(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
試料の構成物質に不特定成分の物質が含まれている場合に、請求項1または2記載の方法を用いて、不特定成分の分布画像データを取得することを特徴とする試料の構成物質の分布画像データを作成する方法。
請求項1から3のいずれかに記載の方法において、前記基準波数を挟む2点の波数間隔が所定値以上になる条件とは、想定される構成物質のピーク形状に基づいて、前記2点の波数間隔を少なくとも前記ピーク形状の裾幅の相当値以上にすることを特徴とする試料の構成物質の分布画像データを作成する方法。
請求項5記載の方法において、前記濃度情報を算出する際に、試料の構成物質に固有のピークの出ることの少ない波数領域でのノイズレベルに基づく閾値を設定し、前記基準ピーク高さが前記閾値未満の場合は、前記他方の基準波数によるピーク高さの読み取りを行なわないで、前記基準ピーク高さの読み取りに用いた基準波数およびベースラインの条件の組合せを変更することを特徴とする試料の構成物質の分布画像データを作成する方法。
【背景技術】
【0002】
試料中の物質の濃度分布などを調べるため、分光測定装置を用いたマッピング測定が広く行われている。例えば、ラマン顕微分光測定装置では、ステージを移動して対物レンズの焦点を変えたり、レーザを試料上に走査したりすることにより、励起光によって発生する各微小領域からのラマン散乱光を検出し、各微小領域の励起光およびラマン散乱光の振動数の差分(ラマンシフト)に基づいて特定の構成物質の分布を示すマッピング図を作成することができる。
試料に対して、2次元的な測定をしたときは2次元的なマッピング図(これを3次元的色分け図と呼ぶ場合がある。)を作成し、3次元的な測定をしたときは3次元的な空間に対する3次元的なマッピング図(X−Y−Z軸の空間座標に加えて強度情報が色分け表示されているので、これを4次元的色分け図と呼ぶ場合がある。)を作成する。
【0003】
マッピング図作成のおおまかな流れを
図10に示す。まず、試料S中のすべての微小領域2についてそれぞれスペクトルデータ4を取得する。ラマン分光法の場合、スペクトルデータ4の横軸はラマンシフトを示す波数(cm
−1)であり、縦軸はピークの信号強度である。そして、取得した大量のスペクトルデータ(マッピングデータ6と呼ぶ)を処理して3次元的なマッピング
図M1を作成し、これを表示手段の表示画面12などに表示する。
【0004】
スペクトルのデータ処理に関しては、扱うスペクトルデータが大量となるため、統計的手法を用いて客観的に分析を行う手法もある(例えば、特許文献1参照)が、発明者らは、よりシンプルにマッピング図を作成できる処理方法についても長年研究してきた。
例えば、採取したスペクトルデータ中の特定のピークに着目し、そのピーク高さや、ピーク面積などによりマッピング図を作成する処理方法がある(例えば、特許文献2の段落0025参照)。
図10の表示画面12のように、ユーザが、条件設定画面16に表示された任意のスペクトルデータを見ながら、特定物質に固有のピーク14の波数を指定すると、各スペクトルデータからそのピーク波数18での信号強度をそれぞれ抽出し、そのマッピング
図M1を表示するというものがある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし、
図10に示すスペクトルデータ処理装置の表示画面12のように、試料Sからの蛍光の影響でスペクトルの強度信号が広い波数領域に渡って上昇している場合は、蛍光の信号強度を含んだマッピング図が得られてしまい、そのようなマッピング図は特定物質の正確な濃度分布を示していないことになる。そのため、従来はユーザが着目ピーク14を挟むようなベースラインを手動で設定し、設定したベースラインに基づくピーク高さ等を使ってマッピング図を作成していた。
【0007】
また、着目ピーク14のすぐ近傍に別のピークが存在していて、両者のピークが部分的に重なっている場合がある。このような着目ピーク14に対し、どのようにベースラインを引けば濃度の真値に最も近いマッピング図が得られるかは、ユーザの試行錯誤に頼らざるを得ず、マッピング作成の熟練者であってもベースラインの引き方を幾通りも試す必要があった。
また、着目ピークの形状が波数軸方向に大きく広がっている場合、そのピーク形状が狭いものよりも、手作業によるベースラインの引き方に、ばらつきが生じ易くなる。
【0008】
以上のように、特定のピークに着目してマッピング図を作成する際、従来は、着目ピークに対するベースラインの設定を一律に定めることができず、それを手作業で試行錯誤しながら行なっており、マッピング図の作成を自動化することは非常に困難であると考えられていた。しかし、正確な濃度分布を示すマッピング図の自動作成機能のニーズは非常に高い。
