【文献】
Database UniProt, ,Alpha amylase catalytic region.,Accession No. E8US26,2012年 6月13日,[retrieved on 2016.6.15]
【文献】
Mathupala S.P.ら,Sequencing of the amylopullulanase (apu) gene of Thermoanaerobacter ethanolicus 39E, and identification of the active site by site-directed mutagenesis.,J. Biol. Chem.,1993年,268:,16332-16344
【文献】
Lee S.ら,Cloning of the aapT gene and characterization of its product, alpha-amylase-pullulanase (AapT), from thermophilic and alkaliphilic Bacillus sp. strain XAL601.,Appl. Environ. Microbiol.,1994年,60,3764-3773
【文献】
Kelly C.T.,Bi-phasic production of α-amylase of Bacillus flavothermus in batch fermentation,Biotechnology Letters,19(7)(1997),p.675-677
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
重合度が4以上のα−1,4グルカンに作用してそれよりも重合度が小さい重合度2以上のα−1,4グルカンを生成し、生成した重合度2以上のα−1,4グルカンをα−、β−及びγ−サイクロデキストリンのグルコース残基にα−1,6転移する活性を有し、且つ、下記<a>の理化学的性質を有するα−グルカン転移酵素:
<a>
(1)分子量
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法において、160,000±10,000ダルトン;
(2)至適温度
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、20分間反応の条件下で、55℃;
(3)至適pH
1mM 塩化カルシウム存在下、40℃、20分間反応の条件下で6.0;
(4)温度安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、60分間保持の条件下で50℃まで安定;及び
(5)pH安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、4℃、24時間保持の条件下でpH5.0乃至9.0で安定。
バチルス・アシディセラーが、バチルス・アシディセラー R61(独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、受託番号 FERM BP−11436)又はその変異株である請求項4記載のα−グルカン転移酵素。
バチルス属微生物が、バチルス・アシディセラー(Bacillus acidiceler) R61(独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター、受託番号 FERM BP−11436)又はこれらの変異株である請求項11記載のα−グルカン転移酵素の製造方法。
重合度が4以上のα−1,4グルカンに作用してそれよりも重合度が小さい重合度2以上のα−1,4グルカンを生成し、生成した重合度2以上のα−1,4グルカンをα−、β−及びγ−サイクロデキストリンのグルコース残基にα−1,6転移する活性を有するα−グルカン転移酵素を、重合度4以上のα−1,4グルカンとサイクロデキストリンとを含んでなる糖液に作用させて、分岐サイクロデキストリンを生成せしめる工程と、これを採取する工程とを含んでなり、前記α−グルカン転移酵素が、配列表における配列番号2又は3で示されるアミノ酸配列か、又は、該アミノ酸配列において、前記活性を保持する範囲で1乃至10個のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加したアミノ酸配列を有している、分岐サイクロデキストリン又はこれを含有する糖質の製造方法。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明でいうα−グルカンとは、グルコースを構成糖とし、グルコースがα結合で重合したもので、重合度2以上のオリゴ糖及び多糖を意味し、α−1,4結合とα−1,6結合から構成される澱粉質構造を有するα−グルカンを意味する。本発明でいうα−グルカン転移酵素とは、重合度が4以上のα−1,4グルカンに作用して重合度2以上のα−1,4グルカンを生成し、生成した重合度2以上のα−1,4グルカンをα−、β−及びγ−サイクロデキストリンのグルコース残基にα−1,6転移する活性を有するものを意味している。なお、本発明のα−グルカン転移酵素が生成し、転移するα−1,4グルカンとしては、重合度が2乃至12のものが大部分である。また、本酵素の作用するα−1,4グルカンは、重合度が4以上のものであれば良いが、通常、重合度が20,000以下のものである。
【0018】
本発明のα−グルカン転移酵素の酵素活性は、次のようにして測定することができる。可溶性澱粉を濃度2w/v%となるよう2mM塩化カルシウムを含む50mM酢酸緩衝液(pH6.0)に溶解させ基質液とし、その基質液2mlに酵素液2mlを加えて、40℃で20分間反応させた後、ソモギー銅液を加え反応を停止させ、還元力をソモギー・ネルソン法にて測定する。対照として、あらかじめ100℃で10分間加熱することにより失活させた酵素液を用いて同様に測定する。酵素活性1単位は、上記の測定条件下において、1分間に1μモルのグルコースに相当する還元力を増加させる酵素量と定義する。なお、酵素によっては、反応温度、反応時間を適宜変更することもできる。また、本活性測定法を用いることで、バチルス属、アノキシバチルス属、及びサーモアナエロバクター属のいずれかの微生物又は他の属んぽ微生物から本発明のα−グルカン転移酵素を探索することも可能である。
【0019】
本発明のα−グルカン転移酵素は、下記(1)乃至(3)に示す部分アミノ酸配列を有する:
(1)Tyr−Gln−Ile−Phe−Pro−Asp;
(2)Gln−Met−Gly−Tyr−Pro−Gly;
(3)Ile−Tyr−Tyr−Gly−Asp−Glu。
【0020】
本発明のα−グルカン転移酵素は、通常、所定のアミノ酸配列を有しており、その例としては、配列表における配列番号1乃至3のいずれかで示されるアミノ酸配列か、又はそれらに相同的なアミノ酸配列が挙げられる。配列表における配列番号1乃至3のいずれかで示されるアミノ酸配列に相同的なアミノ酸配列を有する変異体酵素としては、重合度が4以上のα−1,4グルカンに作用し、重合度が2以上のα−1,4グルカンをα−、β−及びγ−CDのグルコース残基にα−1,6転移する活性を保持する範囲で、配列番号1乃至3のいずれかで示されるアミノ酸配列において1個又は2個以上のアミノ酸が欠失、置換若しくは付加したアミノ酸配列を有するものが挙げられる。欠失、置換若しくは付加するアミノ酸の個数は、通常、1乃至40個、望ましくは、1乃至20個、さらに望ましくは、1乃至10個が好適である。
【0021】
本発明のα−グルカン転移酵素はその給源によって制限されないものの、好ましい給源として微生物が挙げられ、とりわけ、本発明者らが土壌より単離した微生物R61株又はその酵素高産生変異株が好適に用いられる。以下、本発明のα−グルカン転移酵素の産生能を有する微生物R61株の同定試験結果を示す。なお、同定試験は、『微生物の分類と同定』(長谷川武治編、学会出版センター、1985年)に準じて行った。
【0022】
<A:細胞形態>
(1)肉汁寒天培養、27℃
通常0.8乃至1.0μmの幅を持つ菌糸状を有す。運動性なし。鞭毛なし。胞子連鎖形成あり。非抗酸性。グラム陽性。
【0023】
<B:培養性質>
(1) 肉汁寒天平板培養、27℃
形状: 円形 大きさは3日間で2.5乃至3mm。
周縁: 波状
隆起: 円錐状
光沢: 鈍光
表面: 平滑
色調: 不透明、淡い黄色
【0024】
<C:生理学的性質>
澱粉の加水分解: 陽性
ゼラチンの液化: 陽性
色素の生成: 可溶性色素の生成はない
ウレアーゼ: 陰性
オキシダーゼ: 陽性
カタラーゼ: 陽性
硝酸塩の還元: 陽性
炭水化物の利用: D−グルコース、D−フラクトース、スクロース
生育の範囲: pH5.0乃至8.3、温度 15乃至41℃
酸素に対する態度: 好気性
細胞壁型: IIIC型
16S rDNA配列: バチルス・アシディセラーCBD119と99.7%の相同性を示す。
【0025】
以上の菌学的性質に基づき、『バージーズ・マニュアル・オブ・システマティック・バクテリオロジー』(Bergey’s Manual of Systematic Bacteriology)、第4巻(1989年)、及び、『リボソーマルデータベース』(URL:http://rdp.cme.msu.edu/index.jsp)を参考にして、微生物R61株と公知菌との異同をそれぞれ検討した。その結果、微生物R61株は、バチルス・アシディセラーに分類される微生物であることが判明した。本発明者等は、本菌株を新規微生物バチルス・アシディセラー R61と命名し、平成23年10月26日付で日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6所在の独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センターに寄託し、受託番号 FERM BP−11436として受託された。本発明のα−グルカン転移酵素産生能を有する微生物には、上記菌株はもとより、上記菌株に突然変異を誘発し、選抜して得られる酵素高産生変異株なども包含される。突然変異の誘発には、公知の物理的及び化学的突然変異原が利用でき、例えば、工業用糖質酵素ハンドブック(1999年8月20日、株式会社講談社発行)の7及び8頁に記載される、紫外線、ニトロソグアニジン、エチルメタンスルフォネートが利用できる。
【0026】
また、上記の菌株以外に、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317又はその酵素高産生変異株、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047又はその酵素高産生変異株も同様に、本発明のα−グルカン転移酵素の給源として用いることが出来る。
【0027】
本発明のα−グルカン転移酵素の具体例としては、例えば、下記<a>乃至<c>のいずれかの理化学的性質を有するα−グルカン転移酵素が挙げられる:
<a>
(1)分子量
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法において、160,000±10,000ダルトン;
(2)至適温度
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、20分間反応の条件下で、55℃;
(3)至適pH
1mM 塩化カルシウム存在下、40℃、20分間反応の条件下で6.0;
(4)温度安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、60分間保持の条件下で50℃まで安定;及び
(5)pH安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、4℃、24時間保持の条件下でpH5.0乃至9.0で安定;
<b>
(1)分子量
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法において、160,000±10,000ダルトン;
(2)至適温度
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、30分間反応の条件下で、60℃;
(3)至適pH
1mM 塩化カルシウム存在下、50℃、30分間反応の条件下で7.5;
