(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6048104
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20161212BHJP
C22C 38/16 20060101ALI20161212BHJP
C22C 38/60 20060101ALI20161212BHJP
C21D 8/02 20060101ALN20161212BHJP
【FI】
C22C38/00 301F
C22C38/16
C22C38/60
!C21D8/02 A
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-271205(P2012-271205)
(22)【出願日】2012年12月12日
(65)【公開番号】特開2013-151741(P2013-151741A)
(43)【公開日】2013年8月8日
【審査請求日】2015年2月23日
(31)【優先権主張番号】特願2011-284493(P2011-284493)
(32)【優先日】2011年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165951
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 憲悟
(72)【発明者】
【氏名】小森 務
(72)【発明者】
【氏名】面田 真孝
(72)【発明者】
【氏名】釣 之郎
(72)【発明者】
【氏名】村瀬 正次
(72)【発明者】
【氏名】星野 俊幸
【審査官】
田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】
特許第5862323(JP,B2)
【文献】
特開2003−213367(JP,A)
【文献】
特開2005−290479(JP,A)
【文献】
特開2000−017381(JP,A)
【文献】
特開2008−274379(JP,A)
【文献】
特開2008−208452(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.01〜0.20%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.10〜2.0%、
P:0.025%以下、
S:0.035%以下、
Al:0.005〜0.10%、
Cu:0.01〜1.0%および
Ni:0.01〜1.0%
を含有し、かつ
Mo:0.01〜0.50%および
W:0.01〜0.50%
のうちから選んだ1種または2種を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項2】
さらに、質量%で、Sb:0.01〜0.50%を含有することを特徴とする請求項1に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項3】
さらに、質量%で、Nb:0.001〜0.050%およびTa:0.001〜0.10%のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする請求項1に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項4】
さらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.010%を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【請求項5】
さらに、質量%で、V:0.002〜0.20%、Ti:0.001〜0.030%およびZr:0.001〜0.10%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、石炭船、石炭・鉱石兼用船ホールドに用いられる耐食性に優れた鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ばら積み貨物船において、1990年代初頭に海難事故が相次いで発生し、国際問題となった。特に、石炭船や石炭・鉱石兼用船での事故が数多く報告されており、その原因の大部分は船倉(以下、「ホールド」とも言う)内での損傷であった。ばら積み貨物船では、積荷を直接ホールドに積載するため、腐食性の積荷の影響を受け易く、船倉内の腐食、特に石炭船、石炭・鉱石兼用船の船倉内の側壁部での孔食により、局所的に強度が減少することが問題と考えられている。この孔食が著しく進行した事例や、船の強度を確保する肋骨部分の板厚が極端に減少している事例が報告されている。
【0003】
上記したような孔食の発生するばら積み貨物船の側壁部は、シングルハルとなっていて、積荷と海水とは鋼材一枚で隔てられているだけである。
