(54)【発明の名称】β型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法、β型ポリフッ化ビニリデン膜、β型ポリフッ化ビニリデン膜を具備する圧電式センサ及び圧電式センサの製造方法
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明はこのような事情に鑑み、大掛かりな設備を必要とせず且つ簡便な方法で製造できる圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法、β型ポリフッ化ビニリデン膜、β型ポリフッ化ビニリデン膜を具備する圧電式センサ
及び圧電式センサの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決する本発明の態様は、β型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法であって、ポリフッ化ビニリデンと、該ポリフッ化ビニリデンを溶解してβ型に固定する
ヘキサメチルリン酸トリアミドと、
アセトンとを混合して塗布液を形成する工程と、得られた塗布液を基板に塗布して塗布膜を形成する工程と、前記塗布膜を乾燥する工程と、乾燥した膜を水洗する工程とを含むことを特徴とするβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法にある。
【0011】
かかる発明によれば、大掛かりな設備を必要とせず且つ簡便な方法で、
より圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を製造することができる。
【0012】
ここで、前記
ヘキサメチルリン酸トリアミドと、
前記アセトンの体積比は、1:3〜3:1の範囲にあることが好ましい。
【0013】
これによれば、大掛かりな設備を必要とせず且つ簡便な方法で、圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を製造することができる。
【0016】
本発明の他の態様は、ポリフッ化ビニリデンを含有する
塗布膜を乾燥した乾燥膜からなるβ型ポリフッ化ビニリデン膜であって、
前記塗布膜は、ヘキサメチルリン酸トリアミドとアセトンを含み、前記乾燥膜は、粒状の結晶粒からなり、前記粒状の結晶粒の平均粒径は、8〜9μmであり、48%〜53%の体積空隙率を有することを特徴とするβ型ポリフッ化ビニリデン膜にある。
【0017】
かかる発明によれば、体積空隙率が大きく、結晶粒の間に複数の空隙が存在する多孔性に優れたβ型ポリフッ化ビニリデン膜を実現することができる。結晶粒の間に複数の空隙が存在することにより、β型ポリフッ化ビニリデン膜の歪特性はさらに優れたものとなる。
【0018】
本発明の他の態様は
、前記何れかの態様に記載のβ型ポリフッ化ビニリデン膜と、前記β型ポリフッ化ビニリデン膜の両面にそれぞれ積層された電極とを具備することを特徴とする圧電式センサにある。
【0019】
かかる発明の圧電式センサによれば、歪特性に優れたβ型ポリフッ化ビニリデン膜を具備するので、高感度で且つ安定した検知特性を有する圧電式センサを実現することができる。
【0020】
ここで、前記圧電式センサは、圧電式水素センサであることが好ましい。
【0021】
これによれば、歪特性に優れたβ型ポリフッ化ビニリデン膜を具備するので、高感度で
且つ安定した検知特性を有する圧電式水素センサを実現することができる。
本発明の他の態様は、β型ポリフッ化ビニリデン膜を具備する圧電式センサの製造方法であって、ポリフッ化ビニリデンと、該ポリフッ化ビニリデンを溶解してβ型に固定するヘキサメチルリン酸トリアミドと、アセトンとを混合して塗布液を形成する工程と、得られた塗布液を基板に塗布して塗布膜を形成する工程と、前記塗布膜を乾燥する工程と、乾燥した膜を水洗する工程と、前記β型ポリフッ化ビニリデン膜の両面にそれぞれ電極を積層する工程とを含むことを特徴とする圧電式センサの製造方法にある。
【発明の効果】
【0022】
本発明のβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法によれば、大掛かりな設備を必要とせず且つ簡便な方法で、圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を製造することができる。また、本発明のβ型ポリフッ化ビニリデン膜によれば、結晶粒の間に複数の空隙が存在する多孔性に優れた膜を得ることができる。これにより、歪特性に優れたβ型ポリフッ化ビニリデン膜を実現することができる。さらに、このようなβ型ポリフッ化ビニリデン膜を圧電体膜として具備する圧電式センサによれば、高感度で且つ安定した検知特性を有する圧電式センサを実現することができる。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下に本発明を実施形態に基づいて詳細に説明する。
