(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
初期粘度調整機構における、第1のポンプによる吐出量と前記第2のポンプによる吐出量の吐出比が、第1のポンプから吐出される基材ペーストと第2のポンプから吐出される硬化材ペーストの質量比で示して0.5〜15の範囲で任意に変更可能である、請求項1記載の歯科用印象材練和装置。
【背景技術】
【0002】
多糖類高分子電解質の一つであるアルギン酸は、D-マンノウロン酸のβ−1,4結合から成る直鎖分子で、褐藻類の重要な構造多糖類である。アルギン酸の遊離酸は水に不溶で、酢酸カルシウムから酢酸を遊離するほどの相当強い酸性を示す。アルギン酸のアルカリ金属塩及びアンモニウム塩等アルギン酸の一価陽イオンとの塩は水に溶けて粘稠な水溶液となる。然し、この時点ではゲル化しない。但し、多価金属イオン、たとえば、2価金属イオンによりアルギン酸塩の分子鎖内又は分子鎖間にイオン結合をして三次元ネットワーク構造をとり、いわゆるゼリーまたはコンニャク状のゲルとなる。アルギン酸塩をゲル化させる2価金属イオンの傾向はBa<Pb<Cu<Sr<Cd<Ca<Zn<Ni<Co<Mn<Fe<Mgの順に増大していくことが検証されている(O. Smidsrod and A. Haug, Acta Chem., Scand., 19, 329, 341 (1965)。また、アルギン酸の金属イオン交換能は、Cu
2+−Na
+>Ba
2+−Na
+>Ca
2+−Na
+>Co
2+−Na
+の順に減少することが検証されている(O. Smidsrod and A. Haug, Acta Chem., Scand., 19, 329, 341 (1965) 。
【0003】
アルギン酸塩は、上述した特異な性質を利用して、従来から歯科用印象材(以下、「アルギン酸塩系印象材」とも略する)として使用されている。それは、アルギン酸の一価陽イオンとの塩、石膏(硫酸カルシウム)を主成分とするもので、弾性があるので分割することなくアンダーカットのある印象がとれること、操作が容易であるという理由で広く使用されている。このようなアルギン酸塩系印象材は、使用時に水を配合して練和することにより、前記イオン結合による硬化反応が開始されるが、硬化初期(練和終了後20〜130秒程度まで)は、施療者による印象採取作業,即ち印象採得前トレーに盛り付け、形を整え患者の口腔内に挿入する操作等が円滑に行なえるだけの柔らかさを維持しておくことが求められる。
【0004】
このため、アルギン酸塩系印象材の組成には、上記各成分に加えて、石膏から解離したカルシウムイオンに対して補足作用を有するピロリン酸ナトリウムや第3リン酸ナトリウム等の硬化遅延剤も適量配合されており、硬化初期には、該硬化遅延剤の作用によりイオン結合の形成は低く抑えられるように仕込まれている。そして、上記印象採取の作業に必要な時間が経過する頃に、該硬化遅延剤の補足作用は能力一杯になり、系中にカルシウムイオンが多量に存在するようになって、イオン結合が本格化し硬化が急激に進行する。
【0005】
アルギン酸塩系印象材には、粉末状またはペースト状のものがある。粉末状印象材の主成分はアルギン酸ナトリウムまたはカリウム、石膏(硫酸カルシウム)、硬化遅延剤、及びケイソウ土等から成り、使用に当たって、現場で適量の水を加えて、手練り、ラバーボール、自転/公転式練和装置等で練和するものである。
【0006】
歯の治療には、使用する施術方法、症例に応じて、印象材練和物の初期粘度を、作業し易い値に調整することが望ましい。この点、係る粉末タイプの印象材であれば、使用する施術方法、症例に応じて、粉体に加える水の量を調節することにより、希望の初期粘度の練和物とすることができる。このことは、粉末タイプのアルギン酸塩系印象材の長所でもある。
【0007】
然しながら、粉末タイプのアルギン酸塩系印象材は、粉体及び水の計量が必要である、バッチ式のため練ったペーストの量が不足した場合に直ぐに練り直すことができない、ラバーボールや印象用スパチュラー等の印象採得用各種器具の洗浄が必要である、水が必要なために使用場所が限定される、粉体が作業場や施術室に舞い不衛生である等の使用現場或いは被施療者からの苦情或いは改善要望がある。
【0008】
そこで、斯様な粉末タイプのアルギン酸塩印象材の欠陥を改良し、現場或いは被施療者の要望を満足させるべく提案されたのが、ペーストタイプのアルギン酸塩印象材である。このペーストタイプのアルギン酸塩印象材は、アルギン酸塩の水溶物に、珪藻土、殺菌・防腐剤等を含有させた基材ペーストと、石膏(CaSO
4)、及び硬化遅延剤の主要成分が疎水性有機分散媒に分散する有機分散物である硬化材ペーストとからなり、これらは通常、自動練和装置を用いて練和される。
【0009】
このペーストタイプのアルギン酸塩印象材に用いる自動練和装置は、一般的に、基材ペーストを充填した第1の密閉容器と、硬化材ペーストを充填した第2の密閉容器と、
前記基材ペーストを吸引・吐出させるための第1のポンプと、
前記硬化材ペーストを吸引・吐出させるための第2のポンプと、
前記第1及び第2のポンプのそれぞれの吐出口に配設された移送管と、
前記移送管に接続され、前記第1及び第2のポンプから移送された前記基材ペースト及び硬化材ペーストを合流及び練和する練和部と、前記練和部に内蔵又は水密接続され回転軸を介して攪拌子を回転させるタイプの攪拌手段、
とを備えた構造をしている。こうした自動練和装置に関しては、機構、操作方法等その周辺技術が幾つか提案されている(特許文献1〜12)。
【0010】
ところで、こうしたペーストタイプのアルギン酸塩印象材に用いる自動練和装置では、前記第1のポンプからの基材ペーストの吐出量も、前記第2のポンプからの硬化材ペーストの吐出量も、それぞれ設定値に予め固定されているのが普通である。従って、この場合、基材ペーストと硬化材ペーストとの混合比は決まった値になり、得られる印象材練和物の初期粘度も、常に一定にしかできなかった。すなわち、ペーストタイプのアルギン酸塩系印象材では、前記粉末タイプのように、その含水量を使用する毎に、変化させて、得られる練和物の初期粘度を所望値に調整するようなことは難しかった。
【0011】
そこで、この不具合を解消するために、基材ペーストと硬化材ペーストとを混合する際に、第1および第2のポンプの各吸引・吐出能を制御可能とし、これら両ペーストの混合比を任意に変更可能とすることが提案されている。具体的には、特許文献13および14には、上述した主成分としてのアルギン酸塩及び水を主成分として含有する基材ペーストを練和装置へ送給する第1の供給ポンプによる送給流量と、石膏(CaSO
