(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
A.実施形態:
A1.装置構成:
図1は、本発明の一実施形態における印刷装置としてのプリンター10の概略構成を示す図である。本実施形態のプリンター10は、印刷ヘッドの主走査を伴わずに印刷を行ういわゆるラインヘッド型のプリンターである。プリンター10は、制御ユニット100と、ヘッドユニット200と、搬送機構300と、を備えている。本実施形態のプリンター10は、比較的遅い印刷速度で高画質印刷を行う第1印刷モードと、比較的早い速度で印刷を行う第2印刷モードと、によって、印刷可能である。
【0017】
ヘッドユニット200は、複数のノズルユニット210を備える。ノズルユニット210は、隣接するノズル同士の間隔が最大印刷幅にわたって一定となるように、千鳥状に配置されている。ノズルユニット210は、複数のノズルを備える。複数のノズルは、印刷媒体RMの搬送方向yと交差する媒体幅方向xに千鳥状に配列された、ノズル列を構成する。各ノズル列を構成する複数のノズルは、ノズル列方向に沿って千鳥状に並んで配置されている必要はなく、例えば、ノズル列方向に沿って一直線上に並んで配置されていてもよい。
【0018】
ノズルは、ヘッドユニット200に接続されたインクカートリッジ(図示しない)に収容されるインクを吐出する。ノズルユニット210は、ノズルに至る内部のインク通路に、圧電素子を備える。圧電素子は、圧電素子に印加される電圧に応じて、各ノズルから吐出するインク滴の量を制御する。こうして一吐出あたりのインク滴の量を変更することで、プリンター10は、印刷媒体RM上に異なる種類のサイズのドットを形成することができる。本実施形態では、プリンター10は、小ドットと中ドットと大ドットの3種類のサイズのドットを形成することができる。小ドットは本願の「第1のドット」に相当し、中ドットは本願の「第2のドット」に相当する。
【0019】
搬送機構300は、媒体送りモーター(図示しない)と搬送ベルト(図示しない)とを備える。媒体送りモーターは搬送ベルトを駆動させる。搬送ベルトは、媒体送りモーターによる駆動によって、ヘッドユニット200の最大印刷幅内において、上流側から下流側へ、印刷媒体RMを搬送する。
【0020】
制御ユニット100は、CPUとROMとRAMとEEPROMと(すべて図示しない)がバスで相互に接続されて構成されている。制御ユニット100は、ROMやEEPROMに記憶されたプログラムをRAMに展開して実行することにより、例えば、搬送機構300やヘッドユニット200等のプリンター10の各部の動作を制御する。また、制御ユニット100は、画像取得部102、変換部104、形成部108、としても機能する。これらの各機能部が行う処理については後述する。なお、CPUが実現する機能の少なくとも一部は、制御ユニット100が備える電気回路がその回路構成に基づいて動作することによって実現されてもよい。
【0021】
A2.印刷処理:
第1印刷モードがユーザによって指定された場合、制御ユニット100は、以下の(A)〜(E)を実行することによって、印刷を行う。
A)第1テーブル111によってノズルデューティ(トータルデューティ)を決定する。
B)印刷媒体RMとヘッドユニット200との間の距離を、第2印刷モードより狭くする。
C)インクの吐出速度を、第2印刷モードより遅くする。
D)ヘッドユニット200と印刷媒体RMとの単位時間当たりの最大の相対移動速度を、第2印刷モードよりも遅くする。
E)ヘッドユニット200からインクを吐出する吐出周波数を、第2印刷モードよりも低くする。
【0022】
具体的には、印刷処理は、以下の手順によって行われる。印刷処理の開始に際して、ユーザーは、印刷速度が対応づけられた印刷モードを指定する(ステップS10)。本実施形態では、ユーザーは、第1の印刷モードおよび第2の印刷モードのいずれかの印刷モードを指定することができる。第2の印刷モードは、第1の印刷モードよりも速い速度で印刷を行うモードである。例えば、ユーザーは、印刷速度を重視するのであれば第2の印刷モードを指定することができ、解像度を重視するのであれば第1の印刷モードを指定することができる。
【0023】
ユーザーによって印刷モードが指定されると、CPUは、画像取得部102の処理として、プリンター10に接続されたパーソナルコンピューター(図示しない)やプリンター10に挿入されたメモリーカード(図示しない)等からRGB形式の画像データを取得する(ステップS20)。画像データを取得すると、CPUは、変換部104の処理として、EEPROMに備えられた色変換ルックアップテーブル(図示しない)を用いて、RGB形式の画像データをプリンター10で使用するシアンC、マゼンタM、イエローY、ブラックKの各色の階調値を表す多階調データに変換する(ステップS30)。
【0024】
次に、CPUは、変換部104の処理として、選択された印刷モードに基づいて、記憶部110のなかからテーブルを選択する(ステップS40)。変換部104は、第1の印刷モードが選択されている場合には、第1テーブル111を選択し(ステップS50)、第2の印刷モードが選択されている場合には、第2テーブル112を選択する(ステップS60)。それぞれのテーブル111,112については、後述する。CPUは、変換部104の処理として、選択されたテーブルに基づいて、多階調データに変換された画像データを、小ドットと中ドットと大ドットとのON/OFFデータに変換する(ステップS70)。
【0025】
次に、CPUは、形成部108の処理として、インターレース処理を行う(ステップS80)。インターレース処理を行うと、CPUは、形成部108の処理として、媒体送りモーター、印刷ヘッド210等を制御して、印刷ヘッド210のノズルからインクを吐出させて印刷を実行する(ステップS90)。また、制御ユニット100は、選択された印刷モードに応じて、搬送機構300やヘッドユニット200等の動作を制御して、上述の(B)〜(E)を実行する。
【0026】
図2は、本実施形態において記憶部110に記憶されている、第1テーブル111を示す図である。
図3は、本実施形態において記憶部110に記憶されている、第2テーブル112を示す図である。それぞれのテーブルは、横軸を画像データの階調値とし、縦軸をその階調値を再現するために使用されるノズルの使用割合(ノズルDuty)を示すテーブルである。なお、本実施形態においては、画像データの階調値を、単数または複数の小ドットと、小ドットより大きい中ドットと、中ドットより大きい大ドットとを用いた面積階調法で再現している。本願における階調値とは、値が小さいほど薄く、値が大きいほど濃い色を表現したものであり、たとえば、黒インクで階調値が0と言った場合、黒インクを用いた面積階調により再現される色は白であり、黒インクで階調値が100と言った場合、黒インクを用いた面積階調により再現される色は黒であり、黒インクで階調値が50(最大値100)と言った場合、黒インクを用いた面積階調により再現される色はグレーとなる。本願におけるノズルデューティとは、階調値100を再現する場合に使用するノズル数を分母とし、再現しようとする階調で使用するノズル数を分子として表した値のことを指す。
