【文献】
Colloids and Surfaces A: Physicochemical and Engineering Aspects,2008年,Vol. 331,p. 103-107
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0011】
カスパーゼ14は、上述のとおり、皮膚の表皮角化細胞に存在する。表皮角化細胞は、ヒトの場合、皮膚表皮を構成する細胞の約95%を占め、最深から基底層、有棘層、顆粒層、角質層の4層から成る。該角化細胞は基底層で生まれ、次第に分化を繰り返し、有棘層、次いで顆粒層を通り、最終的には角質層に至り、角片となって皮膚から脱落する。
【0012】
カスパーゼ14は、定常状態では、角化細胞によって構成された基底層に前駆(プロ)体として局在する。従って、角化細胞中のプロカスパーゼ14の発現を促進すれば、カスパーゼ14を増やすことができる。プロカスパーゼ14の切断によるカスパーゼ14の活性化は表皮分化の後期段階で観察される。カスパーゼ14は、皮膚の保湿に関与する構造タンパク質であるフィラグリンの前駆体を分解する。該分解により遊離されたフィラグリンは、角質細胞の細胞質内でケラチン線維を凝集させたのち、角層上層でアミノ酸などに分解されるが、これらは保水機能、紫外線吸収能をもつので天然保湿因子と呼ばれ、角質層のバリア機能、水分保湿機能を維持する。
【0013】
本発明のカスパーゼ14合成促進剤は、スフィンゴイド類及びN−アセチルスフィンゴシン類からなる群より選ばれる少なくとも一種の化合物を有効成分とする。該スフィンゴイド類は、スフィンゴ脂質の長鎖塩基部分、即ち、炭素数16〜20の長鎖アミノアルコールを指し、スフィンゴイド塩基類と同義である。通常、スフィンゴイドはC4位でトランス2重結合をもっている。該スフィンゴイドの例には、以下のものが包含され、これらの2種類の混合物であってもよい。
(1)C4位に二重結合があるC18長鎖脂肪鎖をもつスフィンゴシンもしくはスフィンゲニン:
【化1】
(2)スフィンゴシンの二重結合が飽和した分子であるスフィンガニンもしくはジヒドロスフィンゴシン:
【化2】
(3)スフィンゴシンの二重結合がモノヒドロキシル化されたフィトスフィンゴシン:
【化3】
(4)スフィンゴシンがC8位で脱水素された4,8−スフィンガジエニン:
【化4】
(5)フィトスフィンゴシンがC8位で脱水素された4−ヒドロキシ−8−スフィンゲニン:
【化5】
【0014】
これらのうち、フィトスフィンゴシン、スフィンゴシン、及びスフィンガニンが好ましく、特にフィトスフィンゴシンが好ましい。
【0015】
スフィンゴイドは、スフィンゴ脂質を動植物からアルカリ加水分解を行う方法、もしくはアルカリ性アルコール溶液で抽出した後、クロロホルム−メタノール混液を用いてシリカゲルによる精製を行う方法等によって得ることができる。或いは、例えば特開平7−258178号に記載されている化学合成によって得ることもできる。また、市販されているものを使用してもよい。
【0016】
本発明において、N−アセチルスフィンゴシン類は、スフィンゴイドのアミノ基がアシル化されたN−アシルスフィンゴシンのうちの、アシル基がアセチル基である化合物である。N−アシルスフィンゴシンは、一般的にセラミドともよばれる。該N−アセチルスフィンゴシンとして、以下の式(6)で表されるC
2−セラミドが例示される:
【化6】
【0017】
N−アセチルスフィンゴシン類は、スフィンゴ脂質を動植物からアルカリ加水分解を行う方法、もしくはアルカリ性アルコール溶液で抽出した後、クロロホルム−メタノール混液を用いてシリカゲルによる精製を行う方法等によって得ることができる。或いは、化学合成によって得ることができる。また、市販されているものを使用してもよい。
【0018】
本発明のカスパーゼ14合成促進剤は、薬学上許容される担体を含んでいてもよい。該担体としては、賦形剤、結合剤、溶剤、溶解補助剤等が挙げられる。更に必要に応じ、通常の防腐剤、抗酸化剤等の添加物を適宜用いてもよい。賦形剤としては、糖デンプン、コーンスターチ等が、結合剤としては、例えばセルロース類、デキストリン等が挙げられる。溶剤としては、アルコール類、油脂類、植物油等が挙げられ、なかでも、植物油、例えば、マカデミアナッツ油、オリーブ油、トウモロコシ油等が好ましい。また、これらの植物油を用いる際に、溶解補助剤として、フィトステロール等を配合してもよい。
