【文献】
北条啓文、赤城宣明、澤山哲也、三谷宏幸,低鉄損圧粉磁心用粉末,R&D 神戸製鋼技報,日本,2010年 8月,Vol.60 No.2,79−83,URL,http://www.kobelco.co.jp/technology-review/pdf/60_2/079-083.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明者らは、水アトマイズ処理によって得られた軟磁性酸化鉄基粉末を還元熱処理した軟磁性鉄基粉末の保磁力を低減することによって、圧粉磁心の保磁力を小さくできる圧粉磁心用の軟磁性鉄基粉末を提供するために鋭意検討を重ねてきた。その結果、水アトマイズ処理によって得られた軟磁性酸化鉄基粉末を還元熱処理した軟磁性鉄基粉末は、部分的に焼結した複数の粒子が見掛け上一つの粒子として振舞う2次粒子の状態で存在しており、この状態が、結果的に、圧粉磁心の保磁力に悪影響を及ぼしていること、圧粉磁心の保磁力を低減するには、軟磁性鉄基粉末の平均粒子径を100μm以上としたうえで、軟磁性鉄基粉末の断面積と断面周囲長から算出される界面密度を所定値以下に制御すれば良いことを見出した。また、本発明者らは、圧粉磁心の断面に認められる軟磁性鉄基粉末を観察すると、該軟磁性鉄基粉末の内部には、同一軟磁性鉄基粉末における表面同士が接触して形成された表面由来の不連続粒子界面が観察されること、この不連続粒子界面の数密度は、圧粉磁心の保磁力と相関関係があり、不連続粒子界面の数密度が観察視野1mm
2あたり200本以下であれば、圧粉磁心の保磁力が低減され、磁気特性が向上することを見出し、本発明を完成した。以下、本発明について詳細に説明する。
【0025】
まず、本発明に係る軟磁性鉄基粉末について説明する。
【0026】
本発明では、軟磁性鉄基粉末の平均粒子径を100μm以上とする。即ち、圧粉磁心を、特に低周波(例えば、数10Hz〜1kHz)の交流磁場で用いる場合には、圧粉磁心に生じる鉄損に占めるヒステリシス損の割合が大きくなるため、圧粉磁心の保磁力を小さくしてヒステリシス損を低減することが求められている。一方、粗大な軟磁性鉄基粉末は保磁力が小さいため、このような軟磁性鉄基粉末を用いれば、得られる圧粉磁心の保磁力も小さくなることが知られている。そこで本発明においても、軟磁性鉄基粉末として粒径が粗大なものを用いることとし、その平均粒子径を100μm以上とする。軟磁性鉄基粉末の平均粒子径は、好ましくは110μm以上、より好ましくは120μm以上である。一般に磁性鉄粉では粒子が過度に粗大であると金型の角部分への充填できなくなるため粒度には上限が設けられており、例えば上限の粒度は300μm程度である。
【0027】
軟磁性鉄基粉末として平均粒子径が100μm以上のものを用いることによって、圧粉磁心の保磁力を低減できるが、本発明では、更に、軟磁性鉄基粉末の断面積(μm
2)と断面周囲長(μm)から下記式(1)で算出される界面密度を2.6×10
-2μm
-1以下に制御することが重要である。
界面密度=Σ(軟磁性鉄基粉末の断面周囲長)/2/Σ(軟磁性鉄基粉末の断面積) ・・・(1)
【0028】
以下、本発明の軟磁性鉄基粉末について、界面密度を規定した経緯を交えて説明する。
【0029】
水アトマイズ処理では、溶湯と水を接触させるため、得られる粉末は酸化されている。そのため水アトマイズ処理によって得られた酸化鉄基粉末は、一般的には、還元性雰囲気または非酸化性雰囲気[例えば、水素ガス雰囲気や、不活性ガス雰囲気(例えば、窒素ガス雰囲気やアルゴンガス雰囲気など)など]で加熱(例えば、850℃以上)して還元熱処理を行っている。
【0030】
高温で還元熱処理を行うと、鉄粉粒子同士の焼結が生じて仮焼結体となるため、還元熱処理後には、一般的には、この仮焼結体を、例えば、破砕機で破砕(解砕)している。しかし解砕処理を行っても、焼結した鉄粉粒子同士を完全に分離することはできず、大小幾つかの粒子が部分的に焼結した2次粒子となる。この2次粒子を含む軟磁性鉄基粉末を圧縮成形すると、圧粉磁心に含まれる粒子界面の密度が高くなり、この粒子界面によって磁壁の移動が阻害されるため、圧粉磁心の保磁力が大きくなる。
【0031】
図4は、2次粒子の代表例を光学顕微鏡で写真撮影した図面代用写真である。2次粒子は、連続した1つの粒子において外形(外殻)が内側に大きく入り込んだ形状をしている部分(凹部)が存在する点に特徴があり、粒子の断面積と等しい面積を有する真円を想定したときの真円の周囲長よりも、粒子の実際の断面周囲長の方が大きくなっている。
【0032】
こうした2次粒子[
図5の(a)を参照]を圧縮成形すると、
図5の(b)に示すように、粒子の凹部が潰され、粒子表面の一部が粒子内に取り込まれ、粒子内に新たな界面を形成する。即ち、真球状の粒子であれば、圧縮成形しても粒子同士が接触し、隣り合う粒子間に界面が形成されるだけであるが、
図5の(a)に示すような2次粒子の場合は、隣り合う粒子間に形成される界面以外に、
図5の(b)に示すように粒子内にも界面が形成されるため、真球状の粒子に比べて界面密度が高くなる。そして、一般的には、交流磁場で用いられる軟磁性鉄基粉末は、渦電流損を小さくするために、表面を絶縁皮膜で覆っている。そのため粒子内に形成された界面は、絶縁皮膜の存在によって鉄同士の焼結が阻害され、成形後の熱処理においても消滅しない。界面は磁壁の移動を妨げるため、圧粉磁心内における界面密度が高くなると圧粉磁心の保磁力が大きくなる。
