特許第6052175号(P6052175)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6052175
(24)【登録日】2016年12月9日
(45)【発行日】2016年12月27日
(54)【発明の名称】左室拡張機能改善剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/4015 20060101AFI20161219BHJP
   A61K 47/40 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 9/00 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 9/04 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 11/00 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 13/00 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 7/10 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 1/16 20060101ALI20161219BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20161219BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20161219BHJP
   C07D 207/26 20060101ALN20161219BHJP
   C08B 37/16 20060101ALN20161219BHJP
【FI】
   A61K31/4015
   A61K47/40
   A61P9/00
   A61P9/04
   A61P11/00
   A61P13/00
   A61P7/10
   A61P1/16
   A61K45/00
   A61P43/00 112
   !C07D207/26
   !C08B37/16
【請求項の数】30
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-526948(P2013-526948)
(86)(22)【出願日】2012年8月1日
(86)【国際出願番号】JP2012069609
(87)【国際公開番号】WO2013018837
(87)【国際公開日】20130207
【審査請求日】2015年7月14日
(31)【優先権主張番号】特願2011-169389(P2011-169389)
(32)【優先日】2011年8月2日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000185983
【氏名又は名称】小野薬品工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087871
【弁理士】
【氏名又は名称】福本 積
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(72)【発明者】
【氏名】金治 敏也
(72)【発明者】
【氏名】渕邉 和寛
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 正弥
【審査官】 澤田 浩平
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2006/016695(WO,A1)
【文献】 特開2001−233792(JP,A)
【文献】 国際公開第2003/009872(WO,A1)
【文献】 国際公開第2006/016689(WO,A1)
【文献】 特開2006−321737(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
CAPlus/BIOSIS/MEDLINE/EMBASE(STN)
Thomson Innovation
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張性心不全の治療および/または症状改善剤。
【請求項2】
心不全が急性心不全または慢性心不全である請求項1記載の剤。
【請求項3】
症状がうっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大である請求項1または2に記載の剤。
【請求項4】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を有効成分として含有する、心不全の病態を呈する哺乳動物のPeak positive dP/dtとPeak negative dP/dtに変化を与える心不全治療剤であって、同剤の投与前後の値から算出されるPeak negative dP/dtの変化率が、Peak positive dP/dtの変化率より大きい拡張性心不全治療および/または症状改善剤。
【請求項5】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張性心不全の生存率改善剤。
【請求項6】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリンを含有する、拡張性心不全における心拍出量改善剤。
【請求項7】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物と、アンジオテンシン変換酵素阻害薬および/またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬ら選択される1以上の化合物を組み合わせてなる心不全治療用医薬。
【請求項8】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張機能が障害された心不全の治療剤。
【請求項9】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリンを含有する、既存の心不全治療薬の投与量低減剤であって、既存の心不全治療薬が、アンジオテンシン変換酵素阻害薬および/またはアンジオテンシンII受容体拮抗薬から選択される1以上の化合物である既存の心不全治療薬の投与量低減剤
【請求項10】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる高血圧に伴う心不全の発症予防剤。
【請求項11】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる左室拡張機能改善剤。
【請求項12】
心不全の治療および/または症状改善剤である請求項11記載の剤。
【請求項13】
心不全が急性心不全または慢性心不全である請求項12記載の剤。
【請求項14】
心不全が拡張性心不全である請求項12記載の剤。
【請求項15】
症状がうっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大である請求項12記載の剤。
【請求項16】
左室収縮機能改善作用を併せ持つ請求項11記載の剤。
【請求項17】
