特許第6049516号(P6049516)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6049516溶接構造部材用高強度めっき鋼板およびその製造法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6049516
(24)【登録日】2016年12月2日
(45)【発行日】2016年12月21日
(54)【発明の名称】溶接構造部材用高強度めっき鋼板およびその製造法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20161212BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20161212BHJP
   C22C 18/04 20060101ALI20161212BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20161212BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20161212BHJP
   C23C 2/40 20060101ALI20161212BHJP
【FI】
   C22C38/00 301T
   C21D9/46 J
   C22C18/04
   C22C38/38
   C23C2/06
   C23C2/40
【請求項の数】3
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-64370(P2013-64370)
(22)【出願日】2013年3月26日
(65)【公開番号】特開2014-189812(P2014-189812A)
(43)【公開日】2014年10月6日
【審査請求日】2014年8月18日
【審判番号】不服2015-12658(P2015-12658/J1)
【審判請求日】2015年7月3日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100129470
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 高
(72)【発明者】
【氏名】平田 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】片桐 幸男
(72)【発明者】
【氏名】森川 茂
(72)【発明者】
【氏名】浦中 将明
【合議体】
【審判長】 鈴木 正紀
【審判官】 河野 一夫
【審判官】 板谷 一弘
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−153361(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 1/00 - 49/14
C21D 9/46
C23C 2/06
C23C 2/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼基材の表面に質量%で、Al:3.0〜22.0%、Mg:0.05〜10.0%、Ti:0〜0.10%、B:0〜0.05%、Si:0〜2.0%、Fe:0〜2.0%、残部がZnおよび不可避的不純物である溶融Zn−Al−Mg系めっき層を有するめっき鋼板において、長手方向が圧延方向に対し直角方向のJIS5号試験片による引張強さTSが780MPa以上、全伸びT.Elが14.3%以上であり、下記(A)に従う最大割れ深さが0.05mm以下となる耐溶融金属脆化割れ性を有し、鋼基材は、質量%で、C:0.050〜0.150%、Si:0.001〜1.00%、Mn:1.00〜2.50%、P:0.005〜0.050%、S:0.001〜0.020%、Al:0.005〜0.100%、Ti:0.01〜0.10%、B:0.0005〜0.0100%、Nb:0〜0.10%、V:0〜0.10%、Cr:0〜1.00%、Mo:0〜1.00%、N:0.001〜0.005%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式で定義されるH値が2.9以下となるように鋼基材の板厚t(mm)と合金元素含有量の関係が調整されている化学組成を有し、フェライト相と面積率15%以上45%未満の第二相からなり、前記第二相はマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトで構成され、フェライト相の平均結晶粒径が10μm以下、第二相の平均結晶粒径が8μm以下である金属組織を有するアーク溶接構造部材用高強度めっき鋼板。
