(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6045862
(24)【登録日】2016年11月25日
(45)【発行日】2016年12月14日
(54)【発明の名称】水産練り製品の製造方法
(51)【国際特許分類】
A23L 17/00 20160101AFI20161206BHJP
【FI】
A23L17/00 101D
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-197300(P2012-197300)
(22)【出願日】2012年9月7日
(65)【公開番号】特開2014-50354(P2014-50354A)
(43)【公開日】2014年3月20日
【審査請求日】2015年8月14日
(73)【特許権者】
【識別番号】502265677
【氏名又は名称】有限会社若松屋
(73)【特許権者】
【識別番号】304026696
【氏名又は名称】国立大学法人三重大学
(74)【代理人】
【識別番号】100177921
【弁理士】
【氏名又は名称】坂岡 範穗
(72)【発明者】
【氏名】美濃 松謙
(72)【発明者】
【氏名】大井 淳史
(72)【発明者】
【氏名】青木 恭彦
(72)【発明者】
【氏名】矢野 竹男
【審査官】
川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】
特開2009−232814(JP,A)
【文献】
特開平03−195476(JP,A)
【文献】
特開平02−203769(JP,A)
【文献】
特開昭54−026357(JP,A)
【文献】
特開昭59−169472(JP,A)
【文献】
特開昭55−088679(JP,A)
【文献】
特開昭54−055753(JP,A)
【文献】
特許第2777611(JP,B2)
【文献】
特開平07−079745(JP,A)
【文献】
特開2001−190248(JP,A)
【文献】
特公昭40−021224(JP,B1)
【文献】
特開2000−342166(JP,A)
【文献】
特開平08−238074(JP,A)
【文献】
特開平02−295466(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 17/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
魚の落とし身をすり身にして製造される水産練り製品の製造方法において、
前記魚が頭と内臓とをそのまま残した状態で凍結された冷凍赤身魚であるとともに、前記魚から得られた魚肉がアルカリ溶液に晒されないで前記すり身に加工され、
前記すり身に糖類と、重合リン酸塩と、魚肉のpHをアルカリ側に調整するpH調整剤とを添加したことを特徴とする水産練り製品の製造方法。
【請求項2】
魚の落とし身をすり身にして製造される水産練り製品の製造方法において、
前記魚が頭と内臓とをそのまま残した状態で凍結された冷凍赤身魚であるとともに、前記魚から得られた魚肉がアルカリ溶液に晒されないで前記すり身に加工され、
前記すり身に糖類と、重合リン酸塩と、魚肉のpHをアルカリ側に調整するpH調整剤とを添加し、その後前記すり身を凍結保存せずに製造したことを特徴とする水産練り製品の製造方法。
【請求項3】
前記pH調整剤が炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムから選ばれる1種以上の炭酸塩からなることを特徴とする請求項1又は2に記載の水産練り製品の製造方法。
【請求項4】
前記すり身に糖類を1〜10重量%、重合リン酸塩を0.1〜0.5重量%、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムから選ばれる1種以上の炭酸塩を炭酸ナトリウムに換算して0.1〜2.0重量%添加したことを特徴とする請求項1ないし3のいずれか1項に記載の水産練り製品の製造方法。
【請求項5】
前記すり身を塩摺りさせたときの魚肉のpHが7.8〜9.5であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれか1項に記載の水産練り製品の製造方法。
