス解析によって明らかにした。iPS細胞の誘導と共にPin1の発現が上昇すること、またPin1を山中4因子と共に発現させるとiPS細胞の誘導効率が増加することがわかった。iPS細胞において、Pin1特異的阻害剤によってPin1の発現を抑えるとiPSコロニーの形成能が抑制され、またiPSコロニーに対してPin1阻害剤処理を行うと、異常な分化が認められた。さらに、Oct4がPin1の基質であり、Pin1がOct4のセリン12プロリン部位に結合し、Oct4タンパク質の安定性を増加させることによって、Oct4の転写因子としての機能を亢進させることを見い出した。今回の発見は、Pin1が多能性幹細胞の維持や誘導に重要な役割を果たしているということを示すとともに、Pin1を分子スイッチとして、多能性幹細胞の増殖や細胞死をコントロールするツールとしての応用も期待される。
【0048】
(序文)
幹細胞は自己複製能をもつことで特徴づけられており、その自己複製は細胞分裂に伴って起こる。また、幹細胞は様々な細胞に分化することができる多分化能をもっている。多能性幹細胞の増殖は、細胞をリプログラミングさせる機能をもつc-Myc、Klf4、Oct4、SOX2など、いくつかの転写因子の活性化によって起こるが、増殖因子であるbFGF存在下のみによって起こることが知られている。bFGFの細胞内シグナルは多能性維持にとって必須であるということが示されており、この因子を除くと細胞の増殖が阻害され、異常な細胞の分化が見られたり細胞死が起こることが知られている。bFGFは細胞分裂を引き起こす効果を持っており、それは標的細胞における細胞膜上のチロシンキナーゼに端を発する細胞内シグナルを活性化する。これらのチロシンキナーゼは、細胞内の様々なリン酸化pathwayを活性化させるが、そのリン酸化は主にセリンースレオニンのリン酸化であることが知られている。この細胞内のリン酸化シグナルが多能性幹細胞の自己複製や、多能性維持に重要であるということはすでに知られているが、リン酸化されたタンパク質がどのように制御されてシグナルが伝わるかということに関してはわかっていない。タンパク質のリン酸化とは、細胞内のシグナル伝達系において非常に重要な基礎的な方法であることが知られており、細胞増殖や分化、形態形成などにおいて重要であることが知られている。リン酸化タンパク質の機能を調節する重要なシグナルメカニズムとして、リン酸化タンパク質に結合し、その構造をシスートランスに異性化する酵素であるPin1による制御が知られている。このペプチジルプロリルイソメライゼーションというタンパク質の翻訳後修飾は様々な細胞内シグナルに重要で、ErbB2/Ras,やwnt/beta-catenin 、 NF-kappaBなど重要なシグナルpathwayで役割を果たしていることが知られている。さらにそれらがアルツハイマー病など免疫病やガンの発生に重要な役割を果たしていることもまた知られている。しかしながら、Pin1が多能性幹細胞の維持や誘導にどのような役割を果たしているかということについては十分に検討されていない。われわれは今回、Pin1が多能性幹細胞の自己複製や多能性に重要であることを示した。iPS細胞の誘導と共にPin1の発現が誘導され、Pin1を阻害すると多能性幹細胞の多能性や自己複製が阻害されるということをヒトiPS細胞およびmES細胞を用いて調べた。また、プロテオミクス解析を行い、Pin1がリプログラミングや転写因子として重要であるOct4のセリン12プロリンモチーフに結合し、その安定性と転写活性を亢進させるということがわかった。今回のデータはPin1が多能性幹細胞の自己複製や増殖に重要であるということを示しただけでなく、Pin1の活性や機能を制御することによって多能性幹細胞の増殖や維持を亢進させることができるのではないかということを提起している。
【0049】
(実験手順)
コロニー形成解析
