(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6048072
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】ダイクエンチ用熱延鋼板、その製造方法、およびそれを用いた成形品
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20161212BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20161212BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20161212BHJP
C21D 9/00 20060101ALI20161212BHJP
C21D 1/18 20060101ALI20161212BHJP
B21D 22/20 20060101ALI20161212BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/00 302Z
C22C38/60
C21D9/46 T
C21D9/46 Z
C21D9/00 A
C21D1/18 C
B21D22/20 E
【請求項の数】8
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-238800(P2012-238800)
(22)【出願日】2012年10月30日
(65)【公開番号】特開2013-129910(P2013-129910A)
(43)【公開日】2013年7月4日
【審査請求日】2015年8月25日
(31)【優先権主張番号】特願2011-255775(P2011-255775)
(32)【優先日】2011年11月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099944
【弁理士】
【氏名又は名称】高山 宏志
(72)【発明者】
【氏名】吉田 裕美
(72)【発明者】
【氏名】齋藤 勇人
(72)【発明者】
【氏名】瀬戸 一洋
【審査官】
田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】
特表2010−502838(JP,A)
【文献】
特開2007−211291(JP,A)
【文献】
特開昭47−034116(JP,A)
【文献】
特開2011−099149(JP,A)
【文献】
特開2011−063877(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
C21D 1/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.05%以下、
Si:0.02〜0.5%、
Mn:0.01〜1.0%、
P:0.025%以下、
S:0.001%以下、
Al:0.01〜0.10%、
N:0.003%以下、
Ti:4〜10%、
B:2〜5%、
Sb:0.001〜0.01%、
Zr:0.02〜0.40%
を含み、残部が不可避的不純物およびFeからなることを特徴とする、ダイクエンチ用熱延鋼板。
【請求項2】
上記に加えて、質量%で、Nb:0.02〜0.40%を含有することを特徴とする、請求項1に記載のダイクエンチ用熱延鋼板。
【請求項3】
上記に加えて、質量%で、Cr:1.0%以下、Mo:0.5%以下、W:1.0%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする、請求項1または請求項2に記載のダイクエンチ用熱延鋼板。
【請求項4】
上記に加えて、質量基準で、REM:100ppm以下を含有することを特徴とする、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のダイクエンチ用熱延鋼板。
【請求項5】
請求項1から請求項4のいずれかの成分組成を有し、そのミクロ組織が平均粒子径50μm以下の硼化物を含み、かつフェライトの平均結晶粒径が30μm以下であることを特徴とする、ダイクエンチ用熱延鋼板。
【請求項6】
請求項1から請求項4のいずれかの成分組成の鋼を溶製し、鋳造し、熱間圧延してダイクエンチ用熱延鋼板を製造するにあたり、鋳造の際の冷却速度を、凝固〜950℃間の平均で5℃/s以上とし、熱間圧延時の鋼塊またはスラブの再加熱温度を1200℃以上とするとともに、熱間圧延時のコイル巻取り温度を550℃以上とすることを特徴とする、ダイクエンチ用熱延鋼板の製造方法。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれかの熱延鋼板をダイクエンチしてなることを特徴とする成形品。
【請求項8】