収縮性心不全の治療および/または症状改善剤である請求項16記載の剤。
【請求項18】
症状がうっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大である請求項17記載の剤。
【請求項19】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる左室伸展性改善剤。
【請求項20】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる心筋線維化抑制剤。
【請求項21】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を有効成分として含有する、左室収縮機能に比較して左室拡張機能を選択的に改善する選択的左室拡張機能改善剤。
【請求項22】
拡張性心不全の治療および/または症状改善剤である請求項21記載の剤。
【請求項23】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張機能不全の治療および/または改善剤。
【請求項24】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張機能障害の治療および/または改善剤。
【請求項25】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張性心不全の治療および/または症状改善剤。
【請求項26】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる心不全に伴う呼吸困難改善剤。
【請求項27】
左室拡張機能改善作用を有する4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張性心不全の治療および/または症状改善剤。
【請求項28】
心不全が急性心不全または慢性心不全である請求項27記載の剤。
【請求項29】
症状がうっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大である請求項27または28に記載の剤。
【請求項30】
左室拡張機能改善作用を有する4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる心不全に伴う呼吸困難改善剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる左室拡張機能改善剤、およびそれを用いた心不全の治療および/または症状改善用途、とりわけ拡張性心不全の治療および/または症状改善用途に関する。
【背景技術】
【0002】
心不全は、種々の原因により心臓のポンプ機能が低下し、末梢主要臓器の酸素需要量に見合うだけの血液量を絶対的にまたは相対的に拍出できない状態であり、肺、体静脈系または両系にうっ血を来し、日常生活に障害を生じた状態である。心不全の患者では、労作時呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫、肝腫大等の症状によりQOLが著しく障害される。
【0003】
現在、我が国においては、100万人以上の心不全患者がいると推定され、近年の生活習慣の欧米化や高齢化により、その数は年々確実に増加し続けている。また、米国や欧州においてもそれぞれ数百万人の心不全患者が存在しており、今後さらに増加することが予測されている。加えて心不全は、予後が悪い疾患のひとつとして知られており、例えば、心不全患者全体の5年生存率は50%、重症心不全患者の3年生存率は30%というように、癌と同程度の予後を示すことが報告されている。このように心不全は、患者数の多さとその予後の悪さから、極めて重大な疾患であると位置付けられる。
【0004】
心不全の治療に際しては、その心不全の病態が慢性的なものか、急性的なものかによって治療方針を判断することが一般的に行われている。
慢性的な病変を示す、いわゆる慢性心不全は、長期間にわたって進行性の悪化を示す心不全であり、例えば、心筋症や弁膜症等に伴って起こることが知られている。慢性心不全に対する治療としては、例えば、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬、β遮断薬、ジギタリス、利尿薬、または抗アルドステロン薬等の投与が行われる。
【0005】
他方、急性的な病変を示す、いわゆる急性心不全は、急速に心臓のポンプ機能の代償機転が破綻することにより心室充満圧が上昇し、主要臓器への灌流不全が生じて、それに基づく症状や徴候が急激に出現した状態である。急性心不全に対する治療としては、できるだけ早期にうっ血と呼吸困難の症状を取り除くために、静脈内投与の利尿薬や血管拡張薬が投与され、特に低灌流所見がある場合にはドパミンやドブタミン等の強心薬が用いられる。
【0006】
心不全の病態としては、これまで左心室の収縮機能不全を呈する収縮性心不全のみが注目されてきたが、近年、左室駆出率(Left Ventricular Ejection Fraction:LVEF、左室収縮力の指標)が正常または軽度低下にとどまる心不全、いわゆる拡張性心不全が問題視されるようになってきた。
【0007】
拡張性心不全は女性や高齢者に多く、特に高血圧や糖尿病の患者で多発することが知られている。拡張性心不全患者の心臓の解剖学的特徴は求心性の肥大であり、心臓のサイズは健常者と差が見られないものの、心室壁が肥厚し、心筋の線維化が進行している。その結果、拡張期に心室が十分に拡張できず、血液を充填できないうちに収縮に転ずるため、十分な血液量が拍出できなくなっている。
【0008】
拡張性心不全の患者は、心不全患者全体の約半数存在し、それら患者の生命予後は、収縮性心不全患者と同程度であるにも関わらず、現在、心不全患者を対象に用いられている治療薬は、LVEFの低下した収縮性心不全患者を対象に臨床試験を行ったものが殆どであり、拡張機能不全を改善する作用を有し、拡張性心不全患者の生命予後を改善することが証明された薬剤は存在しない。
【0009】
拡張性心不全患者の急性増悪期に対しては、収縮性心不全患者の場合と同様に、利尿薬や静脈拡張性の血管拡張薬が用いられている。しかしながら、拡張性心不全患者に対してそれらの薬剤を投与すると、心拍出量や血圧が低下し易いことや、収縮性心不全患者と比較して再発が高頻度におこり、入退院を繰り返すことが問題となっている。
また、収縮性心不全と診断されている患者においても、実際には、その殆どの患者が左室拡張機能障害を有すると言われている。
【0010】
急性期治療に用いられる既存の薬剤で左室拡張機能障害を選択的に改善するものはなく、肺うっ血や呼吸困難症状が改善しない患者や、或いは改善に時間がかかる患者も存在することから、新たな治療薬が望まれている。
このように、拡張性心不全或いは左室拡張機能障害に対しては現状、有効な治療法は存在せず、従って、新たな治療手段の開発が急務である。
【0011】