iPS細胞は理研バイオ資源センターより入手した(クローン番号 201B7)。iPS細胞はhESC培養培地(KNOCKOUT Dulbecco’s modified Eagle’s medium (Invitrogen) supplemented with 20% KNOCKOUT SR (Invitrogen), 1% GlutaMAX (Invitrogen), 100 μM Non-essential amino acids (Invitrogen), 50 μM β-mercaptoethanol and 10 ng/ml basic FGF)で培養した{Takahashi, 2007 #58}。マウスES細胞はmESC培養培地(KNOCOUT Dulbecco’s modified Eagle’s medium supplemented with 15% KNOCKOUT SR, 1% GlutaMAX (Invitrogen), 100 μM Non-essential amino acids, 50 μβ-mercaptoethanol and 1000 U/ml rhLIF)で培養した(#6 Yamada M. Hum Mol Genet 2010)。コロニー形成は、以前に記載されたように(#7 Liu Y. Stem cells 2008)アルカリフォスファターゼ(AP)染色陽性コロニー数を計測することによってスコア化した。コロニーあたりの細胞数はDAPI染色細胞を計測した(#7 Liu Y. Stem cells 2008)。
【0050】
細胞リプログラミング
MRC5線維芽細胞(理研バイオバンクから供与)を、Takahashiらにより記載された方法を用いてiPS化した。(#2 Takahashi K. Cell 2007) 簡潔に、山中4因子がそれぞれに組み込まれているレトロウイルスベクター(pMXs-hOct4, pMXs-hSOX2, pMXs-hKLF4, pMXs-hcMYC (Addgene))およびPin1を組み込んだレトロウイルスベクターpMXx-Pin1または空ベクターpMXxをVSV-G遺伝子とともにEffectene transfection reagent (Qiagen社;
http://www.qiagen.com/products/transfection/transfectionreagents/effectenetransfectionreagent.aspx)を用いてレトロウイルス作製細胞であるPLAT-E細胞に導入した。48時間後、ウイルスを含む細胞上清を回収し、0.45 μmフィルターで濾過した後、10 μg/ml のhexadimethrine bromide (polybrene)を添加してウイルス液とした。標的細胞であるMRC5細胞を100mm ディッシュに6×10
5個播種し、ウイルス/ポリブレンを含むウイルス液と16時間インキュベーションして感染させた。24時間後にウイルス液をDMEM細胞培地と交換し、さらに培養を続けた。6日後にMRC5細胞をマウス線維芽細胞(MEF; フィーダー細胞)上にまき、24時間後DMEM培地をhESC培地に交換した。細胞を37℃ 、 5% CO
2 で 30日間培養したところ、iPS細胞コロニーが複数出現した。これらをアルカリフォスファターゼ染色(
http://www.funakoshi.co.jp/node/15683;フナコシ社)し、赤く染色された陽性コロニー数をカウントした。
【0051】
発現ベクターの構築
Oct4 cDNAはpcDNA3-HA 発現ベクター (Invitrogen)にサブクローニングした。Oct4の発現コンストラクトは下記に示す:pcDNA-HA-Oct4野生株: aa 1-360, pcDNA-HA-Oct4 ΔC: aa 1-297, pcDNA-HA-Oct4 ΔN1: aa 138-360, pcDNA-HA-Oct4 ΔN2: aa 113-360, pcDNA-HA-Oct4 ΔN3: aa 34-360. pcDNA-HA-Oct4-S12A は 操作手順に従ってKOD-Plus Mutagenesis Kit (TOYOBO, Osaka, Japan) を用いて行った。 使用したプライマーは下記に示す; Forward: 5’-CGCCCCCTCCAGGTGGT-3’(配列番号3); Reverse: 5’-CGAAGGCAAAATCTGAAGCC-3’(配列番号4).
