【実施例】
【0043】
以下、実施例と比較例により、本発明をより具体的に説明する。
[実施例1]
表1に示す組成を持つ、Feをベースとしたオーステナイト系耐熱鋳鋼の出発材料となる試料50kg準備し、高周波誘導炉を用いて大気溶解を行った。得られた溶湯を、1600℃で出湯し、1550℃で25mm×25mm×300mmの砂型鋳型(余熱なし)に注湯し凝固させて鋳鋼品(粗材)を鋳造により得た。鋳鋼品を大気炉で、表2に示す所定温度(具体的には、700℃および800℃)で、所定時間(具体的には20時間)熱処理を行って、実施例1に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。
【0044】
[実施例2〜14]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。
【0045】
[比較例1〜5]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。比較例1〜5では、加熱時間を20時間未満にした点が、本発明の範囲から外れている。
【0046】
[比較例6〜11]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。比較例6〜11では、Niの添加量を9質量%未満とした点、比較例6および9の場合には、さらに加熱時間を20時間未満にした点が、本発明の範囲から外れている。
【0047】
[比較例12〜14]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。比較例12〜14では、Niの添加量を16質量%越えにした点、さらに、比較例12の場合には、加熱時間を20時間未満にした点が、本発明の範囲から外れている。
【0048】
[比較例15]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。特に、比較例15では、Cuの添加量を3質量%越えにした点が、本発明の範囲から外れている。
【0049】
[比較例16〜18]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。特に、比較例16〜18では、加熱温度を800℃越え(具体的には810℃)にした点が、本発明の範囲から外れている。
【0050】
[比較例19〜21]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表1に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表2に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。特に、比較例19〜21では、加熱温度を700℃未満(具体的には690℃)にした点が本発明の範囲から外れている。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
<組織観察およびフェライト面積率の測定>
実施例1〜14および比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の試験片に対して、電子後方散乱回折像解析(EBSD法:Electron BackScatter Diffraction)により、組織観察を行い、フェライト面積率を測定した。なお、フェライト面積率は、30μm×30μmの矩形状の観察視野内における、組織全体(視野全体)の面積に対してフェライトが占有している面積の割合を画像処理により算出した。この結果を表2に示す。なお、実施例1〜14および比較例1〜15に関しては、加熱温度700℃と800℃とにおける値が、ほとんど変化なかったのでこれらの平均値を表2に示した。
【0054】
図1(a)は、実施例4に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の組織写真であり、
図1(b)は、比較例6に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の組織写真図である。
図2は、実施例1〜12および比較例1〜14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼のフェライトの面積率と加熱時間との関係を示した図である。
【0055】
<熱膨張係数の測定>
実施例1〜14、比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の試験片に対して、熱膨張係数を測定した。具体的には、900℃における熱膨張係数を、押し棒式膨張計を用いて測定した。テストピースの形状はφ6×50mmを使用し、石英ガラスの熱膨張と比較することにより測定した。この結果を表2に示す。なお、実施例1〜14および比較例1〜15に関しては、加熱温度700℃と800℃とにおける値が、ほとんど変化なかったのでこれらの平均値を表2に示した。
【0056】
図3は、実施例1〜12および比較例1〜14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数の測定結果を示した図であり、
図6は、実施例12〜14および比較例15に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数の測定結果を示した図である。
【0057】
<引張強さの測定>
実施例1〜14および比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の試験片に対して、引張り強さを測定した。具体的には、試験はJISZ2241およびJISG0567の規定に準拠し、900℃の温度で引張強さを測定した。この結果を表2に示す。
【0058】
図4は、実施例1〜12および比較例1〜14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張強さの測定結果を示した図であり、
図7は、実施例12〜14および比較例15に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張強さの測定結果を示した図である。なお、実施例1〜14および比較例1〜15に関しては、加熱温度700℃と800℃とにおける値が、ほとんど変化なかったのでこれらの平均値を表2に示した。
