特許第6051844号(P6051844)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6051844潜熱回収型温水生成用機器およびその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6051844
(24)【登録日】2016年12月9日
(45)【発行日】2016年12月27日
(54)【発明の名称】潜熱回収型温水生成用機器およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F24H 9/00 20060101AFI20161219BHJP
   F24H 1/16 20060101ALI20161219BHJP
   F16L 58/08 20060101ALI20161219BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20161219BHJP
   C22C 38/28 20060101ALI20161219BHJP
【FI】
   F24H9/00 B
   F24H9/00 F
   F24H1/16 B
   F16L58/08
   C22C38/00 302Z
   C22C38/28
【請求項の数】6
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2012-280349(P2012-280349)
(22)【出願日】2012年12月22日
(65)【公開番号】特開2013-152068(P2013-152068A)
(43)【公開日】2013年8月8日
【審査請求日】2015年11月30日
(31)【優先権主張番号】特願2011-284533(P2011-284533)
(32)【優先日】2011年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000004709
【氏名又は名称】株式会社ノーリツ
(74)【代理人】
【識別番号】100120514
【弁理士】
【氏名又は名称】筒井 雅人
(72)【発明者】
【氏名】菱田 隆人
(72)【発明者】
【氏名】中塚 祐次
【審査官】 柳本 幸雄
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−184731(JP,A)
【文献】 特開2002−106970(JP,A)
【文献】 特開平7−292446(JP,A)
【文献】 国際公開第99/000527(WO,A1)
【文献】 特開2000−176643(JP,A)
【文献】 特開平07−233476(JP,A)
【文献】 特開平04−183846(JP,A)
【文献】 特開2006−131945(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F24H 9/00
C22C 38/00
C22C 38/28
F16L 58/08
F24H 1/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フェライト系ステンレス製の部材を備えている、潜熱回収型温水生成機器であって、
前記部材の表層部には、クロム濃度が80%〔カチオン原子%〕以上のクロム酸化膜が形成されていることを特徴とする、潜熱回収型温水生成用機器。
【請求項2】
請求項1に記載の潜熱回収型温水生成用機器であって、
前記フェライト系ステンレスは、チタン濃度が1%以下、かつ耐孔食指数が30未満であり、
前記クロム酸化膜は、前記部材に高温酸化用の熱処理が加えられることにより形成されたものである、潜熱回収型温水生成用機器。
【請求項3】
18%〜25%のクロムを含有するフェライト系ステンレス製の部材を備えている、潜熱回収型温水生成機器であって、
前記部材の表層部には、クロム濃度が40%〔カチオン原子%〕以上のクロム酸化膜が形成されていることを特徴とする、潜熱回収型温水生成用機器。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれかに記載の潜熱回収型温水生成用機器であって、
前記フェライト系ステンレス製の部材は、潜熱を含む気体から熱回収を行なうための伝熱管であり、全体が熱交換器として構成されている、潜熱回収型温水生成用機器。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれかに記載の潜熱回収型温水生成機器を製造するための方法であって、
前記フェライト系ステンレス製の部材の表層部に前記クロム酸化膜を形成するための高温酸化用の熱処理工程を有しており、