H値=C/0.2+Si/5.0+Mn/1.3+Cr/1.0+Mo/1.2+0.4t−0.7(Cr+Mo)1/2 …(1)
ただし、(1)式の元素記号の箇所には当該元素の鋼中含有量(質量%)の値が代入される。
(A)当該めっき鋼板から100mm×75mmの試験片を切り出し、これを120mm×95mm×板厚4mmの拘束板(JISに規定されるSS400材)の板面中央部に全周溶接にて取り付けて水平な実験台の上に固定し、その状態で前記試験片の板面中央部に直径20mm×長さ25mmの棒鋼(JISに規定されるSS400材)からなるボス(突起)を垂直に立て、このボスと試験片を、溶接電流:110A、アーク電圧:21V、溶接速度:0.4m/min、溶接ワイヤー:YGW12、シールドガス:CO2、流量20L/minの条件でアーク溶接にて接合する。その際、溶接開始点から溶接ビードがボスの周囲を1周し、溶接開始点を過ぎた後もさらに溶接を進めて、溶接ビードの重なり部分ができたところで溶接を終了する。溶接終了後、ボスの中心軸を通り、かつ溶接ビードの前記重なり部分を通る切断面で、ボス/試験片/拘束板の接合体を切断し、その切断面について顕微鏡観察を行い、試験片に観察される割れの最大深さ(最大母材割れ深さ)を測定し、その値を「最大割れ深さ」とする。
【請求項2】
板厚が1.6〜2.6mmである請求項1に記載のアーク溶接構造部材用高強度めっき鋼板。
【請求項3】
鋼スラブに熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、溶融めっきの各工程を順次施して鋼基材の表面に質量%で、Al:3.0〜22.0%、Mg:0.05〜10.0%、Ti:0〜0.10%、B:0〜0.05%、Si:0〜2.0%、Fe:0〜2.0%、残部がZnおよび不可避的不純物であり、長手方向が圧延方向に対し直角方向のJIS5号試験片による引張強さTSが780MPa以上、全伸びT.Elが14.3%以上である溶融Zn−Al−Mg系めっき層を有するめっき鋼板を製造するに際し、
鋼スラブの化学組成を、質量%で、C:0.050〜0.150%、Si:0.001〜1.00%、Mn:1.00〜2.50%、P:0.005〜0.050%、S:0.001〜0.020%、Al:0.005〜0.100%、Ti:0.01〜0.10%、B:0.0005〜0.0100%、Nb:0〜0.10%、V:0〜0.10%、Cr:0〜1.00%、Mo:0〜1.00%、N:0.001〜0.005%、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものとし、
前記冷間圧延において、冷間圧延後の板厚をt(mm)とするとき、冷間圧延率を45〜70%かつ下記(1)式で定義されるH値が2.9以下となる範囲とし、
前記焼鈍と溶融めっきは連続めっきラインにて行い、その焼鈍条件を、材温780〜860℃に加熱後、めっき浴に浸漬するまでの冷却過程で少なくとも740℃から650℃までの平均冷却速度が5℃/sec以上となる条件とすることにより、溶融めっき後の鋼基材の金属組織を、フェライト相と面積率15%以上45%未満の第二相からなり、前記第二相はマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトで構成され、第二相の平均結晶粒径が8μm以下である状態に調整する、アーク溶接構造部材用高強度めっき鋼板の製造法。
H値=C/0.2+Si/5.0+Mn/1.3+Cr/1.0+Mo/1.2+0.4t−0.7(Cr+Mo)1/2 …(1)
ただし、(1)式の元素記号の箇所には当該元素の鋼中含有量(質量%)の値が代入される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アーク溶接により組み立てられる溶接構造部材用の高強度溶融Zn−Al−Mg系めっき鋼板であって、特に自動車足回り部材に好適なもの、およびその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車のサスペンションメンバーなどの足回り部材は、従来、熱延鋼板をプレス成形等により所定の形状の鋼板部材に成形し、それらをアーク溶接で接合することにより組み立てられ、その後、カチオン電着塗装を施して使用に供されている。
【0003】