【0033】
圧粉磁心内における界面密度は、軟磁性鉄基粉末の粒度分布によって一義的に決定すると考えられる。即ち、軟磁性鉄基粉末の粒径が小さくなるほど界面密度は高くなり、粒径が大きくなるほど界面密度は低くなる。しかし上述した2次粒子が含まれている場合には、粒度を揃えたとしても、2次粒子に由来する粒子内に形成される界面の分だけ、界面密度が高くなる。そのため粒度が一定であっても、2次粒子の形態やその量によって圧粉磁心の保磁力は影響を受ける。
【0034】
そこで本発明では、軟磁性鉄基粉末の断面積と断面周囲長に着目し、単位断面積当りの断面周囲長(界面密度)を適切に制御すれば、圧粉磁心の保磁力を低減できるのではないかと考えた。即ち、上述したように、圧縮成形時の粒子の変形過程を考えると、真球状の粒子は、他の粒子と接触して界面を形成するが、2次粒子は、表面が内側に入り込んだ部分(凹部)が圧縮され、同一粒子内の表面同士で接触して界面を形成する。そのため2次粒子の周囲長を測定すれば、圧粉磁心内の界面密度を算出できる。なお、軟磁性鉄基粉末の形状を3次元として把握することは困難なため、本発明では、軟磁性鉄基粉末の断面形状(2次元の形状)に基づいて、界面密度を上記式(1)によって算出している。
【0035】
上記式(1)において、Σは、複数の粒子の合計を意味し、本発明では、少なくとも100個以上の軟磁性鉄基粉末について、断面積と断面周囲長を測定することとする。なお、上記式(1)において、軟磁性鉄基粉末の断面周囲長の合計を2で除している理由は、粒子表面は圧粉成形時に他の粒子表面と密着するため、粒子2つ分で1つの界面を形成するからである。
【0036】
軟磁性鉄基粉末の断面積と断面周囲長は、軟磁性鉄基粉末を樹脂に埋め込み、樹脂を研摩し、任意に選択される研摩面を光学顕微鏡で写真撮影し、画像解析して測定すればよい。鉄粉を樹脂に埋込んだ場合、一般的に、研摩面(観察面)で観察される粒子の断面が、粉末の端部断面に相当することがあるため、本発明では研摩面で観察される粒子のうち、円相当直径が10μm以上の粒子を測定対象とする。
【0037】
上記界面密度は、2.6×10
-2μm
-1以下とする必要があり、好ましくは2.3×10
-2μm
-1以下、より好ましくは2.2×10
-2μm
-1以下である。
【0038】
なお、本発明で軟磁性鉄基粉末の界面密度を規定している理由は、圧縮成形して圧粉磁心としたときに、2次粒子内に形成される2次粒子の表面由来の界面は、
図5の(b)に示すように途中で途切れていることが多いため、圧縮成形後の圧粉磁心の断面を観察しても、軟磁性鉄基粉末の界面密度を定量することは困難だからである。また、粉末の形状を表現する指標として、下記のWadellの球形度が知られているが、この指標は、粉末のマクロ形状を表すものであり、粉末の最大長さに強く依存するため、本発明のような2次粒子の形状を適切に表す指標とはならない。
Wadellの球形度=(投影面積に等しい面積を持つ円の直径)/(外接する最小円の直径)
【0039】
次に、本発明に係る圧粉磁心について説明する。
【0040】
本発明の圧粉磁心は、水アトマイズ処理によって得られた軟磁性酸化鉄基粉末を還元熱処理した軟磁性鉄基粉末を用いて得られた圧粉磁心であり、該圧粉磁心の断面に認められる軟磁性鉄基粉末を観察したとき、該軟磁性鉄基粉末の内部に、同一軟磁性鉄基粉末における表面同士が接触して形成された表面由来の不連続粒子界面が、観察視野1mm
2あたり200本以下であるところに特徴がある。
【0041】
上記不連続粒子界面とは、同一軟磁性鉄基粉末における表面同士が接触して形成された表面由来の界面であり、上述した
図5の(b)に示すように、軟磁性鉄基粉末の内部に形成される。上記不連続粒子界面を撮影した図面代用写真を
図7に示す。
図7は、後述する実施例における表1に示したNo.2の圧粉磁心の断面を撮影した図面代用写真である。
図7中に示した矢印が、不連続粒子界面の位置を示している。
【0042】
そして本発明者らが、上記不連続粒子界面の数密度と、圧粉磁心の保磁力との関係を調べたところ、これらの間には相関関係が認められ、不連続粒子界面の数密度が低くなると、圧粉磁心の保磁力が小さくなり、磁気特性が向上することが分かった。具体的には、上記不連続粒子界面が、観察視野1mm
2あたり200本を超えると、圧粉磁心の保磁力が大きくなり、磁気特性が低下した。従って本発明では、不連続粒子界面を観察視野1mm
2あたり200本以下とする。上記不連続粒子界面は、120本/mm
2以下であることが好ましい。
【0043】
上記不連続粒子界面の数密度は、研磨して鏡面化した圧粉磁心の断面を顕微鏡で観察することによって測定すればよい。圧粉磁心の断面を研磨して鏡面化するにあたっては、スラリーやペーストを用いてバフ研磨すればよい。上記断面の観察は、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡を用いて行えばよい。観察倍率は、50〜500倍とすればよく、観察視野数は3箇所以上とし、平均値を求めればよい。