(4)温度安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、60分間保持の条件下で70℃まで安定;及び
(5)pH安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、4℃、24時間保持の条件下でpH4.5乃至10.5で安定;
<c>
(1)分子量
SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法において、100,000±10,000ダルトン;
(2)至適温度
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、20分間反応の条件下で、100℃;
(3)至適pH
1mM 塩化カルシウム存在下、60℃、20分間反応の条件下で6.5;
(4)温度安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、pH6.0、60分間保持の条件下で85℃まで安定;及び
(5)pH安定性
1mM 塩化カルシウム存在下、4℃、24時間保持の条件下でpH4.0乃至11.0で安定。
【0028】
本発明のDNAは、通常、所定の塩基配列を有しており、例えば、配列表における配列番号4乃至6のいずれかで示される塩基配列か、又はそれに相同的な塩基配列が挙げられる。配列表における配列番号4乃至6のいずれかで示される塩基配列に相同的な塩基配列を有する変異体DNAとしては、コードする酵素の活性を保持する範囲で、配列番号4乃至6のいずれかで示される塩基配列において1個又は2個以上の塩基が欠失、置換若しくは付加した塩基配列を有するものが挙げられる。欠失、置換若しくは付加する塩基の個数としては、通常、1乃至120個、望ましくは、1乃至60個、さらに望ましくは、1乃至30個が好適である。また、遺伝子コードの縮重に基づき、そのコードする酵素のアミノ酸配列を変えることなく塩基の1個又は2個以上を他の塩基に置換したものも当然、本発明のDNAに包含される。
【0029】
本発明のDNAを、自律複製可能な適宜ベクターに挿入して組換えDNAとすることも有利に実施できる。組換えDNAは、通常、DNAと自律複製可能なベクターとからなり、DNAが入手できれば、常法の組換えDNA技術により比較的容易に調製することができる。斯かるベクターの例としては、pBR322、pUC18、pBluescript II SK(+)、pUB110、pTZ4、pC194、pHV14、TRp7、YEp7、pBS7などのプラスミドベクターやλgt・λC、λgt・λB、ρ11、φ1、φ105などのファージベクターが挙げられる。この内、本発明のDNAを大腸菌で発現させるには、pBR322、pUC18、Bluescript II SK(+)、λgt・λC及びλgt・λBが好適であり、一方、枯草菌で発現させるには、pUB110、pTZ4、pC194、ρ11、φ1及びφ105が好適である。pHV14、TRp7、YEp7及びpBS7は、組換えDNAを二種以上の宿主内で複製させる場合に有用である。DNAを斯かるベクターに挿入するには、斯界において通常一般の方法が採用される。具体的には、まず、DNAを含む遺伝子DNAと自律複製可能なベクターとを制限酵素及び/又は超音波により切断し、次に、生成したDNA断片とベクター断片とを連結する。遺伝子DNA及びベクターの切断にヌクレオチドに特異的に作用する制限酵素、とりわけII型の制限酵素、詳細には、Sau 3AI、Eco RI、Hind III、Bam HI、Sal I、Xba I、Sac I、Pst Iなどを使用すれば、DNA断片とベクター断片とを連結するのが容易である。必要に応じて、両者をアニーリングした後、生体内又は生体外でDNAリガーゼを作用させればよい。斯くして得られる組換えDNAは、適宜宿主に導入して形質転換微生物とし、これを培養することにより無限に複製可能である。
【0030】
このようにして得られる組換えDNAは、大腸菌、枯草菌、放線菌、酵母をはじめとする適宜の宿主微生物に導入することができる。形質転換微生物を取得するには、コロニーハイブリダイゼーション法を適用するか、グルコース重合度が4以上のα−1,4グルカンを含む栄養培地で培養し、培養液をα−1,4グルカンとCDに作用させ分岐CDを生成するものを選択すればよい。
【0031】
本発明のα−グルカン転移酵素産生能を有する形質転換微生物も含めた微生物の培養に用いる培地は、微生物が生育でき、本発明のα−グルカン転移酵素を産生しうる栄養培地であればよく、合成培地及び天然培地のいずれでもよい。炭素源としては、微生物が生育に利用できる物であればよく、例えば、植物由来の澱粉やフィトグリコーゲン、動物や微生物由来のグリコーゲンやプルラン、また、これらの部分分解物やグルコース、フラクトース、ラクトース、スクロース、マンニトール、ソルビトール、糖蜜などの糖質、また、クエン酸、コハク酸などの有機酸も使用することができる。培地におけるこれらの炭素源の濃度は炭素源の種類により適宜選択できる。窒素源としては、例えば、アンモニウム塩、硝酸塩などの無機窒素化合物及び、例えば、尿素、コーン・スティープ・リカー、カゼイン、ペプトン、酵母エキス、肉エキスなどの有機窒素含有物を適宜用いることができる。また、無機成分としては、例えば、カルシウム塩、マグネシウム塩、カリウム塩、ナトリウム塩、リン酸塩、マンガン塩、亜鉛塩、鉄塩、銅塩、モリブデン塩、コバルト塩などの塩類を適宜用いることができる。更に、必要に応じて、アミノ酸、ビタミンなども適宜用いることができる。
【0032】
培養は、通常、温度15乃至41℃、好ましくは20乃至37℃、pH5乃至10、好ましくは5乃至8.3の範囲から選ばれる条件で好気的に行われる。但し、サーモアナエロバクター属微生物の培養は、嫌気的に行われる。培養時間は当該微生物が増殖し得る時間であればよく、好ましくは10時間乃至150時間である。また、培養液の溶存酸素濃度には特に制限はないが、通常は、0.5乃至20ppmが好ましく、例えば、通気量を調節したり、攪拌したり、通気に酸素を追加したり、また、ファーメンター内の圧力を高めるなどの手段が採用される。また、培養方式は、回分培養または連続培養のいずれでもよい。
【0033】
このようにして微生物を培養した後、α−グルカン転移酵素を含む培養液を回収する。α−グルカン転移酵素の酵素活性は、主に培養物の除菌液に認められ、除菌液を粗酵素液として採取することも、培養物全体を粗酵素液として用いることもできる。培養物から菌体を除去するには公知の固液分離法が採用される。例えば、培養物そのものを遠心分離する方法、あるいは、プレコートフィルターなどを用いて濾過分離する方法、平膜、中空糸膜などの膜濾過により分離する方法などが適宜採用される。除菌液はそのまま粗酵素液として用いることができるものの、一般的には濃縮して用いられる。濃縮法としては、硫安塩析法、アセトン及びアルコール沈殿法、減圧濃縮、平膜、中空膜などの膜濃縮法などを採用することができる。
【0034】
更に、α−グルカン転移酵素活性を有する除菌液及びその濃縮液を用いて、α−グルカン転移酵素を公知の方法により固定化して用いることもできる。この際、例えば、イオン交換体への結合法、樹脂及び膜などとの共有結合法・吸着法、高分子物質を用いた包括法などを適宜採用できる。
【0035】
本発明のα−グルカン転移酵素は、粗酵素液をそのまま又は濃縮して用いることができるものの、必要に応じて、公知の方法によって、さらに分離・精製して利用することもできる。例えば、培養液の除菌液を硫安塩析して濃縮した粗酵素標品を透析した後、斯界において汎用されている陰イオン又は陽イオン交換カラムクロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、アフィニティクロマトグラフィー、調製用電気泳動などの方法によって、さらに分離・精製して利用することもできる。
【0036】
本発明のα−グルカン転移酵素を、分岐CDの製造に用いると、従来の縮合反応で製造する場合に必須であった、マルトースの添加する工程や、反応後の糖液からマルトースをクロマトグラフィーにて除去する工程を必要とせず、澱粉懸濁液からより少ない工程数で分岐CDを製造することができる。さらに、本発明のα−グルカン転移酵素は分子間転移により分岐CDを生成するので、縮合反応と異なり高い酵素作用量を必要としない。従って、本発明のα−グルカン転移酵素を用いると従来より低コストで分岐CDを製造することができる。
【0037】
本発明のα−グルカン転移酵素を用いて分岐CDを製造するための原料基質は、澱粉質とCDの混合物である。この混合物は、公知の方法で得られた各種CDの混合物又は単離したα−、β−及び/又はγ−CDに澱粉質を混合することにより調製できる。また、澱粉質にCGTaseを作用させて混合物を調製することも随意である。
【0038】
本発明でいう澱粉質とは、澱粉、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲンなどや、それらをアミラーゼ又は酸などによって部分的に加水分解して得られるアミロデキストリン、マルトデキストリン、及びマルトオリゴ糖などの澱粉部分分解物などを意味する。アミラーゼで分解した部分分解物としては、例えば、『ハンドブック・オブ・アミレーシズ・アンド・リレーテッド・エンザイム(Handbook of Amylases and Related Enzymes)(1988年)パーガモン・プレス社(東京)に記載されている、α−アミラーゼ(EC 3.2.1.1)、マルトテトラオース生成アミラーゼ(EC 3.2.1.60)、マルトペンタオース生成アミラーゼ、マルトヘキサオース生成アミラーゼ(EC 3.2.1.98)、CGTase(EC 2.4.1.19)などのアミラーゼを用いて澱粉、アミロース、アミロペクチン、グリコーゲンなどを分解して得られる部分分解物を用いることができる。さらには、部分分解物を調製する際、プルラナーゼ(EC 3.2.1.41)、イソアミラーゼ(EC 3.2.1.68)などの澱粉枝切り酵素を作用させることも随意である。
【0039】
澱粉としては、例えば、とうもろこし、小麦、米など由来の地上澱粉であっても、また、馬鈴薯、さつまいも、タピオカなど由来の地下澱粉であっても使用することができ、好ましくは、これら澱粉を糊化及び/又は液化して用いるのが好適である。澱粉の糊化・液化の方法自体は、公知の方法を採用することができる。
【0040】
例えば、公知の方法で調製したβ−CDを1%(w/v)、及びアミロースを4%(w/v)含む原料基質に本発明のα−グルカン転移酵素を作用させることにより、分岐β−CDを含有する糖化液を得ることができる。更に例えば、濃度15%(w/v)の液化澱粉にCGTaseと澱粉枝切り酵素を同時に作用させることにより、各種CDとアミロースを含む糖化液とし、この糖化液に更に本発明のα−グルカン転移酵素を作用させることにより、アミロースを供与体基質、α−、β−及びγ−CDを受容体として反応させ、分岐CDを含有する糖化液を得ることができる。前者の方法では、添加する供与体基質とCDの比率を変えることで、未反応のCDに対する分岐CDの比率を制御できる。後者の方法では、基質の濃度を調整し、CDとアミロースの比率を変えることで、未反応のCDに対する分岐CDの比率を制御できる。
【0041】
上記反応に用いられるCGTaseとしては、その起源や由来に特段の制限はなく、天然の酵素であっても、遺伝子組換えによって得られる酵素であっても良く、例えば、バチルス(Bacillus)属、クレブシーラ(Klebsiella)属、サーモアナエロバクター(Thermoanaerobacter)属、ブレビバクテリウム(Brevibacterium)属、サーモコッカス(Thermococcus)属、ジオバチルス(Geobacillus)属、パエニバチルス(Paenibacillus)属などに属する細菌由来のCGTaseが適宜選択される。
【0042】
また、上記の反応によって得られた反応液は、そのまま分岐CD製品とすることもできる。また、必要に応じて、反応液に、α−アミラーゼ、β−アミラーゼ、グルコアミラーゼ及びα−グルコシダーゼから選ばれる1種又は2種以上を作用させて、分岐CDを構成する側鎖部分又は分岐CDに混在するデキストリンを加水分解し、更に糖化液に含まれるマルトオリゴ糖又は上記酵素消化後に生成するグルコースをはじめとする分解物をクロマトグラフィーにより除去することにより、分岐CD含量をさらに高めることもできる。更には、含有する還元性糖質を水素添加することにより還元力を消失させた分岐CD含有物を調製することも有利に実施できる。
