特許第6054658号(P6054658)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社UACJの特許一覧

特許6054658缶ボディ用アルミニウム合金板及びその製造方法
<>
  • 特許6054658-缶ボディ用アルミニウム合金板及びその製造方法 図000006
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6054658
(24)【登録日】2016年12月9日
(45)【発行日】2016年12月27日
(54)【発明の名称】缶ボディ用アルミニウム合金板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/00 20060101AFI20161219BHJP
   C22C 21/06 20060101ALI20161219BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20161219BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20161219BHJP
【FI】
   C22C21/00 L
   C22C21/06
   C22F1/04 C
   !C22F1/00 602
   !C22F1/00 623
   !C22F1/00 630K
   !C22F1/00 650A
   !C22F1/00 673
   !C22F1/00 682
   !C22F1/00 683
   !C22F1/00 685Z
   !C22F1/00 691B
   !C22F1/00 691C
   !C22F1/00 692Z
   !C22F1/00 694A
   !C22F1/00 694B
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-152515(P2012-152515)
(22)【出願日】2012年7月6日
(65)【公開番号】特開2014-15643(P2014-15643A)
(43)【公開日】2014年1月30日
【審査請求日】2015年6月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】岩村 信吾
(72)【発明者】
【氏名】横井 洋
【審査官】 相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】 特開平10−195608(JP,A)
【文献】 特開平10−310837(JP,A)
【文献】 特開平11−140576(JP,A)
【文献】 特開平09−268355(JP,A)
【文献】 特開2007−270281(JP,A)
【文献】 特開2007−169744(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00−21/18
C22F 1/04− 1/057
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Mn:0.5〜1.5%(mass%、以下同じ)、Mg:0.8〜1.5%、Fe:0.2〜0.6%、Si:0.25〜0.4%、Cu:0.1〜0.3%、任意に含有される成分であるZn:0.25%以下、任意に含有される成分であるTi:0.1%以下、任意に含有される成分であるB:0.05%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなり、
断面において、円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相の面積率が2.3%以下であり、
断面において、材料組織を、面積0.035μm2を有する六角形の微小要素に区切って前記微小要素ごとの平均方位を測定し、任意の前記微小要素とそれに隣接する前記微小要素との方位差の平均値をθ°としたとき、θの値が0.9以下であり、
圧延方向の引張強さが320MPa以下であり、
205℃で10分間熱処理した後の圧延方向での引張強さが275MPa以上であることを特徴とする缶ボディ用アルミニウム合金板。
【請求項2】
板厚減少率が55%〜75%となる製缶又は冷間圧延を行った場合における引張強さの増加量が50MPa以下であることを特徴とする請求項1載の缶ボディ用アルミニウム合金板。
【請求項3】
