特許第6048622号(P6048622)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6048622鋼板の接合体、鋼板の接合体の製造方法およびスポット溶接方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6048622
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】鋼板の接合体、鋼板の接合体の製造方法およびスポット溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/11 20060101AFI20161212BHJP
   B23K 11/16 20060101ALI20161212BHJP
   B23K 11/34 20060101ALI20161212BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20161212BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20161212BHJP
【FI】
   B23K11/11 543
   B23K11/16
   B23K11/34
   C22C38/00 301S
   C22C38/00 302Z
   C22C38/60
【請求項の数】9
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2016-527488(P2016-527488)
(86)(22)【出願日】2016年1月22日
(86)【国際出願番号】JP2016000328
【審査請求日】2016年5月25日
(31)【優先権主張番号】特願2015-18099(P2015-18099)
(32)【優先日】2015年2月2日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】松田 広志
(72)【発明者】
【氏名】沖田 泰明
(72)【発明者】
【氏名】松下 宗生
(72)【発明者】
【氏名】池田 倫正
(72)【発明者】
【氏名】大井 健次
【審査官】 豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】 特開平02−008041(JP,A)
【文献】 特開平04−219231(JP,A)
【文献】 特開平01−180334(JP,A)
【文献】 特許第5043236(JP,B2)
【文献】 特開2003−010976(JP,A)
【文献】 特開2012−157888(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2011/0073572(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/11 − 11/16
C22C 38/00
C22C 38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でC:0.4%以下、Si:3.0%以下、Al:3.0%以下、Mn:0.2%以上6.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、N:0.020%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、引張り強さが1470MPa以下で、板厚0.3mm以上5.0mm以下である複数枚の鋼板を重ね合わせてなる鋼板の接合体であって、
その重ね合わせ面に溶接部と、硬化した接着剤とを有し、
接合体の溶接部は、ナゲット径が2.8√t(mm)以上であり、さらに接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べてC量が0.02質量%以上増加している鋼板の接合体。
t(mm):溶接界面両側の鋼板のうち薄板側の板厚
【請求項2】
成分組成が、更に、質量%で、Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1に記載の鋼板の接合体。
【請求項3】
接着剤に炭素供給剤が予め含有されている請求項1または2に記載の鋼板の接合体。
【請求項4】
形成された溶接部の硬さが、接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べて、ヴィッカース硬さで20以上硬質化している請求項1乃至3のいずれか1項に記載の鋼板の接合体。