【0059】
<熱疲労寿命の測定>
実施例1〜14および比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の試験片に対して、熱疲労試験を行った。この熱疲労試験は、電気−油圧サーボ式の熱疲労試験機により、試験片(標点距離:15mm、標点径:φ8mm)を用い、上限・下限温度の中央となる温度からの加熱による試験片の熱膨張伸びを100%拘束率(機械的に完全拘束させた状態)で、1サイクル9分とする三角波の加熱冷却サイクル(下限温度:200℃、上限温度900℃)を繰り返し、試験片が完全切断するまでの繰り返し数によって熱疲労特性を評価した。この結果を表2に示す。なお、実施例1〜14および比較例1〜15に関しては、加熱温度700℃と800℃とにおける値が、ほとんど変化なかったのでこれらの平均値を表2に示した。
【0060】
図5は、実施例1〜12および比較例1〜14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱疲労寿命の測定結果を示した図であり、
図8は、実施例12〜14および比較例15に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱疲労寿命の測定結果を示した図である。
【0061】
[結果1:フェライト相とフェライト面積率について]
表2および
図2に示すように、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼では、フェライト相の面積率は、オーステナイト系耐熱鋳鋼の組織全体に対して1〜10%の範囲にあった。これは、Niの含有量を9〜16質量%とし、加熱温度700℃〜800℃、加熱時間20〜300時間の加熱条件で熱処理したことによると考えられる。
【0062】
このようにして得られた組織は、
図1(a)に示すように、基地組織がオーステナイト結晶粒で構成され、該オーステナイト結晶粒のまわりを覆うように、フェライト相がオーステナイト結晶粒間に分散して介在した組織であった。
【0063】
一方、比較例1〜5(加熱時間:20時間未満)および比較例12〜14(Niの添加量:16質量%越え)に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼には、フェライトは生成されていなかった。また、比較例6〜11(Niの添加量:9質量%未満)に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼では、フェライト相の面積率が10%を越えていた。さらに、結晶粒としてオーステナイト結晶粒とフェライト結晶粒が生成されていた。
【0064】
また、表2に示すように、比較例16〜18(加熱温度:800℃越え)に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼では、フェライト相の面積率が10%を越えていた。比較例19〜21(加熱温度:700℃未満)に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼には、フェライト相の面積率が1%未満となった。
【0065】
[結果2:熱膨張係数について]
図3に示すように、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数は、比較例1〜5および比較例12〜14のものよりも低く、比較例6〜11のものよりも高かった。すなわち、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数は、比較例1〜5および比較例12〜14のものと、比較例6〜11ものとの中間値となった。
【0066】
また、表2に実施例1〜14および比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数を示すが、
図3および表2により、実施例1〜14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼のフェライト面積率が、1〜10%の範囲にあり、比較例1〜5、比較例12〜15、および比較例19〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼のフェライト面積率は1%未満であり、比較例6〜11および比較例16〜18に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼のフェライト面積率は10%を越えており、オーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数は、フェライト面積率に依存しているからであると考えられる。
【0067】
すなわち、オーステナイト系耐熱鋳鋼のフェライト相の占有率が高いほど、オーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数が低くなると考えられる。なお、オーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数が低いほど、熱膨張を緩和し、熱疲労特性には有利な傾向をもつ。
【0068】
[結果3:引張強さについて]
図4および表2に示すように、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張強さは、比較例1〜5、比較例12〜14、および比較例19〜21のものと同程度であり、比較例6〜11および比較例16〜18のものよりも高かった。また、表2に実施例1〜14および比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張強さを示すが、比較例6〜11および比較例16〜18のオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張強さが他のものと比べて低かったのは、オーステナイト系耐熱鋳鋼にフェライト結晶粒が生成されていたからであると考えられる。
【0069】
一方、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼は、オーステナイト結晶粒のまわりを覆うように、フェライト相がオーステナイト結晶粒間に分散して介在している(オーステナイト結晶粒の粒界近傍にフェライト相が形成されている)ので、比較例1〜5、比較例12〜14、および比較例19〜21のものと同程度の引張り強さが確保されたと考えられる。
