【実施例】
【0031】
本発明の理解を深めるために、以下に本発明の新規抗腫瘍剤を完成させるに至った経緯を参考例に示し、本発明を実施例に示してより具体的に説明するが、本発明はこれに限定されるものではないことはいうまでもない。
【0032】
(参考例1)本発明の新規抗腫瘍剤の標的物質を選別するに至った経緯
本発明の新規抗腫瘍剤は、IDH3抑制物質を有効成分として含むものであり、その標的物質としてIDH3αが挙げられる。本参考例では、IDH3αが標的物質として選別されるに至った経緯を説明する。
【0033】
低酸素誘導性因子の一種であるHIF-1については、HIF-1の活性化を介して、がんの治療抵抗性及び悪性化が亢進することが、本発明者らにより報告されている(非特許文献2、3)。しかしながら、HIF-1がどのような機序で活性化するのか、また治療抵抗性に関わるHIF-1陽性がん細胞が腫瘍内の何処に局在し、どのような動態・挙動を示すのかは、明らかにされていなかった。そこで、本発明者はHIF-1を活性化する因子(遺伝子)を網羅的に探索する実験を実施した。まず、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)遺伝子のプロモーター由来のHIF-1応答性エンハンサーHREを含む人工的なHIF-1応答性プロモーターの制御下で、ブラストサイジンという抗生物質への耐性を担うタンパク質を発現する遺伝子を構築した。そして、当該遺伝子を安定に組み込んだ細胞株を樹立した(
図1参照)。
【0034】
上記細胞株によるブラストサイジン耐性遺伝子の発現は、HIF-1応答性プロモーターの制御下にあるため、有酸素条件ではブラストサイジン耐性タンパク質の発現が認められない。その結果、当該細胞株は酸素存在下で薬剤に感受性を示して死滅する。逆に、低酸素刺激などによってHIF-1活性が亢進した場合に、当該細胞はブラストサイジン耐性タンパク質を発現するようになり、結果として薬剤耐性を示す。各濃度の抗生物質を含む培地を用いて上記細胞を常酸素条件及び低酸素条件で培養した際の細胞生存率を
図2に示した。
【0035】
HIF-1活性化に影響を及ぼしうる遺伝子を網羅的に探索(スクリーニング)するために、上記で樹立した細胞に、レトロウィルスベクターを利用してcDNAライブラリーを適宜導入し、これを常酸素(20%)条件下にてブラストサイジンを含む培地で培養し、コロニーを形成する細胞を選択した(
図1参照)。ここで生き残った細胞内では、ゲノムDNAにインテグレートされた(組込まれた)遺伝子の機能によってHIF-1が活性化し、結果としてブラストサイジン耐性遺伝子の発現が誘導されていることが期待できた。そこで"生存細胞から精製したゲノムDNA"を鋳型とし、さらに"挿入されたcDNAを挟みこむプライマー"を用いてPCR反応を行うことで、当該cDNA断片を増幅した。このDNA断片を汎用のプラスミドベクター(具体的にはpBlueScript II SK+)のEcoRV部位にサブクローニングした。T7プライマーとT3プライマーを用いて挿入されたcDNAの塩基配列を解析し、その情報を基にホモロジー検索を実施した結果、HIF-1を活性化する機能を持ち得る遺伝子としてIDH3αを同定するに至った。
【0036】
(参考例2)IDH3αによるHIF-1活性に及ぼす影響
参考例1にて獲得したIDH3αがHIF-1を活性化する機能を有することを確認する目的で、以下の実験を行った(
図3参照)。まずヒトIDH3α cDNAをpcDNA4/myc-His Aプラスミド(Invitrogen社)のEcoR1-Xho1部位に挿入し、IDH3α強制発現プラスミドpcDNA4A/IDH3αを構築した。当該強制発現プラスミド内では、IDH3α遺伝子の翻訳終結コドンが欠失されていること、またIDH3α構造遺伝子とその下流のmycタグがインフレームで融合されていることから、当該プラスミドはIDH3αとmycタグの融合タンパク質を強制発現する。HIF-1依存的にルシフェラーゼを発現する5HREp-lucレポーター遺伝子を安定に組み込んだヒト子宮頸がん由来細胞株HeLa/5HRE-Luc(Harada et al. Mol Imaging, 4: 182-193. 2005)に、当該pcDNA4A/IDH3αをトランスフェクトした。常酸素(20%)又は低酸素(0.02%)条件下で培養した後に細胞溶解用試薬(Passive Lysis buffer:Promega社)を用いて細胞抽出液を得、ルシフェラーゼアッセイキット(Promoga社)を用いて、当該細胞抽出液中のルシフェラーゼ活性を定量した。陰性対照実験として、IDH3α cDNAを組み込んでいないpcDNA4/myc-His Aプラスミド(Empty Vector:以下、単に「空ベクター」という。)を用いて同様の実験を行った。その結果、空ベクターを導入した場合と比較して、pcDNA4A/IDH3αを導入した場合に、酸素条件に関わらず有意にルシフェラーゼ活性が亢進することを確認した(