一方、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物またはそのプロドラッグ、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物は、プロスタグランジンE2の受容体サブタイプであるEP4に対する選択的な作働薬であり、免疫疾患(筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、シェーグレン症候群、慢性関節リウマチ、全身性エリテマトーデス等の自己免疫疾患、臓器移植後の拒絶反応等)、喘息、神経細胞死、関節炎、肺障害、肺線維症、肺気腫、気管支炎、慢性閉塞性肺疾患、肝障害、急性肝炎、腎炎(急性腎炎、慢性腎炎)、腎不全、高血圧、心筋虚血、全身性炎症反応症候群、敗血症、血球貪食症候群、マクロファージ活性化症候群、スチル病、川崎病、熱傷、全身性肉芽腫、潰瘍性大腸炎、クローン病、透析時の高サイトカイン血症、多臓器不全、ショック、胃潰瘍、十二指腸潰瘍等の消化管潰瘍、口内炎、禿頭症、脱毛症、骨量低下疾患、睡眠障害、血栓症、下部尿路系疾患、高カリウム血症、神経変性疾患等に有効であることが報告されている(特許文献1、2、3および4参照)。
【0012】
また、EP4選択的作働薬が腎血管拡張活性を示すことから、腎不全若しくは腎機能障害、またはそれらに起因するうっ血性心不全等の状態に有効であることが開示されている(特許文献5参照)。
一方、EP4に対して拮抗的な作用を有する化合物が、心不全に対して治療的に作用することも知られている(特許文献6参照)。
【0013】
このように、心不全の病態に対してEP4が促進的に機能するのか抑制的に機能するのかは、相反する知見が存在することから、科学的に一定の見解は得られていない状況にあった。もとより、EP4作働薬である4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物またはそのプロドラッグ、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物が、左室拡張機能改善作用を有し、心不全患者、とりわけ拡張性心不全患者に対して治療的に作用することは何処にも記載も示唆もされていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0014】
【特許文献1】国際公開第2003/009872号パンフレット
【特許文献2】国際公開第2006/016689号パンフレット
【特許文献3】国際公開第2006/016695号パンフレット
【特許文献4】特開2006−321737号公報
【特許文献5】特開2001−233792号公報
【特許文献6】国際公開第2002/016311号パンフレット
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
拡張性心不全は心臓、特に左室の拡張機能の障害によっておこる疾患であるが、左室の拡張機能そのものに対して改善作用を示す薬剤は現在のところ存在しないため、目下、拡張性心不全を優先的に治療し得る有効な薬物治療は存在しない。
急性増悪期の拡張性心不全患者に対しては、肺うっ血と呼吸困難症状を軽減せしめる目的で利尿薬や血管拡張薬が処方されることもあるが、これらの病態の原因である左室拡張機能障害そのものが解消される訳ではなく、再発を防ぎ得るものではない。
【0016】
本発明の課題は、すなわち、利尿作用や血管拡張作用に依らず左心室の拡張機能そのものを改善して、拡張性心不全や左室拡張機能障害の病態をコントロールし、再発を防ぎ、同病態による呼吸困難や致死を改善し得る薬剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0017】
EP4作働薬は一般に、血管拡張作用や腎機能障害改善作用を有しているため、心不全患者におけるうっ血の状態を改善するであろうことが予測される。しかしながら、これらの作用は、いわば既存の血管拡張薬と同じ作用であるため、拡張性心不全或いは左室拡張機能障害を改善することはない。したがって、拡張性心不全患者に対して投与した場合には、心拍出量の低下や血圧の低下、高頻度の再発等といった、利尿薬や血管拡張薬と同様の問題を誘起するに留まる可能性もある。
【0018】
本発明者らは鋭意検討を行った結果、EP4作働薬として知られた化合物のうち、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸(以下、化合物Aと略記することがある。)が、心臓に直接作用することで、左心室の拡張機能を改善し、心不全の中でも、とりわけ、拡張機能不全/拡張機能障害を効果的に治療し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0019】
すなわち、本発明は以下の通りである。
1.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる左室拡張機能改善剤、
2.心不全の治療および/または症状改善剤である前記1記載の剤、
3.心不全が急性心不全または慢性心不全である前記2記載の剤、
4.心不全が拡張性心不全である前記2または3記載の剤、
5.症状がうっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大である前記2記載の剤、
6.左室収縮機能改善作用を併せ持つ前記1乃至5記載の剤、
7.収縮性心不全の治療および/または症状改善剤である前記6記載の剤、
8.症状がうっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大である前記7記載の剤、
9.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる心不全の生存率改善剤、
10.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる左室伸展性改善剤、
11.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる心筋線維化抑制剤、
12.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物と、アンジオテンシン変換酵素阻害薬、アンジオテンシンII受容体拮抗薬、β遮断薬、ジギタリス製剤、利尿薬、ナトリウム利尿ペプチド、血管拡張薬、ホスホジエステラーゼIII阻害薬および/または抗アルドステロン薬から選択される1以上の化合物を組み合わせてなる心不全治療用医薬、
13.左室収縮機能改善作用と左室拡張機能改善作用を併せ持つ薬物であって、左室収縮機能に比較して左室拡張機能をより選択的に改善する薬物を含有してなる拡張性心不全の治療および/または症状改善剤、
14.薬物が4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物である前記13記載の剤、
15.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を有効成分として含有する、左室収縮機能に比較して左室拡張機能を選択的に改善する選択的左室拡張機能改善剤、
16.拡張性心不全の治療および/または症状改善剤である前記15記載の剤、
17.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を有効成分として含有する、心不全の病態を呈する哺乳動物のPeak positive dP/dtとPeak negative dP/dtに変化を与える心不全治療剤であって、同剤の投与前後の値から算出されるPeak negative dP/dtの変化率が、Peak positive dP/dtの変化率より大きい心不全治療剤、
