【文献】
SHIMIZU,K. et al.,Construction of multi-layered cardiomyocyte sheets using magnetite nanoparticles and magnetic force.,Biotechnol. Bioeng.,2007年 3月 1日,Vol.96, No.4,pp.803-9
【文献】
ISHII,M. et al.,Enhanced angiogenesis by transplantation of mesenchymal stem cell sheet created by a novel magnetic,Arterioscler. Thromb. Vasc. Biol.,2011年10月,Vol.31, No.10,pp.2210-5
【文献】
NARAZAKI,G. et al.,Directed and systematic differentiation of cardiovascular cells from mouse induced pluripotent stem,Circulation,2008年 7月29日,Vol.118, No.5,pp.498-506
【文献】
SUZUKI,H. et al.,Therapeutic angiogenesis by transplantation of induced pluripotent stem cell-derived Flk-1 positive,BMC Cell Biol.,2010年 9月22日,11:72
【文献】
HIRASHIMA,M. et al.,Maturation of embryonic stem cells into endothelial cells in an in vitro model of vasculogenesis.,Blood,1999年 2月15日,Vol.93, No.4,pp.1253-63
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
ステップ(2)における前記混合物が、I型コラーゲンを有効成分とした第1ゲル要素と、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを有効成分とした第2ゲル要素と、前記Flk-1陽性細胞とを混合することによって得られる、請求項1〜3のいずれか一項に記載の作製方法。
ステップ(2)における前記培養容器の培養面上には、着脱可能な仕切りによる、上方が開放された区画が形成されており、該区画内に前記混合物が播種される、請求項1〜4のいずれか一項に記載の作製方法。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
移植術を可能にするため、また、高い治療効果を発揮するためにも、細胞シートには十分な強度が要求される。上記の通り、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞は血管新生を促す作用を有し(非特許文献3等)、虚血性疾患の治療や創傷治癒等への適用が大いに期待されるが、細胞シートへの応用は困難を極め、十分な強度を有する細胞シートの構築には至っていない。そこで本発明は、実用に耐える強度を有し、且つ高い治療効果を発揮し得るiPS細胞由来Flk-1陽性細胞(血管前駆細胞)シートを提供すること課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
検討を重ねる中で本発明者らは、磁気工学技術とコラーゲン包埋法に着目し、細胞シートの構築方法として、これらを組み合わせた独自の手法を考案した。即ち、コラーゲンに加え基底膜成分を用いたゲルと、磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞を混合し、磁力を利用して細胞を移動させることで細胞層を形成させるという方法を創出した。当該方法の有効性を検討した結果、十分な強度を有するiPS細胞由来Flk-1陽性細胞単独シートの作製に成功した。当該シートはFlk-1陽性細胞が多層(約10〜15層)を形成した構造を有し、移植に耐える十分な強度を示した。また、下肢虚血モデルに移植しその治療効果を検証したところ、良好な接着性及び生着性を示し、著明な虚血の改善をもたらした。即ち、高い治療効果を発揮することが確認された。尚、当該細胞シートでは、細胞間に適度な間隔が形成されており(細胞間をゲルが介在する)、移植後にシート内での血管形成を可能にする。この特徴が移植効率や生着率の向上等に寄与すると考えられる。
以上の通り、本発明者らは、独自の視点に基づく検討の末、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞の臨床応用を図る上で重要となる「細胞シート」の構築を可能にする画期的な方法の開発に成功した。以下に示す発明は、主として当該成果に基づく。
[1]以下のステップ(1)〜(4)を含む、iPS細胞由来血管前駆細胞シートの作製方法:
(1)磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞を用意するステップ;
(2)I型コラーゲン、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを有効成分として含むゲル材料と前記Flk-1陽性細胞との混合物を培養容器に播種するステップ;
(3)磁力を作用させることによって、前記混合物中の前記Flk-1陽性細胞を前記培養容器の培養面に引き寄せ、多層の細胞層を形成させるステップ;
(4)前記ゲル材料をゲル化させるステップ。
[2]ステップ(1)が以下のステップ(1-1)〜(1-4)を含む、[1]に記載の作製方法:
(1-1)iPS細胞を用意するステップ;
(1-2)前記iPS細胞をFlk-1陽性細胞へ分化誘導するステップ;
(1-3)Flk-1陽性細胞を分取するステップ;
(1-4)分取したFlk-1陽性細胞を磁気ラベルするステップ。
[3]ステップ(1-3)において、Nanog陽性細胞とNanog陰性細胞を選別し、Nanog陰性のFlk-1陽性細胞が分取される、[2]に記載の作製方法。