遺伝子レポーター解析
OCT-SOX 結合カセットを含むpGL3-fgf4 レポータープラスミドおよびホタルルシフェラーゼ遺伝子を50 ng のpRL-CMV と共にトランスフェクションした(#8 Masui S. Natl Cell boil 2007)。24時間後、細胞を passive lysis buffer (Promega) に溶解し、室温で15分インキュベーションした。ルシフェラーゼ活性は、操作手順に従ってDual-Luciferase reporter assay system (Promega) により測定した。
【0052】
GSTプルダウン解析および免疫沈降解析
HeLa細胞を GST pull-down buffer (50 mM HEPES [pH 7.4], 150 mM NaCl, 10% glycerol, 1% Triton-X100, 1.5 mM MgCl
2, 1 mM EGTA, 100 mM NaF, 1 mM Na
3VO
4, 1 mM DTT, 0.5 ug/ml leupeptin, 1.0 ug/ml pepstatin and 0.2mM PMSF) に溶解し、GST-Pin1またはGST を含む30ulのグルタチオンアガロースビーズと共に 4℃ で2 時間インキュベートした。その後、回収したタンパク質をlysis bufferで3回洗い、SDS-PAGEに供した。免疫沈降では、細胞をNP-40 lysis buffer (10 mM Tris HCl [pH 7.5], 100 mM NaCl, 0.5% NP-40, 1 mM Na
3VO
4, 100 mM NaF, 0.5 ug/ml leupeptin, 1.0 ug/ml pepstatin and 0.2 mM PMSF)に溶解した。細胞ライセートをProtein A/G セファロース/非免疫 IgG 複合体と共に1時間インキュベートした。上清を5ugのHA抗体およびProtein A/G セファロースで免疫沈降した。Lysis bufferで3回洗った後、SDS-PAGE ゲルに供し、プロテオミクス解析を行った。
【0053】
プロテオミクス解析
Pin1結合パートナーを同定するためにマススペクトロメトリー (MS) を使用した。ヒトiPS 細胞を、モノクローナ抗Pin1抗体 (Clone 257417, R&D Systems) を用いて4
oC で3 時間免疫沈降した後、SDS-PAGEに供した。約30 kDa から150 kDa に一致する領域から連続的にゲルを切り出し、ゲル片をアルキル化、トリプシン処理して還元した。ペプチドはlinear ion trap (LTQ) Orbitrap hybrid mass spectrometer (Thermo Scientific)を用いて解析した。peptide mass fingerprinting (PMF) および Mascot、Aldente search algorithmsによってタンパク質の同定を行った。.
テラトーマ形成
細胞はアキターゼを用いて解離し、チューブに回収し、遠心した。沈殿した細胞をヒトESC培養培地に懸濁した。NOD-SCIDマウス(CREA, Tokyo, Japan) 皮下に 2×10
6 個の細胞と等量のマトリゲル (BD Biosciences)を混ぜて注入した。9週間後に腫瘍を摘出した。凍結腫瘍組織をoptimum cutting temperature compound (OCT) で包埋後、凍結切片にしてヘマトキシリンおよびエオジンで染色した。
【0054】
Double immunohistochemical staining;2重免疫組織化学染色
パラフィン組織切片をキシレンおよびエタノールを用いて脱パラフィン化した後、10mM クエン酸バッファー(pH6.0), 中でオートクレーブした(121℃ for15min)。その後、0.3% 過酸化水素(hydrogen peroxidase)中で30分浸した。ブロッキングは 10% 正常やぎ血清(normal goat serum、DAKO社)を用いて室温で30分行った。次に抗Pin1抗体(anti-PIN1 polyclonal antibody (Santa Cruz Biotechnology, diluted to 100-fold) を 4