【請求項6】
前記冷凍赤身魚がゴマサバ又は/及びカツオであることを特徴とする請求項1ないし5のいずれか1項に記載の水産練り製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水産練り製品には不適とされてきた、凍結された冷凍赤身魚を原材料としながらも、ゲル強度を高めた、高品質な水産練り製品
の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
水産練り製品、特に蒲鉾にとっては、その特有の弾力を有するゲルの食感(足)が品質の重要な要素であり、一般には弾力が強くてしかも歯切れが良いものが食感の良い水産練り製品とされている。この食感の評価としては、プランジャーを試験片に押し当て、試験片が破断し抵抗を失ったときの破断強度(g)と破断凹み(mm)を用いて表されることが多い。
【0003】
この水産練り製品の食感の良し悪しは、魚肉のタンパク質の変性により影響を受け、タンパク質を変性させる要因の一つに魚肉のpHが挙げられる。一般に水産練り製品に使用される魚肉のpHは、7前後が適している。これは、タンパク質は中性で安定な構造を維持しており、何らかの要因で魚肉が酸性又はアルカリ性側に傾けば、急激にタンパク質の変性が進行して、ゲル形成能に悪影響を与えてしまうからである。そして、スケトウダラ、ミナミダラ、ホキ、グチ、イトヨリダイ、エソ、タイ、ヒラメ、カレイ等の白身魚は、死後の筋肉のpHが7程度であり、タンパク質が変性しにくいため、これらの魚を原材料とすると食感の良い水産練り製品ができる。
【0004】
一方、サバ、カツオ、イワシ、サンマ、マグロ、アジ等の赤身魚は、死後急激に筋肉がpH6以下の酸性となる。死後急激に筋肉が酸性になる理由は、赤身魚は海洋を回遊するために、筋肉の中にグリコーゲンを蓄積し、それが死後に乳酸に変化するからである。この筋肉が酸性となった状態がタンパク質を変性させ、ゲル形成能を低下させる。このため、赤身魚を原材料としては、食感の良い水産練り製品はできないとされている。
【0005】
このように、赤身魚を原材料にして、蒲鉾、竹輪等の食感の良い水産練り製品を製造するのは困難であった。したがって、赤身魚が一時に大量に水揚げされても水産練り製品に活用されることがなく、赤身魚の種類によっては一部の食用とされるもの以外は、養殖魚のエサや水族館等で飼育されている動物のエサ等に使用されていた。しかし、水産練り製品用のすり身はその大部分を輸入に頼っており、すり身の安定的な供給のため、日本近海で豊富に漁獲される赤身魚を水産練り製品へ利用することが望まれていた。
【0006】
そこで、特公昭40−21224号公報には、水産練り製品を製造する工程において、魚肉の落とし身をアルカリ溶液に晒して、肉を中性から弱アルカリ性に保ち、ゲル形成能を改善させる技術が開示されている。
【0007】
また、特開平8−80176号公報、特開2001−190248号公報には、水産練り製品等の製造方法において、すり身に炭酸塩等の品質改良剤を添加することにより、水産練り製品の弾力を増強させ、品質を向上させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特公昭40−21224号公報
【特許文献2】特開平8−80176号公報
【特許文献3】特開2001−190248号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかし、特許文献1に開示されたアルカリ溶液晒しの技術においては、アルカリ溶液晒しをすることによって筋肉組織が吸水し著しく膨潤するため、その後の魚肉の脱水が困難となる。水産練り製品の原材料とするためには、十分に脱水された魚肉でなくてはならず、過度に膨潤された魚肉では、適切な弾力を保持する水産練り製品の製造に適さない。つまり、赤身魚を水産練り製品の原材料としての活用を図る事業において、アルカリ溶液晒しを採用することは、その操作による水産練り製品の原材料化に対する有効性が十分に期待できないうえに、脱水性を困難とさせることにより、製造作業場の合理性に欠けるものとなるという課題があった。さらに、アルカリ溶液晒しは、魚肉のpH低下によるタンパク質の変性の防止処理であり、一旦pHが低下してタンパク質が変性されれば、その後にpHを上昇させる処理をしても変性は回復されないといわれている。そのため、漁獲後に魚を速やかに加工する必要があり、産業レベルでの実施が困難であるという課題もあった。
