【課題を解決するための手段】
【0012】
これらの事情に鑑み、発明者らは鋭意検討の結果、リフロー処理後のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板の摩擦係数を低下させるには、めっき皮膜層のSn相中に存在するMg濃度と銅合金母材中に存在するMg濃度との比、及び、めっき皮膜層と銅合金母材との間の境界面層に存在するMg濃度と銅合金母材中に存在するMg濃度との比が、
めっき皮膜層の摩擦係数の低減に大きく影響し、これらの比を最適な範囲に調整することにより、その目的が達成されることを見出した。
また、このリフロー処理後のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板を製造するには、
銅合金母材の表面にCu又はCu合金めっき、最適な組成及び性状のSnめっき液を使用してSn又はSn合金めっきをこの順に施して、最適なリフロー条件にて熱処理することにより、上述の最適なそれぞれのMg濃度比を得ることが可能となり、更に、銅合金板母材の表面に酸洗処理を施して最適な厚みの加工変質層を形成した後に、前述のめっき処理及び最適なリフロー条件にての熱処理を実施することにより、一段と効果が増長し、めっき皮膜層の摩擦係数の更なる低減が可能となることも見出した。
【0013】
即ち、本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板は、0.2〜1.2質量%のMgと0.001〜0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板を母材とし、表面から前記母材にかけて、厚みが0.3〜0.8μmのSn相、厚みが0.3〜0.8μmのSn−Cu合金相、厚みが0〜0.3μmのCu相の順で構成され
ためっき皮膜層を有し、前記Sn相のMg濃度(A)と前記母材のMg濃度(B)との比(A/B)が0.005〜0.05であり、前記めっき皮膜層と前記母材との間の厚みが0.2〜0.6μmの境界面層におけるMg濃度(C)と前記母材のMg濃度(B)との比(C/B)が0.1〜0.3であることを特徴とする。
本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板は、母材の成分が0.2〜1.2質量%のMgと0.001〜0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物より構成され、その母材表面に形成された境界面層を介してリフロー処理後のめっき皮膜層が形成されている。
Cu−Mg−P系銅合金、特に出願人の商品名「MSP1」は、優れた特性を有する高品質で高信頼性の端子及びコネクタ用の銅合金として知られており、Mgは、Cuの素地に固溶して導電性を損なうことなく強度を向上させ、Pは、溶解鋳造時に脱酸作用があり、Mg成分と共存した状態で強度を向上させる。これらMg及びPは上記範囲で含有することにより、その特性を有効に発揮することができる。
【0014】
本発明では、めっき皮膜層は、その表面から母材にかけて、厚みが0.3〜0.8μmのSn相、厚みが0.3〜0.8μmのSn−Cu合金相、厚みが0〜0.3μmのCu相の順で構成されている。
Sn相の厚みが0.3μm未満では、半田濡れ性が低下し、厚みが0.8μmを超えると、加熱した際にめっき層内部に発生する熱応力が高くなる。
Sn−Cu合金相は、硬質であり、その厚みが0.3μm未満では、コネクタとしての使用時の挿入力の低減効果が薄れて強度が低下し、厚みが0.8μmを超えると、加熱時に、めっき皮膜層に発生する熱応力が高くなり、めっき剥離が促進されて好ましくない。
Cu相の厚みが0.3μmを超えると、加熱時に、めっき皮膜層内部に発生する熱応力が高くなり、めっき剥離が促進されて好ましくない。
本発明では、めっき皮膜層と母材との間に、厚みが0.2〜0.6μmの境界面層を有しており、境界面層の厚みが0.2μm未満では、加熱時に、めっき皮膜層と母材との間で剥離が生じる恐れがあり、厚みが0.6μmを超えると、接触電気抵抗性に悪影響を及ぼす。
本発明において、Sn相のMg濃度(A)と母材のMg濃度(B)との比(A/B)が0.005〜0.05であり、前述の境界面層におけるMg濃度(C)と母材のMg濃度(B)との比(C/B)が0.1〜0.3であることにより、めっき皮膜層の硬度が最適な範囲で向上し、めっき皮膜層の摩擦係数が低下する。
Sn相に存在するMg、及び、境界面層に存在するMgは、母材中のMgの一部が、めっき後のリフロー処理時にマイグレーションしたものであり、軟質のSn相にマイグレーションするMg量と母材のMg量との比、及び、軟質のSn相や硬質のSn−Cu合金相にマイグレーションせずに境界面層に残留するMg量と母材のMg量との比とを、適切な範囲値とすることにより、めっき皮膜層の硬度が最適な範囲で向上し、めっき皮膜層の摩擦係数の低下が可能となる。
