【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成25年2月28日 メディカルレビュー社発行の「再生医療 増刊号,2013,Vol.12,Suppl,p218」に発表
【文献】
Colloids and Surfaces B: Biointerfaces,2012年,Vol.94,p.192-198
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る幹細胞培養装置は、培養漕と、培養槽を満たす培養液と、幹細胞付着性物質をコートさせ、かつ所定の表面形状を形成させた担体とを備える。
【0023】
本発明に用いられる担体は、その表面に高低を有し、かつ幹細胞付着性物質がコートされる。担体表面に高低を形成させる低部は、担体表面積1000000μm
2あたり400〜3000000個存在する。本発明にかかる担体表面上の低部存在数は、培養対象となる幹細胞の種類により適宜決定される。
【0024】
図1〜3は、本発明の幹細胞培養装置の例を示す模式図である。
図1は培養液5を撹拌させて担体4を浮遊させる幹細胞培養装置1の例である。
図2は、培養液5を振とうさせて担体4を浮遊させる幹細胞培養装置2である。
図3は、培養液5を灌流させて担体4を浮遊させる幹細胞培養装置3の例である。
図3に示される矢印は灌流方向を示す。
図1〜3において4は担体、5は培養液、6は培養槽である。
【0025】
図4は本発明に係る担体の一例の断面を示す模式図である。
図4において、4は本発明に用いられる担体である。該担体の表面は後に説明する幹細胞付着性物質(不図示)でコートされる。担体表面は、複数の高部7と低部8とにより形成される高低を有する。Cは、高部7を足場にして担体4に付着した幹細胞である。
【0026】
上記担体は、担体表面に高低を形成させる低部により担体表面と幹細胞との平坦な接着面積を確保することができる。該低部は、少なくとも従来公知の平坦な表面からなる担体と同様の幹細胞付着性を有する。
【0027】
従来公知の平坦な表面からなる担体は、浮遊培養法に適用される場合、担体表面に付着させた幹細胞が、培養液中に生じるせん断力を直接受けるため、剥離しやすい。
【0028】
これに対し本発明に用いられる担体は、低部が周囲を高部により囲まれている。そのため、培養液の撹拌等により生じるせん断力は該高部によって受け止められ、低部内では低減される。これにより本発明は、担体低部に付着する幹細胞がせん断力により担体表面から剥離することが抑制される。
【0029】
すなわち本発明は、静置培養法に加え、浮遊培養法においても優れた幹細胞非剥離性を発揮する。本発明に用いられる担体において「非剥離性」とは幹細胞が全く剥離しない場合に加え、「担体から幹細胞が剥離しにくい」ことを包含する。
【0030】
上記「担体から幹細胞が剥離しにくい」とは、担体に付着したと推測される細胞数に対し、担体に付着後剥離したと推測される細胞数が10%程度であることを意味する。上記細胞数の推測値は、担体の表面形状、培養対象となる細胞の種類、播種密度等を考慮し、培養を終了させ担体を培養
槽から取り出した直後の培養
槽内に残った細胞数等から導き出される。
【0031】
低部と共に担体表面に高低を形成させる高部は、培地に播種された幹細胞を担体に付着させる足場として機能する。すなわち、培地に播種された幹細胞は、担体表面に付着すると、近傍にある高部をとらえて伸展する。
本発明は、担体表面に足場として機能する高部が形成されることにより、幹細胞が伸展しやすくなる。該幹細胞は、該高部にフィットして担体表面に良好に付着する。従って本発明に用いる担体に付着させた幹細胞は、せん断力が生じる培養液中においても剥離しにくい。
【0032】
本発明で用いられる担体の表面には、幹細胞の表面に発現する所定の基底膜成分と親和性を有する幹細胞付着性物質をコートさせる。特に担体に形成される高部は、幹細胞付着性物質のコート量が比較的多量になる傾向がある。これにより本発明は、幹細胞の担体への付着性を向上させる。