ホールド内の温度は、石炭が有する自己発熱性により上昇するため、海水と船倉内の温度差により、船倉側壁部には結露水が生じやすい。船倉側壁部に結露水が生じた場所では、石炭の硫黄成分が溶け出し、結露水と反応して硫酸を生成するので、船倉内は硫酸腐食が生じやすい低pH環境となっている。
【0004】
このような船倉内の腐食対策として、船倉内には変性エポキシ系塗装が被覆厚さ約150〜200μmで施されている。しかし、石炭や鉱石によるメカニカルダメージや積荷搬出の際の重機による傷・磨耗により、塗装が剥がれる場合が多いため、十分な防食効果が得られていない。
【0005】
そこで、さらに腐食対策として、定期的に再塗装を行ったり、一部補修する方法が採られているが、このような方法は、非常に大きなコストがかかるため、船舶のメンテナンス費用を含めて、ライフサイクルコストの低減が課題となっている。
【0006】
ところで、船舶用の耐食鋼としては、カーゴオイルタンク用やバラストタンク用に開発された鋼が知られている。しかし、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド使用環境は、腐食環境(温度、湿度、腐食性物質など)の違い、および内容物によるメカニカルダメージの有無などの点で、カーゴオイルタンクやバラストタンク使用環境と全く異なっている。このため、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の鋼としては、独自の材料設計や特性評価が必要とされる。
【0007】
石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用途に言及した従来技術としては、特許文献1、2および3が知られている。すなわち、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド使用環境下での造船用耐食鋼の成分組成として、特許文献1にはCuおよびMgを必須成分組成とする鋼材が、また特許文献2にはCu,NiおよびSnを必須成分組成とする鋼材が、さらに特許文献3には、コストの改善を加味して、CuおよびSnを必須成分組成とした鋼材が、それぞれ開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2000-17381号公報
【特許文献2】特開2007-262555号公報
【特許文献3】特開2008-174768号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記特許文献1に示された鋼材は、船舶外板、バラストタンク、カーゴオイルタンク、鉱炭船カーゴホールド等の使用環境で優れた鋼材と記載されている。しかし、この特許文献1では、鋼材の耐食性の評価方法として、カーゴオイルタンクとバラストタンクの腐食試験結果が示されているだけで、その試験結果については良好であることが掲げられているが、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド使用環境を考慮した試験結果については示されていない。
【0010】
前述したとおり、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内環境は、カーゴオイルタンクやバラストタンク内の環境と全く異なっている。
すなわち、ホールド内には塗装が施されているものの、石炭や鉱石は直接ホールドに積載されるため、ホール内の鋼材は石炭や鉱石によるメカニカルダメージを受ける。そのため、ホールド内の塗膜は剥がれやすい状況にあり、鋼材が直接腐食環境に曝される。
また、石炭の自己発熱性によりホールド内の温度は上昇する。一方、船側外板は海水と接しているため、海水と船倉内の温度差により、船倉側壁部は結露水に起因する乾湿繰返し環境にある。そして、この結露水と石炭に含まれる硫黄成分とが反応し、希硫酸が生じることが日本海事協会により報告されている。
【0011】
これに対して、カーゴオイルタンクの上甲板裏面は、防爆のためにタンク内に吹き込まれるイナートガス中に含まれるO
2,CO
2,SO
2や原油から揮発するH
2S等の腐食性ガス環境に曝される。底板は、原油由来の保護性フィルムがあるものの、お椀型の局部腐食が生じる環境に曝される。
また、バラストタンクは積荷がない時には、海水を注入して船舶の安定航行を可能にする役目を担うものであり、極めて厳しい腐食環境下におかれている。すなわち、バラストタンクの上甲板の裏側は、海水に浸からず、海水の飛沫を浴びる状態におかれているため、このような部位では電気防食が機能しない。さらに、この部位は、太陽光によって鋼材の温度が上昇するため、厳しい腐食環境となり、激しい腐食を受ける。また、バラストタンクの側壁面や底面は、海水に完全に浸漬されている場合には電気防食が働くものの、バラストタンクに海水が注入されていない場合には電気防食が全く働かないため、乾湿繰り返し環境と残留付着塩分の作用によって、激しい腐食を受ける。