【0010】
また、特許文献2及び3に開示された炭酸塩等の品質改良剤をすり身に添加する技術においては、その実施例の殆どが、水産練り製品に広く使用されている白身魚のスケトウダラのすり身を用いたものである。一部において赤身魚の実施例も記載されているが、それらについてもハンバーグ、揚げ蒲鉾等の、食感の良し悪しが品質上問題となりにくい水産練り製品の実施例や、赤身魚を数パーセントのみ混入させた蒲鉾の実施例であり、赤身魚を主原料に用いた、食感の良い水産練り製品を製造するための技術についての開示はされていない。
【0011】
また、魚を凍結させると、凍結によってもたらされるタンパク質の変性が生じ、タンパク質の機能特性であるゲル形成能が大幅に低下する状態となる。これは、魚を凍結させるまでの時間に筋肉のpHが低下していることに加え、タンパク質の分子周囲の自由水が凍結され、タンパク質の構造変化が引き起こされるためである。上記のいずれの先行文献においても生の魚又は生の魚から調製された冷凍すり身を原材料としており、凍結された冷凍赤身魚を原材料として水産練り製品を製造する技術は開示されていない。なお、水産練り製品において冷凍変性防止剤として糖類が広く使用されているが、これは冷凍すり身を製造するときに使用されるものであり、魚自体を凍結させるときにはこのような冷凍変性防止剤は使用できない。
【0012】
本発明は、上記の点に鑑みなされたもので、水産練り製品について、従来は使用が困難とされてきた冷凍赤身魚を原材料に用い、蒲鉾、竹輪等にも使用できる食感の良い水産練り製品
の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の水産練り製品
の製造方法は、魚の落とし身をすり身にして製造される水産練り製品
の製造方法において、前記魚が
頭と内臓とをそのまま残した状態で凍結された冷凍赤身魚であ
るとともに、前記魚から得られた魚肉がアルカリ溶液に晒されないで前記すり身に加工され、前記すり身に糖類と、重合リン酸塩と、魚肉のpHをアルカリ側に調整するpH調整剤とを添加したことを特徴とする。
また、本発明の別の水産練り製品の製造方法は、
魚の落とし身をすり身にして製造される水産練り製品の製造方法において、前記魚が頭と内臓とをそのまま残した状態で凍結された冷凍赤身魚であるとともに、前記魚から得られた魚肉がアルカリ溶液に晒されないで前記すり身に加工され、前記すり身に糖類と、重合リン酸塩と、魚肉のpHをアルカリ側に調整するpH調整剤とを添加し、その後前記すり身を凍結保存せずに製造したことを特徴とする。
【0014】
また、本発明の好ましい例は、前記pH調整剤が炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムから選ばれる1種以上の炭酸塩からなることを特徴とする。
【0015】
また、本発明のさらに好ましい例は、前記すり身に糖類を1〜10重量%、重合リン酸塩を0.1〜0.5重量%、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムから選ばれる1種以上の炭酸塩を炭酸ナトリウムに換算して0.1〜2.0重量%添加したことを特徴とする。
【0016】
また、本発明のさらに好ましい例は、前記すり身を塩摺りさせたときの魚肉のpHが7.8〜9.5であることを特徴とする。
【0017】
上記の発明によると、凍結された冷凍赤身魚を原材料としたすり身に糖類と、重合リン酸塩と、魚肉のpHをアルカリ側に調整するpH調整剤を品質改良剤として添加させることにより、これらの成分が相乗的に効果を発揮し、良好なゲル形成能を得られ、弾力を著しく改善させ、食感の良い水産練り製品を製造できる。
また、凍結に際し内臓等が除去されておらず、筋肉が変性されやすくゲル形成能も劣る赤身魚からも、食感の良い水産練り製品を得ることができる。また、アルカリ晒しをしないため魚肉が膨潤せず、脱水が困難になることがなく、その後の製造が容易となる。
【0018】