図4参照)。この結果は、IDH3αの過剰発現によって、HIF-1が活性化したことを示している。
【0037】
IDH3αが真にHIF-1を活性化しうるか否かを検討する目的で、IDH3α遺伝子内の以下の(A)〜(C)の配列に対するshRNA発現プラスミド(SABiosciences社:品番KH15075P)を用いて実験を行った。陰性対照として、ヒト遺伝子の何れにも一致しない以下(D)の配列に対するshRNA(Scr)発現プラスミドを用いた。
(A)TGACT TGTGT GCAGG ATTGAT (配列番号1)
(B)AGATG GTATT GGCCC AGAAA T (配列番号2)
(C)TCACC CATCT ATGAA TTTAC T (配列番号3)
(D)GGAAT CTCAT TCGAT GCATA C (配列番号4)
HeLa/5HRE-Luc細胞に当該shRNA(A)〜(C)各発現プラスミド、又は陰性対照用のshRNA(Scr)発現プラスミドを導入し、常酸素(20%)又は低酸素(0.02%)環境下で培養した後に、ルシフェラーゼアッセイを実施した。(
図5参照)
【0038】
上記の結果、陰性対照群と比較して、IDH3αの発現を抑制した場合に、低酸素刺激によるHIF-1活性化が抑制されることが明らかになった。このことより、IDH3αがHIF-1活性に関与することが示唆された。本参考例及び以降の参考例、実施例において、IDH3αは、GenBank Accession Number:NP_005521.1で示されるアミノ酸配列で特定することができ、mRNAは、同Accession Number:NM_005530.2で特定することができる。
【0039】
(参考例3)HIF-1αタンパク質の安定性に及ぼすIDH3αの影響
HIF-1タンパク質は、HIF-1αとHIF-1βのサブユニットから構成されている。サブユニットの一つであるHIF-1αは酸素依存的なユビキチン化を受けて、常酸素状態の細胞内では、翻訳後速やかに分解される。HIF-1の低酸素依存的活性を制御している部位として、HIF-1αタンパク質のほぼ中央にある酸素依存的分解ドメイン(Oxygen-dependent degradation domain: ODD)が存在する。このODD領域とルシフェラーゼとの融合タンパク質をSV40プロモーターの制御下で発現するプラスミドpGL3/ODD-Luc(Wakamatsu et al. Eur J Pharmacol. 617:17-22. 2009)を安定に導入したHeLa/ODD-Luc細胞と、pcDNA4A/IDH3αプラスミドを利用して、IDH3αの強制発現がHIF-1αタンパク質の安定性に及ぼす影響をルシフェラーゼ活性としてモニターした(
図6参照)。陰性対照として空ベクター(pcDNA4/myc-His Aプラスミド)を同様に細胞に導入した系を用いた。
【0040】
上記の結果、常酸素(20%)、低酸素(0.02%)のいずれの条件においてもIDH3αを強発現させた場合に、陰性対照群に比べて高いルシフェラーゼ活性を認めた(
図7参照)。このことより、IDH3αはHIF-1αタンパク質を安定化しうることが示唆された。
【0041】
HIF-1αの安定化が真にIDH3αによるものかを確認するために、上述のHeLa/ODD-Luc細胞に、参考例2で示したIDH3αに対するshRNA(A)〜(C)各発現プラスミドを導入して、ルシフェラーゼ活性を指標にHIF-1αタンパク質の安定性をモニターした。陰性対照として、shRNA(Scr)発現プラスミドを用いた。その結果、陰性対照群と比較して、IDH3αの発現を抑制した場合に、低酸素刺激によるODD-Lucの安定化が抑制されることが明らかになった(
図8参照)。このことより、IDH3αがHIF-1αタンパク質の安定性に関与することが示唆された。
【0042】
HeLa細胞にpcDNA4/myc-His Aプラスミド(EV:空ベクター)又はpcDNA4A/IDH3αプラスミドを導入し、常酸素(20%)又は低酸素(0.02%)の条件下で培養して得た細胞抽出液について、タンパク質の発現をウェスタンブロッティングにより確認した。その結果、IDH3αを強制発現させた場合に、HIF-1αの発現量が増加することを認めた(
図9参照)。その傾向は低酸素条件下でより顕著であった。このことより、IDH3αはHIF-1αの発現において重要な役割を担う因子であることが示唆された。
【0043】
(参考例4)IDH3αの有無による腫瘍増殖作用
参考例1〜3の結果より、IDH3αはHIF-1αの発現及びHIF-1活性に"正"の影響を与える因子であることが示唆された。IDH3αが腫瘍増殖に及ぼす影響を検討する目的で、HeLa細胞にIDH3α強制発現ベクターを安定に導入したIDH3α強制発現細胞(HeLa/IDH3α 1〜3)を、免疫不全マウスに移植し、その後の腫瘍増殖速度を計測した。対照として空ベクターを導入したHeLa細胞(HeLa/EV 1〜3)を用い、同様の実験を行った。上記の結果、IDH3αの強制発現によって腫瘍増殖速度が亢進することが確認された(