oC で overnight反応させた。Pin1抗体で標識されたPin1タンパク質はHistofine キット-PO (Nichirei, Tokyo, Japan) と AEC plus reaction (AECplus; DAKO, Campinteria, CA)を用いて茶色に発色させた。次に mouse anti-CD44 monoclonal antibody (Cell Signaling, diluted to 100-fold) を4
oC で overnight反応させたのち、 Histofine kit-AP (Nichirei) と BCIP/NBT system (Dako)を用いて青く発色させた. 次に、細胞をメチルグリーンで緑に輪郭を染めて、光学顕微鏡で観察した。
【0055】
TUNEL法
(
図9A) 1X10
5個の細胞を12ウェル細胞培養プレートに播種し、Juglon(5μM)またはDMSO (negative control)の処理を行った。24時間後にプロメガ社のDeadEnd
TM Colorimetric TUNEL Systemを用いて、アポトーシス細胞を検出した。代表的なアポトーシス細胞の写真を提示する。
【0056】
(
図9B) Aと同様な方法により、各濃度のJugloneまたはDMSO(コントロール)を細胞に処理し、24時間後に全細胞中のアポトーシス細胞の割合を、光学顕微鏡を用いて計測した。
【0057】
(結果)
Pin1は細胞のリプログラミングに伴って誘導され、iPS細胞の誘導を促進する
まず、われわれはPin1が細胞のリプログラミングや多能性に関与しているかどうか調べるために、ヒトiPS細胞におけるPin1の発現レベルを調べた。対象として、ヒト線維芽細胞であるMRC5を山中4因子を用いて誘導し、iPS細胞を作製した。元のMRC5と比較して、誘導されたiPS細胞においてPin1の発現が優位に増加していることがわかった(
図1A)。蛍光免疫染色による解析でもまた、Pin1はiPS細胞マーカーであるSOX2陽性細胞において優位に発現が増加していることがわかった。またSOX2陰性の分化した部分においてはPin1の発現も低下していた(
図1B)。このことはPin1がリプログラミングしたiPS細胞において発現が増加するということを示唆している。次に、Pin1が体細胞のiPS細胞への誘導に関与するかどうかを調べた。通常は、山中4因子として知られるc-Myc、Klf4、Oct4、SOX2によってiPS細胞が誘導されるが、4因子にPin1を追加発現させることによって顕著にiPS細胞の誘導が亢進することがわかった(
図1C、1D)。これはアルカリフォスファターゼ染色陽性となるコロニー数をカウントすることで調べた。次に、山中4因子とPin1を発現させることによって作られたiPS細胞が多能性を維持しているかを確認した。iPS細胞を免疫不全マウス(NOD/SCIDマウス)の皮下に注入し、9週間後にできた腫瘍を切除し、HE染色した。組織学的に調べたところテラトーマであることがわかった。腸管様の上皮細胞(内胚葉)、紡錘状の筋肉細胞(中胚葉)、軟骨組織(中胚葉)、神経組織(外胚葉)、皮膚の上皮(外胚葉)などが観察された(
図1E)。これらの結果から、Pin1を山中4因子と共に発現させることによってiPS細胞の形成効率とリプログラミングが亢進するということがわかった。
【0058】
Pin1はiPS細胞の自己複製やコロニー形成に必要である
次に、Pin1が自己複製とコロニー形成において重要であるか調べた。先の結果から、Pin1がiPS細胞の形成を正に制御することがわかった。そこで、Pin1が機能的にどのような役割をしているかについてiPS細胞やES細胞を用いて調べた。まず、自己複製能にPin1が関わるかを見た。iPSコロニーを個々の細胞状にし、それぞれがコロニーを形成するかをみることによって自己複製能を調べた。ヒトiPS細胞を、酵素アキターゼを用いて個々の細胞状にしてフィーダー細胞上に播種し、Pin1阻害剤であるJugloneを各濃度で添加した。その結果、Juglone濃度依存的に優位にコロニー形成が阻害されることがわかった(