【0012】
上述したとおり、カーゴオイルタンクやバラストタンクと石炭船、石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食環境は全く異なっている。しかるに、特許文献1では、カーゴオイルタンクとバラストタンクに対する評価のみで、石炭船や石炭・鉱石兼用船にも特許文献1で示される鋼材が適応可能と述べているが、石炭船、石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食環境でも十分な耐食性が得られるというには問題がある。
【0013】
また、特許文献2,3では、石炭船や石炭・鉱石兼用船の環境を模擬した塗膜下腐食を評価し、耐食性に優れた鋼材を示している。しかしながら、ホールド内の塗装は石炭や鉱石によるメカニカルダメージで剥離しやすい状況にあるため、塗膜がない状態での鋼材の腐食の評価が重要となるが、この点については記載されていない。
すなわち、特許文献2,3では、ホールド使用環境下では不可避といえる石炭や鉱石によるメカニカルダメージで剥離しやすい状況を想定した評価試験を行っていない。
【0014】
上述したとおり、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールドに用いられる耐食性に優れた鋼材の開発には、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド特有の腐食環境を考慮すると同時に、塗膜が剥離して塗膜がない状態での鋼材の腐食の評価が重要なのであるが、従来技術ではこの点について考慮が払われていなかった。
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド特有の腐食環境を考慮し、乾湿繰返し環境かつ低pH環境下において、塗膜剥離後の腐食を抑制することができる石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
一般に、船舶は、厚鋼板や薄鋼板、形鋼、棒鋼等の鋼材を溶接して建造されており、かかる鋼材の表面に防食塗膜が施されて使用される。しかし、石炭船、石炭・鉱石兼用船ホールド環境では、石炭・鉱石のメカニカルダメージで塗装は剥がれやすい状況にあるため、鋼材は乾湿繰返し環境かつ低pH環境下に曝される。したがって、塗膜剥離後も耐食性の発揮できる鋼材の開発が望まれている。
【0016】
そこで、本発明者らは、石炭船、石炭・鉱石兼用船ホールド内の環境を模擬したラボ試験を開発し、その試験法を用いて各合金元素の影響を検討した。
その結果、Cu,Ni,Sbの添加で石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド内塗膜剥離後の鋼材の耐食性が向上することを見出した。しかしながら、Sbは環境負荷物質であり、今後Sb含有量が規制されていく可能性が高い。
【0017】
そこで、Sbに代わる成分について種々検討を加えた。
その結果、Mo,Wを添加すると、それらの酸素酸により錆中のアニオン透過が抑制されると共に、FeMoO
4やFeWO
4といった難溶性の腐食生成物が形成されて、耐食性が向上することの知見を得た。
本発明は、上記の知見に立脚するものである。
【0018】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、
C:0.01〜0.20%、
Si:0.01〜0.50%、
Mn:0.10〜2.0%、
P:0.025%以下、
S:0.035%以下、
Al:0.005〜0.10%、
Cu:0.01〜1.0%および
Ni:0.01〜1.0%
を含有し、かつ
Mo:0.01〜0.50%および
W:0.01〜0.50%
のうちから選んだ1種または2種を含有し、残部はFeおよび不可避的不純物からなることを特徴とする石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【0019】
2.さらに、質量%で、Sb:0.01〜0.50%を含有することを特徴とする前記1に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【0020】
3.さらに、質量%で、Nb:0.001〜0.050%およびTa:0.001〜0.10%のうちから選んだ1種または2種を含有することを特徴とする前記
1に記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【0021】