4)を主成分として含有し前記基材ペーストを硬化させる硬化材ペーストを練和装置へ送給する第2の供給ポンプによる送給流量との比を所定値に設定する発明を記載している。
【0012】
また、特許文献15にも、主成分としてのアルギン酸塩及び水を主成分として含有する基材ペーストと、前記基材ペーストを硬化させる硬化材ペーストの二種類のペーストから構成される歯科用印象材のそれぞれのペーストの混合比を所定の範囲内に変えて混合練和させることにより、混合練和された後のペースト状となった歯科用印象材の粘性を任意に調整することができる二種類のペーストより構成される歯科用印象材を教示している。
【0013】
さらに、特許文献16は、主ペーストと硬化材ペーストより成るペースト状歯科用アルギン酸塩印象材を、両ペーストの混合割合を変更して練和物の流動性を変化させる技術を開示している。
【0014】
これら特許文献13〜16の自動練和装置のように、基材ペーストと硬化材ペーストとの混合比を任意に変更できれば、得られる印象材練和物の初期粘度を所望の値に自在に変えることができる。
【0015】
ただし、これらの特許文献13〜16のいずれにも、こうした印象材の練和に当たって、基材ペーストと硬化材ペーストの混合比によって決定される粘度に対して、基材ペーストと硬化材ペーストの攪拌速度、及び調整された印象材の硬化時間とが相互に如何様に相関するかは、何も教示されていない。
【0016】
尚、特許文献17及び18は、特に、ペーストの自動練和装置に使用する攪拌手段を開示している。また、特許文献19〜22は、本発明で使用する概念「攪拌力」又は「攪拌動力指数」を開示している。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
上記ペーストタイプのアルギン酸塩系印象材に使用する練和装置において、基材ペーストと硬化材ペーストの混合比が変更可能なものを用いても、得られる印象材練和物には、さらに次の問題が生じていた。すなわち、被施療者及び施療者側(たとえば歯科医)の双方にとって理想的な印象材練和物は、上記歯の病態に応じた正確な印象を採得できる粘度であることの他に、その硬化時間が操作性と口腔内での滞留時間との両面からみて適正であることも求められる。なぜなら、印象材練和物の硬化時間が短すぎると、十分な印象採取の作業時間が確保できず、印象採得前に硬化し使用不可となり、他方、印象材練和物の硬化時間が長すぎると、被施療者の口腔内に長時間滞留させておくことが必要になり、被施療者に余計な負担を与えてしまうからである。
【0019】
上述したように、基材ペーストと硬化材ペーストとの混合比を、使用する都度、変更して印象材練和物を調整すると、この印象材練和物の硬化時間が変動し、施療者が意図した操作性が得られなかったり、被施療者の口腔内での滞留時間が予想以上に長くなり、苦痛を与えたりする問題が生じていた。詳述すると、基材ペーストに対する硬化材ペーストの混合量を増加させると、練和物中において、アルギン酸塩が有するカルボキシル基量が相対的に少なくなり、且つ該カルボキシル基に対する硬化材の多価金属イオン量が相対的に増加するため、硬化時間は短くなっていた。他方、基材ペーストに対する硬化材ペーストの混合量を低下させていけば、練和物中において、アルギン酸塩が有するカルボキシル基量が相対的に多くなり、且つ該カルボキシル基に対する硬化材の多価金属イオン量が相対的に低下するため、硬化時間は長くなっていた。
【0020】
上述した理由により、ペーストタイプのアルギン酸塩系印象材に使用する練和装置では、夫々の歯の病態或いは状態に応じた正確な印象を採得できる最適な粘度と、操作性の良さや負担の少ない口腔内での滞留を実現できる硬化時間の両立が難しく、その改善が望まれていた。
【課題を解決するための手段】
【0021】
上記課題に鑑み、本発明者らは、ペーストタイプのアルギン酸塩系印象材の硬化時間の調整について、鋭意研究を続けてきた。その結果、基材ペーストと硬化材ペーストの混合比を変える機構を備えた歯科用印象材練和装置を用いて、歯の病態に応じた正確な印象が採得できるよう、上記両ペーストの混合比を変更したとしても、合流した両ペーストを攪拌する攪拌手段の攪拌力を増減させれば、硬化時間は制御可能であることを見出し、この機構を搭載した新規な歯科用印象材練和装置を完成させるに至った。
【0022】
すなわち、上記課題は下記の各項に記載した手段によって解決される。
1.アルギン酸の一価陽イオンとの塩を主要成分として含む水溶物である基材ペーストを充填した第1の密閉容器と、
石膏及び該石膏から解離するカルシウムイオンに対して補足作用を有する硬化遅延剤の主要成分が疎水性有機分散媒に分散する有機分散物である硬化材ペーストを充填した第2の密閉容器と、
前記基材ペーストを吸引・吐出させるための第1のポンプと、
前記硬化材ペーストを吸引・吐出させるための第2のポンプと、
前記第1及び第2のポンプのそれぞれの吐出口に配設された移送管と、
前記移送管に接続され、前記第1及び第2のポンプから移送された前記基材ペースト及び硬化材ペーストを合流及び練和する練和部と、
前記練和部に内蔵又は水密接続され回転軸を介して攪拌子を回転させるタイプの攪拌手段、
とを含む二種類のペーストを練和する歯科用印象材練和装置において、
前記第1のポンプによる吐出量と前記第2のポンプによる吐出量の吐出比を任意に変更すること
によって、得られる印象材練和物の
初期粘度を調整する初期粘度調整機構と、
前記攪拌手段による撹拌力を
低下させることで硬化時間を遅くし、増加させることで硬化時間を早くする、得られる印象材練和物の硬化時間
を調整する印象材練和物硬化時間調整機構、
とを共に備え、
吐出量及び吐出比を如何なる値に変化させても、それに連動した、攪拌子の回転速度が所望の初期硬化時間が得られる値に変化するようにプログラムされたことを特徴とする歯科用印象材練和装置。
【0023】
2.前記第1項に記載した歯科用印象材練和装置において、初期粘度調整機構により調整する印象材練和物の初期粘度は、23℃で300〜3000dpsの範囲とする。
【0024】
3.前記第1項または第2項に記載した歯科用印象材練和装置において、初期粘度調整機構における、第1のポンプによる吐出量と前記第2のポンプによる吐出量の吐出比は、第1のポンプから吐出される基材ペーストと第2のポンプから吐出される硬化材ペーストの質量比で示して0.5〜15の範囲において任意に変更可能とする。
【0025】
4.前記第1〜3項のいずれか一項に記載した歯科用印象材練和装置において、硬化時間調整機構における、攪拌手段による撹拌力は1200〜4300W/Lの範囲において任意に変更可能とする。
【0026】
5.前記第1〜4項のいずれか一項に記載した歯科用印象材練和装置において、硬化材ペーストが多価金属イオン解離化合物を含有する。