【0044】
なお、上記断面を観察するにあたっては、上記断面に対してエッチング処理を行う必要はない。上記軟磁性鉄基粉末は、通常、表面に絶縁皮膜が形成されているため、エッチング処理しなくてもバフ研磨を行った時点で粒子界面を確認することができるからである。換言すれば、エッチング処理を行うと、結晶粒界と軟磁性鉄基粉末との界面を区別できなくなる。
【0045】
上記不連続粒子界面の数密度を上述した範囲に制御するには、上述した界面密度が2.6×10
-2μm
-1以下の軟磁性鉄基粉末を用いて圧粉磁心を製造すればよい。
【0046】
次に、本発明に係る軟磁性鉄基粉末を製造する方法について説明する。本発明の軟磁性鉄基粉末は、水アトマイズ処理によって得られた軟磁性酸化鉄基粉末を還元熱処理することによって製造でき、特に、上記軟磁性酸化鉄基粉末の粒度を調整することによって、質量基準の粒子径D
10を50μm以上とする工程と、粒度調整して得られた軟磁性酸化鉄基粉末を850℃以上で還元熱処理して軟磁性鉄基粉末を得る工程とを含むところに特徴を有している。なお、粒子径D
10とは、粒子径が小さい側からの累積質量が、全体の質量に対して10%を占めるときの粒子径を意味する。
【0047】
[軟磁性酸化鉄基粉末を準備する工程]
本発明では、水アトマイズ処理によって得られた軟磁性酸化鉄基粉末を準備する。水アトマイズ処理は、公知の条件で行えばよく、水アトマイズ処理によって得られた粉末は、表面が酸化している。
【0048】
なお、本発明で準備する軟磁性酸化鉄基粉末は、後述する還元熱処理によって強磁性体の鉄基粉末となるものであればよい。強磁性体の鉄基粉末とは、具体的には、純鉄粉、鉄基合金粉末(Fe−Al合金、Fe−Si合金、センダスト、パーマロイなど)、および鉄基アモルファス粉末等が挙げられる。
【0049】
[粒度調整工程]
本発明では、水アトマイズ処理によって得られた軟磁性酸化鉄基粉末の粒度を調整して、質量基準の粒子径D
10を50μm以上に調整することが重要である。即ち、2次粒子の大半は、後述する還元熱処理工程において、微細な粒子が部分的に焼結し、隣り合う粒子と接触結合することによって形成されるため、還元熱処理の前に、予め微細な粉末を除去することによって、2次粒子の形成を抑制できると考えられる。そこで本発明では、軟磁性酸化鉄基粉末の粒度が、質量基準の粒子径D
10が50μm以上(好ましくは80μm以上)となるように粒度調整している。
【0050】
上記質量基準の粒子径D
10とは、粉末の粒度分布を求めたときに、粒子径の小さい側からの累積質量が、粒度分布全体の質量に対して10%を占めるときの粒子直径を意味している。
【0051】
上記粒子径D
10は、例えば、レーザー回折・散乱法や、篩を用いた分級により粒度分布を求め、この粒度分布に基づいて算出できる。
【0052】
レーザー回折・散乱法によって粒度分布を求めたときの一例を
図6の(a)に示す。
図6の(a)に示すように、レーザー回折・散乱法では、粒度分布は連続的に計測される。そのため粒子径D
10は、累積質量(或いは累積体積)が、全体の10%を占めるときの粒子径を読み取ることによって測定できる。
【0053】
篩を用いた分級により粒度分布を求めたときの一例を
図6の(b)に示す。
図6の(b)に示すように、篩を用いた分級では、目開きの異なる複数の篩A〜Fを用いて篩分けを行い、粒度毎の粉末の質量を測定することによって粒度分布が計測される。そして、
図6の(b)に示した領域α(点線で囲まれた領域)の質量割合が、篩にかけた粉末全体の質量に対して10%未満で、領域β(太線で囲まれた領域)の質量割合が、篩にかけた粉末全体の質量に対して10%以上である場合は、粒子径D
10は目開きB〜Cの範囲にあることが確認できる。よって粒子径D
10が50μm以上であるかどうかは、上記軟磁性酸化鉄基粉末を目開きが49μmの篩を用いて分級を行い、この篩を通過した粉末の質量が、篩にかけた粉末全体の質量に対して10%を超えているかどうかで確認できる。
【0054】
上記軟磁性酸化鉄基粉末の粒度調整は、該軟磁性酸化鉄基粉末を篩を用いて分級し、例えば、45μm以下、75μm以下、100μm以下、或いは150μm以下の粉末を除去することによって行うことができる。
【0055】
なお、上記では質量基準の粒子径D
10について説明したが、粉末の粒子毎に比重のバラツキが無い限り、質量は体積に比例する。そのため、累積質量の代わりに累積体積に基づいて、体積基準の粒子径D
10を求め、この体積基準の粒子径D
10が50μm以上となるように上記軟磁性酸化鉄基粉末の粒度調整を行ってもよい。
【0056】
[還元熱処理工程]
粒度調整して得られた軟磁性酸化鉄基粉末は、850℃以上で還元熱処理を行う。熱処理温度が850℃未満では、軟磁性酸化鉄基粉末の還元は殆ど進まない。還元熱処理温度を高くするほど、酸化傾向の高い不純物を多く除去できるため、還元熱処理温度は、好ましくは900℃以上、より好ましくは1000℃以上、更に好ましくは1100℃以上とする。しかし還元熱処理温度を高くし過ぎると、焼結が進み過ぎて粉砕できなくなる。従って還元温度の上限は、例えば、1250℃とする。
【0057】