この熱処理工程においては、前記フェライト系ステンレス製の部材を1000〜1200℃の温度で120分を超えない範囲で加熱し、かつ加熱温度が900℃以上の際の雰囲気を10-1〜10-2Paの真空雰囲気、または露点が−80〜−90℃の水素雰囲気とすることを特徴とする、潜熱回収型温水生成機器の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載の潜熱回収型温水生成機器の製造方法であって、
前記フェライト系ステンレス製の部材またはこれとは別の部材のロウ付け工程を、さらに有しており、
前記高温酸化用の熱処理工程時において、前記ロウ付け工程におけるロウ材の加熱溶融を行なわせる、潜熱回収型温水生成機器の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、潜熱回収型給湯装置に組み込まれる熱交換器などの潜熱回収型温水生成用機器、およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
潜熱回収型給湯装置において、熱交換器を利用して燃焼ガスから潜熱を回収すると、凝縮水が発生する。したがって、潜熱回収用の熱交換器については、耐食性に優れた材質とすることが望まれ、従来においては、その材質が、耐食性に優れたオーステナイト系ステンレス製とされるのが一般的であった。ただし、この種類のステンレスは、オーステナイト形成元素であるニッケル(Ni)を含有しており、高価である。そこで、オーステナイト系に代えて、フェライト系ステンレスを用いることも提案されている(特許文献1,2を参照)。
【0003】
しかしながら、一般的に、フェライト系ステンレスは、オーステナイト系ステンレスと比較して、耐食性に劣る。たとえば、硫黄や窒素成分を含む燃焼ガスから熱交換器を利用して潜熱を回収する際には、PH3程度の強酸性の凝縮水が発生し、また熱交換器は比較的高温の燃焼ガスに晒される。このような条件下においては、耐孔食指数(PRE:Pitting
Resistance Equivalent = Cr%+3.3×Mo%+16×N%)が30以上であることが望ましい。ところが、このような耐孔食指数のフェライト系ステンレスは、クロムやモリブデンの含有量が多いために、高価である。このようなことから、従来では、熱交換器の原材料コストの低減化を図ることは難しいものとなっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2002−106970号公報
【特許文献2】特開平7−292446号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、前記したような事情のもとで考え出されたものであって、ステンレスの原材料コストを廉価にして製造コストの低減化を図ることができるとともに、優れた耐食性をもつ潜熱回収型温水生成用機器、およびその製造方法を提供することを、その課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記の課題を解決するため、本発明では、次の技術的手段を講じている。
【0007】
本発明の第1の側面により提供される潜熱回収型温水生成用機器は、フェライト系ステンレス製の部材を備えている、潜熱回収型温水生成機器であって、前記部材の表層部には、クロム濃度が80%〔カチオン原子%〕以上のクロム酸化膜が形成されていることを特徴としている。
ここで、前記の「カチオン原子%」とは、前記フェライト系ステンレスに含まれている全てのカチオン(アニオンである酸素は除外される)中におけるクロム(カチオン)の原子濃度である。
【0008】
このような構成によれば、後述するデータから理解されるように、フェライト系ステンレス製の部材が、耐孔食指数の低い材質であっても、表層部に形成されているクロム酸化
膜の存在に基づき、たとえばPH3程度の強酸性の凝縮水に対しても十分に優れた耐食性を示すものとなる。その結果、ステンレスの原材料コストを廉価にして低コスト化を図りつつ、優れた耐食性をもつ潜熱回収型温水生成用機器を提供することができる。
加えて、表層部にクロム酸化膜を多く含む場合、クロム含有ニッケル系などのロウ材のロウ付け性を良好なものにできる利点もある。
【0009】
本発明において、好ましくは、前記フェライト系ステンレスは、チタン濃度が1%以下、かつ耐孔食指数が30未満であり、前記クロム酸化膜は、前記部材に高温酸化用の熱処理が加えられることにより形成されたものである。
【0010】