[4]ステップ(2)における前記混合物が、I型コラーゲンを有効成分とした第1ゲル要素と、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを有効成分とした第2ゲル要素と、前記Flk-1陽性細胞とを混合することによって得られる、[1]〜[3]のいずれか一項に記載の作製方法。
[5]ステップ(2)における前記培養容器の培養面上には、着脱可能な仕切りによる、上方が開放された区画が形成されており、該区画内に前記混合物が播種される、[1]〜[4]のいずれか一項に記載の作製方法。
[6]前記培養面が低接着性である、[1]〜[5]のいずれか一項に記載の作製方法。
[7]ステップ(3)と(4)の間に以下のステップ(3')を行う、[1]〜[6]のいずれか一項に記載の作製方法:
(3')前記細胞層の上方に存在する余分なゲル材料を除去するステップ。
[8]ステップ(4)の後に以下のステップ(5)を行う、[1]〜[7]のいずれか一項に記載の作製方法:
(5)前記培養容器に培地を添加し、ステップ(4)によって形成されたシート状構造物を培地中に維持するステップ。
[9]ステップ(5)の後に以下のステップ(6)を行う、[8]に記載の作製方法:
(6)前記Flk-1陽性細胞が増殖可能な温度条件下で培養するステップ。
[10][1]〜[9]のいずれか一項に記載の作製方法によって得られた細胞シート。
[11]I型コラーゲン、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを含むゲルに包埋された状態でiPS細胞由来Flk-1陽性細胞が多層を形成する細胞シート。
[12]前記多層を形成する細胞間に前記ゲルが存在する、[11]に記載の細胞シート。
[13]前記多層が少なくとも10層である、[11]又は[12]に記載の細胞シート。
[14]前記多層が10〜20層である、[11]又は[12]に記載の細胞シート。
[15]前記多層が含む細胞成分がiPS細胞由来Flk-1陽性細胞のみからなる、[11]〜[14]のいずれか一項に記載の細胞シート。
[16]前記多層が含む細胞成分がiPS細胞由来Flk-1陽性細胞及び該細胞に由来する細胞のみからなる、[11]〜[14]のいずれか一項に記載の細胞シート。
[17]前記多層を形成するiPS細胞由来Flk-1陽性細胞が磁気ラベルされている、[11]〜[16]のいずれか一項に記載の細胞シート。
[18]前記iPS細胞由来Flk-1陽性細胞がNanog陰性の細胞である、[11]〜[17]のいずれか一項に記載の細胞シート。
[19][10]〜[18]のいずれか一項に記載の細胞シートを患部又は創部に移植するステップを含む、血管新生療法。
[20]虚血性心疾患、脳血管障害、閉塞性動脈硬化症、重症下肢虚血又は創傷の治癒、或いは術後の創部の回復に用いられる、[19]に記載の血管新生療法。
【発明を実施するための形態】
【0009】
1.iPS細胞由来血管前駆細胞シートの作製方法
本発明の第1の局面はiPS細胞由来血管前駆細胞シートの作製方法に関する。「iPS細胞(人工多能性幹細胞)」とは、初期化因子の導入などにより体細胞をリプログラミングすることによって作製される、多能性(多分化能)と増殖能を有する細胞である。iPS細胞は胚性幹細胞(ES細胞)に近い性質を示す。
【0010】
「iPS細胞由来血管前駆細胞」とは、iPS細胞を分化誘導して得られるFlk-1陽性の細胞である。本発明の作製方法によれば、Flk-1陽性細胞が多層を形成した細胞シートが得られる。
【0011】
本発明の作製方法では以下のステップ(1)〜(4)を行う。
(1)磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞を用意するステップ
(2)I型コラーゲン、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを有効成分として含むゲル材料と前記Flk-1陽性細胞との混合物を培養容器に播種するステップ
(3)磁力を作用させることによって、前記混合物中の前記Flk-1陽性細胞を前記培養容器の培養面に引き寄せ、多層の細胞層を形成させるステップ
(4)前記ゲル材料をゲル化させるステップ
【0012】
<ステップ(1):磁気ラベルした細胞の調製>
ステップ(1)では、磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞を用意する。「磁気ラベル」とは「磁性化」と同義であり、細胞に磁性粒子を導入したり、付着したりすること等によって、細胞を磁力で操作可能な状態にすることをいう。細胞の磁気ラベルは、好ましくは磁性粒子の導入又は付着によって行う。磁性粒子は、細胞が保持可能であり且つ細胞が保持した際に細胞に磁性を付加するものであればどのようなものでもよい。例えば、フェライトやマグネタイトなどの酸化鉄、酸化クロム、コバルトなどの磁性材料の粒子を磁性粒子として用いることができる。二種類以上の磁性粒子を組み合わせて用いてもよい。磁性粒子の粒径は特に限定しないが、例えば粒径が5nm〜100μmの磁性粒子を用いることができる。後述するリポソーム封入型の磁性粒子の場合は特に粒径が5nm〜25nmの磁性粒子を用いることが好ましい。この範囲の粒径の磁性粒子を用いることにより、リポソームの分散安定性を高めることができる。
【0013】
磁性粒子の導入により細胞を磁気ラベルする場合は、細胞への導入に適した形態に調製した磁性粒子を使用する。このような形態の磁性粒子の具体例は、リポソーム等の脂質膜に封入(内包)された磁性粒子である。例えば、磁性粒子をリポソームに封入した磁性粒子封入リポソーム(ML: MagnetoliposomeあるいはMagnetite liposome)や磁性粒子を正電荷リポソームに封入した磁性粒子封入正電荷リポソーム(MCL: Magnetite cationic liposome)を用いることができる。これらのリポソーム封入型の磁性粒子では、リポソームの有する細胞親和性によって、細胞への付着及び取り込みが可能となる。特に、磁性粒子封入正電荷リポソームは、細胞表面との疎水性相互作用や電気的相互作用によって効率的に細胞内へと取り込まれる。尚、細胞に磁性粒子を取り込ませることによって、より確実に細胞を磁気ラベルすることができ、また多くの磁性粒子を細胞に保持させることができるため磁力の作用による細胞のコントロールが容易になる。
