特許第6045691号(P6045691)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6045691新規なフッ素化ベンジル酸エステル化合物又はその塩
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6045691
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】新規なフッ素化ベンジル酸エステル化合物又はその塩
(51)【国際特許分類】
   C07D 211/46 20060101AFI20161206BHJP
   A61K 31/4465 20060101ALI20161206BHJP
   A61P 13/10 20060101ALI20161206BHJP
【FI】
   C07D211/46CSP
   A61K31/4465
   A61P13/10
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2015-519921(P2015-519921)
(86)(22)【出願日】2014年5月29日
(86)【国際出願番号】JP2014064216
(87)【国際公開番号】WO2014192847
(87)【国際公開日】20141204
【審査請求日】2015年7月28日
(31)【優先権主張番号】特願2013-114142(P2013-114142)
(32)【優先日】2013年5月30日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000207827
【氏名又は名称】大鵬薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】南里 真人
(72)【発明者】
【氏名】野口 和春
(72)【発明者】
【氏名】榊原 福満
(72)【発明者】
【氏名】青木 真一
【審査官】 早川 裕之
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭62−039567(JP,A)
【文献】 特開昭55−055117(JP,A)
【文献】 特表2004−534802(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D 211/46
A61K 31/4465
A61P 13/10
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
【化1】
[式中、Rは、置換基を有していてもよくフッ素化された低級アルキル基を示す]で表されるベンジル酸エステル化合物又はその塩。
【請求項2】
Rが、フッ素化された炭素数1〜6の直鎖状アルキル基を示す請求項1に記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
【請求項3】
Rが、2〜7個の水素原子がフッ素化されたn-プロピル基を示す請求項1又は2のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
【請求項4】
Rが、3,3,3-トリフルオロプロピル基、3-フルオロプロピル基、3,3-ジフルオロプロピル基、2,2-ジフルオロエチル基、2,2,3,3-テトラフルオロプロピル基、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル基のいずれかを示す、請求項1又は2記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
【請求項5】
次の(a)〜(f)のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
(a) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3,3,3-トリフルオロプロポキシ)アセテート
(b) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3-フルオロプロポキシ)アセテート
(c) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3,3-ジフルオロプロポキシ)アセテート
(d) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2-ジフルオロエトキシ)アセテート
(e) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2,3,3-テトラフルオロプロポキシ)アセテート
(f) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロポキシ)アセテート
【請求項6】
請求項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量と、薬学的担体とを含有する医薬組成物。
【請求項7】
請求項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量と、薬学的担体とを含有する尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防及び/又は治療剤。