【0027】
6.前記第5に記載した歯科用印象材練和装置において、多価金属イオン解離化合物は、硫酸カルシウムとする。
【発明の効果】
【0028】
請求項1に記載した発明により、下記に例示した効果を奏功することができる。
1.ペーストタイプのアルギン酸塩系印象材に使用する印象材練和装置において、前記基材ペーストと前記硬化材ペーストの混合比が任意に変更可能であるため、その選定により、歯の病態に応じた正確な印象を採得できる所望の粘度の印象材練和物を得ることができる。
【0029】
2.さらに、上記混合比で合流させた基材ペーストと硬化材ペーストを攪拌して混合する際の攪拌力が任意に変更可能であるため、その選定により、前記所望の粘度で得られる印象材練和物は、その硬化時間も調整でき、操作性と口腔内での負担の少なさの両面から考察した所望の硬化時間にできる。
【0030】
請求項2に記載した発明により、初期粘度調整機構により調整する印象材練和物の初期粘度を23℃で300〜3000dpsの範囲に設定するので、施術者が使用する施術方法、患者の広範な症例に応じて、正確な印象を採得することができる。
【0031】
請求項3に記載した発明により、初期粘度調整機構における、第1のポンプによる吐出量と第2のポンプによる吐出量の吐出比を、第1のポンプから吐出される基材ペーストと第2のポンプから吐出される硬化材ペーストの質量比で示して0.5〜15の範囲で任意に変更可能としたので、基材ペーストと硬化材ペーストとの混合比をこの範囲で変えて混練することにより、得られる印象材練和物の初期粘度を23℃で300〜3000dpsの範囲内で自在に調整することができる。即ち、第1のポンプから吐出される基材ペーストと第2のポンプから吐出される硬化材ペーストの質量比で示して0.5〜15の範囲で、硬化材ペーストを多く混合するほど、印象材練和物の初期粘度を高く調整することができ、逆に、硬化材ペーストを少なく混合するほど、印象材練和物の初期粘度を低く調整することができる。
【0032】
請求項4に記載した発明により、硬化時間調整機構における、攪拌手段による撹拌力を1200〜4300W/Lの範囲で任意に変更可能としたので、印象材練和物の初期硬化時間の変化幅を所望の範囲に制御することができる。すなわち、印象材練和物の初期硬化時間は、この設定範囲内で攪拌力を低下させるほど遅くなり、反対に、攪拌力を増加させるほど早まる。換言すれば、攪拌力を低下させて硬化性を弱めれば、前期硬化遅延剤が作用する期間を長くすることができるため、印象材練和物を高粘度のものに調整して、その硬化性が活発すぎて(初期硬化時間が短すぎて)十分な印象採取の作業時間が確保できなくなる虞がある場合にも、その初期硬化時間を遅らせて対応できる。反対に、この設定範囲内で攪拌力を増加させて硬化性を激しくすれば、前記硬化遅延剤が作用する期間を短くすることができるため、印象材練和物を低粘度のものに調整して、その硬化性が穏やかで硬化が長すぎて(初期硬化時間が長すぎて)被施療者に苦痛を与える虞がある場合にも、その初期硬化時間を早めて対応できる。
【0033】
請求項5に記載した発明により、硬化材ペーストが多価金属イオン解離化合物を含有するので、アルギン酸塩が水に溶解して生成される脱プロトン化したカルボキシル基(COO
-)が、多価金属イオン解離化合物が解離して生成された金属イオンと三次元ネットワーク構造のゲルを形成し、これらが複雑に重なり合って三次元ネットワーク構造のゲルを形成す。尚、この点に関しては後述する。
【0034】
請求項6に記載した発明により、硬化材ペーストが含有する多価金属イオン解離化合物を硫酸カルシウムとしたので、アルギン酸塩をゲル化させる2価金属イオンであるBa、Pb、Cu、Sr、Cd、Ca、Zn、Ni、Co、Mn、Fe、及びMgの中でも人体に悪影響を与えず、且つ、アルギン酸塩をゲル化させる能力が最も大きなCa
2+を発生することができ、さらに、当業界で最も使用実績が豊富で、関連データ等の集積も整理されているので、信頼性も高い。
【発明を実施するための形態】
【0036】
アルギン酸塩系印象材の硬化機構を、アルギン酸塩としてアルギン酸カリウムを例に説明する。すなわち、アルギン酸カリウムは、下記の構造式で示したように、β-D−マンヌロン酸(M)のカルボシキル基と、α-L-グルロン酸(G)のカルボシキル基にそれぞれカリウム(k)が結合した直鎖多糖類高分子で、その分子量は、通常、20、000〜250、000である。
【0038】
アルギン酸カリウムの繰り返し単位には2個の-COOKがあるが、1個の-COOKのみに着眼して、アルギン酸カリウムを水に溶解したときの電離平衡は下記の通りである。
【化2】
【0039】
アルギン酸カリウムは水の存在下で-COO
-、K
+、H
+、及びOH
-の4種のイオンを発生し、これら4種のイオンが関係する(a)、(b)、(c)及び(d)の四個の電離平衡が可能である。此処に、多価金属イオン、たとえばカルシウムイオン(Ca
++)が介在すると、脱プロトン化したカルボキシル基(COO
-)がCa
++とイオン結合して、下記の概念図で例示したような三次元ネットワーク構造のゲルを形成する。図は4個の繰り返し単位のゲル構造の概念図である。図示したように、1個のCa++を核として1個の繰り返し単位が有する2個のカルボキシル基がイオン結合し、これらが複雑に重なり合って三次元ネットワーク構造のゲルを形成している。
【化3】
【0040】
このような硬化機構のアルギン酸塩系印象材において、その練和物の当初の粘度(初期粘度)は、歯の病態に応じた正確な印象を採得する観点から、23℃にてスパイラル粘度計により測定した値で、300〜3000dpsの範囲であるのが好ましく、600〜2500dpsの範囲であるのがより好ましい。
【0041】
翻って、ペーストタイプのアルギン酸塩系印象材において、基材ペースト中のアルギン酸塩は粘度に対する寄与が大きく、水溶液は高粘度になりやすいため、扱い易い粘度に調整するためには高含水量である必要があり、通常、水は、20〜90質量%であり、好適には30〜85質量%である。その粘度は23℃で300〜1500dpsの範囲、さらには600〜1200dpsの範囲に調整してあるのが一般的である。
【0042】
他方、硬化材ペーストは石膏を比較的少量の疎水性有機分散媒、例えば流動パラフィン等によってペースト化して使用する。この場合、有機分散媒は通常、ペーストの総量当たり、10〜40質量%であり、好適には15〜35質量%である。多価金属イオン解離化合物は、ペーストの総量当たり、25〜80質量%、好適には35〜70質量%である。その粘度は23℃で400〜1600dpsの範囲、さらには700〜1300dpsの範囲に調整してあるのが一般的である。