図2A、2B)。フィーダー細胞はほとんど死んでいなかったことから、非特異的な細胞毒性によるものではないことが示唆された。また、コロニーあたりの細胞数についてもJuglone濃度依存的に減少することがわかった(
図2C)。アルカリフォスファターゼ染色することによって未分化コロニー数を計測した(
図2D)。次に、他のPin1阻害剤として、Pin1阻害ペプチドであるPINTIDEを細胞に処理したところ、Jugloneと同様にコロニー形成が阻害された。コントロールとして用いたPin1と結合できない非リン酸化型コントロールペプチドではコロニー形成は阻害されなかった(
図2E、2F)。
【0059】
次に、Pin1の阻害がマウスES細胞におけるコロニー形成、自己複製に関係するかを調べた。マウス由来のES細胞であるBDF2およびR1に対してJuglone で処理したところ、アルカリフォスファターゼ陽性のコロニー形成が顕著に阻害された(
図3A)。また、細胞内在性のPin1を抑える働きのあるドミナントネガティブPin1をアデノウイルスベクターに組み込んでR1に感染させたところ、コントロールに比べてR1のコロニー形成能が顕著に阻害された(
図3B、3C)。コロニーあたりの細胞数についてもまた減少していた(
図3D)。これらのことから、多能性幹細胞においてPin1が細胞の自己複製や増殖に重要な役割を果たしていることが示された。
【0060】
多能性維持におけるPin1の機能
次に、Pin1が多能性維持に関わるかについて調べた。ヒトiPS細胞を5日間培養し、コロニーを形成させた状態でJugloneを添加し、Pin1を阻害した。その結果、アルカリフォスファターゼ陰性の分化した細胞がモザイク状に出現した(
図4A)。同様に、ドミナントネガティブPin1をアデノウイルスベクターを用いて感染させPin1を阻害したところ、アルカリフォスファターゼ陰性の分化細胞が増加した(
図4B)。これらはPin1がiPS細胞の多能性維持に重要であることを示している。
【0061】
ヒトiPS細胞におけるPin1結合タンパク質の同定
先の結果から、Pin1が多能性維持や自己複製に重要であることが示された。次に、Pin1がiPS細胞内でどのような基質タンパク質を標的としているかをプロテオーム解析によって調べた。iPS細胞内においてPin1と結合しているタンパク質を免疫沈降法によって回収し、1次元SDS-PAGEで展開後、30kDaから150kDaの領域のバンドを連続的に切り出し、質量分析計を用いて同定した(
図5A)。その結果、iPS細胞内においてPin1と結合するタンパク質を新たに23個同定することができた(
図5B)。その中にOct4が含まれていたことから、Pin1とOct4の結合についてさらに調べた。
【0062】
Pin1はOct4に結合し、Oct4タンパク質の安定化に寄与する
Pin1とOct4の相互作用について調べるために、まずGSTプルダウンを行った。ヒトiPS細胞ライセートとリコンビナントのGSTまたはGST-Pin1タンパクを混ぜ、グルタチオンビーズで集め、Oct4抗体を用いた免疫ブロット解析を行ったところ、Oct4はGSTには結合しないがGST-Pin1には結合することがわかった(
図6A)。またその結合は、予めiPS細胞ライセートを脱リン酸化酵素であるCIPで処理すると見られなくなることから、Pin1がOct4のリン酸化部位に結合することが示唆された。次にiPS細胞を蛍光免疫染色し、Pin1とOct4の細胞内局在を調べたところ、共にiPS細胞の核内で共局在していた(
