(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記判定する工程が、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にあるか否かに基づいて、前記混練する工程を継続するか否かを判定することを含む、請求項1に記載の電極合剤スラリの混練方法。
前記算出した降伏応力が所定の範囲内にある場合、前記混練する工程を継続し、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にない場合、前記混練する工程を中断または終了する、請求項2に記載の電極合剤スラリの混練方法。
前記分散質が、バインダおよび導電剤をさらに含み、前記電極活物質が、リチウムイオン電池の正極活物質である、請求項1から3のいずれか1項に記載の電極合剤スラリの混練方法。
前記電極活物質が、ニッケル酸リチウムを含み、前記バインダが、ポリフッ化ビニリデンを含み、前記分散媒が、N−メチル−2−ピロリドンとポリフッ化ビニリデンとを含む、請求項4に記載の電極合剤スラリの混練方法。
【背景技術】
【0002】
地球環境やクリーンエネルギーに対する期待が高まっている中で、再生可能エネルギーや災害時給電に不可欠なバッテリーや充電・蓄電機器に、特に注目が集まっている。また、ハイブリット車や電気自動車の量産は本格化し、家庭用蓄電池の生産も始まっている。これらに必要な二次電池の量は、従来の携帯電話やノートPC(Personal Computer)で用いられる電池に換算すると、数千倍の個数に相当し、使用される電極の量は膨大となる。したがって、電池の製造工程においては、電池用電極をより大量に、より安定的に生産する技術を確立することが急務である。
【0003】
リチウムイオン二次電池の電池用電極は、以下のようなステップを経て製造される。まず、電極活物質(以下、単に「活物質」ともいう)、バインダ、導電剤や増粘剤などの分散質を、混練機を用いて水または有機溶剤などの分散媒中で混練することにより、この分散媒に懸濁・分散させた電極合剤スラリ(以下、単に「スラリ」ともいう)を製造する。次に、集電体である金属箔の表面に、ダイコータなどの塗布機を用いて、スラリを均一な厚みになるよう塗布する。その後、スラリが塗布された集電体を乾燥および圧着して、電池用電極が得られる。
【0004】
しかしながら、電池用電極の製造過程では、例えば、スラリの移送時の配管内やスラリの塗布時のダイヘッド吐出口付近に、スラリの滞留が発生したり、スラリ塗布後の合剤層厚みが不均一になったり、スラリの流動性が悪く、塗布そのものが不可能になったりするなど、さまざまな不具合が発生する。このような不具合が発生すると、電池用電極を安定して生産することが困難となる。
【0005】
ところで、上述した不具合は、スラリの流動特性(応力、静粘度、動粘度など)が、何らかの原因により予期せず異常変化することで引き起こされ、その原因としては、スラリの混練不足やバインダのゲル化などが考えられる。ここで、スラリの混練不足とは、粉体原材料の製造ロット間バラツキやその他の原因により、事前に定めた混練プロセスを経た後でも分散質の分散が予期せず不十分な状態になることを意味する。一方、バインダのゲル化は、粉体原材料の製造ロット間バラツキ、電池用電極の製造過程での異物の混入、または、温度や湿度、その他の製造条件のゆらぎなどが原因で発生すると考えられ、バインダ分子の物理的、化学的変質となって現れる。特に、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)などの有機溶剤用バインダとして一般的に用いられているポリフッ化ビニリデン(PVdF)は、正極活物質としてLi
1+xNi
1-yM
yO
2(−0.5≦x≦0.5,0≦y≦1,Mは遷移金属元素あるいは典型金属元素)と組み合わせた場合、ゲル化を起こしやすいことがよく知られている。そのため、このようなスラリを用いた場合、ゲル化のために、電池用電極を安定して生産することは一層困難となる。