本発明の目的は、複数のスペクトルデータに基づいて試料の構成物質の濃度分布を正確に示す画像をコンピュータにより作成するスペクトルデータの処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明に係る方法は、試料の複数点を分光測定して得られた複数のスペクトルデータに基づいて、試料の構成物質の分布画像データをコンピュータにより作成する方法であって、基準波数設定工程、ベースライン設定工程、画像作成工程、および、画像選択工程を備える。
基準波数設定工程では、前記スペクトルデータの全ての波数領域内または部分的な波数領域内に基準波数を設ける。また、該基準波数を前記波数領域内で連続的に掃引することによって、前記基準波数の条件を複数通りに設定する。
ベースライン設定工程では、前記基準波数の掃引位置ごとに、該基準波数を挟む2点の波数間隔が所定値以上になる条件下で、該2点の波数をそれぞれ連続的に掃引することによって、これら2点を両端とするベースラインの条件を複数通りに設定する。
画像作成工程では、前記基準波数の条件および前記ベースラインの条件の組合せを設定する都度、該条件の組合せを複数のスペクトルデータに共通してあてはめて、前記基準波数をピーク波数とするピークレベルを構成物質の濃度情報としてスペクトルデータごとに算出する。また、これらの濃度情報に基づいて1つの分布画像データを作成する。その結果、前記基準波数の条件および前記ベースラインの条件の組合せごとに作成される複数の分布画像データを取得する。
画像選択工程は、前記画像作成工程で取得された複数の分布画像データの中から最も高いコントラストの分布画像データを選択する。
【0010】
また、上記の画像作成工程の内容に代えて、以下のピークレベル算出工程を設けてもよい。つまり、ピークレベル算出工程では、前記基準波数の条件および前記ベースラインの条件の組合せを設定する都度、該条件の組合せを複数のスペクトルデータに共通してあてはめて、前記基準波数をピーク波数とするピークレベルをスペクトルデータごとに算出し、さらに、これらのピークレベルの偏差を算出するようにしてもよい。そして、このピークレベル算出工程に続く、画像取得工程の内容としては、上記の画像選択工程の内容に代えて、以下のようにしてもよい。すなわち、画像取得工程では、前記基準波数および前記ベースラインの条件の組合せの中から、ピークレベルの偏差が最も大きくなる条件の組合せを選択し、その条件の組合せを使って算出したピークレベルに基づいて1つの分布画像データを取得するようにしてもよい。この構成によれば、基準波数およびベースラインの各条件の組合せごとに分布画像データを取得しなくても、条件の組合せごとにピークレベルの偏差を算出し、その偏差が最大になる条件の組合せを見つける。そして、その条件の組合せでの分布画像データを作成すれば、所望の分布画像データを取得することができる。
【0011】
特に、本発明では、試料の構成物質に不特定成分の物質が含まれている場合に、上述の方法を用いて、不特定成分の分布画像データを取得することが好ましい。
【0012】
また、本発明において、前記基準波数を挟む2点の波数間隔が所定値以上になる条件とは、想定される構成物質のピーク形状に基づいて、前記2点の波数間隔を少なくとも前記ピーク形状の裾幅の相当値以上にすることが好ましい。
【0013】
また、スペクトルデータに含まれる2つのピーク高さの比であるピーク高さ比に基づいて分布画像データを作成する場合は、以下のようにするとよい。
すなわち、前記基準波数設定工程では、前記波数領域内に2つの基準波数を同時に設ける。また、該2つの基準波数を前記波数領域内で連続的に独立して掃引する。
前記ベースライン設定工程では、前記2つの基準波数の掃引位置ごとに、それぞれの基準波数ごとにベースラインの条件を独立して設定する。
前記濃度情報を算出する際に、前記2つの基準波数の条件とそれぞれのベースライン条件とを使って、複数のスペクトルデータに共通してあてはめる。そして、一方の基準波数を用いて読み取ったピーク高さを基準ピーク高さとし、他方の基準波数を用いて読み取ったピーク高さとのピーク高さ比を算出する。算出したピーク高さ比を構成物質の濃度情報としてスペクトルデータごとに算出することが好ましい。このようにすることで、前記画像選択工程では、ピーク高さ比に基づく複数の分布画像データから、最も高いコントラストの分布画像データが選択されることになる。
【0014】