【0014】
MCLの具体例として、マグネタイト等の磁性粒子が、正電荷脂質を含有するリポソームに封入された構造を備えるものを挙げることができる。当該MCLは表面に正電荷を帯びているために細胞への接着性に優れるとともに、リポソームを構成成分とするために細胞内へと取り込まれやすい。このような特性を備えるMCLは様々な細胞の磁気ラベルに適する。MCLは、例えばJpn.J. Cancer Res.第87巻第1179〜1183頁(1996年)に記載された磁性粒子封入正電荷リポソームの製造方法を参照して調製することができる。
【0015】
一方、磁性粒子を付着することで細胞を磁気ラベルする場合には、細胞接着性物質と複合体を形成した磁性粒子を使用するとよい。例えば、細胞接着性物質が直接又は間接的に磁性粒子に結合して構成される複合体や、細胞接着性物質を含有する材料(多糖類や脂質など)で磁性粒子を被覆ないし封入して構成される複合体を使用することによって細胞に磁性粒子を付着することができる。尚、上記のリポソーム封入型の磁性粒子も細胞接着性であり、これを磁性粒子の付着による磁気ラベルに使用することもできる。
【0016】
細胞接着性物質は、幅広い細胞に対して接着性を有する物質と、特定の細胞に対して選択的な接着性を示す物質とに分類することができる。前者の例として細胞膜の構成成分に結合性又は接着性を有する化合物を挙げることができる。このような化合物として、フィブロネクチン、フィブロネクチンの一部であって例えばアミノ酸配列RGD(Arg-Gly-Asp、アルギニン−グリシン−アスパラギン酸)、KQAGDV(Lys-Gln-Ala-Gly-Asp-Val、リシン−グルタミン−アラニン−グリシン−アスパラギン酸−バリン)(配列番号1)、若しくはREDV(Arg-Glu-Asp-Val、アルギニン−グルタミン酸−アスパラギン酸−バリン)(配列番号2)を含むペプチド、同じく細胞接着性タンパク質であるラミニン、又はラミニンの一部であって例えばアミノ酸配列YIGSR(Tyr-Ile-Gly-Ser-Arg、チロシン−イソロイシン−グリシン−セリン−アルギニン)(配列番号3)、若しくはIKVAV(Ile-Lys-Val-Ala-Val、イソロイシン−リシン−バリン−アラニン−バリン)(配列番号4)を含むペプチドなどを例示することができる。このような細胞接着性ペプチドの長さは、特に限定されるものではないが、好ましくはアミノ酸数個〜10数個程度、さらに好ましくは10個以下程度である。例えば、アミノ酸配列RGDを有するペプチドあるいはアミノ酸配列YIGSR(配列番号3)を有するペプチドであってアミノ酸残基数が10個以下のペプチドを好適に用いることができる。このような細胞接着性ペプチドは、好ましくは、ペプチドの末端側にこれらの特定アミノ酸配列を有し、より好ましくはそのN末端側にこれらのアミノ酸配列を有する状態でそのC末端で磁性粒子等の表面に結合されており、さらに好ましくは、そのN末端にこれらのアミノ酸配列のN末端残基が位置する。
【0017】
一方、特定の細胞に対して選択的な接着性を示す物質の例として、特定の細胞がその表面に発現する分子(マーカー分子)に対する抗体を挙げることができる。ここでの抗体としてFab、Fab'、F(ab')
2、scFv、dsFvなどの抗体断片を用いることもできる。低分子化合物やタンパク質、標識物質などを融合又は結合させて構成される融合抗体又は標識化抗体を使用してもよい。標識物質としては
125I等の放射性物質、ペルオキシダーゼ、β−D−ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチンなどを用いることができる。
【0018】
細胞接着性物質を直接又は間接的に磁性粒子に結合することによって、細胞接着性磁性粒子を構築することができる。例えば、市販の磁性粒子Dynabeads(登録商標)に対して、ビオチンとストレプトアビジンの結合反応を利用して抗体を結合することによって、細胞接着性磁性粒子を得ることができる。その他、市販の磁性粒子リゾビスト(登録商標)、フェリデックス等をアミノシランカップリングして、細胞接着性物質が結合した磁性粒子を調製することができる。また、表面に細胞接着性物質を有するリポソーム(即ち、細胞接着性物質を含有したリポソーム又は細胞接着性物質が表面に付着ないし結合したリポソーム)に磁性粒子を封入することによっても細胞接着性磁性粒子を構築することができる。細胞接着性物質の種類に応じた各種の結合形成反応を利用することによって、このような磁性粒子封入リポソームを作製することが可能である。必要に応じて適切なリンカーを用いることもできる。例えば、リポソームへRGDペプチドを結合させるためには、ジスルフィド結合の形成による方法が好適である。この方法では、RGD配列のC末端側にシステインが付加されたRGDC配列(配列番号5)からなるペプチドを用いることが好ましい。かかるペプチドを使用することによって、SH基を有するリポソーム側との間に容易にジスルフィド結合を形成させることができる。尚、細胞接着性ペプチドをリポソームに結合させるためのリンカーはシステインに限られるものではなく、他のアミノ酸やペプチドを用いてもよい。
【0019】
細胞接着性物質との複合体を形成した磁性粒子(細胞接着性磁性粒子)の具体例として、MCLのリポソーム表面にアミノ酸配列RGDC(配列番号5)からなるペプチドを結合した磁性粒子封入リポソームを挙げることができる。細胞接着性磁性粒子の他の具体例として、MCLのリポソーム表面に抗体を結合して得られる抗体固定化磁性粒子封入リポソーム(AML: Antibody-immobilized magnetite liposome)を挙げることができる。AMLは、マグネタイト等の磁性粒子がリポソームで封入されるとともに、リポソームに抗体が固定化された構造を備える。抗体としては磁性ラベルの対象の細胞に特異的に結合するものが選択される。これによって、細胞特異的に磁気ラベルすることが可能となる。AMLは、例えばJ. Chem. Eng. Jpn.第34巻第66〜72頁(2001年)に記載された方法を参照して調製すればよい。