18.拡張性心不全の治療および/または症状改善剤である前記17記載の剤、
19.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる高血圧に伴う心不全の発症予防剤、
20.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張性心不全の治療および/または症状改善剤、
21.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を含有してなる拡張機能が障害された心不全の治療剤、
22.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリンを含有する、心拍出量改善剤、
23.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を哺乳動物に投与することを特徴とする左室拡張機能改善方法、
24.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物を哺乳動物に投与することを特徴とする心不全の治療および/または症状改善方法、
25.左室拡張機能改善剤を製造するための、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物の使用、
26.心不全の治療および/または症状改善剤を製造するための、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物の使用、
27.左室拡張機能を改善するための、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物、
28.心不全を治療および/または症状改善するための、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物、
29.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリンを含有する、既存の心不全治療薬の投与量低減剤、および
30.4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、またはそれらのシクロデキストリンを含有する、既存の心不全治療薬の副作用軽減剤。
【発明の効果】
【0020】
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸(化合物A)、その塩、その溶媒和物またはそのプロドラッグ、またはそれらのシクロデキストリン包接化合物(以下、「本発明の剤に用いられる化合物」と略記することがある。)は、血管拡張作用に加え、心臓に直接作用して左心室の拡張機能障害を改善する作用を有するので、急性、慢性の心不全のなかでも特に拡張性心不全に有効であり、既存の血管拡張薬よりも効果的に肺うっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大等を改善することができる。また一般に、収縮性心不全においても左室拡張機能は障害されており、既存の利尿薬/血管拡張薬は左室拡張機能障害を改善し得ないことから、本発明の剤に用いられる化合物は、収縮性心不全においても既存の利尿薬/血管拡張薬と比較し、より高い有効性が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】急性心不全モデルにおける化合物Aおよび既存の心不全治療薬であるミルリノンの左室弛緩作用と左室収縮作用の強度バランスを示す。
図2】慢性心不全モデルにおける化合物Aおよびミルリノンの生存率に対する影響を示す。
図3】慢性心不全モデルにおける化合物Aおよびミルリノンの左室伸展性指標(Diastolic Wall Strain:DWS)に対する影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明の剤に用いられる化合物は、左心室の拡張機能を改善し、左心室の拡張機能が障害された状態、すなわち左室拡張機能不全(或いは単に拡張機能不全ということもある。)を改善することができる。
本明細書において、心不全には、急性期または慢性期の心不全、すなわち急性心不全または慢性心不全が含まれる。急性心不全の定義には、急性増悪期の慢性心不全も含まれる場合がある。また心不全はうっ血性心不全ともいう。
【0023】
心不全について、心臓が有する機能障害とそれによって起こる病態を以下の表1に示した。拡張性心不全(拡張期心不全)は左心室の拡張機能のみが障害され、収縮機能は正常または軽度に低下した心不全である。一方、収縮性心不全(収縮期心不全)は、左心室の収縮機能と拡張機能のいずれもが障害されている。拡張性心不全および収縮性心不全は、それぞれ拡張不全および収縮不全と称されることもある。また、左室拡張機能が障害された状態を左室拡張機能障害、左室拡張機能不全、左室拡張障害または左室拡張不全、収縮機能が障害された状態を左室収縮機能障害、左室収縮機能不全、左室収縮障害または左室収縮不全ともいう。
【0024】
【表1】
【0025】
本発明の剤に用いられる化合物は、左心室の拡張機能を改善し、さらに動静脈を弛緩することで心臓への後負荷、前負荷を軽減するため、拡張機能が障害されている拡張性心不全はもちろん、収縮機能および拡張機能の双方が障害されている収縮性心不全にも有効である。
【0026】
本発明の剤に用いられる化合物である、4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸(本明細書ではこれを「化合物A」と呼ぶ場合がある。)、すなわち、下記式
【化1】
(式中、
【化2】
は紙面の向こう側(すなわちα−配置)に結合していることを表わし、
【化3】
は紙面の手前側(すなわちβ−配置)に結合していることを表わす。)
で示される化合物、その塩、その溶媒和物、そのプロドラッグまたはそれらのシクロデキストリン包接化合物は、国際公開第2003/009872号パンフレットに開示された化合物である。
【0027】
化合物Aの塩には薬理学的に許容されるものすべてが含まれる。薬理学的に許容される塩は、毒性の少ない、水溶性のものが好ましい。適当な塩としては、例えば、アルカリ金属(カリウム、ナトリウム、リチウム等)の塩、アルカリ土類金属(カルシウム、マグネシウム等)の塩、アンモニウム塩(テトラメチルアンモニウム塩、テトラブチルアンモニウム塩等)、有機アミン(トリエチルアミン、メチルアミン、ジメチルアミン、シクロペンチルアミン、ベンジルアミン、フェネチルアミン、ピペリジン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリス(ヒドロキシメチル)メチルアミン、リジン、アルギニン、N−メチル−D−グルカミン等)の塩、酸付加物塩(無機酸塩(塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、硫酸塩、リン酸塩、硝酸塩等)、有機酸塩(酢酸塩、トリフルオロ酢酸塩、乳酸塩、酒石酸塩、シュウ酸塩、フマル酸塩、マレイン酸塩、安息香酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩、エタンスルホン酸塩、ベンゼンスルホン酸塩、トルエンスルホン酸塩、イセチオン酸塩、グルクロン酸塩、グルコン酸塩等)等)等が挙げられる。