【0033】
上記の担体を培養液中にいれると、担体表面をコートする幹細胞付着性物質の親水性により、担体は培養槽底部へ沈降する。しかし培養液を撹拌等させることにより、沈降した担体を培養液内で浮遊させることができる。
【0034】
浮遊させた該担体は、培養液中に播種された幹細胞と自然に接触する。担体表面の高部の頂点間の距離が幹細胞の直径より小さい領域では、幹細胞が低部に入り込まず、各頂点上に支持されるように接触させることができる。
担体表面の高部の頂点間の距離が幹細胞の直径より大きい領域では、幹細胞が低部に分散状態で付着する。低部では、幹細胞と担体表面との接着面積を広く確保できる。
【0035】
本発明においては、担体表面に形成される高部と低部とのいずれにおいても幹細胞が付着しやすく、かつ剥離しにくい。
担体表面の高部においては該頂点が幹細胞付着の足場として機能することと比較的多量にコートされる幹細胞付着性物質とにより、良好な幹細胞付着性を発揮する。担体表面の低部においては、広い接着面積を確保することにより良好な幹細胞付着性を発揮する。
【0036】
本発明において発揮される付着性は、少なくとも培養液の撹拌等により生じるせん断力に対抗しうる。すなわち本発明は、担体に付着する幹細胞が上記せん断力により担体から剥離することを抑制することができる。
【0037】
本発明に用いられる担体は、その表面に幹細胞付着性物質がコートされているため、幹細胞が、該幹細胞付着性物質のコート領域に分散状態で生育させることができる。
【0038】
本発明の培養装置を説明する。
[担体]
本発明に用いられる担体4は、その表面に複数の高部7と低部8とが存在する。該複数の高部と低部とは、本発明の担体表面に高低を形成させる。本発明において「高低を有する」とは、担体の表面が平坦でないことを意味する。
【0039】
本発明に用いられる担体の高低を有する表面を、
図4を用いて説明する。
図4において、P1、P2およびP3は、各高部の頂点である。B1、B2、B3は各低部の最低点である。g1、g2、g3は、高部と該高部と隣接する低部との高低差を表す。「高低を有する」とは、高部の頂点と該高部と隣接する低部の最低点との高低差の平均値が0.5μmより大きいことを包含する。
【0040】
なお、
図4において、d1はP1とP2との間の隣り合う頂点間の距離であり、d2はP2とP3との間の頂点間距離である。
【0041】
上記担体は、目的となる幹細胞の直径や柔軟性に対応させた所定の高低からなる表面粗さを有するため、培養液中に懸濁される幹細胞を担体表面にフィットさせやすい。担体表面に形成される高部は、幹細胞を支持する足場として機能する。また幹細胞剥離抑制作用を奏する。これにより、本発明は、良好な幹細胞付着性を有する。
【0042】
培養終了後は、該担体を培地から取り出して、常法に従い幹細胞を回収できる。本発明は、幹細胞を担体上に分散状態で付着させて培養するため、大きな細胞塊は形成されない。したがって、回収工程を簡便に行うことができる。
【0043】
本発明に用いられる担体表面の高低は、担体表面積1000000μm
2あたりの低部の存在数で表現されうる。本発明において該低部の存在数は、担体表面積1000000μm
2あたりおよそ400〜3000000個である。
好ましくは、担体表面積1000000μm
2あたり1000000〜3000000個であり、より好ましくは1300000〜1700000個であり、さらに好ましくは1500000個である。他の好ましい低部存在数は、担体表面積1000000μm
2あたり400〜14000個であり、より好ましくは4000〜10000個である。
該低部の存在数を上記の好ましい範囲内で形成させる方法は特に限定されない。該担体の製造方法は、後にその例を挙げて説明する。
【0044】
該担体の表面粗さは、
図4においてd1又はd2で例示される高部の頂点間距離によっても表現されうる。上記隣り合う高部の頂点間の好ましい距離は、培養される幹細胞の直径や柔軟性等により適宜決定される。頂点間の距離は、幹細胞の直径より1〜5%、或いは50〜200%程度の大きさであることが好ましい。