【請求項8】
請求項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量と、薬学的担体とを含有する腹圧性尿失禁予防及び/又は治療剤。
【請求項9】
尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防及び/又は治療剤を製造するための、請求項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願は、2013年5月30日に出願された特願2013-114142の優先権を主張し、その全体は本明細書に援用される。
【0002】
本発明は、尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患、例えば腹圧性尿失禁の予防剤及び/又は治療剤に有用なフッ素化ベンジル酸エステル化合物又はその塩に関する。
【背景技術】
【0003】
尿失禁は不随意に尿が漏れる状態で、病的な尿失禁は「社会的、衛生的に問題となるような客観的な漏れを認める状態」である。咳やくしゃみ、笑う、運動など腹圧上昇時に、膀胱が収縮しないのにも関わらず尿が漏れ出てしまうのが腹圧性尿失禁である。腹圧性尿失禁の原因は、大きく2つに分けられる。一つは膀胱頸部・尿道過可動性で、骨盤底弛緩に基づく膀胱頸部下垂により腹圧の尿道への伝達が不良となり、腹圧時に膀胱内圧のみが上昇し尿が漏れるものである。他の一つは、内因性括約筋不全で括約筋機能の低下により、腹圧時に尿が漏れるものである。その原因として分娩、肥満、加齢、閉経や陰部神経の損傷があげられる。腹圧性尿失禁は尿失禁の最も一般的なタイプであり、女性尿失禁患者のおよそ50%に認められることが報告されている(非特許文献1)。尿失禁は女性にとってきわめて大きな身体的・精神的・社会的な悪影響を与え、スポーツや社会活動への参加を抑制し、日常的生活の質(QOL)を低下させる要因の1つになっている。この結果、腹圧性尿失禁患者は、日常生活において苦痛を強いられている。
【0004】
近年欧州において、腹圧性尿失禁に対する新しい治療薬として、セロトニン-ノルアドレナリン再取込み阻害薬(SNRI)であるデュロキセチンが開発・使用されている。しかしながら、抗うつ作用も併せ持ち自殺等の副作用が懸念されている(非特許文献2)ことから、米国や日本を含む諸外国では腹圧性尿失禁の治療薬としては承認されておらず、腹圧性尿失禁に有用な薬剤の開発が望まれている。
【0005】
特許文献1〜3はベンジル酸エステル化合物を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭62-51242号公報
【特許文献2】特表2004-534802号公報
【特許文献3】特開昭62-039567号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Int Urogynecol J Pelvic Floor Dysfunct(2000)、11(5)、301-319
【非特許文献2】Bmj(2005)、330(7488)、396
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患、例えば腹圧性尿失禁に有用な薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者等は、腹圧性尿失禁改善効果を有する化合物につき鋭意研究を行ったところ、下記一般式(I)で表されるフッ素化ベンジル酸エステル化合物が尿道内圧上昇作用を有する事を見いだし、さらに検討を重ねた結果、本発明を完成するに至った。
【0010】
本発明は、以下のベンジル酸エステル化合物又はその塩、及びこれらを有効成分とする尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患、例えば腹圧性尿失禁の予防剤及び/又は治療剤を提供するものである。
項1.下記一般式(I)
【0011】
【化1】
【0012】
[式中、Rは、置換基を有していてもよくフッ素化された低級アルキル基を示す]で表されるベンジル酸エステル化合物又はその塩。
項2.Rが、フッ素化された炭素数1〜6の直鎖状アルキル基を示す項1に記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
項3.Rが、2〜7個の水素原子がフッ素化されたn-プロピル基を示す項1又は2のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
項4.Rが、3,3,3-トリフルオロプロピル基、3-フルオロプロピル基、3,3-ジフルオロプロピル基、2,2-ジフルオロエチル基、2,2,3,3-テトラフルオロプロピル基、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル基のいずれかを示す、項1乃至3のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
項5.次の(a)〜(f)のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
(a)4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3,3,3-トリフルオロプロポキシ)アセテート