【0025】
(β型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法)
本発明に係るβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法は、大がかりな設備を必要とせず、溶液塗布法による簡便な方法により圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を製造するものである。なお、本発明でのβ型ポリフッ化ビニリデン膜は、β型が主体であり、β型としての機能を発揮すれば、α型などが混在したものも含むものであり、純度が高いとは、ポリフッ化ビニリデン以外の成分がほとんど含有されていない膜であることをいう。
【0026】
β型ポリフッ化ビニリデンは、(−CF
2−CH
2−)
nの繰り返し連鎖からなり、分子鎖がオールトランスの立体配座構造からなる。このため、β型ポリフッ化ビニリデンは、自発分極の向きがフッ素原子から水素原子に、即ち、分子鎖に対して垂直方向に揃っており、圧電特性に優れた材料となる。
【0027】
このような圧電特性に優れたβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法は、ポリフッ化ビニリデンと、ポリフッ化ビニリデンを溶解してβ型に固定する水溶性極性溶媒と、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒とを混合して塗布液を形成する工程と、得られた塗布液を基板に塗布して塗布膜を形成する工程と、塗布膜を乾燥する工程と、乾燥した膜を水洗する工程とを含む工程からなる。
【0028】
かかる本発明は、ポリフッ化ビニリデンを、ポリフッ化ビニリデンを溶解してβ型に固定する水溶性極性溶媒と、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒とに溶解して塗布液とし、これを成膜した後、かかる有機溶媒を除去して多孔性膜とし、これを水洗して水溶性極性溶媒を除去することにより、純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を製造するものである。
【0030】
塗布液の形成工程は、ポリフッ化ビニリデンと、ポリフッ化ビニリデンを溶解してβ型に固定する水溶性極性溶媒と、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒とを混合して塗布液を形成する工程である。具体的には、所定の水溶性極性溶媒と所定の有機溶媒に、ポリフッ化ビニリデン粉を溶解して、ポリフッ化ビニリデンを含む塗布液を調製する。
【0031】
ここで、本発明で用いるポリフッ化ビニリデンとは、β型ポリフッ化ビニリデン膜となって圧電特性を示すものであれば、フッ化ビニリデン単独の重合体だけでなく、フッ化ビニリデンのモノマーと、フッ素を含有する他のモノマーとの共重合体であってもよく、本発明では、これらを総称して単にポリフッ化ビニリデンという。本発明では、ポリフッ化ビニリデンは、溶媒に溶解して用いるので、好適には粉状のものを用いるが、フレーク状、塊状であってもよい。
【0032】
また、本発明で用いる所定の水溶性極性溶媒は、ポリフッ化ビニリデンを溶解して該ポリフッ化ビニリデンをβ型に固定化する機能を有するものであり、例えば、ヘキサメチルリン酸トリアミド(HMPA)等のリン酸アミド化合物、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド等を挙げることができる。また、リン酸アミド化合物は、ヘキサアルキルリン酸トリアミド等のトリアミドだけでなく、モノアミド、ジアミド又はこれらの混合物を含むものである。これらの中でも、特にヘキサメチルリン酸トリアミドが好ましく、本実施形態ではヘキサメチルリン酸トリアミドを用いている。
【0033】
ここで、水溶性極性溶媒がポリフッ化ビニリデンをβ型に固定化する機能を有するとは、ポリフッ化ビニリデンと相溶した状態でポリフッ化ビニリデンをβ型の結晶構造に転移して固定化することをいう。また、β型に固定化するとは、完全にβ型に固定化するものの他、α型よりβ型が優位なように固定するものを包含するものであり、結果的に成膜されたポリフッ化ビニリデンが所望の圧電性を有するものとなるように固定化するものであればよい。