また、本発明では、上記のピーク高さ比に基づく分布画像データの作成方法において前記濃度情報を算出する際に、試料の構成物質に固有のピークの出ることの少ない波数領域でのノイズレベルに基づく閾値を設定し、前記基準ピーク高さが前記閾値未満の場合は、前記他方の基準波数によるピーク高さの読み取りを行なわないで、前記基準ピーク高さの読み取りに用いた基準波数およびベースラインの条件の組合せを変更することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の方法では、基準波数設定工程で基準波数を所定の波数領域内で連続的に掃引させること、および、ベースライン設定工程で基準波数を挟む2点の波数を一定条件下で連続的に掃引させることによって、基準波数の条件およびベースラインの条件の組合せを様々に変えて、様々な条件の組合せでの分布画像データを取得する。つまり、複数のスペクトルデータが所定の波数領域内において一律にスキャンされることになる。
さらに、取得した多くの分布画像データから、最も正確な構成物質の濃度分布を示す画像を選択するために、本発明の方法では、すべての分布画像データの中で最も高いコントラストの画像を選択する。
【0016】
以上の方法によれば、最適な分布画像データを取得するために、ピーク波数を設定したり、そのピーク波数に対して適切なベースラインを設定したりするという作業を省略することができ、ユーザがこれらの条件を設定するために試行錯誤することもなくなり、濃度情報の真値に最も近い分布画像データをユーザ負担の生じない方法で自動的に取得することができる。
【0017】
例えば、試料中の異物の分布画像を表示させる際、通常は、異物の成分が既知でない場合が多く、異物を特定するためのピーク波数やベースラインを設定することは困難である。大量のスペクトルデータに埋もれた異物のピークを1つ1つのスペクトルデータから探すという作業も非常に手間が掛かって現実的ではない。本発明の方法によれば、ピーク波数やベースラインをその都度設定する必要がない。様々に変化させる基準波数およびベースラインの各条件の組合せを使って、複数の分布画像データを作成し、その中から最も高コントラストの画像データを選択することで、異物の濃度分布を最も正確に表示した分布画像データを取得することができる。
【0018】
また、試料の構成物質が既知である場合であっても、対象物質のスペクトルとその他の物質のスペクトルとの重なり具合によっては、どのピークを使ってどのようなベースラインを設定すれば最適な分布画像データが得られるのか分からない場合がある。このような場合にも、本発明の方法によれば、対象物質の濃度分布を最も正確に表示した分布画像データをスムーズに取得することができる。
【発明を実施するための形態】
【0020】
前述の
図10には、複数のスペクトルデータから試料の構成物質のマッピング
図M1を作成するための従来の処理方法を示した。以下に説明する各実施形態は、
図10に示す処理方法に共通する部分を含む。しかし、従来は、着目ピークの設定およびベースラインを引く処理をユーザが手作業で試行錯誤しながら行っていたが、以下の各実施形態では、着目ピークの設定作業を省略化することができ、また、ベースラインの設定を自動化することができる。ここで作成されるマッピング図とは、構成物質の濃度分布画像であり、例えば、試料の各点の濃度情報に基づいて色分けされた図(色分け図)やグレースケールで表わされた図などが含まれる。
【0021】
第1実施形態
本実施形態のスペクトルデータ処理方法は、試料の複数の微小領域をラマン分光測定して得られた複数のラマンスペクトルデータに基づいて、試料の構成物質のマッピング図をコンピュータにより作成する方法である。処理するスペクトルデータの数は特に限定しないが、ここでは1万程度あるものとして説明する。
【0022】
スペクトルデータ処理装置は、データ取り込み手段、条件入力手段、データ処理手段、および、表示手段を備えて構成される。データ取り込み手段はラマン分光測定装置にて測定されたスペクトルデータ、または、ファイル装置などに保存されたスペクトルデータを取り込む。条件入力手段は、基準波数を掃引させる際の掃引範囲の指定、および、基準波数に対するベースラインの両端波数を掃引させる際の掃引範囲の指定などのために用いられる。データ処理手段は、基準波数およびベースラインの各条件の組合せを複数通りに設定して、基準波数およびベースラインの各条件の組合せごとにマッピング図を作成し、複数作成されたマッピング図の中から最適なマッピング図を選択して出力する。表示手段は、データ処理手段から出力されるマッピング図をその表示画面に表示する。
【0023】
本発明のスペクトル処理方法において特徴的なことは、前述のデータ処理手段が、所望のマッピング図を自動で作成するために、基準波数設定工程と、ベースライン設定工程と、画像作成工程と、画像選択工程とを実行するようにプログラムされていることである。各工程について図面を用いて以下に詳しく説明する。
【0024】
<基準波数設定工程>
