特許第6048382号(P6048382)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6048382
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】高強度冷延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20161212BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20161212BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20161212BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20161212BHJP
【FI】
   C22C38/00 301U
   C22C38/14
   C22C38/60
   C21D9/46 F
【請求項の数】7
【全頁数】17
(21)【出願番号】特願2013-254042(P2013-254042)
(22)【出願日】2013年12月9日
(65)【公開番号】特開2015-113475(P2015-113475A)
(43)【公開日】2015年6月22日
【審査請求日】2015年7月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】本田 佑馬
(72)【発明者】
【氏名】小野 義彦
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 浩平
【審査官】 佐藤 陽一
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−214869(JP,A)
【文献】 国際公開第2013/018739(WO,A1)
【文献】 特開2001−207236(JP,A)
【文献】 特開2010−126787(JP,A)
【文献】 特開2010−235989(JP,A)
【文献】 特開2010−196115(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
C21D 9/46− 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分組成は、質量%で、C: 0.08〜0.20%、Si: 0.5〜2.5%、Mn: 1.6〜3.0%、P: 0.05%以下、S: 0.005%以下、Al: 0.01〜0.10%、N: 0.006%以下、Ti: 0.07〜0.20%を含有し、さらにC、Ti添加量が下記式(1)および式(2)を満たし、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、
鋼組織は、面積率で25〜90%の焼もどしマルテンサイトと10〜75%のフェライトと5%未満のマルテンサイト(ただし0%も含む)からなり、さらに、フェライトの平均結晶粒径が3.5μm以下であり、焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径が3.0μm以下であることを特徴とする、引張強度(TS)≧980MPaであり、 TS≧1320MPaの鋼板はTS×破断伸び(El)≧16000MPa・%かつ穴広げ率(λ)≧25%、1320MPa >TS≧1180MPaの鋼板はTS×El≧16500MPa・%かつλ≧30%、1180MPa >TS≧980MPaの鋼板はTS×El≧17000MPa・%かつλ≧35%である高強度冷延鋼板。
[Ti*] = [Ti] − 48/14[N]≧ 0.07 …(1)
[C*] = [C] − 12/48×[Ti]≧ 0.06 …(2)
ただし、[M]は合金元素の含有量(質量%)
【請求項2】
質量%で、さらに、Nbを0.02〜0.10%含み、前記式(2)に変えて、下記式(3)を満たすことを特徴とする請求項1に記載の高強度冷延鋼板。
[C*] = [C]−12/48×[Ti]−12/93×[Nb]≧ 0.06 …(3)
【請求項3】
質量%で、さらに、Bを0.0002〜0.0020%含むことを特徴とする請求項1または2に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項4】
質量%で、さらに、V:0.01〜0.30%、Mo:0.01〜0.30%、Cr:0.01〜0.30%のいずれか1種以上を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項5】
質量%で、さらに、Cu:0.01〜0.30%、Ni:0.01〜0.30%のいずれか1種以上を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項6】
質量%で、さらに、Sn: 0.001〜0.100%、Sb: 0.001〜0.100%、Ca: 0.0002〜0.0100%、W: 0.01〜0.10%、Co: 0.01〜0.10%、REM: 0.0002〜0.0050%のいずれか一種以上を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の高強度冷延鋼板。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の高強度冷延鋼板を製造する方法であって、溶鋼を連続鋳造することにより得られたスラブを1200℃以上に加熱し、熱延圧延および冷間圧延を行い作製した冷間圧延板を、連続焼鈍炉にて680〜AC3 − 50℃の温度域を1.5℃/s以上の平均昇温速度で加熱後、T1℃で1〜10分間均熱保持したのち、T1〜550℃の温度域を平均冷却速度2〜100℃/sで冷却し、次いで550〜50℃の温度域を平均冷却速度10〜2000℃/sで冷却した後に、T2℃まで再加熱し、1〜15分間均熱保持することを特徴とする高強度冷延鋼板の製造方法。
ただし、