カチオン電着塗装を施した熱延鋼板では飛び石によるチッピングにより塗膜が損傷するとその部分を起点に腐食が進行する。また、アーク溶接時にビード止端部近傍の母材表面には溶接入熱によりFeスケールが生成するので、自動車走行中の振動によりカチオン電着塗膜が下地のFeスケールととともに剥離することがあり、その場合には剥離箇所で母材の腐食が進行する。このため、自動車足回り部材では腐食による板厚減少量を見込んで強度設計する必要がある。具体的には、従来、衝突安全性の観点から引張強さ340〜440MPa級の鋼種からなる板厚2〜3mmの熱延鋼板を使用することが多かった。
【0004】
近年、更なる衝突安全性の向上と軽量化が望まれるようになり、足回り部材用の鋼板には590MPa以上の高強度鋼板を使用するニーズが高まっている。また、長寿命化のための防錆性能向上も求められている。さらに最近では成形性の観点から、足回り部材用の鋼板には良好な延性および曲げ加工性も要求されるようになってきた。
【0005】
特許文献1には、曲げ性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板が開示されている。しかしながら、亜鉛系めっき鋼板にアーク溶接を施すと、特に高温に曝される溶接ビード止端部の近くではめっき層が蒸発して消失し、その部分にFeスケールが生成してしまう。このためFeスケールごと塗膜が剥離しやすいという従前の熱延鋼板の欠点は亜鉛系めっき鋼板を用いても改善されていない。
【0006】
一般的な溶融亜鉛めっき鋼板よりも耐食性の高いめっき鋼板として溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板が知られており、種々の用途に適用されている。溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を足回り部材に用いれば、アーク溶接時に生成したFeスケールとともに塗膜が剥離した場合でも、めっき成分に由来する保護性の高い皮膜が形成されやすいなどZn−Al−Mg系合金めっきに特有の作用が発揮され、従来の溶融亜鉛めっき鋼板を使用した部材に比べビード止端部近傍の耐食性は大幅に改善される。ところが、溶融Zn−Al−Mg系合金めっき鋼板を溶接に供した場合には、一般的な亜鉛めっき鋼板よりも溶融金属脆化割れが起こりやすいという問題がある。溶融金属脆化割れは、アーク溶接直後の母材の表面で溶融状態となっているめっき金属が、引張応力状態となっている母材の結晶粒界に侵入し、冷却時に母材割れを生じる現象である。
【0007】
特許文献2には、耐溶融金属脆化割れ性を改善したZn−Al−Mg系めっき鋼板が示されている。しかし、この文献に開示のめっき鋼板は、曲げ加工性の点で必ずしも満足できるものではなかった。発明者らの検討によれば、引用文献2のめっき鋼板は、鋼基材の金属組織が主相のフェライトとマルテンサイトからなる2相組織であるが、フェライトおよびマルテンサイトの結晶粒径が十分微細にならないことが曲げ加工性の改善を困難にしているものと考えられた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2007−231369号公報
【特許文献2】特開2009−228079号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
780MPa以上の高強度を有するZn−Al−Mg系めっき鋼板において、耐溶融金属脆化割れ性と曲げ加工性を同時に改善することは容易ではなく、有効な技術は確立されていないのが現状である。本発明は、溶接部の耐食性、耐溶融金属脆化割れ性、曲げ加工性に優れる高強度Zn−Al−Mg系めっき鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的は、鋼基材の表面に溶融Zn−Al−Mg系めっき層を有するめっき鋼板において、長手方向が圧延方向に対し直角方向のJIS5号試験片による引張強さTSが780MPa以上、全伸びT.Elが14.3%以上であり、鋼基材は、質量%で、C:0.050〜0.150%、Si:0.001〜1.00%、Mn:1.00〜2.50%、P:0.005〜0.050%、S:0.001〜0.020%、Al:0.005〜0.100%、Ti:0.01〜0.10%、B:0.0005〜0.0100%、Nb:0〜0.10%、V:0〜0.10%、Cr:0〜1.00%、Mo:0〜1.00%、N:0.001〜0.005%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、下記(1)式で定義されるH値が2.9以下となるように鋼基材の板厚t(mm)と合金元素含有量の関係が調整されている化学組成を有し、フェライト相と面積率15%以上45%未満の第二相からなり、前記第二相はマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトで構成され、第二相の平均結晶粒径が8μm以下である金属組織を有する溶接構造部材用高強度めっき鋼板によって達成される。