本発明により製造される水産練り製品としては、例えば、蒲鉾、揚げ蒲鉾、竹輪、つみれ、なると巻、はんぺん、魚肉ハム、魚肉ソーセージ等がある。特に、これらの水産練り製品の中でも食感の良さが求められる蒲鉾、竹輪等に対して好適である。
【0019】
添加される品質改良剤のうち、糖類は、水産練り製品において冷凍変性防止剤として広く使用されているのは上述の通りであり、筋原線維中の水分子の状態を安定させる作用がある。糖類としては、例えば、グルコース、マルトース、ラクトース、フラクトース等の還元糖、砂糖、ラフィノース等の非還元糖、ソルビトール、マンニトール、ラクチトール、マルチトール等の糖アルコールが採用できる。この糖類の添加量としては、1〜10%重量が好ましい。これは、1重量%未満では筋原線維中の水分子の安定化の作用が弱くなり、10重量%を超えると甘味が強くなりすぎる恐れがあるからである。
【0020】
重合リン酸塩も、糖類同様に水産練り製品において冷凍変性防止剤及び弾力増強剤として広く使用されている。重合リン酸塩は、筋原繊維のアクチンとミオシンを解離させるため、すり身を塩摺り(擂潰)する工程においてタンパク質の溶解性が高まり、水産練り製品の食感を改善させる作用がある。添加量としては0.1〜0.5重量%の使用が好ましい。これは、0.1重量%未満ではその効果が薄く、0.5重量%を超えると渋味やえぐ味が発生しやすくなるためである。なお、重合リン酸塩は、白身魚を用いたすり身ではpHを中性に保つpH調整剤としての作用もあるが、冷凍赤身魚においては、元々の肉のpHが6以下に下がることが多いため、pH調整剤としての効果は殆ど期待できない。また、前記塩摺りにおいては、食塩が2〜3重量%添加されることが好ましい。
【0021】
pH調整剤は、酸性の冷凍赤身魚の肉を中性乃至弱アルカリ性に調整する作用を有する。魚肉をアルカリ側に調整できるものであれば特に限定されないが、アルカリの強度として、pH6ないし6以下の冷凍赤身魚の肉を、pH7〜10程度まで調整できるものが好ましい。また、pH調整剤が、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウムから選ばれる1種以上の炭酸塩からなることが好ましい。添加量は、炭酸ナトリウムに換算して好ましくは0.1〜2.0重量%であり、より好ましくは0.5〜2.0重量%、さらに好ましくは1.0〜1.5重量%である。これは、添加量が0.1重量%未満であるとpHを調整する効果がなく、2.0重量%を超えると肉がアルカリ性に傾き過ぎるからである。この添加量によれば、0.5〜2.0重量%のときに塩摺り肉のpHが7.8〜9.5となり食感の良い水産練り製品が製造され、1.0〜1.5重量%のときにpHが8.8〜9.2となり、さらに食感の良い水産練り製品が製造される。
【0022】
なお、本発明において、品質改良剤として添加される糖類と、重合リン酸塩と、pH調整剤とは、食品添加物又は調味料として市販されているものが使用でき、その品質も市販されているもので十分である。
【0023】
本発明に係る水産練り製品の製造方法は、糖類と、重合リン酸塩と、pH調整剤とを添加させること以外は常法により製造される。その主な工程を説明すると、先ず、魚から採肉して落とし身を得る。次に、その落とし身を数回水で晒して余分な色素、脂肪、血液、水溶性タンパク質等を除去させる。次に、脱水し、添加物を加え、混合し、魚肉すり身を得る。次に、必要に応じ再度添加物を加え、塩摺り(擂潰)し、塩摺り肉(肉糊)を得る。そして、塩摺り肉を成型し、加熱し、冷却してでき上がる。なお、前記添加物とは、品質改良剤としての糖類、重合リン酸塩、pH調整剤、及び食塩をはじめとする調味料等である。
【0024】
ここで、赤身魚とは、主に、筋肉中の色素成分であるミオグロビンを多量に含む肉色が赤い魚類をいい、例えば、サバ、カツオ、イワシ、サンマ、マグロ、アジ等が挙げられる。また、凍結された冷凍赤身魚としては、漁獲された魚をそのまま凍結させたものと、フィレにして凍結させたものがある。筋肉のタンパク質の変性からみると、魚をそのまま凍結させたものの方が、内臓等が除去されていないため、より筋肉が変性されやすく、ゲル形成能も劣る。本発明では、条件的に厳しい、漁獲された魚をそのまま凍結させたものを主な対象とするが、フィレ等に加工して凍結させたものも対象となる。