【0028】
化合物Aの適当な溶媒和物としては、例えば、水、アルコール系溶媒(例えば、エタノール等)等の溶媒和物が挙げられる。溶媒和物は低毒性かつ水溶性であることが好ましい。また、化合物Aの溶媒和物には、化合物Aの塩(アルカリ(土類)金属塩、アンモニウム塩、有機アミン塩、酸付加物塩等)の溶媒和物も含まれる。
【0029】
化合物Aのプロドラッグとしては、例えば、化合物A又はその塩のカルボキシル基がエステル化、アミド化された化合物(例えば、化合物Aのカルボキシル基がメチルエステル化、エチルエステル化、プロピルエステル化、ブチルエステル化、フェニルエステル化、カルボキシメチルエステル化、ジメチルアミノメチルエステル化、ピバロイルオキシメチルエステル化、1−{(エトキシカルボニル)オキシ}エチルエステル化、フタリジルエステル化、(5−メチル−2−オキソ−1,3−ジオキソレン−4−イル)メチルエステル化、1−{[(シクロヘキシルオキシ)カルボニル]オキシ}エチルエステル化、メチルアミド化された化合物等)等が挙げられる。
【0030】
化合物A、その塩、その溶媒和物またはそのプロドラッグは、所望によって、α−、β−あるいはγ−シクロデキストリン、あるいはこれらの混合物を用いて、特公昭50−3362号、同52−31404号または同61−52146号明細書記載の方法を用いることによりシクロデキストリン包接化合物に変換することができる。
なお、化合物A、その塩、その溶媒和物、そのプロドラッグまたはそれらのシクロデキストリン包接化合物は、何れか一種単独で用いてもよいが、二種以上の混合物として用いてもよい。
【0031】
[本発明の剤に用いられる化合物の製造方法]
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸、その塩、その溶媒和物、そのプロドラッグまたはそれらのシクロデキストリン包接化合物は、前述のとおり公知の方法、例えば国際公開第2003/009872号パンフレットに記載された方法等で、所望により特公昭50−3362号、同52−31404号または同61−52146号明細書記載の方法を組み合わせることで製造することができる。
【0032】
[毒性]
本発明の剤に用いられる化合物の毒性は非常に低いものであり、医薬として使用するために十分安全である。例えば、化合物Aは、イヌへの4週間反復経口投与において、少なくとも単回投与で血管拡張作用を示す投与量の30倍までは毒性所見を示さなかった。
【0033】
[医薬品への適用]
本発明の剤に用いられる化合物は、左心室の拡張機能を改善する作用を有するため、心不全(急性心不全または慢性心不全)に有効である。心不全の中でも、とりわけ左室駆出率が正常または軽度低下にとどまる心不全、すなわち拡張性心不全に有効である。拡張性心不全は、拡張不全と称されることもある。また、本発明の剤に用いられる化合物は、左心室の拡張機能と収縮機能を改善し、さらに動静脈を弛緩することで心臓への後負荷、前負荷を軽減するため、拡張機能が障害されている拡張性心不全はもちろん、収縮機能および拡張機能の双方が障害されている、収縮性心不全にも有効である。
【0034】
本発明の剤に用いられる化合物は、拡張機能不全または収縮機能不全患者に投与することで、それらの病態に伴う、肺うっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大等を改善することができる。
【0035】
また、本発明の剤に用いられる化合物は、後述の実施例でも明らかにするように、心不全の生存率改善剤、左室伸展性改善剤、心筋線維化抑制剤としても有用である。さらに、本発明の剤に用いられる化合物は、QOLの改善剤、心拍出量改善剤としても有用である。
【0036】
ここで、心不全の生存率改善とは、本発明の剤に用いられる化合物を、既に心不全を発症した哺乳動物(ヒト、イヌ、ラット等)に投与した際の生存率が、非投与の場合に比べて延長することを指す。例えば、心不全患者全体の5年生存率は約50%と言われているが、本発明の剤を投与した場合、5年生存率を、約60%以上、好ましくは約70%以上、さらに好ましくは約80%以上に改善することができる。生存率が改善されなかった場合でも、うっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大等を改善するため、QOLは改善される。
【0037】
ここで、心筋線維化抑制とは、本発明の剤に用いられる化合物を、既に心不全を発症した哺乳動物(ヒト、イヌ、ラット等)に反復投与した際に、非投与に比べて心筋線維化の進行が抑制されることを指す。心筋線維化の抑制は、左心室の伸展性低下(すなわち左心室の受動的拡張障害)の抑制に繋がることから、左室拡張機能障害が改善される。
【0038】
また、前述したように、拡張性心不全の患者では、心室壁の肥厚と心筋の線維化により、拡張期に心室が十分に拡張できず十分な血液量を拍出できなくなっている。本発明の剤に用いられる化合物は、心筋の線維化を抑制し、左心室の伸展性低下を抑制することから、心拍出量改善剤として用いることができる。本発明の剤に用いられる化合物が心拍出量を改善したかどうかは、侵襲、非侵襲または低侵襲の心拍出量モニタリング装置を用いて簡便に測定し、判断することが可能である。
【0039】
本発明の剤に用いられる化合物を上記の目的で用いるためには、本発明の剤に用いられる化合物を、適宜製剤化したうえで、通常、全身的または局所的に、経口または非経口の形で投与すればよい。非経口投与としては、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、経皮投与等が挙げられる。本発明の剤に用いられる化合物の投与経路は、その有効量を生体内に投与できる方法であれば、どのような方法でもよいが、例えば、経口投与や注射での投与、または貼付剤として投与することが好ましい。
【0040】
投与量は、年齢、体重、症状、治療効果、投与方法、投与期間等により異なるが、通常、成人1人当たり、1回につき、0.1ngから1mgの範囲で1日1回から数回経口投与されるか、または成人1人当たり、1回につき、0.1ngから1mgの範囲で1日1回から数回非経口投与されるか、または1日1時間から24時間の範囲で静脈内に持続投与される。例えば、本発明の剤に用いられる化合物を経口投与する場合、成人1人当たり、一回につき、100ngから10μgの範囲で1日1回から5回投与することが好ましい。
もちろん前記したように、投与量は種々の条件により変動するので、上記投与量より少ない量で十分な場合もあるし、また範囲を越えて投与が必要な場合もある。
【0041】
また、本発明の剤に用いられる化合物を、例えば、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(エナラプリル、リシノプリル、ラミプリル、カプトプリル、ベナゼプリル、フォシノプリル、モエキシプリル、ベリンドプリル、キナプリル、トランドラプリル等)、アンジオテンシンII受容体拮抗薬(バルサルタン、カンデサルタン、ロサルタン、エプロサルタン、イルベサルタン、テルミサルタン等)、交感神経刺激薬(ドパミン、ドブタミン等)、β遮断薬(カルベジロール、ビソプロロール、メトプロロール等)、ジギタリス製剤(ジゴキシン、ジギトキシン等)、利尿薬(フロセミド、ブメタニド、トリアムテレン、トリクロルメチアジド、アゾセミド、トルバプタン、エタクリン酸、アミロライド等)、ナトリウム利尿ペプチド(カルペリチド、ネシリチド等)、血管拡張薬(ニトログリセリン、硝酸イソソルビド、ニカルジピン、ニコランジル、コルホルシンダロパート等)、ホスホジエステラーゼIII阻害薬(ミルリノン、アミノフィリン、ピモベンダン、オルプリノン等)または抗アルドステロン薬(スピロノラクトン、エプレレノン等)等の既存の心不全治療薬と組み合わせて、心不全患者に投与してもよい。本発明の剤に用いられる化合物と上記の心不全治療薬は、両者を含む単一製剤に製剤化して同時に投与してもよい。或いは、両者を別々に製剤化して個別に、または同時に投与してもよい。
