特許第6052248号(P6052248)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6052248
(24)【登録日】2016年12月9日
(45)【発行日】2016年12月27日
(54)【発明の名称】カルシウム添加鋼の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21C 7/06 20060101AFI20161219BHJP
   C21C 7/04 20060101ALI20161219BHJP
   C21C 7/00 20060101ALI20161219BHJP
   B22D 11/00 20060101ALI20161219BHJP
   B22D 11/10 20060101ALI20161219BHJP
【FI】
   C21C7/06
   C21C7/04 C
   C21C7/00 R
   C21C7/00 H
   B22D11/00 A
   B22D11/10 Z
【請求項の数】1
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2014-149385(P2014-149385)
(22)【出願日】2014年7月23日
(65)【公開番号】特開2016-23342(P2016-23342A)
(43)【公開日】2016年2月8日
【審査請求日】2016年2月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001258
【氏名又は名称】JFEスチール株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126701
【弁理士】
【氏名又は名称】井上 茂
(74)【代理人】
【識別番号】100130834
【弁理士】
【氏名又は名称】森 和弘
(72)【発明者】
【氏名】石田 智治
(72)【発明者】
【氏名】古米 孝平
【審査官】 國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−150217(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21C 7/00− 7/10
B22D 11/00−11/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムの添加された溶鋼中に存在する非金属介在物の組成変化に基づいてカルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間を設定するカルシウム添加鋼の製造方法であって、取鍋に収容された溶鋼へのカルシウム添加が終了した後、3分間以上の間隔で取鍋内の溶鋼から採取される2つの試料において、それぞれの試料での、下記の工程1〜4によって定まる非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の平均値が下記の(1)式を満足するようになる時間を予め求めておき、この求めた時間に基づいてカルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間を設定することを特徴とする、カルシウム添加鋼の製造方法。
0.8<I(t1’)/I(t1)<1.2…(1)
但し、(1)式において、I(t1)は、カルシウム添加後t1時間経過した時点で溶鋼から採取される試料での非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の平均値、I(t1’)は、t1時間から更に3分間以上経過した時点である、カルシウム添加後t1’時間経過した時点で溶鋼から採取される試料での非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の平均値である。
工程1:カルシウムの添加された溶鋼から採取された試料の鏡面研磨面の20mm2以上を測定対象領域として粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡で観察し、粒径が1μm以上の非金属介在物を検出し、検出された各非金属介在物をEDS(エネルギー分散型X線分析装置)によって組成分析する工程。
工程2:EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(2)式、(3)式、(4)式によって個々の非金属介在物のCaO分率(質量%)を算出する工程。
MnSとしてのS分率(質量%)=[Mn]×[S原子量]/[Mn原子量]…(2)
CaSとしてのCa分率(質量%)=([S]-[MnSとしてのS分率])×[Ca原子量]/[S原子量]…(3)
CaO分率(質量%)=([Ca]-[CaSとしてのCa分率])×[CaO原子量]/[Ca原子量]…(4)
但し、(2)式における[Mn]は、EDSによる非金属介在物中のマンガン分析値(質量%)、(3)式における[S]は、EDSによる非金属介在物中の硫黄分析値(質量%)、(4)式における[Ca]は、EDSによる非金属介在物中のカルシウム分析値(質量%)である。
工程3:EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(5)式によって個々の非金属介在物のAl23分率(質量%)を算出する工程。