4.さらに、質量%で、Ca:0.0005〜0.010%を含有することを特徴とする前記1〜3のいずれかに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【0022】
5.さらに、質量%で、V:0.002〜0.20%、Ti:0.001〜0.030%およびZr:0.001〜0.10%のうちから選んだ1種または2種以上を含有することを特徴とする前記1〜4のいずれかに記載の石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド用の耐食鋼。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、石炭船、石炭・鉱石兼用船ホールド内の乾湿繰返し環境かつ低pH環境下において、優れた耐食性を発揮させることができ、その結果、メンテナンス費用を抑え、船舶のライフサイクルコストを低減させることのできる耐食性に優れた鋼材を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】石炭腐食試験の温湿度サイクルチャートを示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を具体的に説明する。
まず、本発明において、鋼材の成分組成を前記の範囲に限定した理由について説明する。なお、以下の成分組成を表す%は、特に断らない限り質量%を意味するものとする。
C:0.01〜0.20%
Cは、鋼の強度を上昇させるのに有効な元素であり、本発明では所望の強度(490〜620MPa)を得るために0.01%以上含有させる。一方、0.20%を超える含有は、溶接性および溶接熱影響部の靭性を低下させる。よって、Cは0.01〜0.20%の範囲とする。好ましくは0.05〜0.15%の範囲である。
【0026】
Si:0.01〜0.50%
Siは、脱酸剤として添加される、また鋼の強度を高める元素であり、本発明では0.01%以上を含有させる。しかしながら、0.50%を超える添加は、鋼の靱性を劣化させるので、Siの上限は0.50%とする。加えてSiは酸性環境下で、防食皮膜を形成して耐食性を向上させる。この効果を得るには、好ましくは0.02〜0.15%の範囲である。
【0027】
Mn:0.10〜2.0%
Mnは、低コストで鋼の強度を上げることができ、さらに熱間脆性を防止する効果があるので、0.10%以上含有させる。しかしながら、2.0%を超える添加は、鋼の靱性および溶接性を低下させるため、Mnは2.0%以下とする。なお、強度の確保と介在物抑制の観点から、好ましくは0.8〜1.4%の範囲である 。
【0028】
P:0.025%以下
Pは、粒界に偏析することで、鋼の母材靱性のみならず、溶接性および溶接部靱性を劣化させる有害な元素であるので、できるだけ低減することが望ましい。特に、P含有量が0.025%を超えると、母材靱性および溶接部靱性の低下が大きくなる。よってP量は0.025%以下とする。
【0029】
S:0.035%以下
Sは、Cuと金属間化合物Cu
2Sを生成し、耐硫酸性を向上させる。しかしながら、Mnと局部腐食の起点となるMnSを形成し、耐局部腐食性を低下させ、さらに鋼の靱性および溶接性を劣化させる有害な元素であるので、本発明ではS量は0.035%以下とした。
【0030】
Al:0.005〜0.10%
Alは、脱酸剤として添加される。このためには0.005%以上の含有を必要とするが、0.10%を超える含有は溶接した場合に、溶接金属部の靱性を低下させる。よってAl量は0.005〜0.10%の範囲とした。
【0031】
Cu:0.01〜1.0%
Cuは、腐食生成物を緻密にし、地鉄へのH
2O,O
2および各種イオンの拡散を抑制することで、鋼の耐食性を向上させる。この効果は、0.01%以上の含有で発現するが、添加量が1.0%を超えると溶接性や母材の靭性が低下する。そのため、Cu量は0.01〜1.0%の範囲に制限した。好ましくは0.09〜1.0%の範囲、より好ましくは0.15〜1.0%の範囲である。
【0032】
Ni:0.01〜1.0%
Niは、Cuと同様、腐食生成物を緻密にし、地鉄へのH
2O,O
2,Cl
-等の拡散を抑制することで、鋼の耐食性を向上させる。この効果は、0.01%以上の含有で発現するが、添加量が1.0%を超えると効果が飽和するだけでなく、コストも上昇する。また、Niは、Cu添加による圧延割れを防ぐ効果もある。以上のことから、Niは0.01〜1.0%の範囲に制限した。好ましくは0.05〜0.9%の範囲、より好ましくは0.10〜0.7%の範囲である。
【0033】
0.1≦Ni/Cu<1.0
上述したとおり、CuおよびNiは同様の効果で耐食性の改善に寄与するが、石炭船での腐食に関しては、Cuの孔食抑制による改善効果の方が大きく、またコスト的にもCu量を増やしてNi量を減らす方が経済的である。