AC3(℃) = 910 − 203 ([C] − 12/48[Ti] − 12/93[Nb])0.5 + 44.7[Si] −30[Mn] + 700[P] + 400[Al] − 11[Cr] + 31.5[Mo]
[M]は合金元素の含有量(質量%)
T1: 750℃からAC3 − 20℃の範囲の温度、T2: 100℃から500℃の範囲の温度
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に自動車の構造部材や補強部材などの内板部品に使用される高強度冷延鋼板およびその製造方法に関するものである。特に、鋼組織が主に焼もどしマルテンサイトとフェライトの2相からなり、980MPa以上の引張強度(以下、TSと称することもある)を有し、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の車体軽量化及び衝突安全性の観点から自動車の各種構造部材や補強部材に高強度鋼板の適用拡大が進められており、これら高強度鋼板の実用化のためプレス成形性の向上が要求されている。プレス成形性向上の手段のひとつとして組織の微細化による延性向上が有効であることから、これまでに微細組織を得るための種々の技術が開示されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、鋼成分のTi、Nb、Mn、Niの添加量の適正化によりA1およびA3変態温度を制御した冷延板をA3変態点以上の温度で再結晶焼鈍することにより平均結晶粒径が3.5μm以下の微細なフェライトを主体とする微細組織が得られ、TS×El≧17000(MPa・%)の強度と延性のバランスに優れた冷延鋼板が開示されている。
【0004】
特許文献2には、質量%で0.05%以上のTiを添加し、鋼組織がフェライトとマルテンサイトで構成され、TSが590MPa以上の局部延性に優れる高強度冷延鋼板およびその製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第4911122号
【特許文献2】特開2010−235989号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記の従来技術には以下の問題点がある。
即ち、特許文献1に開示された技術は、マルテンサイトが面積率で35%以下の鋼では効果が得られるものの、マルテンサイトが面積率で35%を超える鋼では、オ−ステナイト(γ)単相域焼鈍時に粗大化し、焼鈍後に粗大なマルテンサイトを形成するので十分な微細化効果が得られなかった。このため、微細粒組織でTS980MPa級以上、とりわけTS1180MPa級以上の強度と延性および伸びフランジ性を高いレベルで両立することは困難であった。また、複合組織鋼の延性向上にはSiの添加が有効であるが、Siを1%以上添加すると変態点が高くなりすぎるため、細粒化が困難になるという問題があった。このため、Si添加による延性向上という効果を十分に発揮することが困難であった。また、TS980MPa級以上の鋼板、とりわけTS1180MPa級以上で強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れる高強度鋼板を安定的に量産することは困難であった。
【0007】
特許文献2で開示された技術は、焼もどし処理を行っておらず鋼組織として硬質なマルテンサイトが含まれるために、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板は得られない。
【0008】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、引張強度(TS)≧980MPaを有し、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板とその製造方法を提供することである。
【0009】
なお、本発明において、高強度冷延鋼板とは引張強度(TS)≧980MPaの冷延鋼板である。
【課題を解決するための手段】
【0010】
以下、本発明に至った経緯を説明する。
本発明者らは、引張強度が980MPa以上の高い強度と高い延性を有する高強度冷延鋼板を得るために鋭意検討を重ねた。その結果、以下の知見を得た。
Tiを0.07%以上と多量に添加し、焼鈍工程では1.5℃/s以上の加熱速度で昇温後、2相温度域のうち比較的低い温度域で均熱することにより、細粒組織が得られ、優れた強度と延性のバランスを有する高強度鋼板が得られることがわかった。また、2相温度域での焼鈍で結晶粒の細粒化が可能なため、Siを1%以上添加した、変態点の高い鋼においても細粒組織が得られることもわかった。本発明では、マルテンサイトの面積率が高い場合でも細粒組織が得られるので、軟質な焼もどしマルテンサイトを活用してTS≧980MPaを得ることが可能であり、高い強度と高い延性に加えて高い伸びフランジ性も付与することが可能になった。
【0011】
上記課題を解決するための本発明の要旨は以下のとおりである。
[1]成分組成は、質量%で、C: 0.08〜0.20%、Si: 0.5〜2.5%、Mn: 1.6〜3.0%、P: 0.05%以下、S: 0.005%以下、Al: 0.01〜0.10%、N: 0.006%以下、Ti: 0.07〜0.20%を含有し、さらにC、Ti添加量が下記式(1)および式(2)を満たし、残部はFeおよび不可避的不純物からなり、鋼組織は、面積率で25〜90%の焼もどしマルテンサイトと10〜75%のフェライトと5%未満のマルテンサイト(ただし0%も含む)からなり、さらに、フェライトの平均結晶粒径が3.5μm以下であり、焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径が3.0μm以下であることを特徴とする高強度冷延鋼板。
[Ti*] = [Ti] − 48/14[N]≧ 0.07 …(1)
[C*] = [C] − 12/48×[Ti]≧ 0.06 …(2)
ただし、[M]は合金元素の含有量(質量%)