上記還元熱処理は、還元性雰囲気または非酸化性雰囲気[例えば、水素ガス雰囲気や、不活性ガス雰囲気(例えば、窒素ガス雰囲気やアルゴンガス雰囲気など)など]で行えばよい。
【0058】
還元熱処理して得られた軟磁性鉄基粉末は、平均粒子径が大きく、また界面密度が小さいため、この軟磁性鉄基粉末を用いて得られる圧粉磁心は、保磁力が小さいものとなる。
【0059】
次に、本発明の軟磁性鉄基粉末を用いて圧粉磁心を製造する方法について説明する。
【0060】
圧粉磁心は、上記還元熱処理して得られた軟磁性鉄基粉末をプレス機と金型を用いて加圧成形することによって製造できる。
【0061】
上記還元熱処理して得られた軟磁性鉄基粉末は、粒度調整を行い、平均粒子径を100μm以上とすることが好ましい。還元熱処理することにより、軟磁性酸化鉄基粉末の一部が焼結し、仮焼結体となっていることが多いため、これを粉砕機で破砕し、篩を用いて分級して平均粒子径が100μm以上となるように粒度調整することによって、圧粉磁心の保磁力を低減できる。
【0062】
上記還元熱処理して得られた軟磁性鉄基粉末(或いは、粒度調整して平均粒子径を100μm以上とした軟磁性鉄基粉末)は、表面に絶縁皮膜を付与することが好ましい。軟磁性鉄基粉末の表面を絶縁皮膜で覆うことによって、交流磁場で生じる渦電流損を低減できる。
【0063】
絶縁皮膜としては、無機化成皮膜(例えば、りん酸系化成皮膜、クロム系化成皮膜など)や樹脂皮膜(例えば、シリコーン樹脂皮膜、フェノール樹脂皮膜、エポキシ樹脂皮膜、ポリアミド樹脂皮膜、ポリイミド樹脂皮膜など)が挙げられる。無機化成皮膜としては、りん酸系化成皮膜が好ましく、樹脂皮膜としてはシリコーン樹脂皮膜が好ましい。絶縁皮膜は上記列挙した皮膜単独で構成されていてもよいし、2種類以上の皮膜を積層させて構成されていてもよい。
【0064】
以下、具体例として、上記軟磁性鉄基粉末の表面に、りん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜をこの順に形成した粉末について詳細に説明するが、本発明はこの構成に限定されるものではない。なお、以下では、上記軟磁性鉄基粉末の表面にりん酸系化成皮膜を形成した粉末を、便宜上、単に「りん酸系化成皮膜形成鉄粉」と称する場合がある。また、上記りん酸系化成皮膜の上に更にシリコーン樹脂皮膜を形成した粉末を、便宜上、単に「シリコーン樹脂皮膜形成鉄粉」と称する場合がある。
【0065】
<りん酸系化成皮膜>
りん酸系化成皮膜は、Pを含む化合物を用いて形成されるガラス状の皮膜であればその組成は特に限定されるものではないが、P以外に、さらにCo、Na、Sを含む化合物や、Csおよび/またはAlを含む化合物を用いて形成されるガラス状の皮膜であることが好ましい。これらの元素は、後述する熱処理工程の際に、酸素がFeと半導体を形成して比抵抗を低下させるのを抑制するからである。
【0066】
上記りん酸系化成皮膜が、P以外に、上記Co等を含む化合物を用いて形成されるガラス状の皮膜である場合には、これらの元素の含有率は、りん酸系化成皮膜形成鉄粉100質量%中、Pは0.005〜1質量%、Coは0.005〜0.1質量%、Naは0.002〜0.6質量%、Sは0.001〜0.2質量%であることが好ましい。また、Csは0.002〜0.6質量%、Alは0.001〜0.1質量%であることが好ましい。CsとAlとを併用する場合も、それぞれをこの範囲内とすることが好ましい。
【0067】
上記元素のうち、Pは酸素を介して軟磁性鉄基粉末表面と化学結合を形成する。従って、P量が0.005質量%未満の場合には、軟磁性鉄基粉末表面とりん酸系化成皮膜との化学結合量が不十分となり、強固な皮膜を形成しないおそれがある。一方、P量が1質量%を超える場合には、化学結合に関与しないPが未反応のまま残留し、かえって結合強度を低下させるおそれがある。
【0068】
上記Co、Na、S、Cs、Alは、後述する熱処理工程を行う際にFeと酸素が半導体を形成するのを阻害して、比抵抗が低下するのを抑制する作用を有する。Co、NaおよびSは、複合添加されることによってその効果を最大化させる。また、CsとAlはいずれか一方でも構わないが、各元素の下限値は、Co、NaおよびSの複合添加の効果を発揮させるための最低量である。また、Co、Na、S、Cs、Alは、必要以上に添加量を上げると複合添加時に相対的なバランスを維持できなくなるだけでなく、酸素を介したPと軟磁性鉄基粉末表面との化学結合の生成を阻害するものと考えられる。
【0069】
上記りん酸系化成皮膜には、MgやBが含まれていてもよい。これらの元素の含有率は、りん酸系化成皮膜形成鉄粉100質量%中、Mg、B共に、0.001〜0.5質量%であることが好適である。
【0070】
上記りん酸系化成皮膜の厚みは、1〜250nm程度が好ましい。膜厚が1nmより薄いと絶縁効果が発現しない場合がある。また膜厚が250nmを超えると、絶縁効果が飽和する上、圧粉磁心の高密度化の点からも望ましくない。より好ましい膜厚は、10〜50nmである。
【0071】
<りん酸系化成皮膜の形成方法>
本発明で用いるりん酸系化成皮膜形成鉄粉は、いずれの態様で製造されてもよい。例えば、水および/または有機溶剤からなる溶媒に、Pを含む化合物を溶解させた溶液と、軟磁性鉄基粉末とを混合した後、必要に応じて前記溶媒を蒸発させて得ることができる。