圧延方向、圧延直角方向、および圧延対角方向の3方向の比ヤング率の差がそれぞれ3GPa/(g/cm3)以内であり、比ヤング率の値が31GPa/(g/cm3)以上であることを特徴とする、請求項7に記載の成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、950℃程度に加熱後プレスと同時に焼き入れて材料を高強度化するとともに高剛性化する手法であるダイクエンチに適したダイクエンチ用熱延鋼板およびその製造方法、ならびにそれを用いた成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車部品の高強度化策として、近年プレス加工しながら焼き入れるホットプレスあるいはダイクエンチと称される方法が実用化されている(以下ダイクエンチと総称する)。ダイクエンチは素材(鋼板)を950℃程度に加熱した状態で水冷した金型を用いてプレスし、プレス成形と同時に焼き入れて素材を硬化する手法で、成形性と高強度化の両立を図ることができる。
【0003】
ダイクエンチはプレス前に素材を950℃に加熱する必要があるため、酸化によるスケール生成が問題となる。特に、プレス段階でスケール生成量が多かったりスケールの剥離が多かったりすると、プレス中に金型と板の間に噛み込んで線状疵の原因となり、成形品の品質を落とす大きな問題となる。
【0004】
一方、ダイクエンチ法では、通常冷間プレスでは加工が難しい引張強度が980MPaを超える超高強度鋼板での部品作製を狙っているものが多く、疲労強度やスケール密着性を求めた鋼板が提案されている(例えば特許文献1、2、3)。また、部材としては超高強度鋼板だけでなく、超高強度鋼板(引張強度980MPa以上)と高強度鋼板(引張強度980MPa未満)の組合せで部材として一体化したいニーズもある。
【0005】
さらに、ダイクエンチ法では、スケール密着性のような工法に関わる要求の他、ダイクエンチ法で作製されるような構造部材に対しては、振動や衝撃に耐えうる靭性や剛性が求められている。実際の部品では、例えば自動車のようにクラッシャブルゾーンとセーフティゾーンというような、引張強度が590MPa前後の強度の鋼板で作製すべき部品も数多くあり、部材としては超高強度鋼板だけでなく、超高強度鋼板(引張強度980MPa以上)と高強度鋼板(引張強度980MPa未満)の組合せで部材として一体化したいニーズもある。中でも特に足回り部品などは振動や衝撃に耐えうる靭性や剛性が求められている。
【0006】
上記特許文献1〜3は、いずれも超高強度材を狙っており、それぞれ疲労特性やスケール密着性改善などが謳われているが剛性を改善させるような取組みは見られない。
【0007】
特許文献4、5には、合金元素や製造条件を調整して集合組織を制御することにより剛性(ヤング率)の高い鋼板を得る技術が提案されている。しかし、剛性はその材料がもつ物理的な特性値であるため、このような集合組織制御では、剛性の指標であるヤング率(鉄鋼材料のヤング率≒200GPa)や比ヤング率(鉄鋼材料のヤング率=200GPaとし、密度を7.8g/cm
3とすると、25.6GPa/(g/cm
3)程度)を10%以上向上させることは困難である。また、特許文献4、5に示された技術は冷延鋼板を対象としており、このような冷延素材をダイクエンチにより成形する場合、集合組織が崩れ、高ヤング率化の効果を発揮できない。
【0008】
一方、高剛性物質を混入した複合材料での高剛性鋼板についても検討されており、粉末冶金や溶製法で高剛性鋼板を得ることが提案されている(例えば特許文献6、7)。しかしながら、実際には冷間でのプレス加工成形性に課題があり、実際の構造部材としての実用化には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2005−205477号公報
【特許文献2】特開2007−247001号公報
【特許文献3】特開2008−214650号公報
【特許文献4】特開2009−013478号公報
【特許文献5】特開2007−092132号公報
【特許文献6】特開平10−068048号公報
【特許文献7】特許第4273886号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであって、ダイクエンチで加熱された際の酸化と熱間加工中のスケール剥離を効率的に抑制することができ、かつダイクエンチ成形後に高い剛性(比ヤング率)を得ることができるダイクエンチ用熱延鋼板およびその製造方法、ならびにそれを用いた成形品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意検討を行った結果、以下の(i)、(ii)の知見を得た。
(i)鋼成分を、C、Si、Mn、Al等を特定の範囲とした上で、TiおよびBを多量添加したものとすることで、Tiを主とする硼化物をフェライト母相中に均一微細分散させ、同時に母相となるフェライトの結晶粒径を細かくすることができ、これによりスケール密着性を損なうことなく、ダイクエンチ後に剛性(高い比ヤング率)を有する成形品が得られる。
(ii)低S下でSbの微量添加により、スケール密着性が格段に向上し、プレス段階でのスケール剥離量が著しく軽減される。