(b) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3-フルオロプロポキシ)アセテート
(c) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3,3-ジフルオロプロポキシ)アセテート
(d) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2-ジフルオロエトキシ)アセテート
(e) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2,3,3-テトラフルオロプロポキシ)アセテート
(f) 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロポキシ)アセテート
項6.項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量と、薬学的担体とを含有する医薬組成物。
項7.項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量と、薬学的担体とを含有する尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防及び/又は治療剤。
項8.項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量と、薬学的担体とを含有する腹圧性尿失禁予防及び/又は治療剤。
項9.項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の有効量を投与することを含む、尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防方法、及び/又は治療方法。
項10.尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患が腹圧性尿失禁である、項9に記載の予防方法、及び/又は治療方法。
項11.尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防及び/又は治療に使用される項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩。
項12.尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防及び/又は治療のための、項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の使用。
項13.尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の予防及び/又は治療剤を製造するための、請求項1乃至5のいずれかに記載のベンジル酸エステル化合物又はその塩の使用。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、腹圧性尿失禁予防及び/又は治療薬として有用な上記一般式(I)で表されるフッ素化ベンジル酸エステル化合物又はその塩が提供される。
【0014】
本発明のベンジル酸エステル化合物又はその塩は、in vivo において優れた尿道内圧上昇作用を示すことが明らかになった。従って本発明のベンジル酸エステル化合物又はその塩は、尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患、例えば腹圧性尿失禁の予防剤及び/又は治療薬として有効な薬効が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】被験物質投与後8時間における尿道基礎圧の変化。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明において「治療」とは、疾患もしくは症状の治癒又は改善、或いは症状の抑制を意味し、「予防」を含む。「予防」とは、疾患又は症状の発現を未然に防ぐことを意味する。
【0017】
本発明のベンジル酸エステル化合物は、下記の一般式(I)
【0018】
【化2】
【0019】
[式中、Rは、置換基を有していてもよくフッ素化された低級アルキル基を示す]で表されるフッ素化ベンジル酸エステル化合物又はその塩である。
【0020】
本発明の上記一般式(I)で表されるベンジル酸エステル化合物は、上述の先行技術文献等にも具体的に記載されていない新規化合物である。
【0021】
例えば、特許文献1(特公昭62-51242号公報)には、膀胱のあたりの緊張過度の機能状態を有効に処置出来る化合物として、α,α-ジフェニル-α-アルコキシ酢酸-1-メチル-4-ピペリジルエステル誘導体が記載されている。しかしながら、本発明化合物とはピペリジン1位にメチル基を有する点、及びフッ素化されていない点で異なる。
【0022】
また特許文献2(特表2004-534802号公報)には、機能状態の緊張過度の治療用医薬品として有用な重水素化N- 及びα-置換ジフェニルアルコキシ酢酸アミノアルキルエステルが記載されている。しかしながら、本発明化合物とはピペリジン1位にメチル基を有する点、フッ素化されておらず重水素化されている点で異なる。
【0023】