図2および
図3中のプロファイルSDは小ドットのデューティを表しており、プロファイルMDは中ドットのデューティを表しており、プロファイルLDは大ドットのデューティを表している。
【0027】
図2に示す階調値M1(25%)は、第1テーブル111を用いる第1印刷モードにおいて、中ドットが使用され始める階調値であり、階調値L1(50%)は大ドットが使用され始める階調値である。
図3に示す階調値M2(10%)は、第2テーブル112を用いる第2印刷モードにおいて、中ドットが使用され始める階調値であり、階調値L2(45%)は大ドットが使用され始める階調値である。
【0028】
なお、
図2に示すように、第1テーブル111を用いる第1モードでは、階調値25%まで、小ドットが用いられ、中ドットが用いられない。この階調値0%から25%までは、本願の「第1印刷モード第1階調再現領域」に相当する。また、階調値25%から階調値50%までは、小ドットと中ドットとが用いられる。この階調値25%から50%までは、本願の「第1印刷モード第2階調再現領域」に相当する。また、階調値50%から階調値75%までは、中ドットおよび大ドットが用いられ、小ドットが用いられない。階調値50%から階調値75%までは、本願の「第1印刷モード第3階調再現領域」に相当する。
【0029】
同様に、
図3に示すように、第2テーブル112を用いる第2印刷モードでは、階調値10%まで、小ドットが用いられ、中ドットが用いられない。この階調値0%から10%までは、本願の「第2印刷モード第1階調再現領域」に相当する。また、階調値10%から階調値45%までは、小ドットと中ドットとが用いられる。この階調値10%から45%までは、本願の「第2印刷モード第2階調再現領域」に相当する。また、階調値45%から階調値75%までは、中ドットおよび大ドットが用いられ、小ドットが用いられない。階調値45%から階調値75%までは、本願の「第2印刷モード第3階調再現領域」に相当する。
【0030】
図2と
図3とを比較すると、第2テーブル112における階調値L2(45%)は、第1テーブル111における階調値L1(50%)よりも低い。また、第2テーブル112において中ドットが使用され始める階調値M2(10%)は、第11テーブル111において中ドットが使用され始める階調値M1(25%)よりも低い。
【0031】
さらに、第1テーブル111における小ドットのデューティのピークSP1はおおよそ100%であるのに対し、第2テーブル112における小ドットのデューティのピークSP2はおおよそ40%である。また、第1テーブル111における中ドットのデューティのピークMP2はおおよそ100%であるのに対し、第2テーブル112における中ドットのデューティのピークMP2はおおよそ40%である。すなわち、第2テーブル112における小ドットのデューティのピークSP2は、第1テーブル111における小ドットのデューティのピークSP1よりも低い。また、第2テーブル112における中ドットのデューティのピークMP2は、第1テーブル111における中ドットのデューティのピークMP1よりも低い。そのため、小ドットが最も多く記録されている階調値を単位面積あたりにおいて比較すると、第2印刷モードでは、第1印刷モードよりも小ドットが少なく記録される。また、中ドットが最も多く記録されている階調値を単位面積あたりにおいて比較すると、第2印刷モードでは、第1印刷モードよりも中ドットが少なく記録される。
【0032】
図2と
図3とを比較すると、小ドットのみを用いる第1階調再現領域では、以下の関係が成り立つ。
第1印刷モード第1階調再現領域>第2印刷モード第1階調再現領域・・・(1)
【0033】
また、小ドットを用いない第3階調再現領域では、以下の関係が成り立つ。
第1印刷モード第3階調再現領域<第2印刷モード第3階調再現領域・・・(2)
【0034】
図4は、第1テーブル111を用いる第1印刷モードにおける、階調値と小ドットと中ドットと大ドットのノズルデューティを合わせた合計のノズルデューティとを示す図である。
図5は、第2テーブル112を用いる第2印刷モードにおける、階調値と合計のノズルデューティとを示す図である。
図4と
図5とを比較するとわかるように、印刷速度が第1印刷モードよりも早い第2印刷モードでは、合計ノズルデューティを低下させた印刷が行われる。
【0035】
本実施形態のプリンターは、比較的高速な印刷を行う第2印刷モードでは、低速な印刷を行う第1印刷モードよりも低い階調値において、小ドットに代えて中ドットが記録され始め、中ドットに代えて大ドットが記録され始める。また、第2印刷モードでは、第1印刷モードに比べて、小ドットのデューティの最大値と中ドットのデューティの最大値とが低く制限される。そのため、比較的高速な印刷を行う第2印刷モードであっても、トータルデューティが低下するので、印刷画像に風紋が発生することを抑制することができる。
【0036】
また、本実施形態のプリンターは、第1印刷モードでは、さらに、(B)印刷媒体RMとヘッドユニット200との間の距離を、第2印刷モードより狭くし、(C)インクの吐出速度を、第2印刷モードより遅く制御し、(D)ヘッドユニット200と印刷媒体RMとの単位時間当たりの最大の相対移動速度を、第2印刷モードよりも遅くし、(E)ヘッドユニット200からインクを吐出する吐出周波数を、第2印刷モードよりも低くするように制御する。これら(B)〜(E)の制御によって、印刷画像に風紋が発生することを抑制することが可能となる。そのため、高画質な印刷を行うことができる。なお、(B)〜(E)の制御によって印刷画像に風紋が発生することを抑制することが可能な理由については、以下の実験と考察により明らかとなった。
【0037】
B.風紋の発生とその抑制についての考察:
本発明者らは、風紋の発生とその抑制について、後述するような実験と考察とを行った。その結果、上述のような構成をとることにより、風紋の発生を抑制可能であることを見出した。
【0039】
1-1.はじめに
近年、デジタルカメラの普及に伴い、家庭で写真を出力するユーザーが急速に増えており、写真画質に対応したインクジェットプリンターの市場も拡大する一方である。銀塩写真に匹敵する画質を家庭にいながらにして簡単に手にすることも可能になった。それと同時にインクジェットプリンターは単純なパソコンの周辺機器から、ホーム写真システムを構築するための不可欠な出力機器になった。
【0040】
1-2.インクジェットプリンターの高画質化と高速化
インクジェットプリンターの高画質化を実現するために、さまざまなプリンター要素技術のレベル向上が望まれる。その中に以下の要素技術は特に重要である。
(1) インク滴吐出の制御技術
A.インク滴を微小化する B.インク滴の変調技術 C.インクの吐出安定性 D.インクの吐出精度
(2) 画質処理技術 A.画像の粒状感の低減 B.広範囲、忠実な色再現 C.ハーフトーニング技術