[2]質量%で、さらに、Nbを0.02〜0.10%含み、前記式(2)に変えて、下記式(3)を満たすことを特徴とする前記[1]に記載の高強度冷延鋼板。
[C*] = [C]−12/48×[Ti]−12/93×[Nb]≧ 0.06 …(3)
[3]質量%で、さらに、Bを0.0002〜0.0020%含むことを特徴とする前記[1]または[2]に記載の高強度冷延鋼板。
[4]質量%で、さらに、V:0.01〜0.30%、Mo:0.01〜0.30%、Cr:0.01〜0.30%のいずれか1種以上を含むことを特徴とする前記[1]〜[3]のいずれかに記載の高強度冷延鋼板。
[5]質量%で、さらに、Cu:0.01〜0.30%、Ni:0.01〜0.30%のいずれか1種以上を含むことを特徴とする前記[1]〜[4]のいずれかに記載の高強度冷延鋼板。
[6]質量%で、さらに、Sn: 0.001〜0.100%、Sb: 0.001〜0.100%、Ca: 0.0002〜0.0100%、W: 0.01〜0.10%、Co: 0.01〜0.10%、REM: 0.0002〜0.0050%のいずれか一種以上を含むことを特徴とする前記[1]〜[5]のいずれかに記載の高強度冷延鋼板。
[7]前記[1]〜[6]のいずれかに記載の高強度冷延鋼板を製造する方法であって、溶鋼を連続鋳造することにより得られたスラブを1200℃以上に加熱し、熱延圧延および冷間圧延を行い作製した冷間圧延板を、連続焼鈍炉にて680〜AC3 − 50℃の温度域を1.5℃/s以上の平均昇温速度で加熱後、T1℃で1〜10分間均熱保持したのち、T1〜550℃の温度域を平均冷却速度2〜100℃/sで冷却し、次いで550〜50℃の温度域を平均冷却速度10〜2000℃/sで冷却した後に、T2℃まで再加熱し、1〜15分間均熱保持することを特徴とする高強度冷延鋼板の製造方法。
ただし、
AC3(℃) = 910 − 203 ([C] − 12/48[Ti] − 12/93[Nb])0.5+ 44.7[Si] − 30[Mn] + 700[P] + 400[Al] − 11[Cr] + 31.5[Mo]
[M]は合金元素の含有量(質量%)
T1: 750℃からAC3 − 20℃の範囲の温度、T2: 100℃から500℃の範囲の温度
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%はすべて質量%である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、引張強度(TS)≧980MPaを有し、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れた高強度冷延鋼板が得られる。
その結果、自動車骨格部材用途として要求されている、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れた高強度鋼板の供給が可能となり、本発明の自動車、鉄鋼産業界における利用価値は極めて大きい。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】Ti*の増加に伴うフェライトの平均結晶粒径の変化を示す図である。
図2】Ti*の増加に伴うTS×Elの変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を詳細に説明する。
本発明の高強度冷延鋼板は、成分組成として、質量%で、C: 0.08〜0.20%、Si: 0.5〜2.5%、Mn: 1.6〜3.0%、P: 0.05%以下、S: 0.005%以下、Al: 0.01〜0.10%、N: 0.006%以下、Ti: 0.07〜0.20%を含有し、さらにC、Ti添加量が下記(1)式および(2)式を満たし、残部はFeおよび不可避的不純物からなる。鋼組織は、面積率で25〜90%の焼もどしマルテンサイトと10〜75%のフェライトと5%未満のマルテンサイト(ただし0%も含む)からなり、さらに、フェライトの平均結晶粒径が3.5μm以下であり、焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径が3.0μm以下である。
[Ti*] = [Ti] − 48/14[N]≧ 0.07 …(1)
[C*] = [C] − 12/48×[Ti]≧ 0.06 …(2)
ただし、[M]は合金元素の含有量(質量%)
鋼の成分組成のうち、特に、C量、Ti添加量は重要な要件である。また、焼鈍条件を適正に制御することにより、焼もどしマルテンサイトが面積率で25〜90%の範囲となる微細組織を有することも重要な要件である。
【0015】
本発明の成分組成限定理由について説明する。
C: 0.08〜0.20%
Cはマルテンサイトの強化に有効である。しかしながら、添加量が0.08%未満ではTS≧980MPaの優れた強度と延性の両立が困難となる。一方、添加量が0.20%を超えると、フェライトと焼もどしマルテンサイトの硬度差が過度に大きくなって伸びフランジ性を劣化させる。さらに、細粒化に寄与するTiCが粗大化して細粒化効果を低下させ、延性、伸びフランジ性を著しく劣化させる。このため、C量は0.08%以上0.20%以下の範囲とする。好ましくは0.10%以上0.18%以下とする。
【0016】
Si: 0.5〜2.5%
Siはフェライトの強化と加工硬化率そのものの向上による強度と延性のバランスの向上に有効である。さらに、Siは炭化物の生成および成長抑制効果を通して炭化物を微細に分散させ、組織の細粒化を促進する。しかしながら、980MPa以上の引張強度を有する高強度鋼板においては、添加量が0.5%未満では十分な効果は得られない。一方、2.5%を超えると、組織微細化に寄与するTi炭化物の生成を過度に遅延させて組織微細化の効果が小さくなり、さらに鋼組織にフェライトが過剰に生成したりフェライト粒径が粗大化したりするため強度および強度と延性のバランスが劣化する。さらに、鋼板表層にSi酸化物が生成することにより化成処理性も劣化する。よって、Si量は0.5%以上2.5%以下の範囲とする。好ましくは0.8%以上2.0%以下とする。
