特許第6052078号(P6052078)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許6052078-高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法 図000007
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6052078
(24)【登録日】2016年12月9日
(45)【発行日】2016年12月27日
(54)【発明の名称】高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/46 20060101AFI20161219BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20161219BHJP
   C22C 38/14 20060101ALI20161219BHJP
   C22C 38/38 20060101ALI20161219BHJP
   C21D 1/26 20060101ALI20161219BHJP
【FI】
   C21D9/46 F
   C22C38/00 301U
   C22C38/14
   C22C38/38
   C21D1/26 E
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2013-137841(P2013-137841)
(22)【出願日】2013年7月1日
(65)【公開番号】特開2014-29021(P2014-29021A)
(43)【公開日】2014年2月13日
【審査請求日】2015年2月23日
(31)【優先権主張番号】特願2012-150282(P2012-150282)
(32)【優先日】2012年7月4日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】千田 邦浩
(72)【発明者】
【氏名】川邉 英尚
(72)【発明者】
【氏名】横田 毅
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−102715(JP,A)
【文献】 特開2008−231480(JP,A)
【文献】 特開2008−280608(JP,A)
【文献】 特開2012−012703(JP,A)
【文献】 特開2010−275628(JP,A)
【文献】 特開2010−065316(JP,A)
【文献】 特開2004−315882(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/46− 9/48
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.090%、Si:0.5〜2.5%、Mn:2.3〜3.3%、Al:0.1%以下およびTi:0.025〜0.100%を含有し、CとMnの含有量が下記の式(1)を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼スラブを、加熱後、熱間圧延し、次いで酸洗後、冷間圧延して冷延板とした後、該冷延板に、下記の式(2)を満たす平均昇温速度で300〜700℃の温度域を昇温し、750〜900℃の温度域に5〜600s加熱後、下記の式(3)を満たす平均冷却速度で750〜500℃の温度域を冷却する条件で、連続焼鈍を施すことを特徴とする、引張強度が980MPa以上であり、降伏強度が590〜800MPaであり、伸びが15%以上である高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法;
0.36≧(%C)×(%Mn)≧0.13 ・・・(1)
平均昇温速度(℃/s)≧0.24/(%Ti) ・・・(2)
75≧平均冷却速度(℃/s)≧100×(%Ti)+13・・・(3)
ただし、(%M)は元素Mの含有量(質量%)を表す。
【請求項2】
さらに、質量%で、B:0.0005〜0.0050%を含有する組成の鋼スラブを用いることを特徴とする請求項1に記載の高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法。
【請求項3】
さらに、質量%で、Nb:0.008〜0.5%、Cr:0.05〜2%、Mo:0.05〜2%、P:0.05〜0.5%、V:0.05〜0.5%の中から選ばれる少なくとも1種以上を含有する組成の鋼スラブを用いることを特徴とする請求項1または2に記載の高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法。