【0019】
該カスパーゼ14合成促進剤の処方については、以下、皮膚外用剤への適用を例として示す。即ち、本発明は、該カスパーゼ14合成促進剤を薬効成分として含む、皮膚外用剤にも関する。該皮膚外用剤は、該カスパーゼ14合成促進剤を0.1〜20μMの濃度で含む。カスパーゼ14合成促進剤の量が、前記下限値未満では、満足の行く効果が得られず、前記上限値を超えて配合すると、後述する実施例で示すように、合成促進効果が弱くなる。好ましくは皮膚外用剤中の該カスパーゼ14合成促進剤の濃度は、作用時間が短くて済む点で1μM以上であり、合成促進効率が高い点で15μM以下である。より好ましくは、該濃度は5〜15μMである。
【0020】
皮膚外用剤の基剤としては、通常の皮膚外用剤に使用されるものであれば、液状、半固形もしくはペースト状のいずれであってもよい。基材としては、オリーブ油、大豆油、ゴマ油、ツバキ油などの植物油、ワックス等の炭化水素類、油脂類、ロウ類、硬化油類、エステル類、脂肪酸類、高級アルコール類、シリコーン油類を使用することができる。
【0021】
また、水を含むエマルジョン形態としてもよく、その場合、乳化や可溶化等のために用いられる、アニオン性、カチオン性、両性及び非イオン性の界面活性剤を用いることができる。
【0022】
その他、本発明の効果を損なわない範囲で、通常、化粧料や医薬部外品、外用医薬品等の製剤に使用される成分、すなわち、ゲル化剤、粉体、アルコール類、水溶性高分子、皮膜形成剤、塩類、PH調整剤、キレート剤、植物抽出物、抗菌剤、血行促進剤、ビタミン類、防腐剤、香料等を加えることができる。
【0023】
該皮膚外用剤の製品形態としては、液状、エマルジョン状、又はペースト状、さらにはパップ剤等の形態であってよく、また、化粧水、乳液及びクレーム等の化粧料、軟膏等の外用医薬品であってよい。
【0024】
以下、本発明を実施例により説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0025】
[実施例]
I.実施例において、以下の細胞、及び細胞培養法を用いた。
(1)細胞
ヒト角化細胞株HaCaT細胞はGerman Cancer Research Center (Eppelheim、 Germany)より購入した(Boukamp et al: “Normal keratinization in a spontaneously immortalized aneuploid human keratinocyte cell line.” J. Cell Biol. 106:761-771 (1988))。
(2)細胞培養
細胞培地として、3.5 μL/Lの2-メルカプトエタノール(和光純薬)、10 mL/Lのストレプトマイシン−ペニシリン(×100)溶液(和光純薬)、10 % ウシ胎仔血清 (Valley Biomedical)を含むDMEM (Dulbecco Modified Eagle Medium) (日本製薬株式会社)培地を用いて、上記細胞をシャーレにまき、37 ℃、5 % CO
2インキュベーター(ESPEC)内で培養した。
【0026】
II.以下に示すMTT法により、スフィンゴイド類の細胞傷害性を調べた。
<MTT法>
1.0×10
4 cellsのHaCaT細胞を80 μLずつ96穴マイクロプレートにまき、HaCaT細胞が接着するように一晩インキュベーションさせた。インキュベーション後、終濃度が、各々、0、5、15、25μMになるように、フィトスフィンゴシン(PHS)、スフィンゴシン(SPH)、スフィンガニン(SPG)、C
2-セラミド(Cer)を溶解した有機溶媒をそれぞれ20μL添加した。作用時間は24、48、72時間とし、37℃のCO
2インキュベーター内で作用させた後、測定1時間前にMTT溶液を10μLずつ各穴に添加し、さらに1時間インキュベートした。作用後、上清を捨て、DMSOを100μLずつ加え、マイクロプレートリーダーを用いて570nmの吸光度を測定することでミトコンドリアのNADH量を測定し、未添加コントロールのNADH量に対する試験群のNADH量の百分率を細胞生存率と定義した。
【0027】
上記試験の結果を