H値=C/0.2+Si/5.0+Mn/1.3+Cr/1.0+Mo/1.2+0.4t−0.7(Cr+Mo)1/2 …(1)
ただし、(1)式の元素記号の箇所には当該元素の鋼中含有量(質量%)の値が代入される。
【0011】
上記めっき層の組成としては、質量%で、Al:3.0〜22.0%、Mg:0.05〜10.0%、Ti:0〜0.10%、B:0〜0.05%、Si:0〜2.0%、Fe:0〜2.0%、残部がZnおよび不可避的不純物であるものが好適である。
【0012】
上記めっき鋼板の製造法として、鋼スラブに熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、溶融めっきの各工程を順次施して鋼基材の表面に溶融Zn−Al−Mg系めっき層を有するめっき鋼板を製造するに際し、
鋼スラブの化学組成を、質量%で、C:0.050〜0.150%、Si:0.001〜1.00%、Mn:1.00〜2.50%、P:0.005〜0.050%、S:0.001〜0.020%、Al:0.005〜0.100%、Ti:0.01〜0.10%、B:0.0005〜0.0100%、Nb:0〜0.10%、V:0〜0.10%、Cr:0〜1.00%、Mo:0〜1.00%、N:0.001〜0.005%、残部がFeおよび不可避的不純物からなるものとし、
前記冷間圧延において、冷間圧延後の板厚をt(mm)とするとき、冷間圧延率を45〜70%かつ上記(1)式で定義されるH値が2.9以下となる範囲とし、
前記焼鈍と溶融めっきは連続めっきラインにて行い、溶融めっき浴組成は例えば前記めっき層の組成を採用し、上記焼鈍条件を、材温740〜860℃に加熱後、めっき浴に浸漬するまでの冷却過程で少なくとも740℃から650℃までの平均冷却速度が5℃/sec以上となる条件とすることにより、溶融めっき後の鋼基材の金属組織を、フェライト相と面積率15%以上45%未満の第二相からなり、前記第二相はマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトで構成され、第二相の平均結晶粒径が8μm以下である状態に調整する、溶接構造部材用高強度めっき鋼板の製造法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、溶接部の耐食性、耐溶融金属脆化割れ性、曲げ加工性に優れる高強度Zn−Al−Mg系めっき鋼板を工業的に安定して提供することが可能となった。特に、従来難しいとされていた耐溶融金属脆化割れ性と曲げ加工性の同時改善が実現できた。したがって本発明は、特にサスペンションメンバーなど自動車足回り部材の耐久性向上や設計自由度向上に寄与するものである。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】溶融金属脆化割れ性を評価するために溶接を行った溶接構造部材の外観を模式的に示す図。
図2】溶接試験時の試験片の拘束方法を模式的に示す断面図。
図3】溶接部の耐食性評価試験片の形状を模式的に示す図。
図4】耐食性評価試験方法を示す図。
図5】溶融金属脆化割れ感度指数H値と最大母材割れ深さの関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
《鋼基材の化学組成》
以下、鋼基材の化学組成に関する「%」は特に断らない限り「質量%」を意味する。
〔各元素の含有量範囲〕
C:0.050〜0.150%
Cは鋼板の高強度化に必要不可欠な元素である。C含有量が0.050%未満では780MPa以上の引張強度を安定して得ることが難しい。C含有量が0.150%を超えると組織の不均一性が顕著となり、曲げ加工性が劣化する。そのため、C含有量は0.050〜0.150%とする。
【0016】
Si:0.001〜1.00%
Siは高強度化に有効である他、セメンタイトの析出を抑制する作用を有し、鋼中のパーライト等の生成を抑えるうえで有効である。それらの作用を得るためには0.001%以上のSi含有量とする必要があり0.005%以上とすることがより効果的である。ただし、多量のSiを含有する鋼では鋼材表面にSi濃化層が生じ、めっき性が低下する。そのためSi含有量は1.00%以下の範囲とする。
【0017】
Mn:1.00〜2.50%