【請求項4】
下記の式(4)を満たす平均昇温速度で300〜700℃の温度域を昇温することを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載の高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法;
平均昇温速度(℃/s)≧0.5/(%Ti) ・・・(4)
【請求項5】
連続焼鈍の加熱時の最高温度をTM(℃)としたとき、TM〜0.98×TM℃の温度域を平均冷却速度0.2〜5℃/sで冷却することを特徴とする請求項1から4のいずれか一項に記載の高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の骨格部品や補強部品などに用いられる、引張強度TSが980MPa以上の高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車車体には、軽量化による燃費向上や衝突時における安全性確保のため、従来にも増して高い強度を有する薄鋼板の必要性が高まり、TSが980MPa以上の高強度鋼板が骨格部品や補強部品に使用される機会が多くなっている。これらの部品はプレス成形により製造されるため、日本鉄鋼連盟規格では低降伏比型鋼板としてTSが980MPa級(板厚1.0〜1.2mm)の冷延鋼板で、590〜930MPaの降伏強度YS、10%以上の伸びElが規定されている。さらに近年ではさらに良好な形状凍結性と加工性を確保する観点から980MPa級の強度TSで、800MPa以下の降伏強度YSで、15%以上の伸びElを有する鋼板も必要とされている。
【0003】
このような高強度低降伏比冷延鋼板としては、軟質のフェライト相の中に硬質のマルテンサイト相を分散させて組織強化により高強度化を図ったDP(Dual Phase)鋼板がよく知られている。しかし、上記のようなTS、El、YSを達成しようとすると、CやMnの含有量を多くせざるを得ず、溶接性の低下を招くという問題点があった。
【0004】
そこで、組織強化とTi、Nb、Vなどの微細析出物による析出強化を併用して高強度化を図った高強度低降伏比冷延鋼板が提案されている。例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.04〜0.14%、Si:0.4〜2.2%、Mn:1.2〜2.4%、P:0.02%以下、S:0.01%以下、Al:0.002〜0.5%、Ti:0.005〜0.1%、N:0.006%以下を含有し、(%Ti)/(%S)≧5 [(%M)は元素Mの含有量を表す。以下、同様。] を満足し、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成のスラブを、(900+50×(%Si))℃以下の仕上温度で熱間圧延し、50〜85%の圧下率で冷間圧延後、700〜900℃のフェライト相とオーステナイト相の二相共存温度域で10s〜5min焼鈍し、700〜500℃の温度域を平均冷却速度1〜120/sで250〜500℃に冷却し、必要に応じて再加熱した後、250〜600℃の温度域で30s〜10min保持してから常温まで冷却する、マルテンサイト相および残留オーステナイト相の体積率が合計で6%以上で、かつマルテンサイト相、残留オーステナイト相およびベイナイト相の硬質相組織の体積率をα%としたとき、α≦50000×(%Ti)/48であることを特徴とする穴拡げ性に優れた低降伏比高強度冷延鋼板の製造方法が開示されている。特許文献2には、質量%で、C:0.02〜0.3%、Mn:0.05〜3%を含み、SiおよびAlを合計で0.05〜3%含み、さらにTi、Nbの一種または二種を合計で0.01〜0.40%含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる熱延鋼板を、熱延鋼板の集合組織に応じた圧下率で冷間圧延した後、3〜100℃/sで加熱し、Ac1変態温度〜(Ac3変態温度+150)℃の焼鈍温度にて焼鈍後、焼鈍温度から500℃以下まで1〜250℃/sの冷却速度で冷却することを特徴とする加工性と形状凍結性に優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法が開示されている。