このような構成によれば、本来的には、強酸性の凝縮水などが生じる潜熱回収用途には不向きな耐孔食指数が30未満の廉価なステンレスを使用しながらも、そのような用途に好適に対応できるものとなるため、その実益は大きい。
また、チタン濃度は、1%以下とされているために、前記熱処理によって、部材の表層部にチタン酸化膜が大きな割合で形成されないようにすることができる。チタン酸化膜は、ニッケル系などのロウ材に対する濡れ性が悪い。これに対し、前記構成によれば、チタン酸化膜の発生を無くし、または抑制し、ロウ付け性をより良好なものとすることができる。
【0011】
本発明の第2の側面により提供される潜熱回収型温水生成機器は、18%〜25%のクロムを含有するフェライト系ステンレス製の部材を備えている、潜熱回収型温水生成機器であって、前記部材の表層部には、クロム濃度が40%〔カチオン原子%〕以上のクロム酸化膜が形成されていることを特徴としている。
【0012】
このような構成によれば、次のような効果が得られる。
すなわち、後述するデータから理解されるように、フェライト系ステンレス製の部材の表層部にクロム濃度が40%以上のクロム酸化膜を形成した場合には、そのようなクロム酸化膜が形成されていない18%〜25%のクロム含有フェライト系ステンレスと比較して、耐食性が向上することが確認された。したがって、比較的廉価なフェライト系ステンレスを耐食性を向上させた状態で潜熱回収型温水生成機器の構成部材として利用することが可能であり、本発明の第1の側面によって提供される潜熱回収型温水生成機器と同様に、製造コストを廉価にしつつその耐食性を良好なものとすることができる。
【0013】
本発明において、好ましくは、前記フェライト系ステンレス製の部材は、潜熱を含む気体から熱回収を行なうための伝熱管であり、全体が熱交換器として構成されている。
【0014】
このような構成によれば、熱交換器の伝熱管の原材料コストを低減しつつ、優れた耐食性を得ることができる。
【0015】
本発明の第3の側面により提供される潜熱回収型温水生成用機器の製造方法は、本発明の第1または第2の側面により提供される潜熱回収型温水生成機器の製造方法であって、前記フェライト系ステンレス製の部材の表層部に前記クロム酸化膜を形成するための高温酸化用の熱処理工程を有しており、この熱処理工程においては、前記フェライト系ステンレス製の部材を1000〜1200℃の温度で120分を超えない範囲で加熱し、かつ加熱温度が900℃以上の際の雰囲気を10-1〜10-2Paの真空雰囲気、または露点が−80〜−90℃の水素雰囲気とすることを特徴としている。
【0016】
このような構成によれば、フェライト系ステンレス製の部材の表層部に所定以上のクロム濃度をもつクロム酸化膜を適切に形成し、本発明の第1の側面または第2の側面により提供される潜熱回収型温水生成機器を好適に製造することができる。なお、クロム酸化膜
のクロム濃度をカチオン原子%で40%以上とし、さらには80%以上にもするといった制御は、前記した加熱温度、加熱時間、および真空もしくは水素雰囲気についての条件範囲内において、これらの条件を調整することによって可能である。
【0017】
本発明において、好ましくは、前記フェライト系ステンレス製の部材またはこれとは別の部材のロウ付け工程を、さらに有しており、前記高温酸化用の熱処理工程時において、前記ロウ付け工程におけるロウ材の加熱溶融を行なわせる。
【0018】
このような構成によれば、クロム酸化膜を形成するための高温酸化用の熱処理工程と、所定部材のロウ付け処理とが同時に行なわれる。したがって、その作業は合理的であり、潜熱回収型温水生成用機器の製造コストを低減する上で、より好ましい。
【0019】
本発明のその他の特徴および利点は、添付図面を参照して以下に行なう発明の実施の形態の説明から、より明らかになるであろう。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明が適用された熱交換器の一例を示し、(a)は、平面断面図であり、(b)は、正面断面図である。
図2】フェライト系ステンレスに所定のクロム酸化膜を形成するための熱処理工程の一例を示す図である。
図3】(a)は、熱処理前のフェライト系ステンレスの表層からの深度と各種原子の濃度との関係を示す図であり、(b)は、その孔食電位測定値を示す図である。
図4図2に示す熱処理が施されたステンレスの表層からの深度と各種原子の濃度との関係を示す図である。
図5図2に示す熱処理とは異なる不適切な熱処理が施されたステンレスの表層からの深度と各種原子の濃度との関係を示す図である。
図6図4に示す組成の表層部を有するステンレスの孔食電位測定値を示す図である。
図7図5に示す組成の表層部を有するステンレスの孔食電位測定値を示す図である。