【0043】
硬化材ペースト中の主成分である石膏は難水溶性ではあるものの水への親和性は高い。そのため上記2種類のペーストを混合し練和した場合、基材ペースト中の水を取り込み膨潤し、その結果、得られる印象材練和物の初期粘度は、基材ペーストと硬化材ペーストの各粘度とその混合比から予測される値よりも高くなる。そして、硬化材ペーストを多く混合するほど、この印象材練和物の初期粘度は高く調整することができ、逆に、硬化材ペーストを少なく混合するほど、この印象材練和物の初期粘度は低く調整することができる。このように、基材ペーストと硬化材ペーストとの混合比を変えて混練することにより、得られる印象材練和物の初期粘度を上記使用に求められる好適範囲内で自在に調整することができる。
【0044】
係る基材ペーストと硬化材ペーストの混合比は、アルギン酸の塩の1モルに対してカルシウムイオンが100〜40000モル、より好適には250〜30000モル含有されるように行なうのが好ましい。これは基材ペーストと硬化材ペーストの質量比で示せば、通常、基材ペースト/硬化材ペーストが0.5〜15の範囲、より好ましくは0.9〜10の範囲から採択される。
【0045】
このように基材ペーストと硬化材ペーストの混合比を変えて同じ攪拌条件で混練し、得られる印象材練和物を同じ条件で硬化させれば、その硬化の反応性は上記混合比に応じて変化する。すなわち、基材ペーストに対する硬化材ペーストの混合量を増加させて、初期粘度を高粘度方向に調整すると、アルギン酸塩に由来するカルボキシル基の総量は少なくなり、その上で該カルボキシル基に対するカルシウムイオン量が増加するため、少ないカルボキシル基をより激しく反応させることになり、硬化時間は短くなっていく。他方、基材ペーストに対する硬化材ペーストの混合量を低下させて、初期粘度を低粘度方向に調整すると、アルギン酸塩に由来するカルボキシル基量は多くなり、その上で該カルボキシル基に対するカルシウムイオン量が低下するため、多量のカルボキシル基をより穏やかに反応させることになり、硬化時間は長くなっていく。
【0046】
通常、前記したようにアルギン酸塩系印象材は、印象採取の作業期間を設けるために、含有されている硬化遅延剤の作用で、硬化初期、即ち、練和終了後20〜130秒程度は、イオン結合の形成は極僅かの発生に抑えられているが、基材ペーストと硬化材ペーストの混合量変化による硬化性の激しさの変化により、該硬化遅延剤が作用する期間が変動し、十分な印象採取の作業時間が確保できなかったり、或いは予定よりも硬化遅延剤の作用が長く残り、本格的な硬化の開始時期が送れて被施療者に苦痛を与えてしまったりする。
【0047】
なお、アルギン酸塩系印象材の練和物において、上記硬化遅延剤の作用により当初緩やかに増加していた粘度が、上記本格的な硬化の開始により急激に粘度増加し始める変曲点に達するまでの時間を初期硬化時間と呼んでいる。
【0048】
しかして、前記印象材練和物の硬化性の変化は、基材ペーストと硬化材ペーストの練和時に加える攪拌力の大きさで調整することができる。すなわち、印象材練和物の硬化時間は、攪拌力を低下させるほど遅くなり、反対に、攪拌力を増加させるほど早まる。換言すれば、攪拌力を低下させて硬化性を弱めれば、前期硬化遅延剤が作用する期間を長くすることができるため、印象材練和物を高粘度のものに調整して、その硬化性が活発すぎて,即ち、初期硬化時間が短すぎて、十分な印象採取の作業時間が確保できなくなる虞がある場合にも、その初期硬化時間を遅らせて対応できる。反対に、攪拌力を増加させて硬化性を激しくすれば、前記硬化遅延剤が作用する期間を短くすることができるため、印象材練和物を低粘度のものに調整して、その硬化性が穏やかで硬化が長すぎて、即ち、初期硬化時間が長すぎて、被施療者に苦痛を与える虞がある場合にも、その初期硬化時間を早めて対応できる。
【0049】
ここで、本発明で使用する概念「攪拌力」は、[攪拌装置のモータの最大出力(W)/基材ペーストと硬化材ペーストの混合量(攪拌装置のケーシングの内容積)(L)]×(実際の回転数/最大回転数)により決定される値である。攪拌装置のモータの最大出力(W)、基材ペーストと硬化材ペーストの混合量(L)、実際の回転数、及び最大回転数は、それぞれ、既定値であるので、「攪拌力」は算出可能な値である。なお、攪拌力は特許文献19〜22に記載されていて、公知の概念である。
【0050】
攪拌装置のモータの最大出力は、通常10〜45Wであり、ケーシングの内容積は、通常0.005〜0.015Lである。また、実際の回転数は、通常1800〜4600、より好適には2000〜4300あり、最大回転数は、通常2000〜6000、より好適には3000〜5000である。
【0051】
本発明において、上記攪拌力は、通常、1200〜4300W/Lの範囲、より好適には1500〜3700W/Lの範囲で変化させるのが好ましい。すなわち、基材ペーストと硬化材ペーストの混合比(吐出比)が、通常採り得る最小値付近である0.5の場合の目安としては、この攪拌力を2000増加または減少させれば、印象材練和物において初期硬化時間を30〜40秒増加または減少させることができる相関である。より細かく規定すれば、攪拌力を1000増加または減少させれば、印象材練和物において初期硬化時間を10〜30秒増加または減少させることができる相関であるのが一般的である。
【0052】
他方、基材ペーストと硬化材ペーストの混合比(吐出比)が通常採り得る最大値付近である15の場合の目安としては、この攪拌力を2000増加または減少させれば、印象材練和物において初期硬化時間を200〜300秒増加または減少させることができる相関である。より細かく規定すれば、攪拌力を1000増加または減少させれば、印象材練和物において初期硬化時間を50〜200秒増加または減少させることができる相関であるのが一般的である。
【0053】
前記基材ペーストと硬化材ペーストの混合比を変化させて引き起こされる印象材練和物の初期硬化時間の変化幅は、通常、50〜400秒、より詳細には150〜250秒程度である。よって、攪拌力は、上記範囲で変化させれば、初期硬化時間を所望する値である20〜130秒内にほぼ制御できる。
【0054】
本発明の歯科用印象材練和装置は、前記基材ペーストと硬化材ペーストの混合比を任意に変更可能とするための、得られる印象材練和物の初期粘度調整機構と、攪拌手段による撹拌力を任意に変更可能とするための、得られる印象材練和物の硬化時間調整機構を共に備えさせたものであるが、以下、その詳細を、図面を参照して、実施例及び比較例により具体的に説明する。
【0055】
まず実施例及び比較例で共通に使用した材料、装置等を説明する。
1.