Al2O3分率(質量%)=[Al]×[Al2O3原子量]/[2×Al原子量]…(5)
但し、(5)式における[Al]は、EDSによる非金属介在物中のアルミニウム分析値(質量%)である。
工程4:(2)式〜(4)式によって算出されるCaO分率と(5)式によって算出されるAl23分率とから、個々の非金属介在物のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))を求める工程。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐水素誘起割れ特性を向上させるなどの目的で、溶鋼にカルシウムを添加して鋼中の非金属介在物を形態制御するカルシウム添加鋼の製造方法に関し、詳しくは、非金属介在物の形態制御を十分に行いつつ、カルシウム添加から鋳造開始までの時間を適切に設定することのできるカルシウム添加鋼の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
溶鋼中にカルシウム(以下「Ca」とも記す)を添加して溶鋼中の非金属介在物の組成・形態を制御し、鋼材の品質を向上させる手法が一部の鋼材の製造方法として用いられている。例えば、UOE鋼管やERW鋼管などのラインパイプ材のように、耐水素誘起割れ特性(耐HIC性)が必要な鋼材では、水素誘起割れの起因となるMnS(マンガンサルファイド)を無害化するために、溶鋼にカルシウムを添加し、鋼中の硫黄(以下、「S」とも記す)と反応させてCaS(カルシウムサルファイド)を生成させることが行われている。また、添加したカルシウムは、脱酸生成物であるAl23(アルミナ)と反応してCaO−Al23系非金属介在物が生成する。
【0003】
溶鋼にカルシウムを添加する際、カルシウムが不足すると鋼中の硫黄と反応しきれずにMnSが生成し、一方、カルシウムが過剰であると、高CaO濃度のCaO−Al23系非金属介在物が生成し、それぞれが耐水素誘起割れ特性の悪化の原因となる。即ち、鋼材の耐水素誘起割れ特性の向上には、過不足ない量のカルシウムを添加することが必要である。
【0004】
こうした知見に基づき、溶鋼組成のみならず、非金属介在物組成を制御する方法が提案されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、カルシウムの最適な添加量の制御方法として、一次精錬終了後の溶鋼に対して二次精錬を行い、二次精錬終了後の溶鋼の全酸素濃度を測定し、この全酸素濃度に応じて、連続鋳造設備のタンディッシュ内の溶鋼にカルシウムを添加し、これによって非金属介在物の形態制御を行い、耐水素誘起割れ特性及び耐硫化物応力割れ特性に優れた高強度・高耐食性油井管用鋼材を溶製する方法が提案されている。
【0006】
また、特許文献2には、鋼中の非金属介在物の主成分をカルシウム、アルミニウム(以下、「Al」とも記す)、酸素(O)及び硫黄とし、非金属介在物中のCaO含有率が30〜80質量%、非金属介在物中のCaS含有率が25質量%以下、且つ、鋼中の窒素含有率と非金属介在物中のCaO含有率との比を所定の範囲内とする、耐水素誘起割れ特性に優れた鋼管用鋼を溶製するにあたり、取鍋内溶鋼に攪拌用ガスを吹き込んでCaO系フラックスと溶鋼とを攪拌して溶鋼を脱硫し、その後、RH真空脱ガス装置で精錬して非金属介在物の浮上分離を促進させ、その後、取鍋内の溶鋼にカルシウムを添加する方法が提案されている。特許文献2は、取鍋内の溶鋼にカルシウムを添加する具体的な方法として、RH真空脱ガス装置の精錬末期に真空槽内の溶鋼に添加する方法や、RH真空脱ガス装置とは別の場所の大気下で添加する方法を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2011−89180号報
【特許文献2】特開2009−120899号報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
カルシウム添加鋼において、カルシウム添加後、直ちに非金属介在物の形態制御が完了することはなく、非金属介在物の形態制御には所定の時間が必要である。即ち、カルシウム添加による浮上性に優れる非金属介在物の球状化などの改質反応は、カルシウム添加後に直ちに起こらず、溶鋼中のカルシウムと非金属介在物とが反応することから、そのための反応時間が必要となる。したがって、カルシウム添加後の時間の経過に伴って非金属介在物の組成は変化する。具体的には、非金属介在物中のCaO濃度は時間の経過に伴って上昇し、やがて溶鋼中のカルシウム濃度に応じた、それ以上には組成変化の起こらない安定組成となる。
【0009】
非金属介在物の形態制御が十分に進行していない状態で溶鋼を鋳造すると、非金属介在物の浮上分離が進行しないうちに鋳造することになり、清浄性に優れた鋼材を製造できない虞がある。一方、非金属介在物の形態制御が完了したにも拘わらず、溶鋼を鋳造せずに静置した場合には、カルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間が長くなり、生産性の低下を招く。
【0010】