比(A/B)と比(C/B)とが、何れも上述の範囲値内である場合にのみ、この効果が得られる。
本発明でのSn相のMg濃度とは、銅合金Snめっき板の深さ方向のGDS(グロー放電発光分光分析装置)により求めたMg濃度プロファイルにおいて、Sn相に該当する位置に現れるピーク頂点の濃度である。
本発明での境界面層のMg濃度とは、銅合金Snめっき板の深さ方向のGDS(グロー放電発光分光分析装置)により求めたMg濃度プロファイルにおいて、境界面層に該当する位置に現れるピーク頂点の濃度である。
【0015】
更に、本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板は、前記母材は、その表面に厚みが0.05〜0.25μmの加工変質層を有することを特徴とする。
リフロー処理前の母材の表面に0.05〜0.25μmの加工変質層が形成されていると、この最適な厚みの加工変質層の存在により、母材中に存在するMgの適切量が、後工程でのリフロー処理時に、Sn相及び境界面層にマイグレーションし易くなり、
比(A/B)が最好適値である0.01〜0.03の範囲に収まり、比(C/B)が最好適値である0.15〜0.25の範囲に収まり、めっき皮膜層の摩擦係数の低減効果が増す。
この加工変質層の厚みは、リフロー処理前とリフロー処理後で大きな変化はないが、リフロー処理後の厚みの方が若干小さくなる傾向にある。
【0016】
更に、本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板において、前記母材は、0.0002〜0.0013質量%のCと0.0002〜0.001質量%の酸素を含有することを特徴とする。
Cは、純銅に対して非常に入りにくい元素であるが、微量に含まれることにより、Mgを含む酸化物が大きく成長するのを抑制する作用がある。しかし、その含有量が0.0002質量%未満ではその効果が十分でなく、一方、0.0013質量%を越えて含有すると、固溶限度を越えて結晶粒界に析出し、粒界割れを発生させて脆化し、曲げ加工中に割れが発生することがあるので好ましくない。より好ましい範囲は、0.0003〜0.0010質量%である。
酸素は、Mgとともに酸化物を作り、この酸化物が微細で微量存在すると、打抜き金型の摩耗低減に有効であるが、その含有量が0.0002質量%未満ではその効果が十分でなく、一方、0.001質量%を越えて含有するとMgを含む酸化物が大きく成長するので好ましくない。より好ましい範囲は0.0003〜0.0008質量%である。
【0017】
更に、本発明の本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板において、前記母材は、
0.001〜0.03質量%のZrを含有することを特徴とする。
Zrは、0.001〜0.03質量%の添加により、引張強さ及びばね限界値の向上に寄与し、その添加範囲外では、効果は望めない。
【0018】
更に、本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板の製造方法は、0.2〜1.2質量%のMgと0.001〜0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板を母材とし、その表面にCu又はCu合金、Sn又はSn合金をこの順にめっきしてそれぞれのめっき層を形成し、更に、加熱してリフロー処理することにより、表面から前記
母材にかけて、厚みが0.3〜0.8μmのSn相、厚みが0.3〜0.8μmのSn−Cu合金相、厚みが0〜0.3μmのCu相の順で構成されためっき皮膜層、及び、前記めっき皮膜層と前記
母材との間に厚みが0.2〜0.6μmの境界面層を形成する方法であって、表面張力が40〜60mN/mであり、粘度が1.2〜1.8mPa・sであるSnめっき液を使用し、前記リフロー処理は、前記それぞれのめっき層を230℃以上に加熱後、温度のばらつきが±2℃以下に制御された媒体中にて20〜60℃まで冷却することを特徴とする。
本発明の製造方法では、先ず、0.2〜1.2質量%のMgと0.001〜0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板を母材として、その表面に、Cu又はCu合金めっきを境界面層の厚み及びリフロー処理後のめっき厚みを考慮して、所定の厚みにめっき層を形成する。次に、その表面に、Sn又はSn合金をリフロー処理後のめっき厚みを考慮して、所定の厚みにめっき層を形成する。