特許文献3には、質量%で、C:0.02〜0.3%を含み、Mn:0.05〜3%、Ni:3%以下、Cr:3%以下、Cu:3%以下、Mo:1%以下、Co:3%以下、Sn:0.2%以下で、かつ、これらの一種または二種以上を、合計で0.1〜3.5%含み、Si:3%以下、Al:3%以下で、かつ、これらの一方または双方を、合計で0.02〜3%含み、さらにTi:0.4%以下、Nb:0.4%以下で、かつ、これらの一方または双方を、合計で0.01〜0.4%を含み、残部がFeおよび不可避的不純物の組成になるスラブを、Ar3変態温度〜(Ar3変態温度+150)℃における圧下率と仕上開始・終了温度を制御して熱間圧延後、ランアウトテーブルにおいて600〜700℃の温度域に0.2〜15s滞在するように冷却し、化学成分で決まる臨界温度以下で、かつ550℃以下で巻き取り、酸洗し、20〜70%の圧下率で冷間圧延した後、加熱速度3〜100℃/sで加熱し、Ac1変態温度〜Ac3変態温度の焼鈍温度にて焼鈍後、焼鈍温度から500℃以下まで1〜250℃/sの冷却速度で冷却することを特徴とする形状凍結性に極めて優れた低降伏比型高強度冷延鋼板の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2002-69574号公報
【特許文献2】特開2004-124123号公報
【特許文献3】特開2005-256020号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法で製造された低降伏比高強度冷延鋼板では、980MPa以上のTS、15%以上のEl、590〜800MPaのYSを同時に満たす鋼板は得られない。また、特許文献2や特許文献3に記載の方法で製造された低降伏比型高強度冷延鋼板では、980MPa以上のTSが得られない。
【0007】
本発明は、溶接性に優れ、980MPa以上のTS、15%以上のEl、590〜800MPaのYS、を有する高強度低降伏比冷延鋼板を製造できる方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的とする高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法について検討したところ、次の知見を得た。
i) C量を0.12質量%以下、Mn量を3.3質量%以下にすれば、溶接性の低下を防止できる。
ii) 0.36≧(%C)×(%Mn)≧0.13とし、Tiを0.025質量%以上添加し、かつ連続焼鈍時の昇温速度と冷却速度をTi量に応じて制御すれば、目標とするTS、El、YSを達成できる。
【0009】
本発明は、このような知見に基づいてなされたものであり、質量%で、C:0.05〜0.12%、Si:0.2〜2.5%、Mn:2.0〜3.3%、Al:0.1%以下およびTi:0.025〜0.100%を含有し、CとMnの含有量が下記の式(1)を満たし、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼スラブを、加熱後、熱間圧延し、次いで酸洗後、冷間圧延して冷延板とした後、該冷延板に、下記の式(2)を満たす平均昇温速度で300〜700℃の温度域を昇温し、750〜900℃の温度域に5〜600s加熱後、下記の式(3)を満たす平均冷却速度で750〜500℃の温度域を冷却する条件で、連続焼鈍を施すことを特徴とする高強度低降伏比冷延鋼板の製造方法を提供する。
0.36≧(%C)×(%Mn)≧0.13 ・・・(1)
平均昇温速度(℃/s)≧0.24/(%Ti) ・・・(2)
75≧平均冷却速度(℃/s)≧100×(%Ti)+13・・・(3)
ただし、(%M)は、上記で定義したように、元素Mの含有量(質量%)を表す。
【0010】
本発明の製造方法では、さらに、質量%で、B:0.0005〜0.0050%を含有する組成の鋼スラブを用いることが好ましい。
【0011】
また、さらに、質量%で、Nb:0.008〜0.5%、Cr:0.05〜2%、Mo:0.05〜2%、P:0.05〜0.5%、V:0.05〜0.5%の中から選ばれる少なくとも1種以上を含有する組成の鋼スラブを用いることが好ましい。
【0012】
また、下記の式(4)を満たす平均昇温速度で300〜700℃の温度域を昇温することが好ましい。
平均昇温速度(℃/s)≧0.5/(%Ti) ・・・(4)
