(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明に係る一実施の形態を、添付の図面を参照しつつ説明する。なお、以下で説明する実施の形態により、本発明が限定されるものではない。
【0016】
既述したように、ポリスチレン(PS),ポリエステル(PET)、ポリ塩化ビニル(PVDC)等のフィルム材料やポリプロピレン(PP)製の紐やバンドなどを含む樹脂性材料(可撓性や弾性の大きい材料や、伸縮性の大きい材料など)、紙おむつやペットシーツ等に利用される高分子シート(ポリエチレン(PE)製のシートやフィルムなど)、更には高分子シートに、不織布、吸水紙、綿状パルプ、ポリマーなどを積層した紙おむつ(或いはペットシーツ等)そのもの(以下、これらを総称して被加工物、被切断材料或いは切断対象物とも称する)を切断しようとすると、従来のカッター(刃)ではうまく切断できない場合があった。
【0017】
このため、本発明者等は、切れ味の向上を狙い、従来のカッターの刃先にDLC処理を施して、フィルム材料等の被加工物(被切断材料、切断対象物)の切断を試みたが、良好な結果は得られなかった。
【0018】
また、従来のサイズの凹凸のある刃など各種の刃で切断を試みたが、機械加工により得られる程度の大きなサイズの凹凸では、切断面が荒れたり溶けたりするため、上述したフィルム材料や高分子シートなどを良好に切断することができなかった。
【0019】
そこで、本発明者等は、カッターによる切断のメカニズムについて検討を行った。
<カッターナイフによる高分子シートや樹脂製材料の切断に関して>(
図4参照)
(1)カッターナイフによる切断は,
図4に示すように、メカニズム的には金属材料におけるバイトなどの切削加工に類似するものと考えられる。
(2)しかしながら、切削加工のメカニズムは現実的に完全には明らかにはされていないのが実情である。
(3)切削加工のメカニズムは,被切削材の機械的特性に依存するが,刃先による塑性流動(せん断)と亀裂の進展の混在と考えられる。
(4)金属材料の切削加工の場合,刃先先端部のミクロ的な加工メカニズムは複雑ではあるが、滑り変形やそれに基づく塑性流動などが連続的に起こり易く、良好な切削がなされる。
(5)一方、高分子シートや樹脂製材料の切断加工の場合,配向性,結晶部と非晶部などのミクロ組織,充填剤などの複雑要因がある。また,高分子シートを構成する炭素−炭素結合は強固な共有結合であり、金属材料の切削の場合のような滑り変形やそれに基づく塑性流動などの連続的な発生が途絶え易く、切断加工が途中から継続できなくなり良好な切断が行えなくなるものと考えられる。
(6)すなわち、高分子シートや樹脂製材料の切断加工の基本的なメカニズムとしては,刃先による破壊と亀裂伝播が主たる要因であり、これら主たる要因を連続的に発生させることができれば、切断し難い高分子シートや樹脂製材料であっても良好な切断を実現することができるものと考えられる。
【0020】
かかる観点より、本発明者等は良好な切れ味を得るための具体的な方策を検討した。
<カッターナイフの刃先の切れ味向上のメカニズムに関して>(
図5、
図6参照)
(1)カッターナイフによる切断は,
図4にて説明したように、メカニズム的には金属材料におけるバイトなどの切削加工に類似するものと考えられる。
そして、上述したように、刃先による破壊と亀裂伝播を連続的に発生させることができれば高分子シートや樹脂製材料等であっても良好な切断を実現することができるものと考えられる。
(2)このような観点より、カッターナイフによる高分子シートあるいは樹脂の切断には、a)被切断材料(切断対象物)への刃先の押し込み、b)その押し込んだ状態から上下方向(被切断部材と交差する方向)への刃の移動が必要(有効)であると考える(
図5(A)、(B)参照)。
(3)刃先の押し込みは、刃先による被切断材料(切断対象物)の切断と亀裂進展をもたらす,また,その比率(”切断”と”亀裂進展”の比率)は刃先角度と刃先の鋭利さに依存する。
刃先角度が小さい,あるいは,鋭利な場合は切断の効果が主となり,逆の場合は,亀裂進展が主となる。
(4)上下方向(被切断材料と交差する方向)の刃の移動は、刃先(被切断材料に対向する面)の凹凸による被切断部材(切断対象物)のせん断(被切断材料を刃先を挟んで両側に分断する作用)をもたらすものと考えられる。
(5)一般に、シート表面や樹脂成型品の表面は、キャスティングの影響(金型に接している部分であることの影響)により,高密度,高結晶度化されているため、機械的強度が高い場合が多く、初期的な刃先の被切断材料への食い込みには,強いせん断力が必要である。