【請求項5】
質量%でC:0.4%以下、Si:3.0%以下、Al:3.0%以下、Mn:0.2%以上6.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下、N:0.020%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、引張り強さが1470MPa以下で、板厚0.3mm以上5.0mm以下である複数枚の鋼板に対して、その重ね合わせ面のうち少なくとも1つの界面に予め接着剤と炭素供給剤を塗布し、重ね合わせ、その後溶接を施すことによる鋼板の接合体の製造方法であって、
該接合体の溶接部は、ナゲット径が2.8√t(mm)以上であり、さらに接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べてC量が0.02質量%以上増加していることを特徴とする鋼板の接合体の製造方法。
t(mm):溶接界面両側の鋼板のうち薄板側の板厚
【請求項6】
成分組成が、更に、質量%で、Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有する請求項5に記載の鋼板の接合体の製造方法。
【請求項7】
接着剤に炭素供給剤が予め含有されている請求項5または6に記載の鋼板の接合体の製造方法。
【請求項8】
形成された溶接部の硬さが、接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べて、ヴィッカース硬さで20以上硬質化している請求項5乃至7のいずれか1項に記載の鋼板の接合体の製造方法。
【請求項9】
請求項5乃至8のいずれか1項に記載の鋼板の接合体の製造方法に用いられる溶接方法であって、該溶接方法がスポット溶接方法であり、
電極先端の曲率半径が20mm以上の凸型電極もしくはフラット型電極を用いて、通電時間を0.08秒以上で溶接し、かつその内最初の0.03秒間の加圧力F(kN)を以下の関係式を満たす条件として溶接するスポット溶接方法。
F<0.00125×TS×(1+0.75×tall)+3
TS(MPa):鋼板の平均強度であって、各鋼板の板厚から算出した荷重平均を示している
tall(mm):鋼板の全板厚(各鋼板の板厚の合計)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、複数枚の鋼板を接着剤と溶接とを複合化した接合方法にて接合した、高強度・高剛性などの優れた性能を有する、鋼板の接合体とその接合方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車に対する燃費性能や衝突時の安全性向上に対する要求の高まりに伴い、自動車車体の軽量化と衝撃吸収特性の両立が求められている。最近ではそれに加えて、操縦安定性の向上などの要求が高まっており、車体剛性の一層の向上が求められている。その実現に向けて、高強度鋼板の適用による鋼板の薄肉化や、車体へのアルミニウム合金等の軽金属の適用と合わせた、高強度・高剛性設計が進められるとともに、接合部の強度・剛性の向上が求められている。
【0003】
スポット溶接に代表される抵抗溶接法は、低コストでかつ高い生産効率を有する接合方法であるので、自動車産業を始めとした各種産業で活用されている。そして上述したような、剛性向上ニーズの拡大から、接着とスポット溶接を複合化したウェルドボンド法の適用が進められている。これは、接合部を、点接合から線接合、面接合とするに従って、接合部および部材の剛性が向上するためである。
【0004】
ウェルドボンド法の場合、接着のみの接合に比べて、衝撃強度、高温強度、耐クリープ性等が改善された接合部が形成可能となる利点がある。また、ウェルドボンド法は、スポット溶接のみの場合に比べて、疲労特性、剛性等が改善されることや、接合部にシール性が付与されることに起因して耐食性が向上することなどの利点も有する。これらの利点から、自動車の製造工程にウェルドボンド法の適用が進められている。
【0005】
ウェルドボンド法では、接合される面への接着剤の塗布、重ね合わせ、スポット溶接、接着剤の硬化等の工程を経て被接合材料が接合されるため、被接合材料は、接着剤が硬化するまでの間、スポット溶接部のみで固定される。しかも、接着剤を硬化させるために被接合材料を加熱したときは、接合部には、被接合材料との熱膨張率の差に起因した熱応力が生じるなど、接着剤が硬化するまでに種々の応力が加わる。そのため、スポット溶接で形成される接合部は、これらの応力に十分耐える強度を持つことが必要とされる。更に、ウェルドボンド接合部の衝撃強度や高温強度等が、スポット溶接部の強度に影響を与えるため、スポット溶接部自体にも高い強度が必要となる。