【0025】
また、落とし身とは、魚が頭と内臓を除去された後、採肉機にかけられ、骨と皮を分離され採取されたミンチ状の魚肉をいう。また、すり身とは、その後の添加物が混合される工程を経て魚肉が微細化された状態ではあるが、筋肉の組織までは破壊されていないものをいう。また、塩摺り肉は、さらに必要に応じ添加物が添加され、すり身を塩摺りさせることにより筋肉の組織がすり潰され、筋原線維からタンパク質成分が溶出され、魚肉が粘性を持った状態のものをいう。
【0026】
次に、従来の技術であるアルカリ溶液晒しと、本発明との違いを簡単に述べる。アルカリ溶液晒しは、前述のように魚の落とし身をアルカリ溶液に晒して魚肉のpHが低下するのを防止し、その後に魚肉が脱水されすり身に調製される。したがって、十分な効果を得るためには、船上等において漁獲された後、魚肉のpHが低下する前に速やかにアルカリ溶液晒しをする必要がある。さらに、アルカリ溶液晒しによる魚肉の膨潤により、その後の魚肉の脱水において強力な脱水機の導入が必要となる場合が多い。
【0027】
一方、本発明では、漁獲された後、既にpHが低下した上に、凍結されることによりタンパク質がさらに変性された、水産練り製品の原材料には不適とされてきた冷凍赤身魚を対象としている。本発明では、この筋肉のタンパク質が変性され、ゲル形成能が劣った魚でも、これらの魚が水産練り製品に加工される工程において、本発明に係る品質改良剤を添加させればよく、特別な工程や設備の必要もなく、食感の良い水産練り製品を製造することができる。
【0028】
また、本発明により、一時に大量に漁獲され水揚げされた赤身魚を凍結させ、その後に加工することが可能となり、赤身魚の有効利用を図ることができるとともに、水産練り製品の製造量の平準化を図ることができる。
【0029】
本発明のさらに好ましい例では、前記冷凍赤身魚がゴマサバ又は/及びカツオであることを特徴とする。
【0030】
本発明のさらに好ましい例によれば、漁獲量が豊富であり、これまで十分に食用として活用されてこなかったゴマサバ、又はカツオの有効利用を図ることができる。
【発明の効果】
【0031】
本発明によれば、ゲル形成能が低く、水産練り製品には不適とされてきた赤身魚を凍結させた冷凍赤身魚を使用し、食感の良い良質な水産練り製品を製造することができる。また、その製造工程においても、特別な設備等が必要なく、従来の設備においても簡単に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【
図1】実施例1における破断強度(g)を示す図である。
【
図2】実施例1における破断凹み(mm)を示す図である。
【
図3】実施例1におけるゲル剛性(g/cm)を示す図である。
【
図4】実施例2における破断強度(g)を示す図である。
【
図5】実施例2における破断凹み(mm)を示す図である。
【
図6】実施例2における破断強度(g)とゲル剛性(g/cm)の関係を示す図である。
【
図7】実施例3における破断強度(g)を示す図である。
【
図8】実施例3における破断凹み(mm)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
[実施例1]
本実施例では、凍結された冷凍ゴマサバからすり身を調製し、そのすり身から水産練り製品を製造した。この冷凍ゴマサバは、漁獲された後、移送される時間を経て漁港に水揚げされ、その後に凍結されたものである。
【0034】
まず、冷凍ゴマサバを解凍後、常法を用いてすり身にした。その手順は、ゴマサバから落とし身を採肉し、水晒しと脱水を3回ずつ行い、さらに、8重量%の砂糖と、0.3重量%の重合リン酸塩を添加し、混合し、すり身を調製したものである。それぞれの工程における魚肉のpHを表1に示す。
【表1】
【0035】
表1から明らかなように、冷凍ゴマサバの落とし身のpHは6以下の値である。この値は、一般に報告されている赤身魚のpHが低下したときの値と変わらず、本実施例の原材料においても筋肉のpHが既に低下して、筋肉中のタンパク質が変性している状態であることがうかがえる。また、水晒しを繰り返し、砂糖と重合リン酸塩を添加させた時点でpHが約6.5まで上昇しているが、これから行う塩摺りで通常pHは0.2〜0.3低下する。したがってこのままの状態で塩摺りをすれば、その後の魚肉のpHは6台前半の値を示すと考えられる。
