(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6047742
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極及びこれらの製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 37/16 20060101AFI20161212BHJP
B01J 31/22 20060101ALI20161212BHJP
B01J 37/34 20060101ALI20161212BHJP
H01M 4/90 20060101ALI20161212BHJP
H01M 4/96 20060101ALI20161212BHJP
H01M 8/10 20160101ALN20161212BHJP
【FI】
B01J37/16
B01J31/22 M
B01J37/34
H01M4/90 Y
H01M4/96 B
!H01M8/10
【請求項の数】12
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-241254(P2012-241254)
(22)【出願日】2012年10月31日
(65)【公開番号】特開2014-91061(P2014-91061A)
(43)【公開日】2014年5月19日
【審査請求日】2015年10月21日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成24年度、独立行政法人科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業(チーム型研究(CREST))、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504159235
【氏名又は名称】国立大学法人 熊本大学
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(74)【代理人】
【識別番号】100092967
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 修
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】谷口 貴章
(72)【発明者】
【氏名】松本 泰道
(72)【発明者】
【氏名】立石 光
【審査官】
磯部 香
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2011/016855(WO,A1)
【文献】
国際公開第2012/028964(WO,A2)
【文献】
特開2012−148225(JP,A)
【文献】
特開2011−213586(JP,A)
【文献】
国際公開第2011/069348(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 37/16
B01J 31/22
B01J 37/34
H01M 4/90
H01M 4/96
H01M 8/10
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化グラフェンを水に分散させた酸化グラフェン分散液と、鉄フタロシアニンをアルコールに分散させた鉄フタロシアニン分散液と、を混合して自己組織化させて鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を得る工程と、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を還元して鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を得る工程と、を含む、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体酸素還元触媒の製造方法。
【請求項2】
鉄フタロシアニン分散液と酸化グラフェン分散液との混合比は、容量比で、鉄フタロシアニン分散液:酸化グラフェン分散液=1:1〜20:1である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
還元する工程において、電気化学還元法を用いる、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
電気化学還元法において、還元電位を−0.9〜−2.0Vの範囲とする、請求項3に記載の製造方法。
【請求項5】
酸化グラフェンを水に分散させた酸化グラフェン分散液と、鉄フタロシアニンをアルコールに分散させた鉄フタロシアニン分散液と、を混合して自己組織化させて鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を得る工程と、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を電極基材上に担持させて鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体担持電極を得る工程と、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体担持電極を還元して鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を得る工程と、を含む鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極の製造方法。
【請求項6】
鉄フタロシアニン分散液と酸化グラフェン分散液との混合比は、容量比で、鉄フタロシアニン分散液:酸化グラフェン分散液=1:1〜20:1である、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