【0006】
これらの課題を解決するため、以下に述べるような技術が提案されている。例えば、特許文献1では、スポット溶接の加圧動作に入る前に被溶接材を50〜170℃に加熱して溶接することにより良好なナゲットを確保して必要な接合強度を維持する方法が提案されている。また、特許文献2では、熱硬化性のエポキシ樹脂に導電性の粉状または片状もしくはフレーク状の金属、金属酸化物、金属炭化物、金属窒化物、金属ケイ化物のいずれか1種または2種以上の添加物を含む接着剤を使用することにより、抵抗スポット溶接時の導電性を良好にして、溶融不良を防止し、良好なナゲットを確保し十分な継手強度を得る方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平8−118031号公報
【特許文献2】特開平8−206845号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、溶接前に鋼板を加熱する必要があり、工程増加によるコスト増が生じるなどの課題がある。また、特許文献2の方法では、通電性を確保することにより安定したナゲット径の溶接部を得ることができるものの、溶接部自体の強度は従来と同等であり、打点数の削減や溶接部強度の向上効果は得られない。
【0009】
本発明は、上記の課題を有利に解決し、溶接部自体の強度を向上させることにより、接着剤の接合強度が低下した場合においても十分な接合強度が得られる接合体(鋼板の接合体)と溶接方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者らは、上記課題を解決すべく、鋭意検討を重ねた。その結果、次のことを見出した。接着剤と炭素供給剤を塗布し、スポット溶接時の電極先端形状や溶接条件を適切に制御することにより、ナゲット内部のC量を増加させることが可能となる。これにより、ナゲットの強度を高めることで継手強度を向上させることが可能である。
【0011】
従来、スポット溶接を活用したウェルドボンド法の場合には、接着剤を接合界面から如何に排出させて安定したナゲット径を得るかについて、着目した検討が多かった。これに対し、本発明は、接着剤と炭素供給剤を塗布することによって溶接部に炭素を供給し、接着剤と炭素供給剤の排出を最適制御する。これにより、溶接部を安定して形成させ、かつ接着剤と炭素供給剤を混入させない場合に比べて、継手強度を向上させることが可能となる。
【0012】
本発明は、上記の知見に基づき、さらに検討を重ねて完成されたもので、その要旨構成は次のとおりである。
[1]質量%でC:0.4%以下、Si:3.0%以下、Al:3.0%以下、Mn:0.2%以上6.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、引張り強さが1470MPa以下で、板厚0.3mm以上5.0mm以下である複数枚の鋼板を重ね合わせてなる鋼板の接合体であって、その重ね合わせ面のうち少なくとも1つの界面に予め接着剤と炭素供給剤を塗布した後、溶接を施すことにより形成され、接合体の溶接部は、ナゲット径が2.8√t(mm)以上であり、さらに接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べてC量が0.02質量%以上増加している鋼板の接合体。
t(mm):溶接界面両側の鋼板のうち薄板側の板厚
[2]成分組成が、更に、質量%で、Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有する[1]に記載の鋼板の接合体。
[3]接着剤に炭素供給剤が予め含有されている[1]または[2]に記載の鋼板の接合体。
[4]形成された溶接部の硬さが、接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べて、ヴィッカース硬さで20以上硬質化している[1]乃至[3]のいずれかに記載の鋼板の接合体。
