(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記リコピン結晶組成物は、トランスリコピンと、シスリコピンと、他のカロテノイドとを含み、前記トランスリコピンが少なくとも80重量%含まれ、前記シスリコピンおよび前記他のカロテノイドが残部である請求項1〜4のいずれか一項に記載の調製方法。
前記リコピン結晶組成物は、トランスリコピンと、シスリコピンと、他のカロテノイドとを含み、前記トランスリコピンが少なくとも90重量%含まれ、前記シスリコピンおよび前記他のカロテノイドが残部である請求項1〜5のいずれか一項に記載の調製方法。
前記リコピン含有材料は、トランスリコピンと、シスリコピンと、他のカロテノイドとを含むトマトオレオレジン組成物であって、前記トランスリコピンが少なくとも60重量%含まれ、前記シスリコピンおよび前記他のカロテノイドが残部である請求項10〜19のいずれか一項に記載の調製方法。
前記リコピン含有材料は、トランスリコピンと、シスリコピンと、他のカロテノイドとを含むトマトオレオレジン組成物であって、前記トランスリコピンが少なくとも70重量%含まれ、前記シスリコピンおよび前記他のカロテノイドが残部である請求項10〜20のいずれか一項に記載の調製方法。
【背景技術】
【0002】
リコピンとは、トマトおよびスイカ等の赤い果実に含まれているカロテノイドである。カロテノイドは、体の抗酸化剤として作用する天然色素である。抗酸化剤は、体内の細胞損傷の原因と考えられるフリーラジカルの影響を低減する役割を果たす。
【0003】
リコピンは、ポリエン炭化水素であって、13個の(炭素−炭素)二重結合のうちの11個が直線状に配列された共役二重結合を有する非環式鎖状不飽和カロテノイドである。2個の中央の−CH
3基は1,6位にあり、残りの−CH
3は互いに1,5位にある。リコピンの色特性および抗酸化特性は、共役二重結合の長い系(extended system)によるものである。
【0004】
【化1】
【0005】
リコピンの名称は、トマトの学名である「リコペルシコン・エスクレンタム(Lycopersicon esculentum)」に由来する。リコピンは、他のカロテノイドの量が少ないトマトにおける主要な炭化水素カロテノイドである。トマト果実に含まれるカロテノイドの組成は、リコピン(C
40H
56)80〜90%、α−カロチン(C
40H
56)0.03%、β−カロチン(C
40H
56)3〜5%、γ−カロチン(C
40H
56)1〜2%、フィトエン(C
40H
64)5.6〜10%、フィトフルエン(C
40H
64)2.5〜3%、ニューロスポレン(C
40H
64)7〜9%、およびルテイン(C
40H
58)0.011〜1.1%である(非特許文献1参照)。
【0006】
リコピンの抗酸化作用は、ペルオキシラジカルの捕捉能力による。リコピンは、オールトランス(all-trans)型、モノシス(mono-cis)型およびポリシス(poly-cis)型等のさまざまな幾何異性体として存在する。自然界において、リコピンは、オールトランス型で存在しており、これらの結合のうちの7個は、熱、光または一定の化学反応の影響を受けて、トランス型からモノシス型またはポリシス型に異性化することがある。オールトランス異性体は、生鮮トマトに含まれる最も主要な異性体であり、熱力学的に最も安定した形態である。リコピンは、加工時および貯蔵時に、トランスからシスに異性化する。各種のトマトベースの食品において、トランス異性体は35〜96%であり、5−シス異性体は4〜27%であるが、9−シス異性体および15−シス異性体は非常に量が少ない。
【0007】
リコピンのシス異性体は、対応するオールトランス型とは明確に異なる物理的および化学的特性を備える。そのようなシス異性体に認められる違いとしては、色強度(color intensity)が低いこと、融点が低いこと、吸光係数が小さいこと、および紫外線スペクトルにおいて、識別するのに役立つシスピーク(cis-peaks)として知られるブルーシフトが現れることが挙げられる。シス異性体は、高極性であり、油および炭化水素溶媒により溶けやすく、構造的配置のために結晶化しにくい。
【0008】