図8】クロム酸化膜のクロム濃度と孔食電位との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の好ましい実施の形態について、図面を参照して具体的に説明する。
【0022】
〔潜熱回収型温水生成用機器〕
図1は、本発明が適用される潜熱回収型温水生成用機器の一例としての熱交換器を示している。
本実施形態の熱交換器Aは、給湯装置などに組み込まれて湯水加熱に用いられるものであり、その構造自体は、従来既知である。簡単に説明すると、この熱交換器Aは、ケース1内に螺旋状の複数の伝熱管2が収容され、かつこれらの伝熱管2の端部に入水用および出湯用のヘッダ3A,3Bが取り付けられた構造を有している。ケース1には、燃焼ガスの流入出を行なわせるための給気口11および排気口12が設けられている。前記燃焼ガスとしては、たとえばガスバーナよって発生された燃焼ガスが用いられるが、この燃焼ガスは熱交換器Aに供給される以前に他の熱交換器を用いて顕熱回収がなされたものとされる。このため、各伝熱管2は、前記燃焼ガスから潜熱回収を行なうこととなり、強酸性の凝縮水が発生する。なお、同図中、符号b1〜b3は、ロウ付け部分を示している。これらの部分b1〜b3は、より詳しくは、各伝熱管2がケース1の側壁を貫通する部分b1、各伝熱管2とヘッダ3A,3Bとの連結部分b2、ケース1の本体部13と上蓋14との接合部分b3である。
【0023】
熱交換器Aの各部は、ステンレス製である。ただし、ケース1およびヘッダ3A,3Bは、加工性や靭性などを考慮し、JIS規格SUS304などのオーステナイト系ステンレスである。これに対し、伝熱管2は、フェライト系ステンレスであり、本発明が意図するクロム酸化膜の形成対象部材の一例に相当する。この伝熱管2の材質は、より具体的には、たとえばJIS規格SUS445JIに相当し、重量%で、C:0.025%以下、Si:1.00%以下、Mn:1.00%以下、P:0.04%以下、S:0.03%以下、Cr:21.00〜24.00%、Mo:0.70〜1.50%、N:0.025%以下である。ただし、Ti:0.1%以下、Nb:0.1〜0.5%、Al:0.01〜0.1%を含み、残部Feである。
代表値では、C:0.008%、Si:0.41%、Mn:0.16%、P:0.025%、S:0.002%、Cr:22.6%、Mo:1.05%、N:0.01%、Ti:0.027%、Nb:0.035%、Al:0.018%である。
後述の図3図8に示すデータは、前記の代表値の組成を有するフェライト系ステンレスを対象としたデータである。
【0024】
〔熱処理・クロム酸化膜の形成〕
前記した伝熱管2の表層部には、クロム濃度が80%〔カチオン原子%〕以上のクロム酸化膜が形成されている。なお、以降においては、とくに明示しない限り、濃度の単位は、カチオン原子%である。前記のクロム酸化膜は、たとえば図2に示すような条件の熱処理による高温酸化により形成される。
図2に示す熱処理は、加熱炉として真空炉を使用しており、加熱炉内に図1に示した熱交換器Aが搬入されて行なわれる。加熱条件としては、加熱炉内の温度を徐々に上昇させて1000℃に達すると、その後1000℃〜1200℃の範囲の加熱状態を約120分以内とし、その後は加熱を停止して加熱炉内において徐冷する。一方、加熱温度が900℃以上の温度域にある際には、加熱炉内を、10-1〜10-2Paの真空雰囲気に維持する。加熱停止時に伴って真空雰囲気状態を解除する際には、加熱炉内に不活性ガスを充填する。
【0025】
前記の熱処理においては、加熱炉として、真空炉を用いているが、これに代えて、水素炉を用いることも可能である。水素炉を用いる場合、加熱温度が900℃以上の温度域にある際に、露点が−80〜−90℃の水素雰囲気に維持することにより、前記熱処理と同様な高温酸化を行なわせることが可能である。
【0026】
図4は、図2の熱処理を終えた伝熱管2のステンレス表面からの深度と、フェライト系ステンレス内の主要な元素の濃度との関係を示している(酸素濃度は省略)。
図4に示すデータによれば、ステンレス表面から深さ50nmまでの表層部に、クロム濃度(平均濃度)が80%のクロム酸化膜が形成されていることが判る。アルミは酸化され易いが、その濃度は10%未満に止まっている。図4では、Cr,Al,Fe,Nなどの主要元素のみが示され、他の元素については示されていないが、これは、前記以外の元素は相当な微小量であり,鮮明に図示することが困難なためである(この点は、他の図面も同様)。