還元する工程において、電気化学還元法を用いる、請求項5に記載の製造方法。
【請求項8】
電気化学還元法において、還元電位を−0.9〜−2.0Vの範囲とする、請求項7に記載の製造方法。
【請求項9】
前記電極基材はグラッシーカーボンである、請求項5〜8のいずれかに記載の製造方法。
【請求項10】
鉄フタロシアニンがグラフェンの酸素官能基サイト、炭素欠陥サイト及びπ電子と結合し、Fe3+の一部がFe2+に還元されてなる、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体。
【請求項11】
電極基材と、
電極基材に担持された、鉄フタロシアニンがグラフェンの酸素官能基サイト、炭素欠陥サイト及びπ電子と結合し、Fe3+の一部がFe2+に還元されてなる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体と、を含む鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極。
【請求項12】
請求項11に記載の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を空気極として含む燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、白金を含まない酸素還元触媒及び当該酸素還元触媒を担持してなる電極に関し、特に酸化グラフェンと鉄フタロシアニンとからなるナノ複合体を還元して得られる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体からなる酸素還元触媒、当該酸素還元触媒を担持してなる電極及びこれらの製造方法並びに当該電極を空気極として含む燃料電池に関する。
【背景技術】
【0002】
地球規模での環境問題を背景に、水素エネルギーが注目されている。特に、燃料の水素が空気中の酸素と反応して水を生成する際に放出する化学エネルギーを電気エネルギーに直接変換するデバイスとして、燃料電池が期待されている。高分子型燃料電池(PEFC)では、燃料極における水素などの燃料の酸化反応と、酸素極における酸素還元反応が同時に進行する。
【0003】
【化1】
【0004】
(1)式の酸素還元反応は、反応過電圧が非常に大きく、エネルギー変換効率の大幅な低下を招いている。現在では酸素還元触媒として、白金や白金合金が用いられている。しかし、高万能触媒と呼ばれる白金でさえ、その酸素還元触媒能は十分ではなく、白金を超える新しい触媒が求められている。また、高価な白金の使用は、燃料電池の低コスト化にとって大きな問題となっている。したがって、白金フリーの高性能酸素還元触媒の開発は燃料電池の広汎な実用化に向けて非常に重要である。
【0005】
貴金属フリー触媒電極として炭素電極が有望とされている。グラッシーカーボン(GC)やカーボンナノチューブといった様々な種類の炭素材料または非貴金属酸化物等とのハイブリッド材料がこれまで研究されており、白金には及ばないものの優れた触媒活性を示すことが明らかとなっている(非特許文献1)。
【0006】
新たな炭素電極材料としてグラフェンが注目されている。グラフェンは、既存の炭素材料を比べ、格段に高い比表面積及び電子移動度を有することから電極材料として期待されている。実際、最近の研究ではグラフェン/Co
2O
3電極、グラフェン/鉄電極がPt/C電極に匹敵するような酸素還元特性を有していることが報告されている(非特許文献2及び3)。これらの触媒ではグラフェン構造中に窒素をドープすることが重要であるとされている。窒素ドープのためにはアンモニア水溶液中での水熱反応及びNH
3ガス中での熱処理が必要とされる。したがって、高温、高圧、有毒ガス等が必要となるため安価且つ大量合成への応用については厳しく制限される。性能においても、上記触媒ではアルカリ溶液中ではPt/Cよりも若干性能が劣っている。これら3種の酸素還元触媒を担持した電極の電流−電位曲線を
図13に示す。
【0007】
また、有機物から炭素材料を作る際に鉄やコバルト錯体を予め添加しておくことにより、炭素化工程で熱分解により生成した金属微粒子の触媒作用により形成されるカーボン構造であり、直径数十nmの中空の殻(シェル)がグラフェンにより形成された構造を有するものとして定義されるナノシェル構造の炭素粒子を有する繊維状の炭素触媒が提案されている(特許文献1)。当該炭素触媒の製造方法は、炭素前駆体高分子を調製する工程と、炭素前駆体高分子に遷移金属又は遷移金属の化合物を混合する工程と、炭素前駆体高分子及び遷移金属又は遷移金属の混合物を繊維化して繊維を得る工程と、繊維を炭素化する工程とからなる。当該方法では、炭素化する工程を含み、高温処理が必要となることに加え、窒素をドープすることが必要となり、安価且つ大量合成への応用は難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2009-208061号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Guofa Dong et al. “Iron phthalocyanine coated on single-walled carbon nanotubes composite for the oxygen reduction reaction in alkaline media”, Phys. Chem. Chem. Phys., 2012, 14, 2557-2559
