【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は、上記の課題に応えるべく、すぐれた硬さと耐熱性を備え、高負荷による塑性変形の発生を抑制するとともに長期の使用に亘ってすぐれた耐摩耗性を発揮する被覆超硬工具について鋭意研究したところ、次のような知見を得たのである。
【0006】
すなわち、上記従来の被覆超硬工具は、被覆超硬合金の硬質被覆層の剥離防止と耐摩耗性の改善を重視しているが、ビード取り加工等のような切れ刃に対して変動する衝撃的高負荷が不規則に作用する厳しい切削条件で用いられる被覆超硬工具では、硬質被覆層の特性に加えて、超硬合金からなる工具基体自体の特性を改善することが望まれる。
本発明者らは、工具基体自体の特性改善について研究したところ、超硬合金からなる工具基体を焼結によって作製するにあたり、通常の焼結工程に先立って、特定の酸素担持処理を施しておくことにより、工具基体の表面或いは表面近傍において、超硬合金の結合相中へのW固溶量を増加することができ、これによって、結合相の固溶強化が図られることにより、被覆超硬工具の硬さの低下を招くことなく耐塑性変形性を高められることを見出したのである。
【0007】
本発明は、上記知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 硬質相成分としてWCを含有し、結合相形成成分としてCoを5〜15質量%含有するWC基超硬合金からなる工具基体表面に、硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆超硬合金製切削工具であって、
上記工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域における結合相中に固溶する平均固溶W量をC
W、200μmを超える深さの内部領域における結合相中に固溶する平均固溶W量をC
W0とし、また、上記工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域における平均炭素量をC
C、200μmを超える深さの内部領域における平均炭素量をC
C0としたときに、
質量%で表したC
W、C
W0、C
CおよびC
C0がそれぞれ、
C
W/C
W0≧1.03、
C
C/C
C0≦0.97 、
の関係を満足する固溶W濃度分布、炭素濃度分布を示すことを特徴とする表面被覆超硬合金製切削工具。
(2) WC基超硬合金の硬質相成分として、Ti、Zr、Ta、Nbの内から選ばれる1種または2種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物をさらに含有することを特徴とする前記(1)に記載の表面被覆超硬合金製切削工具。
(3) 硬質被覆層がTiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物、炭窒酸化物のうちの1種または2種以上からなるTi化合物層、または、Al
2O
3層の単層、または、上記Ti化合物層とAl
2O
3層との複層からなることを特徴とする前記(1)または(2)に記載の表面被覆超硬合金製切削工具。」
を特徴とするものである。
【0008】
本発明の構成について、以下に説明する。
【0009】
本発明の被覆超硬工具の工具基体であるWC基超硬合金は、結合相形成成分として、少なくともCoを5〜15質量%含有する。
Co成分には、結合相を形成して基体の強度および靭性を向上させる作用があるが、WC基超硬合金中の平均Co含有量が5質量%未満では、靭性が不十分であり、一方、平均Co含有量が15質量%を越えると、塑性変形が起り易くなって、偏摩耗の進行が促進されるようになることから、WC基超硬合金中の平均Co含有量は5〜15質量%と定めた。
【0010】
また、本発明の被覆超硬工具の工具基体であるWC基超硬合金は、硬質相成分の主体としてWCを含有する。
W成分は、基本的には、超硬合金中において、WCとしての硬質相を形成し、耐摩耗性向上に寄与するが、一部は、結合相形成成分であるCo中に固溶し、結合相を固溶強化し、耐塑性変形性を高める。また、耐熱衝撃性、耐熱亀裂性等を高める作用もあり、さらに、結合相の熱伝導性を高めることにより、耐熱塑性変形性を高める作用も有する。