【0020】
磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞は、iPS細胞をFlk-1陽性細胞へと分化誘導した後、Flk-1陽性細胞を分取し、磁気ラベルに供するという方法や、iPS細胞をFlk-1陽性細胞へと分化誘導した後に磁気ラベルし、そしてFlk-1陽性細胞を分取するという方法、或いはiPS細胞を磁気ラベルした後にFlk-1陽性細胞へと分化誘導し、そしてFlk-1陽性細胞を分取するという方法、などによって調製することができる。以下、磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞の調製方法の具体例を示す。この例では、以下のステップ、即ち、(1-1)iPS細胞を用意するステップ;(1-2)前記iPS細胞をFlk-1陽性細胞へ分化誘導するステップ;(1-3)Flk-1陽性細胞を分取するステップ;及び(1-4)分取したFlk-1陽性細胞を磁気ラベルするステップ、を行う。
【0021】
まず、iPS細胞を用意する(ステップ(1-1))。iPS細胞は、これまでに報告された各種iPS細胞作製法によって作製することができる。また、今後開発されるiPS細胞作製法を適用することも当然に想定される。iPS細胞作製法の最も基本的な手法は、転写因子であるOct3/4、Sox2、Klf4及びc-Mycの4因子を、ウイルスを利用して細胞へ導入する方法である(Takahashi K, Yamanaka S: Cell 126 (4), 663-676, 2006; Takahashi, K, et al: Cell 131 (5), 861-72, 2007)。ヒトiPS細胞についてはOct4、Sox2、Lin28及びNonogの4因子の導入による樹立の報告がある(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)。c-Mycを除く3因子(Nakagawa M, et al: Nat. Biotechnol. 26 (1), 101-106, 2008)、Oct3/4及びKlf4の2因子(Kim J B, et al: Nature 454 (7204), 646-650, 2008)、或いはOct3/4のみ(Kim J B, et al: Cell 136 (3), 411-419, 2009)の導入によるiPS細胞の樹立も報告されている。また、遺伝子の発現産物であるタンパク質を細胞に導入する手法(Zhou H, Wu S, Joo JY, et al: Cell Stem Cell 4, 381-384, 2009; Kim D, Kim CH, Moon JI, et al: Cell Stem Cell 4, 472-476, 2009)も報告されている。一方、ヒストンメチル基転移酵素G9aに対する阻害剤BIX-01294やヒストン脱アセチル化酵素阻害剤バルプロ酸(VPA)或いはBayK8644等を使用することによって作製効率の向上や導入する因子の低減などが可能であるとの報告もある(Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (7), 795-797, 2008; Huangfu D, et al: Nat. Biotechnol. 26 (11), 1269-1275, 2008; Silva J, et al: PLoS. Biol. 6 (10), e 253, 2008)。遺伝子導入法についても検討が進められ、レトロウイルスの他、レンチウイルス(Yu J, et al: Science 318(5858), 1917-1920, 2007)、アデノウイルス(Stadtfeld M, et al: Science 322 (5903), 945-949, 2008)、プラスミド(Okita K, et al: Science 322 (5903), 949-953, 2008)、トランスポゾンベクター(Woltjen K, Michael IP, Mohseni P, et al: Nature 458, 766-770, 2009; Kaji K, Norrby K, Pac a A, et al: Nature 458, 771-775, 2009; Yusa K, Rad R, Takeda J, et al: Nat Methods 6, 363-369, 2009)、或いはエピソーマルベクター(Yu J, Hu K, Smuga-Otto K, Tian S, et al: Science 324, 797-801, 2009)を遺伝子導入に利用した技術が開発されている。
【0022】
iPS細胞への形質転換、即ち初期化(リプログラミング)が生じた細胞はFbxo15、Nanog、Oct/4、Fgf-4、Esg-1及びCript等の多能性幹細胞マーカー(未分化マーカー)の発現などを指標として選択することができる。選択された細胞をiPS細胞として回収する。
【0023】
ステップ(1-1)に続くステップ(1-2)では、用意したiPS細胞をFlk-1陽性細胞へ分化誘導する。iPS細胞のFlk-1陽性細胞への分化誘導は既報の方法(Narazaki G, Uosaki H, Teranishi M, Okita K, Kim B, Matsuoka S, Yamanaka S, Yamashita J: Directed and systematic differentiation of cardiovascular cells from mouse induced pluripotent stem cells. Circulation 2008,118:498-506.)に準じて行うことができる。概要を説明すれば、分化誘導培地(例えば10%FBS及び5×10
-5mol/L 2-メルカプトエタノールを添加したα-MEM(minimum essential medium))を用い、IV型コラーゲンでコートした培養皿でiPS細胞を所定時間(例えば96時間〜108時間)培養する。尚、使用するiPS細胞の由来や状態などに応じて分化誘導条件は適宜修正ないし変更される。適切な分化誘導条件は、本願明細書及び引用文献の内容を参考にしつつ予備実験等を通して設定可能である。