【0045】
図4においてd1、d2により例示される頂点間距離が小さすぎる担体や、g1、g2およびg3により例示される表面高低差の平均値が、0.5μmより小さな担体は、各高部の頂点と幹細胞とのそれぞれの接触面積が小さくなりやすい。そのため、担体表面の高部の足場として機能が低くなり、幹細胞が担体表面から剥離しやすくなる。上記のような滑らかな担体表面を有する担体の多くは、低部の存在数が3000000個より多い場合に認められる。
【0046】
マウス多能性幹細胞の培養に用いられる担体の場合、好ましい頂点間距離は、0.1〜2.7μmであり、より好ましくは、0.5〜2.0μmである。他の好ましい頂点間距離は、5μm〜40μmである。担体表面の平均高低差は、0.5〜2.7μmが好ましく、0.5〜2.0μmが好ましい。
【0047】
担体表面の低部の存在数すなわち表面粗さの程度は、培養対象となる幹細胞の種類に対応して適宜決定される。具体的な考慮すべき要素としては、幹細胞のサイズや、幹細胞の移動速度等が挙げられる。
【0048】
低部の存在数と高部の存在数は比例する。すなわち低部の存在数が少ない場合、高部の存在数も少なくなる。高部の頂点間距離と幹細胞直径との差がほとんどない担体は、幹細胞の足場が少ない。そのため、幹細胞を複数の高部で支持しがたくなる。その場合、浮遊培養法による所望の幹細胞培養が困難になる。
【0049】
幹細胞は培養基材表面上を移動して増殖するが、その速度はその培養基材表面性状により異なる。細胞の移動速度が速い場合、細胞は急速に伸張、収縮する。急速に収縮して球形に近い形状になった細胞は、培養基材との接触面積が減少する。したがって好ましい付着性を得難くなる。
【0050】
移動速度が速い細胞を培養する場合は、上記に推察される低付着性を補完する観点から、幹細胞の伸張時に足場となる高部を提供しうる担体を用いることが好ましいと考えられる。すなわち移動速度が速い細胞を培養する場合、本発明所定の範囲内で比較的担体表面の低部の存在数が多い担体を用いることは、好ましい選択である。
【0051】
コロニー形成を防止するためには、培養対象となる幹細胞のサイズに対し適切な表面粗さを備える担体を用いるが好ましい。播種密度が過度に高い培養液で頂点間距離が大きな担体を用いると、低部に多数の幹細胞が入り込みコロニーを形成する可能性が高まる。コロニーになった幹細胞は、コロニー中心部から分化が進む傾向がある。したがって幹細胞のサイズを考慮して担体の表面粗さを選択することが、未分化細胞培養の観点から好ましい。
【0052】
担体基材としては、幹細胞、特にマウスES細胞やヒトES細胞の培養に使用する公知の材料を用いることができる。本発明の担体はその表面に起伏を形成させるため、基材には成型加工が容易な材料を用いることが好ましい。好ましくはポリスチレン、ニトロセルロース、ナイロン、ポリウレタン等を用いることができる。
【0053】
担体の形状は、培養液中に浮遊させた担体同士が接触しにくい形状が選択される。担体同士の接触を抑制することにより、担体に付着させた幹細胞の剥落を抑制できる。
【0054】
好ましい担体の形状としては、球状、ディスク型、リング型、ファイバー型等が例示される。特にディスク型担体は、担体同士が接触しにくく、接触した場合も接触面積が少ないため、幹細胞の剥離を抑制することができる。ディスク型担体は、製造コスト面からも好ましい形状の担体である。
【0055】
担体のサイズは、培地中で接触しにくいサイズが適宜選択される。3〜20ml/wellの培養漕内で用いられる担体のサイズとしては、ディスク型担体の場合、外径1〜6mmが好ましく、4〜6mmがより好ましい。また厚さは0.01〜0.03mmが好ましい。ファイバー型担体の場合、断面直径0.5〜1mm、長さ1〜6mm程度が好ましい。
【0056】
本発明に用いられる担体の製造方法は、本発明の作用効果を阻害しない限り特に限定されない。通常は所定の高低を有する担体基材を製造し、得られた担体基材に幹細胞付着性物質をコートさせることにより製造することができる。