(3) インク関連技術 A.安定吐出できるための物性(粘弾性、粘度、表面張力、濡れ性、)B.インクの信頼性、耐光性、耐水性、耐候性、保存性 C、インクの発色性、色再現範囲
(4) メディア技術 A.写真画質に対応した紙 B.インクに対する受容性、定着性、速乾性、浸透性 C.メディアの保存性
(5) メカ制御技術 A.高精度なヘッド制御機構 B.高精度な紙送り技術
【0041】
印刷速度の向上を実現するために以下の技術を用いることが考えられる。
(1) インク滴を高周波数で吐出する(インク高周波数の応答性が必要)。
(2) ノズル数を増やす(ノズルの配列密度を高くする)。
(3) インク滴の吐出量を広範囲で可変にする。
(4) フラッシングの回数を減らす。
(5) キャリッジの加減速領域でも印字する、あるいはキャリッジの加減速領域を減らす。
(6) 印刷するときのヘッドの走査回数を減らす。
【0042】
高速度印刷を実現するためにさまざまな技術革新が行われた。これらの技術の普及によって印刷速度は向上したがこれと同時に新たな課題ももたらした。風紋問題はその中の一つである。インク滴をより高周波数で吐出させる、ノズルを高密度化する、少Pass数で画像を印刷などの技術の投入によって風紋現象を増幅させていることは、後述の第3章からわかる。風紋は画質を大きく損なう可能性がある。高速印字を推進しながら、風紋現象を抑制できるような改善が望まれる。
まず風紋に影響するパラメーターを抽出し、風紋との関係を定性的に解析し、風紋に関する仮説を立て、これと同時に数値ミュレーションも行い、実験とシミュレーションの結果から風紋の発生条件を見つけだし、発生するメカニズムを解明すると同時に風紋現象を改善できる対策について考察する。
【0043】
第2章.インクジェットプリンターの記録方法とインク吐出特性
本章はインクジェットプリンターの記録方法、インク、メディア及びインクの吐出特性について説明する。
【0044】
2-1.インクジェットプリンターの記録方法
インクジェットの記録方法は細かいノズルからインク滴を吐出させて、被印刷体に直接付着させる方式である。その記録方法はTable2−1(
図6)によって示された。インク滴を連続的に吐出し、必要なインクの運動のみを電界で制御して所定の記録体に導く連続方式と印字に必要なときだけインクを吐出させるオンデマンド方式とに分けられる。現在市販された家庭用インクジェットプリンターはほとんどオンデマンド方式であり、その中でピエゾの変形による液滴を吐出させる電気―機械変換式と熱による気泡の発生で電気―熱変換方式は主流である。ピエゾ素子を用いたインクジェットヘッドは、メニスカスやインク滴が良く制御され、インク選択の自由度が高い。
【0045】
2-2.インクジェットプリンターのインク
現在家庭用に用いられているインクジェットプリンターのインクは水溶性の染料インクと顔料インクがある。インクジェットインクは直径20μm前後の小さなノズルからインク滴として瞬時に吐出しなければならないのでさまざまな要件が必要とされる。また、インクジェット記録の高画質化技術においてインクは最終特性を決定する重要な要素である。インクジェット記録用インクに要求される特性は以下の要因が挙げられる。
A.信頼性要因
安定な印刷を行う為のインク物性(粘度、表面張力、濡れ性)。
短期、長期放置後も目詰まりしない組成。
接触材料に対するインク安定性(ヘッド、インクカートリッジその他の部材)。
インク長期保存性。
B.印刷特性要因
良好な発色性、色再現範囲。
普通紙適合性 (速乾性、カラーブリード)。
記録物の耐久性 (耐光性、耐水性、耐湿性、耐ガス性)。
【0046】
染料インクと顔料インクの物性比較:
Table2-2(
図7)は染料インクと顔料インクの物性値を比較する表である。染料インク、顔料インクの粘度、表面張力などの物性値に関しては大差がないことがわかる。Table2-3(
図8)は顔料インクと染料インクの特性を比較する表である。
【0047】
従来、インクジェットプリンターの色材は主に染料インクが使用されてきた。これは染料インクが比較的信頼性を確保しやすかったこと、発色性に優れていることなどの理由による。一方、最近では顔料系インクも開発されており、耐光性、印刷適性、保存性などの点から注目されている。顔料インクは媒体に不溶である。色材である顔料分子は、粒子としてインク中に分散させることとなる。媒体に可溶な染料と異なり、粒子として存在する顔料は全ての分子が同じ環境にあるわけてはない。このため、吸収スペクトルはブロードとなり、印刷物の透明性も染料インクと比較すると低いものとなる。また、発色に関するのは粒子表面の一部の顔料にすぎないため、インク中に存在する顔料が光によって破壊されてもその一層下に存在する顔料が発色し、見かけ上退色が起こらず、優れた耐光性を発揮する。
インクジェットインクについては染料、顔料の特徴を十分理解した上でそれぞれの課題を克服し、高彩度、高発色であり、かつ耐光性、耐湿性等の保存性良好な色材の開発が進められている。
【0048】
2-3.インクジェットプリンターの記録メディア
インクジェット記録において高画質化を実現するために記録メディアは非常に重要な要素である。近年、高画質画像を得るために、コーティングが施された専用紙が用いられる。この場合インクはコーティング層内にトラップされ、滲みの抑制された高精細な画像が得られる。
高画質を実現するために、インクジェット記録メディアには、以下のような特性があることが望ましい。
A.真円性の高いドット形状を形成できる。
B.インク吸収性が高く、インクの吸収量に応じてOD値の幅は広く変化する。
C.プリードや色むら凝集むらを起さないインク吸収速度。
D.写真の色合いを出す光沢感。
E.高精度の搬送性。
専用紙を使うことによって高画質の画像が得られるが普通紙と比べドット径が小さいため、サテライトの着弾ずれによる風紋も普通紙より顕著に出ると考えられる。
【0049】
2-4.インクジェットプリンターのインク吐出特性
インクジェット記録において、インク滴はプリンターヘッドノズル径約20μmの微細領域で0.2ms以下のタイムスケールで形成される。形成されるインク滴の形状は印字品質に影響を及ぼす。
Table2-2(
図7)に示したようにインクジェットインクの粘度は3〜4mPa.s程度で表面張力は20〜40mN/m程度である。インク滴の形成過程は極めて短時間であり、従ってインクの吐出特性を究明するため、インクのタイムスケールの短いダイナミックな性質がとても重要となる。一般にインクジェットインクのような低粘度液体はニュートン流体と見なして差し支えないが、高速現象では対応するタイムスケールの動的粘弾性の影響を無視することはできない、ノズルから吐出する動作形態からはインクの伸張粘度も関係していくと考えられる。
本章は上記のようなヘッド特性、インクの物性を踏まえた上で、ノズルから吐出されたインク滴の運動、サテライトの形成、受ける力の変化について詳しく検討し、数値シミュレーションするときの基礎データとする。
【0050】
2-4-1.インク滴の吐出と着弾