【0043】
分岐CDを含有する糖質液はさらに精製して用いることもできる。精製方法としては、公知の方法を適宜選択することが出来る。例えば、イオン交換クロマトグラフィーを採用する場合、特開昭58−23799号公報、特開昭58−72598号公報などに開示されている強酸性カチオン交換樹脂を用いるカラムクロマトグラフィーを有利に用いることができる。この際、固定床方式、移動床方式、疑似移動床方式のいずれの方式を採用することも随意である
【0044】
このようにして得られた分岐CD含有糖質は溶液のまま利用できるものの、保存に有利で、且つ、用途によっては利用しやすいように、乾燥し、粉末品とするのが望ましい。乾燥には、通常、凍結乾燥、或いは噴霧乾燥やドラム乾燥などの方法を用いることができる。乾燥物は、必要に応じて、粉砕し粉末化することも、篩別又は造粒して、特定の粒度の範囲に整えることも有利に実施できる。
【0045】
本発明のα−グルカン転移酵素を用いて得られる分岐CD含有糖質は、シラップ又は粉末の形態で甘味料、呈味改良剤、品質改良剤、安定剤などとして、飲食物、嗜好物、飼料、餌料、化粧品、医薬部外品、医薬品などの各種組成物に有利に利用できる。
【0046】
以下、実験により本発明を詳細に説明する。
【0047】
<実験1:バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)由来α−グルカン転移酵素の生産>
澱粉部分分解物(商品名『パインデックス#4』、松谷化学工業株式会社製造)1.5w/v%、酵母抽出物(商品名『ポリペプトン』、日本製薬株式会社製造)0.5w/v%、酵母抽出物(商品名『酵母エキスS』、日本製薬株式会社製造)0.1w/v%、リン酸二カリウム0.1w/v%、リン酸一ナトリウム・2水和物0.06w/v%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05w/v%、硫酸第二鉄・7水和物0.001w/v%、硫酸マンガン・5水和物0.001w/v%、炭酸カルシウム0.3w/v%及び水からなる液体培地を、pH6.8に調整後、500ml容三角フラスコ1本に30ml入れ、オートクレーブで121℃、20分間滅菌し、冷却して、バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)を1白金耳接種し、27℃、230rpmで24時間回転振盪培養したものを種培養とした。
【0048】
次に、澱粉部分分解物(商品名『パインデックス#4』、松谷化学工業株式会社製)1.7w/v%、酵母抽出物(商品名『ミースト顆粒S』、アサヒフード&ヘルスケア株式会社製)1.5w/v%、リン酸二カリウム0.1w/v%、リン酸一ナトリウム・2水和物0.06w/v%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05w/v%、硫酸第二鉄・7水和物0.001w/v%、硫酸マンガン・5水和物0.001w/v%及び水からなる液体培地を、pH7.0に調整後、500ml容三角フラスコ10本に30mlずつ入れ、オートクレーブで121℃、20分間滅菌した後、冷却し、種培養液を三角フラスコ1本につき約0.3ml接種し、27℃、230rpmで24時間回転振盪培養した。培養後、培養液を遠心分離(11,000rpm、20分間)して菌体を除き、培養上清(約290mL)を得た。得られた培養上清のα−グルカン転移酵素活性を測定したところ、該酵素活性を約3.5単位/ml含んでいた。
【0049】
<実験2:バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の精製>
実験1で得た培養上清(総活性約1,020単位)を1mM塩化カルシウムを含む10mM MOPS−NaOH緩衝液(pH7.0)に対して透析し、粗酵素液約300mlを得た。粗酵素液のα−グルカン転移酵素活性は約3.0単位/mlであった(総活性約900単位)。この粗酵素液を東ソー株式会社製『DEAE−トヨパール 650S』ゲルを用いた陰イオン交換カラムクロマトグラフィー(ゲル容量180ml)に供した。α−グルカン転移酵素は、1mM塩化カルシウムを含む10mM MOPS−NaOH緩衝液(pH7.0)で平衡化したカラムに吸着した。そして、塩化ナトリウム濃度0Mから0.5Mのリニアグラジエントで溶出させたところ、塩化ナトリウム濃度約0.08M付近に溶出した画分にα−グルカン転移酵素活性が認められた。この画分を回収し、終濃度1Mとなるように硫安を添加後、遠心分離して不溶物を除き、アマシャム ファルマシア バイオテク AB(Amersham Pharmacia Biotech AB)社製『リソース フェニル(Resource PHE)』疎水カラムクロマトグラフィー(ゲル容量6ml)に供した。バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、1M硫安及び1mM塩化カルシウムを含む10mM MOPS−NaOH緩衝液(pH7.0)で平衡化したカラムに吸着した。そして、硫安濃度1Mから0Mのリニアグラジエントで溶出させたところ、硫安濃度約0.08M付近に溶出した画分にα−グルカン転移酵素活性が認められた。この画分を回収し、これを1mM塩化カルシウムを含む20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)に対して透析した。精製の各工程におけるα−グルカン転移酵素活性、全蛋白質、α−グルカン転移酵素の比活性及び収率を表1に示す。なお、精製の各工程における蛋白量は、牛血清アルブミンを標準蛋白としたBradford法により定量した。
【0051】
得られたα−グルカン転移酵素標品を8乃至16w/v%濃度勾配ポリアクリルアミドゲル電気泳動により酵素標品の純度を検定したところ、蛋白バンドは単一であり、純度の高い標品であった。
【0052】
<実験3:バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の性質>
<実験3−1:分子量>
実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品をSDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法(5乃至20w/v%濃度勾配)に供し、同時に泳動した分子量マーカー(SDS−PAGE Molecular Weight Standards,Broad Range バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社製)と比較して分子量を測定したところ、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の分子量は160,000±10,000ダルトンであることが判明した。
【0053】
<実験3−2:酵素反応の至適pH及び至適温度>
実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を用いて、酵素活性に及ぼすpH、温度の影響を本酵素の活性測定方法に準じて測定した。これらの結果を
図1(至適pH)及び
図2(至適温度)に示した。バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の至適pHは40℃、20分間反応の条件下でpH6.0であり、至適温度はpH6.0、20分間反応の条件下で55℃であることが判明した。
【0054】
<実験3−3:酵素のpH安定性及び温度安定性>
実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を用いて、本酵素のpH安定性及び温度安定性を調べた。pH安定性は、本酵素を各pHの100mM緩衝液中で4℃、24時間保持した後、pHを6.0に調整し、残存する酵素活性を測定することにより求めた。温度安定性は、酵素溶液(50mM酢酸緩衝液、pH6.0)を塩化カルシウム非存在下または1mM存在下で各温度に60分間保持し、水冷した後、残存する酵素活性を測定することにより求めた。これらの結果を
図3(pH安定性)及び
図4(温度安定性)に示した。
図3から明らかなように、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、pH5.0乃至9.0の範囲で安定であることが判明した。また、
図4から明らかなように、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、塩化カルシウム非存在下で30℃まで、塩化カルシウム1mM存在下で50℃まで安定であることが判明し、カルシウムイオンによって本酵素の温度安定性が向上することがわかった。
【0055】
<実験3−4:酵素活性に及ぼす金属塩の影響>
実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を用いて、酵素活性に及ぼす金属塩の影響を濃度1mMの各種金属塩存在下で活性測定の方法に準じて調べた。結果を表2に示す。
【0057】
表2の結果から明らかなように、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の活性は、Cu
2+及びHg
2+イオンで著しく阻害され、Al
3+、Pb
2+及びZn
2+イオンで阻害されることも判明した。また、金属イオンのキレート剤であるEDTAによっても著しく阻害されることも判明した。一方、Ca
2+及びSr
2+イオンで活性化されることが判明した。
【0058】
<実験3−5:N末端アミノ酸配列>
実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を用いて、本酵素のN末端アミノ酸配列を、プロテインシーケンサー モデル492HT(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて分析したところ、配列表における配列番号7で示されるアミノ酸配列、すなわち、Ala―Arg−Gln−Val−Val−Leu−Val−Gly−Ser−Phe−Gln−Lys−Leu−Leu−Gly;
を有していることが判明した。
【0059】
<実験3−6:部分アミノ酸配列>
実験1の方法で得た培養上清に、最終濃度80%飽和となるように硫安を添加し、4℃、24時間放置することにより塩析した。生成した塩析沈殿物を遠心分離(13,500rpm、20分間)にて回収し、これを1mM塩化カルシウムを含む5mM酢酸緩衝液(pH6.0)に溶解後、同緩衝液に対して透析し、粗酵素液として約100mlを得た。この粗酵素液から実験2記載の方法に準じてα−グルカン転移酵素の精製を行った。得られたα−グルカン転移酵素標品を5乃至20w/v%濃度勾配ポリアクリルアミドゲル電気泳動により酵素標品の純度を検定したところ、3本の蛋白バンドが検出された。これらのバンドの分子量は大きいものから順に160,000±10,000ダルトン、100,000±5,000ダルトン、60,000±5,000ダルトンであった。以後、これら3本のバンドに対応する蛋白質を分子量の大きいものから順にP1、P2、P3と呼称する。P1乃至P3のN末端アミノ酸配列をそれぞれ、プロテインシーケンサー モデル492HT(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて分析したところ、
P1:Ala−Arg−Gln−Val−Val−Leu−Val−Gly−Ser−Phe−Gln−Lys−Leu−Leu−Gly;
P2:Val−Ser−Thr−Gly−Glu−His−Tyr−Lys−Tyr−Glu−Trp−Trp;
P3:Ala−Arg−Gln−Val−Val−Leu−Val−Gly−Ser−Phe−Gln−Lys−Leu−Leu−Gly;
を有していることが判明した。P1とP3のN末端アミノ酸配列が全く同一であること、P1の分子量がP2とP3の分子量の和と一致すること、精製操作を行ってもこれら蛋白質が全く分離しないことから、P1が完全長のα−グルカン転移酵素であり、P2とP3はα−グルカン転移酵素が断片化したものと推定した。すなわち、P2のN末端アミノ酸配列がα−グルカン転移酵素の内部アミノ酸配列を指し示すものと判断した。