トマトの加工時に、第二銅、第二鉄等の金属イオンおよび酸素の存在下で加熱に曝されることにより、リコピンが分解する場合もある。製品の貯蔵時には、リコピンのシス異性体からトランス異性体への変換が起こり得るが、これは、シス異性体が不安定であるのに対して、トランス異性体は基底状態において安定しているからである。リコピンのシス異性体は、胆汁酸ミセルにより溶けやすいことも知られており、トランスリコピンと比較して、優先的にカイロミクロンに取り込まれることもある(非特許文献2参照)。
【0009】
体内におけるトランスリコピンからシスリコピンへの生体内異性化(in-vivo isomerisation)があると考えられる。また、主としてトランスリコピンを含有する生鮮トマト製品に比べて、多量のシスリコピンを含有する熱加工されたトマト製品を摂取する場合について報告されたように(非特許文献3参照)、シス異性体は、トランス型よりも生物学的利用能が高いという別の可能性もある。82℃で熱加工したトマトから果汁を除くと、総リコピンの約56.8%を構成するシスリコピンを示すトマト果肉粉末(tomato pulp powder)およびトマト果肉かす(tomato pulp waste)が得られるが、これは、シスリコピンが豊富なトマトオレオレジンを調製するための潜在的な供給源になり得る(非特許文献4参照)。シスリコピンは、トランスリコピンよりも生物学的利用能が高いという証拠がある(非特許文献5参照)。
【0010】
トマトの皮に含まれるリコピンの超臨界二酸化炭素抽出において、良好な総リコピンの回収率を示した。改質剤として、エタノールおよびアセトンが用いられた。溶媒中に保持されたリコピンの安定性は、α−トコフェロールまたはローズマリー抽出物の添加によって向上した(非特許文献6参照)。
【0011】
濃度が0.9g/mlの二酸化炭素を用いて、乾燥粉末状のトマトの皮からオールトランスリコピンを超臨界流体抽出するための手順が開示されており、その結果、88%のオールトランスリコピンを含む抽出物が得られた(非特許文献7参照)。この研究は、抽出圧力およびSCF(超臨界流体)二酸化炭素濃度がリコピンのシス異性体またはトランス異性体の優先的溶解性(preferential solubility)を促進させる決定要因であることを示している。
【0012】
ヒト血漿において、リコピンは、シス異性体として、総リコピンの少なくとも60%からなる異性体混合物である(非特許文献8参照)。血漿中では、オールトランスリコピン、5−シスリコピン、9−シスリコピンおよび13−シスリコピン等の異性体が同定され、これらの立体配置安定性は、5−シスリコピン>オールトランスリコピン>9−シスリコピン>13−シスリコピン>15−シスリコピンの順に高かった。
【0013】
しかし、計算モデル研究によれば、イオン化ポテンシャルで示されたように、抗酸化特性は5−シスリコピンが最も高く、5−シスリコピン>9−シスリコピン>7−シスリコピン>13−シスリコピン>15−シスリコピン>オールトランスリコピンの順に高かった(非特許文献9参照)。
【0014】
食品系のリコピンについての安定性研究の多くは、分解に関するものである。リコピンは、金属イオンまたは酸素の存在下での加熱により、トマト加工品において、部分的に破壊されることがある。リコピンは、トマトの加工時に、少なくとも2回の変化、すなわち異性化および酸化を経ると予想される。リコピンの異性化は、加工時に起こり得る。一方、シス型からトランス型への変換は、貯蔵時に起こり得る(非特許文献10参照)。
【0015】
リコピンは、癌の予防薬として作用する。リコピンは、前立腺癌、肺癌および広範囲の上皮癌に対する予防効果があるとされるため、重要である(非特許文献11参照)。リコピンの摂取は、消化管、膵臓および膀胱等の他の部位における癌のリスク低減と関連付けられることが分かっている。また、血中リコピンのレベルが高い女性ほど、多量のリコピンおよびビタミンAを摂取しており、癌を発症する可能性が3分の1に抑えられることが判明した。
【0016】
果実および野菜から得られたリコピンの摂取により、心臓病を発症する可能性が低下することもある。リコピンを摂取すると、低密度リポタンパク質、コレステロールの酸化が防止され、アテローム性動脈硬化症および冠状動脈性心疾患を発症するリスクが低減される(非特許文献12、13参照)。