Mn:0.5〜1.5%(mass%、以下同じ)、Mg:0.8〜1.5%、Fe:0.2〜0.6%、Si:0.25〜0.4%、Cu:0.1〜0.3%、任意に含有される成分であるZn:0.25%以下、任意に含有される成分であるTi:0.1%以下、任意に含有される成分であるB:0.05%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなるアルミニウム合金鋳塊に対し、550〜620℃の温度で1時間以上の均質化処理を施し、
以下の式1が成立する条件で冷却し、
開始パスから最終パスまでにおいて450〜500℃の温度範囲内にある積算保持時間が600秒以内となる条件で、板厚が20〜40mmとなるまで熱間粗圧延を行い、
出側温度が300〜360℃の条件で、板厚が1.5〜3.0mmとなるまで熱間仕上圧延を行い、
板厚が0.20〜0.35mmとなるまで冷間圧延を行うことを特徴とする請求項1又は2記載の缶ボディ用アルミニウム合金板の製造方法。
(式1) H(T1+T2)/2≦1000(℃・h)
T1:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける、前記均質化処理のときの材料温度(℃)
T2:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける、前記熱間粗圧延の開始時の材料温度(℃)
H:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける材料温度が、T1からT2に達するまでに要する時間(h)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、缶ボディ用アルミニウム合金板及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
缶ボディ用アルミニウム合金板は、アルミニウム合金鋳塊に均質化処理、熱間圧延、及び冷間圧延を施して製造される。この缶ボディ用アルミニウム合金板に、必要に応じて、脱脂洗浄、塗油等が施され、さらに、カップ成形、DI成形、トリミング、洗浄、乾燥、塗装、焼付け、ネッキング及びフランジ加工の工程を経て飲料缶ボディが製造される。
【0003】
飲料缶ボディは、使用に耐えうる缶体強度を有することが必要であるが、上述した塗装後の焼付けの工程(以下、塗装焼付工程とする)において、缶体強度は大きく低下する。缶体強度の低下防止に関して、特許文献1、2記載の技術が開示されている。
【0004】
特許文献1は、Mgの成分範囲を厳密に規定することで、Siの含有量が多い合金成分でも飲料缶ボディの強度維持が図れることを開示する。また、特許文献2は、均質化処理および熱間圧延の条件を規定することで、耐熱軟化性を向上できることを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2000−248326号
【特許文献2】特開2006−283113号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、環境保護の観点から、飲料缶ボディの製造において、使用済み飲料缶(UBC:Used Beverage Can)の再生塊をリサイクル利用することが重要な課題となっている。さらに、材料使用量を削減するため、缶体の薄肉軽量化も進められている。UBCの再生塊にはSiやFe等が混入することが多いので、UBCの再生塊をリサイクル使用すると、アルミニウム合金鋳塊に高濃度のSiやFeが含まれるようになる。この場合、アルミニウム合金鋳塊の加熱処理時に、SiがMnやFeと金属間化合物を形成し、Mn固溶量の減少をもたらす。その結果、アルミニウム合金板の耐熱軟化性が低下し、塗装焼付工程における缶体強度の低下が一層顕著となる。また、塗装焼付工程による強度低下を考慮して、アルミニウム合金板の初期強度を高くした場合、缶体の薄肉軽量化によって缶壁部の板厚が薄くなるほど、DI成形時に胴切れを起こしやすくなる。従って、UBCの再生塊をリサイクル利用して飲料缶ボディを製造する場合、その使用量を制限し、新地金を加えてSiの含有量を調整する必要があった。
【0007】
なお、特許文献1記載の技術では、特に缶体の薄肉軽量化を考慮すると、DI成形時における胴切れの問題を解決できない。また、特許文献2記載の技術では、アルミニウム合金鋳塊中におけるSiの含有量が多い場合、缶体強度の低下を防止することができない。
【0008】