【0060】
<実験4:バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素をコードするDNAのクローニング及びこれを含む組換えDNAと形質転換微生物の調製>
α−グルカン転移酵素をコードするDNAをバチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)からクローニングし、自律複製可能な組換えDNAの作製、酵素をコードするDNAの塩基配列の決定、及び形質転換微生物の調製を行った。
【0061】
<実験4−1:染色体DNAの調製>
10g/lトリプトン(商品名『Bacto−tryptone』、Difco社販売)、5g/l酵母エキス(商品名『Bacto−yeast extract』、Difco社販売)、10g/l食塩及び水からなる液体培地を、500ml容三角フラスコに100mlずつ入れ、オートクレーブで121℃、20分間滅菌し、冷却して、バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)を接種し、27℃、230rpmで24時間回転振盪培養した。
【0062】
遠心分離により培養物から採取した菌体をTES緩衝液(pH8.0)に浮遊させ、リゾチームを0.05%(w/v)加え、37℃で30分間インキュベートした。処理物を−80℃で1時間凍結後、TSS緩衝液(pH9.0)を加えて60℃に加温し、TES緩衝液/フェノール混液を加え、氷水中で冷却しながら10分間激しく振盪した後、遠心分離により上清を採取した。この上清に2倍容の冷エタノールを加え、沈殿した粗染色体DNAを採取し、SSC緩衝液(pH7.1)に溶解後、リボヌクレアーゼとプロテイナーゼをそれぞれ7.5μgと125μg加え、37℃で1時間保持して反応させた。反応物にクロロホルム/イソアミルアルコール混液を加えて染色体DNAを抽出し、冷エタノールを加え、精製した染色体DNAを含む沈殿を採取した。このようにして得た精製染色体DNAを濃度約1mg/mlになるようにSSC緩衝液(pH7.1)に溶解し、−80℃で凍結した。
【0063】
<実験4−2:PCRによる部分DNA断片のクローニング及び塩基配列の決定>
α−グルカン転移酵素をコードするDNAのクローニングを行うに先立ち、まず、その部分DNA断片のPCR−クローニングを行った。α−グルカン転移酵素のN末端アミノ酸配列である配列表における配列番号7で表されるアミノ酸配列における第3乃至第8番目及び第7乃至第12番目のアミノ酸配列に基づき、配列表における配列番号8及び9で示される2種のセンスプライマーF1及びF2を合成した。また、当該酵素の内部アミノ酸配列である配列表における配列番号10で示されるアミノ酸配列における第6乃至第11番目及び第5乃至第10番目のアミノ酸配列に基づき、配列表における配列番号11及び12で示される2種のアンチセンスプライマーR1及びR2を合成した。センスプライマーF1とアンチセンスプライマーR1の組合せで、実験4−1で得た染色体DNAを鋳型として1回目のPCRを常法に従い行った。次いで、得られたPCR産物を鋳型としてセンスプライマーF2とアンチセンスプライマーR2の組合せで2回目のPCRを行ったところ、約1,700塩基対のPCR増幅DNA断片が認められた。PCR増幅DNA断片を、プラスミド(商品名「pCR−Script Cam SK(+)」、ストラタジーン社販売)の制限酵素SrfI部位に挿入した後、通常のコンピテントセル法により大腸菌コンピテントセル(商品名『XL10−Gold Kan’』、ストラタジーン社製)を形質転換した。得られた形質転換微生物から通常のアルカリ−SDS法により組換えDNAを抽出し、目的とする約1,700塩基対の挿入DNA断片を有する組換えDNAを保持する形質転換微生物を選択した。次いで、この組換えDNAの塩基配列を、通常のジデオキシ法により分析したところ、当該組換えDNAは、配列表における配列番号13で示される鎖長1,706塩基対の塩基配列を有するDNAを含んでいた。
【0064】
上記のα−グルカン転移酵素をコードするDNAの一部と推察されたDNA断片が制限酵素Spe Iにて切断されないことを予め確認した後、実験4−1で得たゲノムDNAを制限酵素Spe Iにて消化し、消化物をセルフライゲーションさせて環状化ゲノムを得た。α−グルカン転移酵素をコードするDNAの一部と推定されるDNA断片の塩基配列に基づき、配列表における配列番号14及び15で示されるセンスプライマー及びアンチセンスプライマーを合成し、上記環状化ゲノムを鋳型としてPCRを行ったところ、約7,000bpの増幅DNA断片が得られた。
【0065】
得られたDNA断片の塩基配列を、直接、常法のジデオキシ法により解読したところ、本DNA断片中に目的遺伝子全長が存在していることがわかり、α−グルカン転移酵素をコードするDNAの塩基配列及びこれにコードされる当該酵素のアミノ酸配列を決定した。その結果、バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)由来α−グルカン転移酵素は、配列表における配列番号1で示される1,472残基のアミノ酸配列からなり、且つ、当該酵素をコードするDNAは、配列表における配列番号4で示される鎖長4,419bpの塩基配列を有することが判明した。配列表における配列番号4に併記したアミノ酸配列における第1乃至35番目のアミノ酸配列は、当該酵素の分泌シグナル配列と推定された。これらのことから、当該酵素の分泌前の前駆体は、配列表における配列番号4に併記されたアミノ酸配列からなり、そのアミノ酸配列は、配列表における配列番号4に示す塩基配列にコードされていることが判明した。なお、配列表における配列番号4で示されるアミノ酸配列から第1乃至35番目の分泌シグナル配列を除いて算出される分子量は164,443であり、この値は実験3−1で求めたバチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)由来α−グルカン転移酵素の分子量、160,000±10,000ダルトンとよく一致するものであった。
【0066】
<実験5:発現用組換えDNA、pRSETA−R61の作製とその形質転換微生物SETAR61による組換え型α−グルカン転移酵素の産生>
α−グルカン転移酵素遺伝子を発現用ベクターに挿入し、組換え型α−グルカン転移酵素の大腸菌における発現を検討した。
【0067】
<実験5−1:発現用組換えDNA、pRSETA−R61の作製及び形質転換微生物SETAR61の調製>
α−グルカン転移酵素遺伝子を発現用ベクターに組込むに際し、配列表における配列番号16及び17で示されるセンスプライマーとアンチセンスプライマーを合成し、これらの組合せでPCRを行いα−グルカン転移酵素遺伝子を増幅した。常法により、制限酵素Sac I及びKpn Iで消化した発現用ベクターpRSET A(インビトロジェン社製)に、上記で増幅したDNAを組込んで得られた組換えDNAを『pRSETA−R61』と命名した。pRSETA−R61を用いて大腸菌コンピテントセル(商品名『XL10−Gold Kan’』、ストラタジーン社製)を形質転換し、得られた形質転換微生物からpRSETA−R61を調製し、発現用宿主大腸菌BL21(DE3)(ノバジェン社製)を形質転換して形質転換微生物『SETAR61』を調製した。
【0068】
<実験5−2:形質転換微生物SETAR61による組換え型α−グルカン転移酵素の産生>
形質転換微生物SETAR61を、500ml容の三角フラスコに100mlずつ入れたTB培地(トリプトン 1.2%、酵母エキス 2.4%、グリセリン 0.4%、リン酸2水素1カリウム 17mM、リン酸水素2カリウム 72mM、pH6.8、アンピシリン 80μg/ml含有)に植菌し、27℃で24時間培養した。得られた培養物を、常法に従い、遠心分離して培養上清と菌体とに分離して回収した。菌体については、超音波破砕法により細胞からの全抽出物を調製した。超音波破砕法は、菌体を20mMトリス−塩酸緩衝液(pH7.5)に懸濁した後、その菌体懸濁液を氷水中で冷却しながら超音波ホモジナイザー(モデルUH−600、株式会社エスエムテー製)で細胞破砕することによって行い、その破砕物を全細胞抽出物とした。
【0069】
このようにして調製した培養上清と全細胞抽出物とについて、それぞれのα−グルカン転移酵素活性を測定した。なお、対照としてプラスミドpRSET Aを保持する大腸菌BL21(DE3)を上述の形質転換微生物の場合と同一条件で培養し、培養物から培養上清と全細胞抽出物を調製し、同様にα−グルカン転移酵素活性を測定した。その結果、形質転換微生物SETAR61の全細胞抽出物にのみ当該酵素活性が認められ、形質転換微生物SETAR61はα−グルカン転移酵素を細胞内に産生することが判明した。
【0070】
形質転換微生物SETAR61の全細胞抽出物を、実験2の方法に準じて精製し、さらにこの精製酵素標品を実験3の方法に準じて分析した。その結果、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分子量は約160,000±10,000ダルトン、至適温度は、pH6.0、20分間反応の条件下で約55℃、至適pHは40℃、20分間反応の条件下で約6.0、温度安定性は、各温度に60分間保持する条件下で、塩化カルシウム非存在下で30℃まで、1mM塩化カルシウム存在下で約50℃まで安定であり、pH安定性は、各pHに4℃で24時間保持する条件下で5.0乃至9.0の範囲で安定であった。これらの理化学的性質は、実験3に示された方法で調製された当該酵素のそれと実質的に同一であった。以上の結果は、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、組換えDNA技術によって良好に製造できることを示している。
【0071】
<実験6:各種糖質への作用>
各種糖質を用いて、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の基質特異性を調べた。マルトース、マルトトリオース、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオース、マルチトール、マルトトリイトール、マルトテトライトール、α−、β−又はγ−CD、アミロース、可溶性澱粉、プルラン又はデキストランを含む水溶液を調製し、これらの基質溶液に、最終濃度20mM酢酸緩衝液(pH6.0)と最終濃度1mM塩化カルシウムを加えた後、実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を基質固形物1グラム当りそれぞれ1単位ずつ加え、基質濃度を2w/v%になるように調整し、これを40℃で24時間作用させた。酵素反応前後の反応液をシリカゲル薄層クロマトグラフィー(以下、TLCと略す)法で分析し、それぞれの糖質に対する酵素作用の有無又は強さの程度を確認した。詳細には、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の分解作用により生成するオリゴ糖量により評価した。TLCは、展開溶媒としてn−ブタノール、ピリジン、水混液(容量比6:4:1)を、また、薄層プレートとしてメルク社製『キーゼルゲル60』(アルミプレート、10×20cm)を用い、2回展開後、硫酸−メタノール法にて分離した糖質を発色させる方法で実施した。さらに、作用した糖質の反応液の組成を高速液体クロマトグラフィー法(以下、HPLCと略称する。)で調べ、分解物を同定した。なお、HPLCは、カラムに『MCIgel CK04SS』(株式会社三菱化学製)を2本連結したものを用い、溶離液に水を用いて、カラム温度80℃、流速0.4ml/分の条件で行い、検出は示差屈折計RID−10A(株式会社島津製作所製)を用いて行った。結果を表3に示す。なお、TLC法又はHPLCで認められた基質以上の重合度を有する糖質を転移糖とした。
【0073】