【0017】
生物学的利用能は、摂取された栄養素が体内に吸収されて、通常の生理学的機能および代謝過程に利用できる割合として定義される。
【0018】
食物の組成および構造は、リコピンの生物学的利用能に影響を与えるため、トマトの組織マトリックス(tissue matrix)からのリコピンの放出に影響を及ぼすことがある。食物を調理したり、細かく粉砕したりすれば、植物細胞壁が破壊または軟化されるとともに、リコピン−タンパク質複合体(lycopene-protein complexes)が破壊されて、生物学的利用能を向上させることができる。調理等の熱加工および細断等の機械的組織破壊(mechanical texture disruption)は、堅固な細胞壁構造(study cell wall)を分解し、有色体膜を破壊し、かつ細胞の完全性を低下させることによってリコピンをより利用しやすくするため、生物学的利用能を高める簡便な方法である。トマトを1時間で100℃に加熱した場合、総リコピンの20〜30%がシス異性体からなることが判明した(非特許文献14参照)。
【0019】
リコピンの生物学的利用能は、油と同時摂取した場合、トマトベースの食品の方が生鮮トマトよりも著しく高くなる。リコピンを抽出して疎油相(lipophobic phase)にするには、熱処理および油媒体が必要である。トマト果汁をトウモロコシ油とともに1時間加熱すると、リコピンがトランス型からシス型に変換されるため、人体への吸収のレベルが高まると考えられた。
【0020】
さまざまな食物繊維によって生物学的利用能が低下する。ペクチンは、食事由来のカロテノイドのヒトへの吸収に影響を及ぼす代表的な食物繊維である。高メトキシペクチンは、食物繊維のコレステロール低下効果と関連付けられ、また、低吸収による高粘度状態の促進とも関連付けられる。
【0021】
リコピンの吸収は、低用量の方が効率的なようであり、β−カロチンとともに摂取したリコピンは、単独で摂取した場合よりも多く吸収された。高用量のβ−カロチン補給後、血清中のリコピンレベルの大幅な低下が見られた(非特許文献15参照)。
【0022】
食品加工により、リコピンの利用可能性を向上させることができる。トマトベースの食品から得られるリコピンの生物学的利用能は、2つの方法、すなわち、食品マトリックスからリコピンを抽出して親油相(lipophilic phase)にすること、およびトマトの組織細胞を熱加工し、機械的に破壊することによって高められる。脂質媒体に含まれているリコピンは、生鮮トマトに含まれているリコピンよりも生物学的利用能が高い。長時間調理しても、リコピンが破壊される可能性がある。マトリックスの破壊を最大にする一方で、リコピンの破壊を最小にするために、最適な加工技術パラメータを明らかにしなければならない(非特許文献16、17参照)。
【0023】
リコピンは脂溶性である。通常、リコピンは、クロロホルム、ヘキサン、アセトン、ベンゼン、石油エーテルまたは二硫化炭素等の溶媒を用いて抽出されるが、安全な溶媒が好ましい。溶媒抽出が遅く、不十分である場合、原料を効率的に機械粉砕することによって、十分な抽出が容易になる。乾燥材料(dehydrated material)は、水と混和しない溶媒を用いて抽出してもよい。十分な抽出を達成するには、溶媒抽出に先立ち、乾燥材料を湿らせておく必要がある。また、感応性のため、抽出は、薄暗い場所で、不活性雰囲気下で行われる。抽出時の酸化および異性化を防ぐために、キノール等の抗酸化剤および水酸化カルシウム等の中和剤を添加してもよい。抽出された試料は、暗所、窒素下で、冷凍庫(−20℃)に保存しなければならない。
【0024】
抽出後、不要な脂質、クロロフィルおよび他の不純物を除去する最も有効な方法は、けん化である。生成物のさらなる精製および結晶化は、低温での石油エーテルまたはアセトンからの分別晶出によって行うことができる。リコピンの分析および同定のための迅速かつ効率的な方法として、トマトからのリコピンの回収率が98.0〜99.6%の範囲であるマイクロ波溶媒抽出(microwave-solvent extraction)技術および加圧加速溶媒抽出(pressurized accelerated solvent extraction)技術を用いる方法が開発されている(非特許文献18、19参照)。