(6)また、高分子シート等の高分子材料は、配向性,結晶部と非晶部などのミクロ組織や添加剤,充填剤の影響で、ミクロ的には不均一組織となっていると考えられる。
そのため、押し込みによる亀裂の進展の停止が起き、せん断による亀裂の再開が必要である。
(7)従って、高分子シート等の高分子材料の切断には,亀裂進展とせん断力の周期的な付加が有効と考えられる。
(8)しかし、通常のカッターナイフの刃先では,摩耗によるせん断力の低下や,凹凸が殆どなく初期的な被切断材料への食い込みに対して,有効に作用しない。
(9)そこで、本発明者等は、レーザ加工により、刃先に周期的な(所定間隔で)微細スリットを形成し、刃先と被切断材料が相対移動するときに、この微細なスリットを周期的に(或いは間欠的に)被切断材料へ食い込ませることにより、亀裂進展とせん断力を周期的に(或いは間隔をおいて連続的に)作用させることを試みた。
【0021】
具体的には、本発明者等は、
図1(A)〜
図1(C)に示すように、カッター(カッターブレード、刃)10の刃先11の先端から基端方向に向けて、所定ピッチにて少なくとも1つの微細なスリット(溝)12をレーザ加工により形成し、これを用いて、ポリスチレン(PS)等のフィルム材料や高分子シート等の切断を試みたところ、極めて良好な切れ味にて切断できることを確認することができた。
【0022】
すなわち、レーザ加工により、刃の厚み方向(刃の長手方向と略直交する方向:
図1(C)参照)に凹設され、刃先11の長手方向(
図1(A)等参照)に複数並んだ(周期的な)微細なスリット(切欠き、溝)12を、刃先11の先端から基端方向(
図1(A)等参照)に向けて延在するように形成することにより,被切断材料の切断時(刃先と被切断材料の相対移動時)に切り裂きと硬い部分(或いは組織の不連続部分)の破壊が繰り返されることにより,切れ味を落とすことなく,従来切断が非常に難しかったフィルム材料や高分子シートなどであっても切断面が整った高品質な仕上がりの切断が可能となった。
【0023】
以上のように、本実施の形態によれば、簡単かつ低コストな構成でありながら、切れ味良く、かつ、精度良く、切断対象物(被切断材料)を切断することができる刃先形状を有するカッター(カッターブレード、刃)を提供することができる。
【0024】
ここで、本実施の形態に係るカッター10の刃先構造をより具体的に説明すると、
図7にレーザ加工処理を行ったカッター(刃)10(鋼製:例えば、炭素工具鋼(例えばSK−120など)やステンレス鋼など。刃(板)の厚み(刃厚(板厚))は0.5mm程度)の刃先11のスリット12が形成された領域のSEM観察写真を示す。
図7に示したものは一例であり、比較的大きな(スリット長さの大きい)加工を施してある。レーザ加工では、加工材の材質、期待寿命、加工面の形状に合わせた加工深さや加工ピッチ幅が可能なため、刃先角度の選定も含めた、適宜の刃先設計が可能である。
【0025】
本実施の形態に係るカッター(刃)10に形成される微細なスリット12の一例としては、例えば、200μm程度の間隔(ピッチ)で、10μm程度(例えば、5μm〜30μm程度)の幅の微細なスリット12を、刃先11の先端11A(切断対象との接触端)から峰(刃の背)13(丸刃(円形カッター)の場合は回転中心)に向けて(すなわち、刃先の先端から基端方向に向けて)形成した。また、先端から基端方向に向けての長さは、例えば100μm程度(数μmから数百μm程度)の適宜の値とすることができる。
【0026】
なお、スリット12を形成するカッター10や刃先11の形状や種類は、特に限定されるものではなく、一般的なカッターナイフ等に用いられる平刃(更には、所謂折る刃などとすることができる)の刃、
図2に示すような円盤状の丸刃(円形カッター)の刃、はさみの刃などあらゆる刃の刃先に適用することができる。
【0027】
また、スリット(溝)12は複数形成することができるが、刃先11に少なくとも1つ形成するだけでも、刃先11と被切断材料が相対移動(往復移動或いは回転移動)するときに、スリット12を周期的に(或いは間欠的に)被切断材料へ食い込ませることができるため、亀裂進展とせん断力を周期的に(或いは間隔をおいて連続的に)作用させることができ、以って良好な切れ味にて切断することができる。
【0028】
また、スリット12を複数形成する場合には、そのピッチ(間隔)は一定の値(例えば100μm以上の値)に限定されるものではなく、不定ピッチとすることもできる。すなわち、スリットの形成密度の粗い部分、濃い部分といった粗密を、一のカッター(刃)の刃先の長手方向(
図1(A)等参照)に対して設けるような構成とすることもできる。
【0029】
また、スリット12の幅、深さ、数、ピッチ、更にはカッター10の厚さ、刃先角などは、被切断材料(切断対象物)の種類、形状等に応じて適宜変更可能である。