【0057】
表面に本発明所定の高低を有する担体基材の成型方法としては、担体基材にガラス板を圧接させる方法や、射出成型法が挙げられる。上記の圧接による製造方法を行う場合、圧接材は、選択される担体基材の硬度に対応して適宜選択される。好ましい圧接材としては、ガラス、ステンレス、鉄等の金属、セラミックを挙げることができる。
【0058】
圧接材には、平均粒子径0.1〜2μmの粒子が含有される。該粒子は、圧接材の担体基材との接触面に適宜露出する。該粒子の露出部分が担体基材に圧接されることにより、担体基材表面に高低が形成される。
【0059】
担体基材にポリスチレンを選択する場合、圧接材にはガラスが好ましく用いられる。以下にポリスチレンからなる担体基材の製造方法の一例を説明する。まず、一組のガラス板の間にポリスチレンペレットを挟み、各ガラス板の一面をポリスチレンペレットに圧接させる。
【0060】
ガラス板は、上記の所定の平均粒子径の範囲内で所望の表面粗さを形成させるのに適した粒子径を含有させたものが選択される。したがって、ガラス板の粒子露出面をポリスチレンペレットに加熱下で圧接させることにより、ポリスチレンペレットはフィルム状に変形され、該ポリスチレンフィルムに所望の高低を有する表面を形成させることができる。
【0061】
ポリスチレンフィルム表面において、ガラス板の粒子露出部を圧接させた部分が低部となり、他の部分が高部となる。したがって、担体表面積あたりの低部の存在数は、圧接材に含有させる粒子数により調節することができる。
【0062】
粒子露出面を有するガラス板は、一組のガラス板のうち一方でもよく双方でもよい。双方に粒子露出面を有するガラス板を用いれば、担体基材の両面に表面粗さを形成することができる。
【0063】
本発明に用いられる担体は、本発明の作用効果を十分に引き出すため、基材の全表面に均質に上記所定の表面粗さを備えることが好ましい。かかる観点から、本発明にかかる担体の成型に用いられるガラス板は、含有される粒子のガラス板表面への露出部分が均等に分散していることが好ましい。しかし本発明は、その作用効果を阻害しない限り、担体の表面粗さが不均質に形成されるものも包含する。従って、上記ガラス板は、該粒子の露出部分が不均等に分散されるものを用い得る。
【0064】
圧接材に含有させる上記粒子は、加熱圧接時にその硬度が担体基材表面の硬度より硬い材料であって、担体表面に高部と低部とを形成させることができるものであれば、公知の有機フィラーや無機フィラー等を限定することなく用いることができる。例としては、ダイヤモンド、アルミナを挙げられる。
【0065】
圧接時の処理温度は、選択される担体基材と圧接材とにより適宜調整される。ガラス板によりポリスチレンからなる担体基材を成型する場合の処理温度は、130〜170℃が好ましく、150〜170℃がより好ましい。
【0066】
所望の高部と低部とを表面に形成させたポリスチレンフィルムは、室温で5〜10分間静置する。その後、得られたポリスチレンフィルムをパンチしてディスク状にする等、上記に説明した好ましい形状に適宜成型する。成型された所定の高低を有する基材担体に、以下に説明する幹細胞付着性物質をコートさせることにより、本発明に用いる担体を得ることができる。
【0067】
本発明に用いられる担体の表面にコートさせる当該幹細胞付着性物質の例としては、フィブロネクチン、コラーゲン等の細胞結合物質が好ましく、特にE−カドヘリン、マトリゲル、ラミニン等がより好ましく用いられる。本発明において、上記の幹細胞付着性物質は一種を用いてもよく、二種以上を混合させて用いてもよい。該幹細胞付着性物質は、常法にしたがって製造してもよく、市販品を用いてもよい。
【0068】
担体表面に接触した幹細胞は、幹細胞表面に発現する所定の基底膜成分と、担体表面にコートさせた幹細胞付着性物質とが互いの親和性により強固に結合するため、担体表面に十分に接着させることができる。幹細胞付着性物質として例示したE−カドヘリン、マトリゲル、ラミニンについて説明する。