Mnはオーステナイトを安定化させるとともに、加熱後の冷却時にパーライトが生成するのを抑制することで、マルテンサイトの生成に寄与する。Mn含有量が1.00%未満では780MPa以上の高強度を得るために必要なマルテンサイト量を確保することが難しい。ただし、2.50%を超えるとバンド状組織の生成が顕著となり、不均一な組織状態となるため曲げ加工性が劣化する。そのため、Mn含有量は1.00〜2.50%とする。
【0018】
P:0.005〜0.050%
Pは溶接性等を劣化させる元素であるため、少ない方が好ましい。ただし、過剰の脱Pは製鋼工程の負担を増大させるので、ここではP含有量0.005〜0.050%の鋼を対象とする。
【0019】
S:0.001〜0.020%
SはMnS等の硫化物を形成し、これが多量に存在すると曲げ性を劣化させる要因となる。検討の結果、S含有量は0.020%以下とする必要があり、0.010%以下とすることがより好ましい。ただし、過剰の脱Sは製鋼工程の負担を増大させるので、ここではS含有量0.001〜0.020%の鋼を対象とする。
【0020】
Al:0.005〜0.100%
Alは脱酸剤として有効な元素であり、0.005%以上の含有量とすることが好ましい。ただし、多量のAl含有は曲げ性を劣化させる要因となるので、Al含有量は0.100%以下とする。
【0021】
Ti:0.01〜0.10%
TiはNとの親和性が高く、鋼中のNをTiNとして固定するため、Tiを添加することにより鋼中のNがBと結合することを抑制することができる。したがって、耐溶融金属脆化割れ性を高めるB量を確保する上でTi添加は極めて有効である。また、Tiは組織の微細化によって組織の均一性を向上させるとともに、炭化物の析出強化により、曲げ性を劣化させることなく強度向上に寄与する元素である。これらの作用を十分得るためには0.01%以上のTi添加が必要である。ただし、0.10%を超えて添加すると再結晶温度が著しく上昇する。そのため、Ti含有量は0.01〜0.10%とする。
【0022】
B:0.0005〜0.0100%
Bは結晶粒界に偏析して原子間結合力を高め、溶融金属脆化割れの抑制に有効な元素である。その作用を得るためには0.0005%以上のB含有が必要である。ただし、B含有量が0.0100%を超えるとホウ化物の生成に起因する加工性の低下が問題となる場合がある。そのため、B含有量は0.0005〜0.0100%とする。
【0023】
Nb:0〜0.10%、V:0〜0.10%
NbとVは、Tiと同様に、組織の微細化によって組織の均一性を向上させるとともに、炭化物の析出強化により、曲げ性を劣化させることなく強度向上に寄与する元素である。このため必要に応じてNb、Vの1種または2種を添加することができる。その場合、Nb含有量は0.01%以上、V含有量は0.03%以上とすることがより効果的である。これらの元素を添加する場合はTi、Vともそれぞれ0.10%以下の範囲で添加するとよい。
【0024】
Cr:0〜1.00%、Mo:0〜1.00%
CrとMoは、Bと同様に、アーク溶接の冷却過程で熱影響部のオーステナイト粒界に偏析して溶融金属脆化割れを抑制する作用を呈する。このため必要に応じてCr、Moの1種または2種を添加することができる。その場合、Cr含有量は0.10%以上、Mo含有量は0.05%以上とすることがより効果的である。これらの元素を添加する場合はCr、Moともそれぞれ1.00%以下の範囲で添加するとよい。
【0025】
N:0.001〜0.005%
Nは鋼の強化に有効であるが、Bと結合してBNを生成しやすい。BNの生成は耐溶融金属脆化割れ性の向上に有効な固溶Bの消費に繋がり、好ましくない。種々検討の結果、N含有量は0.001〜0.005%の範囲に制限される。
【0026】
〔H値〕
H値=C/0.2+Si/5.0+Mn/1.3+Cr/1.0+Mo/1.2+0.4t−0.7(Cr+Mo)1/2 …(1)
上記(1)式で定義されるH値は、鋼基材の成分元素の含有量(質量%)と、鋼基材の板厚t(mm)をパラメータとする「溶融金属脆化割れの感度指数」である。H値が大きい材料は、溶融金属脆化割れによって発生する最大割れ深さが大きくなる。本発明ではH値を2.9以下に規定する。(1)式の元素記号の箇所には当該元素の鋼中含有量(質量%)の値が代入される。
【0027】
溶融金属脆化割れは、溶接直後の母材の表面で溶融状態となっているめっき金属が、引張応力状態となっている母材の結晶粒界に侵入し、冷却時に母材割れを生じる現象である。したがって、溶接金属脆化割れを抑制するためには、溶接後にめっき層が溶融状態となっている温度域(約400℃以上)で、母材の熱影響部に生じる引張応力を軽減することが有効である。この引張応力は冷却時の熱収縮によって生じる。そこで本発明では、冷却時にマルテンサイト変態が起きるときの体積膨張現象を活用して、めっき金属が溶融している温度域での熱収縮をできるだけ相殺し、それによって、めっき金属が凝固するまでの間に母材に生じる引張応力を軽減する。