[5]質量%でC:0.4%以下、Si:3.0%以下、Al:3.0%以下、Mn:0.2%以上6.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、引張り強さが1470MPa以下で、板厚0.3mm以上5.0mm以下である複数枚の鋼板に対して、その重ね合わせ面のうち少なくとも1つの界面に予め接着剤と炭素供給剤を塗布し、重ね合わせ、その後溶接を施すことによる鋼板の接合体の製造方法であって、該接合体の溶接部は、ナゲット径が2.8√t(mm)以上であり、さらに接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べてC量が0.02質量%以上増加していることを特徴とする鋼板の接合体の製造方法。
t(mm):溶接界面両側の鋼板のうち薄板側の板厚
[6]成分組成が、更に、質量%で、Cr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下の中から選ばれる1種または2種以上を含有する[5]に記載の鋼板の接合体の製造方法。
[7]接着剤に炭素供給剤が予め含有されている[5]または[6]に記載の鋼板の接合体の製造方法。
[8]形成された溶接部の硬さが、接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べて、ヴィッカース硬さで20以上硬質化している[5]乃至[7]のいずれかに一つに記載の鋼板の接合体の製造方法。
[9][5]乃至[8]のいずれか一つに記載の鋼板の接合体の製造方法に用いられる溶接方法であって、該溶接方法がスポット溶接方法であり、電極先端の曲率半径が20mm以上の凸型電極もしくはフラット型電極を用いて、通電時間を0.08秒以上で溶接し、かつその内最初の0.03秒間の加圧力F(kN)を以下の関係式を満たす条件として溶接するスポット溶接方法。
F<0.00125×TS×(1+0.75×tall)+3
TS(MPa):鋼板の平均強度であって、各鋼板の板厚から算出した荷重平均を示している
tall(mm):鋼板の全板厚(各鋼板の板厚の合計)
【発明の効果】
【0013】
本発明は、溶接部に適量の炭素を添加することにより、接合体の製造工程中で接着剤硬化前の接着による強度が十分に得られない状態においても溶接部で強度が確保できる。また、本発明によれば、接合体の使用時の強度ならびに経時変化により接着剤の接着強度が低下した場合においても、溶接部の強度によって構造物の必要な強度を維持することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
【0015】
本発明は、接合界面に接着剤と炭素供給剤とを塗布し、溶接部に炭素を供給することより、溶接部の強度を向上させることを特徴としている。炭素を供給する手段は、特に限定されない。ただし、本発明では、炭素供給剤を溶融部に供給するため、スポット溶接時の加圧工程およびその後の通電工程において、溶接部形成範囲から接着剤を完全に排出させることなくスポット溶接を施し、溶融部を成長させる際に、接着剤や炭素供給剤を溶融部内に取込む必要がある。
【0016】
そのため、本発明を実現するためには、単に接着剤および炭素供給剤を塗布するだけでなく、いかに溶接部を安定して形成させながら、適正な量の炭素を溶融部内に混入させるかが重要となる。
【0017】
以下では、まず本発明に使用する鋼板について説明する。
[鋼板成分]
本発明に使用する鋼板成分は、質量%でC:0.4%以下、Si:3.0%以下、Al:3.0%以下、Mn:0.2%以上6.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる必要がある。なお、以下の説明において成分含有量を示す「%」は、「質量%」を意味するものとする。
C:0.4%以下
鋼板のC量が0.4%を超えると溶接部が脆化して強度確保が難しくなる場合がある。このため、鋼板のC量は0.4%以下とする。好ましくは0.3%以下、さらに好ましくは0.25%以下である。
Si:3.0%以下
Siは、固溶強化により鋼の強度向上に寄与する有用な元素である。しかしながら、Si量が3.0%を超えると、固溶量の増加による靭性の劣化を招く。従って、Si量は3.0%以下とする。好ましくは2.6%以下である。さらに好ましくは、2.2%以下である。Siの下限は特に規定しないが、炭化物の生成を抑制する効果があり、溶融部のC量増加による強度上昇に有用な元素であることから、Si量は0.02%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、0.1%以上である。
【0018】
Al:3.0%以下
Alは、構成組織の分率制御に有効な元素である。しかし、3.0%超えの含有は鋼板中の介在物が多くなり延性を劣化させる。従って、含有量を3.0%以下とする。好ましくは2.5%以下である。さらに好ましくは、1.5%以下である。Alの下限は特に規定しないが、低減にはコストがかかることから、Al量は0.01%以上とすることが好ましい。さらに好ましくは、0.02%以上である。