【0030】
また、レーザ加工によるスリット(溝)12の形成は、刃付け(刃先の研磨)の前に行うことができる。但し、刃付け(刃先の研磨)後に、レーザ加工によるスリット(溝)12を形成することも可能である。
【0031】
被切断材料(切断対象物)としては、ポリスチレン(PS),ポリエステル(PET)、ポリ塩化ビニル(PVDC)等のフィルム材料やポリプロピレン(PP)製の紐やバンドなどを含む樹脂性材料(可撓性や弾性の大きい材料や、伸縮性の大きい材料など)、紙おむつやペットシーツ等に利用される高分子シート(ポリエチレン(PE)製フィルムなど)、更には高分子シートに、不織布、吸水紙、綿状パルプ、ポリマーなどを積層した紙おむつ(或いはペットシーツ等)そのものなどが想定されるが、これらに限定されるものではなく、他のあらゆる材料に対して利用することができるものである。
例えば、粘着テープ、梱包用テープ、梱包用等のストレッチフィルム、梱包用紐、梱包用バンドなどの他、肉、パン、トマト、チーズなどの食品、ゴム製のシートやブロックなどの切断に利用できると共に、手術用のメスなどの刃先にも利用することができる。
【0032】
なお、本実施の形態に係るカッター10は非常に切れ味が良いため、ポリスチレン製のフィルムなどは、従来のカッターでは切断できずに同じ場所でカッターと切断対象が擦れ合ってしまうため、切断対象が溶けてしまい使い物にならなくなるといった不具合があったが、このような不具合を確実に回避することができる。
【0033】
ここで、高い切れ味と、高精度な仕上がり(スリットの幅寸法精度や切断面の仕上がり精度などの向上)、切断面の綺麗さなどを実現するためには、細くて精密な微細スリット12を、レーザ加工による溶融バリなどを発生させることなく、高精度に形成することが望まれる。
【0034】
このため、本実施の形態では、刃先にスリット(溝)を形成するレーザ加工に用いるレーザとしてパルスレーザを対象とすることが望ましいが、高密度連続波(CW)を採用することも可能である。
【0035】
ここで、高密度連続波(CW)は、溶接、溶断など熱的に材料を溶融させて加工を施す方法であり、パルスレーザは光エネルギーを圧縮化(パルス化)して加工を行う方法であり、これらは公知である。
【0036】
なお、パルスレーザによる加工では,パルス幅が加工状態に大きく影響する。一般的には,パルス幅によりナノ秒(nano)レーザ,ピコ(pico)秒レーザ,フェムト(femto:fm)秒レーザに分けられる。
パルス幅は同一エネルギーであれば、短パルスほどエネルギー密度が高いこと、パルス幅が短いほど照射エネルギーが照射部に伝わらないことから、パルス幅が長いほど熱影響が多くなり溶融・蒸発の加工に、短いほど溶融過程を経過せずに直接原子化される(アブレーション)加工となるため、バリ等の生じない精度の高い加工が可能である。
また,装置価格もナノ(nano)秒レーザ,ピコ(pico)秒レーザ,フェムト(femto:fm)秒レーザの順に高額となる。
【0037】
パルスレーザによる材料加工は、光が化学結合の電子系(電子による結合)を励起し、該結合を切断することにより溶融過程を経ずに、直接に原子化・蒸発を行う(アブレーション)とされ、溶融バリなどの発生が少なく、細い幅(例えば、5μm〜30μm程度)の高精度な微細スリット(溝)の加工に好適である。
【0038】
なお、本実施の形態に係る刃先にスリット(溝)を形成する加工に使用するレーザとしては、例えば、パルス幅20ps以下の短パルスと最大250μJの高いパルスエネルギーを両立できるピコ秒レーザが好ましい。
ピコ秒レーザを被加工物の表面に照射することで、照射された部分がアブレーション(ablation:材料の表面が蒸発等によって剥ぎ取られる現象)されてスリット(溝)12が形成される。
【0039】
本実施の形態においては、ピコ秒レーザとして、例えば、エッジウェーブ(edgewave)社製の短パルスレーザ「Ultra short pulse lasers PX-series」(スラブ型レーザ PX50−2−GM)(仕様等についてはURL:http://www.beams-inc.jp/edgewave_pico_pxqx.html or http://www.edge-wave.de/web/wp-content/uploads/2013/03/PX.pdf 参照)を用いて微小なスリット(溝)を形成した。但し、これに限らず、他のレーザ加工装置を用いることは可能である。
【0040】
ところで、被切断材料(切断対象物)によっては刃先の摩耗などが問題となる場合も想定される。
【0041】
