(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6055892
(24)【登録日】2016年12月9日
(45)【発行日】2016年12月27日
(54)【発明の名称】Mn−Zn系フェライト
(51)【国際特許分類】
C04B 35/38 20060101AFI20161219BHJP
C01G 49/00 20060101ALI20161219BHJP
H01F 1/34 20060101ALI20161219BHJP
【FI】
C04B35/38
C01G49/00 B
H01F1/34 140
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2015-211014(P2015-211014)
(22)【出願日】2015年10月27日
(62)【分割の表示】特願2012-113845(P2012-113845)の分割
【原出願日】2012年5月17日
(65)【公開番号】特開2016-74592(P2016-74592A)
(43)【公開日】2016年5月12日
【審査請求日】2015年10月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】591067794
【氏名又は名称】JFEケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】後藤 聡志
(72)【発明者】
【氏名】池田 幸司
【審査官】
末松 佳記
(56)【参考文献】
【文献】
特開平02−129063(JP,A)
【文献】
特開2000−277317(JP,A)
【文献】
特開平08−236336(JP,A)
【文献】
特開2002−359108(JP,A)
【文献】
特公平07−042118(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/26−35/40
H01F 1/34−1/38
C01G 49/00−49/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Fe2O3:52〜54mol%、
ZnO:20〜23mol%および
MnO:23〜28mol%
を含有しさらに
SiO2:0.005mass%以下および
CaO:0.030mass%以下
を含有し、
かつAl含有量が0.028〜0.068mass%であるMn−Zn系フェライトであることを特徴とするMn−Zn系フェライト。
【請求項2】
10kHzにおける初透磁率が10000以上であることを特徴とする請求項1に記載のMn−Zn系フェライト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、通信機器や音響機器等において、デジタル信号の伝送や増幅に使用されるトランスコアとして好適な、Mn−Zn系フェライトに関する。
【背景技術】
【0002】
Mn−Zn系酸化物磁性材料いわゆるMn−Zn系フェライトは、各種通信機器および電源等のコイルやトランス用磁心材料として広く用いられている。特に、最近では、電子機器の小型化や薄型化に伴い、Mn−Zn系フェライトについても特に小型形状のコアが要求され、それに対応してこれまで以上に優れた磁気特性、即ち高透磁率を有することが望まれている。
【0003】
Mn−Zn系フェライトにおいて、上記の磁気特性を改善するには、フェライトの結晶粒界に偏析して材料の性質を種々に変化させる微量化合物の添加が重要である。このような微量成分の添加による磁気特性の改善は、従来種々試みられている。
例えば、特許文献1には、Mn−Zn系フェライトにBi
2O
3を適量添加することが提案されており、10kHzにおける初透磁率μi=9500程度の特性を得ている。ここで、初透磁率μiは、真空透磁率μoに対する比で示す。
しかしながら、この提案にかかる技術は、初透磁率が高々10000程度までに限定されていて、実用上重要性が増大しているコア小型化に必要な、10000以上の初透磁率を実現するには十分な改善がなされていない。
【0004】
これに対して、特許文献2、特許文献3および特許文献4には、微量添加物として酸化アルミニウム(Al
2O
3)を使用することで初透磁率10000以上のMn−Zn系フェライトが得られることが示されている。
特許文献2には、Al
2O
3:0.005〜0.05mass%を添加し、1350℃、5hの焼成を行うことにより、μi>12000が達成されるMn−Zn系フェライトが示されているが、磁気ヘッド用材料に特化されており、1350℃以上の高温での保持を5時間という、長時間焼成を必要とするため、これがコストアップと生産性低下の原因となっていた。
【0005】
また、特許文献3には、Al
2O
3:0.005〜0.05mass%を添加し、1330〜1370℃、4hの焼成を行うことにより、μi>18000が達成されるMn−Zn系フェライトが示されているが、1330℃以上の高温での保持を4時間という、長時間の焼成を必要とし、やはりコストアップが問題となる。
さらに、特許文献4には、Al
2O