さらに特許文献3(特開昭62-039567号公報)には、膀胱容量増加作用を有するベンジル酸-4-ピペリジルエステル誘導体が記載されている。しかしながら、本発明化合物とはフッ素化されていない点で異なり、後述の試験例(比較例)で示すように、尿道基礎圧に有意な影響を及ぼさなかった。
【0024】
本明細書において、Rで表される「置換基を有していてもよくフッ素化された低級アルキル基」の低級アルキル基としては、炭素数1〜6の直鎖状又は分枝状アルキル基を示し、メチル基、エチル基、n-プロピル基、イソプロピル基、n-ブチル基、イソブチル基、sec-ブチル基、tert-ブチル基、n-ペンチル基、n-ヘキシル基等が例示され、好ましくは炭素数1〜6の直鎖状アルキル基であり、より好ましくはn-プロピル基である。
【0025】
Rで表される「置換基を有していてもよくフッ素化された低級アルキル基」の置換基としては、例えば、塩素原子、臭素原子、ヨウ素原子、ヒドロキシル基、シアノ基、アミノ基、ニトロ基、オキソ基、カルボキシル基、カルバモイル基、シクロアルキル基(シクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基、シクロヘキシル基など)、アルケニル基(ビニル基、1−若しくは2−プロペニル基、1−ブテニル基など)、アルキニル基(エチニル基、1−若しくは2−プロピニル基、1−、2−若しくは3−ブチニル基、1−メチル−2−プロピニル基など)、アルコキシ基(メトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基、tert−ブトキシ基、ペンチルオキシ基、イソペンチルオキシ基、ヘキシルオキシ基など)、アシル基(ホルミル基、アセチル基、プロピオニル基、ブチル基、イソブチル基、ベンゾイル基など)、アシルオキシ基(ホルミルオキシ基、アセチルオキシ基、プロピオニルオキシ基、ブチルオキシ基、イソブチルオキシ基、ベンゾイルオキシ基など)、アルコキシカルボニル基(メトキシカルボニル基、エトキシカルボニル基、プロポキシカルボニル基、イソプロポキシカルボニル基、ブトキシカルボニル基、イソブトキシカルボニル基、tert−ブトキシカルボニル基、ペンチルオキシカルボニル基、イソペンチルオキシカルボニル基、ヘキシルオキシカルボニル基など)、飽和複素環基(アゼチジノ基、ピロリジノ基、イミダゾリジノ基、オキサゾリジノ基、チアゾリジノ基、ピペラジノ基、ピペリジノ基、モルホリノ基、チオモルホリノ基など)、不飽和複素環基(フリル基、チエニル基、ピロリル基、イミダゾリル基、ピラゾリル基、オキサゾリル基、チアゾリル基、イソオキサゾリル基、イソチアゾリル基、ピリジル基、ピラジニル基、ピリミジニル基、ピリダジニル基、インドリル基、キノリル基、イソキノリル基、ベンゾ[b]チエニル基及びベンズイミダゾリル基など)、芳香族炭化水素基(フェニル基、ナフチル基、トリル基、キシリル基、アントラセニル基、フェナントレニル基、ビフェニリル基など)、アルキルアミノ基(メチルアミノ基、エチルアミノ基、n-プロピルアミノ基、イソプロピルアミノ基、n-ブチルアミノ基、イソブチルアミノ基、sec-ブチルアミノ基、tert-ブチルアミノ基、n-ペンチルアミノ基、n-ヘキシルアミノ基など)、アシルアミノ基(ホルミルアミノ基、アセチルアミノ基、プロピオニルアミノ基、ブチルアミノ基、イソブチルアミノ基、ベンゾイルアミノ基など)、アラルキルオキシ基(ベンジルオキシ基、フェネチルオキシ基、フェニルプロピルオキシ基、ナフチルメチルオキシ基など)等が挙げられ、好ましくはヒドロキシル基である。また前記置換基が存在する場合、その個数は典型的には1〜3個である。
【0026】
本明細書中「フッ素化された」とは、Rの有する水素原子のうち、1個〜全てがフッ素原子で置換されていることを示し、好ましくは2〜7個がフッ素化されていることを示す。
【0027】
置換基を有していてもよくフッ素化された低級アルキル基として特に好ましくは、3,3,3-トリフルオロプロピル基、3-フルオロプロピル基、3,3-ジフルオロプロピル基、2,2-ジフルオロエチル基、2,2,3,3-テトラフルオロプロピル基、2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロピル基である。
【0028】
本発明のベンジル酸エステル化合物は下記反応工程式1に従い製造することが出来る。
<反応工程式1>
【0029】
【化3】
【0030】
[上記反応工程式1において、Rは前記に同じ。]
一般式(1a)で表される化合物を、適当な溶媒中、一般式(1b)で表される化合物と反応することにより一般式(I)で表される化合物を得ることができる。一般式(1a)で表される化合物は、例えばPharmazie (1988)、43(2)、86-90に記載の方法により製造可能であり、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、炭酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、グルタミン酸などの有機酸との酸付加塩であってもよい。一般式(1b)で表される化合物は市販品にて入手可能である。
【0031】