【0069】
E−カドヘリンは、未分化のマウスES細胞で発現するタンパク質の一種で、多能性幹細胞の付着性にかかわる物質として知られている。
【0070】
マトリゲルは、マウスEHS肉腫から抽出、生成される基底膜成分である。マトリゲルにはIV型コラーゲン、ラミニン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、エンタクテン等が含有される。
【0071】
ラミニンは、基底膜を構成する主要タンパク質の一つであり、細胞の接着、遊走、増殖に関与すると考えられている。ラミニンは、α、β、γ鎖の3本のサブユニット鎖からなるヘテロ三量体である。ヒトラミニンの数種は、その組み換えタンパク質が、ヒトES細胞が発現する接着受容体と高い親和性を有することが解明されている。そのようなラミニンとして、本発明においては、ラミニン、ヒトラミニン、ヒトラミニンα5β1γ1、ヒトラミニンα3β3γ2が、好ましく用いられる。
【0072】
上記に例示したラミニンを組み換えタンパク質として製造する場合、まず、目的ラミニンのα鎖、β鎖、γ鎖の各タンパク質をコードするDNAを取得し、それぞれ発現ベクターに挿入する。得られた各発現ベクターを宿主細胞に共導入して発現させ、三量体を形成しているタンパク質を精製する。これにより目的のラミニンを得ることができる。本発明に用いられるラミニンについて、上記の製造方法は一つの例である。したがって、目的のラミニンを得られる方法であれば、製造方法は上記に限定されない。
【0073】
幹細胞付着性物質のコート量は、付着性向上の観点から、担体に対しコートさせ得る最
大量とすることが好ましい。本発明に用いる担体は表面に所定の高低を有するため、表面積が大きい。したがって幹細胞付着性物質を多量にコートさせることができる。担体基材表面に対する幹細胞付着性物質のコート量は、0.6〜1.1μg/cm
2が好ましく、0.8〜1.1μg/cm
2がより好ましい。
【0074】
幹細胞付着性物質を担体表面にコートさせる方法は特に限定されない。一例としては、幹細胞付着性物質を蒸留水またはPhosphate Buffered Salin(PBS)で10μg/mLに調製後、ろ過、滅菌した溶液に担体基材を接触させ、室温35℃〜37℃で30〜60分間静置させる方法を挙げることができる。
【0075】
担体基材と所定の幹細胞付着性物質とを接触させることにより、担体基材に対し、幹細胞付着性物質を吸着させたり、共有結合させたりすることにより、幹細胞付着性物質が担体基材に定着し、本発明に用いられる担体を得ることができる。
【0076】
幹細胞付着性物質を担体基材に接触させる前に、幹細胞付着性物質に予め抗原性分子を結合させておくと共に、担体基材表面に該抗原性分子と特異的に結合する抗体分子を付加させておくことも好ましい。これにより幹細胞付着性物質中の抗原と担体基材表面の抗体とが特異的に結合し、担体表面に幹細胞付着物質を良好に定着させることができる。
【0077】
[培養液]
本発明の培養漕を満たす培養液は、従来公知の幹細胞培養液を用いることができる。従来公知の培養液の例としては、Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium(DMEM)、Grasgow Minimum Essential Medium(GMEM)、RPMI640等を挙げることができる。
【0078】
上記に例示した培地にL−グルタミン、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、セレニウム、2−メルカプトエタノール、L―アラニル−L−グルタミン、ピルビン酸ナトリウム、L−アラニン、L−アスパラギン、L−アスパラチン酸、グリシン、L−プロリン、L−セリン等公知の成分を添加することができる。培地には、ウシ胎児血清(FBS)等添加できるが、無血清培養してもよい。
【0079】
上記の培地に、分化抑制剤として白血病抑制因子(LIF)を添加してもよい。