3:0.005〜0.03mass%を添加し、1370℃、3hの焼成をすることによって、μi>15000が達成されるMn−Zn系フェライトが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特公昭62−53446号公報
【特許文献2】特開昭51−53299公報
【特許文献3】特開平2−129063公報
【特許文献4】特開平10−335130公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献4に記載された技術であっても、1370℃以上の高温焼成が必要となり、焼成炉耐火物の劣化が早いなど生産性の問題点があった
【0008】
本発明の目的は、上記した従来の技術を見直して改善を加えることによって上記の問題を有利に解決することにあり、特に、10kHzおよび室温における初透磁率が10000以上となる高透磁率特性を、比較的低温かつ短時間での焼成にて達成できて大幅なコストダウンが可能な、Mn−Zn系フェライトを提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、上記目的の実現に向け、MnO-ZnO-Fe
2O
3三元系フェライトにおいて高い初透磁率をもつMn−Zn系フェライトを製造し得る条件を検討した。
すなわち、塩化鉄溶液を焙焼して得られる原料酸化鉄に着目し、不純物含有量がどのような原料酸化鉄を使用すれば最終コアでの初透磁率を高められるのか、を鋭意究明した。その結果、原料酸化鉄中のAl(アルミニウム)量を一定範囲内に制限すると、所期した目的の達成に極めて有効であるとの新たな知見を得た。
【0010】
Fe
2O
3:52〜54mol%、
ZnO:20〜23mol%および
MnO:23〜28mol%
を含有しさらに
SiO
2:0.005mass%以下および
CaO:0.030mass%以下
を含有し、
かつAl含有量が0.028〜0.068mass%であるMn−Zn系フェライトであることを特徴とするMn−Zn系フェライト。
【0011】
(2)10kHzにおける初透磁率が10000以上であることを特徴とする前記(1)に記載のMn−Zn系フェライト。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、初透磁率が10000以上のMn−Zn系フェライトを、比較的低温かつ短時間の焼成処理にて製造できるため、通信機器等のデジタル信号の伝送や増幅に使用されるトランスコアとして有益な材料を低コストで提供し得る。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明が対象とするMn−Zn系フェライトについて、詳しく説明する。まず、Mn−Zn系フェライトの基本成分組成を前記の範囲に限定した理由から順に説明する。
・Fe
2O
3:52〜54mol%
Mn−Zn系フェライトは、Fe
2O
3の含有量によって磁歪定数が大きく変化し、この磁歪定数がゼロであれば透磁率が大きく上昇する。磁歪定数がゼロとなるFe
2O
3の含有量は52.5mol%付近であり、高い初透磁率を実現するには、できるだけ52.5mol%の前後にFe
2O
3含有量を制御する必要がある。少なすぎると飽和磁束密度も低下するため、これを高い値に維持しつつ高初透磁率を実現するためには、Fe
2O
3の含有量を52mol%以上とすることが必要である。一方、Fe
2O
3の含有量が多すぎると、磁気異方性定数が高くなり、損失が大きくなって透磁率が低下するため、上限を54mol%とする。
【0014】
・ZnO:20〜25mol%
ZnOは、その含有量が少なすぎると飽和磁束密度が小さくなるが、Fe
2O
3との組成を適正範囲に調整すれば、高い飽和磁束密度が維持されたまま室温での磁気異方性定数を低減することができ、その結果、初透磁率が増大する。ここで、ZnOの含有量が少ない場合は初透磁率が低減するが、10000以上の初透磁率を維持するためにはZnOの含有量を20mol%以上とする必要がある。一方、ZnO量の含有量が多すぎると、室温での磁気異方性定数が大きくなり、さらに飽和磁束密度が小さくなるだけでなくキュリー温度も低下し不利になる。従って、初透磁率10000以上を維持するために、ZnOの含有量は25mol%を上限とした。
【0015】
MnO:23〜28mol%
MnOは、その含有量が23mol%未満になると、Fe
2O
3とZnOのバランスで室温での磁気異方性定数が負の値で大きくなる。一方、MnOの含有量が28mol%を超えると、磁気異方性定数が正の値で大きくなるため、10000以上の初透磁率を維持することが難しくなる。
【0016】
上記したように、Fe
2O
3、ZnOおよびMnOの基本組成を決定することはもちろん最も重要であるが、これだけでは、上記したような大きな初透磁率を低温かつ短時間保持の焼成で実現するには限界がある。そこで、発明者らはさらに検討を行った。その結果、塩化鉄溶液を焙焼して回収した原料酸化鉄中の不純物のうち、特にAlの量を規制することにより上記問題を解決できることを新たに見出した。
ここで、Mn−Zn系フェライトにおけるAl
2O