【0025】
トマトおよびトマトベースの食品に含まれるリコピン含有量の測定は、物理的方法および化学的方法によって行うことができる。物理的方法は、色パラメータと試料のリコピン濃度との関係に基づく。化学的分析において、リコピンは、トマトの組織から抽出され、定量化される。
【0026】
色測定は、化学的分析方法に比べて、品質を評価するのに簡便で、かつ時間のかからない方法である。品質の劣化は、天然色素の損失に起因することがある。測色計による色度値の測定は、収穫および加工した後のトマト試料のリコピン濃度を正確に推定できるのであれば、有用であろう。しかし、それは、化学的抽出分析の代わりになるほど正確にリコピン濃度を予測するものではない。
【0027】
分光光度法:ヘキサンおよびアセトンを用いてトマトの組織からリコピンを抽出し、460〜470nmにおける吸光度を測定する。検量線を得るには、純粋な試料が必要である。
【0028】
高速液体クロマトグラフィー(HPLC)法:C18固定相を用いる逆相HPLC法により、プロビタミンAカロテノイドのシス異性体およびトランス異性体の部分的分離が可能となる。移動相:アセトニトリル/THF(85/15)希釈液、IPA/THF(80/20)+0.5%BHT、流速:1.5ml/分、実行時間:20分。
【0029】
加工の際には、トマトは洗浄され、選別され、スライスされる。スライスしたトマトは、加熱破砕法(hot break method)または冷却破砕法(cold break method)によって搾汁される。通常、スクリュー式またはパドル式抽出装置を用いて、トマトから果汁を搾る。果肉、ピューレ、ペーストおよびケチャップ等の他のトマト製品を製造する場合、蒸気コイルまたは真空蒸発装置によってトマト果汁を濃縮する。トマト缶の場合、スライスしたトマトまたはホールトマトは、レトルトで殺菌される。乾燥の場合、トマトには脱水方法が施される。劣化および色落ち(colour loss)が先に起こることがあり、トマト製品は、多くの要因に左右される。リコピンの劣化の主な原因は、異性化および酸化である。
【0030】
トマトにおいて、外果皮はリコピンおよび他のカロテノイドの含有量が最も高く、外壁および小葉はカロチンの含有量が最も高い。トマトの皮には100gあたり12mgのリコピンが含まれるのに対して、熟したトマトは、100gあたり3.4mgのリコピンを含む。すなわち、リコピン濃度は、トマトの皮の方が熟したトマトよりも約3倍高くなる。皮およびトマト果実の果皮にはリコピンが豊富に含まれている。ほどんどのリコピンは、トマトの不溶性繊維部分に付着して見出される。
【0031】
リコピンの物理的および化学的特性:融点、172〜175℃;溶解性、クロロホルム、ヘキサン、ベンゼン、二硫化炭素、アセトンおよび石油エーテルに可溶である;感応性、光、酸素、高温、酸、その酸化を触媒する銅(II)、鉄(III)等の金属イオン;λ
max(吸収極大波長)、(トランス)リコピン、446nm(E1%、2250)、472nm(E1%、3450)、505nm(E1%、3150)。
【0032】
退色は、さまざまなトマト製品の加工時に、高温で空気に曝されることで、天然のオールトランスリコピンが異性化および酸化されるために起こる。酸素および光に曝されることと相まって、トマトの組織を分解する熱処理も、リコピンの破壊を招くことがある。このような変化は、トマト加工品の貯蔵寿命安定性のために必要な比較的厳しい熱加工によって加えられる熱ストレスが主な原因である。
【0033】
温度は、リコピンの分解の性質および程度に影響を及ぼす。50℃でリコピンが酸化分解されると、分子の断片化が起こり、生成物として、アセトン、メチルヘプタノン、レブリンアルデヒドおよび恐らくグリオキサールが生じる。高温での滞留時間が長いと、リコピンの損失が発生することがある。加熱の長さは、リコピンの分解を制御する際の重要な要因である。脱気および高温短時間の熱処理は、色品質(color quality)の維持に有益な効果をもたらすと考えられる。
【0034】
リコピンの酸化分解に寄与する最も重要な要因は、酸素の利用可能性である。酸素の存在下において、100℃で加熱した場合、30%を超えるリコピンが分解される一方、二酸化炭素の存在下では、5%のリコピンが失われた(非特許文献20参照)。温度が上昇する場合に比べて、明るい照明に曝された場合のリコピンの破壊の規模は小さくなる。