この観点から、上記特許文献1及び特許文献2を検証すれば、特許文献1は、カルシウムを連続鋳造設備のタンディッシュで添加しており、溶鋼のタンディッシュ内での滞在時間は数分であり、非金属介在物の形態制御が終了していない段階で鋳型内での凝固を開始させている可能性があり、清浄性に優れた鋼材を製造できない虞がある。
【0011】
特許文献2は、RH真空脱ガス装置での精錬末期或いはRH真空脱ガス装置とは別の場所の大気下でカルシウムを添加しているが、カルシウムを添加した以降、溶鋼中の非金属介在物がどのようにして形態制御されるか、何ら記載していない。況んや、カルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間を、非金属介在物の組成変化に関連させて設定することは、一切記載していない。したがって、特許文献2では、カルシウム添加後の静置時間が長くなりすぎ、生産性の低下を招く虞がある。
【0012】
本発明は上記事情に鑑みてなされたもので、その目的とするところは、耐水素誘起割れ特性を向上させるなどの目的で、溶鋼にカルシウムを添加して鋼中の非金属介在物を形態制御するカルシウム添加鋼の製造方法において、カルシウム添加による非金属介在物の形態制御を十分に行いつつ、カルシウム添加から鋳造開始までの時間を過大に長くすることなく、適切に設定することのできるカルシウム添加鋼の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するべく、カルシウム添加後の溶鋼における非金属介在物の生成挙動及び組成の経時的変化を詳細に調査した。具体的には、多くの非金属介在物を対象とした測定・評価に好適に利用することのできる粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡(SEM;Scanning Electron Microscope)を使用し、この走査型電子顕微鏡に備えられているEDS(エネルギー分散型X線分析装置;Energy Dispersive X-ray Spectrometer)を用いて、カルシウム添加後の溶鋼中の非金属介在物の組成及びサイズ別個数を調査した。
【0014】
その結果、粒径1μm以上の大きさを有する非金属介在物を測定対象として個々の組成を調べ、非金属介在物のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の変化を把握することで、非金属介在物の形態制御の完了を把握できることを見出し、これにより溶鋼の保持時間、つまり、カルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間(「リードタイム」ともいう)を適確に設定できるとの知見を得た。これは、溶鋼へのカルシウムの添加後、溶鋼中に存在する非金属介在物中のCaO濃度は時間の経過に伴って上昇することから、CaO濃度の上昇量の変化が少なくなった時点を、非金属介在物の形態制御が完了したと判断できることに基づいている。
【0015】
本発明は上記知見に基づきなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]カルシウムの添加された溶鋼中に存在する非金属介在物の組成変化に基づいてカルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間を設定するカルシウム添加鋼の製造方法であって、取鍋に収容された溶鋼へのカルシウム添加が終了した後、3分間以上の間隔で取鍋内の溶鋼から採取される2つの試料において、それぞれの試料での、下記の工程1〜4によって定まる非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)が下記の(1)式を満足するようになった以降に、前記溶鋼の連続鋳造設備での鋳造を開始することを特徴とする、カルシウム添加鋼の製造方法。
0.8<I(t1’)/I(t1)<1.2…(1)
但し、(1)式において、I(t1)は、カルシウム添加後t1時間経過した時点で溶鋼から採取される試料での非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)、I(t1’)は、t1時間から更に3分間以上経過した時点である、カルシウム添加後t1’時間経過した時点で溶鋼から採取される試料での非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)である。
【0016】
工程1:カルシウムの添加された溶鋼から採取された試料の鏡面研磨面の20mm2以上を測定対象領域として粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡で観察し、粒径が1μm以上の非金属介在物を検出し、検出された各非金属介在物をEDS(エネルギー分散型X線分析装置)によって組成分析する工程。
【0017】
工程2:EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(2)式、(3)式、(4)式によって個々の非金属介在物のCaO分率(質量%)を算出する工程。
MnSとしてのS分率(質量%)=[Mn]×[S原子量]/[Mn原子量]…(2)
CaSとしてのCa分率(質量%)=([S]-[MnSとしてのS分率])×[Ca原子量]/[S原子量]…(3)