本発明はこれらの知見に基づいて完成されたものである。
【0012】
すなわち本発明は、以下の(1)〜(
8)を提供する。
(1)質量%で、C:0.05%以下、Si:0.02〜0.5%、Mn:0.01〜1.0%、P:0.025%以下、S:0.001%以下、Al:0.01〜0.10%、N:0.003%以下、Ti:4〜10%、B:2〜5%、Sb:0.001〜0.01%、Zr:0.02〜0.40%を含み、残部が不可避的不純物およびFeからなることを特徴とする、ダイクエンチ用熱延鋼板。
(2)上記に加えて、質量%で、Nb:0.02〜0.40%を含有することを特徴とする、(1)に記載のダイクエンチ用熱延鋼板。
(3)上記に加えて、質量%で、Cr:1.0%以下、Mo:0.5%以下、W:1.0%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする、上記(1)または(2)に記載のダイクエンチ用熱延鋼板。
(4)上記に加えて質量基準でREM:100ppm以下を含有することを特徴とする、上記(1)から(3)のいずれかに記載のダイクエンチ用熱延鋼板。
(5)上記(1)から(4)のいずれかの成分組成を有し、そのミクロ組織が平均粒子径50μm以下の硼化物を含み、かつフェライトの平均結晶粒径が30μm以下であることを特徴とする、ダイクエンチ用熱延鋼板。
(6)上記(1)から(4)のいずれかの成分組成の鋼を溶製し、鋳造し、熱間圧延してダイクエンチ用熱延鋼板を製造するにあたり、鋳造の際の冷却速度を、凝固〜950℃間の平均で5℃/s以上とし、熱間圧延時の鋼塊またはスラブの再加熱温度を1200℃以上とするとともに、熱間圧延時のコイル巻取り温度を550℃以上とすることを特徴とする、ダイクエンチ用熱延鋼板の製造方法。
(7)上記(1)〜(5)のいずれかの熱延鋼板をダイクエンチしてなることを特徴とする成形品。
(
8)
圧延方向、圧延直角方向、および圧延対角方向の3方向の比ヤング率の差がそれぞれ3GPa/(g/cm3)以内であり、比ヤング率の値が31GPa/(g/cm
3)以上であることを特徴とする、
上記(7)に記載の成形品。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、プレス加工時のスケール密着性が良く、またダイクエンチ成形された後に高い比ヤング率が得られるダイクエンチ用熱延鋼板およびその製造方法、ならびにそれをダイクエンチしてなる成形品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明例の熱延鋼板の金属組織を示す写真である。
【
図2】ダイクエンチにより成形した成形品を示す斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について説明する。鋼の成分組成の%表示は特に断らない限り、質量%を示す。
[化学成分]
C:0.05%以下
Cは通常ダイクエンチでの焼入時にマルテンサイトを生じさせて鋼を組織強化する。しかしながら本発明では高強度を得ることを目的としておらず、また0.05%を超えると硼化物の形成を阻害する。Cの下限は特に存在しないが、必要以上に溶製コストを招かない程度であることが好ましく、0.002%以上とすることが好ましい。なお、上限程度のC量であれば、ベイナイトやマルテンサイト組織を得ることも可能であり、他の固溶強化元素との組合せで、700MPa程度の強度を得ることも可能である。
【0016】
Si:0.02〜0.5%
Siは鋼の高強度化(固溶強化)や焼入後の靭性向上に有効な元素である。しかし、0.02%未満では固溶強化の効果がなく、一方0.5%を超えると表面に赤スケールと呼ばれる剥離しにくいスケールを不均一に生じる。このため、Si含有量を0.02〜0.5%とする。
【0017】
Mn:0.01〜1.0%
Mnは固溶強化および焼入性向上に寄与するため、所望の鋼板強度に応じて必要量添加すればよいが、0.01%未満ではそれらの効果を得難く、一方でMnは必要以上に含有すると偏析して熱延素材・熱処理後とも材質の均一性が低下してしまう。このため、Mn含有量を0.01〜1.0%とする。
【0018】
P:0.025%以下
PはSi同様、固溶強化に有効であるが、0.025%を超えると偏析して熱延素材・熱処理後とも材質の均一性が低下するほか、熱処理後の靭性が著しく低下する。このため、P含有量を0.025%以下とする。
【0019】
S:0.001%以下
Sは本発明で重要な制御因子のひとつであり、0.001%以下とすることにより熱間でのスケール密着性が格段に向上する。このため、S含有量を0.001%以下とする。
【0020】
Al:0.01〜0.10%
Alは溶鋼中の脱酸剤として添加され、鋼中可溶分として存在するが、0.01%未満ではその効果がなく、一方0.10%を超えて過剰に存在すると、アルミナなどの介在物凝集を誘起する。このため、Al含有量を0.01〜0.10%とする。
【0021】
N:0.003%以下