実施例及び比較例で使用したペースト練和装置
図1は、実施例及び比較例で使用したペースト練和装置の概念図である。
図1に示したように、基材ペーストを充填した第1の密閉容器1は、第1の電動モータM1により駆動され、基材ペーストを吸引及び吐出する基材ペースト用回転ポンプP1と接続されている。他方、硬化材ペーストを充填した第2の密閉容器2は、第2の電動モータM2により駆動され硬化材ペーストを吸引及び吐出する硬化材ペースト用回転ポンプP2と接続されている。基材ペースト用回転ポンプP1および硬化材ペースト用回転ポンプP2は、それぞれ、第1の移送管L1及び第2の移送管L2を介して練和部3に導入され、練和部に内蔵又は水密接続された回転攪拌部材により練和される。Mは、回転攪拌部材を駆動するための電動モータである。このようなタイプのアルジネート自動練和装置は、(株)トクヤマデンタルから商品名「トクヤマAPミキサーII」として市販されているペースト状アルジネート印象材料自動錬和システムが例示される。また、特許文献1〜12は、こうした自動練和装置に関して、その機構、操作方法等その周辺技術を説明しているので、ここでそれらの詳細な説明に論及することは省略する。尚、特許文献1〜12は、いずれも本願出願人と密接な関連がある企業株式会社トクヤマ(旧商号徳山曹達)の発明である。
【0056】
2.
実施例及び比較例で使用した回転ポンプ
基材ペーストを吸引・吐出する基材ペースト用回転ポンプ及び硬化材ペーストを吸引・吐出する硬化材ペースト用回転ポンプとして、トロコイド歯車型ギヤポンプを使用した。トロコイド歯車型ギヤポンプは、ポンプハウジング内に収容されたアウターロータと、アウターロータ内に収容されたインナーロータとを備えている。アウターロータは、複数個の内歯を有している。インナーロータは複数個の外歯を有している。インナーロータが回転すると、インナーロータの外歯と、アウターロータの内歯が噛合してアウターロータおよびインナーロータが、トロコイド曲線を描いて同じ方向に回転する。その際に、アウターロータの内歯とインナーロータの外歯とが形成する空隙が容積変化することにより基材ペーストを吸入及び吐出するようになっている。なお、実施例及び比較例では、基材ペースト用回転ポンプ及び硬化材ペースト用回転ポンプとして、同じトロコイド歯車型ギヤポンプを使用したが、本発明では必ずしもトロコイド歯車型ギヤポンプに限定されるものではなく、両方又は片方が通常の外側又は内側噛み合い歯車タイプの歯車ポンプでも良い。
【0057】
3.
実施例及び比較例で使用した初期粘度調整機構
本発明において、基材ペーストを吸引・吐出させるための第1のポンプP1による吐出量と、硬化材ペーストを吸引・吐出させるための第2のポンプP2による吐出量の吐出比を任意に変更して、得られる印象材練和物の初期粘度を調整する機能を有する初期粘度調整機構は、特段に限定されない。たとえば、本願出願人が特許権者の一人である特許第4074717号公報(特許文献13)に記載されているペースト練和装置を本発明の初期粘度調整機構として使用することができる。
図2は、
図1に示した概念に従って構成されたペースト練和装置の好ましい実施の形態であって、攪拌機構のケーシングを取り外した場合の全体を示す斜視図である。
図2に示したように、ペースト練和装置は、ハウジング100を備えている。このハウジング100は、ほぼ直方体の主部101と、主部101の前部上端に付設された突出部102とを含んでいる。ハウジング100の突出部102の前下部には下方に向かって内方へ傾斜する傾斜面103が形成されている。傾斜面103には、傾斜面103に対して実質的に垂直に延出する練和機構が装着される。
図3は、傾斜面103に装着された練和機構を、その主要要素である回転手段24,ケーシング28、及び攪拌部材30にそれぞれ分解した斜視図である。なお、
図2において、1は基材ペーストを充填した第1の密閉容器で、第1の電動モータM1により駆動され、基材ペーストを吸引及び吐出する基材ペースト用回転ポンプP1と接続されている。他方、2は、硬化材ペーストを充填した第2の密閉容器で、第2の電動モータM2により駆動され硬化材ペーストを吸引及び吐出する硬化材ペースト用回転ポンプP2と接続されている。基材ペースト用回転ポンプP1および硬化材ペースト用回転ポンプP2は、それぞれ、第1の移送管L1及び第2の移送管L2を介して回転攪拌部材を備えている練和部3と接続されている。以下、本発明の初期粘度調整機構を、
図1〜2を参照して、特許文献13の要部を引用して概説する。本発明の初期粘度調整機構は、基材ペーストを充填した第1の密閉容器1と、硬化材ペーストを充填した第2の密閉容器2と、回転攪拌部材を含む攪拌部と、基材ペーストを第1の移送管L1を通して練和部3へ送るための第1のポンプP1と、硬化材ペーストを第2の移送管L2を通して練和部3へ送るための第2のポンプP2と、回転攪拌部材を駆動するための回転攪拌部材駆動用電動モータMと、第1のポンプP1を駆動するための第1の電動モータM1と、第2のポンプP2を駆動するための第2の電動モータM2と、作動スイッチと、制御手段を有し、前記制御手段は、前記作動スイッチが押圧されると、回転攪拌部材駆動用電動モータMを付勢して、回転攪拌部材の回転を開始し、次いで第1の所定時間(T1)経過後電動モータM2を付勢して第2のポンプP2の駆駆を開始し、さらに第2の所定時間(T2)経過後第1の電動モータM1を付勢して第1のポンプP1の駆駆を開始し、そして、作動スイッチの押圧が解除されると、第1の電動モータM1及び第2の電動モータM2を除勢して、第1のポンプP1及び第2のポンプP2の駆動を停止し、そして作動スイッチの押圧が解除されてから第三の所定時間(T3)内に前記作動スイッチが再び押圧されると、前記第1の電動モータM1及び第2の電動モータM2を同時に付勢して、前記第のポンプP1及び第2のポンプP2の駆動を再開するようになっている。