(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6048909
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】ショートアーク型放電ランプ
(51)【国際特許分類】
H01J 61/06 20060101AFI20161212BHJP
H01J 61/073 20060101ALI20161212BHJP
【FI】
H01J61/06 B
H01J61/073 B
【請求項の数】6
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-194690(P2012-194690)
(22)【出願日】2012年9月5日
(65)【公開番号】特開2014-53075(P2014-53075A)
(43)【公開日】2014年3月20日
【審査請求日】2014年12月16日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102212
【氏名又は名称】ウシオ電機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106862
【弁理士】
【氏名又は名称】五十畑 勉男
(72)【発明者】
【氏名】田川 幸治
(72)【発明者】
【氏名】有本 智良
(72)【発明者】
【氏名】杉原 正典
(72)【発明者】
【氏名】安田 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】北野 洋好
【審査官】
杉田 翠
(56)【参考文献】
【文献】
特開2003−187741(JP,A)
【文献】
特開平05−290802(JP,A)
【文献】
特開2010−192136(JP,A)
【文献】
特開2011−054428(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J1/13−1/14
1/15−1/316
9/02
61/00−61/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
発光管の内部に陰極と陽極とが対向配置されたショートアーク型放電ランプにおいて、
前記陰極は、本体部とその先端側に接合された先端部とからなり、
前記本体部は、その少なくとも先端側の一部の全体にエミッター物質として軽希土類酸化物を添加したタングステンからなるとともに、当該軽希土類酸化物を添加したタングステンからなる部分の側面が放電空間に露出してなり、
前記先端部は、エミッター物質を含まないタングステンからなることを特徴とするショートアーク型放電ランプ。
【請求項2】
前記軽希土類酸化物は、前記本体部の先端側の一部に添加されていることを特徴とする請求項1に記載のショートアーク型放電ランプ。
【請求項3】
前記陰極には、前記先端部の先端面から前記本体部にまで延びるエミッター供給開口が設けられていることを特徴とする請求項1または2に記載のショートアーク型放電ランプ
【請求項4】
前記先端部は、4N以上の純タングステン材料からなることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載のショートアーク型放電ランプ。
【請求項5】
前記先端部には、タングステン粒子の粗大化抑制物質としてジルコニウム、カリウム、レニウム、ハフニウムの1種もしくは2種以上が添加されていることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のショートアーク型放電ランプ。
【請求項6】
前記先端部には、エミッター蒸発抑制材として、ジルコニア(ZrO2)、酸化タンタル(Ta2O5)、ホウ素(B)、レニウム(Re)の1種もしくは2種以上が添加されていることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のショートアーク型放電ランプ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ショートアーク型放電ランプに関するものであり、特に、陰極に電子放射を良好にするためのエミッター物質を含有するショートアーク型放電ランプに係わるものである。
【背景技術】
【0002】