表3の結果から明らかなように、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、試験した糖質のうち、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースなどの一連のマルトオリゴ糖によく作用し、試験した糖質より低重合度のマルトオリゴ糖を生成した。また、マルトトリオースがα−1,6結合したプルランにも作用し、マルトトリオースを生成した。さらに、アミロース及び可溶性澱粉などのα−1,4結合したグルコースが主たる構成糖である多糖にもバチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素はよく作用し、主にマルトース、マルトトリオース、マルトテトラオースなどを生成した。これらの結果より、本酵素はグルコース重合度が4以上のグルカンに作用し、α−1,4グルコシド結合及びα−1,6グルコシド結合の両方を加水分解することが判明した。基質特異性からバチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素はアミロプルラナーゼに属する酵素と推定された。一方、マルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースなどの一連のマルトオリゴ糖からは加水分解物の他に、より重合度の高い糖転移生成物も認められた。なお、アミロース及び可溶性澱粉からも、高重合度の糖転移生成物の生成が考えられた。
【0074】
<実験7:受容体特異性>
アミロースを供与体、各種糖質を受容体として用いて、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の受容体特異性を調べた。なお、実験6において本酵素反応の供与体及び受容体となったマルトテトラオース、マルトペンタオース、マルトヘキサオース、マルトヘプタオースなどの一連のマルトオリゴ糖及びマルトテトライトールについては本試験から除外した。自身が供与体とはならないマルトース、マルトトリオース、マルチトール、マルトトリイトール、α−、β−又はγ−CDを含む水溶液を調製した。これらの基質溶液に、供与体として最終濃度1w/v%のアミロース(商品名『アミロース EX−I』、株式会社林原製)、最終濃度20mM酢酸緩衝液(pH6.0)及び最終濃度1mM塩化カルシウムを加えた後、実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品をアミロース固形物1グラム当り2単位を加え、供与体濃度を0.5w/v%になるように調整し、これを40℃で48時間作用させた。酵素反応前後の反応液は、CD以外の糖質が受容体の場合についてはβ−アミラーゼ消化を、CDが受容体の場合についてはグルコアミラーゼ消化を行い、反応液中の直鎖α−1,4グルカンを分解して糖転移物の生成を容易に確認できるようにした後、組成をHPLCで調べ、糖転移物の有無を確認した。なお、β−アミラーゼ消化はβ−アミラーゼ(大豆由来、ナガセケムテックス株式会社製)をアミロース固形物1グラム当り10単位を加え、アミロース濃度を0.5w/v%になるように調整し、これを50℃、pH5.0で48時間作用させた。また、グルコアミラーゼ消化はグルコアミラーゼ(リゾプス属(Rhizopus sp.)由来、生化学工業株式会社製)をアミロース固形物1グラム当り100単位を加え、アミロース濃度を0.5w/v%になるように調整し、これを50℃、pH5.0で48時間作用させた。HPLCは、実験6に記載の条件を用いて行った。結果を表4に示す。
【0076】
表4の結果から明らかなように、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、試験した糖質のうち、マルトトリオースと、α−、β−及びγ−CDを受容体として糖転移物を生成することがわかった。従って、グルコース重合度が7以上のCDが、本酵素による転移反応の受容体となることが判明した。また、グルコース重合度が3以上のα−1,4グルカン、糖アルコールの場合はマルトテトライトール以上の重合度を持つグリコシルソルビトールも受容体となることがわかった。
【0077】
<実験8:各種CDへの糖転移>
<実験8−1:β−CD又はγ−CDへの糖転移>
最終濃度1w/v%のβ−CD又はγ−CDと、最終濃度4w/v%のアミロース(商品名『アミロース EX−I』、株式会社林原製)水溶液に、最終濃度20mM酢酸緩衝液(pH6.0)及び最終濃度1mM塩化カルシウムを加えた後、実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を、アミロース固形分1グラム当り0.5単位加え、50℃、pH6.0で48時間作用させ、100℃で10分間保持して反応を停止した。なお、対照として、CDを含まないアミロースのみでの酵素反応も行い、合計3種類の「酵素反応物」を得た。3種類の酵素反応物のそれぞれ一部に、トランスグルコシダーゼ(トランスグルコシダーゼL「アマノ」天野エンザイム株式会社製、以下「TG」という)を固形物1グラム当り1,000単位添加して50℃、pH5.0で24時間反応させた。反応後、約100℃で10分間、熱処理して反応を停止させたものを「TG消化物」とした。本操作を行うと、直鎖α−1,4グルカンがグルコースに分解されるので、グルコース、CD及びグルコシル分岐が1つ以上導入された分岐CDが残存することとなる。さらに、合計3種類の酵素反応液のそれぞれ一部を用いてアルカリ処理物を調製した。上述の酵素反応物8mlに水酸化ナトリウムを添加してpHを12に調整し、98℃で1時間保持することにより還元糖を分解した。不溶物を濾過して除去した後、三菱化学製カチオン交換樹脂『ダイヤイオンSK−1B』とオルガノ製アニオン交換樹脂『IRA411S』を用いて脱色、脱塩し、精密濾過した後、エバポレーターで乾固し、8mlの水に溶解させたものを「アルカリ処理物」とした。アルカリ処理では、還元糖が分解されるので、環状構造を有するような非還元性糖質のみが残存することとなる。以上、3種類の酵素反応物、これらからそれぞれ調製したTG消化物及びアルカリ処理物、合計9種類のサンプルを実験6に記載の条件にてHPLCを用いて分析した。溶出パターンを
図7乃至9に示す。
【0078】
バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素をアミロースのみに作用させた場合(
図7−ロ)、低分子マルトオリゴ糖が生成した。TG消化物(
図7−ハ)において全てグルコースにまで分解されたこと、及びアルカリ処理物(
図7−ニ)において全ての糖質が分解されたことから、本酵素はアミロースから環状糖質を生成しないことが判明した。次に、アミロースとβ−CDの混合基質に作用させた場合(
図8−ロ)、溶出時間が60乃至100分の間に転移糖と考えられる複数のピークが観察された。TG消化物では、転移糖(以下、「転移糖A」とする)が観察された(
図8−ハ)。アルカリ処理物では、β−CDの他に、溶出時間が80.3分以前に一連の非還元性糖質が認められた(
図8−ニ)。そこで、溶出時間66.6分、74.1分及び80.3分の転移糖をそれぞれ、転移糖B、C及びDと名付けた。
【0079】
一方、アミロースとγ−CDの混合基質に作用させた場合(
図9−ロ)は、反応前(
図9−イ)と比較して新たな溶出時間のピークは認められなかったが、TG消化物(
図9−ハ)では、溶出時間52.8分に転移糖(以下「転移糖E」とする)が認められた。また、アルカリ処理物(
図9−ニ)中の主な転移糖として、溶出時間42.0分、45.7分及び48.3分の転移糖が認められ、それぞれ転移糖F、G及びHと名付けた。
【0080】
<実験8−2:転移糖の単離>
転移糖A乃至Hの単離を試みた。α−グルカン転移酵素をβ−CD、又はγ−CDとアミロースの混合物に作用させた反応物から調製したTG消化物又はアルカリ処理物を、それぞれ1回に50μlで100回に分けて、実験6に記載の条件でHPLCカラムに供して精製し、いずれも純度97%以上の転移糖A乃至Hを固形物として10mg以上得た。
【0081】
<実験8−3:転移糖の構造解析>
<実験8−3−1:質量分析>
実験8−2で得られた転移糖A乃至Hについて、質量分析装置『LCQ Advantage』(サーモエレクトロン社製)を用いて質量分析した。結果を表5にまとめた。
【0083】
表5の結果から、転移糖A乃至Hは、グルコース残基数8乃至12個の分岐CDであることが判明した。
【0084】
<実験8−3−2:プルラナーゼによる分解試験>
実験8−2で得られた転移糖A乃至Hについて、プルラナーゼによる分解試験を行った。各転移糖を最終濃度0.5w/v%でプルラナーゼ(株式会社林原製)を固形物1グラム当り200単位添加して、50℃、pH6.0にて96時間反応させた。100℃で10分間保持して反応を停止した後、実験6に記載の条件にてHPLCで分析し、生成物を調べたところ、転移糖A及びEは分解されず、転移糖Bは等モルのマルトテトラオースとβ−CDに、転移糖Cは等モルのマルトトリオースとβ−CDに、転移糖Dは等モルのマルトースとβ−CDに、転移糖Fは等モルのマルトテトラオースとγ−CDに、転移糖Gは等モルのマルトトリオースとγ−CDに、転移糖Hは等モルのマルトースとγ−CDに、それぞれ分解された。即ち、転移糖B乃至D及びF乃至Hは、マルトオリゴ糖分子と、β−CD、又はγ−CD分子がα−1,6グルコシド結合した構造を有することが判明した。
【0085】
以上の結果から、転移糖B、C、Dはそれぞれ、6−α−マルトテトラオシル−β−CD、6−α−マルトトリオシル−β−CD、6−α−マルトシル−β−CDであることが判明した。また、転移糖F、G、Hはそれぞれ、6−α−マルトテトラオシル−γ−CD、6−α−マルトトリオシル−γ−CD、6−α−マルトシル−γ−CDであることが判明した。
【0086】
また、転移糖A及びEと、和光純薬工業株式会社から購入した標準試薬分岐CDのHPLCによる分析における溶出時間を比較すると、転移糖Aは6−α−グルコシル−β−CDと、転移糖Eは6−α−グルコシル−γ−CDと溶出時間がそれぞれ一致した。本結果と実験8−3−1で行った質量分析の結果から、転移糖A及びEは、それぞれ、6−α−グルコシル−β−CD及び6−α−グルコシル−γ−CDであることが判明した。
【0087】
なお、
図8−ハにおいて、73.6分及び77.3分に溶出されるマイナー成分は、β−CDを構成するグルコース残基の内、2残基に対してグルコシル分岐を有する転移糖を含むと考えられる。同様に、
図9−ハにおいて、42.8分に溶出されるマイナー成分は、γ−CDを構成するグルコース残基の内、2残基に対してグルコシル分岐を有する転移糖を含むと考えられる。
【0088】
以上の結果から、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素
は、β−及びγ−CDの1個以上のグルコース残基に対して、重合度2以上のα−1,4グルカンをα−1,6グリコシル転移することが明らかとなった。
【0089】
<実験8−4:α−CDへの糖転移>
最終濃度4w/v%のα−CDと最終濃度4w/v%のマルトペンタオース水溶液に、最終濃度20mM酢酸緩衝液(pH6.0)及び最終濃度1mM塩化カルシウムを加えた後、実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を、マルトペンタオース固形分1グラム当り2単位加え、50℃、pH6.0で48時間作用させ、100℃で10分間保持して反応を停止した。なお、α−グルカン転移酵素を作用させていない反応物を対照とするために、以下同様に処理した。こうして得た反応物を実験8−1、2及び3と同様の方法にて分析した。その結果、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素は、α−CDに対しても、β−及びγ−CDと同様に、1個以上のグルコース残基に対して、重合度2以上のα−1,4グルカンをα−1,6グリコシル転移することが明らかとなった。
【0090】
<実験9:澱粉部分分解物からの分岐CDの調製>