【非特許文献2】Yongye Liang et al. “Co3O4 nanocrystals on grapheme as a synergistic catalyst for oxygen reduction reaction” NATURE MATERIALS DOL: 10, 1038/NMAT3087
【非特許文献3】Shuangyin Wang et al. “BCN Graphene as Efficient Metal-Free Electrocatalyst for the Ocygen Reduction Reaction” Angew. Chem. Int. Ed. 2012, 51, 1-5
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、安価且つ大量合成が可能な酸素還元触媒の製造方法を提供すること、及び白金酸素還元触媒と同等の性能を有する白金フリーの酸素還元触媒を提供することにある。
【0011】
また、本発明の目的は、安価かつ大量合成が可能な酸素還元触媒を担持してなる電極、特に燃料電池の空気極及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するため、本発明者らは鋭意研究した結果、グラファイトから得た酸化グラフェンと鉄フタロシアニンとを用いる大気圧且つ室温での溶液プロセスにより、白金酸素還元触媒と同等の性能を有する、グラフェン上に鉄フタロシアニンが担持されてなる酸素還元触媒を合成できることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明によれば、酸化グラフェンを水に分散させた酸化グラフェン分散液と、鉄フタロシアニンをアルコールに分散させた鉄フタロシアニン分散液と、を混合して自己組織化させて鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を得る工程と、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を還元して鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を得る工程と、を含む、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体酸素還元触媒の製造方法が提供される。
【0014】
また、本発明によれば、酸化グラフェンを水に分散させた酸化グラフェン分散液と、鉄フタロシアニンをアルコールに分散させた鉄フタロシアニン分散液と、を混合して自己組織化させて鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を得る工程と、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を電極基材上に担持させて鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体担持電極を得る工程と、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体担持電極を還元して鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を得る工程と、を含む鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極の製造方法が提供される。
【0015】
鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を得る工程において、鉄フタロシアニン分散液と酸化グラフェン分散液との混合比は、容量比で、鉄フタロシアニン分散液:酸化グラフェン分散液=1:1〜20:1の範囲が好ましく、2:1〜10:1の範囲がより好ましく、5:1が最も好ましい。
【0016】
還元する工程において、電気化学還元法を用いることが好ましい。還元電位は−0.9〜−2.0Vの範囲とすることが好ましく、−1.1V〜−1.5Vの範囲とすることがより好ましい。鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を電気化学還元法により還元すると、酸化グラフェンが還元されるばかりでなく、鉄フタロシアニンも還元され、Fe
3+の一部がFe
2+となる。
【0017】
よって、本発明によれば、鉄フタロシアニンがグラフェンの酸素官能基サイト、炭素欠陥サイト及びπ電子と結合し、Fe
3+の一部がFe
2+に還元されてなる、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体も提供される。
【0018】
また、本発明によれば、上記製造方法により得られる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体酸素還元触媒を電極基材上に担持させてなる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極も提供される。
【0019】
さらに、本発明によれば、電極基材と、当該電極基材に担持された、鉄フタロシアニンがグラフェンの酸素官能基サイト、炭素欠陥サイト及びπ電子と結合し、Fe
3+の一部がFe
2+に還元されてなる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体と、を含む鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極も提供される。
【0020】
電極基材としてグラッシーカーボンを用いることが好ましい。グラッシーカーボンとしては、通常電極基材として用いられるグレードのグラッシーカーボンを制限なく用いることができる。
【0021】