図6B)。Pin1は基質タンパク質の安定性に関わることが知られている。そこで、Pin1がOct4の安定性に関わるかを調べた。HeLa細胞にOct4およびPin1または空ベクターをトランスフェクションした後、サイクロヘキシミドで処理することによってタンパク質の合成を一時的に止め、それまでに合成されたOct4タンパク質の半減期を経時的に見た。コントロール細胞に比べ、Pin1を強制発現させた細胞では顕著にOct4タンパク質の分解が阻害され、安定化がみられた(
図6C)。次に細胞内におけるOct4の転写活性について調べるために、ルシフェラーゼアッセイを行った。HeLa細胞にOct4、SOX2、Pin1と共にOct4とSOX2が結合するカセットをもつFGF4という標的遺伝子の遺伝子プロモーター領域のルシフェラーゼコンストラクトを用いた。Pin1単独ではFGF4の転写活性の上昇は見られなかったが、Pin1とFGF4を共発現させると、Pin1の量依存的にOct4の転写活性が上昇することがわかった(
図6D)。次に、Pin1の結合ドメインであるWWドメイン変異体または酵素活性化ドメインであるPPIaseドメイン変異体を用いて同様のルシフェラーゼアッセイを行った。その結果、両変異体は共に野生型と比較してOct4の転写活性を上げる効果が低いことがわかった(
図6E)。このことから、結合ドメインおよび酵素活性化ドメインの両方がPin1のOct4に対する機能に重要であることがわかった。
【0063】
Pin1はOct4のセリン12プロリンに結合する
Pin1がOct4タンパク質のどの部位に結合するかを調べた。Pin1はセリンープロリンまたはスレオニンープロリン部位にしか結合しないことが知られている。そこで、Oct4内に6カ所存在するセリンープロリンまたはスレオニンープロニン部位を削った変異体を作製し、GSTプルダウンを行った。その結果、Oct4タンパク質のC末端を削った変異体でもPin1と結合するのに対してN末端を削ると結合しないことがわかった(
図7A)。N末端の3つのPin1結合部位を削った変異体でPin1が結合しなかったことから、アミノ酸1から34のいずれかに結合することが示唆された。1から34の間では、Pin1が結合し得るのはセリン12プロリン部位しか存在しないこと、またセリン12プロリンはヒトだけでなく、ラビット、マウス、ラットにおいても保存されている配列であることから、この部位にPin1が結合すると考えられた(
図7B)。セリンをアラニンに置換したS12A変異体を作製し、GSTプルダウンを行ったところ、作製されたOct4-S12A変異体はPin1と結合しなかった(
図7C)。次に、Pin1がOct4-S12A変異体に対して機能するかについて調べた。Pin1とOct4を共発現させたところ、野生型Oct4ではタンパク量が増えるのに対してOct4-S12A変異体では変化が見られず、Pin1に対して反応性がないことがわかった(
図7D)。
【0064】
Pin1はヒト乳癌組織中のがん幹細胞中で高い発現を示した(
図8)。
【0065】
Pin1阻害のがん幹細胞の増殖抑制効果について検討を行った。MCF-10A乳腺上皮細胞株および、当細胞由来のがん幹細胞株CSC10Aを細胞培養ディッシュに播種し、Pin1阻害剤であるJugloneを処理し24時間後にTUNEL法により細胞死を検出した(
図9)。
図9に示す通り、がん幹細胞であるCSC10AではMCF-10Aと比較して、Pin1阻害剤の感受性が高く、各濃度においてアポトーシス細胞数が有意に増加していた。これらの結果はPin1阻害剤は正常細胞に影響しない濃度でがん幹細胞を死滅させることを示唆するものである。
【0066】
乳癌幹細胞(CSC)、MCF-10A-Ras細胞、MCF-7細胞にJugloneを5uMまたは10uMで投与し72時間後にCell Counting Kit-8(同仁化学研究所、#CK07)を用いて細胞生存を確認した(
図10)。CSCでは他の2つの細胞と比較し、Jugloneによる感受性が高いことが示唆される。
【0067】
(考察)