本発明の被覆超硬工具は、結合相であるCoへのWの固溶量を従来よりもさらに増加させることによって、結合相のより一層の固溶強化を図り、これによって、ビード取り加工のような切れ刃に対して変動する高負荷が不規則に作用する切削加工においても、すぐれた耐塑性変形性と耐摩耗性を発揮する被覆超硬工具を得ることができる。
【0011】
本発明の被覆超硬工具の工具基体であるWC基超硬合金は、硬質相としてWCの他に、Ti、Zr、Ta、Nbの内から選ばれる1種または2種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物をさらに含有することができる。
上記硬質相成分の添加は、母材強度、高温硬度、耐摩耗性の向上に効果があるが、上記Ti、Zr、Ta、Nbの内から選ばれる1種または2種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物を多量に含有した場合には、強度低下を招く恐れがあるので、これらの成分の合計含有量は5質量%以下とすることが望ましい。
【0012】
本発明のWC基超硬合金からなる工具基体の耐塑性変形性を改善するために、工具基体の表面近傍、即ち、工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域、より望ましくは、工具基体の表面から10μm〜100μmの深さ領域、における結合相中に固溶するWの量を、工具基体全体に含有されるWの平均含有量よりも高くする。
図1に示すように、工具基体の表面近傍、即ち、工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域(より望ましくは、工具基体の表面から10μm〜100μmの深さ領域)、における結合相中に固溶するWの平均固溶量をC
Wとし、工具基体の表面から200μmを超える深さの内部領域において結合相中に固溶するWの平均固溶量をC
W0とした場合、C
Wの値がC
W0の値の1.03倍以上となるような固溶Wの濃度分布を形成する(なお、C
W、C
W0は何れも質量%である)。
ここで、C
Wの値がC
W0の値の1.03倍未満である場合には、工具基体表面近傍における結合相の固溶強化が十分ではなく、耐塑性変形性向上の効果が少ない。
また、上記C
W/C
W0≧1.03を満足する深さ領域についていえば、工具基体の表面から5μm未満の領域でC
W/C
W0≧1.03である場合には、工具基体の耐塑性変形性を高めるという所望の効果を得ることができず、一方、工具基体の表面から200μmを超える深さ領域でC
W/C
W0≧1.03である場合には、靭性と耐塑性変形性の双方の特性を高めることができなくなることから、固溶WのC
W/C
W0≧1.03という濃度分布は、工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域、より望ましくは、工具基体の表面から10μm〜100μmの深さ領域、で形成することが必要である。
【0013】
上記の如くC
Wの値がC
W0の値の1.03倍以上となる固溶Wの濃度分布を実現するためには、例えば、WC基超硬合金を焼結で作製するにあたり、(本)焼結に先立って、特定の条件で固相焼成と酸素担持処理(何れについても後記する)を行うことによって、本発明で規定する固溶Wの濃度分布を形成することができる。
つまり、固相焼成、酸素担持処理後に焼結を行った場合、WC基超硬合金中の硬質相成分である各種炭化物(例えば、WC)からの脱炭(脱C)が生じ、その結果、結合相中へのWの固溶が促進され、工具基体表面近傍における結合相の量が増加することによって、C
Wの値がC
W0の値の1.03倍以上となる固溶Wの濃度分布を形成することができる。
ところで、このような固溶Wの濃度分布が形成された場合、
図1に示すように、工具基体表面近傍(即ち、工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域、より望ましくは、工具基体の表面から10μm〜100μmの深さ領域)における炭素含有量(C含有量)をC
C、また、工具基体の表面から200μmを超える深さの内部領域における炭素含有量(C含有量)をC
C0とした場合、C
C/C