【0019】
Mn:0.2%以上6.0%以下
Mnは、鋼の強化に有効な元素であり、溶接部および溶融部の強化に必要な元素であり、0.2%未満ではその効果が得られないため、0.2%以上とする。より好ましくは、0.5%以上、さらに好ましくは0.8%以上である。一方、Mn量が6.0%を超えると、凝固・冷却時に凝固界面や粒界から割れが生じる場合があるため、6.0%以下とする。好ましくは、Mn量は5.2%以下であり、より好ましくは4.7%以下である。
【0020】
P:0.1%以下
Pは、鋼の強化に有用な元素であるが、P量が0.1%を超えると、凝固界面などへの偏析により脆化することにより耐衝撃性を劣化させるため、C量増加による溶接部の強化のような効果が得られない。このため、P量は0.1%以下とする。好ましくは0.05%以下である。なお、P量は、できるだけ低減することが好ましいが、0.005%未満とするには大幅なコスト増加を引き起こすため、その下限は0.005%程度とすることが好ましい。
【0021】
S:0.07%以下
Sは、MnSを生成して介在物となり、耐衝撃性の劣化の原因となるため、S量を極力低減することが好ましい。しかしながら、S量を過度に低減することは、製造コストの増加を招くため、S量は0.07%以下とする。好ましくは0.05%以下であり、より好ましくは0.02%以下である。なお、Sは0.0005%未満とするには脱硫工程において大きな製造コストの増加を伴うため、製造コストの点からはその下限は0.0005%程度である。
【0022】
N:0.020%以下
Nは、鋼板自体の耐時効性を最も大きく劣化させる元素であり、低減することが好ましい。N量が0.020%を超えると耐時効性の劣化が顕著となるため、好ましくはN量は0.020%以下とする。なお、N量を0.001%未満とするには大きな製造コストの増加を招くため、製造コストの点からは、その下限は0.001%程度である。
【0023】
本発明に使用する鋼板において、上記以外の成分は、Feおよび不可避不純物である。ただし、本発明の効果を損なわない範囲内であれば、その他の特性向上のために必要な上記以外の成分の含有を拒むものではない。
【0024】
例えば、焼入れ性の制御のための冷却中における第二相の変態最適化などのためにCr、V、Mo、Ni、Cuの添加、また析出強化などの活用を考えて炭化物・窒化物の析出挙動制御のためにTi、Nb、Bなどを添加してもよい。さらには、硫化物の球状化して伸びフランジ性への悪影響を改善するためにCaやREMを添加してもよい。
【0025】
なお、各元素の添加量(含有量)はCr:0.05%以上5.0%以下、V:0.005%以上1.0%以下、Mo:0.005%以上0.5%以下、Ni:0.05%以上2.0%以下およびCu:0.05%以上2.0%以下、Ti:0.01%以上0.1%以下、Nb:0.01%以上0.1%以下、B:0.0003%以上0.0050%以下、Ca:0.001%以上0.005%以下およびREM:0.001%以上0.005%以下が望ましい。なお、上記各元素の含有量範囲の下限値を下回っても本発明の効果を損なわないため、下限値未満であっても不可避不純物とする。
[鋼板の特性]
引張り強さが1470MPaを超えた鋼板では、鋼板自体が高強度であるため、本発明の溶融部へのC添加による溶接部の強化の効果を十分に得ることができない。このため、鋼板の強度は、引張り強さ1470MPa以下とする。
【0026】
本発明の接合方法で対象とする鋼板は、その表面にZnやAl、Mgおよびその合金の溶融めっき、合金化溶融めっき、電気めっきを施したもの、加えて、さらに表面にクロメート処理を施したり、樹脂皮膜を形成させたものも含まれる。
【0027】
このような鋼板を2枚以上重ね合わせて、接着剤および炭素供給剤を塗布し、溶接を行う。なお、各鋼板の板厚は、接合方法としての制限は特にないが実適用の観点から0.3mm以上5.0mm以下が一般的である。0.3mm未満では部材強度の確保が困難であり、5.0mm超の鋼板も自動車車体で使用されることはまれで,その接合は抵抗スポット溶接やウェルドボンド以外の方法でなされるのが一般的である。
[接着剤]