ヒト多能性幹細胞にはLIF反応性がない。従ってヒト多能性幹細胞を培養する場合、未分化状態を維持する目的で、マウスやヒト由来の線維芽細胞をフィーダー細胞として用いる共培養法を適用しうる。
【0080】
しかしヒト多能性幹細胞を再生医療に応用する観点からは、共培養法は、目的となる多能性幹細胞に対する影響が懸念される。そのため、近年、フィーダー細胞を用いないヒト多能性幹細胞の培養方法に関する知見が得られている。従って、上記の知見に基づく手法を適用することにより、本発明においても培養液に分化抑制剤を添加することなく未分化状態を維持してヒト多能性幹細胞を培養しうる。
【0081】
[培養漕]
本発明の培養装置に用いる培養漕は、撹拌培養、灌流培養、振とう・ゆらし培養等に適した公知の培養漕を用いることができる。浮遊培養法に用いる培養漕の内壁には、幹細胞の付着を抑制する成分が塗布されうる。
【0082】
[培養方法]
続いて、本発明に係る幹細胞培養方法について説明する。
上記に説明した幹細胞培養に適する培養液を培養漕に満たし、本発明所定の担体を培養液中に入れる。該担体は、親水性の幹細胞付着性物質でコートされているため、培養槽の底部に沈降しやすい。培養液量3〜20mlに対する担体の個数は、3〜100個が好ましく、6〜50個がより好ましい。
【0083】
該培養液に、単一細胞に分散させた幹細胞を播種する。播種される幹細胞は特に限定されないが、本発明は、特にヒト、マウス、ウシ等種々の哺乳動物由来のES細胞、人工多能性幹細胞(iPS細胞)、多能性生殖幹細胞(mGS細胞)等に好適である。
上記の幹細胞の本発明の担体に対する播種密度は、5〜100cells/cm
2が好ましく、20〜50cells/cm
2がより好ましい。
【0084】
培養漕内の培養液を、撹拌、振とう、或いは灌流させることにより、幹細胞を培養液に懸濁させ、かつ培養漕の底部に沈降した担体を浮遊させる。
【0085】
本発明に用いられる担体の表面には、播種される幹細胞のサイズに対応して適切な接触面積を提供する高部と低部とが形成される。また、該担体表面には、播種される幹細胞の表面に発現する基底膜成分と親和性を有する幹細胞付着性物質がコートされる。
【0086】
本発明においては担体表面に形成される高部を足場にできるため、担体に幹細胞を付着させやすい。撹拌等させた培養液中で該担体表面に接触した幹細胞は、担体の高部を足場として担体表面に付着する。さらに幹細胞付着性物質と幹細胞の基底膜成分とが結合する。
【0087】
その結果、本発明は幹細胞が担体表面に良好に付着させることができ、撹拌等により生じるせん断力によって担体からの幹細胞の剥離を抑制することができる。すなわち本発明は幹細胞のロスを低減し、効率的に幹細胞培養を行うことができる。本発明の培養方法における幹細胞の上記担体に対する接着効率は、50〜100%である。
【0088】
本発明においては、幹細胞を担体表面の幹細胞付着性物質の存在領域に分散状態で付着させる。本発明において分散状態とは、担体表面の幹細胞付着性物質コート領域に、幹細胞を単一細胞として個々に付着させた状態を意味し、さらに各幹細胞が明確なコロニーを形成しない程度に互いの接触領域が少ない状態で付着させることを包含する。したがって本発明により培養される幹細胞は細胞塊になりにくく未分化状態を維持しやすい。
【0089】
上記の方法により、コンフルエントになるまで担体上で幹細胞の培養を続ける。培養条件は、従来公知の浮遊培養条件を適用することができる。例えば、本発明の撹拌培養装置でマウスES細胞を培養する場合、温度条件35〜37℃、2〜5%CO
2の環境下で行うことができる。
【0090】
培養液の撹拌条件は、培養液中に本発明所定の担体を浮遊させ得ることが求められる。撹拌が弱すぎると担体を浮遊させることが困難になる他、培養液への酸素導入が不十分になる問題がある。しかし撹拌が強すぎると、培養液のせん断力が大きくなるため、幹細胞が担体から剥離しやすくなる。
【0091】