【0028】
H値を定めるパラメータには、鋼基材の成分元素のうち、C、Si、Mn、Cr、Moの含有量の項が含まれている。これらの元素は、溶接の冷却過程においてマルテンサイト変態の開始温度を低温側に移行させる作用がある。(1)式の成分元素パラメータは、これらの元素の含有量を調整することによって、めっき金属が溶融している温度域(約400℃以上)でマルテンサイト変態が起きるようにすることを趣旨とするものである。
【0029】
一方、鋼基材の熱収縮に起因する引張応力の大きさには、鋼基材の板厚が大きく影響する。板厚が増すと変形抵抗が大きくなるため引張応力も増大する。そのため、H値を定めるパラメータには板厚tに依存する項が含まれる。
【0030】
(1)式は、上述した成分範囲にある多くの鋼を用いた実験により求めた溶融金属脆化割れの感度指標の式である。詳細な検討の結果、(1)式で表されるH値が2.9以下となるように、鋼基材の板厚との関係において化学組成を調整したとき、溶融Zn−Al−Mg系めっき鋼板をアーク溶接した際の溶融金属脆化割れが顕著に抑制されることがわかった。
【0031】
《鋼基材の金属組織》
本発明では、主相フェライトに第二相としてマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトが分散した複合組織を持つDP(デュアルフェイズ)鋼板を鋼基材の適用対象としている。主相フェライトに分散する第二相としてのマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトは、面積率で合計15%以上45%未満とする。第二相の面積率が15%に満たないと780MPa以上の引張強さを安定して得ることが困難となる。逆に45%以上になると硬くなりすぎて加工性が悪くなる。第二相はマルテンサイトのみであることが最も好ましいが、部分的にベイナイトが分散していてもよい。例えば、マルテンサイトとベイナイトの合計体積に占めるベイナイトの体積の割合は、0〜5%の範囲であることがより好ましい。後述実施例における本発明例のものはいずれもこの条件を満たしている。
【0032】
本発明では、組織を微細化することにより曲げ性を向上させている。板厚1.0〜2.6mm程度のめっき鋼板を使用して自動車足回り部材を製造する場合を考慮すると、第二相の平均結晶粒径が8μm以下に微細化されているとき、十分な曲げ性が確保され、設計自由度の拡大に有用となることがわかった。主相であるフェライトも微細化されていることが好ましいが、曲げ性に関しては特に第二相の平均結晶粒径が重要である。第二相の平均結晶粒径が8μm以下となる後述の製造条件を採用すれば、フェライト相も十分に微細化される。例えば、フェライト相の平均結晶粒径は10μm以下となる。後述実施例において第二相の平均結晶粒径が8μm以下であるものは、いずれもフェライト相の平均結晶粒径は10μm以下である。
【0033】
《製造法》
上述の溶融Zn−Al−Mg系めっき鋼板は、鋼スラブに熱間圧延、酸洗、冷間圧延、焼鈍、溶融めっきの各工程を順次施す、一般的な溶融亜鉛系めっき鋼板の製造ラインを利用して製造することができる。鋼材の強度および耐溶融金属脆化割れ性については主として鋼基材の化学組成によってコントロールすることができる。ただし、曲げ性を改善するためには結晶粒径が十分に微細化するよう、製造条件を工夫する必要がある。具体的には、上記の冷間圧延工程において冷間圧延率を45〜70%とし、その後、材温740〜860℃に加熱後、めっき浴に浸漬するまでの冷却過程で少なくとも740℃から650℃までの平均冷却速度を5℃/sec以上とすればよい。
【0034】
〔冷間圧延〕
上記の冷間圧延工程(溶融めっき浴浸漬前の焼鈍に供する冷延鋼板を得る冷間圧延工程)では、冷間圧延率を45〜70%とする。45%未満では焼鈍後の組織が粗大となり曲げ性が低下する。一方、70%を超える冷間圧延率では、冷間圧延による組織微細化効果が飽和する。また、過度に高い冷間圧延率を付与することは冷間圧延工程の負荷を増大させ好ましくない。この冷間圧延工程での冷間圧延率が上記の範囲となるように、最終的な目標板厚に応じて熱間圧延後の板厚を調整しておく。場合によっては、熱間圧延後、この冷間圧延工程の前に、中間冷間圧延+中間焼鈍の工程を挿入してもよい。