【0006】
また、スラリの流動特性の異常変化が過度に進行し、それに対する処置が遅れると、スラリや電池用電極は廃棄せざるを得なくなり、経済的なロスが大きくなる。また、スラリの作り直しを余儀なくされるため、時間的なロスも大きくなる。
【0007】
したがって、スラリの製造工程においては、生産性の低下を抑制するために、スラリの流動特性の予期しない異常変化をリアルタイムに検出することが求められている。
【0008】
これに関連して、例えば、特許文献1には、スラリの製造過程において混練機の負荷電力および負荷電流の少なくとも一方を検出することで、混練機がスラリから受けるトルク(スラリの剪断応力に相当)の変動をリアルタイムに検出する方法が開示されている。この混練時のトルクは、分散が完了すると急激な低下を示すため、これにより、分散の完了を把握することができる。その結果、スラリの製造に要する時間を短縮して、生産性の向上を図ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。
【0018】
図1は、本発明の電極合剤スラリの混練装置の一実施形態を示す概略図である。
【0019】
電極合剤スラリ(以下、単に「スラリ」ともいう)の混練を行う混練装置1は、分散媒と分散質とからなるスラリ2を収容する混練容器3と、混練モータ4によって回転駆動され、混練容器3内のスラリ2を混練する混練羽根5を備えた混練軸6と、を有している。さらに、混練装置1は、混練容器3内のスラリ2と混練羽根5とが接触することにより混練軸6にかかる荷重(ねじれ荷重)と、混練軸6の回転数(回転速度)と、を測定する検知部7を有している。検知部7は、混練軸6にかかる荷重を電気信号に変換して測定する荷重変換器8と、混練軸6の回転数を測定する回転計9と、から構成されている。
【0020】
荷重変換器8としては、混練軸6の任意の場所に設置可能な、市販のロードセルやトルクセンサなどが好適に用いられる。ロードセルやトルクセンサは、混練軸6に直接取り付けられていてもよく、非接触で混練軸6の変形を計測するものであってもよい。荷重変換器8で測定される、混練軸6にかかる荷重は、混練軸6の材質などが考慮されて、混練羽根5が受ける力に変換され、それからスラリにかかる負荷、すなわちスラリの剪断応力に変換することができる。なお、荷重の測定は、混練軸6を回転駆動する混練モータ4の使用電力または電流を計測することによって代えることができる。
【0021】
回転計9としては、混練軸6の任意の場所に設置可能な、市販の計数方式または周期測定方式の回転計が好適に用いられる。回転計9で測定される混練軸の回転数(回転速度)は、同様に混練軸6の材質等が考慮されて、混練羽根5の回転速度に変換され、それからスラリの剪断速度に変換することができる。一方、混練羽根5がスラリと接触しながら混練軸6が回転することで、混練軸6にはひずみが発生する。このひずみ速度を測定することでも、混練羽根5の回転速度からスラリの剪断速度を知ることができる。そのため、回転計9の代わりに、接触式ひずみゲージや非接触式変位計など、混練軸6のひずみ速度を測定する手段が設けられていてもよい。以下では、回転計9によって混練軸6の回転速度を測定する場合のみ説明する。
【0022】
さらに、混練装置1は、検知部7によって測定された、荷重および回転速度から、スラリ2の降伏応力を算出するデータ処理部(制御部)8を有している。具体的には、混練軸6にかかる荷重から算出されたスラリの剪断応力と、混練軸6の回転速度から算出されたスラリの剪断速度とから、スラリの流動曲線が算出され、算出された流動曲線の振る舞いから、降伏応力が算出される。データ処理部10は、こうして算出されたスラリの降伏応力に基づいて、スラリ混練工程を継続するか否かを判定するようになっている。このデータ処理部10の処理の詳細については、後述する。
【0023】
次に、上述の混練装置1を用いて製造されるスラリの製造方法について説明する。
【0024】