【0042】
本発明の剤に用いられる化合物を既存の心不全治療薬と組み合わせることで、既存の心不全治療薬の投与量を低減させることができたり、一般的に副作用と呼ばれる望ましくない事象の発現を抑えたりすることもできる。すなわち、本発明の剤に用いられる化合物は、上記に列挙したような心不全治療薬の投与量低減剤や、副作用軽減剤としても有用である。
【0043】
本発明の剤に用いられる化合物を投与する際の製剤化の手段としては、経口投与のための内服用固形剤、内服用液剤および、非経口投与のための注射剤、外用剤、坐剤または吸入剤等等が挙げられる。本発明の剤に用いられる化合物は、公知の方法、例えば国際公開第2003/009872号パンフレットに記載された方法等によって製剤化することができる。
【0044】
経口投与のための内服用固形剤には、錠剤、丸剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤等が含まれる。カプセル剤には、ハードカプセルおよびソフトカプセルが含まれる。また錠剤には舌下錠、口腔内貼付錠、口腔内速崩壊錠等が含まれる。
【0045】
このような内服用固形剤においては、本発明の剤に用いられる化合物はそのままか、または賦形剤(ラクトース、マンニトール、グルコース、微結晶セルロース、デンプン等)、結合剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等)、崩壊剤(繊維素グリコール酸カルシウム等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム等)、安定剤、溶解補助剤(グルタミン酸、アスパラギン酸等)等と混合され、常法に従って製剤化して用いられる。また、必要によりコーティング剤(白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等)で被覆していてもよいし、また2以上の層で被覆していてもよい。さらにゼラチンのような吸収され得る物質のカプセルも包含される。
【0046】
舌下錠は公知の方法に準じて製造、調製される。例えば、本発明の剤に用いられる化合物に賦形剤(ラクトース、マンニトール、グルコース、微結晶セルロース、コロイダルシリカ、デンプン等)、結合剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等)、崩壊剤(デンプン、L−ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、クロスカルメロースナトリウム、繊維素グリコール酸カルシウム等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム等)、膨潤剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カーボポール、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール、キサンタンガム、グアーガム等)、膨潤補助剤(グルコース、フルクトース、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、マルトース、トレハロース、リン酸塩、クエン酸塩、ケイ酸塩、グリシン、グルタミン酸、アルギニン等)、安定剤、溶解補助剤(ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グルタミン酸、アスパラギン酸等)、香味料(オレンジ、ストロベリー、ミント、レモン、バニラ等)等と混合され、常法に従って製剤化して用いられる。また、必要によりコーティング剤(白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等)で被覆していてもよいし、また2以上の層で被覆していてもよい。また、必要に応じて常用される防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤等の添加物を加えることもできる。
【0047】
口腔内貼付錠は公知の方法に準じて製造、調製される。例えば、本発明の剤に用いられる化合物に賦形剤(ラクトース、マンニトール、グルコース、微結晶セルロース、コロイダルシリカ、デンプン等)、結合剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等)、崩壊剤(デンプン、L−ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、クロスカルメロースナトリウム、繊維素グリコール酸カルシウム等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム等)、付着剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、カーボポール、カルボキシメチルセルロース、ポリビニルアルコール、キサンタンガム、グアーガム等)、付着補助剤(グルコース、フルクトース、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、マルトース、トレハロース、リン酸塩、クエン酸塩、ケイ酸塩、グリシン、グルタミン酸、アルギニン等)、安定剤、溶解補助剤(ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グルタミン酸、アスパラギン酸等)、香味料(オレンジ、ストロベリー、ミント、レモン、バニラ等)等と混合され、常法に従って製剤化して用いられる。また、必要によりコーティング剤(白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等)で被覆していてもよいし、また2以上の層で被覆していてもよい。また、必要に応じて常用される防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤等の添加物を加えることもできる。
【0048】