反応工程式1の溶媒としては、反応に関与しなければ特に制限はなく、例えばジエチルエーテル、テトラヒドロフラン等のエーテル類、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル類、塩化メチレン、クロロホルム等のハロゲン化炭化水素類、ベンゼン、トルエン、クロロベンゼン等の芳香族炭化水素類、N,N-ジメチルホルムアミド、N,N-ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、アセトニトリル等の非プロトン性極性溶媒類、アセトン、メチルエチルケトン等のアルキルケトン類が例示でき、これらを単独で又は2種以上混合して使用してもよい。本反応は酸を添加してもよく、好ましくは塩酸、硫酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸であり、一般式(1a)で表される化合物に対し、好ましくは1〜2倍モル量程度使用するのがよい。
【0032】
この反応において、一般式(1a)で表される化合物に対し、一般式(1b)で表される化合物を1〜20倍モル量程度、好ましくは1〜5倍モル量程度使用するのがよいが、溶媒として一般式(1b)で表される化合物を用いることもできる。反応温度は50〜200℃、好ましくは80〜120℃程度である。反応時間は1〜240時間程度で反応は有利に進行する。
【0033】
本発明の医薬の有効成分として有用な化合物(I)には、不斉炭素が1個または複数個存在する場合には不斉炭素に由来する光学異性体(エナンチオマー、ジアステレオマー)、その他の異性体が存在する場合があるが、本発明はそれら異性体を分割したもの或いはそれらの混合物をも全て包含する。
【0034】
また、本発明の医薬の有効成分として有用な化合物(I)には、薬理学的に許容されるプロドラッグも包含される。薬理学的に許容されるプロドラッグとは、加溶媒分解等の化学的条件下又は生理学的条件下で本発明の医薬の有効成分である化合物(I)のアミノ基、水酸基、カルボキシル基、カルボニル基などの官能基に変換できる官能基を有する化合物である。プロドラッグを形成する代表的官能基としては、「医薬品の開発」(廣川書店、1990年)第7巻163-198に記載されている基などが挙げられる。
【0035】
さらに、本発明の医薬の有効成分として有用な化合物(I)は酸付加物塩を形成する場合もあり、かかる塩が製薬学的に許容される塩である限りにおいて本発明に包含される。
【0036】
具体的には、塩酸、臭化水素酸、ヨウ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸等の無機酸や、ギ酸、酢酸、プロピオン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、クエン酸、酒石酸、炭酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、パラトルエンスルホン酸、グルタミン酸などの有機酸との酸付加塩が挙げられる。
【0037】
さらに本発明は、本発明の医薬の有効成分として有用な化合物(I)並びにその製薬学的に許容される塩の各種水和物や溶媒和物及び結晶多形の物質をも包含する。
【0038】
本発明の有効成分として有用な化合物(I)は、ヒトを含む哺乳動物(例えばヒト、ウシ、ウマ、ブタ、サル、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ、ヒツジ等)に用いることが可能であり、好ましくはヒトに用いられる。
【0039】
本発明のベンジル酸エステル化合物又はその塩を医薬組成物に含有せしめる場合、必要に応じて薬学的担体と配合し、予防又は治療目的に応じて各種の投与形態を採用可能であり、該形態としては、例えば、経口剤、注射剤、坐剤、軟膏剤、貼付剤等が挙げられるが、経口剤が好ましい。これらの投与形態は、各々当業者に公知慣用の製剤方法により製造できる。
【0040】
薬学的担体は、製剤素材として慣用の各種有機或いは無機担体物質が用いられ、固形製剤における賦形剤、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤;液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤等として配合される。また、必要に応じて防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤、安定化剤等の製剤添加物を用いることもできる。
【0041】
経口用固形製剤を調製する場合は、本発明化合物に賦形剤、必要に応じて、結合剤、崩壊剤、滑沢剤、着色剤、矯味・矯臭剤等を加えた後、常法により錠剤、被覆錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤等を製造することができる。
【0042】
賦形剤としては、乳糖、白糖、D-マンニトール、ブドウ糖、デンプン、炭酸カルシウム、カオリン、微結晶セルロース、無水ケイ酸等が挙げられる。
【0043】
結合剤としては、水、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、単シロップ、ブドウ糖液、α-デンプン液、ゼラチン液、D-マンニトール、カルボキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルスターチ、メチルセルロース、エチルセルロース、シェラック、リン酸カルシウム、ポリビニルピロリドン等が挙げられる。