本発明は以上の点に鑑みなされたものであり、アルミニウム合金鋳塊中におけるSiの含有量が多い場合でも、缶体強度の低下、及び胴切れの問題を軽減できる缶ボディ用アルミニウム合金板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板は、
Mn:0.5〜1.5%(mass%、以下同じ)、Mg:0.8〜1.5%、Fe:0.2〜0.6%、Si:0.25〜0.4%、Cu:0.1〜0.3%、Zn:0.25%以下、Ti:0.1%以下、B:0.05%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなり、
断面において、円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相の面積率が2.3%以下であり、
断面において、材料組織を、面積0.035μm2を有する六角形の微小要素に区切って前記微小要素ごとの平均方位を測定し、任意の前記微小要素とそれに隣接する前記微小要素との方位差の平均値をθ°としたとき、θの値が0.9以下であり、
圧延方向の引張強さが320MPa以下であることを特徴とする。
【0010】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板は、Siの含有量が多くても、塗装焼付工程における缶体強度の低下の問題、及びDI成形時における胴切れの問題を軽減できる。
本発明のアルミニウムアルミニウム合金板の製造方法は、
Mn:0.5〜1.5%(mass%、以下同じ)、Mg:0.8〜1.5%、Fe:0.2〜0.6%、Si:0.25〜0.4%、Cu:0.1〜0.3%、Zn:0.25%以下、Ti:0.1%以下、B:0.05%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなるアルミニウム合金鋳塊に対し、550〜620℃の温度で1時間以上の均質化処理を施し、
以下の式1が成立する条件で冷却し、
開始パスから最終パスまでにおいて450〜500℃の温度範囲内にある積算保持時間が600秒以内となる条件で、板厚が20〜40mmとなるまで熱間粗圧延を行い、
出側温度が300〜360℃の条件で、板厚が1.5〜3.0mmとなるまで熱間仕上圧延を行い、
板厚が0.20〜0.35mmとなるまで冷間圧延を行うことを特徴とする。
(式1) H(T1+T2)/2≦1000(℃・h)
T1:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける、前記均質化処理のときの材料温度(℃)
T2:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける、前記熱間粗圧延の開始時の材料温度(℃)
H:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける材料温度が、T1からT2に達するまでに要する時間(h)
本発明により製造された缶ボディ用アルミニウム合金板は、Siの含有量が多くても、塗装焼付工程における缶体強度の低下の問題、及びDI成形時における胴切れの問題を軽減できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】θの算出方法を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の実施形態を説明する。Mnは、本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板において基本となる合金元素であり、強度を増加させるほか、特に固溶状態で耐熱軟化性の向上に寄与する。また、Mnは、製造工程中に、α相化合物(Al−Mn−Fe−Si系)を形成する。この金属間化合物粒子は極めて高硬度であり、DI成形時の素材とダイスとの焼付きを防止して、缶ボディの表面性状を向上させる。Mnの含有量が0.5%未満であるとこれらの効果は十分でなく、1.5%を超えると強度が高くなり過ぎると共に、鋳造時に生成するAl6(Mn、Fe)晶出物が粗大となり、DI成形性及びネック・フランジ成形性等の低下の原因となる。
【0013】
Mgは、アルミニウムに固溶することで缶体強度の増加に寄与する。Mgの含有量が0.8%未満では必要な缶体強度を得ることが難しく、1.5%を超えると缶体強度が高くなり過ぎるため、DI成形性が損なわれる。
【0014】