インクジェットプリンターは、紙面から約1〜2mm離れたところ(PG)でヘッドを搭載したキャリッジを左右(主走査方向)に一定のスピードで移動しながらインク滴を吐出し印刷を行う。従って、Figure2-1(
図9)に示したようにインク滴が吐出された地点からキャリッジ移動方向に少しずれた紙面の上に着弾する。
ここでインク滴のキャリッジ移動方向への着弾ずれについて以下の式を用いて検討する。
【0051】
着弾するまでの時間Tは、以下の式(2−1)によって表される。
【0053】
インクの吐出位置と着弾位置のずれは、以下の式(2−2)によって表される。
【0055】
ここで列内と列間でのインク滴の飛翔速度の差を考慮すると、インク滴の相対着弾ずれは、以下の式(2−3)によって表される。
【0057】
インク滴の着弾ずれは画質に大きく影響することはいうまでもないが、以上の計算式から相対着弾ずれに一番影響するパラメーターはインク滴の飛翔速度差である。また、インク滴の着弾ずれはキャリッジ速度、PGにも依存していることがわかる。
インク滴のキャリッジ移動方向への着弾ずれを避けるために理論上は下記の手法は有効と考えられる。
A.列内、列間のVmばらつきを小さくする。
B.PGを小さくする。
C.インクの吐出速度を早くする。
D.キャリッジ速度を遅くする。
しかし、以上の対策中において、Cについてはインクの吐出速度は速くなるとインクの飛翔状態は不安定になりがちでVmと吐出安定性のバランスを考慮する必要がある。Dについて印字速度の低下につながる。対策AとBをとるのは一番効果があると考えられる。
後で詳細に説明するがインク滴はノズルから吐出された後、メインドットとサテライトに分かれて空気粘性抵抗を受け、減速しながら着弾する。
【0058】
2-4-2.サテライトの形成とそのリスク
プリンターヘッドのノズルから吐出されたインクがインク滴を形成する際には、Figure2-2(
図10)のような過程を示す。吐出されたインク柱のくびれは表面張力によってノズルからの距離を追ってゆくに従って振幅が大きくなってゆき、ある位置に達するとインク滴を形成する。その際に、不必要な小径粒子が発生してしまい、この小径粒子はサテライトとよばれる。
サテライトは印刷品質を損ねるもので、その発生はインク粘度に関係する。インクの粘度が低いとインクの吐出速度は速くなり、サテライトが発生しやすくなる。逆にインク粘度が高いとサテライトの発生は抑制されるがインクの吐出速度が遅くなる。印字特性を満たすためにある程度以上のインク吐出速度を確保する必要があり、そのため、サテライトの発生を避けるのは困難だと考えられる。
サテライトは画質に以下のような影響を与えられる。
A.サテライトは本来想定した着弾位置に着弾せず、メディア上に風紋のようなパターンを形成する。
B.サテライトはミストになり、メディア上に着弾せず、機内に浮遊し、機内汚れなどの問題を起こす。
C.サテライトはメディア上に着弾しないため、設計通りのインク重量が得られないため、ベタ埋まりできなくなり、OD値にも影響する。
【0059】
2-4-3.インク滴の運動
(A) 空気抵抗
インク滴は、吐出された後、空気抵抗を受ける。空気抵抗には粘性抵抗(インク滴の速度に比例)と慣性抵抗(インクの速度の2乗に比例する)がある。粘性抵抗は速度が遅い物体に効き、慣性抵抗は速度に速い物体に効くと考えられる。飛翔しているインク滴ではどちらのパラメーターが支配的になっているのかについて検討した。
粘性抵抗は下記の式(2−4)によって表し、慣性抵抗は下記の式(2−5)によって表す。(インク滴を球体とする。)
【0062】
また、この傾向はインク滴の半径が小さいほど、速度が遅いほど顕著になる。
【0063】
(B)インクの飛翔速度
Figure2-3(
図11)は、インク滴が受ける力を示す図である。
ニュートンの運動方程式をインク滴の運動に適用すると、下記の式(2−6)が得られる。
【0065】
ここで、以下のようにKを定義すると、下記の式(2−7)、(2−8)が得られる。
【0068】
この式(2−8)を積分すると、以下の式(2−9)、(2−10)が得られる。
【0071】
t=0の時のインク滴の初速度を定義すると、下記の式(2−11)のようになる。式(2−11)を用いて吐出時間とインクの飛翔速度の関係がわかる。
【0073】
2-4-4.メインドットとサテライトの減速
インク滴が吐出された後、サテライトとメインドットに分かれてそれぞれ減速しながらメディアに着弾する。Figure2-4(
図12)はClioのVSD3Mモードでメインドットとサテライトの減速特性を示すグラフである。
風紋シミュレーション実験を行うために、メインドットとサテライトの重量関係を把握することは必要である。インク滴の速度変化率と重量に比例関係であることからサテライトとメインドットの重量を計算することができる。
【0074】
速度の変化率と重量の関係は以下の式(2-12)によって表される。
【0076】
ここでメインドットとサテライトの重量の合計Mは、以下の式(2−13)によって表される。
【0078】
(2−12)式を書き換えると、以下の式(2−14)、(2−15)のように表される。
【0081】
2-4-5.インク滴の飛翔状態とレイノルズ数(Re)の関係
流体力学的見地からインク滴の飛翔を検討してみると、ノズルから吐出されるインク滴の流体的な性質はインクが吐出しようとする慣性力とインクの吐出を阻止する粘性力の関係によって決まると考えられる。流体力学では慣性力と粘性力の比をレイノルズ数(Re)によって表せる。Reをもってインク滴の流体的な性質を検討できる。また、空気の流れ、流れ場における渦の形成などの問題を説明するときも使われる。
レイノルズ数(Re)は、以下の式(2−16)によって表される。
【0083】
定数を考慮すると、レイノルズ数(Re)は、以下の式(2−17)のように表されることがわかる。
【0085】
2-5.ミストの形成条件及び風紋とミストの関係
ミストは以下のような理由によって形成されることが考えられる。
A.縁なし印刷を行うとき、インク滴は紙上に着弾できずミストになる。
B.フラッシングするとき、インク滴はキャップに着弾できずミストになる。
C.ある駆動条件で直径の小さいサテライト、孫サテライトが形成され、キャリッジの移動によって起した空気流れの影響を受けて紙上に着弾できなくなり、ミストとしてプリンター機内に浮遊する。
ミストの機内浮遊によって以下のリスクがもたらされる。
A.機内を汚す。
B.エンコーダーを汚してキャリッジの位置を読めなくなる問題。
C.ミストは紙案内などに着弾し、インク裏移りを引き起こす。
ミスト問題は風紋問題と同様に風の流れは支配的な要素になっているため、プリンター機内の空気流れの変化を解明するのは優先課題である。
【0086】
ここでサテライトが浮遊になる条件をストークスの方程式を用いて解析した、サテライトの重量と空気の粘性抵抗が同じになるとき、メディア上に向ける加速度が0になり、サテライトが浮遊になると考えられる。これらの事象については、式(2−18)〜(2−20)のように表される。
【0090】