【0044】
崩壊剤としては、乾燥デンプン、アルギン酸ナトリウム、カンテン末、炭酸水素ナトリウム、炭酸カルシウム、ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸モノグリセリド、乳糖等が挙げられる。
【0045】
滑沢剤としては、精製タルク、ステアリン酸ナトリウム、ステアリン酸マグネシウム、ホウ砂、ポリエチレングリコール等が挙げられる。
【0046】
着色剤としては、酸化チタン、酸化鉄等が挙げられる。
【0047】
矯味・矯臭剤としては白糖、橙皮、クエン酸、酒石酸等が挙げられる。
【0048】
経口用液体製剤を調製する場合は、本発明化合物に矯味・矯臭剤、緩衝剤、安定化剤等を加えて常法により内服液剤、シロップ剤、エリキシル剤等を製造することができる。この場合矯味・矯臭剤としては、前記に挙げられたものでよく、緩衝剤としては、クエン酸ナトリウム等が、安定化剤としては、トラガント、アラビアゴム、ゼラチン等が挙げられる。必要により、腸溶性コーティング又は、効果の持続を目的として、経口製剤に公知の方法により、コーティングを施すこともできる。このようなコーティング剤にはヒドロキシプロピルメチルセルロース、エチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ポリオキシエチレングリコール、Tween80 (登録商標)等が挙げられる。
【0049】
注射剤を調製する場合は、本発明化合物にpH調節剤、緩衝剤、安定化剤、等張化剤、局所麻酔剤等を添加し、常法により皮下、筋肉内及び静脈内用注射剤を製造することができる。この場合のpH調節剤及び緩衝剤としては、クエン酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸ナトリウム等が挙げられる。安定化剤としては、ピロ亜硫酸ナトリウム、EDTA、チオグリコール酸、チオ乳酸等が挙げられる。局所麻酔剤としては、塩酸プロカイン、塩酸リドカイン等が挙げられる。等張化剤としては、塩化ナトリウム、ブドウ糖、D-マンニトール、グリセリン等が挙げられる。
【0050】
坐剤を調製する場合は、本発明化合物に当業界において公知の製剤用担体、例えば、ポリエチレングリコール、ラノリン、カカオ脂、脂肪酸トリグリセリド等を、さらに必要に応じてTween80(登録商標)のような界面活性剤等を加えた後、常法により製造することができる。
【0051】
軟膏剤を調製する場合は、本発明化合物に通常使用される基剤、安定剤、湿潤剤、保存剤等が必要に応じて配合され、常法により混合、製剤化される。基剤としては、流動パラフィン、白色ワセリン、サラシミツロウ、オクチルドデシルアルコール、パラフィン等が挙げられる。保存剤としては、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸エチル、パラオキシ安息香酸プロピル等が挙げられる。
【0052】
貼付剤を調製する場合は、通常の支持体に前記軟膏、クリーム、ゲル、ペースト等を常法により塗布すればよい。支持体としては、綿、スフ、化学繊維からなる織布、不織布や軟質塩化ビニル、ポリエチレン、ポリウレタン等のフィルム或いは発泡体シートが適当である。
【0053】
前記の各投与単位形態中に配合されるべき本発明化合物の量は、これを適用すべき患者の症状により、或いはその剤形等により一定ではないが、一般に投与単位形態あたり、経口剤では約0.05〜1,000mg、注射剤では約0.01〜500mg、坐剤では約1〜1,000mg程度である。
【0054】
また、前記投与形態を有する薬剤の1日あたりの投与量は、患者の症状、体重、年齢、性別等によって異なり一概には決定できないが、通常成人(体重50kg)1日あたり約0.05〜5,000mg程度であり、0.1〜1,000mgが好ましく、これを1日1回又は2〜3回程度に分けて投与するのが好ましい。
【0055】
本発明化合物を含有する薬剤を投与することにより、例えば哺乳動物、特にヒトにおいて、尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患の治療又は予防に有用である。例えば本発明化合物を含有する薬剤で治療、予防又は改善される疾患としては、腹圧性尿失禁、切迫性尿失禁、混合性尿失禁、前立腺全摘手術後の尿失禁が挙げられる。さらに神経因性膀胱、神経性膀胱、不安定膀胱,膀胱刺激状態(慢性膀胱炎、慢性前立腺炎)等における頻尿・尿失禁や、過活動膀胱における尿意切迫感、頻尿及び心血管疾患、過敏性腸症候群、更年期障害にも有用である。
【実施例】
【0056】
以下に、実施例及び試験例を示し、本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
【0057】
参考例1
4-ピペリジニル 2-クロロ-2,2-ジフェニルアセテート 塩酸塩
文献Pharmazie (1988), 43(2), 86-90.に記載の方法に従って得られた4-ピペリジニル 2-ヒドロキシ-2,2-ジフェニルアセテート 塩酸塩 (3.00 g、8.62 mmol) に塩化チオニル (3.1 ml、42.1 mmol) とジメチルホルムアミドを数滴加え、80℃にて2時間攪拌した。反応液を放冷した後、減圧下濃縮し、4-ピペリジニル 2-クロロ-2,2-ジフェニルアセテート 塩酸塩を得た。この化合物は精製せず、次の反応に用いた。