【0034】
また、水溶性極性溶媒の水溶性とは、後述する水洗工程により塗布膜から除去できる程度の水溶性を意味する。
【0035】
水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒とは、後述の乾燥温度における飽和蒸気圧が、水溶性極性溶媒よりも高く、蒸発速度が速いものをいう。このため、後述する塗布膜の乾燥工程において、かかる有機溶媒の沸点温度程度に加熱することにより、水溶性極性溶媒を塗布膜に残存させたまま、有機溶媒のみを蒸発させることができ、これにより多孔性の塗布膜とすることができる。このような有機溶媒は、ポリフッ化ビニリデン及び水溶性極性溶媒と相溶するものであり、使用する水溶性極性溶媒の種類に応じて、適宜選択すればよい。
【0036】
水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒としては、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド、ジエチルアセトアミド、ジメチルブチルアミド及びN−メチルピロリドン等又はこれらの混合溶媒を挙げることができる。これらの中でも、アセトン及びジメチルホルムアミドからなる群から選択される少なくとも1種を用いるのが好ましい。本実施形態では、蒸発のし易さに鑑みて、アセトンを用いている。
【0037】
本発明では、上述したポリフッ化ビニリデンと、ポリフッ化ビニリデンを溶解してβ型に固定する水溶性極性溶媒と、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒とを混合して塗布液を形成するが、水溶性極性溶媒と、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒の体積比は、上述したように乾燥後に多孔性の形状を保持できる塗布膜を形成できる範囲であれば、特に限定されず、有機溶媒を10容量%〜80容量%含有させればよい。10容量%より有機溶媒が少ないと有機溶媒を除去した際に多孔性の膜とはならず、また、80容量%より多いと膜の形状が保持できないからである。好適には、水溶性極性溶媒と有機溶媒の体積比が1:3〜3:1の範囲にあるのが望ましい。
【0038】
また、ポリフッ化ビニリデンの含有量は、水溶性極性溶媒の総質量に対して、例えば、3.5質量%以上の範囲にあるのが好ましく、より好ましいのは、5〜6.5質量%の範囲である。
【0039】
さらに好ましいのは、水溶性極性溶媒としてヘキサメチルリン酸トリアミドを用いた場合、ヘキサメチルリン酸トリアミドとアセトンの体積比が1:1であり且つポリフッ化ビニリデンの含有量が、ヘキサメチルリン酸トリアミドの総質量に対して、6.5質量%である。
【0040】
本発明では、このようにして得られた塗布液を基板に塗布して塗布膜を形成する。かかる塗布膜の形成工程は、混合して得られた塗布液を基板に塗布して塗布膜を形成する工程である。
【0041】
塗布方法は、塗膜が形成できるものであれば特に限定されないが、例えば、スピンコート法、キャスト法及びインクジェット法等の公知の塗布方法を適用することができる。なお、塗布工程において、塗布液の容量(質量)を増やしたり、塗布回数を増やしたり、塗布膜の形成工程と乾燥工程を繰り返すことにより、所望の膜厚を得ることができる。
【0042】
基板は、塗布液を保持できるものであれば特に限定されないが、例えば、シリコン基板、ガラス基板、セラミック基板、プラスチック基板、高分子基板及び金属基板等を挙げることができる。本実施形態では、ガラス基板を用いている。
【0043】
本発明では、次いで、形成した塗布膜を乾燥する。かかる塗布膜を乾燥する工程は、基板に形成された塗布膜を乾燥して多孔性の膜とする工程である。
【0044】
具体的には、基板上に塗布されたポリフッ化ビニリデンを含有する塗布液からなる塗布膜から、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒のみを除去し、多孔性の乾燥膜を形成する工程である。
【0045】
本実施形態では、かかる有機溶媒としてアセトンを用いているため、例えば、塗布膜をアセトンの沸点(約56℃)よりも数十℃高い80℃程度に加熱して、塗布膜からアセトンのみを蒸発させて、乾燥膜を形成している。
【0046】