【0036】
次に、上記すり身に炭酸ナトリウムが無添加のもの、及び0.5重量%、1.0重量%、1.5重量%、2.0重量%添加された5種類のすり身を用意し、それぞれのすり身を塩摺りして塩摺り肉を得た。これら5種類の塩摺り肉のpHを表2に示す。なお、塩摺りにおいて、食塩を3%添加した。
【表2】
表2から明らかなように、炭酸ナトリウムを0.5重量%添加したときに、すでにpHが水産練り製品に適しているといわれる7台まで上昇している。その後も添加量に応じてpHが上昇していくが、徐々にpHの上昇の仕方が緩やかになっていく。
【0037】
次に、上記の5種類の塩摺り肉をケーシングにそれぞれ充填し、直ちに蒸し器で25分間加熱し、ゲル化させることにより直径25mm、長さ25mmの円筒形の試料を得た。この試料を常温まで冷却させた後、レオメータ(押込み強度試験機)により物性を測定した。測定方法は、試料をその円筒形の平面が上下になるように台に載置させ、直径5mmの球形プランジャーを進入速度60mm/minで試料の平面の中心に押し当てた。そして、試料が破断し抵抗を失ったときの破断強度(g)と、そのときの破断凹み(mm)を測定した。これら破断強度と破断凹みの値が高いほど、歯応えがありかつしなやかさがある食感の良い水産練り製品といえる。
【0038】
また、破断強度を破断凹みで除したゲル剛性(g/cm)も算出した。このゲル剛性は、変形量に対する外力の比を示すため、破断時における単位変形量あたりの力を意味する。このことから、水産練り製品の食感と密接な関係を持つ特性の一つとして、品質評価に用いられている。このゲル剛性の値は破断強度と比例関係となることが多く、ゲル剛性の値が高いほど、弾力のある食感の良い水産練り製品といえる。
【0039】
表3に上記各試料のpH、破断強度(g)、破断凹み(mm)、ゲル剛性(g/cm)を示す。また、
図1〜3に各試料の破断強度(g)、破断凹み(mm)、ゲル剛性(g/cm)のグラフを示す。
【表3】
【0040】
図1に示すように、破断強度については、炭酸ナトリウムを添加した試料全てにおいて、炭酸ナトリウムを添加しない試料と比較して値が高くなっている。特に、炭酸ナトリウムを1.0重量%及び1.5重量%添加して、pH8.8(△)及びpH9.2(×)とさせた試料の破断強度の値が高い傾向にある。また、
図2に示すように、破断凹みについても、炭酸ナトリウムを添加した試料全てにおいて、炭酸ナトリウムを添加しない試料と比較して値が高くなっている。特に、炭酸ナトリウムを1.0〜2.0重量%添加して、pH8.8(△)〜9.5(○)とさせた試料の破断凹みの値が高い傾向にある。また、
図3に示すように、ゲル剛性については、炭酸ナトリウムを1.0重量%及び1.5重量%添加して、pH8.8(△)及びpH9.2(×)とさせた試料が、他の試料に比べ値が高くなっている。
【0041】
このように、すり身の調製時又は塩摺り時の魚肉に砂糖、重合リン酸塩とともに炭酸ナトリウムを添加することにより、凍結されたゴマサバから食感の良い水産練り製品が製造できることがわかる。この炭酸ナトリウムの添加量は上記のように、0.5〜2.0重量%添加し、塩摺り肉のpHを7.8(◇)〜9.5(○)とさせることが好ましく、さらには、炭酸ナトリウムを1.0〜1.5重量%添加し、塩摺り肉のpHを8.8(△)〜9.2(×)とさせることがより好ましい。
【0042】
[実施例2]
次に、実施例2として、上記の実施例1で調整されたすり身に、加水を行いながら塩摺りをした試料を作製した。一般に水産練り製品において、ゲルの硬さはタンパク質濃度と強い相関があることが知られているが、水産練り製品を製造する場合には、副原料として魚肉以外の食品が混入されることがある。そこで、副原料が混入されたことを想定して、実施例1の各炭酸ナトリウム添加量のすり身に、それぞれ加水をしないもの、及び加水量15重量%、30重量%、45重量%の条件で塩摺り肉を調製した。そして、これらの塩摺り肉を実施例1同様の条件で加熱冷却し試料を得た。なお、すり身に加水がされたこと以外は、製造方法も実施例1同様である。