【0072】
本工程で用いる溶媒としては、水や、アルコールやケトン等の親水性有機溶剤、及びこれらの混合物が挙げられる。溶媒中には公知の界面活性剤を添加してもよい。
【0073】
Pを含む化合物としては、例えばオルトりん酸(H
3PO
4)が挙げられる。また、りん酸系化成皮膜が上記の組成となるようにするための化合物としては、例えば、Co
3(PO
4)
2(CoおよびP源)、Co
3(PO
4)
2・8H
2O(CoおよびP源)、Na
2HPO
4(PおよびNa源)、NaH
2PO
4(PおよびNa源)、NaH
2PO
4・nH
2O(PおよびNa源)、Al(H
2PO
4)
3(PおよびAl源)、Cs
2SO
4(CsおよびS源)、H
2SO
4(S源)、MgO(Mg源)、H
3BO
3(B源)等が使用可能である。なかでも、りん酸二水素ナトリウム塩(NaH
2PO
4)をP源やNa源として用いると、密度、強度、比抵抗についてバランスのとれた圧粉磁心を得ることができる。
【0074】
軟磁性鉄基粉末に対するPを含む化合物の添加量は、形成されるりん酸系化成皮膜の組成が上記の範囲になるものであればよい。例えば、固形分が0.01〜10質量%程度となるように調製したPを含む化合物や、必要に応じて皮膜に含ませようとする元素を含む化合物の溶液を、軟磁性鉄基粉末100質量部に対し1〜10質量部程度添加して、公知のミキサー、ボールミル、ニーダー、V型混合機、造粒機等の混合機で混合することによって、形成されるりん酸系化成皮膜の組成を上記の範囲内にすることができる。
【0075】
また必要に応じて、上記混合工程の後、大気中、減圧下、または真空下で、150〜250℃で乾燥してもよい。乾燥後には、目開き200〜500μm程度の篩を通過させてもよい。上記工程を経ることで、りん酸系化成皮膜を形成したりん酸系化成皮膜形成鉄粉が得られる。
【0076】
<シリコーン樹脂皮膜>
本発明では、上記りん酸系化成皮膜の上に、更にシリコーン樹脂皮膜を有していてもよい。これにより、シリコーン樹脂の架橋・硬化反応終了時(圧縮時)には、粉末同士が強固に結合する。また、耐熱性に優れたSi−O結合を形成して、絶縁皮膜の熱的安定性を向上できる。
【0077】
上記シリコーン樹脂としては、硬化が遅いものでは粉末がべとついて皮膜形成後のハンドリング性が悪いので、二官能性のD単位(R
2SiX
2:Xは加水分解性基)よりは、三官能性のT単位(RSiX
3:Xは前記と同じ)を多く持つものが好ましい。しかし、四官能性のQ単位(SiX
4:Xは前記と同じ)が多く含まれていると、予備硬化の際に粉末同士が強固に結着してしまい、後の成形工程が行えない場合がある。よって、シリコーン樹脂のT単位は60モル%以上(より好ましくは80モル%以上、最も好ましくは100モル%)であることが好ましい。
【0078】
また、上記シリコーン樹脂としては、上記Rがメチル基またはフェニル基となっているメチルフェニルシリコーン樹脂が一般的で、フェニル基を多く持つ方が耐熱性は高いとされている。しかし、本発明で採用するような高温の熱処理条件では、フェニル基の存在はそれほど有効とは言えなかった。フェニル基の嵩高さが、緻密なガラス状網目構造を乱して、熱的安定性や鉄との化合物形成阻害効果を逆に低減させるのではないかと考えられる。よって、本発明では、メチル基が50モル%以上のメチルフェニルシリコーン樹脂(例えば、信越化学工業社製のKR255、KR311等)を用いることが好ましく、70モル%以上(例えば、信越化学工業社製のKR300等)がより好ましく、フェニル基を全く持たないメチルシリコーン樹脂(例えば、信越化学工業社製のKR251、KR400、KR220L、KR242A、KR240、KR500、KC89等や、東レ・ダウコーニング社製のSR2400等)が最も好ましい。なお、シリコーン樹脂(皮膜)のメチル基とフェニル基の比率や官能性については、FT−IR等で分析可能である。
【0079】
シリコーン樹脂皮膜の付着量は、りん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜とがこの順で形成されたシリコーン樹脂皮膜形成鉄粉を100質量%としたとき、0.05〜0.3質量%となるように調整することが好ましい。シリコーン樹脂皮膜の付着量が0.05質量%より少ないと、シリコーン樹脂皮膜形成鉄粉は絶縁性に劣り、電気抵抗が低くなる。また、シリコーン樹脂皮膜の付着量が0.3質量%より多い場合には、得られる圧粉磁心の高密度化を達成しにくい。
【0080】
上記シリコーン樹脂皮膜の厚みは、1〜200nmが好ましく、より好ましくは20〜150nmである。
【0081】
また、上記りん酸系化成皮膜と上記シリコーン樹脂皮膜との合計厚みは250nm以下とすることが好ましい。膜厚が250nmを超えると、磁束密度の低下が大きくなる場合がある。
【0082】
<シリコーン樹脂皮膜の形成方法>
上記シリコーン樹脂皮膜の形成は、例えば、シリコーン樹脂をアルコール類や、トルエン、キシレン等の石油系有機溶剤等に溶解させたシリコーン樹脂溶液と、りん酸系化成皮膜を有する軟磁性鉄基粉末(りん酸系化成皮膜形成鉄粉)とを混合し、次いで必要に応じて前記有機溶剤を蒸発させることによって行うことができる。