塗布膜から有機溶媒のみを除去するため、得られる乾燥膜は所定の水溶性極性溶媒とポリフッ化ビニリデンから構成され、複数の空隙が存在する多孔性の膜、すなわち、ポーラスの膜となる。また、乾燥膜中では、所定の水溶性極性溶媒の存在により、ポリフッ化ビニリデン膜の自発分極の向きは一定の方向に揃えられ、膜の結晶構造はβ型に保持されている。後述する赤外分光法による吸収スペクトルの結果からも、乾燥膜中に含まれるポリフッ化ビニリデン膜の結晶構造は、β型であることが確認されている。
【0047】
なお、乾燥工程で用いられる加熱装置としては、例えば、赤外線ランプの照射により加熱するRTA(Rapid Thermal Annealing)装置やホットプレート等を挙げることができる。本実施形態では、ホットプレートを用いている。
【0048】
本発明では、次いで、乾燥して形成した多孔性の膜を水洗する。かかる水洗工程は、乾燥した膜を水洗して、水溶性極性溶媒を除去する工程である。好適には、乾燥した膜を基板から剥離して水洗するが、水溶性極性溶媒を除去できるのであれば乾燥膜を基板上に保持したまま水洗してもよい。
【0049】
水洗は、流水、又は水中への浸漬等により行えばよい。本実施形態では、乾燥して得られたポリフッ化ビニリデン含有膜を基板から剥離して純水で約1分間、水洗し、ポリフッ化ビニリデン含有膜中のヘキサメチルリン酸トリアミド等の水溶性極性溶媒を除去する。
【0050】
乾燥膜はアセトンの蒸発により多孔性の膜となっているため、水溶性極性溶媒、例えば、ヘキサメチルリン酸トリアミドは水洗により乾燥膜から除去されると考えられる。また、乾燥膜から水洗によりポリフッ化ビニリデンをβ型に固定化しているヘキサメチルリン酸トリアミド等の水溶性極性溶媒を除去しても、ポリフッ化ビニリデンの自発分極の方向は維持されることが確認されている。よって、水洗により、圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を形成することができる。後述する赤外分光法による吸収スペクトルの結果からも、水洗後のポリフッ化ビニリデン膜は、純度の高いβ型であることが確認されている。形成されたβ型ポリフッ化ビニリデン膜の膜厚は約70〜300μmである。
【0051】
また、所定の水溶性極性溶媒の脱離により、さらに体積空隙率が大きい多孔性のβ型ポリフッ化ビニリデン膜を形成することができる。多孔性を有することにより、ポリフッ化ビニリデン膜は優れた歪特性を有する。
【0052】
本発明では、純度が高く且つ多孔性に優れたβ型のポリフッ化ビニリデン膜を形成するために、塗布液に水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒を混合している。そして、乾燥工程において、塗布膜に水溶性極性溶媒を残存させたまま、かかる有機溶媒を先に蒸発させることで、残存膜(乾燥膜)を多孔性を有するものとし、続く水洗工程において、乾燥膜から、さらに水溶性極性溶媒を脱離させて、より多孔性を有する膜とする。このような乾燥工程と水洗工程の2つの工程により、純度が高く且つ多孔性に優れたβ型のポリフッ化ビニリデン膜を形成することができる。
【0053】
さらに、本発明の製造方法によれば、塗布液に混合する、水溶性極性溶媒よりも沸点が低い有機溶媒の混合比率を変えることにより、β型のポリフッ化ビニリデン膜の多孔性、即ち、体積空隙率を制御することが可能である。具体的には、かかる有機溶媒の混合比率を増やすことにより、乾燥工程で蒸発する有機溶媒を増大させ、多孔性を高め、体積空隙率を大きくすることができる。
【0054】
このように、本発明に係るβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造方法によれば、大掛かりな設備を必要とせず、塗布液の形成工程、塗布膜の形成工程及び乾燥工程、乾燥膜の水洗工程のみからなる簡便な方法により、圧電特性に優れ且つ純度の高いβ型ポリフッ化ビニリデン膜を製造することができる。また、このような塗布法によるβ型ポリフッ化ビニリデン膜の製造は、製造工程が少ないため、環境負荷が小さく、製造コストの低減を図ることができる。このような圧電特性に優れ且つ純度の高い膜を圧電体膜として各種センサに搭載することにより、検知特性の優れたセンサを実現することができる。
【0055】
(β型ポリフッ化ビニリデン膜)
本発明に係るβ型ポリフッ化ビニリデン膜は、平均粒径8〜9μmの粒形の結晶粒からなり、48〜53%の体積空隙率を有する膜である。
【0056】
なお、体積空隙率は、以下の式により算出した。