一方、圧延割れなどの製造性の観点からはNi量を増やすことが有利であるが、この圧延割れの改善効果は、Cu量に対してNi/Cu≧0.1で効果が現れ始め、Ni/Cu=0.7程度で十分な効果が発現し、Ni/Cu≧1.0になると効果は飽和してしまう。また、Ni/Cu≧1.0では石炭船の耐食性が劣化する場合がある。
従って、NiおよびCuは、0.1≦Ni/Cu<1.0を満足する範囲で添加することが好ましい。特に圧延割れ改善の観点からはNi/Cu≧0.5とするのが望ましい。
【0034】
Mo:0.01〜0.50%およびW:0.01〜0.50%のうちから選んだ1種または2種
Mo,Wはそれぞれ、耐酸性に優れた元素で、裸材さらには塗膜下腐食を抑制する効果も有している。これらの元素は、母材から溶出した際に酸素酸を形成し、これらがアニオンを電気的に反発させ、アニオンが地鉄表面まで侵入することを防止して、耐食性を向上させる。さらに、MoおよびWは、FeMoO
4やFeWO
4といった難溶性の腐食性物質を形成することで耐食性を向上させる。しかし、Mo,W含有量がそれぞれ0.01%に満たないとその添加効果に乏しく、一方0.50%を超えて添加しても効果が飽和するだけでなく、むしろコスト高となるため、Mo,W量はそれぞれ0.01〜0.50%の範囲とした。
【0035】
以上、基本成分について説明したが、本発明では、必要に応じて、以下に述べる元素を適宜含有させることができる。
Sb:0.01〜0.50%
Sbは、鋼材に合金元素として含有させると、低pH環境においてSbとして錆層の地鉄近傍に析出する。Sbは大きな水素化電圧を持つため、Sbが析出した部分では水素発生反応が抑制され、耐食性が向上する。また、Cuと金属間化合物であるCu
2Sbを形成することで、さらに耐食性が向上する。一方、Sbは0.50%を超えて添加すると靭性を低下させる。よって、Sbは0.01〜0.50%の範囲に制限した。
【0036】
Nb:0.001〜0.050%およびTa:0.001〜0.10%のうちから選んだ1種または2種
Nbは、酸化皮膜Nb
2O
5を生成して耐酸性を向上させるだけでなく、鋼の強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて選択して含有させることができる。また、このような効果を得るためには、Nbは0.001%以上含有させる必要があるが、0.050%を超えて添加すると靱性が低下するため、上記の範囲で含有させるものとした。
また、Taも、Nbと同様、酸化皮膜Ta
2O
5を生成して耐酸性を向上させるだけでなく、鋼の強度を高める元素であるので、必要とする強度に応じて選択して含有させることができる。このような効果を得るためには、Taは0.001%以上含有させる必要があるが、0.10%を超えて添加すると靱性が低下するため、上記の範囲で含有させるものとした。
【0037】
Ca:0.0005〜0.010%
Caは、数ppm〜100ppm程度の添加で腐食界面のpHを上昇させる効果があるため、石炭腐食環境のような硫酸環境では腐食抑制効果が認められる。また、Caは、介在物の形態を制御して鋼の延性および靱性を高める元素である。このような効果を発揮させるためには、Caは少なくとも0.0005%含有させる必要がある。しかし、過度に添加すると、粗大な介在物を形成し母材の靱性を劣化させるので、Ca量の上限は0.010%とした。
【0038】
V:0.002〜0.20%、Ti:0.001〜0.030%およびZr:0.001〜0.10%のうちから選んだ1種または2種以上
V,Ti,Zrはいずれも、鋼の強度を高める元素であり、必要とする強度に応じて選択して含有させることができる。このような効果を得るためには、Vは0.002%以上、Tiは0.001%以上、Zrは0.001%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Vは0.20%、Tiは0.030%、Zrは0.10%を超えて添加すると靱性が低下するため、V,Ti,Zrはそれぞれ、上記の範囲で含有させることが好ましい。
【0039】
本発明における成分組成のうち、上記以外の成分はFeおよび不可避的不純物である。ただし、本発明の効果を害さない範囲内であれば、上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0040】
次に、本発明に係る耐食鋼材の好適製造方法について説明する。
連続鋳造などにより得られた鋼材を、そのまま、あるいは一旦冷却後、加熱したのち、熱間圧延を行う。耐食性を発揮させるための熱処理条件は問わないが、機械的特性からは適切な圧下比を確保する必要がある。熱間圧延の際、圧延後の冷却速度を制御することで、引張強さ:490MPa級以上の鋼材を製造することができる。例えば、仕上温度を750℃以上とし、その後150℃/min以上の冷却速度で600℃以下まで冷却することが好ましい。仕上げ温度が750℃未満では変形抵抗が大きくなって形状不良が生じやすく、また冷却速度が150℃/min未満では490MPa級以上の強度が得られ難い。