従って本発明においては、担体を浮遊させ得る撹拌条件であって、かつ酸素導入およびせん断力抑制の観点から好ましい撹拌条件が選択される。撹拌培養や振とう培養を行う場合、好ましい振とう数は60〜80rpmであり、65〜75rpmがより好ましい。
【0092】
本発明を用いて培養された幹細胞の未分化率は、85〜90%程度であると推察される。かかる未分化率は、カドヘリンをコートさせた担体を用いて分散状態で幹細胞を培養させた場合の、公知の未分化率である。幹細胞を分散状態で培養させる場合、幹細胞同士の接触領域が少ない。そのため幹細胞がコロニーを形成しにくい。従って、担体に付着させた全ての幹細胞に十分に分化抑制剤を作用させることができる。その結果、幹細胞の未分化状態を維持させることができる。
【0093】
例えば特許第4688793号には、幹細胞の未分化状態が維持される例として、分化抑制剤(LIF)の濃度が100U/mLの場合に、細胞未分化率約90%で培養しうることが開示されている。ただし、特許第4688793号で用いる担体は、表面に所定の高低が形成されていない点で本発明と異なる。
【0094】
本発明は、その表面に所定の高低を有する担体を用いることにより、幹細胞を良好に付着させることができる。従って、静置培養法だけでなく、浮遊培養法でせん断力により幹細胞が担体から剥離しやすい条件下においても、未分化状態を維持した幹細胞を培養することができる。
【0095】
培養細胞の未分化状態の確認は、後に詳説するES細胞の種類に対応するALP活性や特異的マーカー遺伝子の発現量を測定することにより行うことができる。上記特異的マーカーとしては、Oct−3/4やRex1/Zfp42等の遺伝子産物の発現を利用することができる。
【0096】
ALP活性の検出の一例は、培養したES細胞をPBSで洗浄後、66%アセトン/3%ホルマリンを含むクエン酸溶液で固定し、PBSで洗浄後、naphthol AS−BI phosphate alkaline染色液で15分間処理し、発色反応させることにより行われる。
【0097】
また、抗原分子を未分化マーカーとして利用してもよい。各種抗原分子の低減、消失によってもES細胞の分化を確認することができるからである。そのような抗原分子の例として、マウスES細胞の場合は、SSEA−1、ヒトES細胞の場合は、SSEA−3、SSEA−4、TRA−1−60、TRA−1−81、GCTM−2等がある。
【0098】
未分化マーカーの利用例として以下の方法がある。まず、培養されたES細胞からRNAを調整し、常法に従ってcDNAを合成する。該cDNAを鋳型としてPCRにより、所定の未分化マーカーの遺伝子の断片を増幅させる。得られたPCR産物を染色し検出する。未分化マーカーが有意に検出されることにより、培養されたES細胞が未分化であることを確認できる。
【0099】
培養液がコンフルエントになった場合、本発明は常法により幹細胞を継代させることができる。継代は少なくとも3〜10継代まで行い得る。
【0100】
培養した幹細胞を回収する場合、培養液中から幹細胞を分散状態で付着させた担体を回収し、常法により担体から単一細胞を得る。培養液の撹拌等を停止させると担体は3〜4時間で自然に培養槽の底部に沈降する。したがって、本発明において担体の回収は、該沈降した担体を培養液から取り出すことにより、極めて簡単に行うことができる。
【0101】
単一細胞は、常法に従って得ることができる。一例として、タンパク質分解酵素溶液を用いる方法がある。この方法においては、まず培養幹細胞が分散状態で付着する担体を洗浄し、洗浄後の担体に該トリプシン等のタンパク質分解酵素溶液を加え、35〜37℃の温度条件で3〜10分間培養する。続いて該幹細胞を本発明で用いる上記培養液に懸濁させて、単一細胞を得る。
【0102】
他の回収方法の例としては、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)溶液を用いる方法がある。この方法においては、上記方法と同様にして担体を洗浄後、EDTA溶液を濃度が0.01〜100mM程度になるように添加し、35〜37℃の温度条件で1〜60分間処理して担体から幹細胞を剥離させ、上記本発明で用いる培養液に懸濁させて単一細胞を得る。