【0024】
続いて、分化誘導によって生じたFlk-1陽性細胞を分取する(ステップ(1-3))。Flk-1陽性細胞の分取は、これに限定されるものではないが、フローサイトメトリー(FCM)を利用するとよい。フローサイトメトリーのための装置(セルソーター)は例えばベックマン・コールター株式会社、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社などから販売されており、本発明ではこれらを利用することができる。基本的な操作法、解析条件などは装置に添付の取扱説明書に従えばよい。また、フローサイトメトリーに関する論文や成書も数多く存在し、例えば、Darzynkiewicz Z, Crissman HA, Robinson JP (Eds.): Flow Cytometry. 3rd Edition. Methods in Cell Biology, Volumes 63 (Part A) and 64 (Part B). San Diego, Academic Press, 2000.; Givan AL: Flow Cytometry: First Principles. 2nd Edition. New York, Wiley-Liss, 2001.; Ormerod MG (Ed.): Flow Cytometry - A Practical Approach. 3rd edition. Oxford, Oxford University Press, 2000.; Robinson JP, Darzynkiewicz Z, Dean P, Dressler L, Rabinovitch P, Stewart C, Tanke H, Wheeless L, (Eds.): Current Protocols in Cytometry, New York, John Wiley & Sons (continuing updates)等が参考になる。
【0025】
Flk-1陽性細胞を分取する際、Nanog陽性細胞とNanog陰性細胞を選別し、Nanog陰性のFlk-1陽性細胞のみを分取するとよい。未分化マーカーであるNanogの発現を認めない細胞を選抜することは、本発明の作製方法で得られる細胞シートの安全性向上の観点から好ましい。即ち、Nanog陰性のFlk-1陽性細胞のみを用いることは、細胞シートの移植に伴う腫瘍形成の防止に有効である。尚、Nanog陽性細胞とNanog陰性細胞の選別及びNanog陰性且つFlk-1陽性の細胞の分取には例えばセルソーターを利用すればよい。
【0026】
分取したFlk-1陽性細胞は磁気ラベルされる(ステップ(1-4))。磁気ラベルの方法は上記の通りである。例えば、分取したFlk-1陽性細胞を懸濁させて浮遊状態とし、培養液中へMCLを添加して所定時間(例えば2〜4時間)インキュベートすれば、MCLを内包するFlk-1陽性細胞、即ち磁気ラベルされたFlk-1陽性細胞が得られる。
【0027】
<ステップ(2):細胞とゲル材料との混合>
ステップ(1)に続くステップ(2)では、ゲル材料とFlk-1陽性細胞との混合物を培養容器に播種する。本発明ではゲル材料として、間質の主成分であるI型コラーゲンと、基底膜を構成する成分であるラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを用いる。ゲル材料を構成する各有効成分(I型コラーゲン、ラミニン、IV型コラーゲン、エンタクチン)の由来としてはウマ、ウシ、ブタ、ヒツジ、サル、チンパンジー、及びヒトを例示できる。また、遺伝子組換え技術で調製した(リコンビナント)ものを使用してもよい。
【0028】
ゲル材料を構成する各有効成分の含有比率は特に限定されない。各有効成分の含有比率(重量比)を例示すれば、コラーゲンI:ラミニン:コラーゲンIV:エンタクチン=1:10〜200:5〜100:1〜50である。好ましくは、コラーゲンI:ラミニン:コラーゲンIV:エンタクチン=1:20〜100:10〜50:2〜25とする。
【0029】
ゲル材料は細胞の生存、維持に必要な培地成分を含有する。培地の例を挙げると、ダルベッコ変法イーグル(DMEM)培地(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、RPMI 1640培地(ナカライテスク株式会社、シグマ社、ギブコ社等)、SmGM培地(CAMBREX社)である。培地成分の他、他のゲル化成分(III型コラーゲン、VIII型コラーゲンなど)、細胞接着因子(フィブロネクチンなど)、血清(FBS、ヒト血清等)、細胞増殖因子(EGF、PDGF、IGF-1、TGF-βなど)、分化誘導因子、無機塩類、ビタミン類、保存剤、防腐剤等がゲル材料に添加されていてもよい。
【0030】
好ましい一態様では、I型コラーゲンを有効成分とした第1ゲル要素と、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを有効成分とした第2ゲル要素を予め用意しておき、これらのゲル要素とFlk-1陽性細胞とを混合することによって、ゲル材料とFlk-1陽性細胞との混合物を得る。例えば、第1ゲル要素はI型コラーゲンを培地や緩衝液(例えばリン酸緩衝液)、或いは生理食塩水等に溶解・希釈することによって調製すればよい。第2ゲル要素についても同様の方法で調製することができるが、上記有効成分(ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチン)を含む市販の試薬(例えば、日本ベクトン・ディッキンソン株式会社が販売するBDマトリゲル
TM基底膜マトリックス等)を用いることにしてもよい。尚、第2ゲル中の有効成分の含有比率は特に限定されないが、好ましくは含有比率(重量比)をラミニン:IV型コラーゲン:エンタクチン=3〜15:2〜8:1とする。
【0031】
ゲル成分による適度な間隔が細胞間に形成されるようにFlk-1陽性細胞の密度を設定することによって、移植効率や生着率の高い細胞シートを得ることが可能となる。そこで、混合物における細胞密度が例えば1.0×10