Nは、溶製時Ti添加前に0.003%を超えると溶製時にTiN、BN、AlNなどの窒化物を形成し、硼化物の形成を妨げる。このため、N含有量を0.003%以下とする。下限は特に存在しないが、必要以上に溶製コストを招かない程度であることが好ましく、0.001%以上とすることが好ましい。
【0022】
Ti:4〜10%
本発明において、Tiは主として硼化物を形成し、ダイクエンチ部材の剛性を高める役割を果たす重要な元素である。その効果を発揮するための硼化物量(体積分率)を確保するためには4%以上必要であり、一方、鋼中の固溶限を考慮すると10%以下となる。このため、Ti含有量を4〜10%とする。
【0023】
B:2〜5%
本発明において、Bは硼化物を形成し、ダイクエンチ部材の剛性を高める役割を果たす重要な元素である。その効果を発揮するための硼化物量(体積分率)を確保するためには2%以上必要であり、一方、鋼中の固溶限を考慮すると5%以下となる。このため、B含有量を2〜5%とする。
【0024】
Sb:0.001〜0.01%
Sbは本発明における重要な制御因子のひとつであり、0.001%以上含有することで熱間加工中のスケールの密着性が格段に向上する。一方、0.01%を超えても効果が飽和するほか、熱間での加工性自体が低下する。このため、Sb含有量を0.001〜0.01%とする。熱間加工中のスケールの密着性を向上させる効果は0.003%以上で特に大きくなるので0.003%以上が好ましい。
【0025】
Zr:0.02〜0.40%
Zrは、本発明においてはTiよりも優先して炭化物や窒化物を形成させ、Ti硼化物を形成させやすくする働きをする。その効果を得るためには、Zr含有量を0.02〜0.40%とする。
【0026】
Nb:0.02〜0.40%
Nbは、本発明においては、Zrと同様、Tiよりも優先して炭化物を形成させ、Ti硼化物を形成させやすくする働きがあり、その程度はZrに次いで大きい。また、Nb添加は再結晶遅延によるフェライト粒微細化の効果もある。このため、Nbを添加してもよい。Nbを添加する場合には、上記効果を得るために、その含有量を0.02〜0.40%とする。
【0027】
Cr:1.0%以下
Mo:0.5%以下
W:1.0%以下
Cr、Mo、Wはいずれも鋼の高強度化に有効な元素であり、必要に応じて含有させてもよい。しかし、Cr、Mo、Wがそれぞれ1.0%、0.5%、1.0%を超えると高温での材料強度が高くなり、圧延性が低下したり、プレス加工性が低下したりするため、Cr含有量を1.0%以下、Mo含有量を0.5%以下、W含有量を1.0%以下とする。上記効果を有効に発揮させるためには、Cr含有量を0.15%以上、Mo含有量を0.1%以上、W含有量を0.05%以上とすることが好ましい。
【0028】
REM:100ppm以下
REMは、微量含有させることで熱間加工中のスケールの密着性が格段に向上するため、必要に応じて含有させてもよい。しかし、その含有量が100ppmを超えても効果が飽和するばかりか、熱間での加工性自体が低下する。このため、REMの含有量を100ppm以下とする。上記効果を有効に発揮させるためには、REMの含有量を2ppm以上とすることが好ましい。
【0029】
上記以外の残部の成分組成は不可避的不純物およびFeからなる。
【0030】
[組織]
本実施形態では鋼板の成分組成を上記の範囲とした上で、鋼板のミクロ組織を平均粒子径50μm以下の硼化物を含み、かつフェライトの平均結晶粒径が30μm以下となるようにすることが好ましい。これらが、ダイクエンチで作製された部材に高剛性を付与するための有効な因子となる。
【0031】
硼化物の平均粒子径(サイズ)が50μmを超えると、素材として靭性が低くなる傾向となるだけでなく、プレス等成形加工時の割れの起点にもなりやすくなる。一方、剛性には体積率、すなわち母相(マトリックス)中に析出して存在する硼化物の割合(等方材とすれば、ある断面視野における面積率と等価)が寄与するのみで、その個々のサイズの制約はない。硼化物をナノサイズに微細分散させると析出強化にも効果がある。フェライト粒径に関しては、素材の靭性維持と強度の観点から平均結晶粒径は、30μm以下が好ましい。ミクロ組織の構成については、フェライト単相のマトリックス中に、上記平均粒子径の硼化物が分散した組織を基本とし、残部組織としてベイナイトやパーライト、マルテンサイトなどが体積率で5%以内で含まれていても特性に影響はないのでよい。
【0032】
[製造方法]
次に、好ましい製造方法について説明する。
上記成分組成の鋼を溶製し、鋳造し、熱間圧延してダイクエンチ用熱延鋼板を製造するにあたり、鋳造の際の冷却速度を、凝固〜950℃間の温度域を平均で5℃/s以上とし、熱間圧延時の鋼塊またはスラブの再加熱温度を1200℃以上とするとともに、熱間圧延時のコイル巻取り温度を550℃以上とする。
【0033】
凝固〜950℃の温度域の平均冷却速度を5℃/s以上とするのは、高剛性化の観点から、TiB