一般に、水銀を封入したショートアーク型放電ランプにおいては、入力電力で例えば500W以上の高負荷の放電ランプの陰極には、電子放射を容易にするためにエミッター物質が添加されている。例えば、特開2012−15008号公報(特許文献1)には、エミッター物質として酸化トリウムを含有する放電ランプ用の陰極が開示されている。
しかしながら、トリウムは放射性物質として法的規制の対象であり、その管理や取り扱いに慎重な配慮が必要であって、そのためにトリウムに代わる代替物質が要望されている。
【0003】
そのトリウムに代わる代替物質として、希土類元素及びその化合物を用いるものが提案されている。希土類元素は、仕事関数(一般的に、物質表面から外方へ電子が飛び出す際に必要なエネルギー量を指す)が低く電子放射に優れた物質であり、トリウムの代替物質として期待されている。
特開2006−286236号公報(特許文献2)には、陰極の材料であるタングステンにエミッター物質として付加的に酸化ランタン(La
2O
3)を含有させたショートアーク型放電ランプが開示されている。
【0004】
しかしながら、酸化ランタン(La
2O
3)のような軽希土類酸化物は、酸化トリウム(ThO
2)より蒸気圧が高いために比較的蒸発しやすい。そのため、陰極に含有させるエミッター物質として酸化トリウムに代えて軽希土類酸化物を用いた場合、当該軽希土類酸化物が過度に蒸発してしまい、早期に枯渇してしまうという事態が発生する。このエミッター物質の枯渇により、陰極における電子放射機能が失われてしまい、フリッカーが生じてしまってランプ寿命が短くなるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2012−15008号公報
【特許文献2】特開2006−286236号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
この発明は、上記従来技術の問題点に鑑みて、発光管の内部に、陰極と陽極とが対向配置されたショートアーク型放電ランプにおいて、陰極にエミッター物質として軽希土類酸化物を添加しても、当該エミッター物質の早期の枯渇を防止して、電子放出機能を長時間維持し、ランプのフリッカー寿命の長期化を図るようにした構造を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記課題を解決するために、この発明では、前記陰極が、本体部とその先端側に接合された先端部とからなり、前記本体部は、エミッター物質として軽希土類酸化物を添加したタングステンからなり、前記先端部は、エミッター物質を含まないタングステンからなることを特徴とする。
また、前記軽希土類酸化物は、前記本体部の先端側の一部に添加されていることを特徴とする。
また、前記陰極には、前記先端部の先端面から前記本体部にまで延びるエミッター供給開口が設けられていることを特徴とする。
また、前記先端部は、4N以上の純タングステン材料からなることを特徴とする。
また、前記先端部には、タングステン粒子の粗大化抑制物質としてジルコニウム、カリウム、レニウム、ハフニウムの1種もしくは2種以上が添加されていることを特徴とする。
また、前記先端部には、エミッター蒸発抑制材として、ジルコニア(ZrO
2)、酸化タンタル(Ta
2O
5)、ホウ素(B)、レニウム(Re)の1種もしくは2種以上が添加されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、エミッター物質として軽希土類酸化物が添加された本体部の先端に、エミッター物質を含まないタングステンからなる先端部が接合されているので、放電ランプを点灯した際に、本体部が放電アークに直接曝されることがなく、当該本体部に添加された軽希土類酸化物がアークによって過熱されることを抑制し、本体部から軽希土類酸化物が過度に蒸発してエミッター物質が早期に枯渇してしまうことを防止できるものである。
また、陰極には先端部の先端面から前記本体部にまで延びるエミッター供給開口が設けられたことにより、本体部から陰極先端に適切にエミッター物質が供給されて的確な電子放射機能が担保される。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明に係る陰極構造を有するショートアーク型放電ランプの全体図。
【発明を実施するための形態】
【0010】
図1はこの発明の陰極構造を有するショートアーク型放電ランプの全体構造を示し、ショートアーク型放電ランプ1は発光管2の内部に陰極3と陽極4とが対向配置されている。
図2に示されるように、陰極3は、本体部31と、その先端に接合された先端部32とからなる。前記本体部31はタングステンからなり、エミッター物質として酸化ランタン(La