【0043】
それぞれの試料のタンパク質濃度(%)、破断強度(g)、破断凹み(mm)、ゲル剛性(g/cm)を表4〜7に示す。また、
図4に各試料のタンパク質濃度(%)と破断強度(g)の関係を表したグラフを、
図5に各試料のタンパク質濃度(%)と破断凹み(mm)の関係を表したグラフを、
図6に各試料のゲル剛性(g/cm)と破断強度(g)の関係を表したグラフを示す。この
図4,6のグラフの直線は、各試料の近似直線である。なお、これらの各試料の測定方法は、タンパク質濃度はケルダール法で、その他は実施例1同様のレオメータと測定方法で測定した。
【表4】
【表5】
【表6】
【表7】
【0044】
タンパク質濃度は、pHが異なっても、加水量に応じて低下する傾向が見られた。それぞれの値は、加水量0重量%では18.5%前後、加水量15重量%では16.2%前後、加水量30重量%では14.3%前後、加水量45重量%では13.1%前後となった。
【0045】
また、
図4に示すように、それぞれの破断強度ではいずれのタンパク質濃度においても、炭酸ナトリウムを1.0重量%及び1.5重量%添加し、pH8.8(△)及びpH9.2(×)に調製されたゲルが、pH9.5(○)、pH7.8(◇)及びpH6.3(□)のものよりも高い値を示す傾向が見られた。一方、
図5に示すように、破断凹みではpHによる差異が破断強度よりも明確に現れたが、pH8.8(△)及びpH9.2(×)のものが優位である点では同様である。
【0046】
次に、
図6に示すように、破断強度とゲル剛性の関係から、炭酸ナトリウムの添加に伴うpHの変化によってもたらされたゲルの特性を検証した。炭酸カルシウムを添加して調製したものは添加しないものよりもゲル剛性と破断強度の関係を示す直線が左側(上側)に位置している。関係直線がより左側(上側)に位置することは同じゲル剛性のものを破壊するにはより強い力が必要であり、魚肉ゲルの場合にはよりしなやかさを増した強固な状態にあることを意味する。
【0047】
図中では、炭酸ナトリウム添加量が1.0重量%及び1.5重量%であるpH8.8(△)及びpH9.2(×)のものがpH7.8(◇)及びpH6.3の(□)ものよりもゲル剛性と破断強度の関係を示す直線が左側(上側)に位置し、その最大値も大きな値となっており、pH8.8(△)及びpH9.2(×)の塩摺り肉から調製されたものが他のものよりもしなやかで強固な熱凝固物であったことが示されている。また、それらの直線の傾きが相対的に大きくなっていることから、タンパク含量が高い状態では炭酸ナトリウム添加によって起こる特異的な物性への影響がより顕著に表れることも示唆している。
【0048】
また、炭酸ナトリウムの添加量が2.0重量%であるpH9.5(○)の試料の関係直線は、その最大値がやや劣るものの、pH8.8(△)及びpH9.2(×)のものと近似した位置にあり、上記同様の理由からゲルの特性がpH7.8(◇)及びpH6.3(□)のものより優れていることがわかる。
【0049】
なお、破断強度(g)、ゲル剛性(g/cm)においては、加水量を45重量%まで増加させ、タンパク濃度が13%程度まで薄まると炭酸ナトリウムを添加させる優位性が低減されるが、加水量が30重量%以下であれば、炭酸ナトリウムを添加させることによる品質向上が示された。この結果は、加水量を30重量%までとし、タンパク質濃度が14%程度以上であれば、炭酸ナトリウムの添加が有効であることを示唆している。
【0050】
このように、副原料が混入され、タンパク質濃度が薄くなった塩摺り肉においても、炭酸ナトリウムを添加することにより、ゲルの特性がよりしなやかな方向に変化する傾向となることが示された。特に炭酸ナトリウムを1.0〜2.0重量%添加させたpH8.8〜pH9.5のものが有利な状態となり好ましく、さらに炭酸ナトリウム添加量を1.0〜1.5重量%添加させたpH8.8〜pH9.2のものが最も有利な状態となりより好ましい。
【0051】
[実施例3]