図1(A)のように、試料の複数の微小領域を測定して得られた複数のスペクトルデータa,b,c,d…を処理する場合について説明する。分かりやすくするため、データa,b,dには、第1成分のみのピークが表れていて、データcには第2成分(対象物質)のピークが第1成分のピークの肩部分に乗った形状で表れているとする。まず、基準波数設定工程では、データ処理手段が、
図1(B)のようにスペクトルデータの全波数領域、または部分的な波数領域に対して、マッピング図作成の基準となる基準波数を設ける。図中では基準波数の位置を三角のマークで示す。さらに、基準波数を波数領域内で連続的に掃引させる。この連続的に掃引させる処理では、基準波数の掃引位置を例えばスペクトルデータの最小単位である1データずつ変化させてもよい。最小単位の1データごとではなく、所定のピッチごとのデータを基準波数の掃引位置としてもよい。試料の構成物質が何であるか既知であっても、そうでなくても、この工程を実行するが、既知である場合は、基準波数の掃引範囲をスペクトルデータの全波数領域とはしないで、ピークの発生が想定される部分的な波数領域だけを掃引してもよい。波数領域の設定は、条件入力手段からの設定情報を用いるが、これに限られず、試料に応じた波数領域の設定情報を記憶部から読み出すようにしてもよい。
【0025】
<ベースライン設定工程>
ベースライン設定工程は、データ処理手段によって、上記の基準波数設定工程の中で繰り返し実行される工程である。この工程によって、基準波数の掃引位置ごとに、ベースラインが何通りにも設定される。
図2(A)〜(D)は、
図1(B)の円で囲んだ範囲を拡大したものである。図中のA〜Kで示す点データは、スペクトルの最小単位の点データを模式的に表わしたものであり、基準波数の掃引位置が点データEにある場合を示す。なお、実際のスペクトルデータのデータ数は多く、またノイズも多いが、同図ではこれらを簡略化して描いた。
【0026】
基準波数設定工程により基準波数の掃引位置が
図2(A)のように点データEに達しているとする。ベースライン設定工程では、点データEにある基準波数に対して、これを挟む2点の波数(例えば、点データA、F)が設けられる。この2点を結ぶラインAFを1つのベースライン条件とする。次に、2点の波数間隔を、下限値と上限値の間で変化させる。対象物質のピーク形状は、ある程度予想が可能であり、予想されるピーク形状に基づいて、波数間隔の下限値と上限値が設定される。例えば、対象物質のピーク形状の裾幅に相当する値を波数間隔の下限値として、その裾幅の1.5倍から2倍に相当する値を波数間隔の上限値としてもよい。
【0027】
同図のラインAFの波数間隔(Wで示す長さ)が下限値であるとすれば、点データAの波数を固定して、波数間隔を上限値まで増やしていく。これに伴って、ベースライン条件がラインAF→AG→AHというように連続的に変化する。次に、
図2(B)のように、基準波数を挟む2つの波数の一方を点データBの波数に移動させて、波数間隔が下限値となるようにベースライン条件(ラインBG)を設ける。そして、点データBの波数を固定して、波数間隔を上限値まで増やすことによって、ベースライン条件をラインBG→BH→BIと連続的に変化させる。同様に、
図2(C)のように、点データCの波数を固定して、波数間隔を変化させ、ベースライン条件をラインCH→CI→CJと連続的に変化させる。図示しないが、点データDの波数に対しても、同様に、ベースライン条件を何通りにも設定する。このようにベースラインの両端の波数間隔に下限値と上限値を設けることで、ベースライン条件の設定回数が必要以上に多くなることを避けることができて、データ処理時間を短縮することができる。
【0028】
基準波数が点データEにある場合のベースラインの設定は以上のようになる。次に、
図2(D)のように、基準波数を隣の点データFの位置に変えて、同様に、ベースライン条件を何通りにも設定する。このように、基準波数を挟む2点の波数間隔が所定の範囲内(下限値〜上限値)となるように、2点の波数をそれぞれ連続的に掃引することによって、ベースラインが何通りにも設定される。基準波数設定工程およびベースライン設定工程を実行すれば、基準波数の掃引位置ごとに複数のベースラインが設定され、基準波数およびベースラインの各条件の組合せを複数通りに設定することができる。
【0029】
<画像作成工程>
画像作成工程では、基準波数の掃引位置、および、その基準波数に設定されるベースラインの2つの条件の組合せを、複数のスペクトルデータa,b,c,d…に共通してあてはめる。説明のため、例えば、スペクトルデータb,c,kを