6πηは定数であるため、(2−20)式からインク滴は浮遊になる条件はrとVmによって決められることがわかった。Vmとインク滴の半径が小さくなるとミストが形成しやすい。また、以上の式は粒子径の小さいサテライトの流れ場における挙動も適用のため、サテライトは半径小さいほど、Vmが遅いほど空気の流れに影響を受けやすく、着弾ずれになる可能性が高いと考えられる。
【0091】
第3章.風紋現象の概論と定性的な解析
本章は風紋に影響するパラメーターを抽出し、定性的に解析し、解析結果から風紋現象の形成条件について検討する。
【0092】
3-1 風紋現象の概略
3-1-1.風紋とは
風紋の本来の意味は風が砂の上を吹いて出来た模様と指すがインクジェットプリンターの分野ではプリンターのキャリッジ移動によってヘッド周辺の空気の流れが変化し、プリンターヘッドから吐出されたインク滴(サテライト)の飛翔軌道を変え、メディア上に特殊なパターンを形成することを意味する。
【0093】
3-1-2.風紋のリスク
風紋と画質の関係に関してはドライバーを通した印字ではDutyが高いところほぼベタ埋めするため、画質に影響に少ないことが多かった。しかし、PPI/Bix系インクなどはメディア上に広がりにくく、ヘッドの吐出重量もマージンが少ない場合、高速のドラフト印字、PGを大きくして印字をするとき風紋パターンが肉眼で見える場合もあった。
【0094】
3-1-3.体表的な風紋パターン
A.サテライトの着弾ずれによる風紋
Figure3-1(
図13)に示したようにサテライトはメインドットによって構成された線の間に着弾し、風紋のパターンが形成された。
【0095】
B.メインドットに構成された線の曲がりによる風紋
Figure3-2(
図14)に示したようにメインドットによって構成された線が曲がることによって風紋が形成された。
【0096】
3-1-4.風紋現象の形成原因解明の課題
風紋はなぜ形成されたのか、現象から考えるとキャリッジの移動によって紙とヘッドの間(PG)に空気が流れ込んで、ノズルから吐出されたサテライトはこの空気の流れの影響を受け、メインドットに構成されたラインの間に着弾し、風紋パターンが構成される。
但し、上記の解釈は十分ではなく、以下の課題があると考えられる。実験解析と数値シミュレーションを通じて以下の課題について説明を行う。
A.キャリッジに移動による空気の流れはヘッドの主走査方向に吹いており、サテライトの着弾ずれはその垂直方向になっているため、その他の空気流れが存在するか、渦が形成されていない限りは風紋現象を説明できない。サテライトの着弾ずれ方向への空気流れが存在していることを証明する必要がある。
B.メインドットの曲がりが形成された理由はサテライトの着弾ずれと同じかその他の原因があるのか、証明する必要がある。
C.風紋が形成される原因は空気の流れのみによるものか、インク吐出特性との関係はどのようなものか。
【0097】
3-2.風紋に影響するパラメーターの定性的な解析
風紋が形成される原因を究明するために、一番わかりやすい方法は現象から入手し、風紋に影響するパラメーターを選別し、風紋に対してどのような影響を与えたのか定性的に解析することである。風紋に影響するパラメーターの値を変えて実験し、パラメーターの変化による風紋の影響はわかる。風紋に影響するパラメーターが空気の流れに与える影響の推測結果から風紋と空気流れとの関係を調べることができる。
風紋パターンを定性的に評価するために、Table3-1(
図15)に示したように風紋の評価基準を作成した。
【0098】
3-2-1.PGと風紋の関係
Table3-2(
図16)に示したようにPGの増加に伴い、風紋現象は顕著になる傾向である。この結果から考えられるのはPGを小さくすることによってサテライトはより短時間でメディア上に着弾することができ、空気の流れから受ける影響が少なくなり、着弾ずれも小さくなる。印刷装置の種類、Vmなどの要素にもよるが、PGが一定値以下になったら、サテライトの着弾ずれは目視出来なくなり、風紋現象は見られなくなる。但し、風紋問題を解決するため、PGを小さくする手法は有効であるが紙擦れなどの問題を引き起こすリスクもあるので両者のバランスを考慮する必要がある。
【0099】
3-2-2.インクの吐出速度、重量、印字モードと風紋の関係
風紋とインクの吐出速度Vmの関係について考えると、Vmが速ければ、吐出から着弾までに有する時間が短くなり、空気の流れから受ける影響が少なくなり、風紋が出にくくなるという結論が導かれるが実際の結果はこれと正反対になった。インク速度が速くなると風紋が顕著になるという結果になる。また、風紋現象は単純にインクの吐出速度に依存しているわけではなく、駆動波形のモード、インク重量にも関係することが印字実験とベンチでのインク飛翔実験からわかった。
Figure3-3(
図17)とFigure 3-4(
図18)はインク滴の飛翔状態を示す写真である。両写真のサテライトの飛翔状態を比較すると、インク滴の吐出速度Vmが大きいほうのサテライトは変形されている。インクの吐出速度はサテライトの飛翔状態に大きく影響していることがわかる。
【0100】
Figure3-5(
図19)は風紋とVm、Iwの相関性(Clio-VSD3)を示す図である。Table3-3(
図20)は風紋とインク吐出速度、インク重量、印字モードの関係を示した表である。風紋の発生するVm条件は印字モード、インク重量によって異なることがわかる。
【0101】
3-2-3.キャリッジ速度と風紋の関係
キャリッジの移動による空気の流れは風紋パターンを形成する第一条件と考えられている。また、そのキャリッジ速度は印字モードによって異なることも既知である。
キャリッジ速度と風紋の関係について調べ、その結果をTable3-4(
図21)に示した。異なる印字モードでの比較を行っているため、一概にキャリッジ速度が速くなると風紋が顕著に出ると言えないが同じインク重量を吐出するとき、キャリッジ速度が速い印字モードは風紋が出やすいことは事実である。
【0102】
3-2-4.印字Dutyと風紋の関係
A.波形の駆動周波数と風紋の関係
Table3-5(
図22)に示したように駆動周波数を落とすことによって風紋現象が見られなくなった。この結果から風紋現象は駆動周波数に依存していることがわかった。
【0103】
B.駆動ノズル数と風紋の関係
Table3-6(
図23)から風紋現象を形成するため、同時に駆動するノズル数が一定な数(本実験では30ノズル)以上にならないと風紋パターンが形成されないことがわかった。風紋の形成は空気の流れによるものと考えているため、同時に吐出するインク滴の数によってインク滴周辺の空気流れ(インク吐出方向)は異なることが本実験結果から推測できる。
また、Table3-7(
図24)に示したように駆動するノズルの間隔を広げると風紋現象は見えなくなることがわかった。ちなみに95%の意味は180ノズルの中で180X95%=171ノズルを使って実験する意味で、使われていないノズルは#1、#21、#41・・・・・・#161である(間隔を均等にする。)。
Table3-7(