C0≦0.97を満足する炭素(C)濃度分布が形成される。
なお、仮に、C
C/C
C0の値が0.97を超えるような場合には、工具基体表面近傍における脱炭(脱C)が不十分であるため、結合相中へのWの固溶の増加も十分ではなく、C
W/C
W0≧1.03が満足される固溶Wの濃度分布が形成されないために、すぐれた耐塑性変形性を発揮することができない。
したがって、WC基超硬合金中の炭素含有量(C含有量)に着目した場合、工具基体表面近傍におけるC
C/C
C0の値は0.97以下を満足する炭素(C)濃度分布を形成することが必要である。
【0014】
本発明の被覆超硬工具は、例えば、以下の製造法により製造することができる。
(a)まず、いずれも平均粒径1〜3μmのWC粉末、Co粉末、および、Ti、Ta、Zr、Nbの内から選ばれる1種または2種以上の炭化物、窒化物および炭窒化物の粉末を用意し、所定の配合組成に配合し、ボールミル混合し、乾燥後、所定形状の圧粉体にプレス成形し、この成形体を、液相出現温度以下、例えば、1100℃まで5℃/minの昇温速度で昇温し、所定時間保持し、固相焼結の作用により、成形体内部に存在する空隙を徐々に分断し、気孔を塞ぐ(以下、「固相焼成」という)。
(b)次いで、加熱した成形体を一旦冷却し、例えば、200℃の酸化雰囲気中(例えば、全圧700Paで、Ar(5L/min)+O
2(1L/min))にて、1時間の処理を行い、成形体表面と表面直下の多硬質領域に酸素を担持させる(以下、「酸素担持処理」という)。
(c)次いで、上記の成形体に、WC基超硬合金の一般的な焼結を施すこと(例えば、真空中、1500℃での焼結)により、緻密な焼結体からなる本発明の工具基体を得る(以下、「本焼結」という)。
(d)次いで、上記焼結体からなる工具基体を、通常の成膜装置(化学蒸着装置、物理蒸着装置)に装入し、通常条件で、所定の硬質被覆層を蒸着形成することにより、本発明の被覆超硬工具、即ち、工具基体表面近傍に所定の固溶W濃度分布、炭素濃度分布が形成され、ビード取り加工のような切れ刃に対して変動する高負荷が不規則に作用する切削加工においても、すぐれた耐塑性変形性と耐摩耗性を発揮する被覆超硬工具を製造することができる。
【0015】
上記の製造法において、工程(a)は固相焼成、(b)は酸素担持処理であり、また、工程(c)は焼結であるが、工程(b)において、固相焼成を行った成形体の表面近傍(成形体表面と表面直下の多硬質領域)に坦持されていた酸素が、工程(c)における焼結時の昇温とともに、超硬合金中の酸素と結合し、一酸化炭素ガスとして離脱し、その結果、焼結体の表面近傍では炭素量が低下し、その一方、結合相へのW固溶が促進され、表面近傍の固溶Wが増加する。
このようにして、本発明の超硬合金からなる工具基体においては、
C
W/C
W0≧1.03、
C
C/C
C0≦0.97、
という固溶W濃度分布、炭素濃度分布が、工具基体の表面近傍(工具基体の表面から5μm〜200μmの深さ領域(より望ましくは、工具基体の表面から10μm〜100μmの深さ領域))で形成され、該領域における結合相の固溶強化が図られ、耐塑性変形性が向上する。
なお、工具基体の表面近傍における平均固溶W量C
Wは、上記工程(b)における酸化雰囲気、酸素担持処理時間によって調整することができ、また、上記C
W/C
W0≧1.03、C
C/C
C0≦0.97という濃度分布が形成される領域の深さ(工具基体表面からの深さ方向の位置)は、上記工程(a)における処理温度、処理時間等によって調整することができる。
【0016】
本発明では、工具基体表面に、例えば、Ti化合物層の単層、または、Al
2O
3層の単層、または、Ti化合物層とAl
2O
3層との複層等からなる硬質被覆層を、例えば、3〜20μmの平均層厚で蒸着形成することができる。
なお、Ti化合物層とは、当業者に広く知られているように、Tiの炭化物、窒化物、炭窒化物、炭酸化物、炭窒酸化物のうちの1層または2層以上からなる層をいう。
また、硬質被覆層の平均層厚が3μm未満では、長期の使用にわたって、耐摩耗性を発揮することができず、一方、その平均層厚が20μmを超えると、変動する高負荷が切れ刃に不規則に作用する切削条件では、チッピング、欠損を発生しやすくなるので、硬質被覆層の平均層厚は3〜20μmとすることが望ましい。