接着剤は、重ね合わせる2枚の鋼板のうちのいずれか一方の鋼板の接合面に塗布しても、両方の鋼板の接合面に塗布してもよい。接着剤としては、自動車分野等で広く使用されているエポキシ樹脂に、硬化剤、充填材、変性材等を配合したエポキシ樹脂系接着剤や、変性アクリル系接着剤、ポリウレタン系接着剤など、要求特性を満足する限り特に種類や成分が限定されるものではない。使用する接着剤においては、接合強度、耐久性、コスト等の要求特性に応じ、各成分およびその配合比率を適時選択すればよい。
【0028】
接着剤の塗布量は、接着面ならびに溶接部の要求特性に応じて任意に選定すればよい。しかし、塗布量があまりに多くなるとナゲット形成の制御が難しくなるため、厚さで1.0mm以下が好ましい。さらに好適な厚みは0.5mm以下である。逆に、塗布量を過度に少なくすると、必要な成分の溶融部への混入が困難となるのみでなく、均一な塗布が困難となり、接着剤が未塗布の領域が生じる可能性が高くなるなどの問題があるため、0.01mm以上が好ましい。さらに好ましくは、0.03mm以上である。
[炭素供給剤]
炭素供給剤としては、グラファイト粉末やカーボンブラックを用いることができる。炭素供給剤は鋼板の表面に塗布された接着剤上に形成すればよい。また、予めグラファイト粉末を上記のような接着剤に混ぜて、鋼板に塗布するようにしてもよい。炭素供給剤の使用量は特に限定されず、後述するC量の増加が適正範囲になるように決定すればよいが、目安としては、接着剤100質量部に対して2〜30質量部の使用量である。
[溶接条件]
次に、本発明の溶接条件について説明する。本発明の接合体を安定して得るためには、スポット溶接時に電極先端の曲率半径が20mm以上の凸型電極またはフラット電極を用いて、通電時間を0.08秒以上で溶接し、かつその内最初の0.03秒間の加圧力F(kN)が以下の関係式を満たす必要がある。
F<0.00125×TS×(1+0.75×tall)+3
TS(MPa):鋼板の平均強度であって、各鋼板の板厚から算出した荷重平均
tall(mm):鋼板の全板厚(各鋼板の板厚の合計)
電極先端の曲率半径が20mm未満の凸型電極の場合、加圧時における接着剤および炭素供給剤の排出が進みすぎて溶融部への炭素の混入が不十分になり十分な効果が得られない場合がある。溶融部を安定して形成させるには、溶接電流と通電時間のバランスが重要であり、通電時間が短い場合には溶接電流を増加させる必要がある。
【0029】
通電時間が0.08秒未満の場合には、溶接電流を増加させても十分な溶接部が形成する前に散りが発生して十分な大きさの溶融部を安定して形成させることが困難となる。さらに、通電時間を0.08秒以上とした場合においてもその内の最初の0.03秒間の加圧力が上記関係式を満たさない場合は、通電初期に接着剤および炭素供給剤の排出が著しく進み溶融部への炭素の十分な添加が困難となり、本発明に規定した溶接部を得ることが困難となる場合がある。
【0030】
スポット溶接後、接着剤を硬化させる際の条件としては、接着剤の硬化特性を元に選定すればよい。例えば、熱硬化型接着剤の場合は、高周波加熱装置や加熱炉に溶接した部材を装入することによって必要な熱処理を施せばよい。また、この硬化工程は、溶接後の工程で焼付け塗装が施される場合、塗装時の加熱時に併せて接着剤を硬化させてもよい。
【0031】
なお、スポット溶接機は、本発明の趣旨から逸脱しない限り定置型、ガンタイプなどいずれの型式の溶接機でもよく、溶接用電源も単相交流型、直流型、三相整流型、コンデンサー型などから任意に選択可能である。
【0032】
さらに溶接中の抵抗値・電圧値などを監視し、その変動に応じて電流値や通電時間を変化させる制御方法を用いてもよい。
[接合体のナゲット径]
ナゲット径が溶接界面両側の鋼板のうち薄板側の板厚tに対して2.8√t(mm)以上
本発明では、溶接部を硬化させて接合部の強度を増加させることを特徴としている。しかしナゲット径が2.8√t(mm)未満の場合、溶接部を硬化させても界面破断が生じて十分な継手強度を確保できない。このため、ナゲット径は2.8√t(mm)[t:溶接界面両側の鋼板のうち薄板側の板厚]以上とする。好ましくは、3.5√t以上である。また、ナゲット径の上限は特に規定しないが、散り発生状態の安定性から考えると電極先端径の1.2倍以下が好ましい。なお、ナゲット径の測定方法は実施例に記載の方法を採用する。
[接合体の溶融部のC量と硬さ]
溶融部のC量:0.02質量%以上増加、溶接部の硬さ:ヴィッカース硬さで20以上硬質化
本発明では、溶接部に炭素を供給することより溶接部を硬化させて、接合部の強度を増加させることを特徴としている。この効果は溶接部の炭素増加量を0.02質量%以上増加させることにより得られる。好ましくは0.03質量%以上である。また、炭素増加量は極端に増加させた場合,溶接部が著しく脆化するという理由で1.3質量%以下であることが好ましい。なお、炭素増加量の測定方法は実施例に記載の方法を採用する。