図24)の結果からこのように推測できる。列内で駆動しないノズルが存在するため、一定間隔でノズルの間隔が広くなり、間隔の広いところへ空気の流れが集中し、風紋パターンを形成する要因と考えられた駆動ノズルの間を突き抜ける風が少なくなり、風紋が結成しなくなる。従って、列内で同時駆動するノズルの間隔が広くなると、風紋が結成しにくい傾向にあることがわかった。
【0104】
3-2-5.2列同時駆動による風紋の影響
近年、高解像度と高印字速度を得るために、2列のノズルを同時に駆動して印刷を行う印刷装置は増えている。2列同時に駆動するときと1列のみ駆動するときの風紋パターンを比較したが2列同時駆動する時には風紋現象が顕著になっていることがわかった。この結果からある列を駆動してインク滴の吐出させることによって他列のインク滴の飛翔状態に影響を与えたことがわかる。その影響は隣接列との距離、吐出するインク滴のドットサイズの関係について調べた。その結果をTable3-8(
図25)と3-9(
図26)によって示す。それによると、2列同時にインクを吐出する時、駆動条件によって風紋現象の顕著さは変化する。特に同時駆動するノズル列の間隔が狭くなる時、隣接吐出されたインクのドットサイズが大きい時、風紋現象は顕著になる傾向である。ここで、特に注目するのはB列大ドットを吐出するとき、その隣接のA列の風紋パターンに関してサテライト着弾ずれだけではなくメインドット曲がりのパターンが観察されたことである。
【0105】
上記の結果についてインク吐出特性と空気の流れによる影響の2方面から検討する。Figure3-6(
図27)はインクの飛翔状態を示すベンチ写真である。A列大ドットを吐出するとき、その隣接のB列のサテライトが尾引き現象が見られた。プリンターで印字するとき、インク吐出方向の垂直方向に向けて空気の流れがあるため尾引きしているサテライトはその流れの影響を受けてより直径の小さい孫サテライトを形成し、その孫サテライトはミストとなり、機内に浮遊するかメディア上に着弾して風紋パターンを形成すると考えられる。また、キャリッジによる空気の流れの要素を考えるとA列は大ドットを吐出することによって空気の流れに影響を与えていることは間違いない。その影響度合いは吐出されたインクのドットサイズ、隣接列との距離にも依存する。Figure3-7(
図28)はノズルの配列図である。
【0106】
3-2-6.Uni-DとBi-Dによる風紋の影響
同じ駆動条件でUni-D(一方向)とBi-D(双方向)印字を行い、両者の風紋パターンを比較したが往路と復路において形が異なるパターンが得られていることがわかった。その原因に関して以下の2点考えられる。
A.キャリッジの左右形状は異なるため、その形状の影響を受けて、空気の流れが変化し、往路と復路で形が異なった風紋パターンを形成した。
B.Bi-D印字を行うとき、キャリッジは80桁側からホーム側に向けて移動しようとするときに、逆流のような空気の流れを起し、その空気の流れの影響を受けて復路では往路と異なった風紋パターンを形成した。
【0107】
3-2-7.カバーオープン/クローズによる風紋の影響
同じ駆動条件でプリンターのカバーをオープンとクローズにして2枚の印字サンプルを取って比較したが形の異なった風紋パターンが得られた。それはカバーオープンとクローズ時では、プリンター機内の空気の流れが変化し、その影響がPG部分にも及んだと考えられる。この結果を受けて風紋問題を検討するとき、PG部分の空気流れだけではなくプリンター機内において空気全体の流れを把握することが望ましいことがわかった。また、プリンター機内の部品の形状を変えて空気の流れを変化させることによって風紋現象を抑制することができるという結論も得られる。
【0108】
3-3.風紋の開始位置
3-3-1.風紋の開始位置
風紋現象の開始位置に関して実験を行ったが風紋の開始位置は印字位置、キャリッジの移動方向に関わらず印字開始直後は風紋開始せず、0.5〜2cm印字してから発生する。その理由に関してはこのような推測を行った。風紋の形成はインク吐出方向への空気流の形成が必要である。また、その空気流は安定にならないと風紋は結成されない。空気の流れが安定するためには時間が必要である。そのため、風紋は印字開始直後、すぐ形成できず0.5〜2cmを印字してから形成する。
【0109】
3-3-2.風紋開始位置でのサテライト着弾ずれ
風紋の開始位置での空気流れの方向を把握するため、サテライトのメインライン間での着弾ずれについて調べた。Figure3-9(
図29)はその結果である。
【0110】
3-4.風紋を形成する条件
実際の印字結果とベンチでのインク飛翔状態の観察により、風紋を形成する条件をまとめた。風紋の形成には2つの条件が不可欠である。一つはサテライトの形成、もう一つはサテライトの着弾ずれを引き起こす空気の流れ。サテライトの着弾ずれを引き起こす空気の流れには二つの流れによって構成される。二つの流れとは、キャリッジの移動によるものとインクの吐出によるものである。
【0111】
サテライトの形成、空気の流れに影響するパラメーターについて検討する。
A.サテライトの形成
インクの吐出速度、波形、物性(粘度、表面張力)、ノズル形状などのパラメーターに依存している。本実験はVmと波形の要素のみ検討した。Vmが速いほどサテライトが形成しやすく、真円形から変形しやすいことがわかった。ただし、同じVmでも波形モードが異なるとサテライトの形状も変わる。
B.インク吐出方向へ空気の流れの形成
ノズル密度、同時駆動ノズル数、吐出されたインク滴の直径に依存している。ノズル密度が高いほど、同時駆動するノズル数が多いほど、インクの直径が大きいほどインク吐出方向向きの空気流れが結成しやすく、その効果が顕著に出る。
C.キャリッジの移動による空気の流れ
キャリッジ速度、キャリッジの形状に依存している。キャリッジ速度が速いほどその空気流れの効果も強くなる。
【0112】
第4章.風紋現象の数値解析シミュレーション
本章は風紋数値シミュレーション結果を説明したうえ、実験結果との整合性について検討する。
【0113】
4-1.風紋現象の数値シミュレーション
4-1-1.風紋数値シミュレーションの目的
流体解析ソフト「FLOW 3D」が持つMassParticle 機能を用いてインク滴の流れ場における飛翔状態の変化、サテライトのノズル列方向への着弾ずれ及び風紋を引き起こした空気流れの変化について調べるのが本シミュレーションの目的である。
【0114】
4-1-2.風紋数値シミュレーションの概略
A.解析領域
Figure4-1(
図30)に示したようにノズルは解析領域の底面にあり、メインドットとサテライトは形成された位置は底面から0.25mmに離れた位置である。メインドットとサテライトはZ軸に向けて吐出されている。解析領域では高さ1.7mm (PGに相当する)、奥行き1.4mm 、幅:7.0mm。解析用セルは各方向均一20μmの立方体とする。シミュレーション時間は100msとする。
B. 解析条件
シミュレーションはTable4-1(
図31)に示したように4条件で行った。
C.シミュレーションの境界条件
手間面:Y軸方向に向け、キャリッジ移動速度に対応するため0.6m/sでの一定な空気を流入する。
奥側面:圧力勾配ゼロ