図1〜4に示す。これらの結果から、作用時間に拠らず、スフィンゴイド類又はN-アセチルスフィンゴシン類(以下、まとめて「スフィンゴイド類」という場合がある)の濃度が25μMで、生存率が急激に落ちることが分かった。この理由については不明であるが、スフィンゴイド類によりアポトーシスが誘導されたことによる可能性が示唆される。また、上記試験と別に、PHS、SPH、SPG、Cerについて、20μMの濃度で同上の試験を行ったところ、生存率が初期の30〜80%程度となり、25μMの場合の約2倍強であった。ここから、カスパーゼ合成促進剤の濃度は、20μM以下が好ましいことが分かった。
【実施例1】
【0028】
下記手順によるウェスタンブロッティング法により、スフィンゴイド類によるプロカスパーゼ14の発現性を調べた。
(i)細胞調製
HaCaT細胞を1.0×10
5 cells/mL に調製し、終濃度が0、5、15μMになるようにPHS、 SPH、 SPG、 Cerを溶解した有機溶媒を0、5、15μL添加し、37℃のCO
2インキュベーター内で24、48、72時間作用させた。その後、250 × gで 5 分間遠心して細胞回収後、沈澱をPBSで洗浄し、エッペンドルフチューブに移して、500 × gで3 分間遠心した。その後、上清を除き、Lysis buffer (50 mM HEPES、150 mM NaCl、 10 % グリセロール、1% Triton X-100 、1.5 mM MgCl
2 、1 mM EGTA、×100 プロテアーゼ阻害剤カクテル(Sigma製))を80μL加えて懸濁し、20 分間氷冷し、14000 × gで15 分間遠心することにより、上清を細胞溶解液として回収した。
(ii)タンパク定量
BSA標準液を0 、0.25 、0.5 mg/mLになるようLysis Bufferを用いて希釈し、また細胞調製で得た細胞溶解液をPierce BCA Protein Assay Reagentを用いて、マイクロプレートリーダーで570 nmの吸光度を測定した。BSA標準液の吸光度から検量線を作成し、タンパク濃度を1 mg/mLに調製した。
(iii)SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動
タンパク定量で調製したタンパク溶液20 μLとSample Application Buffer (10% ドデシル硫酸ナトリウム (SDS)、125 mM Tris-HCl、pH6.8、20 % グリセロール、ブロモフェノールブルー、10% 2-メルカプトエタノール)20 μLを混合し、ブロックインキュベーターを用いて100 ℃で3 分間インキュベートした。タンパク質の分離操作には、12 % SDSポリアクリルアミドゲルを用い、ゲルを泳動槽に固定し、Electrode Buffer (3 g/L Tris、14 g/L グリシン、1g/L SDS)を注いだ。ウェルに、サンプルおよび分子量マーカーを入れ、50 Vで30分間泳動を行い、その後100 Vで90 分間泳動を行った。
(iv)転写
泳動終了後、ゲルを取り出し、PVDF膜を用いて30分間転写を行った。
(v)一次抗体及び二次抗体反応
転写終了後、PVDF膜をスキムミルク(30%スキムミルク粉末、 0.1 % NaN
3)に浸し振盪機を用いて室温で60分間振盪し、ブロッキングを行った。その後、一次抗体液 (×1000倍 Caspase-14抗体 (Santa Cruz製)、または、×1000倍 β-actin 抗体(Cell Signaling製))を入れ、室温で一晩振盪させ、反応させた。洗浄後、二次抗体液(×2000倍Anti-rabbit IgG抗体(Cell Signaling製))を入れ、室温で1時間振盪しながら反応させた。反応後、洗浄した。
(vi)ECL反応
ECL Western Blotting Detection Reagentを用い、イメージアナライザー(Image Quant LAS4000)(富士フィルム製)にセットし、検出をした。
【0029】
イメージアナライザーで得られた結果を
図5及び
図6に示す。
図5から分かるように、PHS作用24 時間ではプロカスパーゼ-14の発現が見られなかったが、PHS 5 μMを48時間、 72時間作用させた場合にプロカスパーゼ14の発現が確認された。また、
図6に示すように、SPH、 SPG、Cerを作用させた場合においてもプロカスパーゼ14の発現が確認された。薬剤濃度3 μMでは、PHSの優れたプロカスパーゼ14発現効果が認められた。