最終濃度約10w/v%の澱粉部分分解物(商品名「パインデックス#100」、松谷化学工業株式会社製)水溶液に、最終濃度10mM酢酸緩衝液(pH5.0)及び最終濃度2mMの塩化カルシウムを加えた。これに、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)由来CGTase(株式会社林原製)を基質固形物1グラム当り4単位及びイソアミラーゼ(株式会社林原製)を基質固形物1グラム当り1000単位加え、50℃で24時間反応させた後、100℃に加熱し30分保持して反応を停止させた。次いで、この反応液に、実験2の方法で得たα−グルカン転移酵素精製標品を固形物1グラム当り2.0単位加え、50℃、48時間作用させた後、反応液を100℃に加熱し30分間保持し、反応物Aとした。反応物Aを実験8−1と同様にしてTG消化物を調製し、実験6記載の条件でHPLCにて分析した。また、対照として市販分岐CD製品(イソエリート40P、塩水港精糖株式会社製)で同様に、TG消化物の調製及びHPLCによる分析を行った。その結果、糖組成に占めるCD及び分岐CDの総含量は、反応物Aで33.8%、市販分岐CD製品で32.6%であり、同等であった。また、分岐CD含量のみについて比較した場合でも、反応物Aで14.4%、市販分岐CD製品で15.8%となっており、反応物Aと市販分岐CD製品は同等のものであった。
【0091】
以上の結果より、本酵素を利用することで、従来の分岐CDの製造において必須であった、マルトースを添加する工程及びマルトースを除去する工程を行うことなく、従来品と同等の分岐CDを
図2に示すような簡素な工程にて製造できることが判明した。また、従来の縮合反応を利用する製造方法では、効率を上げるために酵素作用量を高くしなければならないが、本酵素は分子間転移反応にて分岐CDを製造できるので、必要とする酵素作用量は縮合反応に比べ、少なくて良い。これらのことから、本酵素を分岐CD製造に利用することで、工程の簡素化及び使用する酵素量の減少により、製造コストを下げることが可能であると考えられる。
【0092】
<実験10:他起源細菌からのα−グルカン転移酵素の検索>
実験4−2で得られたα−グルカン転移酵素と同様の酵素が他の細菌にも存在しているかを調査するために、BLASTPプログラムを用いて配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列の相同性検索を行った。その結果、アノキシバチルス属やサーモアナエロバクター属に高い相同性を示すアミノ酸配列が幅広く存在することがわかった。よって、これらの属に属する微生物は、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素と同様の活性を有する酵素を産生している可能性が考えられた。そこで、自社で保有するアノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317及びサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047からα−グルカン転移酵素の検出を試みた。
【0093】
<実験11:アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素>
<実験11−1:アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素の生産>
酵母抽出物(商品名『ポリペプトン』、日本製薬株式会社製造)1.0w/v%、酵母抽出物(商品名『イースト・エキストラクト』、ベクトン・ディッキンソン社製造)0.2w/v%、硫酸マグネシウム・7水和物0.1w/v%、及び水からなる液体培地を、pH7.0に調整後、500ml容三角フラスコ1本に50ml入れ、オートクレーブで121℃、20分間滅菌し、冷却して、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317を1白金耳接種し、50℃、230rpmで16時間回転振盪培養したものを種培養とした。
【0094】
プルラン(株式会社林原製)0.7w/v%、カゼイン分解物(商品名『トリプトン』、ベクトン・ディッキンソン社製造)1.3w/v%、酵母抽出物(商品名『イースト・エキストラクト』、ベクトン・ディッキンソン社製造)0.2w/v%、硫酸マグネシウム・7水和物0.1w/v%、酢酸アンモニウム0.1w/v%、及び水からなる液体培地を、pH7.0に調整後、500ml容三角フラスコ100本に100mlずつ入れ、オートクレーブで121℃、20分間滅菌し、冷却した。次いで、種培養液を三角フラスコ1本につき約1.0ml接種し、50℃、230rpmで66時間回転振盪培養した。培養後、培養液を遠心分離(11,000rpm、20分間)して菌体を除き、培養上清(約8,000mL)を得た。得られた培養上清のα−グルカン転移酵素活性を測定したところ、該酵素活性を約0.03単位/ml含んでいた。
【0095】
<実験11−2:アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素の精製>
実験11−1で得た培養上清(総活性約240単位)に80%飽和になるように硫安を添加、溶解し、4℃、24時間放置することにより塩析した。沈殿した塩析物を遠心分離(10,500rpm、20分間)にて回収し、これを20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)に溶解後、同緩衝液に対して透析し、遠心分離して不溶物を除き、粗酵素液を91ml得た。粗酵素液のα−グルカン転移酵素活性は約2.2単位/mlであった(総活性約200単位)。この粗酵素液を東ソー株式会社製『DEAE−トヨパール 650S』ゲルを用いた陰イオン交換カラムクロマトグラフィー(ゲル容量180ml)に供し、実験2と同様にして、α−グルカン転移酵素活性画分を回収した。回収した画分に、終濃度1.5Mとなるように硫安を添加後、遠心分離して不溶物を除き、東ソー株式会社製『Phenyl−トヨパール 650M』ゲルを用いた疎水カラムクロマトグラフィー(ゲル容量17ml)に供した。α−グルカン転移酵素は、1.5M硫安を含む20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)で平衡化したカラムに吸着した。そして、硫安濃度1.5Mから0Mのリニアグラジエントで溶出させたところ、硫安濃度約0.65M付近に溶出した画分にα−グルカン転移酵素活性が認められた。この画分を回収し、10mM リン酸緩衝液(pH7.0)に対して透析した後、和光純薬社製『ハイドロキシアパタイト・ファストフロー』ゲルを用いた群特異的アフィニティーカラムクロマトグラフィー(ゲル容量8.6ml)に供した。α−グルカン転移酵素は、10mM リン酸緩衝液(pH7.0)で平衡化したカラムに吸着した。そして、リン酸濃度0.01Mから0.3Mのリニアグラジエントで溶出させたところ、リン酸濃度約0.03M付近に溶出した画分にα−グルカン転移酵素活性が認められた。この画分を回収し、これを0.4M塩化ナトリウムを含む20mM酢酸ナトリウム緩衝液(pH6.0)に対して透析した後、0.2mlまで濃縮し、GEヘルスケア・バイオサイエンス社製『スーパーローズ12』ゲルを用いたゲルろ過カラムクロマトグラフィー(ゲル容量24ml)に供した。α−グルカン転移酵素は、0.4M塩化ナトリウムを含む20mM 酢酸緩衝液(pH6.0)で平衡化したカラムを通過し、溶出液量10.5ml付近に溶出した。この画分を回収し、これを20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)に対して透析した。各精製の各工程におけるα−グルカン転移酵素活性、全蛋白質、α−グルカン転移酵素の比活性及び収率を表6に示す。なお、精製の各工程における蛋白量は、牛血清アルブミンを標準蛋白としたBradford法により定量した。
【0097】
得られたα−グルカン転移酵素標品を8乃至16w/v%濃度勾配ポリアクリルアミドゲル電気泳動により酵素標品の純度を検定したところ、蛋白バンドは単一であり、純度の高い標品であった。
【0098】
<実験11−3:アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素の性質>
実験11−2で得られたα−グルカン転移酵素標品の分子量、至適pH、至適温度、pH安定性及び温度安定性を実験3と同様の方法にて調べた。その結果、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分子量は約160,000±10,000ダルトン、至適温度は、pH6.0、30分間反応の条件下60℃、至適pHは50℃、30分間反応の条件下で7.5、温度安定性は、各温度に60分間保持する条件下で、1mM塩化カルシウム存在下で約70℃まで安定であり、pH安定性は、各pHに4℃で24時間保持する条件下で4.6乃至10.7の範囲で安定であった。また、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素の基質特異性及び受容体特異性はバチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素と良く一致した。
【0099】
<実験11−3−4:N末端アミノ酸配列>
実験11−2の方法で得たα−グルカン転移酵素標品を用いて、本酵素のN末端アミノ酸配列を、実験3−6と同様にして分析したところ、配列表における配列番号18で示されるアミノ酸配列、すなわち、Asn−Glu−Asn−Val−Gln−Ser−Pro−Val−Glu−Gln−Gln−Arg;
を有していることが判明した。
【0100】
<実験11−4:α−グルカン転移酵素をコードするDNAのクローニング及びこれを含む組換えDNAと形質転換微生物の調製>
α−グルカン転移酵素をコードするDNAをアノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317からクローニングし、自律複製可能な組換えDNAの作製、酵素をコードするDNAの塩基配列の決定、及び形質転換微生物の調製を行った。
【0101】
<実験11−4−1:染色体DNAの調製>
10g/lトリプトン(商品名『Bacto−tryptone』、Difco社販売)、5g/l酵母エキス(商品名『Bacto−yeast extract』、Difco社販売)、10g/l食塩及び水からなる液体培地を、500ml容三角フラスコに100mlずつ入れ、オートクレーブで121℃、20分間滅菌し、冷却して、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317を接種し、50℃、230rpmで24時間回転振盪培養した。
【0102】
遠心分離により培養物から採取した菌体から実験4−2と同様にして染色体DNAを含む沈殿を採取した。こうして得た精製染色体DNAを濃度約1mg/mlになるようにSSC緩衝液(pH7.1)に溶解し、−80℃で凍結した。
【0103】
<実験11−4−2:PCRによる部分DNA断片のクローニング及び塩基配列の決定>
α−グルカン転移酵素をコードするDNAのクローニングを行うに先立ち、まず、その部分DNA断片のPCR−クローニングを行った。α−グルカン転移酵素のN末端アミノ酸配列である配列表における配列番号18で表されるアミノ酸配列における第1乃至第5番目及び第7乃至第11番目のアミノ酸配列に基づき、配列表における配列番号19及び20で示される2種のセンスプライマーF101及びF102を合成した。また、バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素の内部アミノ酸配列、すなわち、配列表における配列番号1で示されるアミノ酸配列における第820乃至第824番目及び第1,296乃至第1,301番目のアミノ酸配列に基づき、配列表における配列番号21及び22で示される2種のアンチセンスプライマーR101及びR102を合成した。センスプライマーF101とアンチセンスプライマーR102の組合せで、実験11−4−1で得た染色体DNAを鋳型として1回目のPCRを常法に従い行った。次いで、得られたPCR産物を鋳型としてセンスプライマーF102とアンチセンスプライマーR101の組合せで2回目のPCRを行ったところ、約2,300塩基対のPCR増幅DNA断片が認められた。得られた断片を用いて、実験4−2の方法に準じて塩基配列を分析したところ、当該DNAは、配列表における配列番号23で示される鎖長2,333塩基対の塩基配列を有した。
【0104】