【0035】
トマトスライスの脱水は、真空下において、長時間、高温で行われる。リコピンが試料中に保持される一般的な傾向は、脱水時にわずかに減少する。浸透脱水の間、リコピン含有量は一定のままである。これは、浸透脱水における糖液がトマトに酸素を触れさせないようにするため、低い作業温度におけるリコピンの酸化を低減するものと説明される。熱処理によってトマトの組織が分解され、酸素および光への暴露が増加したことにより、リコピンの破壊を招いた。
【0036】
乾燥トマト試料に含まれる総リコピンおよびシス異性体含有量(Shi, et al., Lycopene degradation and isomerisatioin in tomato dehydration, Food Res. Intl. 32, 15-31 (1991))
【0037】
【表1】
【0038】
剥皮は、トマトの加工における重要な作業である。化学的処理には、水酸化ナトリウムまたは塩化カルシウムの熱溶液中で行われるアルカリ剥皮(lye peeling)が含まれる。
【0039】
物理的処理には、高圧または過熱蒸気による蒸気剥皮(steam peeling)が含まれる。また、液体窒素、液体空気もしくはフレオン−12を用いる低温熱処理(cryogenic scalding)、または熱源として赤外線を用いる赤外線剥皮(IR peeling)のような新たな剥皮方法もある。アルカリ剥皮時には、熱溶液がエピクチクラワックス(epicuticular waxes)を溶かし、表皮に浸透して、中葉および細胞壁を蒸解する(digests)ことにより、皮が取り除かれる。使用されるアルカリ溶液の濃度および温度は、栽培品種および果実の熟度にもよるが、8〜25℃の範囲および60〜100℃の範囲である。蒸気剥皮において、トマトは、果皮がほぐれる程度まで生蒸気に曝されるが、果肉の軟化また調理(flush softening or cooking)がなされるほど長い時間ではない。化学的剥皮および蒸気剥皮では、どちらもトマト果実の外果皮層における可食部の損失が比較的大きくなる。Schulte(1965)は、赤外線法でトマトの皮を剥いた場合、果皮の損失は5.30%だったが、蒸気法では果皮の損失が7.50%であったことを発見した(非特許文献21参照)。トマトの加工時の廃棄物は、主に種子、果皮組織および皮の残渣である。トマトの表皮領域には、トマトの総リコピンの80〜90%を超える量が含まれている。一般に、多量のリコピンがトマト加工廃棄物として処分されていることは明らかである。この廃棄物は、食品産業における重要なリコピンの供給源である。
【0040】
リコピン含有量の減少およびトランス−シス異性化により、生物学的特性が低下することになる。
【0041】
【表2】
【0042】
(Schierle et al., Content and isomeric ratio of lycopene in food and human blood plasma, Food chem. 59(3), 459-465 (1996))
生物活性効力(bioactivity potency)は、異性化および酸化の程度に加えて、貯蔵時において、トマトベースの製品に加工を施した場合の安定性によって決まる。熱、光、酸および他の要因が異性化を引き起こすことが報告されている。トマトベースの加工食品の品質および健康上の利点の正しい評価は、リコピン含有量だけでなく、異性体の分布にもよる。トマト製品の製造時および貯蔵時におけるリコピンの異性化挙動を制御すれば、製品の色および品質の向上に役立つ。
【0043】
熱加工:熱処理により、シス異性体の割合が明らかに増加する。トマトベースの食品を油の中で加熱した場合の異性化への影響は、水の中で加熱した場合よりも大きかった。熱処理の継続時間および温度のみならず、油または脂肪等の食品マトリックス成分も、リコピンの異性化に影響を及ぼす。
【0044】