図3に示す。スペクトルデータc,kには対象とする構成物質のピークが含まれているが、データbには対象物質のピークが含まれていない。微小領域ごとに対象物質の濃度が異なれば、それに応じてスペクトルデータのピーク形状も異なり、一般的には高濃度ほどピークの高さが大きくなる。なお、ベースラインの設定の際に、基準波数を挟む2点を結ぶ線としては直線、円弧、楕円の円弧または2次関数曲線などから適宜選択できるが、本実施形態では直線の場合を説明する。
図3にベースラインの条件として、3通りのラインBG,BH,CHを比較のために示す。
【0030】
点データEにある基準波数と、3つのベースライン条件BG,BH,CHとを基準にして読み出したピークレベルの絶対値情報を各スペクトルデータの右に記載した。ピークレベルとしては、基準波数とベースラインとに基づき一義的に定まるピーク高さ、ピーク面積、または、半値幅などの各情報を読み取ればよい。例えば、ピークレベルとしてピーク高さを読み取る場合は、スペクトルデータの縦軸のピーク点の光強度信号からベースラインで決まるベース点の光強度信号を差し引いた数値を、そのピーク波数におけるピーク高さの絶対値情報とする。また、本実施形態のようにピーク面積を用いる場合は、ピーク波形を積分してベースラインよりも上側の面積を算出して、これをピーク面積の絶対値情報として用いてもよい。
【0031】
画像作成工程では、基準波数とベースラインの各条件の組合せを設定する都度、組合せられた条件を複数のスペクトルデータa,b,c,d…に共通してあてはめる。そして、基準波数をピーク波数とするピークレベルの絶対値情報を構成物質の濃度情報としてそれぞれ読み取って、これらの絶対値情報を使って1枚のマッピング図を作成する。条件の組合せを順次変更していくことで、マッピング図が繰り返し作成されて、複数通りの条件に対応する複数枚のマッピング図が得られる。
【0032】
<画像選択工程>
基準波数の掃引位置が任意の位置であり、さらに、その基準波数に対して任意に設けたベースラインの条件下を使ったとしても、必ずしも正確な濃度情報を読み取れる訳ではなく、これらの条件を幾通りも変更して最も濃度情報の真値に近い条件でマッピング図を作成することが必要になる。そこで、本実施形態では、画像選択工程を設けて、作成されるマッピング図ごとにコントラストを算出して記憶部に記憶させる。そして、様々な条件の組合せで作成した多くのマッピング図の中からコントラストの一番高いものを最適なマッピング
図M2として選択するようにしたのである。
図4参照。
【0033】
なお、簡易化のために、マッピング図の作成およびそのコントラストの算出に代えて、基準波数とベースラインの条件の組合せごとにピークレベルの絶対値情報の偏差や標準偏差を算出してもよい。この場合、すべての条件の組合せの中から偏差や標準偏差の最も大きいもの選択し、その条件の組合せ下で作成したマッピング図を最適なマッピング図とすることができる。
ピークレベルの偏差を利用したマッピング図の作成方法について説明する。この方法でも、前述の基準波数設定工程とベースライン設定工程とを用いるが、前述の画像作成工程に代えてピークレベル算出工程を用いる。また、画像選択工程に代えて画像取得工程を用いる。ピークレベル算出工程では、基準波数の条件およびベースラインの条件の組合せを設定する都度、この条件の組合せを複数のスペクトルデータに共通してあてはめて、基準波数をピーク波数とするピークレベル(ピーク高さ、ピーク面積、半値幅などの各情報)をスペクトルデータごとに算出し、さらに、これらのピークレベルの偏差を算出する。次に、画像取得工程では、基準波数およびベースラインの条件の組合せの中から、ピークレベルの偏差が最も大きくなる条件の組合せを抽出する。そして、抽出された条件の組合せを使って算出したピークレベルに基づいて1つのマッピング図を取得することができる。
このようにコントラストまたは偏差や標準偏差に基づいて、最もコントラストの高いマッピング図を選択することも可能で、結果的に、試料中の対象物質(異物など)の混入部位が強く色付けされたマッピング図を得ることができ、または、複数成分からなる試料について対象となる成分分布が明確に色分けされたマッピング図を得ることができる。
【0034】
色分け図の代表的な表現方法として、まず、1成分(1つのパラメータ)についてのピーク強度などの数値範囲を、赤から黄、緑、青までの連続的な色の変化範囲に置き換えて表示する方法がある。また、2成分または3成分(2つまたは3つのパラメータ)のピーク強度をRGB情報で表現する色分け方法もある。RGB情報での色分け図では、1成分ごとに色が特定されて、1成分のピーク強度がその特定色(例えばR(赤))の濃淡に置き換えられている。そして、最大、R(赤)、G(緑)、B(青)の3色によって、3成分のピーク強度が3色の濃淡によって1枚の図で同時に表現される。
【0035】