【0070】
[結果4:熱疲労特性について]
図5に示すように、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の疲労寿命は、他の比較例のものよりも長かった。また、表2に実施例1〜14および比較例1〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の疲労寿命を示すが、
図5および表2より、比較例1〜5、比較例12〜15、および比較例19〜21に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の場合には、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張り強さと同等であったが、これらの熱膨張係数は実施例1〜12のものよりも高かったため、実施例1〜12のものに比べて熱疲労寿命が短くなったと考えられる。
【0071】
一方、比較例6〜11および比較例16〜18のオーステナイト系耐熱鋳鋼の場合には、実施例1〜12に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張り強さよりも大幅に小さかったため、実施例1〜12のものに比べて熱疲労寿命が短くなったと考えられる。
【0072】
[結果5:Cuをさらに添加した場合の効果について]
図6に示すように、実施例12〜14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張係数は、比較例15のものに比べて低い。比較例15の如く、Cuの含有量が3質量%を越えた場合には、フェライト相が生成されず、オーステナイト系耐熱鋳鋼の熱膨張が大幅に増大すると考えられる。
【0073】
図7に示すように、実施例13、14、および比較例15に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の引張り強さは、実施例12のものよりも高かった。これは、オーステナイト系耐熱鋳鋼のオーステナイト結晶粒にCuが固溶したからであると考えられる。
【0074】
図8に示すように、実施例13および14に係るオーステナイト系耐熱鋳鋼の疲労寿命は、実施例12および比較例15のものよりも長かった。これは、Cuを1.0〜3.0質量%添加することにより、オーステナイト系耐熱鋳鋼の引張強さが向上したことに起因すると考えられる。
【0075】
[実施例15〜18]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表3に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表4に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。なお、今回は、後述する被削性試験用の鋳型として、20mm×40mm×2200mmの粗材が採取できる鋳型を採用している。
【0076】
なお、実施例15は表1の実施例1に相当し、実施例16は表1の実施例13に相当し、実施例17は表1の実施例4に相当し、実施例18は表1の実施例7に相当するものであり、フェライト面積率と熱疲労寿命の測定の結果に、上述した対応する実施例の結果(表1参照)を採用して、表4および
図10に示した。
【0077】
<被削性試験>
実施例15〜18に係る試験片に対して被削性試験を行った。具体的には、
図9に示すように、フライスを回転速度20mm/mim、送り速度0.2mm/rev、取代1.0mmに設定し、面積が40mm×220mmを切削した回数を1パスとした。このときに被削性(旋削性)の評価として、加工数(最大150パス)におけるフライスの逃げ面摩耗量を測定した。この結果を、
図11に示す。
【0078】
図11は、加工バスの増加に伴うフライスの逃げ面摩耗量の結果を示した図である。なお、実施例15〜18において加熱温度700℃と800℃とにおける値が、ほとんど変化なかったのでこれらの結果の平均値を
図11に示している。さらに、表4には、加工数100パスで逃げ面摩耗量が0.1mm以下である場合には○、0.1mmを超えた場合には×を記載した。
【0079】
[比較例22〜26]
実施例1と同じように、オーステナイト系耐熱鋳鋼からなる試験片を作製した。具体的には、表3に示す成分の試料を用いて試験片を鋳造し、表4に示す加熱条件で、試験片に対して熱処理を行った。特に、比較例22〜24では、Sの添加量を0.05質量%未満にした点が、本発明の範囲から外れており、比較例25、26では、Sの添加量を0.3質量%越えにした点が、本発明の範囲から外れている。
【0080】
比較例22〜26の試験片に対して、実施例1で行った測定と同じ測定方法で、フェライト面積率と熱疲労寿命の測定を行った。さらに、比較例22〜26の試験片に対して、実施例15〜18で行った被削性試験と同様の試験を行った。
【0081】
【表3】
【0082】
【表4】
【0083】
[結果6:Sの添加量の効果について]
図10に示すように、比較例25、26の如く、Sの添加量が0.3質量%を超えた場合、熱疲労寿命が急激に低下した。これは、Sの添加量が0.3質量%を超えた場合、Sが母相に溶け込んだからであると考えられる。
【0084】
一方、
図11に示すように、比較例22〜24の如く、Sの添加量が0.05質量%未満の場合、フライスの逃げ面摩耗量が多く、オーステナイト系耐熱鋳鋼被削性が低下した。これは、Sの添加量が0.05質量%未満の場合、オーステナイト系耐熱鋳鋼に含まれるMnSによる快削性の効果が十分に得られないからであると考えられる。
【0085】
このような結果から、実施形態の如く、オーステナイト系耐熱鋳鋼に、Sの添加量を0.05〜0.3質量%とすることにより、オーステナイト系耐熱鋳鋼の被削性を向上させるとともに、熱疲労特性の低下を抑えることができると考えられる。
【0086】
以上、本発明の実施形態について詳述したが、本発明は、前記の実施形態に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載された本発明の精神を逸脱しない範囲で、種々の設計変更を行うことができるものである。