【0017】
Mn: 1.6〜3.0%
Mnは鋼板の強化に有効な元素である。しかしながら、添加量が1.6%未満では980MPa以上の引張強度が安定して得られない。一方、Mn量が3.0%を超えると、鋳造時の偏析によりフェライトとマルテンサイトが帯状に分布した鋼組織を呈するため、強度と延性のバランスや曲げ性、伸びフランジ性が劣化する。このため、Mn量は1.6%以上3.0%以下の範囲とする。好ましくは1.8%以上2.5%以下とする。
【0018】
P: 0.05%以下
Pはフェライトの強化に有効な元素であり、適量添加することにより強度と延性のバランスが向上する。しかしながら、0.05%を超えると、鋳造時のオ−ステナイト粒界へのP偏析に伴う粒界脆化により、局部延性の劣化を通じて強度と延性のバランスが劣化する。このため、P量は0.05%以下とする。好ましくは0.02%以下とする。
【0019】
S: 0.005%以下
S量が0.005%を超えると、Mn硫化物が過剰に生成するため伸びフランジ性が劣化する。このため、S量は0.005%以下とする。また、スケ−ル剥離性の向上による表面品質向上の観点からSは0.001%以上が好ましく、さらに好ましくは0.001%以上0.003%以下とする。
【0020】
Al: 0.01〜0.10%
Alは自身が酸化物を形成することによってSiなどの酸化物を低減するため、延性を改善する効果がある。しかしながら、0.01%未満では有意な効果は得られない。一方、0.10%を超えてAlを過度に添加すると、AlとNとが結合して窒化物が形成され鋳造時にオ−ステナイト粒界上に析出して粒界脆化させるため、伸びフランジ性を劣化させる。よって、Al量は0.01%以上0.10%以下とする。好ましくは0.01%以上0.05%以下とする。
【0021】
N: 0.006%以下
NはAlおよびTiと窒化物を形成し、上記のように伸びフランジ性を劣化させる。N量が0.006%を超えるとTi窒化物、Al窒化物により伸びフランジ性が顕著に劣化する。また、固溶Nの増加による伸びの低下も著しい。よって、N量は0.006%以下とする。好ましくは0.004%以下とする。
【0022】
Ti: 0.07〜0.20%
Tiは焼鈍加熱中にTiCとして析出し、鋼板の再結晶温度を上昇させて、焼鈍中に未再結晶の加工フェライトからオ−ステナイトが生成することにより、鋼組織を顕著に微細化する。しかし、0.07%未満ではこの効果が小さいばかりか、組織の不均一化を招いて強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性が劣化する。一方、0.20%を超えると微細化の効果が飽和するばかりか、微細化にも強度上昇にも寄与しない粗大な炭化物がスラブ加熱後も残存するため、強度、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性が劣化する。よって、Ti量は0.07%以上0.20%以下とする。
【0023】
さらに、本発明はTi、Cをそれぞれ下記式(1)、式(2)を満足する範囲で含有させる必要がある。
[Ti*] = [Ti] − 48/14[N]≧ 0.07 …(1)
[C*] = [C] − 12/48×[Ti]≧ 0.06 …(2)
ただし、[M]は合金元素の含有量(質量%)
以下に、この理由について説明する。
【0024】
[Ti*] = [Ti] − 48/14[N]≧ 0.07 …(1)
Ti*は、TiCとして析出し、鋼組織の微細化に寄与する実効的なTi量を表し、組織の細粒化を通じて強度と延性のバランスを向上させる。
【0025】
ここで、フェライトの平均結晶粒径と強度と延性のバランスに及ぼすTi*の影響について説明する。C:0.14%、Si:1.0%、Mn:2.1%、P:0.02%、S:0.002%、Al:0.03%、N:0.003%、Ti:0%〜0.16%を含有し、Ti*を0〜0.15%の範囲で変化させ、残部はFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有するスラブを1250℃で1時間均熱後、仕上圧延温度870℃、巻取温度560℃で熱間圧延して板厚2.8mmの熱延板とした。次いで、常法に従い酸洗を行った後、板厚1.2mmの冷延板とし、680〜800℃の温度域を平均昇温速度1.9℃/sで加熱し、800℃で3分均熱保持した後、800〜550℃の温度域を平均冷却速度15℃/sで冷却し、次いで、550〜50℃を平均冷却速度1500℃/sで冷却後、200℃まで再加熱し8分間均熱保持した。以上によりTSを1180MPa級に調整した冷延鋼板を製造した。次いで、この冷延鋼板について、後述の測定方法に従い、組織解析および引張試験を行った。図1にTi*の増加に伴うフェライトの平均結晶粒径の変化を示す。図1に示すように、Ti*の増加に伴いフェライトの平均結晶粒径が微細化し、Ti*≧0.07の範囲で微細化の効果が顕著化し、フェライトの平均粒径≦3.5μmが得られた。さらに、Ti*≧0.09とすることでフェライトの平均粒径≦2.5μmが達成された。なお、フェライトの細粒化に伴い、焼もどしマルテンサイトも細粒化されることを確認しており、Ti*≧0.07の範囲で焼もどしマルテンサイトの平均粒径≦3.0μm、Ti*≧0.09の範囲で平均粒径≦2.5μmが得られている。図2にTi*の増加に伴うTS×Elの変化を示す。図2に示すように、TS×Elは、Ti*≦0.06の範囲ではベ−ス鋼(Ti*=0)より劣位であるが、Ti*>0.06の範囲ではTi*の増加に伴い向上して、ベ−ス鋼より優れた強度と延性のバランスが得られ、Ti*≧0.07の範囲でTS×El≧16500MPa・%、Ti*≧0.09の範囲でTS×El≧17000MPa・%が達成された。これは、組織の細粒化による加工硬化能の向上によると考えられる。一方、Ti*を過剰に増加しても微細化効果は飽和し、さらに強度と延性のバランスや伸びフランジ性が劣化する。これは、十分な検証はなされていないが、スラブ加熱時にもTiCが固溶せず粗大析出物として残存し、強度向上や組織細粒化に寄与しないばかりか、後述のようにC*が低下したり、粗大なTiCが割れの起点となるためと考えられる。以上より、Ti*は0.07以上とし、好ましくは0.09以上とする。より好ましくは0.09以上0.15以下とする。