まず、電極活物質を含む分散質と、分散媒とをそれぞれ用意する。
【0025】
電極活物質としては、特に限定されず、リチウムイオン電池用の活物質材料として公知のものを用いることができる。例えば、電極活物質が正極活物質の場合、コバルト酸リチウム、マンガン酸リチウム、ニッケル酸リチウム、リン酸鉄リチウム、有機硫黄などを用いることができる。また、電極用活物質が負極活物質の場合、炭素材料(人造黒鉛、天然黒鉛、メソフェーズマイクロビーズ、難黒鉛化炭素など)、SiO
xを含むケイ素合金、スズ合金、鉛合金、亜鉛合金、チタン酸リチウム、Li
xM
yN(M=Co,Ni,Cu)などの金属窒化物、MnP
2やFeP
2などのリン化物などを用いることができる。
【0026】
また、分散質は、バインダ、導電剤、増粘剤、分散剤などを含んでいてもよい。バインダとしては、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)、スチレンブタジエンゴム、カルボキシメチルセルロース、ニトリルゴム、アクリルゴム、エチレンプロピレンゴム、イソプレンゴムなどのゴム類、ポリテトラフルオロエチレンなどのフッ素系樹脂などを用いることができる。また、導電剤としては、ケッチェンブラック、アセチレンブラックなどのカーボンブラック、結晶性炭素粉、金属粉などを用いることができ、増粘剤としては、カルボキシメチルセルロース、およびそのアルカリ塩を含むセルロース系増粘剤などを用いることができる。
【0027】
一方、分散媒としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)などの有機溶剤や水など、公知の各種溶剤を用いることができる。
【0028】
次に、
図1に示す混練装置1の混練容器3内に、分散質および分散媒を投入する。そして、混練羽根5によって分散質を分散媒中で混練することで、分散質を分散媒に懸濁・分散させたスラリー2を製造する、スラリ混練工程を行う。
【0029】
図2は、本実施形態のスラリ混練工程の一例を示すものであり、混練軸の回転数の時間変化を示している。
【0030】
図2に示すように、本実施形態のスラリ混練工程は、それぞれ回転数が一定である複数の定速ステップC1〜C4と、これらのステップ間で回転数を連続的に変化させる変速ステップV1〜V3と、から構成されている。各変速ステップV1〜V3は、数秒から数分で実行され、例えば、変速ステップV1は、回転数が3rpm(定速ステップC1)から10rpm(定速ステップC2)まで約5分間で増加するように実行される。
【0031】
本実施形態では、このスラリ混練工程時の各変速ステップV1〜V3において、混練軸6にかかる荷重と混練軸6の回転数とが、検知部7によって測定されてデータ処理部10に記録される。そして、これらの測定値から、後述するように、データ処理部10によってスラリの降伏応力が算出される。各変速ステップV1〜V3は、数秒間から数分間に設定されており、その後の降伏応力の算出に必要十分な数のデータが取得可能である。この降伏応力の算出は、一般的なパーソナルコンピュータを利用しても、検知部7によって荷重と回転数とが測定されてから、長くても数秒で完了する。したがって、本実施形態では、スラリ混練工程時に、スラリの降伏応力を実質的にリアルタイムに監視することができる。
【0032】
ここで、
図3および
図4を参照しながら、スラリの降伏応力の具体的な算出方法について説明する。
【0033】
図3には、横軸に回転数から算出した剪断速度D、縦軸に荷重から算出した剪断応力Sをプロットしたグラフを示している。このように、流体の速度および応力をそれぞれ横軸および縦軸にプロットして得られる曲線(または直線)を流動曲線という。この流動曲線を所定の近似式(例えば、直線近似式S=S
0+a×D)で近似し、得られた近似曲線の切片S
0が、降伏応力として定義される。
【0034】