【0083】
上記りん酸系化成皮膜形成鉄粉に対するシリコーン樹脂の添加量は、形成されるシリコーン樹脂皮膜の付着量が上記の範囲になるものであればよい。例えば、固形分が大体2〜10質量%になるように調製した樹脂溶液を、前記したりん酸系化成皮膜形成鉄粉100質量部に対し、0.5〜10質量部程度添加して混合し、乾燥すればよい。樹脂溶液の添加量が0.5質量部より少ないと混合に時間がかかったり、皮膜が不均一になるおそれがある。一方、樹脂溶液の添加量が10質量部を超えると乾燥に時間がかかったり、乾燥が不充分になるおそれがある。樹脂溶液は適宜加熱しておいても構わない。混合機は前記したものと同様のものが使用可能である。
【0084】
乾燥工程では、用いた有機溶剤が揮発する温度で、かつ、シリコーン樹脂の硬化温度未満に加熱して、有機溶剤を充分に蒸発揮散させることが望ましい。具体的な乾燥温度としては、上記したアルコール類や石油系有機溶剤の場合は、60〜80℃程度が好適である。乾燥後には、凝集ダマを除くために、目開き300〜500μm程度の篩を通過させておくことが好ましい。
【0085】
乾燥後には、シリコーン樹脂皮膜が形成された軟磁性鉄基粉末(シリコーン樹脂皮膜形成鉄粉)を加熱して、シリコーン樹脂皮膜を予備硬化させることが推奨される。予備硬化とは、シリコーン樹脂皮膜の硬化時における軟化過程を粉末状態で終了させる処理である。この予備硬化処理によって、温間成形時(100〜250℃程度)にシリコーン樹脂皮膜形成鉄粉の流れ性を確保することができる。具体的な手法としては、シリコーン樹脂皮膜形成鉄粉を、このシリコーン樹脂の硬化温度近傍で短時間加熱する方法が簡便であるが、薬剤(硬化剤)を用いる手法も利用可能である。予備硬化と、硬化(予備ではない完全硬化)処理との違いは、予備硬化処理では、粉末同士が完全に接着固化することなく、容易に解砕が可能であるのに対し、粉末の成形後に行う高温加熱硬化処理では、樹脂が硬化して粉末同士が接着固化する点である。完全硬化処理によって圧粉磁心の強度が向上する。
【0086】
上記したように、シリコーン樹脂を予備硬化させた後、解砕することで、流動性に優れた粉末が得られ、圧縮成形の際に成形型へ、砂のように投入することができるようになる。予備硬化させないと、例えば温間成形の際に粉末同士が付着して、成形型への短時間での投入が困難となることがある。実操業上、ハンドリング性の向上は非常に有意義である。また、予備硬化させることによって、得られる圧粉磁心の比抵抗が非常に向上することが見出されている。この理由は明確ではないが、硬化の際に軟磁性鉄基粉末同士の密着性が上がるためではないかと考えられる。
【0087】
短時間加熱法によって予備硬化を行う場合、100〜200℃で5〜100分の加熱処理を行うとよい。130〜170℃で10〜30分がより好ましい。予備硬化後も、前記したように、篩を通過させておくことが好ましい。
以上、具体例として、上記軟磁性鉄基粉末の表面に、りん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜をこの順に形成した粉末について詳細に説明した。
【0088】
本発明の圧粉磁心は、上記軟磁性鉄基粉末を圧縮成形することにより得られる。圧縮成形法は特に限定されず、従来公知の方法が採用可能であり、圧縮成形する際には、上記軟磁性鉄基粉末に、必要に応じて潤滑剤を配合してもよいし、金型に潤滑剤を塗布してもよい。潤滑剤の作用により、軟磁性鉄基粉末を圧縮成形する際の鉄粉間、あるいは鉄粉と成形型内壁間の摩擦抵抗を低減でき、圧粉磁心の型かじりや成形時の発熱を防止することができる。
【0089】
上記軟磁性鉄基粉末に潤滑剤を配合する場合には、軟磁性鉄基粉末と潤滑剤との混合物全量中、潤滑剤が0.2質量%以上含有されていることが好ましい。しかし、潤滑剤量が多くなると、圧粉磁心の高密度化に反するため、0.8質量%以下にとどめることが好ましい。また、圧縮成形する際に、成形型内壁面に潤滑剤を塗布した後、成形するような場合(型潤滑成形)には、0.2質量%より少ない潤滑剤量でも構わない。
【0090】
上記潤滑剤としては、従来から公知のものを使用すればよく、具体的には、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム等のステアリン酸の金属塩粉末、ポリヒドロキシカルボン酸アミド、エチレンビスステアリルアミドや(N−オクタデセニル)ヘキサデカン酸アミド等の脂肪酸アミド、パラフィン、ワックス、天然または合成樹脂誘導体等が挙げられる。なかでも、ポリヒドロキシカルボン酸アミドや脂肪酸アミドが好ましい。これらの潤滑剤は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0091】
上記ポリヒドロキシカルボン酸アミドとしては、WO2005/068588号公報に記載のC
mH
m+1(OH)
m−CONH−C
nH
2n+1(mは2または5、nは6から24の整数)が挙げられる。
【0092】
より具体的には、下記のポリヒドロキシカルボン酸アミドが挙げられる。
(1)n−C
2H
3(OH)
2−CONH−n−C
6H
13
(N−ヘキシル)グリセリン酸アミド