上記のα−グルカン転移酵素をコードするDNAの一部と推察されたDNA断片が制限酵素Spe Iにて切断されないことを予め確認した後、実験11−4−1で得た染色体DNAを制限酵素Spe Iにて消化し、消化物をセルフライゲーションさせて環状化ゲノムを得た。α−グルカン転移酵素をコードするDNAの一部と推定されるDNA断片の塩基配列に基づき、配列表における配列番号24及び25で示されるセンスプライマー及びアンチセンスプライマーとして合成し、上記環状化ゲノムを鋳型としてPCRを行ったところ、約8,500bpのDNA断片が得られた。
【0105】
得られたDNA断片の塩基配列を、直接、常法のジデオキシ法により解読したところ、本DNA断片中に目的遺伝子全長が存在していることがわかり、α−グルカン転移酵素をコードするDNAの塩基配列及びこれにコードされる当該酵素のアミノ酸配列を決定した。その結果、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素は、配列表における配列番号2で示される1,921残基のアミノ酸配列からなり、且つ、当該酵素をコードするDNAは、配列表における配列番号5で示される鎖長5,763bpの塩基配列を有することが判明した。また、配列表における配列番号5に併記したアミノ酸配列における第1乃至30番目のアミノ酸配列は、当該酵素の分泌シグナル配列と推定された。これらのことから、当該酵素の分泌前の前駆体は、配列表における配列番号5に併記されたアミノ酸配列からなり、そのアミノ酸配列は、配列表における配列番号5に示す塩基配列にコードされていることが判明した。
【0106】
<実験11−5:発現用組換えDNA、pRSETA−AF61の作製とその形質転換微生物SETAAF61による組換え型α−グルカン転移酵素の産生>
アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素遺伝子を発現用ベクターに挿入し、組換え型α−グルカン転移酵素の大腸菌における発現を検討した。
【0107】
<実験11−5−1:発現用組換えDNA、pRSETA−AF61の作製及び形質転換微生物SETAAF61の調製>
α−グルカン転移酵素遺伝子を発現用ベクターに組込むに際し、配列表における配列番号26及び27で示されるセンスプライマーとアンチセンスプライマーを合成し、これらの組合せでPCRを行いα−グルカン転移酵素遺伝子を増幅した。常法により、制限酵素Nde I及びKpn Iで消化した発現用ベクターpRSET A(インビトロジェン社製)に、上記で増幅したDNAを組込んで得られた組換えDNAを『pRSETA−AF61』と命名した。pRSETA−AF61を用いて、実験5−2と同様に操作し、形質転換微生物『SETAAF61』を調製した。
【0108】
<実験11−5−2:形質転換微生物SETAAF61による組換え型α−グルカン転移酵素の産生>
形質転換微生物SETAAF61について実験5−2と同様の操作にて培養上清と全細胞抽出物調製した。それぞれのα−グルカン転移酵素活性を測定した。なお、対照としてプラスミドpRSET Aを保持する大腸菌BL21(DE3)を用いて、上述の形質転換微生物の場合と同一条件で調製した培養上清と全細胞抽出物のα−グルカン転移酵素活性を測定した。その結果、実験5−2と同様に形質転換微生物SETAAF61は、α−グルカン転移酵素を細胞内に産生することが判明した。
【0109】
得られた全細胞抽出物を、実験11−2に示した方法に準じて精製し、さらにこの精製酵素標品を実験11−3に示した方法に準じて分析した。その結果、実験11−2の方法で調製された当該酵素の理化学的性質と実質的に同一であった。以上の結果は、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素は、組換えDNA技術によって良好に製造できることを示している。
【0110】
<実験11−7:CDへの糖転移>
最終濃度4.4w/v%のα−、β−又はγ−CDと最終濃度4.4w/v%のマルトペンタオース水溶液に、最終濃度50mM酢酸緩衝液(pH6.0)及び最終濃度1mM塩化カルシウムを加えた後、実験11−5−2で得たα−グルカン転移酵素精製標品を、マルトペンタオース固形分1グラム当り2単位加え、60℃、pH6.0で72時間作用させ、100℃で10分間保持して反応を停止した。また、α−グルカン転移酵素を添加していないものを対照として用意した。こうして得た酵素反応物を実験8と同様にして分析した結果、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素は、バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)由来α−グルカン転移酵素と同様の作用を有し、α−、β−及びγ−CDに対して、重合度2以上のマルトオリゴ糖のα−1,6グリコシル転移を触媒することが判明した。
【0111】
<実験12:サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素>
<実験12−1:サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素をコードするDNAのクローニング及びこれを含む組換えDNAと形質転換微生物の調製>
嫌気性好熱細菌であるサーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047は、バチルス・アシディセラー R61やアノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317と異なり、好気培養を行うことが不可能であるため、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047の染色体DNAからバチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素と相同性の高いアミノ酸配列をコードするDNAをクローニングし、自律複製可能な組換えDNAの作製、大腸菌を宿主とした組み換え酵素を調製することにより、α−グルカン転移酵素の検出を試みた。
【0112】
<実験12−1−1:染色体DNAの調製>
炭素源として0.5w/v%グルコースに代えて0.5w/v%トレハロースを用いたこと以外は全て『ATCC カタログ・オブ・バクテリア・アンド・バクテリオファージズ、第18版』(アメリカン・タイプ・カルチャー・コレクション発行、1992年)、452乃至456頁に記載のサーモアナエロビウム・ブロッキイ培地の調製法に従って、培地を100ml容耐圧ボトルに100ml調製した後、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047を接種し、60℃、24時間培養した。
【0113】
遠心分離により培養物から採取した菌体から実験4−2と同様にして染色体DNAを含む沈殿を採取した。こうして得た精製染色体DNAを濃度約1mg/mlになるようにSSC緩衝液(pH7.1)に溶解し、−80℃で凍結した。
【0114】
<実験12−1−2:PCRによるDNA断片の増幅及び塩基配列の決定>
α−グルカン転移酵素をコードするDNAのクローニングを行うために、プライマーの合成を行った。プライマーの塩基配列はサーモアナエロバクター・ブロッキイに属する細菌のうち、染色体DNAの全塩基配列が明らかにされているサーモアナエロバクター・ブロッキイ サブスピーシーズ・フィンニイ Ako−1の配列を参考にした。バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素と相同性を示すアミノ酸配列をコードするDNAをサーモアナエロバクター・ブロッキイ サブスピーシーズ・フィンニイ Ako−1の染色体DNA上で特定した後、α−グルカン転移酵素遺伝子全域を増幅するため、配列表における配列番号28及び29で示されるセンスプライマーTFA及びアンチセンスプライマーTRAを合成し、これらの組合せで、実験12−1−1で得た染色体DNAを鋳型としてPCRを常法に従い行った。その結果、約5,000塩基対のDNA断片が得られた。
【0115】
得られたDNA断片の塩基配列を、直接、常法のジデオキシ法により解読したところ、本DNA断片中にα−グルカン転移酵素遺伝子全長が存在していることがわかり、α−グルカン転移酵素をコードするDNAの塩基配列及びこれにコードされる当該酵素のアミノ酸配列を決定した。その結果、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素は、配列表における配列番号3で示される1,674残基のアミノ酸配列からなり、且つ、当該酵素をコードするDNAは、配列表における配列番号6で示される鎖長5,025bpの塩基配列を有することが判明した。また、配列表における配列番号6に併記したアミノ酸配列における第1乃至31番目のアミノ酸配列は、当該酵素の分泌シグナル配列と推定された。これらのことから、当該酵素の分泌前の前駆体は、配列表における配列番号6に併記されたアミノ酸配列からなり、そのアミノ酸配列は、配列表における配列番号6に示す塩基配列にコードされていることが判明した。なお、配列表における配列番号3で示されるアミノ酸配列から第1乃至31番目の分泌シグナル配列を除いて算出される分子量は183,753であった。サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来のα−グルカン転移酵素遺伝子は、プライマー合成の参考にしたサーモアナエロバクター・ブロッキイ サブスピーシーズ・フィンニイ Ako−1の対応する遺伝子と完全に一致し、従ってその遺伝子から転写・翻訳されるアミノ酸配列も完全に一致していた。
【0116】
<実験12−2:発現用組換えDNA、pRSETA−TB61の作製とその形質転換微生物SETATB61による組換え型α−グルカン転移酵素の産生>
サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素遺伝子を発現用ベクターに挿入し、組換え型α−グルカン転移酵素の大腸菌における発現を検討した。
【0117】
<実験12−2−1:発現用組換えDNA、pRSETA−TB61の作製及び形質転換微生物SETATB61の調製>
α−グルカン転移酵素遺伝子を発現用ベクターに組込むに際し、配列表における配列番号30及び31で示される塩基配列を有するセンスプライマー及びアンチセンスプライマーを合成し、これらの組合せでPCRを行いα−グルカン転移酵素遺伝子を増幅した。常法により、制限酵素Xho I及びEco RIで消化した発現用ベクターpRSET A(インビトロジェン社製)に、上記で増幅したDNAを組込んで得られた組換えDNAを『pRSETA−TB61』と命名した。pRSETA−TB61を用いて大腸菌コンピテントセル(商品名『XL10−Gold Kan’』、ストラタジーン社製)を形質転換し、得られた形質転換微生物からpRSETA−TB61を調製し、発現用宿主大腸菌Rosetta(DE3)(ノバジェン社製)を形質転換して形質転換微生物『SETATB61』を調製した。
【0118】
<実験12−2−2:形質転換微生物SETATB61による組換え型α−グルカン転移酵素の産生>
形質転換微生物SETATB61について実験5−2と同様の操作にて培養上清と全細胞抽出物を調製した。それぞれのα−グルカン転移酵素活性を測定した。なお、対照としてプラスミドpRSET Aを保持する大腸菌Rosetta(DE3)を上述の形質転換微生物の場合と同一条件で培養し、培養物から培養上清と全細胞抽出物を調製し、同様にα−グルカン転移酵素活性を測定した。その結果、実験5−2同様に形質転換微生物SETATB61の全細胞抽出液にのみα−グルカン転移酵素活性が認められ、形質転換微生物SETATB61はα−グルカン転移酵素を細胞内に産生することが判明した。
【0119】
<実験12−3:組換え型サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素の精製>