左右面:圧力勾配ゼロ
下面(ノズル面):壁面境界速度ゼロ
上面:壁面境界速度0.6m/s (キャリッジ移動を表現する)
Figure4-2 (
図32)は、空気流れの境界条件を示す図である。
D.物性条件
インク密度: 1.048g/cm
3
空気密度:1.225×10
-3g/cm
3
空気粘性係数: 1.781×10
-4g/cm・s
E.評価項目
(1) 空気流れの流速、方向変化をベクトル化による評価
(2) メインドットとサテライトの飛翔追跡とノズル方向への着弾ずれ
【0115】
4-1-3.風紋数値シミュレーションの結果
Figure4-3(
図33)は、+Y軸方向への空気流れである。
Figure4-4(
図34)、Figure 4-5(
図35)、Figure 4-6(
図36)はシミュレーション条件II,III,Iにおいて空気の流れ変化を示すシミュレーション数値解析結果である。左、中、右図についてはそれぞれX-Z面、Y-Z面とX-Y面の視点から見る空気流れの変化である。
【0116】
A.駆動周波数、ノズル数とキャリッジ移動方向(Y軸方向)空気流れの関係
駆動するノズル数と空気の流れ関係について、1ノズルモデルと5ノズルモデルともに+Y軸方向に向けて吹いている風はインク滴を周り込んでインク滴の後側に定常状態に戻る傾向を示した。5ノズルモデルは1ノズルモデルに比べ、定常状態に戻るために有する距離は長いこともシミュレーション結果からわかる(Figure4-4(
図34)右図と4-6(
図36)の右図参照)。
また、5ノズルモデルの場合はインク滴同士の間に通過する空気の流れは少なく影響範囲も小さいことがシミュレーション結果から読み取れる(Figure4-6(
図36)の右図参照)。
上記の結果をまとめるとノズル数が増えることによってインク滴の後側において定常状態に戻ろうとする空気の流れの位置とインク滴の距離が遠くなる傾向がある。その距離が一定な長さに達するとインク滴の後側に空気の流れが遅くなり、エネルギーの不平衡(空気流れの差による負圧)が生じたことがわかる(Figure4-6(
図36)の中図参照)。
同時駆動するノズル数が増えるとエネルギーの不平衡の傾向は強くなり、ノズル数は一定程度以上に達するとY軸に向ける空気の流れはノズルの左右に回り込まず、ノズルの間を突き抜けると考えられる。ノズルの間を突き抜けた空気の流れ(エアーカーテン効果、詳細は結果Bを参照)はインク滴の飛翔によって生じたZ軸方向への空気流とぶつかり、Y軸方向に向ける風の流れの一部は進路が変化し、X軸方向への空気流が形成される。このX軸方向への空気流によってサテライトのX軸へ着弾ずれ現象がおこった。ただ、この現象は同時に駆動するノズル数、ノズルの間隔、インクのVm、インクの大きさにも依存すると考えられる。
シミュレーション結果をもって風紋解析実験の印字結果を解釈すると、印字実験では駆動するノズルの間隔を2倍にすると、風紋現象は発生しなくなる、それはノズルの間隔は一定長さ以上になると、空気の流れは1ノズルモデルのような流れに変わると考えられる。また、印字実験結果から、風紋を結成するためには30ノズル以上のノズル同時に駆動する必要がある。これはノズルの間に空気流れが突き抜ける条件として一定数のノズルが同時駆動することが必要であることを意味する。
【0117】
B.駆動周波数、ノズル数とインク吐出方向へ空気流れの関係
Figure4-4(
図34)とFigure4-6(
図36)の結果について比較してみると両者の実験条件の差はインク滴の吐出周波数のみである。Figure4-4(
図34)は条件Iで5ノズル14.4KHzで、Figure4-6(
図36)は条件IIIで5ノズル28.8KHzである。高周波駆動の条件IIIの場合は吐出するノズルの後ろ側には空気流れの速度勾配できていることがわかる(Figure4-6(
図36)中図)。つまり、空気流れの不平衡が生じたことである。条件II(Figure4-5)(
図35)ではこのような現象が見られていないため、ノズル数、駆動周波数は増加することによってこの現象は顕著になることがわかる。
Figure4-4(
図34)〜Figure4-6(
図36)左図にはZ軸に向けて空気流れの変化を示した。Z軸方向に向けてエアーカーテンのような空気の流れが作られていることがわかる。このエアーカーテンのような空気の流れは駆動周波数とノズル数に依存し、駆動周波数、ノズル数の増加につれて増加することがシミュレーションの結果から読み取れる。
上記の結果をまとめると、インクの繰返吐出により、一様流れが誘起され、インクの吐出方向へエアーカーテンのような空気流れが結成されたといえる。
【0118】
C.サテライトのX軸への着弾ずれ
風紋の典型的なパターンとしてサテライトのメインライン間での着弾ずれ現象がある。シミュレーション実験はサテライトのX軸へ着弾ずれについて計算した、Figure4-7(
図37),4-8(
図38)は、条件IIIとIVにおけるX軸への着弾ずれ結果である。
【0119】
X軸への着弾ずれは条件IIIと条件IVはそれぞれ0.4μmと14μmであった。この結果はX軸方向(ノズル配列方向)への空気流れの存在の裏付けになる。また、両条件の結果比較からX軸へのサテライト着弾ずれに影響する要素としては空気の流れだけではなく、サテライトの直径、初期速度にも関わることがわかった。この現象はストークスの方程式(第2章、2-18式を参考)によって説明できる。
【0120】
4-2.風紋数値シミュレーションの結果まとめ
A.インクの繰返し吐出によって一様流れが誘起されると考えられたエアーカーテン効果は存在することが証明された。その効果は吐出インクの大きさ、速度、周波数に依存する。
B.風紋の原因になるサテライトのX軸(ノズル配列方向)方向への着弾ずれ現象は観察された。着弾ずれはサテライトのVmと直径及び同時駆動するノズルの数、周波数に影響を受ける。
【0121】
4-3.風紋形成に関する仮説
実験解析結果と数値シミュレーションの結果から風紋形成に関する仮説を立てた。
A.サテライトのTA方向(ノズル配列方向)への着弾ずれは空気の流れによるもの。その空気流れはキャリッジ移動による空気流れとインク吐出による空気の流れの相互作用から生まれた。
B.メインドットの曲がり現象に関しては隣接2列同時駆動するときよく見られる。その原因は隣接の2ノズル列を同時駆動することによってインク重量の低いインク滴とそのサテライトの飛翔状態が不安定なり、空気流れの影響を受けやすくなるためである。また、ここの空気流れ形成は仮説Aと同様である。
C.風紋の形成はヘッドの吐出特性にも依存している。高Vm、変形しやすいサテライトが形成されたとき、孫サテライトが形成されたときに風紋現象が顕著になる。
【0122】
第5章.PIVシステムによるプリンター内空気の流れの観察
風紋現象を解明するために実験的な解析と数値シミュレーションを同時に行っている。数値シミュレーションを行うにあたり、初期条件をより正確に設定するのは結論を左右する重要な要素である。そのために、プリンター機内の空気流れ、特にPG部分の空気流れの観察は不可欠である。プリンターのPG部分がとても狭いため、観察するのが困難と言われている、本実験はPIVシステムを用いて、プリンター内の空気流れを観察した。