ただし、発生する応力が混練(負荷)履歴の影響を受ける、チクソトロピー性を示すスラリの場合、剪断速度が増加する領域(回転数が低回転から高回転へ変化する領域)と減少する領域(回転数が高回転から高回転へ変化する領域)では異なる流動曲線を示すことがある。そのため、データ取得時にどちらの領域に統一するなどの留意が必要である。
【0035】
図4は、スラリ混練工程の異なる変速ステップ、すなわち変速ステップV1〜V3におけるスラリの流動曲線を模式的に示すグラフである。各流動曲線の太線は、上述の実測データ(剪断応力および剪断速度)を示しており、点線は、実測データを近似して得られた外挿曲線を示している。外挿線の切片から同様に、降伏応力S
0が算出される。
【0036】
流動曲線の近似式としては、直線近似式、べき乗式、対数関数等の一般的な近似式を用いてもよいが、いくつかの代表的な流動方程式を用いることもできる。例えば、スラリが擬塑性流体であり、降伏応力を有することが判明している場合には、ビンガムの流動方程式、キャッソンの方程式、拡張オストワルドの流動方程式などを用いることができる。ただし、同一のスラリによる流動曲線であっても、剪断速度の領域によっては、他の領域と同じ近似式を適用できないことがある。例えば、剪断速度が比較的大きい領域では、流動曲線を直線近似することできるが、多くの場合、その直線近似を、剪断速度が小さい領域にそのまま適用することは困難である。したがって、得られたデータ、特に、降伏応力の算出精度向上という観点からは、剪断速度が小さい領域のデータによく一致する近似式を適宜選択することが好ましい。
【0037】
流動曲線から降伏応力を算出する代わりに、十分に小さい剪断速度での剪断応力の算出値を降伏応力とすることもできる。この場合、剪断応力の算出値は少なくとも1つあればよいが、降伏応力の精度を高めるためには、3つ以上の算出値から降伏応力を求めることが好ましい。
【0038】
スラリの流動曲線および降伏応力の経時変化は、スラリの流動特性に異常が発生すると、正常な場合と異なる振る舞いを示す。本実施形態では、以下に示すように、このことを利用して、スラリの流動特性に異常変化が発生したか否かを把握することができる。
【0039】
図5(a)から
図5(c)は、混練によってスラリの流動曲線が変化する様子を模式的に示すグラフであり、それぞれ異なる状態のスラリに対応している。すなわち、
図6(a)は、正常なスラリの場合に対応し、
図5(b)は、溶媒系バインダを用いたスラリにゲル化が発生した場合に対応し、
図5(c)は、混練不足に陥り、分散が進んでいないスラリに対応している。
【0040】
正常なスラリの場合、
図5(a)に示すように、混練が進むにつれて流動曲線は下方へシフトし、その結果、降伏応力も減少傾向を示す。それに対して、ゲル化したスラリの場合には、
図5(b)に示すように、流動曲線は、混練によって一旦下方へシフトするが、ゲル化が発生したことに伴い、上昇に転じている。また、混練不足のスラリの場合、
図5(c)に示すように、混練が進んでも流動曲線の下方へのシフトはあまり見られず、高い降伏応力を保ったままである。なお、いずれの場合も、流動曲線の勾配である粘度の変化は、それほど顕著ではない。
【0041】
図6は、混練工程中の変速ステップにおける、正常なスラリと異常が発生したスラリのそれぞれの降伏応力の推移を模式的に示すグラフである。実際の混練工程では、各変速ステップ間に定速ステップによる混練が行われるため、スラリの降伏応力は非連続的に推移するが、ここでは、簡単のため、降伏応力の推移を連続的に示している。また、ここでの変速ステップは、いずれも混練軸の回転数を高回転から低回転へと変化させるステップである。
【0042】
正常なスラリAの場合、上述したように、その降伏応力は、混練と共に徐々に減少する傾向を示す。それに対して、異常が発生したスラリBの降伏応力は、初期の変速ステップでは、正常なスラリAの降伏応力とほとんど差異がないが、混練が進むにつれて増加傾向を示し、正常なスラリAの降伏応力との差は徐々に大きくなる。そのため、正常なスラリの降伏応力に基づいて基準範囲(図中ハッチング部分)を決定し、スラリの降伏応力がこの基準範囲から外れた時点で、スラリの流動特性に異常変化が発生したと判定することができる。なお、この基準範囲は、以前に同様のスラリを製造した際の降伏応力に基づいて設定することもできる。