2O
3)などの軽希土類酸化物が添加されている。
先端部32は、前記本体部31の先端、即ち、陽極4と対向する面に固相接合などの手段により接合されている。当該先端部32は、エミッター物質が含まれないタングステン、好適には、4N以上の純タングステンからなる。
上記構成のショートアーク型放電ランプにおいては、陰極3の先端部32のタングステン材料内部に形成された結晶粒界が本体部からのエミッター物質の供給経路として機能し、ランプを点灯した際には、陰極3の本体部31に含まれるエミッター物質(軽希土類酸化物)は、この先端部32の結晶粒界を経て、当該先端部32の先端から放電アーク領域側に供給されていく。
このとき、タングステンからなる先端部32があるために、本体部31が直接放電アークに曝されることがないので、該本体部31内の軽希土類酸化物が異常に過熱されることがなく、過度の蒸発が抑えられて早期の枯渇を招くことがない。
【0011】
ところで、放電アークに直接曝される陰極3の先端部32は非常に高温となり、その高温化で先端部32のタングステン粒子は粗大化されやすく、その結晶粒界は減少してゆく。この結晶粒界が減少すると、本体部31に含有されるエミッター物質の先端側への移動が抑制されてしまい、十分な電子放射機能がもたらされない。
そこで、先端部32のタングステン(W)の粗大化を防ぐために、例えば、カリウム(K)をドープすることが有効である。
こうすることによって、タングステン粒子の粗大化が防がれて、先端部32中に多くの結晶粒界を維持させることができ、エミッター物質の供給経路を維持させることが可能となる。これにより、陰極先端へのエミッター物質の安定的な供給が可能となり、より安定的な放電を維持することができる。
上記のほかに、タングステン粒子の粗大化を抑制する物質として、ジルコニウム(Zr)、レニウム(Re)、ハフニウム(Hf)などを先端部32に含有させることが有効である。
【0012】
また、4N以上の純タングステンが形成されている陰極3の先端部32には、エミッター蒸発抑制材として、ジルコニア(ZrO
2)や酸化タンタル(Ta
2O
5)、ホウ素(B)、レニウム(Re)などを含有させることが好ましい。
これらエミッター蒸発抑制材は、その近傍に付着したエミッター物質内の電子を引き寄せる作用があり、エミッター物質の離脱を抑える作用がある。そのため、陰極3の先端部32に上記エミッター蒸発抑制材を含有させることにより、先端部32に形成される結晶粒界(エミッター供給経路)においてエミッターの蒸発を比較的抑えることができるものである。
【0013】
図3に他の実施例が示されていて、この実施例では、陰極の先端に開口するエミッター供給開口5が穿設されている。即ち、陰極3の先端部32の先端面32aに開口し、本体部31にまで延びるエミッター供給開口5が形成されている。
こうすることで、本体部31内のエミッター物質(軽希土類酸化物)を、上記供給開口5を経て的確に陰極先端にまで供給することができ、安定した放電が維持される。
なお、上記エミッター供給開口5は、他に特段の事情がない限り、本体部31の中腹以上にまで穿設することが好ましく、エミッター物質の供給経路を長くすることができて、本体部31内に含まれるエミッター物質を満遍なく先端側に移送することができ、より安定的な放電を維持することができる。
【0014】
本発明における陰極3の本体部31にエミッター物質として添加される軽希土類酸化物としては、La
2O
3、CeO
2(Ce
2O
3)、Pr
6O
17、Nd
2O
3、Sm
2O
3、Gd
2O
3などが挙げられる。
また、本体部31には、上記軽希土類酸化物のほかに、エミッター蒸発抑制材として、ジルコニア(ZrO
2)や酸化タンタル(Ta
2O
5)、ホウ素(B)、レニウム(Re)などが添加される。これにより、本体部31内の軽希土類酸化物の過度の蒸発が適宜に抑制される。
【0015】
以上の実施例では、本体部31の全体にエミッター物質を添加したものを示したが、その一部に添加するものであってもよい。
図4にその実施例が示されていて、全体がタングステンからなる本体部31の先端側の一部31aにエミッター物質(軽希土類酸化物)が添加されている。この例では、先端部32に開口するエミッター供給開口5が設けられているが、該供給開口5は、本体部31のエミッター物質添加部分31aの領域に形成されている。