本実施形態での色分け図がRGB情報で表現される場合であれば、画像選択工程において、基準波数の掃引位置でのピークに割り当てられる特定色(例えばR(赤))の濃淡が最も大きくなる色分け図を選択するとよい。なお、濃淡を用いて表現する場合に限らず、明度、彩度、色相などで表現された色分け図においては、それぞれ明度、彩度、色相の違いが最も大きくなる色分け図を選択すればよい。
【0036】
(本実施形態の効果)
コントラストが最大になるマッピング図を選択することで、なぜ最も正確な濃度分布を示す画像が得られるかについて簡単に説明する。
本実施形態では基準波数とベースラインの各条件の組合せで、ピークレベルの絶対値情報を読み出し、その情報に基づいてマッピング図を作成している。そのため、どのマッピング図も、ピークレベルを同じ尺度を用いて視覚化したものになっている。また、ベースラインの引き方次第で、スペクトルデータごとに読み出されるピークレベルの偏差が異なったものになる。
【0037】
図3中にハッチングで示すピーク面積を使って、ピークレベルを説明する。基準波数が点データEで、ベースライン条件がラインBHである場合に、濃度の真値に最も近いマッピング図が得られたとする。ラインBHに対して波数間隔が狭いラインBGやCHをベースライン条件にした場合は、スペクトルデータc,kのように本来読み取られるべきピークの面積が削られて、ピーク面積が小さくなってしまう。その結果、ピーク面積で代表される濃度情報が真値よりも小さくなってしまい、複数のスペクトルデータから読み取られるピーク面積の偏差や標準偏差が小さくなってしまう。
【0038】
また、ラインBHと同じ波数間隔であっても、
図2に示したラインAG,CIなどをベースラインにすると、基準波数を挟む2つの波数のいずれか一方が隣接するピーク(対象物質に由来しないピーク)にまで伸びてしまい、本来読み取られるべきピークの面積が削られて、ピーク面積が小さくなってしまう。
さらに、ラインBHよりも波数間隔が広いライン(例えば
図2に示したラインBI,CJ)をベースラインにした場合にも、基準波数を挟む2つの波数のいずれか一方が隣接するピークにまで伸びてしまい、やはり、本来読み取られるべきピークの面積が削られて、ピーク面積が小さくなってしまう。
【0039】
このような原理で、ラインBHをベースライン条件にした時が最もピーク面積の偏差が大きくなると言える。そして、基準波数を所定の波数領域内で1つずつ掃引させていく都度、新たに設定されるベースライン条件を使ってピーク面積を読み取れば、最終的に、ピーク面積の偏差などが最大になるような基準波数とベースラインの条件の組合せが見つかり、濃度情報が一番真値に近いマッピング図を取得できる。同様のことは、ピーク面積に代えてピーク高さやピーク高さ比などを読み取る場合にもあてはまる。
【0040】
以上のことから、濃度情報が最も真値に近くなるように基準波数とベースラインを設定したときが、スペクトルデータごとのピーク面積のコントラストが一番大きくなると言える。逆に言うと、最も高いコントラストのマッピング図は、最も真値に近い濃度情報の分布を表わしているのである。このようにして、様々な基準波数とベースラインの条件の組合せの中から、最も高いコントラストのマッピング図を選択することにより、最も視認効果に優れて説得力のある画像に辿り着ける。複数ピークのオーバーラップがある場合や、ブロードなピーク形状の場合であっても、または、比較的ピーク強度が弱いスペクトルデータを処理する場合であっても、本実施形態の方法を適用することができる。
【0041】
第2実施形態
試料の構成物質に不特定成分の物質が含まれている場合には、従来の方法によると、どのピークに着目するかについて試行錯誤しなければならなかった。ポリスチレン中に分散した異物(シリコン)の分布を可視化する場合を例にすると、通常は異物のスペクトルのキーバンドを用いて、色分け図が作成される。
図5(A)は、ポリスチレンの典型的なスペクトルデータであり、同図(B)は、シリコンの典型的なスペクトルデータである。シリコンの場合、520cm-1の波数に特徴的なピークが現れるから、この520cm-1の波数のピーク周辺の2点の波数を両端としてベースラインを引き、色分け図を作成すれば、最もコントラストが大きい(異物の有無が強調された)イメージが得られるはずである。しかし、異物がシリコンであると予め分かっている場合はよいが、異物成分が不明な場合は、マッピング測定によって得られた膨大なスペクトルデータを1個1個見ていきながらキーバンドの場所を探す必要があった。
そこで、本実施形態では、前述の実施形態の方法をベースにして、不特定成分の濃度分布を調べる場合に有効な方法について説明する。
【0042】