CaO分率(質量%)=([Ca]-[CaSとしてのCa分率])×[CaO原子量]/[Ca原子量]…(4)
但し、(2)式における[Mn]は、EDSによる非金属介在物中のマンガン分析値(質量%)、(3)式における[S]は、EDSによる非金属介在物中の硫黄分析値(質量%)、(4)式における[Ca]は、EDSによる非金属介在物中のカルシウム分析値(質量%)である。
【0018】
工程3:EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(5)式によって個々の非金属介在物のAl23分率(質量%)を算出する工程。
Al2O3分率(質量%)=[Al]×[Al2O3原子量]/[2×Al原子量]…(5)
但し、(5)式における[Al]は、EDSによる非金属介在物中のアルミニウム分析値(質量%)である。
【0019】
工程4:(2)式〜(4)式によって算出されるCaO分率と(5)式によって算出されるAl23分率とから、個々の非金属介在物のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))を求める工程。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、カルシウム添加鋼を製造するにあたり、溶鋼中の非金属介在物の組成に基づいてカルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間を設定するので、カルシウム添加による非金属介在物の形態制御を十分に行いつつ、カルシウム添加から鋳造開始までの時間を過大に長くすることなく、適切に設定することが可能となり、鋼材の品質向上のみならず生産性の向上が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】RH真空脱ガス装置の脱ガス精錬終了時に採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図2】カルシウム添加後10分間経過した時点で採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図3】カルシウム添加後20分間経過した時点で採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図4】カルシウム添加後30分間経過した時点で採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図5】RH真空脱ガス装置の脱ガス精錬終了時に採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図6】カルシウム添加直後に採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図7】タンディッシュ内溶鋼から採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図8】鋳造終了後の鋳片から採取した試料における非金属介在物組成の分析結果を示す図である。
図9】非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の平均値の推移を調査した結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明を詳細に説明する。先ず、本発明に到った経緯について説明する。
【0023】
本発明者らは、カルシウム添加後の溶鋼中の非金属介在物の生成状態を調査するために、RH真空脱ガス装置での脱ガス精錬終了後の取鍋内溶鋼から試料を採取するとともに、その後のカルシウム添加設備でのカルシウム添加後の取鍋内溶鋼から試料を採取し、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡による観察及び組成分析を実施した。その際、カルシウム添加後の溶鋼中において進行する非金属介在物の組成・状態変化も調査するために、試料はカルシウム添加後の取鍋内溶鋼から数分間隔で採取した。
【0024】
溶鋼から採取した試料を適切なサイズに切断し、その後、表面を鏡面研磨し、走査型電子顕微鏡での観察・分析に供した。溶鋼から数分間隔で採取した試料を調査した結果、観察される非金属介在物に関して以下の傾向が認められた。
【0025】
1点目は、脱ガス精錬終了直後に確認される鋼中の非金属介在物がほとんどAl23(アルミナ)のみであるのに対し、カルシウム添加後の試料では、カルシウム添加後5分の試料であってもAl23単体の非金属介在物はほとんど確認されず、カルシウムを含有するものが大半であった。2点目は、いずれの試料中においてもCaSの単体は確認できず、特にカルシウム添加後5〜10分後の試料については数十視野に及ぶ観察を行っても全く確認できなかった。
【0026】
これらの現象をより定量的に評価するために、各試料について20mm2以上の領域を対象として、走査型電子顕微鏡による非金属介在物の組成調査を行った。EDS(エネルギー分散型X線分析装置)による個々の非金属介在物組成の分析結果について、硫黄はMnS及びCaS、カルシウムはCaS及びCaO、アルミニウムはAl23からなるとして、化学量論値に基づいた組成分布状態の評価を行った。
【0027】