脱水効果:脱水方法により、シス異性体が著しく増加すると同時に、オールトランス異性体が減少する。浸透処理において、主なメカニズムは異性化であるが、空気乾燥における異性化および酸化は、総リコピン含有量および生物学的効力に影響を及ぼす2つの要因である。脱水して表面積が増加すると、一般的には安定性の低下につながる。トマトの表層に残存する浸透溶液(糖を含む)により、酸素の透過を防いで、リコピンを酸化させないようにする。従って、浸透処理は、他の脱水方法に比べて、リコピンの損失を低減し得る。
【0045】
リコピンの分解および色変化:トマトの保色性は、低温の方が良い。浸透処理の間、色品質は変わらないままである。
【0046】
貯蔵時のリコピンの安定性:分解に寄与する最も重要な要因は、貯蔵時における酸素の利用可能性である。不活性雰囲気または真空下で製品を貯蔵することにより、空気等の要因から製品を保護するように、貯蔵条件を注意深く選択すれば、貯蔵中に初期の色レベルを維持することが可能である。
【0047】
抗酸化剤の適用:食品の加工時および貯蔵時におけるリコピンの破壊の主な原因は、酸化である。好適な抗酸化剤(エトキシキン、アスコルビン酸、酸性ピロリン酸ナトリウム)を適切な量で注意深く用いることにより、有益な結果が得られると考えられる。低貯蔵温度、低光量、低水分活性、および貯蔵中の低湿分にも、リコピンの酸化を制限する効果がある。
【0048】
リコピンは、食品産業および医薬品産業にとって、天然着色料および栄養素としての製造および品質に二重の影響を及ぼすものである。リコピンは、食餌に対するその有意な生理学的効果のため、「21世紀のビタミン」とみなされることもある。
【0049】
果実の熟成にいたるまでの果実の発育過程も、リコピン等の果実成分に影響を及ぼすことがある。トマト果実のリコピン含有量は、受精、収穫時期および品種選定における技術の向上によって高めることができる。このような着眼点から、冬期に温室栽培されるトマトの品質をより向上させる可能性がある。
【0050】
食品に含まれるリコピンの生物学的利用能は、その異性体の型だけでなく、食品マトリックス、放出されたリコピンのミセル形成(micellization)に十分な大量の脂質の存在、ならびにペクチンおよび他の食物繊維等の内腔における妨害因子の存在にも影響される。リコピンの分解は、トマトを主体にした食品業界にとって非常に重要である。リコピンの酸化および異性化を防止するために、加工技術を最適にしなければならない。
【0051】
トマトから得られるリコピンの工業生産は、機能性食品の開発のため、製薬会社による需要が高い。現在、トマトの加工時の剥皮処理において、一般に、多量の皮および外果皮組織がトマト加工廃棄物として処分されている。リコピンの製造を拡大するために、膜分離技術、超臨界流体二酸化炭素技術および溶媒抽出技術等の新たな技術が適用されている。食品安全規則を満たした高品質のリコピン製品は、食品産業に潜在的利益をもたらすことになる。高価値なリコピンの製造の商業化に成功すれば、世界市場におけるトマトベースの製品およびリコピン製品の競争力を向上させることができる。
【0052】
数多くの研究によって、リコピンを多く含む食品を食べると、心臓病ならびに肺、前立腺、子宮頚部、消化管および乳房等の数種類の癌を予防するのに有益であることが示されている。最近の研究では、黄斑変性疾患および血清脂質酸化のような状態に対するリコピンの効果が検討されている。
【0053】
上記知見を支持する人々は、全般的な健康のために、食事にリコピンを含むように強く勧めている。良質なリコピンの供給源として、ピンクグレープフルーツ、グアバ、スイカおよびローズヒップが挙げられるが、最も一般的で、恐らく最も潜在力があるのはトマトである。
【0054】
生鮮トマトは優れたリコピンの供給源であるが、トマトのピザソース、トマトジュース、トマトスープ、さらにケチャップまでも含む調理されたトマト製品は、より濃縮されている。例えば、1個の生鮮トマトには3.7mgのリコピンが含まれるが、カップ1杯のトマトスープには24.8mgのリコピンが含まれる。このような調理済みタイプのトマト製品に含まれるリコピンはシス型であるため、リコピンがより体内に吸収されやすい。
【0055】
誰もがリコピンの恩恵を受け入れているわけではない。世界の保健規制当局は、まだ栄養素としてリコピンを承認していないが、初期の研究から有望な結果が得られたことにより、保健団体(health community)は、食事に含まれるリコピンの有益な効果に対して、真剣に目を向けている。もちろん、ほとんどの保健専門家は、果物および野菜が豊富な食事が健全な生活様式の一部であるという点で意見が一致している。