【0043】
本実施形態では、算出された降伏応力と降伏応力の基準範囲とを比較することにより、スラリの流動特性に異常変化が発生したか否かが判定され、その判定に基づいて、混練工程を継続するか否かが判定される。以下、
図7に示すフローチャートを参照して、算出された降伏応力に基づいて、スラリの混練工程を継続するか否かを判定する方法について説明する。
【0044】
まず、上述の手順でスラリの降伏応力が算出され(ステップS1)、算出されたスラリの降伏応力が、所定の基準範囲内であるか否かが判定される(ステップS2)。
【0045】
ステップS2においてスラリの降伏応力が所定の範囲内にあると判定された場合、スラリの混練工程が継続される(ステップS3)。一方、ステップS1においてスラリの降伏応力が所定の範囲内にないと判定された場合には、次に、スラリの流動特性が回復可能であるか否かが判定される(ステップS4)。
【0046】
具体的には、スラリの降伏応力が基準範囲を上回る場合、基準範囲の上限値と降伏応力とが比較され、その差が、基準範囲の中心値の20%未満であれば、回復可能であると判定され、20%以上であれば、回復不可能と判定される。また、スラリの降伏応力が基準範囲を下回る場合、基準範囲の下限値と降伏応力とが比較され、その差が、基準範囲の中心値の10%未満であれば、回復可能であると判定され、10%以上であれば、回復不可能と判定される。
【0047】
ステップS4においてスラリの流動特性が回復不可能であると判定された場合、混練を即座に終了し(ステップS5)、当該スラリは廃棄処分とする。
【0048】
一方、ステップS4においてスラリの流動特性が回復可能であると判定された場合、混練を中断して、回復処置が実施される(ステップS6)。
【0049】
スラリの流動特性が異常変化する原因は、
図6に示すように、流動曲線全体の変化を評価することによって、想定することができる。そのため、回復処置工程では、複数の処置の中から、そのような原因を取り除くような処置を適宜選択して行う。
【0050】
例えば、バインダのゲル化は、溶質や溶媒、その他の要因に由来することが知られている。溶質に由来するものとしては、活物質の組成、活物質の微量の不純物、活物質の粒径、活物質の粒度分布、活物質の比表面積のバラツキ、バインダの分子量、バインダの変性量、バインダの凝集度などが挙げられ、溶媒に由来するものとしては、NMPの劣化などが挙げられる。その他、それぞれの材料の吸水(吸湿)による水分の混入や、pH変動も、ゲル化の一因と考えられる。そこで、バインダがゲル化した場合には、スラリに分散媒を追加する、スラリに酸またはアルカリを追加するなどの処置を行う。また、スラリが混練不足に陥った場合には、混練時間の延長する、混練軸の回転数を増加するなどの処置を行う。
【0051】
ステップS6において回復処置が実施された後、再度、ステップS1以降のステップが実行され、スラリの降伏応力が基準範囲内になるまで、このような動作(回復処置)は繰り返し行われる。
【0052】
以上のように、本実施形態によれば、スラリの降伏応力を用いて、混練工程中のスラリの流動特性に異常変化が発生したか否かをほぼリアルタイムで把握することができる。そのため、異常変化が発生していない場合には、スラリの混練を継続して行うことができ、一方、異常変化が発生した場合には、スラリの混練を一旦停止して、その異常変化の度合いに応じた処置を行うか、あるいは、スラリの混練を即座に終了して、廃棄されるスラリを最小限にすることができる。その結果、スラリの製造工程での生産性の低下を抑制することができる。
【0053】
次に、具体的な実施例を挙げて、本発明をより詳細に説明する。
【0054】
(実施例1)