2の析出を促進させるためである。そのために、凝固〜950℃の温度域の平均冷却速度を5℃/s以上とした。これにより、過冷却状態となってδフェライト相あるいはγオーステナイト相中での炭化物析出が抑制される。
【0034】
熱間圧延を施す際は、スラブ中に析出したTiB
2がスラブの剛性を既に高めているため、熱延負荷を下げる観点で、高温での再加熱が望ましく、再加熱温度の下限を1200℃とした。
【0035】
コイル巻取り温度を550℃以上としたのは、熱延鋼板の組織のマトリックス部分がフェライト単相となるようにするためである。
【0036】
これ以外の製造条件については、通常の熱延鋼板の製造方法に従えばよい。また、熱延鋼板については酸洗材(熱間圧延後、酸洗を施して表面の酸化スケールを除去した状態の熱間圧延材)が一般的であるが、ダイクエンチ前の素材が熱間圧延まま材(熱間圧延後、鋼板表面に酸化スケール皮膜が形成された状態の熱間圧延材)であっても本発明の効果は発揮される。
【0037】
また、省エネルギおよび生産効率の観点から、鋳造したスラブをそのまま熱間圧延に供することも問題ない。
【実施例】
【0038】
以下、本発明の実施例について説明する。
表1に示す成分組成の鋼を溶製し、鋳型注入(凝固)から950℃の温度域の冷却速度が平均で7℃/sとなるように鋳造し、スラブとした。このスラブをスラブ再加熱温度(SRT)1250℃で再加熱し、熱間圧延した。得られた鋼帯をコイル巻取りする際のコイラー直前での温度(巻取温度)が620℃となるようにして巻取り、熱延鋼板を作製した。表1の鋼A〜C、F〜I、K〜Mは成分組成が本発明の範囲内の本発明例であり、鋼D、E、Jは本発明の範囲から外れる比較例である。
【0039】
これら熱延鋼板から試料を切出し、板厚断面を3%Nital腐食液で腐食させて光学顕微鏡にて組織観察を行った。そして、表1の各鋼について組織写真からフェライト平均結晶粒径およびTiB
2析出物の平均粒子径を測定した。
図1は、本発明例である表1の鋼Bの組織写真であり、フェライト単相中にTiB
2が析出しているのがわかる。フェライトの平均結晶粒径およびTiB
2の平均粒子径の測定方法は、圧延方向に平行な板厚断面(L断面)について、光学顕微鏡を用いて微視組織を倍率50〜400倍で撮像し、JIS G 0552に準じた切断法により公称粒径d n として求めた。また、析出物の同定(TiB
2の同定)は、走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、EDX分析(エネルギー分散型X線分析)による元素分析およびX線回折法による同定により行なった。
【0040】
得られた鋼板から試験板を採取し、大気雰囲気中で950℃×10minの加熱保持を施したのち、水冷金型を用いて高さ70mm×幅70mm(中央部)×長さ300mmのハット状に成形するダイクエンチを施し、
図2に示す成形品(ダイクエンチ加工品)を得た。得られた成形品について、表面外観を目視で観察して表面欠陥の有無を調査し、スケールの密着性について評価した。スケール密着性が悪いために生じた欠陥として、幅が1mm以上で長さが10mm以上の表面欠陥が1箇所以上ある場合を×とし、このような表面欠陥がなく、スケール密着性が良好な場合を○として評価した。さらに、得られた成形品のハット底部から試料を切出してヤング率と引張強度を測定した。引張強度は、JIS Z 2201の規定に準拠してJIS 5号試験片を採取し、JIS Z 2241(2007年)の規定に準拠して引張試験を実施して、ダイクエンチ後の素材(鋼板)の引張強さTSとして求めた。ヤング率は、
図2に示す、圧延方向(L方向)、圧延直角方向(C方向)および圧延対角方向(D方向)の3方向について、幅10mm×長さ60mmのサイズで試料を切出し、表面および端面研削をした試料を作製し、横振動型の共振周波数測定装置を用いてAmerican Society for Testing Materialsの基準(C1259、2007年)に従いヤング率E(GPa)を測定した。このヤング率Eの値を試験片の体積および重量から計算した密度(g/cm
3)で除して、比ヤング率を算出した。これらの評価結果を表2にまとめて示す。
【0041】
表2にフェライト平均結晶粒径、TiB
2平均粒子径、引張強度TS、3方向の比ヤング率、およびスケール密着性の評価結果をまとめて示す。
【0042】
表2に示すように、本発明例では、熱間加工時の耐スケール剥離性が優れており表面欠陥の発生が認められず(評価○)、また集合組織制御では達成が難しかった高いヤング率が等方的に得られ、L方向、C方向、D方向のいずれの比ヤング率も31GPa/(g/cm
3)以上となると同時に、3方向の比ヤング率の差がそれぞれ3GPa/(g/cm
3)以内に収まる、所謂等方性が得られており、かつ、成形品の高強度化が実現されていることが確認された。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明は、主に自動車の構造骨格部品での軽量化に大きな貢献が期待される。