調査結果の一例を図1〜4に示す。図1は、RH真空脱ガス装置の脱ガス精錬終了時に取鍋内溶鋼から採取した試料、図2は、カルシウム添加後10分間経過した時点で取鍋内溶鋼から採取した試料、図3は、カルシウム添加後20分間経過した時点で取鍋内溶鋼から採取した試料、図4は、カルシウム添加後30分間経過した時点で取鍋内溶鋼から採取した試料における調査結果である。これらの調査結果から、カルシウム添加後5〜10分間程度の比較的短時間内に一定組成のCaO・Al23系非金属介在物が形成していること、及び、カルシウム添加後20〜30分経過した後に硫化物の形成が進行することが確認できた。
【0028】
また、硫化物の生成状態を確認したところ、その多くはCaO・Al23化合物の酸素が一部硫黄に置換される形態であり、一部には、CaOの酸素が硫黄に置換されたと考えられる形態の硫化物形成も確認できた。測定されたCaO・Al23系非金属介在物については、粒子内での相分離は確認されず、概ね均一な組成のCaO・Al23化合物が形成されているものと判断された。
【0029】
これらの現象は、多少の時間の差はあったものの、調査した全てのチャージについて共通して起こっていたことから、実際の製鋼プロセスにおいて起こっている一般的な反応であると考えられた。
【0030】
鋼材でのMnS形成による耐水素誘起割れ特性の劣化を抑制する必要があることから、CaSの形成については、更に、連続鋳造設備のタンディッシュ以降での形成状況についても調査した。具体的には、RH真空脱ガス装置の脱ガス精錬終了時に取鍋内溶鋼から採取した試料、カルシウム添加直後に取鍋内溶鋼から採取した試料、タンディッシュ注入開始後20分間経過した時点でタンディッシュ内溶鋼から採取した試料、鋳造終了後の鋳片から採取した試料において、非金属介在物生成状態の経時変化を同一チャージで比較・調査した。
【0031】
調査結果を図5〜8に示す。図5は、RH真空脱ガス装置の脱ガス精錬終了時に溶鋼から採取した試料、図6は、カルシウム添加直後に溶鋼から採取した試料、図7は、タンディッシュ内溶鋼から採取した試料、図8は、鋳造終了後の鋳片から採取した試料における調査結果である。
【0032】
図5〜8に示すように、カルシウム添加後80分間以上が経過したタンディッシュ内においても硫化物の形成はあまり進行していないのに対し、鋳片では硫黄含有率の高い非金属介在物が急激に増加していることがわかった。別のチャージについても調査を行ったが、多少の違いはあるにせよ、硫化物の形成は主として鋳造工程以降で進行することが確認された。
【0033】
これは、カルシウム添加後の溶鋼を長時間保持しても、硫化物形成の進行はあまり期待できないことを示している。逆に、カルシウム添加終了から鋳造開始までの時間(リードタイム)を設定するにあたり、CaSの生成は考慮する必要がないことが確認できた。
【0034】
カルシウム添加量などの製造条件に応じてCaO系非金属介在物の浮上分離に必要な所用時間が異なってくる可能性があるので、各チャージの製造条件を確認する必要はあるが、少なくとも調査した範囲内において、カルシウム添加後40分間以上の浮上分離時間が必要と考えられるケースは見あたらず、むしろカルシウム添加の過不足により品質の良否が決定しているものと考えられた。
【0035】
以上の結果から、耐水素誘起割れ特性に影響すると考えられる非金属介在物の生成状態を、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡を利用して調査し、この調査の結果として得られる非金属介在物の生成状態から、製鋼操業条件、とりわけ生産性に直結する、カルシウム添加終了から鋳造開始までの適切なリードタイムを決定できることを見出した。
【0036】
具体的な適正リードタイムを見積もる方法としては、次のような方法がある。例えば、非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)を、カルシウム添加終了からの経過時間に対してプロットし、これらが経過時間に対して定常状態になったとみなせる時間をリードタイムと設定する方法である。
【0037】
この方法におけるパラメータ(閾値)の精度については披検面積にも依存するので一概には決められないが、披検面積を20mm2程度とした場合、CaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))に関し、3分間以上の間隔で溶鋼から採取される2つの試料において、時間経過の少ない方の試料でのCaOとAl23との比に対する、時間経過の多い方の試料でのCaOとAl23との比の割合が概ね1.2程度以内となった場合を、誤差範囲内で、定常状態になったとみなすことができる。
【0038】
本発明は、上記知見に基づくものであり、本発明に係るカルシウム添加鋼の製造方法は、取鍋に収容された溶鋼へのカルシウム添加が終了した後、3分間以上の間隔で取鍋内の溶鋼から採取される2つの試料において、それぞれの試料での、非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)が下記の(1)式を満足するようになった以降に、溶鋼の連続鋳造設備での鋳造を開始することを必須とする。
【0039】
0.8<I(t1’)/I(t1)<1.2…(1)