さらに、連続焼鈍の加熱時の最高温度をTM(℃)としたとき、TM〜0.98×TM℃の温度域を平均冷却速度0.2〜5℃/sで冷却することが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、溶接性に優れ、980MPa以上のTS、15%以上のEl、590〜800MPaのYSを有する高強度低降伏比冷延鋼板を製造できるようになった。例えばTSが980MPaの場合、0.59〜0.82の降伏比(YR)を達成できる高強度低降伏比冷延鋼板を製造できるようになった。本発明により製造された高強度低降伏比冷延鋼板は、自動車の骨格部品や補強部品などに好適である。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】Ti量と引張強度TS、降伏強度YSとの関係を示す図である(従来製造方法)。
図2】Ti量と引張強度TS、降伏強度YSとの関係を示す図である(本発明製造方法)。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下に、本発明の詳細を説明する。
【0016】
1) 組成
以下、成分元素の含有量の単位である%は、質量%を意味するものとする。
【0017】
C:0.05〜0.12%
Cは、鋼中にマルテンサイト相や残留オーステナイト相を形成させて組織強化を図るために必須の元素である。C量を増加させることで強度を高め、残留オーステナイトの形成を促進して伸びを向上させることが可能であるが、その量が0.05%に満たないとこのような効果が発現しない。一方、C量が0.12%を超えると溶接部の強度が低下し、溶接性の低下を招く。したがって、C量は0.05〜0.12%とする。
【0018】
Si:0.2〜2.5%
Siの添加により延性の低下を抑制しつつ強度を高めることが可能である。Siは、また、オーステナイト相中のC濃度を増やしてマルテンサイト相の強度を高め、低降伏比化を促進する。本発明のようにC量を制限した上で強度を確保するには、Si量を0.2%以上にする必要がある。一方、Si量が2.5%を超えるとYSが800MPaを超えるとともに、化成処理性の劣化を招く。したがって、Si量は0.2〜2.5%とする。
【0019】
Mn:2.0〜3.3%
Mnは、Cとともに鋼の焼入れ性を向上させる元素であり、含有量に応じてマルテンサイト相の量を増加して高強度化を図れる。980MPa以上のTSと590〜800MPaのYSを確保する観点から、少なくとも2.0%のMn量が必要である。一方、Mn量が3.3%を超えると溶接性の低下やYSの過度の上昇を招く。したがって、Mn量は2.0〜3.3%、望ましくは2.3〜3.3%とする。
【0020】
0.36≧(%C)×(%Mn)≧0.13
本発明では溶接性の確保の観点からCとMn量を制限しているため、上記の範囲にC量とMn量を制御しても、(%C)×(%Mn)が0.13未満では980MPa以上のTSが得られない。また、(%C)×(%Mn)が0.36を超えるとYSを590〜800MPaに制御できなくなる。したがって、0.36≧(%C)×(%Mn)≧0.13とする。
【0021】
Al:0.1%以下
Alは、鋼の脱酸のために必要であるとともに、フェライト相を強化する。この効果を利用するにはAl量は0.01%以上とすることが好ましい。しかし、その量が0.1%を超えると粗大な介在物が増加して成形性の劣化を招く。したがって、Al量は0.1%以下とする必要がある。
【0022】
Ti:0.025〜0.100%
Tiは、溶接性を低下させる作用が小さいので、溶接性確保の観点からCやMn量を制限したことによる強度不足を補強するために有効な元素である。詳細は後述するが、本発明においては、Ti量に応じて連続焼鈍時の昇温速度や冷却速度を制御することにより目標とするTS、El、YSが達成される。このような効果を得るために、Ti量は0.025%以上にする必要がある。一方、Ti量が0.100%を超えるとYSが過度に上昇し、低降伏比を達成することが困難になる。したがって、Ti量は0.025〜0.100%とする。
【0023】
残部はFeおよび不可避的不純物であるが、以下の理由でB:0.0005〜0.0050%を含有させることが好ましく、また、Nb:0.008〜0.5%、Cr:0.05〜2%、Mo:0.05〜2%、P:0.05〜0.5%、V:0.05〜0.5%の中から選ばれる少なくとも1種以上を含有させることが好ましい。
【0024】
B:0.0005〜0.0050%
Bは、結晶粒界に偏析して強度を高めるが、溶接性に対する影響が小さいので、鋼の高強度化には有効な元素である。しかし、B量が0.0005%に満たないと高強度化の作用に乏しく、0.0050%を超えるとその作用が飽和するだけでなく、成形性の劣化を招く。したがって、B量は0.0005〜0.0050%とすることが好ましい。
【0025】