また、上記練和部3は、着脱可能なケーシングを有し、該ケーシングが装着されるとこれを検出する検出スイッチが配設されており、前記制御手段は、前記スイッチの押圧が解除され、前記第1の電動モータM1及び第2の電動モータM2並びに回転攪拌部材駆動用電動モータMが除勢されるが、前記作動スイッチの押圧が解除されてから所定時間経過前で且つ前記検出スイッチが前記ケーシングを検出し続けているときに前記作動スイッチが再び押圧されると、前記回転攪拌部材駆動用モータMが付勢して前記回転攪拌部材の回転を再開し、次いで前記第1の所定時間(T1)経過後前記第2の電動モータM2を付勢して前記第2のポンプP2の駆動を開始し、そしてまた同時に同時に前記第1の電動モータM1を付勢して前記第1のポンプP1の駆動を開始するようになっている。
ここで、本発明のペースト練和装置において重要な点は、前記第1の電動モータM1と第2の電動モータM2の少なくとも一方は可変速電動モータであり、前記制御手段は、前記第1の電動モータM1の回転数と第2の電動モータM2の回転数との比を調整して、前記練和部3に送給される基材ペーストの吐出量と硬化材ペーストの吐出量との比を所定値に設定することができるようになっている点である。このように本発明のペースト練和装置は初期粘度調整機構が設けられており、この初期粘度調整機構を操作するために、基材ペーストと硬化材ペーストの吐出比増減ダイヤルが設けられている。すなわち、ペースト練和装置には、後述するように前記基材ペースト用の第1のポンプP1および硬化材ペースト用の第2のポンプP2の各吐出量を調整して、印象材練和物の吐出量を増減する回路が組み込まれているが、この回路には、該印象材練和物の吐出量だけでなく、各吐出量において各ペーストの吐出量比も増減させる関係がメモリーされている。そして、前記吐出比増減ダイヤルを操作することにより、その吐出量において、基材ペーストと硬化材ペーストの吐出量比を任意(連続的または段階的)に増減させることが可能になっている。
なお、前述したとおり、本発明における初期粘度調整機構は、それ自体新規なものではなく、本願出願人が特許権者の一人である特許第4074717号公報(特許文献13)に記載されているペースト練和装置を使用することができるので、初期粘度調整機構の構成、作動等に関する詳細な説明は特許文献13に依るべきと考え、本明細書ではそれらの詳細な説明は割愛した。
【0058】
4.
練和ノズル
4−1:
本発明で使用される練和ノズル
【0059】
上記ペースト練和装置に使用される練和ノズル自体は新規なものでないので、特段に限定されず、たとえば、特許文献17及び18に記載されている装置を使用することができる。
図1の練和装置の練和部3に装着する練和ノズルを含む攪拌機構を
図3〜8を参照して概説する。なお、練和ノズルの構成等は特許文献18に開示されているので、それらの詳細な説明は割愛する。
図3は、
図1の練和装置の練和部3に装着する練和ノズルを含む攪拌機構の分解斜視図である。
図4は、
図3に示す練和ノズルの主要構成要素を示す断面図である。
図5は、
図3に示す練和ノズルのケーシングを、一部を側面図で一部を断面図で示した図である。
図6は、
図3に示す練和ノズルのケーシングの排出空洞部を示す部分横断面図である。
図7は、
図3に示す練和ノズルのケーシングの排出空洞部を示す部分縦断面図である。
図8は、
図3に示す練和ノズルの攪拌部材を、一部を側面図で一部を断面図で示した図である。
【0060】
練和ノズルのケーシング28は、先端面に開口する第1のペースト流出口10まで延びる第1のペースト流路14、及び該先端面に開口する第2のペースト流出口12まで延びる第2のペースト流路16が配設されているペースト供給手段4と、該ペースト供給手段4の該先端面よりも下流に配置された攪拌空洞部56、及び該攪拌空洞部56に続いて延在する排出空洞部58を含む構造になっている。前述したように、この練和ノズルをペースト練和装置に装着した際には、その攪拌空洞部56内には、モータ駆動により、回転軸24を中心として回転自在な攪拌子30が配設される。この結果、第1のペースト流出口10から流出せしめられた第1のペーストである基材ペースト1と第2のペースト流出口12から流出せしめられた第2のペーストである硬化材ペースト2とが該ケーシング28の該攪拌空洞部56を通って流動せしめられる間に、上記回転駆動せしめられる該攪拌子30の作用によって第1のペーストである基材ペースト1と第2のペーストである硬化材ペースト2とが練和せしめられ、該ケーシング28の混合吐出部からは印象材練和物が排出されることになる。この機構において、練和ノズルケーシング28の該攪拌空洞部56は直径がD1である円形断面形状を有し、該排出空洞部58は長さがL1で幅がW1である細長い断面形状の主部を有し、L1=1.00乃至0.50×D1であり、W1=0.50乃至0.20×D1であるのが好ましい。他方、攪拌子30は直径がD3である円柱状基部と該基部から放射状に突出する攪拌羽根78,80とを有し、D3=0.75乃至0.30×D1であり、該攪拌子30の該基部は該ケーシング28の該攪拌空洞部56内を同心状に延在せしめられているのが好ましい。