さらに、本発明によれば、上記鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を空気極として具備する燃料電池も提供される。
【発明の効果】
【0022】
本発明の酸素還元触媒は、白金触媒よりも優れた性能を示し、酸化グラフェン(GO)と鉄フタロシアニン(FePc)から、溶液プロセスを用いてナノ複合体を形成し、これを還元することにより容易に製造できるため、安価に大量生産できる。
【0023】
また、本発明の酸素還元触媒を担持させてなる電極は、白金触媒担持電極よりも高い酸素還元反応触媒活性を示し、良好な耐アルカリ性を示すので、燃料電池の空気極として有用である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】
図1は、本発明のグラフェン酸素還元触媒の調製方法の概略フローチャートである。
【
図2】
図2は、実施例の酸化グラフェン分散液と鉄フタロシアニン分散液から鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体の合成を行った際の観察写真である。
【
図3】
図3は、実施例の沈降分の高分解能透過電子顕微鏡(TEM)観察写真である。
【
図4】
図4は、実施例の沈降分の還元前後のEDX、XPS及びRamanスペクトルである。
【
図5】
図5は、実施例で得られた鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒とする電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)と、従来の白金を酸素還元触媒とする電極(20wt%Pt/C)とのサイクリックボルタメトリー測定結果である。
【
図6】
図6は、実施例で得られた鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒として担持してなる電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)、及び従来の酸素還元触媒3種を担持してなる電極(白金酸素還元触媒:20wt%Pt/C、非特許文献2に記載のCo
3O
4/N-doped rGO、非特許文献3に記載のB,N-doped rGO)の電流−電位曲線である。
【
図7】
図7は、グラッシーカーボンを電極基材として、各種酸素還元触媒を担持させた電極の電流−電位曲線である。
【
図8】
図8は、マンガンフタロシアニン/グラフェンナノ複合体(PcMn-rGOナノハイブリッド)及びコバルトフタロシアニン/グラフェンナノ複合体(PcCo-rGOナノハイブリッド)を酸素還元触媒として担持してなる電極、本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒として担持してなる電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)、並びに従来の白金を酸素還元触媒として担持してなる電極(20wt%Pt/C)の電流−電位曲線である。
【
図9】
図9は、還元条件を変えて調製した電極の電流−電位曲線である。
【
図10】
図10は、還元電位依存性を示す電流−電位曲線である。
【
図11】
図11は、鉄フタロシアニン分散液と酸化グラフェン分散液との混合比率依存性を示す電流−電位曲線である。
【
図12】
図12は、実施例6の耐久性試験の結果を示すグラフである。
【
図13】従来の3種の酸素還元触媒を担持した電極の電流−電位曲線である。
【0025】
図1に示す本発明のグラフェン酸素還元触媒の製造方法のフローチャートを用いて説明する。
まず、グラファイトを酸化させて得た酸化グラファイトを剥離して酸化グラフェンを得る。
【0026】
グラファイトの酸化は、Hummers法、Brodie法、Staudenmaier法など公知の方法を制限なく用いることができる。たとえば、Hummers’法を用いてH
2SO
4とKMnO
4とグラファイトを混合して90℃で撹拌することにより、グラファイトの層間にOが導入され、酸化グラファイトを調製することができる。
【0027】
酸化グラファイトから酸化グラフェンを剥離する方法は、公知の方法を制限なく用いることができる。たとえば、酸化グラファイトに超音波を照射することにより酸化グラフェンを剥離することができる。剥離に際して、TBA(テトラブチルアンモニウムブロミド)などの剥離剤を添加してもよい。
【0028】
グラフェンは、グラファイトの1層を剥離して得られるシートであり、高い電子移動度と高い比表面積(Cの比表面積が150〜250m
2/gであるのに対して、グラフェンの比表面積は2630m
2/gである)を有するため、白金を炭素に担持させたPt/C酸素還元触媒よりも酸素還元過電圧が低く、多量の鉄フタロシアニン錯体を担持することができる。グラフェンの厚みは約0.34nmである。
【0029】
次に、得られた酸化グラフェンを水に分散させて得た酸化グラフェン分散液と、鉄フタロシアニンをアルコールに分散させて得た鉄フタロシアニン分散液と、を大気圧下、室温にて混合した後、静置して、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を得る。アルコールとしては、エタノールを好ましく用いることができる。
【0030】
鉄フタロシアニン分散液と酸化グラフェン分散液との混合比は、容量比で、鉄フタロシアニン分散液:酸化グラフェン分散液=1:1〜20:1の範囲が好ましく、2:1〜10:1の範囲がより好ましく、5:1が最も好ましい。
【0031】