PIVシステムによるプリンター機内の空気流れの可視化は風紋問題だけではなく、ミストの機内汚れ問題の解決にも大きく役に立つと考えられる。本章はPIVシステムの原理、PIVシステムを用いた実験の途中結果について説明する。
【0123】
5-1.PIV(Particle Image Velocity)システムの概略と原理
PIV(Particle Image Velocity、粒子画像流速測定法)とは、CCDビデオカメラとパルスレーザを使って,微小な時間間隔で隔てられた2時刻の粒子画像を撮影し、その粒子画像を解析することで、粒子群の局所的な速度を求める高度な速度計測手法のことである。たとえば相互相関法では、各々の粒子画像を相関領域と呼ばれる小さな領域に分割して、各相関領域ごとに2時刻間の粒子群(輝度値)の相関ピークを求めることによって、粒子群の移動距離すなわち速度を見積もることができる。この作業をすべての相関領域について実行することで、撮影領域全体の速度分布を求めることが可能となる。
【0124】
Figure5-1(
図39)に示すようにPIVシステムはシート光を発生するレーザ光源、画像化のためのトレーサ粒子器、画像撮影ためのハイスピードカメラ、風向、風速を計算するための画像処理ソフトで構成されている。
PIVシステムは以下のような特徴を持っている。Figure5-2(
図40)は、PIVシステムの計算方法である。
A.任意の面全体の風向、風速測定可能
B.低風速から高風速域まで広いレンジの測定可能
C.測定精度は可視化画像に依存する。(カメラの時間分解能、レーザの性能にも依存する)
D.2次元、3次元の測定が可能
以下の式(5−1)は、計算式である。
【0126】
5-2.PIVシステムによるプリンター機内空気流れの測定
PIVシステムを用いて実験を行った。
Figure5-3(
図41)はその結果の一部で、PG部分における空気流れを示している。Figure5-3(
図41)に示したように、PG部分においてキャリッジの移動の反対方向に向けて空気の逆流が生成されたことがわかった。また、PG部分において空気の流れはほぼ定常流であり、渦と乱流が観察されていない。
【0127】
5-3.PIV実験からの展開
PIVシステムの実験結果から以下のような展開がある。
A.PIVシステムによる実測結果からPG部分の空気流れを数値化し、風紋数値シミュレーションの初期条件として用いる。
B.PIVシステムを用いてPG部分におけるインクの飛翔状態を観察する。
C. PIVシステムの結果と数値シミュレーション結果を比較し、風紋シミュレーションの信頼性を評価する。
【0128】
第6章.結言
6-1.実験解析と数値シミュレーションの結果まとめ
風紋実験解析と数値シミュレーションを通じて以下のことが明らかになった。
・風紋に影響するパラメーター
A.PG: PGが大きくなるほど、風紋現象が顕著になる。
B.Vm: 風紋発生するVm条件は印字モード、インク重量によって異なる。
C.CR速度: CRが速くなるほど、風紋現象が顕著になる。
D.駆動周波数: 駆動周波数が高くなるほど、風紋現象が顕著になる。
E.ヘッドのノズル間隔: ノズル間隔が狭くなるほど、風紋現象が顕著になる。
F.同時に駆動するノズル数: 同時に駆動ノズル数が多いほど風紋現象が顕著になる。
・風紋の発生する条件
A.高速なキャリッジ移動による空気の流れ(キャリッジ移動方向)。
B.高Duty,多ノズルで同時にインクを吐出することによるエアーカーテン効果(PG方向)。
C.インク滴の飛翔状態(高Vmによるサテライトの不安定、孫サテライトの生成)。
【0129】
6-2.風紋現象の抑制対策
上記実験解析結果と数値シミュレーション結果を受けて、風紋現象の改善に有効と考えられる対策をTable6-1(
図42)にまとめた。
【0130】
C.変形例:
上述した実施形態は、以下のように様々な変形が可能である。
【0131】
C1.変形例1:
上述の実施形態では、プリンター10のCPUは、変換部104の処理として、プリンター10の記憶部に記憶された、
図2に示した第1テーブル111と、
図3に示した第2テーブル112とを印刷モードに応じて参照して、多階調データを変換している。これに対し、第1印刷モードおよび第2印刷モードにおいて、参照されるテーブルは、以下の関係を満たすテーブルであれば、
図2,3に示したテーブルと異なっていてもよい。
【0132】
小ドットのみを用いる第1階調再現領域では、以下の関係を満たす。
第1印刷モード第1階調再現領域>第2印刷モード第1階調再現領域・・・(1)
小ドットを用いない第3階調再現領域では、以下の関係を満たす。
第1印刷モード第3階調再現領域<第2印刷モード第3階調再現領域・・・(2)
【0133】
C2.変形例2:
上述の実施形態では、第1印刷モードでは、(B)印刷媒体RMとヘッドユニット200との間の距離を、第2印刷モードより狭くし、(C)インクの吐出速度を、第2印刷モードより遅く制御し、(D)ヘッドユニット200と印刷媒体RMとの単位時間当たりの最大の相対移動速度を、第2印刷モードよりも遅くし、(E)ヘッドユニット200からインクを吐出する吐出周波数を、第2印刷モードよりも低くするように制御している。これに対し、第1印刷モードでは、必ずしもこれらを全て制御しなくともよい。
【0134】
C3.変形例3:
上述の実施形態では、プリンター10は、一吐出あたりのインク滴の量を変更することによって、印刷媒体RM上に異なる種類のサイズのドットを形成している。これに対し、プリンター10は、吐出する液滴の数を変更することによって、印刷媒体RM上に異なる種類のサイズのドットを形成してもよい。すなわち、プリンターは、各画素に吐出する液滴の数を変更するいわゆるマルチショット印刷を行うプリンターであってもよい。
【0135】
C4.変形例4:
上述の実施形態では、プリンター10は、ラインヘッド型のインクジェットプリンターである。これに対し、プリンター10は、印刷ヘッドが、印刷媒体RMの幅方向に沿って往復移動しながらインクを吐出するいわゆるシリアルヘッド型のプリンターであってもよい。
【0136】
C5.変形例5:
上述の実施形態では、プリンター10が有する印刷ヘッド210のノズルからインクを吐出させるためのインクの吐出方式は、圧電素子の駆動によるものである。これに対し、インク吐出方式は、発熱素子を用いてノズル内に気泡を発生させ該気泡によりインクを吐出させるサーマル方式等、種々の方式を用いてもよい。
【0137】
本発明は、上記実施形態や変形例に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する実施形態、変形例中の技術的特徴は、上述の課題の一部または全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部または全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。