負極活物質として一般的な材料である人造黒鉛(90%)と、導電剤としてのグラファイト(4%)と、バインダとしてのPVDF(6%)とを混合した粉体(分散質)と、溶媒(分散媒)としてのNMPとを用いて、スラリを作製した。
【0055】
本実施例では、スラリの混練工程として、4つの定速ステップC11〜C14と、これら定速ステップの間の3つの変速ステップV11〜V13とから構成された混練工程を実施した。ここで、3つの変速ステップV11〜V13はいずれも、混練軸の回転数を高回転から低回転へと変化させるステップである。
【0056】
この混練工程において、変速ステップV11〜V13におけるスラリの降伏応力の推移を調べた。その結果を
図8に示す。
【0057】
図8は、変速ステップV11〜V13ごとのスラリの降伏応力をトルク比として表したグラフである。本実施例では、降伏応力を算出する際に、スラリの剪断応力の代わりに混練軸にかかるトルクを用いており、
図8の縦軸のトルク比は、混練軸にかかるトルクの大きさを混練装置の定格に対する比率で示したものである。
【0058】
図8に示すように、混練不足が原因により、スラリの降伏応力に減少傾向が見られないことが確認された。
【0059】
そこで、回復処置工程として、定速ステップの混練工程を新たに追加した。追加した定速ステップは、降伏応力が基準範囲を外れた変速ステップV14の直前の定速ステップC13と回転数が同様であり、混練時間が半分である。
【0060】
追加した定速ステップの後の変速ステップV14において、再度、スラリの降伏応力を調べたところ、基準範囲内にあることが確認された。実際、スラリ製造後に集電体に塗布したところ、流動特性は良好であった。
【0061】
(実施例2)
正極活物質として一般的な材料であるニッケル酸リチウム(92%)と、導電剤としてのグラファイト(4%)と、バインダとしてのPVDF(4%)とを混合した粉体(分散質)と、溶媒(分散媒)としてのNMPとを用い、実施例1と同様の混練工程を実施して、スラリを作製した。
【0062】
そして、実施例1と同様に、変速ステップV11〜V13におけるスラリの降伏応力の推移を調べた。その結果を
図9に示す。
【0063】
図9に示すように、スラリの降伏応力が一旦低下した後、ほぼ一定になることが確認された。これは、PVDFがゲル化したためであると考えられる。
【0064】
ここで、降伏応力が回復可能上限を下回っていることから、スラリの流動特性は回復可能であると判断し、混練を一旦停止して、回復処置工程を行った。具体的には、混練容器上部に設置した材料投入口から、溶媒であるNMPを適量添加した。
【0065】
その後、残りの混練工程を実施し、定速ステップC14の後の変速ステップV14において、再度、スラリの降伏応力を調べたところ、基準範囲内にあることが確認され、ゲル化が解消されたことが確認された。実際、スラリ製造後に集電体に塗布したところ、厚さが均一で良好な電極が製造できた。
【0066】
(実施例3)
実施例1と同様のスラリを用いて、実施例1と同様に変速ステップV11〜V13におけるスラリの降伏応力の推移を調べた。
【0067】
変速ステップV12において、降伏応力が回復可能下限を下回っていたため、回復不可能であると判断し、混練を終了した。
【0068】
その後の定速ステップおよび変速ステップを省略することができたため、時間的ロスを抑えることができた。
【0069】
(比較例)
比較例では、実施例2と同様の粉体(分散質)および溶媒(分散媒)を用い、実施例1と同様の混練工程を実施して、スラリを作製し、流動特性を評価するパラメータとして一般的な粘度により、スラリの混練状態を監視した。粘度は、応力を速度で割った値であるため、具体的には、混練時の混練軸にかかるトルクを混練装置の回転数で割った値により、スラリの混練状態を監視した。
【0070】