次いで、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を還元して、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を得る。鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を還元する方法としては、たとえば、ヒドラジン還元法、熱還元法、光還元法及び電気化学還元法を挙げることができるが、後述する実施例に示すように、電気化学還元法が最も優れた性能を有する酸素還元触媒を製造できる。電気化学還元法を用いる場合、還元電位は−0.9〜−2.0Vの範囲とすることが好ましく、−1.1V〜−1.5Vの範囲とすることがより好ましい。
【0032】
本発明の製造方法により得られる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体は、1〜20nmのナノサイズのフタロシアニンと、グラフェンとの複合体となる。
本発明の製造方法による鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体の合成は、以下の機序によると考えられる。
【0033】
図1に示すように、酸化グラフェンのO基及びOH基と鉄フタロシアニンのFe基との間の静電的相互作用による自己組織化により、酸化グラフェン上に鉄フタロシアニン錯体が高密度に分散した鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体が得られる。次いで、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を還元すると、π−π相互作用又はπ−d相互作用によりグラフェンのC環の炭素欠陥部位又はπ電子に鉄フタロシアニンのFe基が強固に結合すると共に、グラフェンのC環の一部には炭素欠陥部位が残る。電気化学還元により酸化グラフェンばかりでなく、Fe
3+もFe
2+に還元される。
【0034】
よって、本発明によれば、鉄フタロシアニンがグラフェンの酸素官能基サイト、炭素欠陥サイト及びπ電子と結合し、Fe
3+の一部がFe
2+に還元されてなる、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体も提供される。
【0035】
また、本発明によれば、上記製造方法により得られる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体酸素還元触媒を電極基材上に担持させてなる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極も提供される。
【0036】
本発明に用いる電極基材としては、公知の材料を用いることができる。たとえば、グラッシーカーボン、カーボンファイバー膜(HOPG:Highly Oriented Pyrolytic Graphite)などを電極基材として用いることができる。特に、グラッシーカーボンは、疎水性であるため比較的疎水性の高い鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を担持しやすく、水素・酸素発生に対する過電圧が大きいため鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体の触媒反応を評価することが容易で、化学的に安定であるため、本発明で用いる電極基材として好適である。酸素還元触媒の調製方法において、電気化学還元法を用いる場合には、電極基材に鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体の分散液を滴下又は塗布した後、還元することが好ましく、一工程で鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体の還元と電極への触媒の担持を同時に行うことができる。
【0037】
さらに、本発明によれば、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を空気極として含む燃料電池も提供される。燃料電池の燃料極としては公知の燃料極を用いることができる。
【実施例】
【0038】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[実施例1]
硫酸92mlとグラファイト(和光純薬製Cat No.072-03845、純度98.0%グラファイト粉末)2.0gを混合し、過マンガン酸カリウム12gを添加して、90℃にて30分間撹拌し、グラファイトを酸化した。酸化後、30%過酸化水素2.0mlを添加して反応を停止させ、5%塩酸と水でそれぞれ3回ずつ洗浄(300rpmで10分間)して、約2gの酸化グラファイトを得た。次いで、酸化グラファイト50mgを水50mlに添加して、超音波を2時間照射して、酸化グラフェンを剥離し、10000rpmで30分間遠心分離し、上澄みを回収して、0.47g/L酸化グラフェン分散液を調製した。
【0039】
鉄フタロシアニン(Aldrich製Cat No.379549-1G)10mgをエタノール20mlに添加して、0.50g/L鉄フタロシアニン分散液を調製した。
0.50g/L鉄フタロシアニン分散液20mlと0.47g/L酸化グラフェン分散液4mlとを混合して1日静置したところ、沈降が見られた(
図2)。沈降分を採取して、EDX(FEI社製TECNAI F20)、XPS(Thermo Scientific社製Sigma Probe)及びRamanスペクトル(Jasco社製NRS-3100)を観察したところ、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体が得られていることが確認できた。
【0040】
図3に、沈降分のTEM(FEI社製のTECNAI F20)観察写真を示す。白い粒子が全体に分散している状態が観察される。このことから、鉄フタロシアニンが酸化グラフェン全体に均一に分散していることが確認できた。