【0035】
〔焼鈍〕
溶融めっき浴に浸漬する直前に行う焼鈍工程では、材温(最高到達温度)が740〜860℃となるように加熱する。740℃に達しないと再結晶化が不十分となって未再結晶組織が残存しやすいため、良好な曲げ性を安定して得ることが難しい。860℃を超えるとオーステナイト母相の結晶粒が粗大化し、良好な曲げ性を付与するために必要な第二相の微細化が不十分となる。材料温度が740〜860℃の範囲に保持する時間は、例えば60sec以下の範囲で設定すればよい。
【0036】
焼鈍後の冷却過程では、少なくとも740℃から650℃までの平均冷却速度が5℃/sec以上となるようにする。この温度域での冷却速度がこれより遅いと、部分的にパーライトが生成しやすくなり、780MPa以上の高強度を安定して得ることが困難となる。また、フェライト粒径および第二相粒径の微細化の点からも、冷却速度は5℃/sec以上とすることが有効である。本発明で対象とする鋼は上記のように所定のTiや必要に応じてNbを含有しているので、加熱後の冷却速度をこのように選定することでフェライトの平均結晶粒径が10μm以下、かつ第二相の平均結晶粒径が8μm以下である微細な組織を得ることができる。
【0037】
この焼鈍は、焼鈍と溶融めっきとを1回のライン通板で行うことが可能な連続めっきラインで行うことが望ましい。焼鈍後の上記冷却において、溶融めっき浴に浸漬する際の適正材温まで冷却した後、直接溶融めっき浴に浸漬する。焼鈍雰囲気は還元性雰囲気とし、めっき浴中に浸漬されるまで板が大気に触れないように管理される。
【0038】
〔溶融めっき〕
溶融Zn−Al−Mg系めっきは、従来から実施されている方法を採用すればよい。めっき浴組成は、例えば、質量%で、Al:3.0〜22.0%、Mg:0.05〜10.0%、Ti:0〜0.10%、B:0〜0.05%、Si:0〜2.0%、Fe:0〜2.0%、残部がZnおよび不可避的不純物である組成が好適である。得られるめっき鋼板のめっき層組成は、めっき浴組成をほぼ反映したものとなる。
【実施例】
【0039】
表1に示す化学組成を有するスラブを加熱温度1250℃、仕上げ圧延温度880℃、巻取温度470〜550℃で熱間圧延して、板厚2.7〜5.3mmの熱延鋼板を得た。
【0040】
【表1】
【0041】
熱延鋼板を酸洗後、種々の圧延率で冷間圧延して板厚2.6mmまたは1.6mmのめっき原板(鋼基材)とし、これを連続溶融めっきラインに通板して、水素−窒素混合ガス雰囲気中730〜850℃の種々の温度で焼鈍し、種々の冷却速度で約420℃まで冷却した。その後、鋼板表面が大気に触れない状態のまま下記の浴組成の溶融Zn−Al−Mg系めっき浴中に浸漬した後引き上げ、ガスワイピング法にてめっき付着量を片面あたり約90g/m2に調整することにより溶融Zn−Al−Mg系めっき鋼板を製造し、これを供試材とした。めっき浴温は約410℃であった。
めっき浴組成は以下の通りである。
質量%で、Al:6%、Mg:3%、Ti:0.002%、B:0.0005%、Si:0.01%、Fe:0.1%、残部:Zn
各鋼ごとの製造条件は表4に示してある。このうち、「焼鈍温度」は連続溶融めっきラインでの焼鈍の加熱温度を意味し、「焼鈍後の冷却速度」はその焼鈍後の冷却時の温度曲線から求まる740℃から650℃まで(加熱温度が740℃未満の場合はその加熱温度から650℃まで)の平均冷却速度を示す。
【0042】
供試材のめっき鋼板について、以下の調査を行った。
〔引張特性〕
試験片の長手方向がめっき原板(鋼基材)の圧延方向に対し直角となるように採取したJIS5号試験片を用い、JIS Z2241に従い引張強さTS、全伸びT.Elを求めた。
【0043】
〔曲げ試験〕
試験片の長手方向がめっき原板(鋼基材)の圧延方向に対し直角となるように採取した曲げ試験片を用いて、45°のVブロック曲げ試験を実施した。試験後に、曲げ部を曲げの外側から目視にて観察し、割れが認められない最小の先端Rを限界曲げRとして算出した。限界曲げRが2.0mm以下を合格とした。
【0044】
〔金属組織〕
圧延方向と板厚方向に平行な断面(L断面)を走査型電子顕微鏡にて観察した。いずれの供試材も、フェライトを主相とし、第二相としてマルテンサイトまたはマルテンサイトとベイナイトが存在する金属組織を呈していた。10視野の画像解析を行い、第二相の面積率を求めた。また、この観察画像からフェライトおよび第二相の平均結晶粒径(円相当径)を求めた。
【0045】
〔溶融金属脆化割れ性の評価〕
次の手順により溶接試験を行って評価した。