Feは、鋳造時にMnと共にAl6(Mn、Fe)相、α相化合物(Al−Mn−Fe−Si系)、Al−Fe−Si系化合物を形成し、これらの固体潤滑作用によりDI成形時における素材とダイスとの焼付きを防止する。Feの含有量が0.2%未満ではこれら金属間化合物の数が少なく、DI成形時にダイスと凝着して表面性状が低下する。Feの含有量が0.6%を超えるとMn含有の金属間化合物が過多に形成されて割れの起点となるため、DI成形性が損なわれる。
【0015】
Siは、MnおよびFeとともに固体潤滑作用を有するα相化合物(Al−Mn−Fe−Si系)、及びAl−Fe−Si系化合物を形成し、DI成形時におけるダイスへの凝着を防止する。この効果は、Siの含有量が0.25%未満では十分ではなく、DI成形時にダイスへの凝着が起きる。Siの含有量が0.4%を超えると、Al−Mn−Fe−Si系の金属間化合物が過多に形成して割れの起点となってDI成形性が損なわれ、さらに固溶Mn量が減少して耐熱軟化性が低下する。
【0016】
Cuは、製缶時の塗装焼付工程において、Al−Cu−Mg系析出物を形成及び析出し、塗装焼付工程における強度低下を低減する。この効果は、Cuの含有量が0.1%未満では十分に得られず、逆に0.3%を超えると成形加工時の加工硬化性が大きくなり、DI成形性が低下する。
【0017】
Znは、DI成形性を向上させるが、その含有量が多いと高コストとなることに加え、粗大な金属間化合物を形成してDI成形性を損なう。従って、Znの含有量は0.25%以下が好ましい。
【0018】
TiおよびBは鋳造組織を微細化して、鋳造時に生成する晶出物の分散形態及び結晶粒組織を均一化する機能を有する。好ましい含有量は、それぞれ、Ti:0.15%以下、B:0.05%以下の範囲であり、この上限を超えて含有されると、粗大な金属間化合物が生成し、DI成形性が低下する。
【0019】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金の断面において、円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相の面積率は2.3%以下である。円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相の面積率が大きいと、冷間圧延における加工硬化が促進され、缶ボディ用アルミニウム合金の強度が過度に増加するため、好ましくない。円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相の面積率が2.3%以下であることにより、上記の問題を軽減できる。
【0020】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板の断面において、材料組織を、面積0.035μm2を有する六角形の微小要素に区切って微小要素ごとの平均方位を測定し、任意の微小要素とそれに隣接する微小要素との方位差の平均値をθ°としたとき、θの値が0.9以下である。このことにより、塗装焼付工程における缶体強度の低下を抑制できる。θの値が0.9を超えると、塗装焼付工程における缶体強度の低下が著しくなる。
【0021】
その理由は以下のように推測できる。冷間圧延により加工硬化した板材中には、転位セルが形成されている。この転位セルが塗装焼付工程において合体及び成長することで、缶体強度が低下する。上記の転位セルの密度はθによって代表でき、θの値が大きいほど、塗装焼付工程における缶体強度の低下が著しくなる。本発明では、θの値を0.9以下とすることにより、塗装焼付工程における缶体強度の低下を抑制できる。
【0022】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板は、圧延方向の引張強さが320MPa以下であるので、DI成形性が良好である。なお、圧延方向の引張強さは、冷間加工の加工度が高いほど高くなる。
【0023】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板において、205℃で10分間熱処理した後の圧延方向での引張強さが275MPa以上であることが好ましい。この場合、塗装焼付工程後における缶体強度が充分に高くなる。なお、205℃で10分間の加熱処理は、塗装焼付工程に相当する処理である。また、この場合、205℃での10分間の熱処理による引張強さの低下量が、45MPaとなる(耐熱軟化性が高い)。
【0024】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板は、板厚減少率が55%〜75%となる製缶又は冷間圧延を行った場合における引張強さの増加量が50MPa以下であることが好ましい。50MPa以下であることにより、変形抵抗が増加し難く、DI成形中の胴切れが起こり難くなる。