実験12−2−2で得た全細胞抽出物を85℃、1時間の熱処理に供した後、遠心分離(10,500rpm、20分間)により上清を回収した。この熱処理抽出液上清(総活性約57単位)について、実験11−2と同様の操作を行い、粗酵素液を10ml得た。粗酵素液中のα−グルカン転移酵素活性を測定したところ、該酵素活性を約4.6単位/ml含んでいた(総活性約46単位)。この粗酵素液を実験11−2と同様にして、東ソー株式会社製『DEAE−トヨパール 650S』ゲルを用いた陰イオン交換カラムクロマトグラフィー、東ソー株式会社製『Phenyl−トヨパール 650M』ゲルを用いた疎水カラムクロマトグラフィー、GEヘルスケア・バイオサイエンス社製『スーパーローズ12』ゲルを用いたゲルろ過カラムクロマトグラフィーに供し、α−グルカン転移酵素活性画分を回収した。この活性画分を20mM Tris−HCl緩衝液(pH7.5)に対して透析した。精製の各工程におけるα−グルカン転移酵素活性、α−グルカン転移酵素の比活性及び収率を表7に示す。なお、精製の各工程における蛋白量は、牛血清アルブミンを標準蛋白としたBradford法により定量した。
【0121】
得られたα−グルカン転移酵素標品を8乃至16w/v%濃度勾配ポリアクリルアミドゲル電気泳動により酵素標品の純度を検定したところ、蛋白バンドは単一であり、純度の高い標品であった。
【0122】
<実験12−4:N末端アミノ酸配列>
実験12−3の方法で得た精製α−グルカン転移酵素標品を用いて、本酵素のN末端アミノ酸配列を、プロテインシーケンサー モデル492HT(アプライドバイオシステムズ社製)を用いて分析したところ、配列表における配列番号32で示されるアミノ酸配列、すなわち、Glu−Thr−Asp−Thr−Ala−Pro−Ala−Ile−Ala−Asn−Val−Val−Gly−Asp−Phe−Gln−Ser−Lys−Ileを有していることが判明した。
【0123】
<実験12−5:組換え型サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素の性質>
組換え型サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素の分子量、至適pH、至適温度、pH安定性及び温度安定性を実験3と同様の方法にて調べた。なお、至適温度は、1mM塩化カルシウム存在下、pH6.0、20分間反応の条件下で、至適pHは、1mM塩化カルシウム存在下、60℃、20分間反応の条件下で測定した。その結果、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動法による分子量は100,000±10,000ダルトン、至適温度は、pH6.0、20分間反応の条件下100℃、至適pHは60℃、20分間反応の条件下で6.5、温度安定性は、各温度に60分間保持する条件下で、1mM塩化カルシウム存在下で85℃まで安定であり、pH安定性は、各pHに4℃で24時間保持する条件下で4.1乃至10.7の範囲で安定であった。また、組換え型サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素の基質特異性及び受容体特異性はバチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素と良く一致した。
【0124】
<実験12−6:CDへの糖転移>
最終濃度4.4w/v%のα−、β−又はγ−CDと最終濃度4.4w/v%のマルトペンタオース水溶液に、最終濃度50mM酢酸緩衝液(pH6.0)及び最終濃度1mM塩化カルシウムを加えた後、実験12−3で得たα−グルカン転移酵素精製標品を、マルトペンタオース固形分1グラム当り2単位加え、60℃、pH6.0で72時間作用させ、100℃で10分間保持して反応を停止した。また、α−グルカン転移酵素を添加していないものを対照とした。こうして得た酵素反応物を実験8と同様にして分析した。その結果、組換え型サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素は、バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)由来α−グルカン転移酵素と同様の作用を有し、α−CD、β−CD及びγ−CDに対して、重合度2以上のマルトオリゴ糖のα−1,6グリコシル転移を触媒することが判明した。
【0125】
<実験13:α−グルカン転移酵素のアミノ酸配列における共通配列>
バチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素、アノキシバチルス・フラビサーマス NBRC15317由来α−グルカン転移酵素、サーモアナエロバクター・ブロッキイ ATCC35047由来α−グルカン転移酵素のアミノ酸配列の比較を行った。その結果、これらの3種の酵素においてはα−アミラーゼファミリー(GH13)に保存される4つの領域以外に、配列表における配列番号1で示されるバチルス・アシディセラー R61由来α−グルカン転移酵素のアミノ酸配列における残基番号384−389、810−815、819−824の3箇所がよく保存されていた。これらの配列はα−アミラーゼ、CGTase、プルラナーゼ、ネオプルラナーゼ、枝作り酵素などのアミノ酸配列には存在しない。従って、これらの配列は、本発明のα−グルカン転移酵素の特徴的な配列である。
【0126】
以下、実施例により、さらに具体的に本発明を説明する。しかしながら、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。
【実施例1】
【0127】
<α−グルカン転移酵素の製造>
バチルス・アシディセラー R61(FERM BP−11436)を実験1の方法に準じて、種培養した。続いて、容量30Lのファーメンターに、澱粉部分分解物(商品名『パインデックス#4』、松谷化学工業株式会社製)1.7w/v%、酵母抽出物(商品名『ミースト顆粒S』、アサヒフード&ヘルスケア株式会社製)1.5w/v%、リン酸二カリウム0.1w/v%、リン酸一ナトリウム・2水和物0.06w/v%、硫酸マグネシウム・7水和物0.05w/v%、硫酸第二鉄・7水和物0.001w/v%、硫酸マンガン・5水和物0.001w/v%、及び水からなる液体培地をpH7.0に調整後、約20L入れて、加熱滅菌、冷却して温度27℃とした後、種培養液1v/v%を接種し、温度27℃、pH5.5乃至8.0に保ちつつ、24時間通気培養した。培養後、SF膜を用いて除菌濾過し、3.7単位/mlの本発明のα−グルカン転移酵素を含む培養濾液を約18L得た。更に、その濾液をUF膜濃縮し、3.8単位/mlのα−グルカン転移酵素を含む濃縮酵素液約1Lを回収した。本品は、分岐CDの製造に有利に利用できる。
【実施例2】
【0128】
<澱粉部分分解物を用いた分岐CDの調製>
市販の澱粉部分分解物(商品名「パインデックス#100」、松谷化学工業株式会社製)を濃度約15%(w/v)水溶液とし、終濃度1mMとなるように塩化カルシウムを加え、pH5.5に調整した。これに、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)由来CGTase(株式会社林原製)を基質固形物1グラム当り4単位及びイソアミラーゼ(株式会社林原製)を750単位を加え、50℃で24時間反応させた後、90℃に加熱し30分保持して反応を停止させた。次いで、この反応液に、実施例1の方法で調製したα−グルカン転移酵素の濃縮粗酵素液を固形物1グラム当り1.0単位加え、50℃、48時間作用させた。さらに、市販のα−アミラーゼ剤(商品名「ネオスピターゼPK2」、ナガセケムテックス株式会社製)を基質固形物1グラム当り5単位を加え、80℃で1時間反応させた後、反応液を90℃に加熱し、10分間保持した。冷却後、珪藻土濾過して得られる濾液を常法に従って、活性炭で脱色し、H型及びOH型イオン樹脂により脱塩して精製し、更に濃縮して濃度30質量%の分岐CD含有溶液を固形物当り収率約90%で得た。実験8−1と同様にして調製した本品のTG消化物の糖組成を調べた。その結果、α−CD 4.1%、β−CD 7.7%、グルコシルβ−CD 8.1%、γ−CD 2.1%、グルコシルγ−CD 2.3%が検出され、本品に含有するβ−CD及びγ−CDの半分程度に分岐が導入されていた。本品は、各種CDだけでなく、分岐β−CD及び分岐γ−CDを含有しており、温和な甘味、適度の粘度、保湿性、包接性を有し、甘味料、呈味改良剤、品質改良剤、離水防止剤、安定剤、変色防止剤、賦形剤、包接剤、粉末化基材などとして、各種飲食物、化粧品、医薬品など各種組成物に有利に利用できる。
【実施例3】
【0129】
<タピオカ澱粉を用いた分岐CDの調製>
15質量%タピオカ澱粉液化液(加水分解率3.6%)に、最終濃度0.3質量%となるように亜硫酸水素ナトリウムを、また、最終濃度1mMとなるように塩化カルシウムを加えた後、50℃に冷却した。この液化溶液に、バチルス・サーキュランス(Bacillus circulans)由来CGTase(株式会社林原製)を基質固形物1グラム当り8単位及びイソアミラーゼ(株式会社林原製)を750単位を加え、50℃で24時間反応させた後、90℃に加熱し30分保持して反応を停止させた。次いで、この反応液に、実施例1の方法で調製したα−グルカン転移酵素の濃縮粗酵素液を固形物1グラム当り1.0単位加え、50℃、48時間作用させた。さらに、市販のα−アミラーゼ剤(商品名「ネオスピターゼPK2」、ナガセケムテックス株式会社製)を基質固形物1グラム当り5単位を加え、80℃で1時間反応させた後、反応液を90℃に加熱し、10分間保持した。冷却後、珪藻土濾過して得られる濾液を常法に従って、活性炭で脱色し、H型及びOH型イオン樹脂により脱塩して精製し、更に濃縮して濃度50質量%の分岐CD溶液を固形物当り収率約90%で得た。実験8−1に記載した条件で調製した本品のTG消化物の糖組成を調べた結果、α−CD 3.9%、β−CD 8.1%、グルコシルβ−CD 8.1%、γ−CD 1.7%、グルコシルγ−CD 2.1%が検出され、本品に含有するβ−CD及びγ−CDの半分程度に分岐が導入されていた。そのため、本品を5℃で3週間保存してもCD類の結晶は認められなかった。本品は、各種CDだけでなく、分岐β−CD及び分岐γ−CDを含有しており、温和な甘味、適度の粘度、保湿性、包接性を有し、甘味料、呈味改良剤、品質改良剤、離水防止剤、安定剤、変色防止剤、賦形剤、包接剤、粉末化基材などとして、各種飲食物、化粧品、医薬品など各種組成物に有利に利用できる。
【実施例4】
【0130】
<分岐CD含有粉末の調製>
実施例3の方法で得た分岐CD含有シラップを、常法に従って、水素添加して還元性糖質を糖アルコール化し、精製し、濃縮し、真空乾燥し、粉砕して、分岐CD含有粉末を固形物当り収率約90%で得た。本品は、CD類及び分岐CD類以外にマルチトール、マルトトリイトール、マルトテトライトール、及びその他の糖アルコールを含有しており、実質的に還元力を示さず、アミノカルボニル反応を起こしにくく、低還元性で、温和な甘味、適度の粘度、保湿性、包接性を有し、甘味料、呈味改良剤、品質改良剤、離水防止剤、安定剤、変色防止剤、賦形剤、包接剤などとして、各種飲食物、化粧品、医薬品など各種組成物に有利に利用できる。
【実施例5】
【0131】
<分岐CD高含有粉末の調製>
実施例3において、α−グルカン転移酵素を用いた分岐CD生成反応後、市販のα−アミラーゼ剤(商品名「ネオスピターゼPK2」、ナガセケムテックス株式会社製)を基質固形物1グラム当り5単位及びβ−アミラーゼ(大豆由来、ナガセケムテックス株式会社製)固形物1グラム当り5単位添加して55℃、24時間反応させ、さらに、反応液を90℃に加熱し、10分間保持した。冷却後、珪藻土濾過して得られる濾液を常法に従って、活性炭で脱色し、H型及びOH型イオン樹脂により脱塩して精製し、更に濃縮して濃度30質量%の分岐CD溶液を固形物当り収率約90%で得た。この分岐CD含有シラップを原糖液とし、分岐CD及びCDの含量を高めるため、塩型強酸性カチオン交換樹脂(アンバーライトCR−1310、Na型、オルガノ株式会社製)を用いるカラムクロマトグラフィーを行なって、分岐CD及びCD高含有画分を採取し、精製、濃縮し、噴霧乾燥して、分岐CD及びCD高含有粉末を固形物当り収率約40%で得た。本品は、α−CD 8.1%、β−CD 16.3%、グリコシルβ−CD 21.0%、γ−CD 3.5%、グリコシルγ−CD 5.1%を含んでいる分岐CD及びCD高含有粉末であって、還元性が比較的低く、温和な低甘味、適度の粘度、保湿性、包接性、難消化性、を有し、低カロリー食品素材、呈味改良剤、風味改良剤、品質改良剤、離水防止剤、安定剤、変色防止剤、賦形剤、包接剤、粉末化基材などとして、各種飲食物、化粧品、医薬品など各種組成物に有利に利用できる。