一般的なカッター(刃)12の材質は鋼製であり、例えばSK−120などが採用されることが多いが、摩耗対策として、DLC(Diamond−Like Carbon)皮膜を形成する処理(DLC処理)を施すことができる。具体的には、DLCコートXPC(aC:H:Si)を1μm程度成膜することができる。
【0042】
ところで、DLC処理については、レーザ加工によるスリット(溝)12を形成した後に成膜することができるし、先にDLC皮膜を成膜してから、レーザ加工によるスリット(溝)12を形成することもできる。
【0043】
ここで、DLC皮膜は、イオンを利用した気相合成法により合成されるダイヤモンドに類似した高硬度・電気絶縁性・赤外線透過性などを持つ炭化物系皮膜で、主として炭化水素、あるいは、炭素の同素体から成る非晶質(アモルファス)の硬質膜である。DLC皮膜は、薄膜にもかかわらず、非常に固い膜を作ることができ、一般的に、窒化処理の3〜7倍、TiNに対しても2〜4倍以上の硬度を有する(但し、硬度は、DLCの成膜法によって変化する)。
【0044】
DLC処理を行うと表面が滑らかになるため、切断対象を切断したときの付着物などの付着量を少なくできるため、切れ味の低下が少なく、例えば、手術用のメスなどとして本実施の形態に係る刃を利用する場合に有効なものとできる。
【0045】
なお、微小なバリなどを除去するために、少なくとも刃先11のスリット(溝)12を形成した領域にWPC処理を施すことができ、これにより、一層の切れ味の向上、一層の高精度化(スリットの幅寸法や切断面の仕上がり精度など)、一層の切断面の綺麗さの向上などを図ることができる。
【0046】
なお、WPC処理とは、「微粒子ピーニング」、「精密ショットピーニング」、「FPB(Fine Particle Bombarding)」などと称される表面処理で、金属製品の表面に、目的に応じた材質の微粒子を圧縮性の気体に混合して高速衝突させる表面改質処理である。かかるWPC処理においては、処理対象物の最表面で急熱・急冷が繰り返される一方で、材料表面の局所領域に多方向・多段・非同期の強加工が導入されることにより、微細で靭性に富む緻密な組織が形成され、高硬度化して表面を強化すると同時に、表面性状を微小ディンプルへ変化させることによって摩擦摩耗特性を向上させることができる。
【0047】
なお、WPC処理は、DLC処理を行わない場合にも適用できるが、DLC処理を行う場合には、WPC処理を施した後、DLC処理を行うことが好ましい。
【0048】
ところで、本実施の形態では、カッター(刃)10を鋼材として説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、レーザ加工は材質を選ばないため、他の材料とすることができ、例えば超鋼、無垢のセラミックスなどに対してもスリット(溝)を加工すること可能であり、本発明の適用が可能である。
【0049】
また、本実施の形態では、
図1(A)に示すように、スリット(溝)12を、刃先11の長手方向(切断対象物との接線方向)に対して略直角方向に延在するように形成したが、これに限定されるものではなく、
図3に示すように、スリット(溝)12を、刃先11の長手方向(切断対象物との接線方向)に対して所定角度をもって交差する方向に延在するように(刃先の長手方向に対して傾斜させて)形成することができる。また、刃先11の長手方向に対する交差角が異なるスリットを一の刃先に混在させることも可能である。
【0050】
また、本実施の形態では、スリット12を、カッター(刃)の厚さ方向(刃厚(板厚)方向)に平行(刃先の長手方向に直交する方向)に凹設したが、レーザ加工は自由度が高いため、本発明はこれに限定されるものではなく、カッター(刃)の厚さ方向(刃厚(板厚)方向)と交差する方向(刃先の長手方向と所定角度で斜めに交差する方向)に凹設することも可能である。また、スリット12を刃の厚さ方向に関して貫通させずに底のある凹状(窪み)に形成することも可能であり、その場合にはかかる凹状の窪みは本発明に係るスリットとしての概念に含まれるものとする。
【0051】
本発明は、上述した発明の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内において、種々変更を加え得ることは可能である。
【課題】 簡単かつ低コストな構成でありながら、切れ味良く、かつ、精度良く、切断対象物を切断することができる刃先形状を有するカッター(カッターブレード、刃)を提供することを目的とする。
なお、前記微細なスリット12の刃先の長手方向における幅を5μm〜30μm程度とし、前記微細なスリットが刃先の長手方向に形成される間隔を200μm程度とすることができる。