図10参照)。
【0044】
上述のIDH3α強制発現細胞株(HeLa/IDH3α 1〜3)及び陰性対照細胞株(HeLa/EV 1〜3)より細胞抽出液を得、pcDNA4A/IDH3αプラスミドに由来するIDH3αの発現を、融合されているmycタグに対する抗体で検出した。一方、IDH3αに対する抗体を用いることで、pcDNA4A/IDH3αプラスミドに由来するmycタグと融合されたIDH3αタンパク質と共に、内在性IDH3αの発現を確認した。mycタグの有無により、両タンパク質を各々独立して検出することが出来た。pcDNA4A/IDH3αプラスミドに由来するIDH3αの発現はHeLa/IDH3α 1〜3においてのみ検出されたのに対し、内在性のIDH3αの発現はpcDNA4A/IDH3αの有無に関わらず検出された(
図11参照)。このことより、内在性のIDH3αの存在も
図10にて測定した腫瘍増殖に寄与していることが懸念された。
【0045】
(実施例1)IDH3α遺伝子に対するshRNAの作用
HeLa細胞株に、IDH3αに対するshRNA(A)〜(C)各発現プラスミドを安定に組み込むことによって、内在性IDH3αの発現を恒常的にノックダウンした細胞株(HeLa/shIDH3α A2, A5, B2, B4, C1, C2)を樹立した。陰性対照としてshRNA(Scr)発現プラスミドを安定に組み込んだ細胞株(HeLa/shRNA(Scr) N5, N9)を樹立した。これらの細胞株を常酸素条件(20%)又は低酸素条件(0.02%)で培養した後に細胞抽出液を得、抗HIF-1α抗体と抗IDH3α抗体を用いてウェスタンブロッティングを行った。その結果、陰性対照群(N5, N9細胞)ではIDH3αの発現が酸素条件にかかわらず認められ、HIF-1αの発現は低酸素条件下においてのみ認められた。一方、IDH3αをノックダウンした細胞株群では、HIF-1αの発現が低酸素環境においても認められなかった(
図12)。このことより、IDH3αが低酸素刺激によるHIF-1αの発現において決定的な役割を担っていることが確認された。
【0046】
IDH3αの発現が腫瘍増殖に及ぼす影響を検討する目的で、内在性IDH3αの発現を恒常的にノックダウンさせた細胞株HeLa/shIDH3α A2, A5, B2, B4, C1, C2及び陰性対照細胞HeLa/shRNA(Scr) N5, N9を樹立し、各々30万個を免疫不全マウスに移植後、腫瘍の大きさを計測した。その結果、IDH3αの発現をノックダウンした場合に、腫瘍の増殖が有意に抑制されることが確認された(
図13)。また、移植46日後の腫瘍サイズを目視した写真からも同様の結果が確認された(
図14)。また、IDH3α遺伝子の発現を最も効果的にノックダウンするshRNA (B)を用いた群においては、腫瘍形成そのものが抑制されうることも確認された。
【0047】
(実施例2)IDH3α遺伝子又はHIF-1α遺伝子のノックダウンによる抗腫瘍効果
上記のIDH3α遺伝子に対するshRNA(B)発現プラスミド、HIF-1α遺伝子に対するshRNA発現プラスミド、及び陰性対照のshRNA(Scr)発現プラスミドを各々安定に組み込んだHeLa細胞を免疫不全マウスに移植し、腫瘍の大きさを計測した。その結果、IDH3α遺伝子をノックダウンした腫瘍のほうが、HIF-1α遺伝子をノックダウンした腫瘍に比べて、より効果的な腫瘍増殖抑制効果が認められた(
図15)。以上により、IDH3αを抑制したほうがHIF-1αを直接抑制するよりも、より効果的に腫瘍の増殖を抑制しうることが確認された。この結果は、IDH3αがHIF-1αを安定化させる以外の作用を有していることを示唆しているのかもしれない。以上、IDH3を抑制しうる物質、具体的にはIDH3を構成するサブユニットの少なくとも一つ、具体的にはIDH3αを抑制しうる物質は、抗腫瘍剤として効果を発揮しうることが確認された。
【0048】
(実施例3)IDH3α遺伝子に対するshRNAの作用
実施例1で樹立した"内在性IDH3αの発現を恒常的にノックダウンさせた細胞HeLa/shIDH3α B2"、及び"陰性対照細胞HeLa/shRNA(Scr)N9" の懸濁液を準備し、各々1,000万個および100万個の細胞を免疫不全マウスに移植した。生じた固形腫瘍の大きさが同じになるタイミング、すなわちHeLa/shIDH3α B2腫瘍の場合は移植45日後、HeLa/shRNA(Scr)N9腫瘍の場合は移植37日後に摘出し、その切片を血管内皮細胞のマーカー(CD31抗体)で染色した。検出された腫瘍内血管の密度を定量したところ、IDH3α遺伝子をノックダウンした場合に血管密度が減少することが確認された(
図16、17)。
当該データは、IDH3αを抑制した場合に、HIF-1α発現量の低下を介して腫瘍血管密度を低下させ得ることを示唆している。