5細胞/cm
3〜1.0×10
7細胞/cm
3、好ましくは1.0x10
6細胞/cm
3〜5.0×10
6細胞/cm
3となるように、使用するFlk-1陽性細胞の数を設定するとよい。
【0032】
ゲル材料とFlk-1陽性細胞との混合物が播種される培養容器は特に限定されない。即ち、各種培養容器を使用可能である。好ましくは、培養皿(ペトリ皿、マルチウェルプレートなど)のように、上方が開放した培養容器を用いる。一方、形成される細胞シートの回収を容易にすべく、低接着性の培養面を備える培養容器を採用することが好ましい。「低接着性の培養面」とは、細胞の接着性を高めるためにポリリジン等で表面処理(コート)された培養面とは対照的に、表面無処理(ノンコート)或いは非接着性又は低接着性材料による表面処理(コート)等によって細胞が接着し難い培養面をいう。低接着性の培養面を備える培養容器は各種市販されており、例えば、超低接着性細胞培養皿であるUltra Low Attachment Culture Dish(コーニング社)、アガロースゲルやアルギン酸ゲルをコートした培養皿、浮遊細胞を培養する培養皿を用いることができる。
【0033】
本発明の一態様では、着脱可能な仕切りによる、上方が開放された区画が培養面上に形成されており、当該区画内にゲル材料とFlk-1陽性細胞との混合物が播種される。この態様の場合、限定された領域内に細胞が封じ込められることになり、最終的に得られる細胞シートのサイズが培養面のサイズに依存しなくなる。従って、培養面のサイズの如何に拘わらず、自由に細胞シートのサイズを設計可能になる。また、細胞シートの形状は区画(例えばリング状)の形状に依存し、様々な形状で細胞シートを提供可能となる。即ち、細胞シートの形状についても、その設計自由度が飛躍的に高まる。更には、区画の使用によれば、細胞シートを構成する細胞層の細胞密度も調整可能である。
【0034】
<ステップ(3):磁力による細胞層の形成>
ゲル材料とFlk-1陽性細胞との混合物を培養容器に播種した後、例えば、培養面の後方(即ち培養面の裏面側)から磁力を作用させ、混合物中のFlk-1陽性細胞を培養面に引き寄せる。具体的には例えば、培養面の後方に磁石を配置して当該操作を行う。培養容器として培養皿を使用する場合、典型的には、磁石の上に培養皿を設置することになる。培養皿の場合は通常、内底面が培養面となるが、容器の種類や形態の如何によっては容器の内底面以外の内壁面が培養面に設定される場合がある。
【0035】
使用する磁石の種類は特に限定されない。例えば、永久磁石又は電磁石を用いることができる。電磁石を使用すれば、通電状態の操作によって磁力を制御可能である。永久磁石として、鋳造磁石(アルニコ磁石、鉄・クロム・コバルト磁石を含む)、塑性加工磁石(Fe-Mn系、Fe-Cr-Co系を含む)、フェライト磁石(Ba系、Sr系を含む)、希土類磁石(Sm-Co系、Nd-Fe-B系を含む)、ボンド磁石(Sm-Co系、Nd-Fe-B系、Sm-Fe-N系を含む)などを使用することができる。
【0036】
磁力を作用させる時間は、多層の細胞層が形成される限りにおいて特に限定されない。使用する磁石の種類、磁気ラベルに使用する磁性粒子の種類、磁気ラベルされた細胞の量や密度などを考慮して作用時間を設定すればよいが、例えば30分〜2時間にわたって磁力を作用させる。最適な作用時間は予備実験を通して設定可能である。尚、磁力の強さ及び作用時間を調節することによって、所望の厚さ及び/又は所望の細胞密度の細胞層を形成することが可能である。
【0037】
磁石から放出される磁力を直接利用するのではなく、磁石から放出される磁力を他の部材に伝搬させた後に利用することにしてもよい。例えば、Fe、Co、Ni、Fe-C、Fe-Ni、Fe-Co、Fe-Ni-Co-Al、Fe-Ni-Cr、SmCo
5、Nd
2Fe
14B、Fe
3O
4、γ-Fe
2O
3、BaFe
12O
19等のように磁力を伝搬する特性の部材を磁石に接触又は近接させることにすれば、当該部材の表面(端面など)から磁力を放出させることが可能である。
【0038】
本発明の一態様では、形成された細胞層の上方に存在する余分なゲル材料(即ち上澄み液)を除去する(ステップ(3'))。当該操作を行った場合には、細胞層の上に余分なゲル層のない細胞シートが得られることになる。当該細胞シートは取り扱いの面はもとより、治療効果の点でも有利である。尚、ゲル材料の除去は、例えば、スポイトなどの吸引器を用いて行うことができる。
【0039】
<ステップ(4):ゲル化>
次に、ゲル材料をゲル化させる。典型的には、培養容器ごと、ゲル化に必要な温度(例えば37℃)でインキュベートする。ゲル化に必要な時間はゲル材料の組成や実施スケール等によって変動し得るが、例えば30分〜1時間である。
【0040】
ゲル化によって形成されたシート状構造物を直ちに回収することにしてもよいが、培養容器に培地を添加し、シート状構造物を培地中に維持することが好ましい。当該操作(ステップ(5))を加えることによって、シート状構造物、即ち細胞シートの品質劣化を防止できる。ここでの培地は、シート状構造物内の細胞の維持に適したものが好ましく、例えばMEM培地等が使用できる。この操作の後、更に、Flk-1陽性細胞が増殖可能な温度条件下で培養することにしてもよい(ステップ(6))。この操作はシート状構造物(細胞シート)内のFlk-1陽性細胞の維持、増殖に有効であり、品質劣化を防止する。ここでの温度条件の例として35℃〜38℃を挙げることができる。好ましくは37℃で培養する。尚、培養容器から回収されたシート状構造物(細胞シート)は、通常、必要に応じて別容器に移された後、使用直前まで保存される。保存は低温(例えば4℃〜15℃)で行うとよい。このような保存を経ることなく移植に供する(即ち用時調製)ことにしてもよい。
【0041】
2.iPS細胞由来血管前駆細胞シート