また、上記排出空洞部58には、断面において該主部の両端部から該攪拌子30の回転方向又はその反対方向に張り出された張出部62が形成されていて、L1は該排出空洞部58の上流端から下流端に向かって漸次減少せしめられており、該排出空洞部58の上流端の長さULI=1.00乃至0.75×D1で該排出空洞部58の下流端の長さDL1=0.90乃至0.60×D1であり、W1は該排出空洞部58の上流端から下流端まで実質上同一であって、W1=0.35乃至0.25×D1であり、D3=0.70乃至0.50×D1であり、該排出空洞部58の該張出部62の各々は該排出空洞部58の上流端から下流端に向かって断面積が漸次低減せしめられていて、該排出空洞部58の上流端において該主部の断面積をS1とし該張出部62の各々の断面積をS2とすると、S2=0.20乃至0.05×S1であり、該排出空洞部58の該張出部62の断面は該主部の両端部から該攪拌子30の回転方向に対して逆方向に略半円形状に張り出した形状であって、該排出空洞部58の該主部の両端縁は該攪拌空洞部56の外周縁に沿って延びる円弧形状であり、該攪拌子30の下流端と該ケーシング28の該排出空洞部58の上流端との間には0.00乃至1.00mmの間隙Gが存在するのが好ましい。係る攪拌子30の回転により、上記合流した基材ペースト1と硬化材ペースト2とは攪拌・練和され、練和ノズル先端に開口する混合吐出部から吐出する。
このペースト練和装置における、ケーシング28前面の操作パネル部には、練和ノズルから吐出される印象材練和物の吐出量増減ダイヤルが設けられている。ペースト練和装置には、基材ペースト用回転ポンプP1および硬化材ペースト用回転ポンプP2の電圧を変えて各吐出量を調整する回路が組み込まれており、この吐出量増減ダイヤルを操作することにより、上記基材ペースト用回転ポンプP1および硬化材ペースト用回転ポンプP2は各対応して、両ポンプの吐出量比は同一値を維持した関係で、印象材練和物の吐出量を任意(連続的または段階的)に増減できるようになっている。
【0061】
さらに、この
図1のペースト練和装置は、前記したように印象材練和物の硬化時間調整機構も備えており、練和ノズルから吐出される印象材練和物の初期硬化時間が一定範囲(20〜130秒の範囲から選択)内に制御できるように、練和ノズルの攪拌空洞部56内に設けられた攪拌子30の回転速度が任意(連続的または段階的)に増減させることが可能な攪拌速度増減ダイヤルが設けられている点に、大きな特徴を有している。なお、印象材練和物の吐出量、および基材ペーストと硬化材ペーストの吐出比における、攪拌子30の回転速度と印象材練和物の初期硬化時間との関係を予め調べておき、前記装置内に組み込まれている回路に、吐出量および吐出比を如何なる値に変化させても、それに連動して、攪拌子の回転速度が所望の初期硬化時間が得られる値に変化するようプログラムしておくのが効果的である。これにより、上記所望の初期硬化時間が得られる攪拌子の回転速度の調整を、攪拌速度増減ダイヤルの手動操作で都度行なう必要がなく、操作の簡便性が向上する。
【0062】
4−2:
実施例及び比較例で使用した攪拌ノズルおよび攪拌子
実施例及び比較例で使用した攪拌ノズルは、株式会社トクヤマデンタルから商品名「トクヤマAPミキサーII」として市販されているペースト状アルジネート印象材料自動錬和システムに使用されるものである。具体的には、ケーシング内に区画されている上流空洞部の上流端の直径UD4が25.0mm、攪拌空洞部の直径D1が16.0mm、排出空洞部の主部の上流端での長さUL1が16.0mm、下流端での長さDL1が10.0mm、排出空洞部の主部の幅W1が4.2mm、排出空洞部の上流端での主部の断面積S1が67.2mm
2、張出部の各々の断面積S2が6.28mm
2のものである。他方、この練和ノズルケーシング28内に配設される攪拌子(攪拌部材)30は、特許文献18(特許第3793671号公報)の
図1〜
図6に基づいて説明すると、攪拌子(攪拌部材)30の基部の直径D3が10.0mm、上流攪拌部72の軸線方向長さX1が8.0mm、中間非攪拌部74の軸線方向長さX2が12.0mm、下流攪拌部76の軸線方向長さX3が23.5mm、下流攪拌部76に形成されている攪拌羽根80の各々の半径方向突出長さYが2.83mmのものである。また、攪拌子(攪拌部材)30の上流攪拌部に72形成されている攪拌羽根78の延長部がケーシング28の上流部34の内面に当接した状態において、攪拌子(攪拌部材)30の下流端とケーシング28の排出空洞部58の上流端との間の間隙Gが0.2mmの構造の攪拌子(攪拌部材)30を使用した。
【0063】
なお、実施例及び比較例で使用した攪拌装置のモータの最大出力は28.5W,最大回転数は4200rpm、基材ペーストと硬化材ペーストを攪拌するための攪拌槽となるケーシングの内容積は0.008Lである。
【0064】
5.
基材ペースト
基材ペーストは、アルギン酸の一価陽イオンとの塩を主要成分として含む水溶物からなる。アルギン酸塩としては、従来のアルジネート歯科用印象材に使用されているアルギン酸の一価陽イオンとの塩であれば特に制限なく使用することができる。アルギン酸としては、たとえば、≡)アルギン酸ナトリウム、アルギン酸カリウム等のアルギン酸のアルカリ金属塩、≡)アルギン酸アンモニウム、アルギン酸トリエタノールアミン等のアルギン酸アンモニウム塩等が例示される。これらのアルギン酸塩の中でも、入手容易性、取扱容易性、硬化物の物性等の観点からアルギン酸のアルカリ金属塩が特に好ましい。アルギン酸塩は,2種類以上混合して使用することもできる。なお、基材ペーストには、必須成分としてのアルギン酸塩以外に、必要に応じて各種の添加剤を配合することができる。添加剤としては、粘度調整用助剤、充填剤、界面活性剤、無機フッ素化合物、アミノ酸化合物、不飽和カルボン酸重合体、香料、着色剤、抗菌剤、防腐剤、pH調整剤等が例示される。
【0065】
6.