今回の研究で、我々はPin1が多能性幹細胞の維持と幹細胞性において必須であるということを報告する。1)Pin1はヒトiPS細胞の誘導に伴って誘導される。2)リプログラミング4因子とPin1を共発現することによりiPS細胞の誘導効率が顕著に促進される。3)特異的Pin1阻害剤としてJuglone、AdV-dnPin1、PINTIDEを用いたPin1阻害により、ヒトiPS細胞およびマウスES細胞のコロニー形成が顕著に阻害される。4)Pin1阻害により、コロニー形成後のヒトiPS細胞において異常な分化が誘導される。5)プロテオミクス解析により、ヒトiPS細胞においてOct4がPin1の推定基質であることを明らかにした。6)Pin1はOct4のセリン12プロリンモチーフと相互作用し、安定性および転写活性を促進する。我々の発見は、多能性幹細胞におけるOct4の機能を介した自己複製や生存の制御因子としてPin1の新しい働きを明らかにした。
【0068】
我々の今回の結果は、Pin1が細胞周期やアポトーシスなど多岐にわたる細胞プロセスを含む様々なリン酸化タンパク質を触媒する多機能なタンパク質であるという既知の発見に追加されうる。様々な細胞性の機能に沿った多くのリン酸化タンパク質に対するPin1の多岐にわたる機構的な働きは、異なる細胞種や環境に依存する複数のシグナル経路における修飾因子として示すことができる。今回の研究においてPin1をOct4の制御を介して多能性幹細胞の自己複製や幹細胞性を支配する転写因子ネットワークにおける重要な制御因子として位置づけた。実際に、Oct4、SOX2、Klf4およびc-Mycの発現により誘導されたiPS細胞は、Pin1の高発現レベルを誘導し、そしてこれらの細胞はPin1の機能に依存している。このことは、Pin1がリプログラミング転写因子と協調して体細胞からiPS細胞を誘導する重要な執行因子の一つであることを示唆している。
【0069】
我々の今回の発見は、Pin1がOct4や他の基質のリン酸化依存性プロリル異性化を介して細胞増殖や多能性維持に関与していることを示した。このことに関して、最近のMoretto-Zitaらによる報告では、マウスES細胞においてPin1が多能性転写因子であるNanogと結合し、自己複製を維持し、免疫不全マウスにおいてテラトーマ形成をすることを示した。幹細胞におけるPin1機能のさらなる研究により、多能性幹細胞の自己複製や生存を制御する基礎をなす分子経路や因子に光が当たるかもしれない。
【0070】
Pin1ノックアウトマウスは正常に成長するが、体重減少、網膜退化および乳腺発達障害を含むいくつかの発達異常が見受けられる。Pin1ノックアウトマウスは、始原生殖細胞(PGC)の顕著な増殖障害に伴い精巣萎縮症や進行性の精子形成細胞の減少もまた現れる。これらの表現型は、Pin1機能の喪失による生殖系幹細胞の維持や増殖障害に原因がある。
【0071】
多くの場合、Pin1は基質タンパク質分解の抑制因子として、あるいは促進因子として働く。我々の今回のデータは、Pin1がOct4のタンパク質の半減期を延長し、それによってその転写活性を促進することを示した。Oct4はSUMO化などのような翻訳後修飾によって制御されることがわかっている。今回の発見では、Oct4がリン酸化とそれに続くプロリル異性化によって制御されることもまた示した。Pin1とOct4の結合に働く結合キナーゼの同定により、多能性の誘導中や誘導後を調節する制御経路に対する理解が進められるだろう。
【0072】
iPS細胞などのような多能性幹細胞を将来の再生医療に利用できることが望まれている。しかしながら、iPS細胞は腫瘍を形成する可能性があるせいで臨床治療への利用が懸念されている。今回の研究で、Pin1阻害が未分化段階にあるiPS細胞の増殖を効果的に阻害することができるということを提唱している。Pin1はこのように、iPS細胞の増殖や生存を可逆的に制御できる分子スイッチになり得、これによって細胞の形質転換や腫瘍形成のリスクを軽減することができる。
【0073】
References
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本明細書で引用した全ての刊行物、特許および特許出願をそのまま参考として本明細書にとり入れるものとする。