【0033】
また、この時の溶接部の硬化量(硬さの増加量)はヴィッカース硬さで20以上であることが望ましく、さらに30以上であることが好ましい。ヴィッカース硬さ増加量の上限は特に限定されないが著しい脆化の抑制という理由で、800以下が好ましい。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を、実施例を用いて詳細に説明する。ただし、実施例は、本発明を限定する性質のものではなく、本発明の要旨を満足する限りいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0035】
表1に示す成分組成を有する引張り強さが270MPa級、590MPa級、980MPa級の各種鋼板に対して、表2(表2−1と表2−2を合わせて表2とする)の試料No.2、4を除いて接着剤および炭素供給剤を塗布した後、所定の溶接条件にてスポット溶接を行った。なお、試料No.2は、接着剤および炭素供給剤を塗布せずに溶接を行った。また、試料No.4は炭素供給剤を接着剤に混合しなかった例である。なお、電極の項目に記載の形状はDRはドームラジアス形、CFは円錐台形(JIS C 9305準拠)を意味する。
【0036】
【表1】
【0037】
表2に、結果を示す。
【0038】
【表2-1】
【0039】
【表2-2】
【0040】
表2の「板組み合わせ」については、例えば、試料No.1は、板厚1.0mmで引張り強さ980MPa級の冷延鋼板同士を溶接したことを示している。また、「板組み合わせ」の列の「GA」は、合金化溶融亜鉛めっき鋼板を示している。
【0041】
表2の「接着剤」のうち、「エポキシ系+グラファイト粉」と記載されているものは、接着剤としてエポキシ系樹脂接着剤を用い、炭素供給剤としてグラファイト粉を用いたことを示している(鋼板に上記接着剤を塗布した後、接着剤上に上記炭素供給剤を形成した)。また、「カーボン含有エポキシ系」と記載されているものは、接着剤としてエポキシ系樹脂接着剤を用い、炭素供給剤としてカーボンブラックを用いたものを示しており、予め、カーボンブラックをエポキシ系樹脂接着剤に混ぜたものである。また、No.4の「エポキシ系」は、接着剤としてエポキシ系樹脂接着剤を用い、炭素供給剤を塗布しなかったものである。
【0042】
溶接機として直流抵抗スポット溶接機を用い、電極先端形状と加圧力と溶接電流、通電時間を変化させて溶接を行った。溶接後は、継手を溶接部中央で垂直に切断して断面観察を行い、ナゲット径を測定した。溶接部の炭素量はEPMAを用いて、ナゲット内部の200μm×200μmの範囲を5箇所測定し、その平均値とした。また、継手品質は、JIS Z3136に準拠したせん断引張試験を行い、破断強度および破断形態を評価した。引張せん断強度とその時の破断形態によって評価した。具体的には、破断形態が「プラグ破断」となったものは、溶接部の強度が十分であると評価し、「部分プラグ破断(表2では、部分プラグ)」および「界面破断」となったものは、溶接部の強度が不十分であると評価した。
【0043】
溶接部の硬さはビッカース硬さで評価し、ナゲット内部を5点、試験荷重300gfで測定した平均値を溶接部の硬さとした。硬さ増加量の結果を表2に示した。
【0044】
表2のNo.5と7は、二段通電を行い、その他は、一段通電とした。
これらの結果から、本発明により、引張せん断時における破断形態が溶接界面破断からプラグ破断へと改善し、継手強度も向上していることが分かる。
【要約】
接合体の製造工程および使用時において、溶接部の必要な強度を維持することができる接合体を提供する。
本発明に係る鋼板の接合体は、質量%でC:0.4%以下、Si:3.0%以下、Al:3.0%以下、Mn:0.2%以上6.0%以下、P:0.1%以下、S:0.07%以下を含有し、残部はFeおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、引張り強さが1470MPa以下で、板厚0.3mm以上5.0mm以下の複数枚の鋼板を重ね合わせてなる鋼板の接合体であって、その重ね合わせ面のうち少なくとも1つの界面に予め接着剤と炭素供給剤を塗布した後、溶接を施すことにより形成され、接合体の溶接部は、ナゲット径が2.8√t(mm)以上で、かつ接着剤および炭素供給剤を塗布する前の鋼板に比べてC量が0.02質量%以上増加している。