(2)n−C
2H
3(OH)
2−CONH−n−C
8H
17
(N−オクチル)グリセリン酸アミド
(3)n−C
2H
3(OH)
2−CONH−n−C
18H
37
(N−オクタデシル)グリセリン酸アミド
(4)n−C
2H
3(OH)
2−CONH−n−C
18H
35
(N−オクタデセニル)グリセリン酸アミド
(5)n−C
2H
3(OH)
2−CONH−n−C
22H
45
(N−ドコシル)グリセリン酸アミド
(6)n−C
2H
3(OH)
2−CONH−n−C
24H
49
(N−テトラコシル)グリセリン酸アミド
(7)n−C
5H
6(OH)
5−CONH−n−C
6H
13
(N−ヘキシル)グルコン酸アミド
(8)n−C
5H
6(OH)
5−CONH−n−C
8H
17
(N−オクチル)グルコン酸アミド
(9)n−C
5H
6(OH)
5−CONH−n−C
18H
37
(N−オクタデシル)グルコン酸アミド
(10)n−C
5H
6(OH)
5−CONH−n−C
18H
35
(N−オクタデセニル)グルコン酸アミド
(11)n−C
5H
6(OH)
5−CONH−n−C
22H
45
(N−ドコシル)グルコン酸アミド
(12)n−C
5H
6(OH)
5−CONH−n−C
24H
49
(N−テトラコシル)グルコン酸アミド
【0093】
上記圧縮成形の好適条件は、面圧で、490〜1960MPaである。成形温度は、室温成形、温間成形(100〜250℃)いずれも可能である。型潤滑成形で温間成形を行う方が、より高強度の圧粉磁心が得られるため、好ましい。
【0094】
本発明では、圧縮成形後の圧粉成形体に熱処理を施す。これにより圧粉磁心のヒステリシス損失を低減できる。このときの熱処理温度は200℃以上が好ましく、より好ましくは300℃以上、更に好ましくは400℃以上である。当該工程は、比抵抗の劣化がなければ、より高温で行うのが望ましい。しかし熱処理温度が700℃を超えると、絶縁皮膜が破壊されることがある。従って熱処理温度は700℃以下が好ましく、より好ましくは650℃以下である。
【0095】
上記熱処理時の雰囲気は特に限定されず、大気雰囲気下であっても、不活性ガス雰囲気下であってもよい。不活性ガスとしては、窒素、ヘリウムやアルゴン等の希ガス、真空などが挙げられる。熱処理時間は比抵抗の劣化がなければ特に限定されないが、20分以上が好ましく、より好ましくは30分以上、更に好ましくは1時間以上である。
【0096】
上記の条件で熱処理を行うと、渦電流損(保磁力に相当する)を増大させることなく、高い電気絶縁性、即ち、高い比抵抗を有する圧粉磁心を製造できる。
【0097】
本発明の圧粉磁心は、上記熱処理の後、冷却して常温に戻すことにより得ることができる。
【実施例】
【0098】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。なお、特に断らない限り、「部」は「質量部」を、「%」は「質量%」を夫々意味する。
【0099】
水アトマイズ処理によって純鉄粉の酸化物である軟磁性酸化鉄基粉末(母粉)を準備し、これを目開き45μm、75μm、100μm、または150μmの篩を通して篩分けを行い、45μm以下、75μm以下、100μm以下、または150μm以下の粉末を除去し、粒度調整を行った軟磁性酸化鉄基粉末を得た。
【0100】
粒度調整を行った軟磁性酸化鉄基粉末の粒子径を測定し、その分布を求めた。粒子径はレーザー回折・散乱法で測定し、粒子径分布は、横軸を粒子径、縦軸を粒子の質量として求めた。粒子径の測定は、粒子径が小さい側からの累積質量が、全体の質量に対して10%を占めるときの粒子径D
10を求めた。D
10を下記表1に示す。
【0101】
次に、粒度調整を行った軟磁性酸化鉄基粉末を、水素雰囲気中で、900℃(下記表1のNo.6〜8)または1150℃(下記表1のNo.1〜4、10、11)で還元熱処理を行い、仮焼結体を得た。
【0102】
得られた仮焼結体を粉砕機で破砕し、篩を通して篩分けを行い、分級した粉末を適宜混合して各粒度とその質量割合から算出される平均粒子径を136μm(下記表1のNo.10〜12)または183μm(下記表1のNo.1〜9)に調整した軟磁性鉄基粉末を製造した。得られた軟磁性鉄基粉末の平均粒子径を下記表1に併せて示す。
【0103】
次に、得られた軟磁性鉄基粉末を用いて圧粉磁心を製造した。具体的には、得られた軟磁性鉄基粉末に、絶縁皮膜としてりん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜をこの順で形成した粉末を用いて圧粉磁心を製造した。
【0104】
りん酸系化成皮膜の形成には、りん酸系化成皮膜用処理液として、水:50部、NaH
2PO
4:30部、H
3PO
4:10部、(NH
2OH)
2・H
2SO
4:10部、Co
3(PO
4)
2:10部を混合して、更に水で20倍に希釈した処理液を用いた。具体的には、上記軟磁性鉄基粉末1kgに、上記処理液50mlの割合で添加して5分以上混合した後、大気中、200℃で30分乾燥し、目開き300μmの篩を通してりん酸系化成皮膜を形成した。
【0105】