【0025】
本発明の缶ボディ用アルミニウム合金板の製造方法では、例えば、まず、アルミニウム合金を溶解し、例えばDC鋳造によって、アルミニウム合金鋳塊を造塊する。アルミニウム合金の組成は、Mn:0.5〜1.5%、Mg:0.8〜1.5%、Fe:0.2〜0.6%、Si:0.25〜0.4%、Cu:0.1〜0.3%、Zn:0.25%以下、Ti:0.1%以下、B:0.05%以下を含有し、残部がAlと不可避的不純物からなるものである。
【0026】
次に、例えば、アルミニウム合金鋳塊の面削及び均質化処理を行う。均質化処理により、アルミニウム合金鋳塊における溶質原子の成分偏析を取り除くと共に、固体潤滑効果によりDI成形時の焼付きを防止するα相化合物を形成することができる。
【0027】
均質化処理の温度(保持温度)は550〜620℃であり、好ましい保持時間は1時間以上である。保持温度が550℃未満であるか、保持時間が1時間未満であると、均質化処理の効果が十分に得られないことがある。保持温度が620℃を超えると、アルミニウム合金鋳塊の表層に膨れや部分的な溶融が発生して微小欠陥となり、缶ボディ用アルミニウム合金板の初期強度及び塗装焼付工程後における強度が著しく低下する。加熱時間の上限は特に限定されないが、生産効率の点から、通常は24時間程度以下である。
【0028】
均質化処理完了後、以下の式1が成立する条件で冷却する。
(式1) H(T1+T2)/2≦1000(℃・h)
T1:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける、前記均質化処理のときの材料温度(℃)
T2:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける、前記熱間粗圧延の開始時の材料温度(℃)
H:前記アルミニウム合金鋳塊の表層から40mmの深さにおける材料温度が、T1からT2に達するまでに要する時間(h)
なお、温度T1、T2は、鋳塊に穴あけ加工し、表層より40mmの深さに熱電対を埋め込むことで測定できる。
【0029】
上記式1における左辺が1000より大きいと、均質化処理後、T2の温度に到達するまでにαAlMnFeSi粒子が析出して固溶Mn原子が減少するため、耐熱軟化性が低下する。
【0030】
熱間粗圧延は、開始パスから最終パスまでにおいて450〜500℃の温度範囲内にある積算保持時間が600秒以内となる条件で、板厚が20〜40mmとなるまで行われる。なお、上記450〜500℃は、板表面の温度であり、接触式温度計により測定できる。
【0031】
積算保持時間が600秒を超えると、熱間粗圧延中に微細なαAlMnFeSi粒子が析出して、冷間加工時の加工硬化量が大きくなり、強度が高くなり過ぎる。熱間粗圧延の完了時の板厚が20mm未満では、続く熱間仕上圧延で圧下量を大きくすることができず、熱間仕上げ圧延後に再結晶組織が得難くなる。完了時の板厚が40mmを超えると、続く熱間仕上圧延や冷間圧延での加工度が大きくなり、熱間仕上圧延での加工度を大きくした場合は、板表面の品質に影響を及ぼし、冷間圧延での加工度を大きくした場合は、缶ボディ用アルミニウム合金板の強度が高くなり過ぎる等の問題が生じる。
【0032】
続く熱間仕上圧延は、出側温度が300〜360℃の条件で、板厚が1.5〜3.0mmとなるまで行う。上記の出側温度はコイル側面表層の温度であり、接触式温度計により測定できる。
【0033】
出側温度が300℃未満では熱間仕上圧延後に再結晶組織が得られず、360℃を超えると冷却中にαAlMnFeSi粒子が析出し、耐熱軟化性が低下する。続く冷間圧延は、板厚が0.2〜0.35mmとなるまで行う。
【実施例1】
【0034】
1.缶ボディ用アルミニウム合金板の製造
表1に示す成分組成を有する、A1〜A10のアルミニウム合金を常法により溶解し、半連続鋳造により、アルミニウム合金鋳塊を作製した。
【0035】
【表1】
【0036】
得られたアルミニウム合金鋳塊に対し、空気炉において、600℃の温度で10時間の均質化処理を施した。その後、上述した式(1)の左辺の値が350〜480(℃・h)となる熱履歴で、熱間圧延開始温度まで冷却した。熱間圧延開始温度は490℃とした。
【0037】