【0026】
[C*] = [C] − 12/48×[Ti]≧ 0.06 …(2)
C*はマルテンサイトの強化に寄与する実効的なC量を表し、C*が0.06未満ではマルテンサイト強度が不足して鋼板の加工硬化能が低下するため、所定の強度および強度と延性のバランスを得られない。よって、C*は0.06以上とする。一方、0.15を超えるとフェライトとマルテンサイトの硬度差が大きくなって伸びフランジ性が劣化する場合があるので、0.15以下が好ましい。さらに好ましくは0.08以上0.15以下とする。
また、Nbを添加する場合は、Nbで析出固定されるC量を考慮し、[C*]は、上記(2)式に変えて、下記の式(3)とする。
[C*] = [C]−12/48×[Ti]−12/93×[Nb]≧ 0.06 …(3)
上記以外の残部はFeおよび不可避的不純物である。
【0027】
以上の必須添加元素で、本発明鋼は目的とする特性が得られるが、上記の必須添加元素に加えて、必要に応じて下記の元素を添加することができる。
【0028】
Nb: 0.02〜0.10%
NbはTiと同様に組織を微細化する効果を有するため、必要に応じて添加してもよい。Nb量が0.02%未満ではこの効果は小さい。また、0.10%を超えて添加しても組織微細化の効果が飽和するばかりか、粗大なTi、Nb複合炭化物を形成して強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性を劣化させる。さらに製造コストも増大する。よって、Nbを添加する場合は、0.02%以上0.10%以下とする。好ましくは0.04%以上0.08%以下とする。
【0029】
B: 0.0002〜0.0020%
Bは、連続焼鈍における加熱時にオ−ステナイト粒界に偏析し、冷却時のオ−ステナイトからのフェライト変態およびベイナイト変態を抑制して、焼もどしマルテンサイトの形成を容易化する。このようにBの添加は鋼板の強化に有効であり、必要に応じて添加してもよい。B量が0.0002%未満では、この効果は小さい。一方、B量が0.0020%を超えると、この効果は飽和する。よって、Bを添加する場合は、0.0002%以上0.0020%以下とする。
V:0.01〜0.30%、Mo:0.01〜0.30%、Cr:0.01〜0.30%のいずれか1種以上
V: 0.01〜0.30%
VとCとが結合して形成される微細炭化物は鋼板の析出強化に有効であり、Vを必要に応じて添加してもよい。V量が0.01%未満では効果が小さい。一方、V量が0.30%を超えると、炭化物が過剰に析出して強度と延性のバランスが劣化する場合がある。よって、Vを添加する場合は、0.01%以上0.30%以下とする。
Mo: 0.01〜0.30%
Moは鋼板の焼入強化に有効であり、鋼組織の微細化効果も有するので必要に応じて添加してもよい。Mo量が0.01%未満では効果は小さい。一方、Mo量が0.30%を超えると、効果が飽和するばかりか、連続焼鈍時に鋼板表面にMo酸化物の形成が促進され、鋼板の化成処理性が低下する場合がある。よって、Moを添加する場合は、0.01%以上0.30%以下とする。
【0030】
Cr: 0.01〜0.30%
Crは鋼板の焼入強化に有効であり、必要に応じて添加してもよい。Cr量が0.01%未満では強化能が小さい。一方、添加量が0.30%を超えると、連続焼鈍時に鋼板表面にCr酸化物の生成が促進されるため、鋼板の化成処理性が低下する場合がある。よって、Crを添加する場合は、0.01%以上0.30%以下とする。
【0031】
Cu:0.01〜0.30%、Ni:0.01〜0.30%のいずれか1種以上
Cu: 0.01〜0.30%
Cuは連続焼鈍の冷却時にオ−ステナイトからのフェライト変態およびベイナイト変態を抑制して、焼もどしマルテンサイトの形成を容易化する。このようにCuは鋼板の強化に有効であり、必要に応じて添加してもよい。Cu量が0.01%未満では、この効果は小さい。一方、Cu量が0.30%を超えると、フェライト変態が過度に抑制されて延性が低下する。よって、Cuを添加する場合は、0.01%以上0.30%以下とする。
Ni: 0.01〜0.30%
Niは連続焼鈍の冷却時のオ−ステナイトからのフェライト変態およびベイナイト変態を抑制して、焼もどしマルテンサイトの形成を容易化する。このように、Niは鋼板の強化に有効であり、必要に応じて添加してもよい。Ni量が0.01%未満では、この効果は小さい。一方、Ni量が0.30%を超えると、フェライト変態が過度に抑制されて延性が低下する。よって、Niを添加する場合は、0.01%以上0.30%以下とする。
【0032】
Sn: 0.001〜0.100%、Sb: 0.001〜0.100%、Ca: 0.0002〜0.0100%、W: 0.01〜0.10%、Co: 0.01〜0.10%、REM: 0.0002〜0.0050%のいずれか一種以上
Sn: 0.001〜0.100%、Sb: 0.001〜0.100%
Sn、Sbはいずれも表面酸化や脱炭、窒化を抑制する効果を有するため、必要に応じて含有することができる。しかしながら、添加量がそれぞれ0.001%未満ではその効果は小さい。一方、添加量がそれぞれ0.100%を超えてもその効果は飽和する。よって、Sn、Sbを添加する場合は、各々0.001%以上0.100%以下とする。好ましくは0.005%以上0.010%以下とする。
Ca: 0.0002〜0.0100%
Caは、硫化物の形態制御や粒界強化、固溶強化を通じて延性を向上する効果を有するため、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、0.0002%未満ではその効果は小さい。一方、過度に添加すると粒界偏析などにより延性が劣化する場合がある。よって、Caを添加する場合は、0.0002%以上0.0100%以下とする。