体積空隙率(%)=((真のPVDFの質量−みかけのPVDFの質量)/真のPVDFの質量)×100
ただし、真のPVDFの質量とは、理論密度1.78g/cm
3×作製したPVDF膜の体積であり、みかけのPVDFの質量とは秤量計による実測値である。
【0057】
このようなポリフッ化ビニリデン膜は、体積空隙率が大きく、結晶粒の間に複数の空隙が存在する多孔性の膜である。これらの空隙の存在により、ポリフッ化ビニリデン膜は優れた歪特性を有する。一方、従来の延伸法で製造したβ型ポリフッ化ビニリデン膜は、表面が平坦であり、粒状の結晶粒は見られない。
【0058】
よって、本発明に係る粒状の結晶粒からなるβ型ポリフッ化ビニリデン膜は、従来のβ型ポリフッ化ビニリデン膜とは区別され、例えば、圧電体膜として、圧電式センサに用いることにより、高感度で且つ安定した検知特性を有するセンサを実現することができる。
【0059】
(圧電式センサ)
本発明に係る圧電式センサは、上述の製造方法により製造されたβ型ポリフッ化ビニリデン膜又は塗布法により製造されたβ型ポリフッ化ビニリデン膜を圧電体膜として用いたものである。本実施形態では、圧電式センサの一例として、圧電式水素センサについて説明する。
【0060】
図1は、本実施形態に係る圧電式水素センサの構造と作動原理を示す模式図である。
図1に示すように、圧電式水素センサ1は、一対のパラジウム電極2と、これらのパラジウム電極2に挟まれたβ型ポリフッ化ビニリデン膜3とからなり、β型ポリフッ化ビニリデン膜3の両面にパラジウムを積層してパラジウム電極2を形成したものである。パラジウムは、水素のみを選択的に吸収して膨張する性質をもつ金属であり、圧電式水素センサとして好適である。このため、本実施形態に係る圧電式水素センサ1は、パラジウムの粒子が空気中等に存在する水素を吸収し、膨張すると、電極に挟まれたβ型ポリフッ化ビニリデン膜3に歪みが生じ、β型ポリフッ化ビニリデン膜3の静電容量が変化する。この容量変化を電圧信号として出力することにより水素を検知するものである。このような圧電式水素センサは、センサ自身の歪みで電圧を発生するため、電源が不要で室温で自律動作するという実用上重要な特徴を備えている。
【0061】
本実施形態に係る圧電式水素センサ1は、優れた歪特性を有するβ型ポリフッ化ビニリデン膜3を具備するので、従来の延伸法で形成したβ型ポリフッ化ビニリデン膜を具備する圧電式水素センサと比較すると、例えば、詳細は後述するが、出力電圧は、安定した電位変化を示し、検知感度は数倍優れていることがわかっている。これにより、高感度で且つ安定した検知特性を有し、信頼性の高い圧電式水素センサを実現できる。
【0062】
また、このような優れた歪特性を有するβ型ポリフッ化ビニリデン膜は、圧電式水素センサの他にも圧力センサ、超音波センサ、加速度センサ、振動センサ及び衝撃センサ等の各種圧電式センサに広く用いることができる。
【0063】
以下、実施例及び比較例に基づいて、さらに詳細に説明する。
【0064】
(実施例1)
表1は、実施例1〜8、比較例1、2で用いられた塗布液の構成、ポリフッ化ビニリデン膜の膜厚及び試験例1で実施した水素ガスセンサの検知特性の結果をそれぞれ示す。
【0065】
上記実施形態に基づき、ヘキサメチルリン酸トリアミド(以下「HMPA」と言う。)とアセトン(純度>99.5%)からなる混合溶液8.30g(体積比1:3)に、β型ポリフッ化ビニリデン(以下「PVDF」と言う。)の原料であるα型のPVDF粉末(Polysciences社製)を、HMPAの総質量に対して、3.5質量%(87.0mg)となるように加え、PVDF粉末が溶解するまで、約40℃で約60分間攪拌を行い、均一なPVDFを含有する塗布液を得た。
【0066】
次に、得られた塗布液を用い、ペトリ皿上に塗布液1〜2.5mlを塗布し、PVDF含有膜を得た。そして、基板に塗布されたPVDF含有膜を約80℃のホットプレート上で、約24時間乾燥し、乾燥膜を得た。得られた乾燥膜を基板から剥離し、純水で約1分間水洗して、厚さ130μmのPVDF膜を形成した。
【0067】
PVDF膜の両面に、厚さ10nmのパラジウム電極を形成して水素センサを製造した。なお、パラジウム電極は、DCスパッタ法により成膜した。
PVDF膜の結晶構造を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。
また、赤外分光法によりPVDF膜の構造解析を行った。
【0068】
(実施例2)