図6はポリスチレン試料中に成分不明の異物が分散している場合のマッピング図作成の過程を説明するものである。第1実施形態と同様に、基準波数設定工程と、ベースライン設定工程と、画像作成工程と、画像選択工程とをそれぞれ実行する。着目すべきピークが不明であっても、各工程の実行には影響がない。同図(A)〜(D)は、基準波数およびベースラインの各条件が様々に変更されて、その都度作成されたマッピング図を示すものである。マッピング図の横に強度スケールを記載した。同図(A)、(B)はいずれも、基準波数の掃引位置が2200cm-1の波数付近に設けられて、その基準波数に対してベースラインBLの波数間隔が変更された場合に作成されたマッピング図を示す。波数間隔26A,26Bはいずれも異物の固有ピーク波数から外れているため、正確な濃度分布を示すマッピング図は得られない。同図(A)の場合、マッピング図には一見何らかの濃度分布のようなむらが表示されているが、これは強度スケールが0〜13と非常に狭いピークレベルの数値範囲を表示しているために見えるむらであり、ピークレベルの偏差が大きいものを視覚化したものではない。このような基準波数とベースラインの条件の組合せでは異物の濃度分布を視覚化することはできない。同図(B)については、ベースラインBLの波数間隔26Bが比較的広く、1000cm-1および3000cm-1の波数付近に見られる異物のピークが含まれている。しかし、これらのピークの強度が非常に弱いため、マッピング図において異物の濃度分布を視覚化することはできない。同図(A)よりもマッピング図の強度スケールが0〜600と広がってはいるが、ピークレベルの偏差は十分に大きいとは言えず、異物の分布を示すものではない。
【0043】
同図(C)は、1100cm-1の波数付近に基準波数の掃引位置が設けられて、ベースラインBLの波数間隔26Cが広めに設定された場合のマッピング図を示す。実際に異物の固有ピーク(520cm-1の波数)を含む範囲に波数間隔26Cが設定されている。マッピング図には異物の濃度分布が比較的正しく示されているが、異物ではない構成物質の分布までも示している可能性があり、ピークレベルの偏差が最大ではなく、最も濃度の真値に近いとは言えない。
【0044】
同図(D)のマッピング図は異物の濃度分布を真値に比較的近いレベルで示している。基準波数が異物の固有ピークを示す波数付近に設定され、かつ、ベースラインの波数間隔26Dが固有ピークを含む十分に狭い範囲に設定されているためである。異物の濃度分布を示す明暗が0〜4000という広い強度スケールで示され、基準波数の条件値からこの異物に該当する物質が何であるかを予測することも可能になる。従来の方法では多大な労力を費やしてようやく辿り着けたマッピング図の品質レベルが
図4(D)である。本実施形態では
図4(D)の品質レベルもしくはこれ以上の品質レベルのマッピング図を自動的に作成することができる。
【0045】
第3実施形態
試料に含まれる構成物質が既知であり、着目ピークをある程度絞ることができる場合であっても、着目ピークが他のピークと重なっている場合などでは、その着目ピークをそのまま使えばよいのか、次の候補の着目ピークに設定変更したほうがよいのか、従来の方法ではユーザが試行錯誤しながらマッピング図を作成する必要があった。
【0046】
具体例を挙げて説明する。
図7(A),(B)には既知の成分からなる基盤層(セルロース)と粘着層の多層膜構造を有する試料を示す。同図(C)は各層のスペクトルデータである。例えば、ユーザが
図8に示す粘着層のスペクトルデータを表示画面上で見ながら、粘着層の着目ピークA(1600cm-1)に基準波数を固定して、この基準波数を挟むような適切なベースラインBL(波数間隔28A)を設定したとすれば、この条件の組合せに基づくマッピング図が作成されて、粘着層の濃度分布が比較的正確に表示されたマッピング
図M3を特に問題なく取得することができる。その理由は、着目ピークAの強度が比較的大きく、また、他の構成物質のピークとの重なりがないという条件を満たしているからである。
【0047】
しかし、基盤層の着目ピークを基準にしてマッピング図を作成したい場合には、
図7(C)に示した第1候補の着目ピークB(1200cm-1付近)を選択すべきか、第2候補の着目ピークC(3400cm-1付近、OH伸縮)を選択すべきか、また、どのようなベースラインを設定すべきかなどについて、ユーザが試行錯誤しなければならない場合がある。その理由として、基盤層の着目ピークBが粘着層のピークと重なっていること、また、第2候補の着目ピークCが比較的なだらかなピーク形状を有し、ピーク高さも着目ピークBに比べて小さいことが挙げられる。
【0048】
そこで、本実施形態では、第1実施形態の方法をベースにして、着目ピークもしくはベースラインの条件をスムーズに設定することができない場合に有効な方法を説明する。