なお、図3(a)は、伝熱管2に前記の熱処理を行なう前の深度と主要元素濃度との関係を示している。熱処理前においては、ステンレスの表層部のクロム濃度(平均濃度)は、23%である。図3(a)に示された組成と比較すると、熱処理を終えた後の図4に示す組成では、クロムの濃度が高くなっていることに相対し、FeおよびAlの濃度は大きく低下している。
【0027】
図5のデータは、不適切な熱処理が施された場合のデータである。より具体的には、この不適切な熱処理は、1000〜1200℃の範囲内の加熱が120分を超え、比較的長
時間にわたって過度に行なわれたものである。加熱時間を除く他の熱処理条件は、図2に示した熱処理条件と同一である。図5に示すデータでは、表層部におけるAlの濃度が他の原子の濃度と比較して相当に高く、クロムの平均濃度は5%であって、熱処理前よりも低下している。このことから、表層部のクロム濃度を高める上では、1000〜1200℃の加熱時間が120分を超えない範囲とすることが1つの条件とされることが理解できる。一方、1000〜1200℃の加熱時間は、30分以上であることが好ましいことも判明した。前記の加熱時間は、より好ましくは、60分以上である。高温酸化処理と同時にロウ付けを適切に行なう場合には、60分程度の加熱時間を確保することが好ましい。
なお、後述する図7のデータからも明らかなように、Alの酸化膜は、耐食性の向上には寄与しない。これは、Alの酸化膜は、密着性が悪く、その構造はポーラス状となるからである。
【0028】
本発明者らは、熱処理時の真空度を前記とは異なる条件とした試験(真空度以外の他の条件は図2に示した熱処理条件と同一)も行なった。具体的には、この試験として、ステンレスを900℃以上に加熱する際の真空炉内の圧力を、前記した10-1〜10-2Paの真空域よりも高い10-1Pa以上の低真空域とする第1の試験、および10-2〜10-3Paの高真空域とする第2の試験とを行なった。
前記第1の試験では、ステンレス表層部におけるクロムの平均濃度は15%にとどまった。これは、真空度が低いために、酸素過多となり、鉄まで濃化が及ぶことに起因する。一方、前記第2の試験では、ステンレス表層部におけるクロムの平均濃度は50%であった。クロムの平均濃度が50%であれば、後述するように、熱処理前と比較すると、耐食性が向上しており、本発明が意図するクロム平均濃度を達成することが可能である。ただし、10-1〜10-2Paの真空域に設定した場合(クロム平均濃度80%)と比較すると、クロム濃度は低くなる。これは、真空度が高く、酸素が欠乏気味となるために、クロムの酸化促進が弱まるからである。これらの試験から理解されるように、ステンレスを900℃以上に加熱する際の真空炉内の圧力については、10-1〜10-2Paが最適条件であると言うことができる。
【0029】
〔クロム酸化膜の耐食性〕
図3(b)および図6は、孔食電位測定値を示している。図3(b)は、高温酸化用の熱処理が行なわれる前のステンレス(同図(a)に対応)を対象としている。図6は、図2に示した熱処理が行なわれた後のステンレス(図4に対応)を対象としている。なお、孔食電位測定は、JIS規格のG0577にしたがっている。この測定では、試料への印加電圧を徐々に上げていく(アノード分極)。孔食が発生した瞬間に電流値の急激な上昇が発生するが、電流密度が10-4A/cm2となる電位が孔食電位Vc’100である。
図3(b)では、孔食電位Vc’100が、0.38Vであるのに対し、図6では、0.78Vである。したがって、熱処理が行なわれて前記のクロム濃度が80%のクロム酸化膜が形成されたステンレスでは、そうではないステンレスと比較して、孔食電位が0.4Vほど貴化し、耐孔食性が向上している。
なお、図7は、不適切な熱処理が行なわれた図5のステンレスについての孔食電位測定値を示している。図7では、孔食電位Vc’100が、0.25Vであり、熱処理を行なわない場合よりも孔食電位が卑化している。このようにフェライト系ステンレスに対する熱処理を不適切な条件で行なうと、耐孔食性が却って低下する事態を招く。
【0030】
Cr,Al,Ti,Feを考察した場合、酸素との親和性(酸化し易さ)は、次の関係にある。Al>Ti>Cr>Fe。
ただし、Alは、内方拡散性(酸化物を作るときにステンレスの最表面から奥部に向けて拡散)を有するのに対し、Crは、それとは反対に、外方拡散性を有する。また、Tiは、1000℃以上では外方拡散性を有する。
ステンレスの表層部の酸化膜中にいずれが濃縮されるのかは、酸素との親和性と外方拡
散速度により決まるが、Tiの含有量がゼロまたは微量であるCr−Fe−Al系のステンレスでは、酸素分圧が10-2Paよりも高い条件下において、Crの酸化を促進し、Alよりも優位に濃縮させることが可能である。したがって、耐食性に劣るAlの酸化膜の形成を抑制しつつ、クロム濃度の高い耐食性に優れた酸化膜を形成することができる。