但し、(1)式において、I(t1)は、カルシウム添加後t1時間経過した時点で溶鋼から採取される試料での非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)、I(t1’)は、t1時間から更に3分間以上経過した時点である、カルシウム添加後t1’時間経過した時点で溶鋼から採取される試料での非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(平均値または中央値)である。尚、(1)式は、I(t1’)/I(t1)の下限値として「0.8超え」を規定しているが、カルシウム添加による非金属介在物の組成変化から判断すると、一般的には、I(t1’)/I(t1)は1.0程度に収束すると考えられ、「0.8超え」はその範囲内の数値であるという意味である。
【0040】
ここで、溶鋼から採取される試料での非金属介在物中の比((質量%CaO)/(質量%Al23))は下記の工程1〜4によって求める。
【0041】
工程1:カルシウムの添加された溶鋼から採取された試料の鏡面研磨面の20mm2以上を測定対象領域として粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡で観察し、粒径が1μm以上の非金属介在物を検出し、検出された各非金属介在物をEDS(エネルギー分散型X線分析装置)によって組成分析する。
【0042】
ここで、カルシウム添加鋼の耐水素誘起割れ特性を決定するのに重要な非金属介在物中の元素は、硫黄、酸素、カルシウム、アルミニウム、マンガンなどであり、EDSによる非金属介在物の組成分析では、酸素を除き、これら元素について定量分析する。
【0043】
尚、本発明者らは、カルシウム添加鋼に含有される非金属介在物においては、マンガンはMnSとして存在し、カルシウムはCaS及びCaOとして存在し、アルミニウムはAl23として存在することを確認している。したがって、この知見に基づく化学量論比を適用した計算方法により、EDSによる非金属介在物の組成分析結果を解析し、個々の非金属介在物中の組成を求める。
【0044】
本発明において、検査対象とする鏡面研磨面を20mm2以上とする理由は、測定面積が広いほど、測定対象粒子数が増えて評価精度は向上するが、測定に要する時間が長くなり、今回の検査結果から、およそ20mm2以上の鏡面研磨面を測定領域とすることで再現性の良い結果が得られることを確認している。
【0045】
また、粒径が1μm以上の非金属介在物を対象とする理由は、余り小さい粒子を対象にすると、観察倍率を高くしなければならないことに加え、試料表面状態の僅かな違いを反映した非金属介在物以外の情報も抽出してしまう可能性があり、大幅な時間の増大や評価精度の劣化に繋がる。一方、例えば粒径10μm以上を対象とした場合には、測定対象となる粒子数が少なくなり過ぎることから、全体的な非金属介在物組成を反映しない可能性がある。また、走査型電子顕微鏡のEDS組成分析では、加速電圧が15kV程度であっても、せいぜい表層から1μm程度の深さの情報しか得られないので、粒径10μm以上を対象とした場合には、例えば中心部と周囲部とで組成が異なる複合非金属介在物では、中心部の組成を評価できない可能性がある。つまり、対象とする非金属介在物の大きさを大きくし過ぎると、非金属介在物の組成を正確に把握できなくなる虞がある。これらをふまえ、粒径が1μm以上の非金属介在物を対象としている。
【0046】
工程2:EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(2)式、(3)式、(4)式によって個々の非金属介在物のCaO分率(質量%)を算出する。
【0047】
MnSとしてのS分率(質量%)=[Mn]×[S原子量]/[Mn原子量]…(2)
CaSとしてのCa分率(質量%)=([S]-[MnSとしてのS分率])×[Ca原子量]/[S原子量]…(3)
CaO分率(質量%)=([Ca]-[CaSとしてのCa分率])×[CaO原子量]/[Ca原子量]…(4)
但し、(2)式における[Mn]は、EDSによる非金属介在物中のマンガン分析値(質量%)、(3)式における[S]は、EDSによる非金属介在物中の硫黄分析値(質量%)、(4)式における[Ca]は、EDSによる非金属介在物中のカルシウム分析値(質量%)である。
【0048】
工程3:EDSによる組成分析結果に基づき、下記の(5)式によって個々の非金属介在物のAl23分率(質量%)を算出する。
【0049】
Al2O3分率(質量%)=[Al]×[Al2O3原子量]/[2×Al原子量]…(5)
但し、(5)式における[Al]は、EDSによる非金属介在物中のアルミニウム分析値(質量%)である。
【0050】
工程4:(2)式〜(4)式によって算出されるCaO分率と(5)式によって算出されるAl23分率とから、個々の非金属介在物のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))を求める。
【0051】