次に、開始パスから最終パスまでにおいて450〜500℃の温度範囲内にある積算保持時間が350〜490秒となる条件で、板厚が30mmとなるまで熱間粗圧延を行った。さらに、出側温度が300〜330℃の条件で、板厚が2.4mmとなるまで熱間仕上圧延を行った。最後に、3パスの冷間圧延を行い、0.28mmの板厚の缶ボディ用アルミニウム合金板を製造した。なお、冷間圧延最終パスの出側温度は145〜155℃であった。
【0038】
以下では、Ai(i=1〜10)のアルミニウム合金を用いて製造した缶ボディ用アルミニウム合金板を、Aiの缶ボディ用アルミニウム合金板とする。
2.缶ボディ用アルミニウム合金板の評価
A1〜A10の缶ボディ用アルミニウム合金板のそれぞれについて試験材を作成し、以下の評価を行った。評価結果を上記表1に示す。
(1)圧延方向の引張強さ(塗装焼付工程を施していない状態での値)
試験材の圧延方向よりJIS 11号試験材を成形し、JIS Z 2241に従って引張試験を実施し、圧延方向の引張強さ(TS)を測定した。
(2)205℃で10分間熱処理した後の圧延方向での引張強さ
試験材に塗装焼付工程相当の熱処理(205℃で10分間)を施した後、上記(1)と同様に引張り試験を実施し、熱処理した後の圧延方向での引張強さ(ABTS)を測定した。
(3)板厚減少率が66%となる冷間圧延を行った場合における引張強さの増加量
試験材(塗装焼付工程を施していない状態)に、板厚減少率が66%となる冷間圧延(CR)を行った。冷間圧延前後の試料材の引張強さをそれぞれ測定しておき、冷間圧延による引張強さの増加量を算出した。
(4)αAlMnFeSi金属間化合物相の面積率
試験材(塗装焼付工程を施していない状態)の断面を、ペーパーおよびバフ研磨により鏡面仕上した。その後、電界放射型電子銃を備えた走査型電子顕微鏡により、加速電圧10kV、倍率1000倍において、試験材の断面における板厚中心部付近を観察した。試験材の断面を撮像した写真を画像解析し、円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相の面積率(全面積に対し、円相当径で1μm以下のαAlMnFeSi金属間化合物相が占める面積の比率)を測定した。解析には10視野以上の写真を用い、画像解析した総面積は10000μm2以上である。
(5)θの測定
試験材(塗装焼付工程を施していない状態)の断面を、ペーパーおよびバフ研磨により鏡面仕上した。その後、電界放射型電子銃を備えた走査型電子顕微鏡により、加速電圧10kVにて、面積0.035μm2を有する六角形の微小要素でEBSP解析を実施した。
【0039】
すなわち、図1に示すように、試験材の断面を、面積0.035μm2を有する正六角形の微小要素Di(i=1、2、3・・・・)に区分し、各微小要素Diについて、平均方位を測定した。そして、任意の微小要素Dxと、その周囲の6個の微小要素Dx1〜Dx6との平均方位の差の絶対値(以下、方位差)をそれぞれ、θx1〜θx6とした。θx1〜θx6の和を、6(θx1〜θx6の個数)で除した値を、微小要素Dxについての方位差の平均値とした。この方位差の平均値を、解析を行う領域に属する全ての微小要素Diについて算出し、さらにそれらの平均値をθとした。解析を行う領域の面積は1000μm2以上とした。
(6)製缶性評価
一般的な製缶装置によりしごき率66%で製缶を行い、製缶可否を確認するとともに、缶壁の焼付きを目視評価した。
【0040】
表1にみられるように、A1〜A10の缶ボディ用アルミニウム合金板は、塗装焼付工程を施していない状態での圧延方向の引張強さ(TS)が高過ぎず、製缶性が良好であった。また、A1〜A10の缶ボディ用アルミニウム合金板は、Si含有量が多くても、熱処理した後の圧延方向での引張強さ(ABTS)が高く、耐熱軟化性において優れていた。
(比較例1)
表2に示す成分組成にて、前記実施例1と同一の製造方法により、R1〜R13の試験材を作製した。
【0041】
【表2】
【0042】
そして、R1〜R13の試験材について、前記実施例1の場合と同様に評価した。その結果を上記表2に示す。
R1の試験材では、Mnの含有量が少なく、ABTSが低くなったことに加え、αAlMnFeSi粒子の総量が少なくなり、缶壁に焼付きが生じた。
【0043】
R2の試験材では、Mnの含有量が多く、TSが高くなり過ぎたことに加え、微細なMn粒子が多くなり、66%冷間圧延による引張強さの増加量が大きくなった。その結果、製缶時に胴切れを起こした。
【0044】
R3の試験材では、Mgの含有量が少なく、ABTSが低くなった。