このエミッター物質を含有させる領域を、本体部31の全体にするか、先端側の一部にするか、更には、一部にする場合にどの程度の領域にするかは、放電ランプの形態、入力電力、電極形状やサイズなどによって適宜に決定される。
【0016】
上記陰極の具体的な数値例を挙げると以下の通りである。
<陰極>
先端部の厚さ:1〜3mm
先端部の材料:4Nタングステン、ZrO
2(1%)―W、K−W、
Re(3%)−W 等
本体部の材料:La
2O
3(2.5%)−ZrO
2(0.1%)−W
エミッター物質:La
2O
3、CeO
2(Ce
2O
3)、Pr
6O
17、Nd
2O
3、
Sm
2O
3、Gd
2O
3などの希土類酸化物
エミッター供給開口の深さ:3〜10mm
【0017】
以下のランプを作製して本発明の効果を実証すべく実験を行った。
<実施例1>
本発明の
図2に示される態様であって、エミッター物質として軽希土類酸化物が添加された本体部31の先端に、エミッター物質を含まないタングステンからなる先端部32を設け、該先端部32にエミッター蒸発抑制材としてZrO
2が含有されている例。
1kW ショートアークランプ(トリアレス陰極)
陰極寸法:外径φ8mm、先端角40度、先端径φ0.6mm
先端部の材料:ZrO
2(1%)−W
先端部の厚さ:1mm
本体部の材料:La
2O
3(2.5%)−ZrO
2(0.1%)−W
<実施例2>
本発明の
図3に示される態様であって、エミッター物質として軽希土類酸化物が添加された本体部31の先端に、エミッター物質を含まないタングステンからなる先端部32を設け、該先端部32にエミッター供給開口5を形成した例。
1kW ショートアークランプ(トリアレス陰極)
陰極寸法:外径φ8mm、先端角40度、先端径φ0.6mm
先端部の材料:4Nタングステン
先端部の厚さ:1mm
本体部の材料:La
2O
3(2.5%)−ZrO
2(0.1%)−W
エミッター供給開口:φ0.2mm、深さ7mm
【0018】
<比較例1>
エミッター物質として軽希土類酸化物が添加された陰極3であって、本発明の先端部を有しない例。
1kW ショートアークランプ(トリアレス陰極)
陰極寸法:外径φ8mm、先端角40度、先端径φ0.6mm
陰極材料:La
2O
3(2.5%)−ZrO
2(0.1%)−W
<比較例2>
エミッター物質として酸化トリウムが添加された従来陰極3。
1kW ショートアークランプ(トリア陰極)
陰極寸法:外径φ8mm、先端角40度、先端径φ0.6mm
陰極材料:ThO
2(2%)−W
【0019】
以上の各ランプを、Ar雰囲気下(1atm)で、ランプ電流を72Aとして放電を30分間行い、電圧変動率{(Vmax.−Vmin.)/Vave.}を求めて、各ランプの放電の安定性を評価した。
なお、電圧値は、ランプ点灯から、放電が安定する20分後の電圧値を測定対象とした。その結果が以下の通りである。
比較例1(従来のトリアレス陰極ランプ)は、比較例2(トリア陰極ランプ)よりも電圧変動率が高くなった。これは比較例1のエミッター物質に用いた軽希土類が早期に枯渇してしまい、安定な放電が困難になったためと考察される。
これに対して、実施例1(本発明のトリアレス陰極ランプ)および実施例2(本発明のトリアレス陰極ランプで、陰極先端にエミッター開口を設けたもの)は、同じトリアレス陰極ランプである比較例1よりも電圧変動率が小さく保たれており、更には、トリア陰極ランプである比較例2よりも小さい。これは、実施例1の特異な構成により、エミッター物質である軽希土類酸化物の枯渇が抑制され、長期にわたって安定な放電が可能になったためと推察される。
なお、実施例1が実施例2よりも電圧変動率が低くなっているが、これは、先端部にエミッター蒸発抑制材としてZrO
2を添加したためである。
【0020】
以上説明したように、本発明においては、陰極にエミッター物質として軽希土類酸化物を添加してなるショートアーク型放電ランプにいて、前記陰極が、本体部とその先端側に接合された先端部とからなり、前記本体部は、エミッター物質として軽希土類酸化物を添加したタングステンからなり、前記先端部は、エミッター物質を含まないタングステンからなる構成としたことにより、エミッター物質である軽希土類酸化物を含有する本体部が放電アークに直接曝されることがなく、本体部に含まれる軽希土類酸化物が過度に蒸発して早期に枯渇してしまうことを防止できて、安定的な放電が維持されるものである。
【符号の説明】
【0021】
1 ショートアーク型放電ランプ
2 発光管
3 陰極
31 本体部
31a エミッター添加部分
32 先端部
32a 先端面
4 陽極
5 エミッター供給開口