W: 0.01〜0.10%、Co: 0.01〜0.10%
W、Coはいずれも硫化物の形態制御や粒界強化、固溶強化を通じて延性を向上する効果を有するため、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、0.01%未満ではその効果は小さい。一方、過度に添加すると粒界偏析などにより延性が劣化する場合がある。よって、W、Coを添加する場合は、各々0.01%以上0.10%以下とする。
REM: 0.0002〜0.0050%
REMは、硫化物の形態制御や粒界強化、固溶強化を通じて延性を向上する効果を有するため、必要に応じて含有させることができる。しかしながら、0.0002%未満ではその効果は小さい。一方、過度に添加すると粒界偏析などにより延性が劣化する場合がある。よって、REMを添加する場合は、0.0002%以上0.0050%以下とする。
【0033】
次に、鋼組織限定理由について説明する。
本発明の目的とするTS≧980MPaで強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板を得るには、鋼組織が、面積率で25〜90%の焼もどしマルテンサイトと10〜75%のフェライトと5%未満のマルテンサイト(ただし0%も含む)からなり、さらにフェライトの平均結晶粒径が3.5μm以下であり、焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径が3.0μm以下を満足する必要がある。
【0034】
焼もどしマルテンサイト: 面積率で25〜90%
鋼組織として焼もどしマルテンサイトを含むことにより、鋼板強度が増加する。しかしながら、焼もどしマルテンサイトが面積率で25%未満ではTS≧980MPaを安定して得られないばかりか、焼鈍均熱後の冷却中に粗大なフェライトと焼もどしマルテンサイトが生成するため、強度と延性のバランスが劣化する。一方、90%を超えると、延性の低い焼もどしマルテンサイトが過度に増加するため、良好な強度と延性のバランスが得られない。よって、焼もどしマルテンサイトは面積率で25%以上90%以下とする。強度確保および冷却時の粗大なフェライトと焼もどしマルテンサイトの生成を抑制する観点から、面積率で35%超が好ましく、さらに好ましくは面積率で45%超とする。
【0035】
フェライト: 面積率で10%以上75%以下
鋼組織としてフェライトを含むことにより、鋼板の延性が向上する。しかしながら、フェライトが面積率で10%未満では、延性を担うフェライトが不足するため良好な強度と延性のバランスが得られない。また、75%超えでは、TS≧980MPaを安定して得られないばかりか、焼鈍均熱後の冷却中に粗大なフェライトが生成するため、強度と延性のバランスが劣化する。よって、フェライトは面積率で10%以上75%以下とする。
【0036】
マルテンサイト: 面積率で5%未満(ただし、0%を含む)
鋼組織としてマルテンサイトを含むと、硬度差が大きいフェライト−マルテンサイト界面で割れが生じて伸びフランジ性が劣化するため、できるだけ少ない方が好ましい。マルテンサイトが面積率で5%以上では、穴広げ性が顕著に劣化して本発明において目標とする伸びフランジ性が得られない。このため、マルテンサイトは面積率で5%未満とする。好ましくは2%未満とする。
【0037】
フェライトの平均結晶粒径: 3.5μm以下
フェライトの微細化により鋼板の加工硬化能が向上しより強度と延性のバランスが向上する。しかしながら、平均結晶粒径が3.5μmを超えるとその効果は著しく低下する。このため、フェライトの平均結晶粒径は3.5μm以下とする。また、過度に微細化すると強度と延性のバランスが劣化するため、0.5μm以上が好ましい。さらに好ましくは0.5μm以上2.0μm以下とする。
【0038】
焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径: 3.0μm以下
焼もどしマルテンサイトの微細化により鋼板の強度と延性のバランスが向上する。しかしながら、平均結晶粒径が3.0μmを超えるとその効果は著しく低下する。このため、焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径は3.0μm以下とする。また、過度に微細化すると強度と延性のバランスが劣化するため、0.5μm以上が好ましい。さらに好ましくは0.5μm以上2.0μm以下とする。
【0039】
ここで、マルテンサイトは焼もどしマルテンサイトに比べて顕著に硬質であり、冶金学的特徴と機械的特性に及ぼす影響のいずれも焼もどしマルテンサイトとは異なるため、マルテンサイトと焼もどしマルテンサイトは区別する必要がある。本発明では、以下の方法でマルテンサイトと焼もどしマルテンサイトを判別する。すなわち、ナイタ−ルで腐食した試料に対して走査型電子顕微鏡(SEM)で観察する。得られた観察像において、マルテンサイトは焼もどしされていないため、内部に炭化物が見られない白色の組織を呈するので、これをマルテンサイトと判別する。一方、焼もどしマルテンサイトはマルテンサイトに比べて内部に炭化物が見られる組織を呈するので、これを焼もどしマルテンサイトと判別する。また、本発明において、ベイニティックフェライトはフェライトに含むものとする。
【0040】
また、焼もどしマルテンサイト、フェライトおよびマルテンサイトの面積率と平均結晶粒径は次の方法で測定することができる。すなわち、鋼板の圧延幅方向に垂直な面について、鏡面研磨後、3%ナイタ−ルで腐食したものを光学顕微鏡あるいはSEMを用いて板厚の1/4または3/4位置を観察する。フェライトおよび焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径は、EBSD法による解析(電子後方散乱回折像による解析)を行い単位面積当たりのフェライトまたは焼もどしマルテンサイトの数から算出した円相当径として求める。各組織の面積率はASTM E 562 − 05に準拠して求める。