【実施例】
【0103】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに説明する。ただし本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
【0104】
[実施例1]
平均粒子径0.5〜2μmのガラス粒子を含有させたガラス製の圧接材(8cm
2)2枚を150℃に加熱した。直径0.3cmのポリスチレンペレットを、上記圧接材2枚の粒子露出面に接触するようにして挟み、最大375kPaで徐々に加圧して薄く延ばした。直径2.5cmの表面粗さ#14000のポリスチレンフィルムを作製した。
得られた表面粗さ#14000のポリスチレンフィルムをパンチングして、外径6mmのディスク状担体を30個作製した。表面粗さ#14000の担体表面1mm
2に存在する低部数を目視で数え、該低部数を担体表面積1000000m
2あたりの低部数に換算したところ、該低部数は、2000000個であった。
【0105】
E−カドヘリンをPBSで10μg/mLに希釈し、ろ過、滅菌した溶液を調製した。該E−カドヘリン溶液に得られたディスク状担体を浸漬させ、室温35℃〜37℃で約30〜60分間静置させ、担体基材にE−カドヘリンをコートさせ、本発明の実施例1に用いる担体を得た。
【0106】
0.1%ウシ血清由来アルブミン(BSA)溶液に30分以上浸漬させて該BSAコート処理した24Wellのプレートに、L−グルタミン、インスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、セレニウム、2−メルカプトエタノールからなる培地1mLを添加し、上記担体を2個、該24Wellプレートに入れた。さらに該プレートに、マウスES細胞を3000細胞播種した。
【0107】
上記プレートを振とう機(アズワン株式会社製 ミニウェーブWEV-03)のインキュベータ内に載置し、37℃、2%CO
2条件下で振とう回転数70rpmで振とうさせ、幹細胞の培養を開始した。
【0108】
常法に従って継代操作を行いながら培養を続け、3日後、振とうを停止させて培養を終了した。振とうの終了により、プレート内の担体は自然に沈降した。該担体をプレート内から取り出して洗浄し、担体に付着する幹細胞を回収した。幹細胞の回収は、プレートから取り出した担体にAccutaseを添加し、37℃で10分間程度インキュベートした後、上記培養液に懸濁させて単一細胞とすることにより行った。
【0109】
[実施例2、3および比較例1〜5]
用いる担体を表1に示す表面粗さのものに変えた他は、上記実施例1と同条件にして幹細胞培養を行い、実施例2、3および比較例1〜4とした。比較例5は、E−カドヘリンをコートさせた平坦な付着面からなる培養漕を用いて静置培養した比較例である。下記に説明する方法により実施例1〜3および比較例1〜5により得られた幹細胞数を測定した。測定結果を表1および
図5に示す。
【0110】
表1および
図5によれば、実施例1は、静置培養法を行った比較例5より多くの細胞を培養することができた。比較例1〜4は、培養液の撹拌中に細胞が剥離し、培養細胞を効率的に回収することができなかった。
【0111】
すなわち、本発明は、所定の高低を有する担体を用いることにより、幹細胞と担体との付着性が良好で、浮遊培養法で培養液に生じるせん断力に対抗しうる非剥離性を発揮する。上記担体表面に形成される高部の頂点間の距離は幹細胞直径よりやや小さいため、低部で細胞塊が形成されることがない。また幹細胞を担体表面に分散状態で生育しやすい。
【0112】
[細胞数の測定方法]
細胞数の測定は、Accutaseで分散した細胞を回収し、24Wellプレートにいれ、15〜30分静置し、細胞の沈降を待った。細胞が底部に沈降したら、顕微鏡で写真撮影を3枚異なる視野で行い、細胞数の平均値を計数した。総細胞数は
計数平均値×24Wellプレート1Wellの面積/視野面積
で算出した。
【0113】
【表1】