図1に、溶融金属脆化割れ性を評価するために溶接を行った溶接構造部材の外観を模式的に示す。供試材(めっき鋼板)から切り出した100mm×75mmの試験片3の板面中央部に直径20mm×長さ25mmの棒鋼(JISに規定されるSS400材)からなるボス(突起)1を垂直に立て、このボス1と試験片3をアーク溶接にて接合した。溶接ワイヤーはYGW12を用い、溶接開始点から溶接ビード6がボスの周囲を1周し、溶接始点を過ぎた後もさらに少し溶接を進めて、溶接ビードの重なり部分8ができたところで溶接を終了とした。以下、この溶接を「ボス溶接」と呼ぶ。ボス溶接条件は以下の通りである。
・溶接電流:110A
・アーク電圧:21V
・溶接速度:0.4m/min
・溶接ワイヤー:YGW12
・シールドガス:CO2、流量20L/min
【0046】
図2に、上記ボス溶接を行った際の試験片の拘束方法を模式的に示す。ボス溶接に供する試験片3は、あらかじめ120mm×95mm×板厚4mmの拘束板4(JISに規定されるSS400材)の板面中央部に全周溶接にて取り付けておいた。試験片3を拘束板4とともに水平な実験台5の上にクランプ2にて固定し、この状態で上記のボス溶接を行った。
【0047】
ボス溶接後、図1に破線で示すように、ボス1の中心軸を通り、かつ溶接ビードの重なり部分8を通る切断面9で、ボス1/試験片3/拘束板4の接合体を切断し、その切断面9について顕微鏡観察を行い、試験片3に観察された割れの最大深さ(最大母材割れ深さ)を測定した。この試験は溶融金属脆化割れの発生を検出しやすくするために極めて厳しい条件で溶接を行ったものである。この試験において最大割れ深さが0.1mm以下であるめっき鋼板(供試材)は、実用上、溶融金属脆化割れ性が問題とならない特性を有していると判断される。したがって、最大割れ深さが0.1mm以下であるものを○(耐溶融金属脆化割れ性;良好)、それ以外を×(耐溶融金属脆化割れ性;不良)と評価した。
【0048】
〔溶接部の耐食性評価〕
供試材から100mm×100mmのサンプルを採取し、サンプル2枚を下記に示す溶接条件で、図3に模式的に示すように重ねすみ肉アーク溶接にて接合した。耐食性評価用の溶接条件は以下の通りである。
・溶接電流:110A
・アーク電圧:20V
・溶接速度:0.7m/min
・溶接ワイヤー:YGW14
・シールドガス:Ar−20vol.%CO2、流量20L/min
【0049】
その後、表2に示す条件で表面調整とリン酸塩処理を施し、表3に示す条件でカチオン電着塗装を施した。カチオン電着塗装したサンプルに、振動による疲労をシミュレートするために溶接方向と垂直方向に応力50N/mm2、試験回数1×105回の試験条件で疲労試験を施した後、図4に示す条件の複合腐食試験(CCT)に供し、CCT250サイクル後の赤錆発生有無を調査した。溶接部に赤錆の発生が認められないものを○(耐食性;良好)、それ以外を×(耐食性;不良)と評価した。
【0050】
【表2】
【0051】
【表3】
【0052】
以上の調査結果を表4にまとめて示す。また、図5に、上記(1)式により定まる溶融金属脆化割れ感度指数H値と最大母材割れ深さの関係を示す。
【0053】
【表4】
【0054】
本発明例のものは、いずれも引張強さTSが780MPa以上、限界曲げRが2mm以下、最大母材割れ深さが0.1mm以下であり、溶接部の耐食性も○評価である。すなわち、強度、曲げ性、耐溶融金属脆化割れ性、および溶接部の耐食性に優れためっき鋼板が実現できた。
【0055】
これに対し、No.23はTi量が多いため曲げ性が悪く、No.24はC量が低いため十分な強度が得られず、No.25はP量が多いため曲げ性が悪く、No.26はB量が低いため最大母材割れ深さが大きく、No.27、28はH値が高いため最大母材割れ深さが大きい。No.29はC量およびH値が高いため曲げ性が悪く、最大母材割れ深さが大きい。No.30はH値が高いため最大母材割れ深さが大きく、No.31はMn量およびH値が高いため曲げ性が悪く、最大母材割れ深さが大きい。No.32、33はH値が高いため最大母材割れ深さが大きい。No.34は冷間圧延での圧延率が低いため第二相の結晶粒径が十分に微細化せず、曲げ性が悪い。No.35は連続溶融めっきラインでの焼鈍温度が低いため曲げ性が悪い。No.36は連続溶融めっきラインでの焼鈍後の冷却速度が小さいため第二相の結晶粒径が十分に微細化せず、曲げ性が悪い。
【符号の説明】
【0056】
1 ボス
2 クランプ
3 試験片
4 拘束板
5 実験台
6 溶接ビード
7 試験片全周溶接部の溶接ビード
8 溶接ビードの重なり部分
9 切断面
18 めっき鋼板
19 溶接ビード
図1
図2
図3
図4
図5