【0058】
実施例1
4-piperidinyl 2,2-diphenyl-2-(3,3,3-trifluoropropoxy)acetate hydrochloride 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3,3,3-トリフルオロプロポキシ)アセテート 塩酸塩
参考例1に3,3,3-トリフルオロプロパノール (25.0 g, 1.10 mol)を加え、加熱環流下にて100時間攪拌した。反応液を放冷した後、減圧下濃縮し、析出した固体を濾取することにより、粗晶を得た。次いで、得られた粗晶を酢酸エチルと2-プロパノールを用いて再結晶することで、表題化合物 (13.6 g, 56%) を白色固体として得た。
【0059】
実施例2
4-piperidinyl 2,2-diphenyl-2-(3-fluoropropoxy)acetate hydrochloride 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(3-フルオロプロポキシ)アセテート 塩酸塩
実施例1に準じ、3,3,3-トリフルオロプロパノールの代わりに3-フルオロプロパノールを用いて表題化合物を白色固体として得た。
【0060】
実施例3
4-piperidinyl 2-(3,3-difluoropropoxy)acetate hydrochloride 4-ピペリジニル 2-(3,3-ジフルオロプロポキシ) 2,2-ジフェニルアセテート 塩酸塩
実施例1に準じ、3,3,3-トリフルオロプロパノールの代わりに3,3-ジフルオロプロパノールを用いて表題化合物を白色固体として得た。
【0061】
実施例4
4-piperidinyl 2,2-diphenyl-2-(2,2-difluoroethoxy)acetate hydrochloride 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2-ジフルオロエトキシ)アセテート 塩酸塩
実施例1に準じ、3,3,3-トリフルオロプロパノールの代わりに2,2-ジフルオロエタノールを用いて表題化合物を白色固体として得た。
【0062】
実施例5
4-piperidinyl 2,2-diphenyl-2-(2,2,3,3-tetrafluoropropoxy)acetate hydrochloride 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2,3,3-テトラフルオロプロポキシ)アセテート 塩酸塩
実施例1に準じ、3,3,3-トリフルオロプロパノールの代わりに2,2,3,3-テトラフルオロプロパノールを用いて表題化合物を白色固体として得た。
【0063】
実施例6
4-piperidinyl 2,2-diphenyl-2-(2,2,3,3,3-pentafluoropropoxy)acetate hydrochloride 4-ピペリジニル 2,2-ジフェニル-2-(2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロポキシ)アセテート 塩酸塩
実施例1に準じ、3,3,3-トリフルオロプロパノールの代わりに2,2,3,3,3-ペンタフルオロプロパノールを用いて表題化合物を白色固体として得た。
【0064】
【表1】
【0065】
試験例1
1.試験方法
11週齢雌性SDラットに本発明化合物、及び比較化合物10 mg/kg(被験物質投与群)、対照として蒸留水(溶媒投与群)をそれぞれ経口投与した。比較化合物としては、4-ピペリジル 2,2-ジフェニル-2-プロポキシアセテート(比較例)を用いた。
【0066】
投与後7時間半にウレタン1.2 g/kgを腹腔内投与し麻酔した後、尿管及び尿道・膀胱間を結紮し、膀胱及び尿道に膀胱瘻カテーテル及び尿道内圧測定用カテーテルを挿入・留置した。尿道内圧測定用カテーテルは外尿道口より挿入した。カテーテルの他端は三方活栓で2方向に分岐させた圧トランスデューサーに接続し、三方活栓の残りの接続部には持続注入器にセットしたシリンジを接続した。膀胱内圧及び尿道内圧は圧トランスデューサーをポリグラフに接続し記録した。手術後、膀胱に接続したマイクロシリンジポンプより生理食塩液を膀胱に注入し、律動性膀胱収縮が確認できた段階で注入を停止した。尿道に接続したマイクロシリンジポンプより生理食塩液を3 mL/hrで尿道へ注入し、律動性収縮に伴う尿道内圧の変化を記録した。
【0067】
2.評価項目及び統計解析
投与後8時間より30分間の尿道基礎圧、すなわち膀胱が収縮してしない状態の尿道内圧の各個体の平均値を算出した。溶媒投与群及び被験物質投与群の尿道基礎圧の平均値を算出し、結果は平均値±標準誤差で示した。溶媒投与群と被験物質投与群の比較にはStudentのt検定を用いた。
【0068】
3.結果
溶媒投与群及び被験物質投与群の尿道基礎圧を図1に示す。比較化合物は尿道基礎圧に殆ど影響を及ぼさなかったが、本発明化合物については尿道基礎圧が明らかに高かった。尿道基礎圧の低下は腹圧性尿失禁の原因の1つであると考えられることから、本発明化合物は尿道内圧の上昇により改善が見込まれる疾患、例えば腹圧性尿失禁の予防剤、或いは治療剤として有用であると考えられた。
図1