実施例2では、HMPAとアセトンからなる混合溶液4.42g(体積比1:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、3.5質量%(87.0mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例2では、厚さ145μmのPVDF膜を形成した。
【0069】
(実施例3)
実施例3では、HMPAとアセトンからなる混合溶液3.13g(体積比3:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、3.5質量%(87.0mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例3では、厚さ195μmのPVDF膜を形成した。
【0070】
(実施例4)
実施例4では、HMPAとアセトンからなる混合溶液4.42g(体積比1:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、3質量%(74.6mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例4では、厚さ175μmのPVDF膜を形成した。
【0071】
(実施例5)
実施例5では、HMPAとアセトンからなる混合溶液1.77g(体積比1:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、5質量%(49.7mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例5では、厚さ70μmのPVDF膜を形成した。
【0072】
(実施例6)
実施例6では、HMPAとアセトンからなる混合溶液4.42g(体積比1:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、5質量%(124.3mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例6では、厚さ285μmのPVDF膜を形成した。
【0073】
(実施例7)
実施例7では、HMPAとアセトンからなる混合溶液1.77g(体積比1:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、6.5質量%(64.4mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例7では、厚さ70μmのPVDF膜を形成した。
【0074】
(実施例8)
実施例8では、HMPAとアセトンからなる混合溶液4.42g(体積比1:1)に、PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、6.5質量%(161.5mg)となるように加え、PVDFを含有する塗布液を得た。他の条件は実施例1と同様にした。実施例8では、厚さ280μmのPVDF膜を形成した。
【0075】
(比較例1)
比較例1においては、HMPA2.49gに、β型PVDFの原料であるα型のPVDF粉末を、HMPAの総質量に対して、3.5質量%(87.0mg)となるように加えて、塗布液を得た以外の条件は実施例1と同様にした。形成されたPVDF膜の膜厚は、170μmであった。また、比較例1で形成したPVDF膜について、実施例1と同様にSEM観察を行った。
【0076】
(比較例2)
比較例2においては、市販品であるβ型PVDF膜を用いた。市販品のβ型PVDF膜の膜厚は、52μmであった。
【0078】
(試験例1)
実施例1〜8、比較例1、2に基づいて形成したPVDF膜を圧電体膜として水素センサに適用し、水素ガスの検知特性の評価を行った。
【0079】
図2〜
図9は、実施例1〜8に基づいて形成したPVDF膜を具備する水素センサの検知特性の結果をそれぞれ示す。
【0080】
図10、
図11は、比較例1、2に基づいて形成したPVDF膜を具備する水素センサの検知特性の結果をそれぞれ示す。
【0081】
水素ガス検知特性の評価は、乾燥空気と水素100%を交互に導入できるセル中に、実施例1〜8、比較例1、2のPVDF膜を具備する水素センサをそれぞれ設置することにより行った。水素センサの動作温度は室温とした。
【0082】
表1に水素ガスセンサの検知特性の結果を示す。出力電圧の変化量が極めて大きく且つ安定した変化を示した場合は◎、出力電圧の変化量が大きく且つ安定した変化を示した場合は○、出力電圧の変化量が少ない又は安定した変化を示さなかった場合は×とした。
【0083】