【0031】
上述した内容から理解されるように、伝熱管2に対し、図2に示した高温酸化用の熱処理を行なうことにより、その表層部にクロム濃度が80%のクロム酸化膜を形成した場合には、そうでない場合と比較して、耐食性が明らかに向上し、伝熱管2は、強酸性の凝縮水などに対して優れた耐食性をもつこととなる。一方、伝熱管2の素材は、フェライト系ステンレスであって、比較的廉価なステンレスであるために、伝熱管2の原材料費を抑制し、熱交換器Aの製造コストを廉価にするのに好ましいものとなる。
【0032】
伝熱管2に、図2に示した熱処理を行なう場合には、図1で示したロウ付け対象部分b1〜b3に、ロウ材を予め付しておく。ロウ材は、たとえばクロム含有ニッケル系である。このような準備の下、前記の高温酸化用の熱処理を行なえば、この熱処理において、ロウ材を加熱溶融させることが可能となり、前記熱処理の工程とロウ付け工程とを一度に済ませることが可能となる。熱交換器Aの製造に際し、このような方法を採用すれば、熱交換器Aの製造コストをより低減することができる。また、伝熱管2は、Tiを含有せず、またはその含有量が微量である材質とされているために、クロム含有ニッケル系などのロウ材の濡れ性も良好であり、ロウ付けに際しての歩留りも良くすることができる。
【0033】
〔クロム濃度と耐食性との関係〕
本発明者らは、フェライト系ステンレスの表層部に形成されるクロム酸化膜中のクロム濃度(平均濃度)と、孔食電位との関係を究明すべく実験を行なったところ、図8に示すようなデータを得た。
図8に示すデータによれば、クロム酸化膜中のクロム濃度が、5%の場合には、孔食電位が0.25Vであり、耐食性は「不良」であるものの、クロム濃度を高くすると、それに連れて孔食電位は徐々に高くなり、耐食性は0.3V以上の「良」となる。孔食電位を示す直線の傾きは、クロム濃度75%付近を転換点として急変しており、クロム濃度80%の場合には、それ未満の濃度の場合と比較して耐食性が飛躍的に向上している。このようなことから、実験データなどの誤差を考慮したとしても、少なくともクロム濃度が80%以上であれば、従来技術などとは明らかに差別化を図ることが可能な優れた耐食性が得られる。
【0034】
一方、本発明者らは、ステンレスが、18%〜25%のクロムを含有するフェライト系ステンレスである場合には、表層部に形成されるクロム酸化膜のクロム濃度が、仮に80%に達しない場合であっても、40%以上であれば、元のステンレスと比較して、耐食性が向上することを見出した。たとえば、元のステンレスの孔食電位Vc’100が0.38V程度であるのに対し、高温酸化の熱処理を施すことによってクロム濃度が40%とされたクロム酸化膜をステンレス表層部に形成したステンレスでは、孔食電位が0.45〜0.5Vとなる。したがって、理想的には、クロス酸化膜のクロム濃度を80%以上とすることが好ましいものの、18%〜25%のクロムを含有するフェライト系ステンレスについては、少なくともクロム濃度が40%のクロム酸化膜を形成すれば、耐食性が向上するため、本発明が意図する効果が得られることとなる。
【0035】
本発明は、上述した実施形態に限定されない。本発明に係る潜熱回収型温水生成用機器の各部の具体的な構成は、本発明の意図する範囲内において種々に設計変更自在である。また、本発明に係る潜熱回収型温水生成用機器の製造方法の各工程の具体的な構成も、種々に変更可能である。
【0036】
上述した実施形態では、フェライト系ステンレスの代表例として、JIS規格SUS445J1に相当するものを挙げたが、やはりこれ以外のものを用いることが可能であり、前記以外のフェライト系ステンレスにおいても、本発明を適用し、かつ本発明が意図する効果が得られる。
【0037】
クロム酸化膜の形成対象となる部材は、潜熱回収型熱交換器の伝熱管に限らない。潜熱回収型熱交換器のうち、伝熱管以外の部材を適用対象としてもよいことは勿論のこと、熱交換器以外の機器(たとえば、潜熱回収型熱交換器において発生した凝縮水の通路を形成する部材を備えた機器など)を構成する部材を適用対象とすることもできる。本発明でいう「潜熱回収型温水生成用機器」とは、潜熱を含む気体から潜熱を回収して得られた熱を利用して温水を生成する機能を備えた機器であり、給湯装置に限定されない。
【符号の説明】
【0038】
A 熱交換器(潜熱回収型温水生成用機器)
2 伝熱管(フェライト系ステンレス製の部材)
図1
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図8