【0056】
Zelkhaら(1998)(特許文献1参照)は、δH値およびδP値を有する溶媒を用いた抽出により、トマト果肉からリコピンを抽出する方法を記載している。この方法で得られたオレオレジンは、リコピン含有量が2〜10%であった。しかし、筆者は、精製工程を記載していない。
【0057】
Bombardelliら(1999)(特許文献2参照)は、n−ヘキサンおよび塩素化溶剤を用いることにより、トマトからリコピンを抽出する方法を記載している。当該方法は、抽出後にカラムクロマトグラフ分離を行うため、時間がかかる上、工業的な実現可能性については疑問の余地がある。分離されたリコピン結晶の純度に関しては何も述べていない。
【0058】
Ausichら(1999)(特許文献3参照)は、アルカリおよびプロピレングリコールを用いたけん化により、トマトおよびトマト製品からリコピン結晶を調製することを記載している。この方法によって90%のリコピン結晶が得られたが、異性体の型に関しては何も述べていない。
【0059】
Kawaragiら(1999)(特許文献4参照)は、有機溶剤を用いることによる、酵素を介したリコピンの抽出および精製を教示している。この方法によって得られた生成物は、リコピン含有量が10%を超えていた。
【0060】
Konyaら(2001)(特許文献5参照)は、リコピンの調製方法を記載している。この方法は、基本的には、多段階反応に続いてカラムクロマトグラフ分離および精製を行う化学的方法である。
【0061】
Estrella Decastro Antonioら(2002)(特許文献6参照)は、イトエダカビ(blakeslea)、コウガイケカビ(choanephora)またはヒゲカビ(phycomyces)のような菌類源からリコピンを調製する方法を記載している。抽出および精製には、酢酸エチル、エチルアルコールおよびイソプロピルアルコールが用いられた。その結果、上記方法により、純度94%のリコピン結晶が得られた。
【0062】
Gioriら(2003)(特許文献7参照)は、生鮮トマトからリコピンを抽出および精製する方法を記載している。生鮮トマトを圧搾した後、減圧蒸留によって水を除去してトマト濃縮物を得る。この濃縮物を、水飽和酢酸エチルで2回抽出する。得られた抽出物を水で洗浄して濃縮し、リコピン含有量が6%のトマトオレオレジンを得る。濃縮物を水、酢酸エチルでさらに洗浄するとともに、エタノール(45℃)でも洗浄し、放置してから酢酸エチルで洗浄することにより、純度95%の結晶リコピンを得る。
【0063】
Hoら(2006)(特許文献8参照)は、トマトペーストから開始するバイオプロセスを記載している。(1)発酵により糖類を除去し、(2)酵素混合物によって葉緑体およびフィチン酸から色素が放出され、次に洗浄されて重金属を除去した後、プロパン/ブタンガスを用いて滅菌および抽出を行い、リコピン含有量が13%のトマト抽出物を得る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0064】
【特許文献1】米国特許第5,837,311号明細書
【特許文献2】米国特許第5,897,866号明細書
【特許文献3】米国特許第5,858,700号明細書
【特許文献4】米国特許第5,871,574号明細書
【特許文献5】米国特許第6,331,652号明細書
【特許文献6】欧州特許第1201762号明細書
【特許文献7】国際公開第2003/079816号パンプレット
【特許文献8】国際公開第2006/036125号パンプレット
【非特許文献】
【0065】
【非特許文献1】Gross. J, 1987, Pigments in Fruits, Academic Press, London
【非特許文献2】Boileau et al., J. Nutrition, 129, 1176-1181 (1999)
【非特許文献3】Shi and Maguer, Crit. Rev. Biotechnol. 20, 293-334 (2000)
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