【実施例2】
【0030】
以下のRT−PCR法により、スフィンゴイド類によるカスパーゼ14のmRNAの発現性を調べた。
(i)スフィンゴイド類(PHS 、SPH、 SPG、Cer)の添加
HaCaT細胞が1.0×10
5cells/mLになるように撒いた10 mLのシャーレを3つ用意し、各々、スフィンゴイド類を0μL(対照)、1μL、3μL添加し、48 時間インキュベートした。
【0031】
(ii)RNAの抽出
下記手順で、RNAを抽出した。
1)シャーレにTrizol (Invitrogen製)を加え、均一に懸濁させた。
2)0.2 mLのクロロホルムを加え、20秒間、ボルテックスミキサーで攪拌した。
3) 2〜3分放置し、12000×g、4℃で10分間遠心した。
4)上層を400μLマイクロピペットで新たなエッペンドルフチューブに移し、Trizolを500μL加えて、均一に懸濁させた。
5)0.2 mLのクロロホルムを加えて20秒間、ボルテックスミキサーで攪拌した。
6) 2〜3分放置し、12000×g、4℃で10分間遠心した。
7)上層の400μLを、マイクロピペットで採取して新たなエッペンドルフチューブに移し、500μLの2-プロパノールを加えてボルテックスミキサーで攪拌した後5分間静置した。
8)12000×g、4℃で10分間遠心し、上清を捨てた。
9)沈殿に1 mLの70%エタノールを加えて12000×g、4℃で10分間遠心した。
10)上清を捨て、20μLのmilliQ水を加えてよく均一に懸濁させた。
【0032】
(iii)RT−PCR法
下記手順で、RT-PCRを行った。主にタカラバイオ社のTaKaRa RNA PCR
TM Kit (AMV) Ver.3.0のプロトコルに従った。
1) 逆転写反応液[25 mM MgCl
2 (2μL)、逆転写バッファー(1μL)、milliQ 水(3.75μL)、1 mM dNTP混合液(1μL)、1 U/μL RNase阻害剤(0.25μL)、0.25 U/μL AMV 逆転写酵素 XL(0.5μL)、2.5 μM Oligo dT-アダプタープライマー(0.5μL)]を調製した。
2)PCRチューブに、上記(ii)で得られたRNA試料を1μLずつと、逆転写反応液を9μLずつ入れた。サーマルサイクラーに各PCRチューブをセットし、42℃、50 分→99℃、5分→5℃、5分でインキュベーションした。
3)逆転写中に反応液(5×PCRバッファー 10 μL、Milli Q水 27.75 μL、Ex Taq 0.25 μL、40 μM プライマー溶液 1.0μL)を調製し、各PCRチューブに加えた。このとき使用したプライマーは、内部標準としてのGAPDH、及びカスパーゼ14のための下記に示すものであった:
[カスパーゼ14 (NM_012114.2) (172bp)]
センス: 5’-AGGAGGAGCTTTCCTTCCAG-3’
アンチセンス: 5’-GCTAAGTTTTGGCTGGCTTG-3’
[GAPDH(NM_001256799.1) (365bp)]
センス: 5’-ATCATCAGCAATGCCTCCTG -3’
アンチセンス: 5’-CTGCTTCACCACCTTCTTGA-3’
4)10秒間フラッシュした。
5) チューブをサーマルサイクラーにセットし、94℃、30秒→60℃、30秒→72℃、2分を30サイクル行った。
6)5%アガロースゲルでアガロースゲル電気泳動を行い、バンドを確認した。結果を
図7に示す。
【0033】
図7から分かるように、各スフィンゴイドの濃度に拠らずGAPDHのmRNAが一定レベルで発現しているのに対し、カスパーゼ14のmRNAは、スフィンゴイドの濃度が高い程、高い発現レベルを示した。ここから、スフィンゴイドによって、カスパーゼ14の発現が促進されることが確認された。
【実施例3】
【0034】
Cerを含む皮膚外用剤を調製した。Cerが、50μMの濃度になるように、マカデミアナッツ油に溶解した。得られた油溶液を、蜜蝋:オリーブ油を重量比20:80で含む基剤に添加して、Cerが5μM で含まれる保湿用軟膏を調製した。被験者5人に、該軟膏の適量を、毎日一回、右手に塗布し、左手には何も塗布せずに、30日後に両手を比べて評価してもらったところ、5人のうち4人が、右手の皮膚が左手の皮膚に比べて、みずみずしさの点で改善されたと評価した。