【0041】
次いで、沈殿分が6 g/Lとなるように鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体を含む分散液12.5μlをグラッシーカーボン(BAS社製GCEグラッシーカーボン電極(外径6 mm、内径3 mm、Cat .No. 002012)上に滴下して鉄フタロシアニン/酸化グラフェン担持グラッシーカーボンを調製した。鉄フタロシアニン/酸化グラフェン担持グラッシーカーボンを作用極(working electrode)として、参照極(Reference electrode)にはAg/AgCl、対極(Counter electrode)には線状Ptを用い、0.1M Na
2SO
4を電解液として、-1.1Vを5分間印加する電気化学還元法により、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒として担持してなる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を調製した。
【0042】
【化2】
【0043】
図4に、沈降分の還元前のEDXスペクトルと、沈降分の還元前後のXPS及びRamanスペクトルを比較して示す。還元前には、EDXにおいてFeとOのピークが観察され、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体であることが確認できた。また、酸化グラフェン上に存在する鉄フタロシアニンの大きさは1〜20nm程度であることが確認できた。還元後には、XPS及びRamanスペクトルにピークのシフトが観察され、グラフェンばかりでなくFe
3+がFe
2+に還元されていることが確認できた。
【0044】
図5に、得られた鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒とする電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)と、従来の白金を酸素還元触媒とする電極(20wt%Pt/C)とのサイクリックボルタンメトリー測定結果を示す。測定は、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン担持グラッシーカーボンを作用極(working electrode)として、参照極(Reference electrode)にはAg/AgCl、対極(Counter electrode)には線状Ptを用い、事前に1時間の酸素ガス通気を行った1M KOHを電解液として用い、電解液に酸素通気したままで掃引速度10mVs
-1、掃引範囲+0.2V〜−0.6Vの条件でサイクリックボルタモグラム測定を行った。20wt%Pt/C よりもPcFe-rGOナノハイブリッドが酸素還元電流のピーク電流が高いことから、本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体電極は酸素還元過電圧が低くなっていることが確認できた。
【0045】
図6に、得られた鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒とする電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)、従来提案されている酸素還元触媒3種を用いた電極(白金酸素還元触媒:20wt%Pt/C、非特許文献2に記載のCo
3O
4/N-doped rGO、非特許文献3に記載のB,N-doped rGO)の電流−電位曲線を示す。測定条件は、掃引速度5mVs
-1、回転数1600rpm、電解液0.1M KOH(O
2通気下)とした。本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)では、他の酸素還元触媒電極と比べて、より高い電位でより大きな酸素還元電流が観測されたことから高い酸素還元触媒能を有しており、最も優れていることが確認できた。
【0046】
比較のため、電極基材としてのグラッシーカーボンの上に、酸素還元触媒として(1)鉄フタロシアニ
ン(PcFe/GC)、(2)電気化学還元したグラフェン(rGO/GC)、(3)電気化学還元したグラフェンの上に積層させた鉄フタロシアニン(PcFe/rGO/GC)を担持させ、電流−電位曲線を測定した。本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)及び従来の白金担持電極(20wt%Pt/C)の電流−電位曲線と併せて図
7に示す。図
7より、(3)電気化学還元したグラフェンの上に単に積層させた鉄フタロシアニン(PcFe/rGO/GC)を触媒として担持させた場合には、従来の白金担持電極を越える性能は得られなかった。一方、本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)は白金担持電極よりも優れた性能を示すことが確認できた。
【0047】
[実施例2]
金属フタロシアニンとして、マンガンフタロシアニン(Aldrich製Cat.No. 379557-1G)及びコバルトフタロシアニン(Aldrich製Cat.No. 307696-1G)を用いた以外は実施例1と同様にして、0.5g/L金属フタロシアニン分散液を調製し、金属フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒とする電極を調製した。
【0048】