口腔内速崩壊錠は公知の方法に準じて製造、調製される。例えば、本発明の剤に用いられる化合物をそのまま、あるいは原末もしくは造粒原末粒子に適当なコーティング剤(エチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、アクリル酸メタクリル酸コポリマー等)、可塑剤(ポリエチレングリコール、クエン酸トリエチル等)を用いて被覆を施した有効成分に賦形剤(ラクトース、マンニトール、グルコース、微結晶セルロース、コロイダルシリカ、デンプン等)、結合剤(ヒドロキシプロピルセルロース、ポリビニルピロリドン、メタケイ酸アルミン酸マグネシウム等)、崩壊剤(デンプン、L−ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、クロスカルメロースナトリウム、繊維素グリコール酸カルシウム等)、滑沢剤(ステアリン酸マグネシウム等)、分散補助剤(グルコース、フルクトース、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、マルトース、トレハロース、リン酸塩、クエン酸塩、ケイ酸塩、グリシン、グルタミン酸、アルギニン等)、安定剤、溶解補助剤(ポリエチレングリコール、プロピレングリコール、グルタミン酸、アスパラギン酸等)、香味料(オレンジ、ストロベリー、ミント、レモン、バニラ等)等と混合され、常法に従って製剤化して用いられる。また、必要によりコーティング剤(白糖、ゼラチン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロースフタレート等)で被覆していてもよいし、また2以上の層で被覆していてもよい。また、必要に応じて常用される防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤等の添加物を加えることもできる。
【0049】
経口投与のための内服用液剤は、薬学的に許容される水剤、懸濁剤、乳剤、シロップ剤、エリキシル剤等を含む。このような液剤においては、本発明の剤に用いられる化合物が、一般的に用いられる希釈剤(精製水、エタノールまたはそれらの混液等)に溶解、懸濁または乳化される。さらにこの液剤は、湿潤剤、懸濁化剤、乳化剤、甘味剤、風味剤、芳香剤、保存剤、緩衝剤等を含有していてもよい。
【0050】
非経口投与のための注射剤としては、溶液、懸濁液、乳濁液および用時溶剤に溶解または懸濁して用いる固形の注射剤を包含する。注射剤は、本発明の剤に用いられる化合物を溶剤に溶解、懸濁または乳化させて用いられる。溶剤として、例えば注射用蒸留水、生理食塩水、植物油、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、エタノールのようなアルコール類等およびそれらの組み合わせが用いられる。さらにこの注射剤は、安定剤、溶解補助剤(グルタミン酸、アスパラギン酸、ポリソルベート80(登録商標)等)、懸濁化剤、乳化剤、無痛化剤、緩衝剤、保存剤等を含んでいてもよい。これらは最終工程において滅菌するか無菌操作法によって製造、調製される。また無菌の固形剤、例えば凍結乾燥品を製造し、その使用前に無菌化または無菌の注射用蒸留水または他の溶剤に溶解して使用することもできる。
【0051】
貼付剤は公知または通常使用されている処方により製造される。例えば、本発明の剤に用いられる化合物を基剤に溶融させ、支持体上に展延塗布して製造される。貼付剤用基剤は公知あるいは通常使用されているものから選ばれる。例えば、高分子基剤(スチレン−イソプレン−スチレンブロック共重合体、ポリイソブチレンゴム、アクリル酸エステル樹脂、アクリル系共重合樹脂、シリコーンゴム等)、油脂、高級脂肪酸、経皮透過促進剤(オレイン酸、ミリスチン酸イソプロピル、D−メントール、クロタミトン等)、粘着付与剤(ロジン誘導体、脂環族飽和炭化水素樹脂等)、かぶれ防止剤(グリセリン、クロタミトン等)から選ばれるもの単独または2種以上を混合して用いられる。さらに、保存剤、抗酸化剤、着香剤等を含んでいてもよい。貼付剤には、例えば、プラスター剤(例えば、マトリックス(粘着単層)型貼付剤、リザーバー型貼付剤等)、パップ剤等が挙げられる。さらに、マトリックス型貼付剤には、薬剤分散型のマトリックス型貼付剤、薬剤溶解型のマトリックス型貼付剤等が含まれる。プラスター剤は、テープ剤とも称される。
【実施例】
【0052】
以下、実施例によって本発明を詳述するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
(1)急性心不全モデルにおける血行動態の評価
<モデル動物の作製>
急性心不全モデルは、以下の方法により作製した。雄性ビーグル(体重10kg以上)をペントバルビタールナトリウム(30mg/kg、静脈内投与)で導入麻酔後、気管カテーテルを気道に挿管し、人工呼吸器と接続した。人工呼吸器は、呼吸回数を毎分15ストローク、一回換気量を1ストロークあたり20mL/kgで設定し、混合ガス(Air:O=3:0.2を目安)を用いて呼吸を管理した。動物を側臥位に固定し左胸部、左右大腿部および頸部を毛刈りした。ペントバルビタールナトリウム(5mg/kg/hr)を右橈側皮静脈より持続静注し麻酔を維持した。左第4肋骨を開胸し、上行大動脈起始部を剥離した。乳酸リンゲル液を左大腿静脈に挿入したカテーテルより静脈内持続投与(5mL/min)した。また不整脈の発現を抑えるために塩酸プロプラノロール(0.3mL/min)を容量負荷(乳酸リンゲル液と混和)と同時に実験終了まで持続投与した。乳酸リンゲル液投与から30分後に左冠状動脈前下行枝(Left Anterior Descending coronary artery:LAD)を結紮した。血行動態が安定した後に塩酸メトキサミンを左大腿静脈より持続投与した。全身血管抵抗を増大させて心拍出量を低下させるため、塩酸メトキサミンを、心拍出量が容量負荷前に比べ20%以上低下するよう、5〜10μg/kg/minの用量で維持し、実験終了まで持続投与した。
【0053】
<被験化合物の投与>
塩酸メトキサミン持続投与開始後に心拍出量が、乳酸リンゲル液投与前に比べて20%以上低下し、さらに他の血行動態が安定した時点から30分間生理食塩液(0.3mL/min)を右大腿静脈から投与した(投与前期)。その後、化合物A、(11α,13E,15α)−9−オキソ−11,15−ジヒドロキシ−16−(3−メトキシメチルフェニル)−17,18,19,20−テトラノル−5−チアプロスト−13−エン酸 メチルエステル(国際公開第2000/003980号パンフレットの実施例1記載のEP4作働薬。以下、化合物Bと略す。)、ならびに既存の心不全治療薬であるカルペリチド(心房性ナトリウム利尿ペプチド)、ニトログリセリン(血管拡張薬)、ニコランジル(血管拡張薬)、およびミルリノン(ホスホジエステラーゼIII阻害薬:強心作用および血管拡張作用を併せ持つ化合物)を、以下の表の投与量にて、右大腿静脈からそれぞれ30分間漸増投与した。以下に投与群(各4例)および投与量を示す。
【0054】
【表2】
心血行動態の測定は投与前期および各用量の持続投与中ともに10分毎に行った。
【0055】
<血行動態測定>
右大腿動脈に挿入したカテーテルイントロデューサーよりピッグテールカテーテルを左心室に誘導、留置し、ディスポーザブル血圧トランスデューサーに接続し、測定用アンプを介して左室内圧(Left Ventricular Pressure:LVP)を測定した。さらに、循環動態解析ソフトウェアを用いてLVP波形から、左室拡張末期圧(Left Ventricular End-Diastolic Pressure:LVEDP:前負荷の指標)、全身血管抵抗(Systemic Vascular Resistance:SVR:後負荷の指標)、心拍出量(cardiac output:CO)、Peak positive dP/dt(Peak+dP/dt:左室収縮機能の指標)、Peak negative dP/dt(Peak−dP/dt:左室拡張機能の指標)、尿量および動脈血酸素分圧(PaO:肺における血液酸素化能力の指標であり、PaOの低下は呼吸器系の異常すなわち呼吸不全を示す。)を解析した。