なお、上記鋼組織は、鋼成分、熱間圧延時のスラブ加熱温度および焼鈍条件を適正に制御することにより、得ることができる。
【0041】
次に、本発明の高強度冷延鋼板の製造条件について説明する。
上記の成分組成に調整した鋼を転炉などで溶製し、連続鋳造法等でスラブとする。このスラブを高温状態のまま、あるいは冷却した後、1200℃以上に加熱してから、熱間圧延を施し、次いで熱延鋼板表面の酸化スケ−ルを酸洗により除去し、冷間圧延後、連続焼鈍炉にて680〜AC3 −50℃の温度域を平均昇温速度1.5℃/s以上で加熱する。次いで、750〜AC3 −20℃の範囲の温度T1で1〜10分均熱保持した後、T1〜550℃の温度域を平均冷却速度1〜100℃/sで冷却し、次いで、550〜50℃の温度域を平均冷却速度10〜2000℃/sで冷却した後に、100〜500℃の範囲の温度T2まで再加熱し1〜15分間均熱保持する。
ただし、上記において、
AC3(℃) = 910 − 203 ([C] − 12/48[Ti] − 12/93[Nb])0.5+ 44.7[Si] − 30[Mn] + 700[P] + 400[Al] − 11[Cr] + 31.5[Mo]
[M]は合金元素の含有量(質量%)
T1: 750℃〜AC3 − 20℃の範囲の温度、T2: 100℃〜500℃の範囲の温度
である。
【0042】
スラブ加熱温度: 1200℃以上
上記の工程において、スラブの加熱温度が1200℃未満ではTiが十分に固溶せず、Ti炭化物が粗大なまま残存するため、後の焼鈍工程での組織微細化効果が不十分となる。よって、スラブ加熱温度は1200℃以上とする。なお、好ましくは1250℃以上である。
【0043】
仕上圧延温度
熱間圧延の仕上圧延温度は特に限定されるものではないが、Ar3変態点未満では圧延中にオ−ステナイト、フェライトの二相組織となり、鋼板にバンド状組織が生成しやすくなり、かかるバンド状組織は冷間圧延後や焼鈍後にも残留し、強度と延性のバランスを劣化させたり材料特性の異方性を助長させたりする原因となる場合がある。よって、仕上圧延温度はAr3変態点以上とすることが好ましい。
【0044】
巻取温度
熱間圧延終了後の巻取温度も特に限定されるものではないが、巻取後の冷却中にTi炭化物が粗大かつ過剰に生成し、組織微細化の効果を低下させる場合があるので、650℃以下が好ましい。一方、巻取温度が500℃未満では後の冷間圧延の荷重が顕著に増加して生産性を阻害するため、500℃以上が好ましい。また、組織微細化促進の観点から、さらに好ましくは500℃以上580℃以下である。
【0045】
酸洗
酸洗条件は特に制限されるものではなく、常法に従えばよい。
【0046】
冷間圧延
冷間圧延条件は特に限定されるものではなく、常法に従えばよいが、焼鈍加熱時のオ−ステナイト核生成サイトを増やし、組織微細化を促進するという観点から、圧下率は40%以上とするのが好ましい。一方、圧下率を上げすぎると圧延が困難になり生産性を阻害する場合があるため、90%以下とすることが好ましい。
【0047】
680〜AC3 − 50℃の温度域の平均昇温速度: 1.5℃/s以上
680〜AC3 −50℃の温度域の平均加熱速度を1.5℃/s以上とすることにより、組織の微細化が促進される。これは、ひずみが付与されたフェライトからオ−ステナイト核生成が微細に起こるためである。1.5℃/s未満ではその効果は小さい。一方、過度に急速加熱すると、オ−ステナイトがバンド組織状に成長して曲げ性や伸びフランジ性が劣化するので、50.0℃/s以下とすることが好ましい。さらに好ましくは3.0℃/s以上30.0℃/s以下とする。ただし、焼鈍温度T1がAC3 − 50℃未満となる場合の上記平均昇温速度は680〜T1の温度域の平均昇温速度とする。
【0048】
焼鈍温度T1および均熱時間: 750℃〜AC3 − 20℃で1〜10分間
適正な昇温速度で加熱後、750℃〜AC3 − 20℃の2相温度域で1〜10分間均熱保持することで、未再結晶のフェライトからオ−ステナイトが均一微細に核生成し、次いでフェライトが再結晶するため、焼もどしマルテンサイト面積率が35%超でも細粒組織が得られ、高い強度と延性を付与することができる。
焼鈍温度T1が750℃未満では、均熱時のオ−ステナイト相が少ないため強度確保に必要なマルテンサイト分率が得られず、さらに延性が低い未再結晶フェライトが過剰に残留して延性が顕著に劣化する。一方、AC3 − 20℃を超えると均熱中にオ−ステナイトが粗大化し、とりわけ、焼もどしマルテンサイト面積率が高い場合にフェライトと焼もどしマルテンサイトが粗大化して細粒組織が得られないため、強度と延性のバランスが劣化する。このため、焼鈍温度は750℃以上AC3 − 20℃以下する。好ましくは780℃以上とする。
均熱時間が1分間未満では、均熱時のオ−ステナイトが少なく面積率で25%以上の焼もどしマルテンサイトが得られなくなり980MPa以上の引張強度が得られない。一方、10分間を超えると、均熱中にオ−ステナイトが粗大化し、とりわけ、焼もどしマルテンサイト面積率が高い場合にフェライトと焼もどしマルテンサイトが粗大化して細粒組織が得られなくなり、強度と延性のバランスが劣化する。よって、均熱時間は1分間以上10分間以下とする。
【0049】
T1〜550℃の温度域の平均冷却速度: 2〜100℃/s
T1〜550℃の温度域ではフェライトが生成するため、この温度域での冷却速度を適正に制御することによってフェライト分率を制御する必要がある。T1〜550℃の温度域の平均冷却速度が2℃/s未満では、面積率で25%以上の焼もどしマルテンサイトが得られないばかりか、冷却中に粗大なフェライトと焼もどしマルテンサイトが生成する。一方、100℃/sを超えると、冷却中のフェライト変態が過度に抑制され、優れた強度と延性のバランスが得られない。よって、T1〜550℃の温度域の平均冷却速度は2℃/s以上100℃/s以下とする。強度確保の観点からは5℃/s以上とすることが好ましく、強度と延性のバランスの観点から50℃/s以下とすることが好ましい。さらに好ましくは10℃/s以上30℃/s以下とする。なお、冷却は、ガス冷却、ミスト冷却、ロ−ル冷却などを用いるか、あるいはこれらを組み合わせて冷却することも可能である。