図8に、上記の方法で調製したマンガンフタロシアニン/グラフェンナノ複合体(PcMn-rGOナノハイブリッド)及びコバルトフタロシアニン/グラフェンナノ複合体(PcCo-rGOナノハイブリッド)を酸素還元触媒とする電極と、本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒とする電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)と、従来の白金を酸素還元触媒とする電極(20wt%Pt/C)との電流−電位曲線を示す。本発明の鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極(PcFe-rGOナノハイブリッド)は他の金属フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極と比べ酸素還元電流のピーク電位が高いことから酸素還元過電圧が最も低く、最も優れていることが確認できた。
【0049】
[実施例3]
還元条件を(1)ヒドラジン還元及び(2)光還元に変えた以外は実施例1と同様にして、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を酸素還元触媒とする電極を調製し、掃引速度10mVs
-1、電解液1M KOH(O
2通気下)の条件で電流−電位曲線を得た。
図9に電気化学還元、ヒドラジン還元及び光還元で得られた電極の電流−電位曲線を示す。
図9に示すように、電気化学還元により調製した鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極が最も優れていることが確認できた。
【0050】
(1)ヒドラジン還元
実施例1で得た沈降物(鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体)を水洗浄(300rpmで5分間)した後、鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体12mg、水12ml、ヒドラジン0.32mlを混合して90℃で1時間環流した。ヒドラジン還元した鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体(粉末)は洗浄後、6 g/Lとなるように水に分散させた。分散液12.5μLをグラッシーカーボンに滴下して、電極を調製した。
【0051】
【化3】
【0052】
(2)光還元
実施例1で得た沈降物(鉄フタロシアニン/酸化グラフェン複合体)を6g/L含む分散液12.5μLをグラッシーカーボンに滴下して、酸素通気下にて2時間、500W超高圧水銀ランプを光源とする光を照射して還元し、電極を調製した。
【0053】
【化4】
【0054】
[実施例4]
電気化学還元の還元電位を変えた以外は実施例1と同様にして、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を調製し、電流−電位曲線を測定して、還元電位依存性を検討した。結果を
図10に示す。
図10より、−0.9〜−2.0Vの還元電位のいずれも従来の白金触媒担持電極よりも優れていること、特に−1.1Vの還元電位の場合に最も優れた結果が得られることが確認できた。
【0055】
[実施例5]
鉄フタロシアニン分散液と酸化グラフェン分散液との混合比率を変えた以外は実施例1と同様にして、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極を調製し、電流−電位曲線を測定した。混合比率を表1に、電流−電位曲線を
図11に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
図11より、いずれの混合比率でも従来の白金触媒担持電極よりも優れていること、特に鉄フタロシアニン分散液:酸化グラフェン分散液の比率(容量比)が5:1の場合に最も優れた結果を示すことが確認できた。
【0058】
[実施例6]
実施例1で調製した鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極の耐久性を検討した。鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極又はPt/C担持電極を作用極として、参照極にはAg/AgCl、対極には線状Ptを用い、事前に1時間の酸素ガス通気を行った1M KOHまたは0.1M KOHを電解液として、電解液に酸素ガスを通気したままの状態で電流−電位曲線を測定した。次いで、同電解液中で得られた電流−電位曲線のピーク電位を25000秒印加することにより、電位印加開始時の電流値から各時間の電流値を除することで正規化電流(normalized current)を得た。25000秒の定電位印加後に同電解液中で電流−電位曲線を測定した。結果を
図12に示す。
【0059】
図12から、鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極は、Pt/C担持電極に比べて電流値の減少が少ないことがわかり、Pt/C担持電極よりも優れた耐久性を有することが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明は、安価な原料を用いて、大気圧下且つ室温条件で容易に大量生産できる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を提供できるため、従来の高価な白金触媒の代替品として有用である。本発明の製造方法により製造される鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体を担持してなる鉄フタロシアニン/グラフェンナノ複合体担持電極は、従来の白金担持電極よりも酸素還元反応触媒の活性が高く、安価に且つ容易に大量生産できるので、燃料電池の空気極として有用である。