本発明を適用する場合、それぞれのチャージで取鍋内の溶鋼から試料を採取し、それぞれの試料の非金属介在物を、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡で調査し、上記(1)式を満足するようになったことを確認し、確認した以降に、その溶鋼の連続鋳造設備での鋳造を開始することも実施可能であるが、非金属介在物の定量には相当の時間を要することから、予め、実機において(1)式を満足するt1’時間を求めておき、これに基づいて、カルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間(リードタイム)を決めることが望ましい。この場合、カルシウム添加後の溶鋼中カルシウム濃度、溶鋼温度、溶鋼質量などを条件として、条件別にt1’時間を求めておくことが望ましい。
【0052】
カルシウムの添加量は、カルシウム添加前の溶鋼中の硫黄濃度及び溶鋼中のAl23系非金属介在物の濃度によって規定されるものであり、その場合に、生成される非金属介在物のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))が1.0近傍となるように、カルシウムの添加量を設定することが好ましい。
【0053】
これは、CaO−Al23の2元状態図において、比((質量%CaO)/(質量%Al23))が1.0の近傍に、融点を約1455℃とする12CaO・7Al23(CaO=48.5質量%、Al23=51.5質量%、比((質量%CaO)/(質量%Al23))=0.94)の低融点化合物が存在し、この化合物が溶鋼中に形成された場合には、溶鋼中では液体状態であることから、溶鋼からの浮上分離が促進されてカルシウム添加鋼の清浄性が向上する。カルシウムの添加量が過多の場合は、比((質量%CaO)/(質量%Al23))は1.0を超えて大きくなり、カルシウムの添加量が過小の場合は、比((質量%CaO)/(質量%Al23))は1.0未満で小さくなる。
【0054】
尚、非金属介在物の調査を行うなかで、カルシウム添加後30分間ないし40分間程度経過した以降で、再び比((質量%CaO)/(質量%Al23))の上昇が確認される場合があった。この原因については調査を継続中であるが、推定原因としては、添加されたカルシウムのうち、速やかにCaO・Al23化合物を形成しないものの一部は溶存カルシウムとして溶鋼中に残存し、時間の経過に伴って大気中の酸素と反応したことによる結果と考えられる。前述したように、RH真空脱ガス装置での脱ガス精錬終了時点で存在するAl23に対する改質効果、及び鋳造工程以降で進行するCaS形成を阻害しないためには、カルシウム添加後のリードタイムを必要以上に長く設定しないことが好ましく、非金属介在物の比((質量%CaO)/(質量%Al23))が、一旦、定常状態となる時点をリードタイムと設定するのが望ましいと考えられる。
【0055】
以上説明したように、本発明によれば、カルシウム添加鋼を製造するにあたり、溶鋼中の非金属介在物の組成に基づいてカルシウム添加から連続鋳造設備での鋳造開始までの時間を設定するので、カルシウム添加による非金属介在物の形態制御を十分に行いつつ、カルシウム添加から鋳造開始までの時間を過大に長くすることなく、適切に設定することが可能となり、鋼材の品質向上のみならず生産性の向上が実現される。
【実施例】
【0056】
転炉での酸素吹錬、取鍋精錬炉での脱硫、及びRH真空脱ガス装置での真空脱ガス精錬を施して溶製した250トンの溶鋼に対して、カルシウム添加設備にて、厚み0.05mmの鉄シース内にCa−Si合金を充填した鉄被覆カルシウム合金ワイヤーの適正量を、ワイヤーフィーーダー法によって適正速度で溶鋼中に供給・添加した。カルシウム添加前及び添加後の溶鋼(添加終了〜添加終了後40分経過後)から試料を採取し、採取した試料について、粒子解析機能を有する走査型電子顕微鏡を用いて非金属介在物の組成を測定した。
【0057】
図9に、硫黄濃度が0.002質量%以下で、カルシウムを0.0005〜0.005質量%の範囲で含有する250トンの3チャージの溶鋼から採取した試料において、前記工程1〜4によって定まる非金属介在物中のCaOとAl23との比((質量%CaO)/(質量%Al23))の代表値(ここでは平均値)の推移の調査結果を示す。図9は、横軸をカルシウム添加後の経過時間とし、縦軸を比((質量%CaO)/(質量%Al23))の平均値としている。横軸の「経過時間=ゼロ」のデータは、カルシウム添加前の溶鋼での調査結果であり、この時点における比((質量%CaO)/(質量%Al23))の平均値を基準(=1.0)として、データを相対的に整理している。
【0058】
図9に示すように、カルシウム添加後10分間程度経過すると、非金属介在物の組成はほぼ一定の組成になることがわかった。同様に、20チャージの溶鋼について、カルシウム添加後の溶鋼での非金属介在物の挙動を調査した結果、いずれのチャージでも同様の現象が起こっており、非金属介在物の形態制御の観点からは、カルシウム添加後に必要な静置時間は長くても20分程度であることがわかった。
【0059】
同一チャージについて、タンディッシュ及び鋳片においての非金属介在物生成状態も調査したが、図5〜8で得られた結果と同様に、CaSの形成は鋳造以降の工程で起こっており、この調査結果から、CaS形成のために静置時間を考慮する必要はないものと判断できた。
【0060】
以上の知見より、従来、60分間以上確保していたリードタイムについて、20〜30分間で十分であることが確認できた。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9