この結果、実施例1〜3の水素センサについては、水素検出後の出力電圧の変化量は約50〜60mVと大きな値を示し、実施例7については、約110mVとさらに大きな値を示した。また、実施例8については、約275mVと極めて大きな値を示した。
【0084】
水素雰囲気を空気に戻しても、出力電圧は実施例1〜3、7、8のいずれのセンサも初期値まで緩やかに減少していった。また、実施例5、6の水素センサについても、水素検出後の出力電圧は安定した変化を示し、出力電圧の変化量は約30〜35mVであった。実施例4についても、出力電圧の変化量は約55mVと大きな値を示した。
【0085】
これに対し、比較例1のPVDF膜を具備する水素センサについては、水素検出後も雰囲気を空気に戻した後も、出力電圧が大きく変動し、安定しなかった。また、比較例2の市販品のPVDF膜を具備する水素センサについては、出力電圧の変化量は僅か10mV程であり、水素雰囲気を空気に戻したときの出力電圧は、各実施例の水素センサのようには緩やかに減少しなかった。
【0086】
以上のことから、本発明に係るβ型ポリフッ化ビニリデン膜を具備する水素センサは、高感度で且つ安定した電位変化を示す信頼性の高い水素センサであることがわかった。
【0087】
(試験例2)
実施例1、比較例1に基づいて形成したPVDF膜を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて観察した。
図12は、実施例1、比較例1に基づいて形成したPVDF膜表面のSEM写真である。なお、SEM写真の黒い部分は空隙を示す。
【0088】
図12に示すように、実施例1のPVDF膜は、平均粒径8〜9μmからなる均一な粒状の結晶粒がまだらな状態で積層されており、結晶粒の間には、空隙を示す黒い部分が膜全体に亘って存在することがわかった。体積空隙率を算出すると、48%〜53%と極めて大きな値を示した。
【0089】
これに対し、比較例1のPVDF膜は、不均一な粒状の結晶粒が互いに密着して敷き詰められており、空隙を示す黒い部分は、実施例1と異なり、膜全体に存在しないことが確認された。体積空隙率を算出すると30%であり、小さな値を示した。
【0090】
このように、実施例1のPVDF膜は、体積空隙率が大きく、結晶粒の間に複数の空隙が存在する多孔性の膜であるため、歪特性に優れた膜である。実際に、実施例1のPVDF膜を圧電体膜として具備する水素センサは、試験例1の結果から、極めて高感度の検知特性を発現している。これは、本発明に係るβ型PVDF膜の優れた歪特性によるものであり、この優れた歪特性は、β型PVDF膜の結晶粒の間に複数の空隙が存在することに起因するものである。
【0091】
(試験例3)
赤外分光法によるPVDF膜の結晶構造の解析を行った。測定装置は、ABB−BOMEM製FTA2000を用いた。
【0092】
図13は、PVDF膜の赤外分光法による吸収スペクトルの結果である。
図13中の(a)は、実施例1において、塗布膜からアセトンを揮発させた後の乾燥膜の吸収スペクトルを示す。
図13中の(b)は、実施例1において、乾燥膜を水洗することによりHMPAを除去した後のPVDF膜の吸収スペクトルを示す。
【0093】
図13中の(a)では、β型のPVDF膜の存在を示すピークが複数認められ、α型のピークはほとんど認められなかった。また、PVDF膜に残存するHMPAのピークが認められた。
図13中の(b)では、これらのβ型を示すピークは、さらに鋭く現れた。また、HMPAのピークは認められなかったため、水洗によりHMPAは除去されていることが確認された。
【0094】
この結果、乾燥膜にHMPAが含まれている状態では、β型を示すピークは弱く、β型のPVDFの純度は低いことがわかった。一方、水洗により乾燥膜からHMPAを除去することにより、β型を示すピークは鋭くなり、β型のPVDF膜の純度は高くなることがわかった。したがって、本発明に係るβ型のPVDF膜の製造方法によれば、極めて純度の高いβ型のPVDF膜を得ることができる。
【0095】
(他の実施形態)
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明の基本的構成は上述した実施形態に限定されるものではない。例えば、上述した実施形態では、β型ポリフッ化ビニリデン膜を圧電体膜として圧電式水素センサに適用したが、圧電式水素センサ以外でも、圧力センサ、超音波センサ、加速度センサ、振動センサ及び衝撃センサ等の各種センサに広く適用することができる。また、回路及びソフトウエア等の情報処理デバイスや、アクチュエータ及びトランスデューサ等の出力デバイス等にも用いることができる。