R4の試験材では、Mgの含有量が多く、TSが高くなり過ぎたことに加え、66%冷間圧延による引張強さの増加量が大きくなった。その結果、製缶時に胴切れを起こした。
【0045】
R5の試験材では、Feの含有量が少なく、製缶時に缶壁が焼付きを起こした。
R6の試験材では、Feの含有量が多く、粗大な金属間化合物粒子が多くなって、製缶時に胴切れを起こした。
【0046】
R7の試験材では、Siの含有量が少なく、αAlMnFeSi粒子の総量が少なくなり、製缶時に缶壁が焼付きを起こした。
R8の試験材では、Siの含有量が多く、θの値が大きくなり、塗装焼付工程による強度低下が大きく、ABTSが低くなった。
【0047】
R9の試験材では、Cuの含有量が少なく、ABTSが低くなった。
R10の試験材では、Cuの含有量が多く、TSが高くなり過ぎたことに加え、66%冷間圧延による引張強さの増加量が大きくなった。その結果、製缶時に胴切れを起こした。
【0048】
R11の試験材では、Znの含有量が多く、製缶時に胴切れを起こした。
R12の試験材では、Tiの含有量が多く、粗大な金属間化合物が多く存在したため、製缶時に胴切れを起こした。
【0049】
R13の試験材では、Bの含有量が多く、粗大な金属間化合物が多く存在したため、製缶時に胴切れを起こした。
【実施例2】
【0050】
前記実施例1におけるA9の成分組成を用い、表3に示す製造条件で、B1〜B7の缶ボディ用アルミニウム合金板を製造した。なお、基本的な製造方法は、前記実施例1の場合と同様とした。
【0051】
【表3】
【0052】
なお、熱間粗圧延の上り板厚は30mm、熱間仕上圧延の上がり板厚は2.4mmとした。また、冷間圧延のパス数は3とし、上がり板厚は0.28mmとした。また、冷間圧延最終パスの出側温度は145〜155℃であった。
【0053】
B1〜B7の缶ボディ用アルミニウム合金板のそれぞれについて試験材を作成し、前記実施例1の場合と同様の評価を行った。評価結果を上記表3に示す。
表3にみられるように、B1〜B7の缶ボディ用アルミニウム合金板は、塗装焼付工程を施していない状態での圧延方向の引張強さ(TS)が高過ぎず、製缶性が良好であった。また、B1〜B7の缶ボディ用アルミニウム合金板は、Si含有量が多くても、熱処理した後の圧延方向での引張強さ(ABTS)が高く、耐熱軟化性において優れていた。
(比較例2)
前記実施例1におけるA9の成分組成を用い、表4に示す製造条件で、R14〜R20の試験材を製造した。なお、基本的な製造方法は前記実施例1の場合と同様とし、熱間粗圧延の上り板厚は30mm、熱間仕上圧延の上がり板厚は2.4mmとした。また、冷間圧延のパス数は3とし、上がり板厚は0.28mmとした。また、冷間圧延最終パスの出側温度は145〜155℃であった。
【0054】
【表4】
【0055】
そして、R14〜R20の試験材について、前記実施例1の場合と同様に評価した。その結果を上記表4に示す。
R14の試験材では、均質化処理温度が低く、鋳塊の均質化処理が不十分となった。その結果、微細なαAlMnFeSi粒子が増加し、θ値の値が大きくなり、ABTSが小さくなった。
【0056】
R15の試験材では、均質化処理温度が高く、共晶融解により微小な組織欠陥が生じ、強度が低下した。
R16の試験材では、均質化処理時間が短く、鋳塊の均質化処理が不十分となった。その結果、微細なαAlMnFeSi粒子が増加し、θの値が大きくなり、ABTSが小さくなった。
【0057】
R17の試験材では、均質化処理後、熱延開始までの熱履歴が、上記式(1)を充足しないものとなり、微細なαAlMnFeSi粒子が増加し、θの値が大きくなり、ABTSが小さくなった。
【0058】
R18の試験材では、熱間粗圧延における450〜500℃の保持時間が600秒を越え、微細なαAlMnFeSi粒子が顕著に増加し、66%冷間圧延による引張強さの増加量が大きくなったことに加え、θの値が大きくなり、ABTSが小さくなった。
【0059】
R19の試験材では、熱間仕上げ圧延の出側温度が低く、TSが過度に大きくなり、製缶時に胴切れを起こした。
R20の試験材では、熱間仕上圧延の出側温度が高く、冷却過程でαAlMnFeSi粒子が析出して、ABTSが小さくなった。
【0060】
尚、本発明は前記実施の形態になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0061】
Dx、Dx1、Dx2、Dx3、Dx4、Dx5、Dx6・・・微小要素
θx1、θx2、θx3、θx4、θx5、θx6・・・方位差
図1