このSn又はSn合金めっき時に、表面張力が40〜60mN/mであり、粘度が1.2〜1.8mPa・sであるSnめっき液を使用することが好ましい。
また、Snめっき液は、めっきの性状や均質性を保つために、消泡試験において2分後に泡が半減する消泡剤を使用し、適量の光沢剤、界面活性剤を含むことが好ましく、これらの光沢剤、消泡剤、界面活性剤は、表面張力や粘度を調整する役割もはたす。
光沢剤としては、親水性ポリオキシエチレン、ポリオキシプロピレンブロックポリマー、エチレンジアミンEO−PO付加物、クミルフェノールEO付加物、界面活性剤としては、ピロガロール或いはハイドロキノン、消泡剤としては、疎水性ポリオキシエチレン、ポリオキシプロピレンブロックポリマーなどがあげられる。
このSnめっき液を使用してSn又はSn合金めっきを施すことにより、リフロー処理後に、Sn相のMg濃度(A)と母材のMg濃度(B)との比(A/B)が0.005〜0.05となる素地が作られる。Snめっき液の条件が上記の範囲外であると、特に、比(A/B)が所定範囲値内に収まり難くなる。
次に、これらのめっき層に対し、230℃以上に加熱後、温度ばらつきが±2℃以下で制御された媒体中にて20〜60℃まで冷却するリフロー処理を施すことにより、表面から銅合金母板にかけて、厚みが0.3〜0.8μmのSn相、厚みが0.3〜0.8μmのSn−Cu合金相、厚みが0〜0.3μmのCu相の順で構成されためっき皮膜層、及び、めっき皮膜層と
母材との間に、厚みが0.2〜0.6μmの境界面層が形成される。
このリフロー処理にて、母材中のMgの一部がSn相にマイグレーションして、Sn相のMg濃度(A)と母材のMg濃度(B)との比(A/B)が0.005〜0.05となり、めっき皮膜層と母材との間に厚みが0.2〜0.6μmの境界面層が形成され、その境界面層中に母材中のMgの一部がマイグレーションして、境界面層におけるMg濃度(C)と母材のMg濃度(B)との比(C/B)が0.1〜0.3となり、めっき皮膜層の摩擦係数の低下が実現化される。
リフロー処理条件が上記の範囲外であると、上述の摩擦係数の低下効果を有するCu−Mg−P系銅合金Snめっき板を形成することはできない。
【0019】
更に、本発明のCu−Mg−P系銅合金Snめっき板の製造方法は、0.2〜1.2質量%のMgと0.001〜0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する銅合金板を母材とし、前記母材の表面を
機械研磨して厚みが0.05〜0.25μmの加工変質層を形成した後に、その表面にCu又はCu合金、Sn又はSn合金をこの順にめっきしてそれぞれのめっき層を形成し、更に、加熱してリフロー処理することにより、表面から前記
母材にかけて、厚みが0.3〜0.8μmのSn相、厚みが0.3〜0.8μmのSn−Cu合金相、厚みが0〜0.3μmのCu相の順で構成されためっき皮膜層、及び、前記めっき皮膜層と前記
母材との間に厚みが0.2〜0.6μmの境界面層を形成する方法であって、表面張力が40〜60mN/mであり、粘度が1.2〜1.8mPa・sであるSnめっき液を使用し、前記リフロー処理は、前記それぞれのめっき層を230℃以上に加熱後、温度のばらつきが±2℃以下に制御された媒体中にて20〜60℃まで冷却することを特徴とする。
本発明の製造方法では、先ず、リフロー処理前の0.2〜1.2質量%のMgと0.001〜0.2質量%のPを含み、残部がCuおよび不可避不純物である組成を有する母材の表面に
機械研磨を施し、厚みが0.05〜0.25μmである加工変質層を形成する。この最適な加工変質層により、母材中の適切量のMgが、後工程でのリフロー処理時にSn相及び境界面層にマイグレーションするのが容易となり、比(A/B)が最好適値である0.01〜0.03の範囲に収まり、比(C/B)が最好適値である0.15〜0.25の範囲に収まり、めっき皮膜層の摩擦係数の低下効果が増大する。
リフロー処理前の加工変質層の厚みが0.05μm未満では、効果が不十分であり、0.25μmを超えると、めっき皮膜の耐熱剥離性に悪影響を及ぼす。
次に、前述と同様のCu又はCu合金めっき及びSn又はSn合金めっきを施し、前述と同様のリフロー処理を施すことにより、摩擦係数の低下効果が更に増長したCu−Mg−P系銅合金Snめっき板が形成される。
本発
明では、砥粒での機械研磨と処理液での化学研磨を含むことが好ましく、目的とする加工変質層は、主に機械研磨により形成され、表面粒度が#1000以上の研磨ロールで母材の表面を機械研磨することが特に好ましい。引続く化学研磨工程は、必ずしも必要ではないが、形成された加工変質層を残して砥粒を除去する為に、例えば、硫酸5〜20質量%及び過酸化水素1〜10質量%を含む液温30〜70℃の処理液中にて、10〜30秒間浸漬して実施することが好ましい。