上記の通り、本発明者らはiPS細胞由来血管前駆細胞(Flk-1陽性細胞)シートの構築に成功した。得られたシートは特有の構造を備え、その利用価値は高い。そこで本発明の第2の局面は、特有の構造によって規定されるiPS細胞由来血管前駆細胞シート(以下、省略して「本発明の細胞シート」と呼称する)を提供する。本発明の細胞シートでは、I型コラーゲン、ラミニン、IV型コラーゲン及びエンタクチンを含むゲルに包埋された状態でiPS細胞由来Flk-1陽性細胞が多層を形成している。特に特徴的な構造として、細胞層を構成する細胞間に上記ゲルが存在する。即ち、基本的には、細胞同士が接着ないし接しておらず、間にゲルが介在した状態で細胞が配列している。このような特徴的な構造が細胞層の少なくとも50%以上、好ましくは70%以上、更に好ましくは90%以上、最も好ましくは95%以上において認められる。
【0042】
一態様では、細胞層を構成する細胞がNanog陰性の細胞である。即ち、iPS細胞由来Flk-1陽性且つNanog陰性の細胞によって細胞層が構成されている。このように未分化マーカーNanogが陰性の細胞を使用することは、移植後の腫瘍形成を防止する上で重要である。
【0043】
本発明の細胞シートの特徴の一つは多層の細胞層を備えることである。典型的には10層以上の細胞層が備えられている。具体的には例えば10層〜20層の細胞層が備えられる。
【0044】
典型的には、細胞層における細胞成分がiPS細胞由来Flk-1陽性細胞のみからなる。即ち、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞単独で細胞層を構成する。一態様では、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞とそれに由来する細胞、即ちiPS細胞由来Flk-1陽性細胞が増殖或いは分化することによって生ずる細胞(例えば血管内皮前駆細胞、血管内皮細胞、血管平滑筋前駆細胞、血管平滑筋細胞)が細胞層を構成する。当該細胞シートは、例えば、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞によって構成された細胞層を備える細胞シートを得た後、これを培養に供することによって得られる。
【0045】
本発明の細胞シートは、例えば、上記本発明の作製方法によって得ることができる。本発明の作製方法によって得られた細胞シートの場合、細胞層を形成する細胞は磁気ラベルされている。但し、培養操作を含む作製方法を適用し、細胞の増殖が生じた場合には、磁気ラベルされていない細胞も存在することになる。
【0046】
3.iPS細胞由来血管前駆細胞シートの用途
本発明は更に、iPS細胞由来血管前駆細胞シートの用途として、血管新生療法を提供する。本発明の血管新生療法では、上記第1の局面の作製方法で得られる細胞シート又は上記第2の局面における細胞シートを患部又は創部に移植するステップが行われる。細胞シートを移植すると患部又は創部において血管新生が促される。血管新生が治療効果をもたらす各種疾患、例えば、虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞など)、脳血管障害(脳梗塞、脳虚血など)、閉塞性動脈硬化症、重症下肢虚血等の治療に本発明を適用可能である。また、創傷の治癒や、術後の創部の回復を促す目的にも本発明を適用可能である。移植の際には、必要に応じて、縫合したり、或いは生体適合性の接着剤(フィブリン糊など)等を使用したりすることによって、細胞シートと患部又は創部との接着性及び/又は細胞シートの生着性を高めることにしてもよい。但し、本発明で使用する細胞シートは、生体成分であるゲル材料によって細胞が包埋された構造を有し、接着性に優れ且つ高い生着性も期待できる。従って、縫合や接着剤の使用は必須ではない。
【0047】
治療対象は特に限定されず、ヒト、及びヒト以外の哺乳動物(ペット動物、家畜、実験動物を含む。具体的には例えばマウス、ラット、モルモット、ハムスター、サル、ウシ、ブタ、ヤギ、ヒツジ、イヌ、ネコ、ニワトリ、ウズラ等である)を含む。好適には、治療対象はヒトである。
【実施例】
【0048】
マウスiPS細胞から血管前駆細胞(Vascular progenitor cell: VPC)を分化誘導し、更に、これらの細胞から内皮前駆細胞(Endothelial progenitor cell: EPC)および血管平滑筋前駆細胞(Vascular smooth muscle progenitor cell: SMPC)の分化誘導を試みた。また、新規な血管再生/血管新生療法を実現すべく、iPS細胞由来血管前駆細胞シートの作製を試みた。
【0049】
1,iPS細胞由来血管前駆細胞(iPS VPC)の分化誘導方法の検討
マウス胎児繊維芽細胞由来iPS細胞(iPS-MEF-Ng-20D-17)(Takahashi K, Yamanaka S, Cell 2006,126:663-676.; Okita K, Ichisaka T, Yamanaka S, Nature 2007, 448:313-317.)を分化誘導培地下にて培養したところ、Flk-1陽性細胞を認め、再現性をもってFlk-1が発現することを確認した。また、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞の内皮細胞及び平滑筋細胞への分化を確認した。これらの細胞の単独培養にて血管内皮細胞様の管腔形成網を構築し得た。尚、iPS細胞からFlk-1陽性細胞への分化誘導は既報(Circulation 2008,118:498-506.)の条件で行った。
【0050】
2.iPS細胞由来血管前駆細胞(iPS VPC)の安全性と血管新生能の検討
ヌードマウスを用いて下肢虚血モデルを作製した。iPS細胞由来Flk-1陽性細胞を虚血側に移植し、下肢虚血後の虚血改善効果を評価した。結果、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞移植群ではコントロール群に比して有意に下肢虚血側の血流改善を認めた。また、いずれの細胞移植群においても移植後60日間までに奇形種の形成は認められなかった。
【0051】
3.iPS細胞由来血管前駆細胞シートの作製
上記1.及び2.で示したごとく、iPS細胞から得たFlk-1陽性細胞に血管新生効果を確認できた。そこで、次の段階として、より効率的且つ効果的な細胞移植法の開発に着手した。検討を重ねる中で、磁気工学技術とコラーゲン包埋法に着目し、これらを組み合わせた下記方法(