【0056】
<結果>
各被験化合物の投与60分後のPeak negative dP/dtの変化率(%)を下記表3に、化合物AとミルリノンのPeak negative dP/dtの変化率(%)とPeak positive dP/dtの変化率(%)を図1に示す。
【0057】
【表3】
表3に示す通り、化合物Aは既存の心不全治療薬であるカルペリチド、ニトログリセリン、ニコランジルおよびミルリノンと比較して、強い左室拡張機能改善作用を示した。また、化合物Aは心拍出量を約60%増加させた。
【0058】
また、図1に示す通り、化合物Aは拡張機能改善作用と比較して緩やかな収縮機能改善作用(Peak+dP/dt変化率=16%)を示した。一方、既存の心不全治療薬であるミルリノンは、拡張機能改善作用に比べて収縮機能改善作用(Peak+dP/dt変化率=38%)が強く、強心作用が優位であった。以上の結果から、ミルリノンは強心作用が強いため、必ずしも収縮機能の正常な拡張性心不全患者に対して投与するのに適したものではないが、化合物Aは収縮機能改善作用と比較して左室拡張機能を選択的に改善するため、拡張機能と収縮機能のいずれも障害されている収縮性心不全患者にはもちろん、収縮機能の正常な拡張性心不全患者にも有効であることが考えられた。また、ミルリノンは正常イヌにおいても強い左室収縮作用を示したが、化合物Aは正常イヌに対しては、左室拡張作用も左室収縮作用も示さなかったことから、化合物Aは病態特異的に左室拡張作用および左室収縮作用を発揮する驚くべき作用を有するものであった。さらに、化合物Aは尿量および動脈血酸素分圧をも改善した(尿量変化率=145.4%、PaO変化率=111.5%)。
【0059】
さらに、下記の表4に示す通り、化合物AとEP4作働薬として知られている化合物Bの左室拡張末期圧および全身血管抵抗の変化率はほぼ同等であることから、化合物Aと化合物Bは同等の血管拡張作用を示す一方で、化合物Bには拡張機能改善作用も収縮機能改善作用もみられなかった(Peak+dP/dt変化率=−4%;Peak−dP/dt変化率=−3%)。
【表4】
【0060】
以上の結果より、本発明の剤に用いられる化合物は、化合物Bのような既存のEP4作働薬には見られない、心臓に対して直接的な強い左室拡張機能改善作用および緩やかな収縮機能改善作用を併せ持つことから、有用な急性心不全の治療薬となり得ることが示された。また、急性心不全における尿量減少および呼吸困難等の症状も改善し得ることが示唆された。
【0061】
(2)急性心不全モデルにおける、化合物Aと構造類似化合物との作用比較
上記(1)と同様の試験において、化合物Aと構造が類似している以下のEP4作働薬、
化合物C:特開2001−181210号公報の実施例2記載の化合物(投与量:3μg/kg/min)
【化4】
化合物D:国際公開第2003/007941号パンフレットの実施例5記載の化合物(投与量:1μg/kg/min)
【化5】
の左室拡張機能改善作用を評価した。
化合物CおよびDの投与量は、化合物Aと同等の血管拡張作用を示す用量を設定した。
【0062】
<結果>
下記の表5に示す通り、化合物Cおよび化合物Dは、化合物Aとほぼ同等の血管拡張作用を示す投与量において、拡張機能改善作用も収縮機能改善作用もみられなかった。
【表5】
以上の結果より、本発明の剤に用いられる化合物が有する直接的な強い左室拡張機能改善作用は、化合物Aと構造が類似した化合物には見られない異質な作用であることが示された。
【0063】
(3)Dahlラットを用いた心機能測定および生存率評価
<モデル動物の作製>
47日齢の雄性DIS/Eisラット(Dahlラット)に、高食塩負荷ラット用固型飼料(食塩8%相当)を給餌することで、高血圧性の心不全、すなわち拡張性心不全モデルを作成した。正常対照群(10例)には、正常食ラット用固型飼料(食塩0.3%相当)を給餌した。
【0064】
<被験化合物の投与>
被験化合物は、13週齢のDahlラットに、胃ゾンデを用いて5mL/kgの投与容量で1日2回、90日間反復経口投与した。化合物Aの投与用量は300μg/kg、ミルリノンの投与用量は1000μg/kg(各30例)とした。
【0065】
<心機能評価>
投与開始前(12週齢:群分け値)、投与45日および投与91日に、動物全身麻酔器による2%イソフルラン麻酔下で、超音波画像診断装置を用いて心機能を測定した。ラットの胸部を除毛し、胸部にリニアプローブを当てM−modeで左室拡張末期径、左室収縮末期径、拡張末期左室前壁厚、拡張末期左室後壁厚、収縮末期左室後壁厚、左心室後壁心外膜面の変化を測定した。また、左室駆出率(LVEF)、および左室拡張機能の指標となる左室伸展性指標(DWS)を算出した。
【0066】
<生存率評価>
実験期間を通じて、1日1−2回の一般状態の観察を行い、生死の確認および一般症状を記録した。
【0067】
<結果>
結果を図2および3に示す。
慢性心不全のモデルとして知られているDahlラット心不全モデルにおいて、化合物AはDWSを大きく改善した。これは心不全による左室の伸展性低下、すなわち心筋の線維化を抑制し、左室拡張機能を改善したことを意味する。また、化合物Aは生存率を大幅に改善した。
一方、既存の心不全治療薬であるミルリノンは、DWSを改善せず、生存率においても化合物Aと比較して改善の程度は低いものであった。
【0068】
以上の結果より、本発明の剤に用いられる化合物は、強い左室拡張機能改善作用を有し、生存率も改善するなど、有用な慢性心不全の治療薬となり得ることが示された。
また、高血圧性の心不全の予後を大きく改善していることから、本発明の剤に用いられる化合物は、高血圧に伴う心不全の発症予防剤となり得ることが示された。
【0069】
[製剤例]
本発明に用いられる代表的な製剤例を以下に示す。
製剤例1:錠剤
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸(50mg)、ステアリン酸マグネシウム(10g)、カルボキシメチルセルロース カルシウム(20g)、微結晶セルロース(920g)を常法により混合し、打錠して、1錠中に5μgの有効成分を含有する錠剤9000錠を得た。
【0070】
製剤例2:注射剤
4−[(2−{(2R)−2−[(1E,3S)−4−(4−フルオロフェニル)−3−ヒドロキシ−1−ブテン−1−イル]−5−オキソ−1−ピロリジニル}エチル)チオ]ブタン酸(50mg)およびマンニット(1500g)を注射用蒸留水(30L)に溶解し、溶液をメンブランフィルターで滅菌濾過した後、5mL容量の注射用アンプルに3mLずつ注入して、1アンプル中に、5μgの有効成分を含有する注射剤(9000アンプル)を得た。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明の剤に用いられる化合物は、左心室の拡張機能改善作用および収縮機能改善作用を有する。したがって、心不全(急性心不全または慢性心不全)に有効であり、とりわけ、拡張機能不全に有効である。また、心不全に伴う、うっ血、呼吸困難、息切れ、倦怠感、尿量減少、四肢の浮腫および/または肝腫大等の症状にも有効である。
したがって、本発明により、有効な治療方法が確立していない拡張機能不全を改善しうる、新たな心不全治療剤を提供することができる。
図1
図2
図3