硬化材ペースト
硬化材ペーストは、石膏及び該石膏から解離するカルシウムイオンに対して補足作用を有する硬化遅延剤の主要成分が疎水性有機分散媒に分散する有機分散物からなる。石膏としては、無水石膏、二水石膏及びそれらの混合物が好適に使用できる。また、上記石膏以外に、アルギン酸の分子鎖内又は分子鎖間にイオン結合を有する三次元ネットワーク構造を形成する他の多価金属イオンの解離化合物として、好ましくは、Ba、Pb、Cu、Sr、Cd、Zn、Ni、Co、Mn、Fe、Mg、Ti等の2価の金属イオンを解離する硫酸塩、酸化物或いは水酸化物を配合しても良い。また、他の多価金属イオンの解離化合物としては、3価以上の金属イオンを解離する金属化合物も使用することができる。3価以上の金属イオンを解離する金属化合物としては、チタン(III)、チタン(IV)、鉄(III)、スズ(IV)、ジルコニウム(IV)等の酸化物或いは水酸化物が例示される。無論、これらの金属化合物を使用する場合は、生体への被毒作用がないもの、たとえば局方に収載されている化合物を使用することは論を待たない。これらの他の多価金属イオンの解離化合物は2種類以上を混合して使用することができる。
硬化遅延剤としては、ピロリン酸ナトリウム、リン酸3ナトリウム等が用いられ、これら硬化遅延材の含有量は、印象材練和物中のアルギン酸1質量部に対して0.01〜0.5質量部であることが好ましい。
また、疎水性有機分散媒は、20℃の水100gに対する溶解度が5g以下の液体であればどのような化合物でも良く、流動パラフィン等の炭化水素化合物が好ましい。
さらに、硬化材ペーストには、上記石膏や、他の多価金属イオンの解離化合物以外に、必要に応じて各種の添加剤を配合することができる。添加剤としては、充填剤、界面活性剤、無機フッ素化合物、アミノ酸化合物、不飽和カルボン酸重合体、香料、着色剤、抗菌剤、防腐剤、pH調整剤等が例示される。
【0066】
7.
実施例及び比較例における、各種の測定方法
実施例及び比較例において、各種の測定は以下の方法により実施した。
(1)ペースト粘度
直径4Cm、高さ5Cmのカップの高さ4Cm程度までペーストを吐出した後、5秒以内にスパイラル粘度計を使用して、23℃の条件で粘度測定を行った。
(2)初期硬化時間
JIST6505:2005(歯科用アルギン酸塩印象材)6.4に規定されている「初期硬化時間試験」に従って測定した。具体的には、印象材練和物を、硝子板上に設置した内径30m、高さ16mmの金属リング内に満たし表面を平らにする。メタクリル酸メチル製の直径6mm、長さ100mmのテスト棒を10秒おきに試料と繰り返し接触させ直ちに引き上げる。練和開始から試料が棒の先端に付着しなくなるまでの時間を測定した。
[実施例1]
【0067】
前記段落[0053]に記載した
図1に示したペースト練和装置に前記段落[0060]に記載した攪拌ノズルおよび攪拌子を装着した。なお、使用した攪拌装置のモータの最大出力は30W、最大回転数は4500rpm、基材ペーストと硬化材ペーストを攪拌するための攪拌槽となるケーシングの内容積は0.008Lである。基材ペーストおよび硬化材ペーストとしては、以下の組成のものを使用した。
【0068】
使用した基材ペーストの組成
水:80.0質量部
珪藻土:15.5質量部
アルギン酸カリウム:4.5質量部
【0069】
使用した硬化材ペーストの組成
石膏:61.4質量部
珪藻土:10.6質量部
流動パラフィン:27.0質量部
リン酸三ナトリウム:1.0質量部
【0070】
この基材ペーストと硬化材ペーストは、粘度がそれぞれ800、1100dpsであり、吐出比が重量で2.8の時、2600rpmで攪拌した場合、硬化時間が約60秒となるものである。
【0071】
これら基材ペーストと硬化材ペーストとを使用して、基材ペーストに対する硬化材ペーストの吐出比、攪拌速度、及び攪拌力を変化させて、吐出比、攪拌速度及び攪拌力に対応した初期硬化時間を測定し、得た結果を表1に示す。なお、表1において、粘度の単位はdps、攪拌子の回転速度(攪拌速度)の単位はrpm、初期硬化時間の単位は秒である。
【0072】
[実施例2]
使用する基材ペーストおよび硬化材ペーストとして、各粘度が異なる(基材ペーストの粘度が400dpsであり、硬化材ペーストの粘度が500dpsである)以下の組成のものを使用し以外は、実施例1と同様に試験を行った。得た結果を表2に示す。なお、表2において、粘度の単位はdps、攪拌子の回転速度(攪拌速度)の単位はrpm、初期硬化時間の単位は秒である。
【0073】
使用した基材ペーストの組成
水:89.0質量部
珪藻土:6.5質量部
アルギン酸カリウム:4.5質量部
【0074】
使用した硬化材ペーストの組成
石膏:60.0質量部
珪藻土:2.0質量部
流動パラフィン:37.0質量部
リン酸三ナトリウム:1.0質量部
【0075】
[実施例3]
使用する基材ペーストおよび硬化材ペーストとして、各粘度が異なる(基材ペーストの粘度が1100dpsであり、硬化材ペーストの粘度が1300dpsである)以下のものを使用した以外は、実施例1と同様に試験を行った。得た結果を表3に示す。なお、表3において、粘度の単位はdps、攪拌子の回転速度(攪拌速度)の単位はrpm、初期硬化時間の単位は秒である。
【0076】
使用した基材ペーストの組成
水:50.0質量部
珪藻土:45.5質量部
アルギン酸カリウム:4.5質量部
【0077】
使用した硬化材ペーストの組成
石膏:63.0質量部
珪藻土:25.0質量部
流動パラフィン:11.0質量部
リン酸三ナトリウム:1.0質量部
【0081】
実施例1は、基材、硬化材ペーストの粘度がそれぞれ800、1100dpsであり、攪拌速度が2600rpm、吐出比が2.8で攪拌吐出を行った場合に硬化時間が約60秒のペーストを用いて、吐出比を0.5〜15に変化させ、さらに攪拌速度を1800〜4300に変えて初期硬化時間を測定した結果である。この場合、吐出比を変化させることで高粘度〜低粘度の任意の印象材ペーストを得ることができ、さらにどの吐出比においても攪拌速度を変えることで術者が扱い易い20〜130秒前後に初期硬化時間をコントロールできることが分かる。
【0082】
実施例2は、実施例1とは用いた基材、硬化材ペーストの粘度がそれぞれ400、500dps、と異なる以外は同様に実験を行った結果である。この場合も実施例1と同様に、吐出比を変化させる事で高粘度〜低粘度の任意の印象材ペーストを得ることができ、さらにどの吐出比においても攪拌速度を変えることで術者が扱い易い20〜130秒前後に初期硬化時間をコントロールできていることが分かる。
【0083】
実施例3は、実施例1、2とは用いた基材、硬化材ペーストの粘度がそれぞれ1100、1300dps、と異なる以外は同様に実験を行った結果である。この場合も実施例1と同様に、吐出比を変化させることで高粘度〜低粘度の任意の印象材ペーストを得ることができ、さらにどの吐出比においても攪拌速度を変えることで術者が扱い易い20〜130秒前後に初期硬化時間をコントロールできていることが分かる。