図1を参照)を考案した。
(1)磁気ラベル
マイクロチューブにiPS細胞由来Flk-1陽性細胞を懸濁させて浮遊状態にし、磁性ナノ微粒子(MCL)を添加する。37℃で2時間インキュベートし、MCLを細胞に取り込ませる。
(2)ゲル材料の用意
I型コラーゲン(3mg/ml)、10xMEM、緩衝液(NaHCO
3)及びFBSを7:1:1:1の比率(重量比)で混合し、コラーゲンゲル(1ml中にI型コラーゲンを2.1mg含有する)とする。一方、ラミニン(560mg/ml)、IV型コラーゲン(310mg/ml)及びエンタクチン(80mg/ml)を含む基底膜ゲルを用意する。尚、以下の実験では基底膜ゲルとしてBDマトリゲル(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社)(組成比率はラミニン56%、IV型コラーゲン31%、エンタクチン8%であり、bFGFを0〜0.1 pg/ml、EGFを0.5〜1.3 ng/ml、IGF-1を15.6 ng/ml、PDGFを12 pg/ml、NGFを0.2 ng/ml未満、TGF-βを2.3 ng/ml含有する)を使用した。
(3)細胞とゲル材料の混合及び播種
磁気ラベルした細胞(細胞数1.7x10
6 (100μl))、コラーゲンゲル(170μl)及び基底膜ゲル(30μl)を混和し、低接着性ディッシュ(Ultra Low Attachment Culture Dish:コーニング社)に播種する。
(4)磁力による細胞層の形成
ディッシュの底面に磁石を配置して磁力を印加し、細胞を培養面に引き寄せる。細胞層が形成された段階で余分な上澄み液を除く。
(5)ゲル化
37℃で1時間インキュベートし、ゲルを固める。その後、培地を添加する。
【0052】
(1)におけるiPS細胞由来Flk-1陽性細胞として、FCMによって分取したFlk-1陽性且つNanog陰性の細胞を使用した。当該細胞の特性(細胞表面マーカーの発現プロファイル)を解析した結果を
図2に示す。
【0053】
上記方法の有効性を検証した結果、十分な強度を有するiPS細胞由来Flk-1陽性細胞単独シートの構築に成功した。得られた細胞シートを抗Flk-1抗体にて免疫染色したところ、10〜15層の細胞層を形成したFlk-1陽性細胞を確認できた(
図3)。
【0054】
4.iPS細胞由来血管前駆細胞シートの安全性と血管新生能の検討
ヌードマウスを用いて下肢虚血モデルを作製した。iPS細胞由来Flk-1陽性細胞シートを虚血側に移植し(
図4を参照)、下肢虚血後の虚血改善効果をレーザドップラー法で評価した。比較対照として、iPS細胞由来Flk-1陰性細胞を用いて作製した細胞シート(作製方法は上記(1)〜(5)に準ずる)を移植した。
【0055】
図5に示すようにiPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート移植群では、iPS細胞由来Flk-1陰性細胞シート移植群やコントロール群に比して術後3、7、14、21日目で有意に下肢虚血側の血流改善を認めた。iPS細胞由来Flk-1陰性細胞シートでは移植後、高率に奇形種の形成を認めたが、対照的にiPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート移植群では、移植後90日間までに奇形種の形成は認められなかった。また、移植後のiPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート内には豊富な血管の形成が認められた(
図6)。磁気工学技術とコラーゲン包埋法を組み合わせたことにより、細胞間に適度な間隔を形成でき、多層細胞層内への血管形成を可能とした。移植後の細胞シート内への血液供給が、移植細胞の細胞死を防止し、移植効率や生着率の向上に寄与したと考えられる。
【0056】
5.iPS細胞由来血管前駆細胞シートの治療効果の検証
ヌードマウスを用い下肢虚血モデルを作製した。iPS細胞由来Flk-1陽性細胞シートを虚血側に移植し、下肢虚血後の虚血改善効果をレーザドップラー法で評価した。比較対照として、シートの形成に用いた細胞(iPS細胞由来Flk-1陽性細胞)を移植(筋肉内注射)した。
【0057】
図7Aに示すようにiPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート移植群では、細胞移植群に比して術後3、7、14、21日目で有意に下肢虚血側の血流改善を認めた。移植部の組織を採取し、各種サイトカインの発現レベルを測定した結果、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート移植群では、血管新生に重要なVEGF及びbFGFの発現が有意に高いことが明らかとなった(
図7B)。また、TUNELアッセイによって、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート移植群では細胞死も有意に抑制されていることが示された(
図7C)。
【0058】
6.拒絶反応の検討
C57/BL6系統の野生型マウスを用いて、移植時の拒絶反応の有無を評価した。マウスの下肢内転筋にiPS細胞由来Flk-1陽性細胞シートを移植し、Sham群との間で組織学的比較を行った。また、炎症性サイトカインの発現レベルも比較した。
【0059】
移植21日目に移植部の組織の一部を採取し、ヘマトキシリンエオジン染色に供したところ、iPS細胞由来Flk-1陽性細胞シート移植群においても拒絶反応を示す所見を認めなかった(
図8A)。また、炎症性サイトカインIL-6及びMCP-1の発現レベルも、Flk-1陽性細胞シート移植群とSham群との間で有意な差は認められない(
図8B、C)。以上の結果より、Flk-1陽性細胞シートの移植が拒絶反応を惹起しないことが示された。
【0060】
7.磁気ラベルのアポトーシス抑制作用
磁気ラベルしたiPS細胞由来Flk-1陽性細胞と磁気ラベル前のiPS細胞由来Flk-1陽性細胞を用意し、BSOで処理した後、トリパンブルー染色に供した。磁気ラベルした細胞ではトリパンブルー陽性細胞の割合が低く、磁気ラベル(磁性粒子自体)にアポトーシス抑制作用があることが判明した。