次に、実施例3では、凍結された冷凍マルソーダカツオから調製されたすり身から、予備加熱工程を加えた製造方法で水産練り製品を製造した。この予備加熱工程において、白身魚は坐りと呼ばれる弾力の向上が見込まれるため、ゲル強度の向上を目的として当該工程が設けられることが多い。一方、赤身魚では坐りが殆ど発生せず、逆に時間経過とともにゲル形成能が損なわれることが多いため、一般に予備加熱工程は設けない。しかし、夏場等の製造現場においては、すり身及び塩摺り肉が高温になりやすく、その場合、予備加熱と同様の作用があり、肉のゲル形成能が損なわれる恐れがある。そこで、冷凍マルソーダカツオの水産練り製品への利用とともに、予備加熱によるゲル形成能の劣化の抑制を検証した。
【0052】
本実施例ではすり身の調製までは、実施例1と同様である。次に、このすり身に炭酸ナトリウムが添加されていないもの、及び炭酸ナトリウムが1.0重量%添加されたものを用意し、それぞれのすり身に食塩を3重量%添加させ、塩摺りして塩摺り肉を得た。そして、これらの塩摺り肉を実施例1同様のケーシングに充てんして、予備加熱をしないもの、及び30℃の条件で予備加熱を1時間から5時間まで1時間おきにした肉を用意した。次にこれらの肉を、蒸し器で25分間加熱し、ゲル化させ、さらに常温まで冷却させることにより直径25mm、長さ25mmの円筒形の試料を得た。
【0053】
これらの試料を実施例1同様のレオメータ及び測定方法で測定した破断強度(g)、破断凹み(mm)を、表8、表9に示す。また、
図7、
図8に各試料の破断強度(g)、破断凹み(mm)のグラフを示す。
【表8】
【表9】
【0054】
図7に示すように、破断強度は、炭酸ナトリウムを1.0重量%添加(△)させたものについて、予備加熱0h及び1hのゲルでは増強が確認されなかったが、その後の予備加熱実験において、2時間目に添加させた方が無添加(□)を上回った。それ以降も無添加(□)の試料は、予備加熱時間の経過と共に破断強度が減少傾向にあったが、炭酸ナトリウムが添加された試料は、3時間目以降の破断強度の減少が見られず、炭酸ナトリウムの添加により予備加熱に伴う現象を抑制できることが確認された。
【0055】
また、
図8に示すように、破断凹みは、予備加熱0hのゲルの段階から、無添加(□)に比べ炭酸ナトリウム1.0重量%添加(△)の方が高い値を示した。この値は、30℃予備加熱時間の経過と共に減少傾向を示し、特に炭酸ナトリウム無添加(□)での5時間後の落ち込みは3mm以下とかなり低い値となったが、炭酸ナトリウム1.0重量%添加(△)においては、4mm以上を維持した。このことにより、破断凹みにおいても炭酸ナトリウムを添加することで予備加熱に伴う現象を抑制することが確認された。
【0056】
このように、すり身に糖類、重合リン酸塩とともに炭酸ナトリウムを添加させることにより、製造工程での肉の温度上昇によるゲル形成能の劣化を抑制でき、食感の良い水産練り製品を製造することができる。また、製造現場での厳重な温度管理が不要となるとともに設備投資に係る費用を低減できる。
【0057】
以上述べたように本発明により、冷凍赤身魚の肉に糖類、重合リン酸塩とともに炭酸ナトリウムを添加し、肉のpHをこれまでの水産練り製品の常識とされてきたpH7前後と相違するpH7.8〜9.5とさせることにより、従来にはできなかった冷凍赤身魚による食感の良い水産練り製品を製造することができた。特に、漁獲されてから漁港まで移送される時間を経て水揚げされた、既に魚肉のpHが低下している赤身魚を凍結させ、この凍結によりさらに筋肉のタンパク質を変性させた冷凍赤身魚を原材料としても、食感の良い水産練り製品を製造することができるため、特別な鮮度を要求しない通常の漁獲法、原材料処理においても、赤身魚を水産練り製品の原材料とすることができ、産業レベルでの実施が容易となるとともに、水産資源の有効利用を図ることができる。また、製造工程での肉の温度上昇による品質の劣化を抑制できるため、製造にかかるコストを低減することができる。
【0058】
なお、上記実施例には、凍結されていない赤身魚を原材料とした実施例はないが、凍結された魚を原材料として食感の良い水産練り製品が製造できるならば、凍結されていない魚でもその実施が可能であることはいうまでもない。また、上述した実施例は、本発明の水産練り製品の例示であり、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、構成の一部を適宜変更して実施できる。