図9は基盤層と粘着層の多層膜構造の試料についてマッピング図を作成する過程を説明するものである。第1実施形態と同様に、基準波数設定工程と、ベースライン設定工程と、画像作成工程と、画像選択工程とをそれぞれ実行する。同図(A)〜(D)は、基準波数およびベースラインの各条件を様々に変更して、その都度作成したマッピング図を示すものである。マッピング図の横に強度スケールを記載した。
同図(A)は、基準波数の掃引によって着目ピークCの波数付近に掃引位置が設けられ、かつ、ベースラインBLの波数間隔がピークCの裾幅程度に設けられた場合に作成されたマッピング図を示す。このマッピング図は、強度スケールが0〜13と狭く、満足できる画像ではない。やはり、着目ピークCが、OH伸縮を示すピークであり、ピーク強度が小さいことが、マッピング図の品質レベルに大きく影響していると考えられる。
【0049】
次に、同図(B)〜(D)は、基準波数の掃引によって着目ピークBの波数付近に掃引位置が設けられて、その基準波数に対してベースラインBLが様々に変更された場合に作成されたマッピング図をそれぞれ示す。同図(A)よりも強度スケールが改善されているが、ベースラインBLの条件に応じて強度スケールに差がある。この強度スケール、つまり、基準波数とベースラインの条件下で読み取られたピークレベルについての強度スケールの範囲が一番広いものが、マッピング図のコントラストが最も高いと言える。同図(C)のマッピング図が0〜40という最も広い強度スケールを示しており、基盤層の濃度分布を最も真値に近い状態で示していると言える。
【0050】
本実施形態に係る方法では、既知の構成物質について最適な
図9(C)の三次元的マッピング図を自動的に取得することができる。つまり、異なる構成物質間のスペクトルデータにおいてピークの重なりがあったり、ピークの信号の弱かったりして、着目ピークの設定やベースラインの設定が非常に困難な場合であっても、最もコントラストの高い画像を選択することによって、構成物質(基盤層)の濃度分布を
図9(C)もしくはこれ以上に真値に近い状態で示すマッピング図を自動的に取得することができるのである。
【0051】
(変形例)
第1実施形態における基準波数設定工程では、2つの基準波数を同時に設けて、それぞれ独立して掃引させてもよい。そして、ベースライン設定工程では、2つの基準波数に対してそれぞれベースラインを独立して設定する。さらに、画像作成工程では、2つの基準波数の条件とそれぞれのベースライン条件とを使って、一方の基準波数を用いて読み取ったピーク高さを基準ピーク高さとし、他方の基準波数を用いて読み取ったピーク高さとの比(ピーク高さ比)を読み取って、ピーク高さ比に基づくマッピング図を作成する。最後に、画像選択工程では、ピーク高さ比に基づく複数枚のマッピング図から、もっとも高コントラストのマッピング図を選択し、表示させるようにしてもよい。
【0052】
上記のようなピーク高さ比によるマッピング図を作成する方法は、一方の基準波数が主成分の基準ピーク波数に設定されて、他方の基準波数が目的成分などの目的ピーク波数に設定されて、目的ピーク高さを基準ピーク高さで割ったピーク高さ比を用いてマッピング図を作成する場合に有効な方法である。この場合、基準波数設定工程において、ピーク高さ比の基準ピーク波数がノイズの部分に設定されてしまうと、良好なマッピング図が得られない。そのため、予め基準ピーク高さに閾値を定めて、基準ピーク波数の掃引位置でのピーク高さが閾値未満の場合は、他方の基準波数による目的ピーク高さの読み取りを行わないで、基準波数およびベースラインの条件を変更するようにしてもよい。そうすれば、有効なピーク高さが得られる基準ピーク波数とベースラインの条件の組合せの場合にだけ、マッピング図を作成する工程が実行される。つまり、基準ピークをノイズの部分でとることがなくなるから、スペクトルデータの処理時間を大幅に短縮させることができる。なお、基準ピーク高さの閾値としては、一般的に固有ピークが出ないとされている波数帯域のノイズレベル(ピークツーピーク)に基づいて設定するとよい。赤外分光測定やラマン分光測定で得られるスペクトルデータの場合、2000〜2100cm-1の波数帯域において構成物質の固有ピークが現れにくいことが知られているので、この波数帯域でのノイズレベルに基づいて閾値を設定するとよい。
【0053】
本発明では複数のスペクトルデータを扱うが、マッピングデータに限られず、スペクトルの時間変化のデータを処理する場合にも本発明を適用可能である。試料の2次元的なマッピングデータを取得し、さらに、時間変化のデータも取得して、取得した多数のスペクトルデータに基づいて濃度の時間変化を示す3次元的な分布画像データを自動作成する場合などにも本発明は有効となる。すなわち、本発明は多点スペクトルデータの可視画像化方法とも言える。
また、本発明は、FTIR、ラマン分光装置などの多数のスペクトルデータを取得する分光分析装置に適用できる。