【実施例】
【0041】
表1に示す成分になる鋼を、真空溶解炉で溶製または転炉溶製後、連続鋳造によりスラブとした。ついで、スラブを加熱炉に装入して1200℃に加熱後、仕上圧延終了温度:800℃の熱間圧延により25mm厚の鋼板とした。
【0042】
本発明者らは、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食でもっとも船舶の破壊に影響を与える孔食発生のメカニズムを調査したところ、次のとおりであった。
すなわち、ばら積み貨物船の側壁部は、シングルハルとなっていて、積荷と海水とは鋼材1枚を隔てているだけである。そのため、海水と船倉内の温度差により、船倉側壁部には結露水が生じ、鋼材及び石炭表面が濡れ、石炭表面に吸着しているH
2SO
4由来の物質が水膜に滲出する。メニスカスを形成する石炭下で孔食が進展し、メニスカス部分では、鋼材の腐食にH
+が消費されていくため、H
+濃度が減少していく。一方、石炭表面にはH
+が多く存在するため、石炭表面とメニスカス部分でH
+濃度の差が生まれる。その化学ポテンシャルの差を駆動力とし、メニスカス部分に石炭表面からH
+が供給されると考えられる。そして、乾燥過程で未反応のH
+は再び石炭表面に固着し、次の結露過程で腐食反応に使用され、この過程が長期的なサイクルで起こり、メニスカス部分で腐食がより進行し、孔食が形成されていく。
本メカニズムを基に、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の孔食を実験室的に模擬すべく以下の条件とした。
【0043】
前記鋼板から、5mmt×50mmW×75mmLの試験片を採取し、その試験片の表面をショットブラストして、表面のスケールや油分を除去した。この面を試験面とすることにより、塗膜剥離後の鋼材の耐食性を評価した。裏面と端面をシリコン系シールでコーティングした後、アクリル製の治具に嵌め込み、その上に石炭5gを敷き詰め、低温恒温恒湿器により、
図1に示すように、雰囲気A(温度:60℃、湿度:90%、20時間)と雰囲気B(温度:30℃、湿度:95%、3時間)を遷移時間:0.5時間で繰り返す温湿度サイクルを84日間与えた。なお、石炭は50gを秤量し、常温で100mlの蒸留水に2時間浸漬したのち、ろ過を行い、200mlに希釈した石炭浸出液のpHが3.0になるものを用いた。本実施例は、こうした条件で試験を行うことにより、石炭船および石炭・鉱石兼用船のホールド内の腐食に大きな影響を及ぼす温湿度環境、結露状況を模擬している。試験後、錆剥離液を用い、各試験片の錆を剥離し、鋼材の重量減少量を測定して腐食量とした。また、生じた最大孔食深さをデプスメーターを用いて測定した。
得られた結果を表2に示す。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
No.1〜23に示す本発明例は、No.24に示す比較例に比べて、腐食量で13〜22%、最大孔食深さで18〜44%低減している。一方、No.25,26から、Ni単独では耐食性向上は確認できず、またNo.30のSn単独添加でも耐食性向上は見られなかった。さらに、No.27〜29のCr添加では、腐食量、最大孔食深さが共に大きくなり、Crが耐食性を劣化させたことが分かる。よって、本発明では、Crは不可避的不純物の範囲までとし、0.050%以下であることが好ましい。なお、比較例で示すように、Sbの代わりにSnを含有させても腐食減量および最大孔食深さを抑制する効果はない。さらに、Snは、Cuと共存するとCuの融点を下げ、さらに鉄への固溶度も下げるため、Cuが鋼材表面の粒界に析出し、熱間割れを引き起こす。そのため、Snの添加は行わず、不可避的不純物レベルとし、0.005%未満とすることが好ましい。
【0047】
以上、本発明の効果が確認された。本実施例では、石炭船および石炭・鉱石兼用船ホールド内の環境を模擬した試験法として
図1に示した方法に拠ったが、実際にホールド内に設置して評価した場合と極めて整合性がある結果が得られている。なお、雰囲気A,Bの条件、遷移時間、サイクル数、石炭の調整方法および石炭浸出液のpHの値等の条件は、上述の例に限られるものではなく、鋼材のホールド使用環境に応じて、適宜変更することができるのは言うまでもない。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明の鋼材を用いれば、石炭や鉱石のメカニカルダメージにより塗膜が剥離し易く、さらに乾湿繰返し環境かつ低pH環境下にある石炭および石炭・鉱石兼用船ホールドにおいて、腐食を効果的に抑制することができ、ひいては船舶のライフサイクルコストの低減を図ることができる。