Nb:0.008〜0.5%、Cr:0.05〜2%、Mo:0.05〜2%、P:0.05〜0.5%、V:0.05〜0.5%の中から選ばれる少なくとも1種以上
Nb、Cr、Mo、P、Vは、鋼の高強度化に有効な元素である。このような作用を得る上で、各々、Nb量は0.008%以上、Cr量は0.05%以上、Mo量は0.05%以上、P量は0.05%以上、V量は0.05%以上とすることが好ましい。しかしながら、Nb量が0.5%超え、Cr量が2%超え、Mo量が2%超え、P量が0.5%超え、V量が0.5%超えとなると、鋼中に粗大な析出物が生じて伸びが低下する。従って、Nb量は0.008〜0.5%、Cr量は0.05〜2%、Mo量は0.05〜2%、P量は0.05〜0.5%、V:量は0.05〜0.5%とし、少なくとも一種以上含有させることが好ましい。
【0026】
なお、不可避的不純物としては、S:0.008%以下、N:0.008%以下や、P、Crを積極的に含有させない場合は、P:0.04%以下、Cr:0.04%以下も挙げることができる。
【0027】
2) 連続焼鈍条件
本発明では、上記組成を有する鋼スラブを、通常行われている条件で、加熱後、熱間圧延し、次いで酸洗後、冷間圧延して冷延板とし、以下の条件で連続焼鈍を施す。
【0028】
2-1) 昇温条件:300〜700℃の温度域において、平均昇温速度(℃/s)≧0.24/(%Ti) [式(2)]
目標とするTSとYSを得るために、300〜700℃の平均昇温速度を式(2)のようにTi量に応じて制御する必要がある。
【0029】
この理由は以下のように考えられる。一般に、昇温過程においては、転位を多く含む未再結晶組織はオーステナイト変態を促進する作用を有するが、フェライト/オーステナイト変態温度以下の温度域の滞留時間が長くなると、転位の解放が進む結果、オーステナイト変態量が低下し、冷却時に生成するマルテンサイト相が減少して最終的な強度が低下する。これに対して、本発明のようにTiを添加すると、Tiは微細析出物を形成し、再結晶を抑制する作用を有するため、未再結晶組織を高温まで残存させやすくするため、オーステナイト変態量を増加させることが可能になり、最終的な強度を安定して高めることができる。したがって、変態温度以下で転位の解放が進行する300〜700℃間の温度域の昇温速度を、Ti量が少なくなって析出物の量が少なくなる場合には速くする、すなわち式(2)のように制御することにより、オーステナイト変態量を増加でき、目標とするTSとYSが得られることになる。一方、平均昇温速度(℃/s)<0.24/(%Ti)では、フェライト/オーステナイト変態温度以下の温度域の滞留時間が長くなり、オーステナイト変態量が低下して目標とするTSとYSが得られない。
【0030】
なお、より高いTSで、低YSを達成するには、平均昇温速度(℃/s)≧0.5/(%Ti) [式(4)] とすることが好ましい。
【0031】
2-2) 加熱条件:750〜900℃の温度域で5〜600s
本発明では、高強度化と低降伏比のためにフェライト相中にマルテンサイト相を分散させた二相組織の形成が必要である。そのため、加熱温度は、フェライト相とオーステナイト相の二相が共存する750〜900℃の温度域に加熱する必要がある。しかし、加熱時間が5sに満たないとオーステナイト変態が十分に進行せず、マルテンサイト相が生成されなくなり、また、600sを超えるとオーステナイト組織が粗大化し、粗いフェライト相とマルテンサイト相の二相組織となりElが低下するので、加熱時間は5〜600sとする。
【0032】
2-3) 冷却条件:750〜500℃の温度域において、75≧平均冷却速度(℃/s)≧100×(%Ti)+13 [式(3)]
図1にC:0.090%、Si:1.0%、Mn:2.0%、Al:0.04%、B:0.0008%を含有し、Ti添加量を種々変化させた鋼塊を熱間圧延後、冷間圧延(冷延率50%)して板厚1.2mmとしてから、300℃〜700℃の昇温速度を10℃/s、750〜900℃の保持時間を100秒とした焼鈍において、冷却過程の750〜500℃間の冷却速度を17℃/sしたときのTi添加量とYS、TSの関係を示す。
【0033】
図1に示すように、Ti量の増加に応じて降伏強度と引張強度が増加するが、TS、YSの両方が目標範囲に入るTi添加量はごく限られた範囲であり、実質的に安定的な製造は不可能である。一方、図2は冷却過程の750〜500℃間の冷却速度を本発明に適合するようにTi添加量に応じて19℃/sおよび25℃/sとした場合の結果である。この図に示すように、750〜500℃の冷却速度をTi添加量に応じて適正に制御することにより適正な引張強度と降伏強度を得ることが可能になる。したがって、Ti量に応じて式(3)のように750〜500℃の冷却速度を100×(%Ti)+13(℃/s)以上に制御することにより、適正な引張強度と降伏強度が得られることになる。