シリコーン樹脂皮膜の形成には、シリコーン樹脂「SR2400」(東レ・ダウコーニング社製)をトルエンに溶解させて調製し、樹脂固形分濃度が5%の樹脂溶液を用いた。具体的には、上記りん酸系化成皮膜を形成した粉末に、樹脂固形分濃度が0.05%となるように上記樹脂溶液を添加、混合し、オーブン炉で大気中、75℃、30分間加熱して乾燥してシリコーン樹脂皮膜を形成した。
【0106】
ここで、絶縁皮膜(りん酸系化成皮膜+シリコーン樹脂皮膜)を形成した軟磁性鉄基粉末(絶縁皮膜被覆軟磁性鉄基粉末)の界面密度を測定した。
【0107】
得られた絶縁皮膜被覆軟磁性鉄基粉末を樹脂に埋め込み、これを切断して鉄基粉末の断面を露出させ、該断面を鏡面研磨し、鏡面研磨した断面をナイタール液でエッチングし、この断面を光学顕微鏡により200倍で撮影し、画像解析を行った。画像解析には、画像処理プログラムとして「Image−Pro Plus」(米国 Media Cybernetics製)を用いた。画像解析により鉄基粉末の断面積および断面周囲長を測定した。測定は、各サンプルについて、鉄基粉末を100個ずつ行い、測定結果を平均して軟磁性鉄基粉末の界面密度を算出した。算出結果を下記表1に併せて示す。
【0108】
次に、得られた絶縁皮膜被覆軟磁性鉄基粉末を、プレス機を用いて室温(25℃)、型潤滑で、面圧が1177MPa(12ton/cm
2)となるように圧縮成形して圧粉磁心を製造した。圧粉成形体の形状は、外径32mm×内径28mm×厚み4mmのリング状とした。
【0109】
得られたリング状圧粉成形体に、窒素雰囲気下で、600℃で30分間の熱処理を施して、圧粉磁心を製造した。なお、600℃に加熱するときの昇温速度は約10℃/分とした。
【0110】
次に、得られた圧粉磁心の断面を、エメリー紙を用いて機械研磨した後、バフ研磨を行って鏡面化した。鏡面化した断面を光学顕微鏡で、100倍で観察し、観察視野内に認められる軟磁性鉄基粉末の内部に形成されている不連続粒子界面の数を測定した。観察視野数は5箇所とし、測定結果を平均し、観察視野1mm
2あたりの不連続粒子界面の数密度を算出した。結果を下記表1に示す。
また、圧粉磁心の断面を光学顕微鏡で撮影した図面代用写真を
図7に示す。
図7は、表1に示したNo.2の圧粉磁心の断面を撮影したものである。
【0111】
次に、得られた圧粉磁心の保磁力を測定し、磁性特性を評価した。圧粉磁心の保磁力は、理研電子製の直流磁気測定装置「BHS−40CD」を用い、測定温度を25℃、最大印加磁場(B)を10000A/mとして測定した。測定結果を下記表1に併せて示す。本発明では、保磁力が145A/m以下の場合を合格とし、145A/mを超える場合を不合格とした。
【0112】
なお、下記表1のNo.5、9、12については、上記母粉を水素雰囲気中で900℃(No.9)または1150℃(No.5、12)で還元熱処理を行った後、得られた仮焼結体を粉砕機で粉砕し、篩を通して篩分けを行い、分級した粉末を適宜混合して平均粒子径を136μm(No.12)または183μm(No.5、9)に調整した粉末を用いた。得られた粉末について、還元熱処理前のD
10の値、還元熱処理温度、粒度調整後の平均粒子径、および界面密度を下記表1に併せて示す。また、得られた粉末を用いて、上記と同様、リング状圧粉成形体を製造し、これに上記と同じ条件で熱処理を施して圧粉磁心を製造し、この保磁力を測定した。測定結果を下記表1に併せて示す。
【0113】
下記表1から次のように考察できる。No.1〜4、6〜8、10、11は、本発明で規定する要件を満足している例であり、粒度調整を適切に行った軟磁性酸化鉄基粉末を還元熱処理しているため、得られる軟磁性鉄基粉末の界面密度を所定値以下に制御できている。その結果、この軟磁性鉄基粉末を用いて得られる圧粉磁心は、保磁力が小さいものとなり、磁気特性を向上できることが分かる。得られた圧粉磁心の断面を観察すると、該断面に認められる軟磁性鉄基粉末の内部には、同一の軟磁性鉄基粉末における表面同士が接触して形成された表面由来の不連続粒子界面が、観察視野1mm
2あたり200本以下であった。
【0114】
No.1〜4を比較すると、軟磁性鉄基粉末の界面密度が小さくなるほど、圧粉磁心の保磁力が小さくなり、磁気特性が向上することが分かる。同様の傾向は、No.6〜8、No.10と11を比較しても読み取れる。
【0115】
一方、No.5、9、12は、本発明で規定する要件を満足していない例であり、軟磁性酸化鉄基粉末の粒度調整を行わずに、母粉をそのまま還元熱処理しているため、得られた軟磁性鉄基粉末の界面密度は大きくなった。その結果、平均粒子径を上記と同様、136μmまたは183μmに調整しても、圧粉磁心の保磁力は大きくなり、磁気特性は改善できなかった。得られた圧粉磁心の断面を観察すると、該断面に認められる軟磁性鉄基粉末の内部に形成されている不連続粒子界面は、観察視野1mm
2あたり200本を超えていた。
【0116】
以上の通り、軟磁性鉄基粉末の界面密度を小さくすることによって、圧粉磁心の保磁力を低下させることができ、磁気特性を改善できることがわかる。また、圧粉磁心の断面を観察したときに、軟磁性鉄基粉末の内部に認められる不連続粒子界面の数密度が小さいほど、圧粉磁心の保磁力が低下し、磁気特性が改善することが分かる。
【0117】
【表1】