混練時における粘度の経時変化を観察したが、混練工程はステップごとに回転数が異なるため、ステップごとの流動特性の変化を容易に比較することができなかった。そのため、実際にはゲル化傾向は発現していたが、混練工程の終了後にスラリ塗布を行い、そこで合剤層厚みのバラツキが大きかったことから、初めてゲル化傾向が確認された。その時点では、溶媒であるNMPを添加しても、スラリの流動特性は解消されなかった。
【0071】
ゲル化傾向の発見が遅れた原因は、以下のように考えられる。すなわち、非ニュートン流体であるスラリの粘度は、回転数に依存するため、連続的な値および経時変化として取得できるものの、降伏応力のようにその時点での特性値として、ただひとつ決まる値ではないためである。
【0072】
上記実施形態の一部又は全部は、以下の付記のようにも記載されうるが、以下の記載には限定されない。
【0073】
(付記1)
電極活物質を含む分散質と分散媒とからなる電極合剤スラリの混練方法であって、
回転駆動する混練軸に設けられた混練羽根により、混練容器に収容された前記電極合剤スラリを混練する工程を含み、
前記混練する工程が、
前記混練軸にかかる荷重と、前記混練軸の回転速度またはひずみ速度とを測定し、該測定値から前記電極合剤スラリの降伏応力を算出する工程と、
前記算出された降伏応力に基づいて、前記混練する工程を継続するか否かを判定する工程と、
を含む、電極合剤スラリの混練方法。
【0074】
(付記2)
前記判定する工程が、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にあるか否かに基づいて、前記混練する工程を継続するか否かを判定することを含む、付記1に記載の電極合剤スラリの混練方法。
【0075】
(付記3)
前記算出した降伏応力が所定の範囲内にある場合、前記混練する工程を継続し、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にない場合、前記混練する工程を中断または終了する、付記2に記載の電極合剤スラリの混練方法。
【0076】
(付記4)
前記分散質が、バインダおよび導電剤をさらに含み、前記電極活物質が、リチウムイオン電池の正極活物質である、付記1から3のいずれかに記載の電極合剤スラリの混練方法。
【0077】
(付記5)
前記電極活物質が、ニッケル酸リチウムを含み、前記バインダが、ポリフッ化ビニリデンを含み、前記分散媒が、N−メチル−2−ピロリドンとポリフッ化ビニリデンとを含む、付記4に記載の電極合剤スラリの混練方法。
【0078】
(付記6)
電極活物質を含む分散質と分散媒とからなる電極合剤スラリの混練装置であって、
前記電極合剤スラリを収容する混練容器と、
前記混練容器に収容された前記電極合剤スラリを混練するための混練羽根を備え、駆動源によって回転駆動される混練軸と、
前記混練羽根が前記電極合剤スラリを混練する際に、前記混練軸にかかる荷重と、前記混練軸の回転速度またはひずみ速度と、を測定する検知部と、
前記検知部による測定値から前記電極合剤スラリの降伏応力を算出し、該算出した降伏応力に基づいて、前記電極合剤スラリの混練を継続するか否かを判定する制御部と、
を有する電極合剤スラリの混練装置。
【0079】
(付記7)
前記制御手段は、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にあるか否かに基づいて、前記電極合剤スラリの混練を継続するか否かを判定する、付記6に記載の電極合剤スラリの混練装置。
【0080】
(付記8)
前記制御手段は、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にある場合、前記電極合剤スラリの混練を継続すると判定し、前記算出した降伏応力が所定の範囲内にない場合、前記電極合剤スラリの混練を中断または終了すると判定する、付記7に記載の電極合剤スラリ
(付記9)
付記1から5のいずれかに記載の電極合剤スラリの混練方法を含む、電極の製造方法。
【0081】
(付記10)
付記9に記載の電極の製造方法により製造される電極。
【0082】
(付記11)
付記9に記載の電極の製造方法により製造される電極を有する電池。