【0034】
この理由は以下のように推定される。すなわち、フェライト/オーステナイト2相域に加熱した後に冷却して鋼中に分散したマルテンサイト組織を得る際、高温域でCが濃化しているオーステナイト相からフェライト相へのCの拡散を極力抑制することでマルテンサイトとフェライトの硬度差が大きくなり、降伏強度が低下すると考えられる。一方、Ti添加量の増加に従って高温域でのフェライト/オーステナイト組織が微細になるので、冷却過程ではオーステナイト相からのCの拡散をより強く抑制する必要が生じ、高い冷却速度が適正となると考えられる。このような効果をえるために、オーステナイト相が生成している750℃付近からCの拡散速度が十分低下する500℃程度の温度域の冷却速度を100×(%Ti)+13(℃/s)以上に制御するのがよい。
【0035】
本発明には、特許文献1〜3の実施例にみられるほどに冷却速度を速くしなくても目標とするTS、El、YSが得られるという利点がある。冷却速度が速くなりすぎると、目標とするYSが得られないばかりか、鋼板の形状が不良となるので、冷却速度は75℃/s以下にする必要がある。
【0036】
よって、750〜500℃の温度域における平均冷却速度(℃/s)は、100×(%Ti)+13(℃/s)以上、75(℃/s)以下とする。
【0037】
また、より高いElを確保するためには、加熱時に最高温度TM℃から0.98×TM℃までの温度域を平均冷却速度0.2〜5℃/sで冷却することが好ましい。この理由は、加熱時に再固溶されたTiが冷却時に析出し始める時点で徐冷することで、析出物の分散が均一になり、より高いElが得られるためと考えられる。
【0038】
なお、上記の連続焼鈍時の冷却後、250〜450℃で50〜800sの熱処理(焼戻し処理)を加えるとマルテンサイト相が焼き戻され、Elのさらなる向上や穴広げ性の改善を図ることができる。
【0039】
また、連続焼鈍後の鋼板には、耐食性を向上さるために、溶融亜鉛めっき、合金化亜鉛めっき、電気亜鉛めっきなどのめっきを施すことも可能である。
【0040】
また、連続焼鈍後の鋼板には、形状矯正などのため、常法に従いスキンパス圧延を行ってもよい。
【実施例1】
【0041】
表1に示す組成の鋼スラブA〜AIを1250℃に加熱後、熱間圧延して3.5mmの熱延板とし、酸洗後、冷間圧延により1.4mmの冷延板とした。次いで、冷延板を、表2に示す焼鈍条件にて連続焼鈍後、250℃まで冷却した時点で同温度で240sの熱処理(焼戻し処理)を施し、スキンパス圧延を行って冷延鋼板No.1〜72を作製した。なお、一部は焼戻し処理を行わなかった。そして、冷延鋼板から圧延方向と直角方向のJIS 5号試験片を採取し、JIS Z 2241に準拠して引張試験を行い、YS、TS、Elを求めた。
【0042】
結果を表2〜4に示す。
【0043】
本発明例は、いずれもTSが980MPa以上、Elが15%以上、YSが590〜800MPaである高強度低降伏比冷延鋼板であることがわかる。特に、上記式(4)を満たす平均昇温速度で昇温するとより高いTSが得られ、TSの割に低いYSとなっていることがわかる。
【0044】
【表1】
【0045】
【表2】
【0046】
【表3】
【0047】
【表4】
【実施例2】
【0048】
表1のWの鋼スラブを1250℃に加熱後、熱間圧延して3.0mmの熱延板とし、酸洗後、冷間圧延により1.0mmの冷延板とした。次いで、冷延板を、表5に示す焼鈍条件にて連続焼鈍後、450℃で60秒保持する焼戻し処理を施し、亜鉛めっき浴に浸漬させた後、550℃で30sのめっき層の合金化処理を施し、スキンパス圧延して亜鉛めっき鋼板No.w1〜w21を作製した。これら亜鉛めっき鋼板について、実施例1と同様な方法でYS、TS、Elを求めた。
【0049】
結果を表5に示す。
【0050】
本発明例は、いずれもTSが980MPa以上、Elが15%以上、YSが590〜800MPaである高強度低降伏比亜鉛めっき鋼板であることがわかる。特に、上記式(4)を満たす平均昇温速度で昇温するとより高いTSが得られ、TSの割に低いYSとなっており、なかでも、TM℃から0.98×TM℃までの温度域を平均冷却速度0.2〜5℃/sで冷却するとより高いElが得られることがわかる。
【0051】
【表5】
図1
図2