【0050】
550〜50℃の温度域の平均冷却速度: 10〜2000℃/s
550〜50℃の温度域ではベイナイトが生成してベイナイトが生成することによって強度および強度-延性バランスが低下するため、550〜50℃の温度域の冷却速度を適正に制御する必要がある。550〜50℃の温度域の平均冷却速度が10℃/s未満では、冷却中のベイナイト変態に伴いマルテンサイトが生成して伸びフランジ性が顕著に劣化する。一方、2000℃/sを超える冷却速度を得るには、大幅な設備改造が必要となる。よって、550〜50℃の温度域の平均冷却速度は10℃/s以上2000℃/s以下とする。強度確保および伸びフランジ性の観点からは500℃/s以上とすることが好ましい。なお、冷却は水冷が好ましいが、ガス冷却、ミスト冷却、ロ−ル冷却などを用いるか、あるいはこれらを組み合わせて冷却することも可能である。
【0051】
再加熱温度T2および均熱時間: 100〜500℃で1〜15分間均熱
適度な温度および時間で焼もどし処理を施すことにより、組織の細粒化により高い強度と延性を確保しつつ、高い伸びフランジ性も付与することができる。再加熱温度が100℃未満では、マルテンサイトが十分に焼もどしされず伸びフランジ性が劣化する。一方、500℃を超えると、焼もどしが過度に急激に進行してマルテンサイトがフェライトと炭化物に分解して軟化するため980MPa以上の引張強度が得られないばかりか、加工硬化能の低下により強度と延性のバランスも低下する。さらに、粗大な炭化物が生成することにより穴広げ性が劣化する。このため、再加熱温度は100℃以上500℃以下とする。
均熱時間が1分間未満では、マルテンサイトの焼もどしが不十分となるため、伸びフランジ性が劣化する。また、15分間を超えると焼もどしの効果が飽和するばかりか、焼もどしが過度に進行してマルテンサイトがフェライトと炭化物に分解して軟化するため980MPa以上の引張強度が得られない。また、加工硬化能の低下により強度と延性のバランスも低下する。このため、均熱時間は1分間以上15分間以下とする。強度と延性のバランスおよび量産性の観点からは3分間以上12分間以下が好ましい。なお、再加熱後室温に戻すまでの冷却は、空冷、炉冷却、ガス冷却、ミスト冷却、ロ−ル冷却、水冷などで行うことができる。
【0052】
その後、常法に従って、調質圧延、酸洗、電気めっきなどを行っても良い。
【0053】
以上説明したように、本発明によれば、鋼の化学成分のうち特にC、Tiの添加量を、そして、焼鈍条件を適正に制御することにより、微細組織を有する高強度鋼板を得ることが可能となる。その結果、自動車骨格部材用途として要求されている、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れた高強度鋼板を供給することが可能となる。
【実施例1】
【0054】
以下、本発明を実施例により詳細に説明する。
表1に示す成分組成を有するスラブを表2に示す条件でスラブ加熱後、常法に従い熱間圧延して3.6mmの熱延板とした。ここで、仕上圧延の最終パスの圧延温度はAr3変態点以上とし、巻取温度は560℃とした。この熱延板を常法に従い酸洗後、圧下率61%で冷間圧延して冷延板とした。この冷延板を表2に示す条件で焼鈍して製品板とした。
以上により得られた製品板に対して、鋼組織、引張強度、破断伸び、穴広げ率を測定した。なお、測定方法は以下に示す通りである。
【0055】
鋼組織は、鋼板の圧延幅方向に垂直な面について、鏡面研磨後、3%ナイタ−ルで腐食したものを光学顕微鏡あるいは走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察し、フェライトおよび焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径を求めると共に、各組織の面積率を求めた。ここで、フェライトおよび焼もどしマルテンサイトの平均結晶粒径は、EBSD解析を行い単位面積当たりのフェライトまたは焼もどしマルテンサイトの数から算出した円相当径として求めた。各組織の面積率はASTM E 562 − 05に準拠して求めた。
【0056】
引張強度(TS)、破断伸び(El)は、焼鈍後の製品鋼板の圧延方向に対して90°の方向を引張軸方向とするJIS Z 2201(1998)の5号引張試験片を用いてJIS Z 2241(1998)に準拠した引張試験を行って測定した。
【0057】
穴広げ率(λ)は、JIS Z 2256(2010)に準拠した穴広げ試験を行って測定した。
【0058】
得られた結果を表3に示す。なお、表1〜3において、下線部は本発明の範囲から外れる条件を表す。
【0059】
【表1】
【0060】
【表2】
【0061】
【表3】
【0062】
表3に示したように、本発明例であるNo. 1〜24は、1007〜1376MPaのTSを有する高強度冷延鋼板が得られている。さらに、TS≧1320MPaの鋼板はTS×El≧16000MPa・%かつλ≧25%、1320MPa >TS≧1180MPaの鋼板はTS×El≧16500MPa・%かつλ≧30%、1180MPa >TS≧980MPaの鋼板はTS×El≧17000MPa・%かつλ≧35%がそれぞれ得られており、強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れる。
【0063】
一方、比較例のNo. 25〜41は、成分組成、スラブ加熱温度または焼鈍条件が本発明の範囲外であり、フェライト、焼もどしマルテンサイト、マルテンサイトの面積率またはフェライト、焼もどしマルテンサイトの平均粒径が本発明の要件を満たしていないため、TS≧980MPaかつ強度と延性のバランスおよび伸びフランジ性に優れる高強度冷延鋼板が得られていない。
図1
図2