3を含む各種不純物の効果は、例えば、文献「フェライト」(平賀ら、丸善、1986)の47頁に記載されているが、これらはすべて高純度の原料を用いて作製したフェライト材料に、後から添加成分として加えて焼成した結果についての言及であり、原料中に元々含まれている微量成分について考察したものではない。従って、元々含まれていた原料酸化鉄中のアルミニウム元素が、フェライトの初透磁率へどのように影響するかについては全く述べられておらず、不知であった。
【0017】
これに対して、発明者らは、初透磁率の増大に欠かせない、結晶粒の粗大化と均一な粒度分布とを共に実現するには、原料酸化鉄中のAlを0.040〜0.10mass%の範囲に制限すればよいことを見出した。
ここに、原料酸化鉄中のAlが、最終焼結体の特性に及ぼす機構については、まだ明確に解明されたわけではないが、Mn−Zn系フェライトの製造過程で酸化鉄段階からAlが含有されていると、原料混合後の仮焼工程や焼成工程など化学反応を伴う工程において、結晶成長や結晶組織に影響を与え、最終焼結体の特性とくに初透磁率に影響を及ぼすものと考えられる。
すなわち、従来のように原料混合、仮焼後の粉砕工程で酸化Alの形態で添加物として混合する場合に比較して、原料混合〜焼成工程において結晶組織形成に与える影響が顕著になり、比較的低温かつ短時間保持の焼成によっても、好適な結晶組織が得られ、高い初透磁率が実現できると考えられる。
【0018】
以上の新規知見に基づいて酸化鉄における適正なAl含有量について更なる検討を行ったところ、原料酸化鉄中のAl含有量を0.040〜0.10mass%の範囲とすることで所期した特性が得られることを見出した。すなわち、Al含有量が0.040mass%未満になると、結晶成長への効果が小さく従来と同じような高温長時間焼成が必要となり、一方、0.10mass%を超えると、逆に結晶成長への効果が大きくなりすぎ異常粒成長が起きて初透磁率が劣化する。
【0019】
なお、Al量の限定された酸化鉄としては、塩化鉄水溶液を焙焼してAl含有量が0.040〜0.10mass%である酸化鉄を、前記塩化鉄水溶液から回収する焙焼工程にて得られるものならば特に限定されない。しかしながら、とりわけ鉄鋼の酸洗プロセスで排出される酸洗廃液(廃塩酸)を精製して得られる、高純度の塩化鉄水溶液を焙焼して製造された酸化鉄が好ましく、その際、上記の精製工程で不純物の凝集・沈降剤として塩化Alを使用することにより、その量を調整することで焙焼工程後の酸化鉄中のAl量を制御することができる。
【0020】
さらに具体的に説明すると、酸洗廃液は、主成分の塩化第一鉄(FeCl
2)のほかに未消費塩酸、シリカや燐などの不純物を含んでいる。従って、この酸洗廃液は、まずシリカや燐などを極力除去する必要がある。そこで、目標とする不純物の除去率によって定まる量の塩化Alを凝集・沈降剤として混合し、不純物の分離除去をはかる。その際、酸化鉄原料中に残存させるAl量に応じて塩化Alの混合量を調整することによって、酸化鉄原料中のAl含有量を所期した範囲に調整する。その後、廃液をロースターで噴霧焙焼すると、塩酸が回収される一方、酸化鉄が副生される。最後に、この酸化鉄に含まれるCa、Mg、Clなどの不純物を必要に応じて水洗除去すれば、高純度で所定のAlが含有された酸化鉄が得られる。
【0021】
本発明のMn−Zn系フェライトでは、さらに、以下の成分を添加することができる。
・SiO
2:0.005mass%以下
・CaO:0.030mass%以下
SiO
2は、焼結性を高めかつ粒界相を高抵抗化して低損失化し、初透磁率を高めるために有益な添加成分である。そのためには、少なくとも0.0005mass%は添加することが好ましい。しかしながら、SiO
2が多すぎると、磁壁移動を妨げて初透磁率を低下させる不純物としての影響が大きくなる。そこで、SiO
2を添加する場合は、上限を0.005mass%とする。
【0022】
CaOは、SiO
2とともに粒界を高抵抗化して損失を小さくし、初透磁率を高める効果がある。そのためには、少なくとも0.005mass%は添加することが好ましい。しかしながら、SiO
2と同様に添加量が多すぎると、磁壁移動を妨げ初透磁率を低下させる不純物としての影響が大きくなる。そこで、CaOを添加する場合は、上限を0.030mass%とする。
【0023】
次に、本発明のMn−Zn系フェライトは、通常、各粉末原料を上記した所定の最終組成になるように混合して仮焼する。すなわち、仮焼工程では、上記した焙焼工程で回収された酸化鉄に、亜鉛化合物およびマンガン化合物を混合して仮焼する。仮焼の条件としては、大気中850〜1000℃の範囲で1〜3時間保持することが好ましい。
【0024】
この仮焼工程で得られた仮焼品は、所定の粒径に粉砕されたのち、所定の形状に成形する。ここで、所定の粒径は平均粒径でおよそ1〜1.5μmであり、形状は外径3mm程度から50mm程度のトロイダル形状が一般的である。
成形条件としては、形状に応じて1〜2ton/mm
2の範囲の成形圧力を用いるのが一般的である。
このフェライト仮焼粉に、上記添加成分(SiO
2:0.005mass%以下およびCaO:0.030mass%以下)を混合して粉砕した後、造粒して圧縮成形する。
【0025】
次に、前記成形工程で得られた成形品を、最高保持温度:1300〜1330℃かつ保持時間:1〜2時間にて焼成する。ここで、最高保持温度を1300〜1330℃とするのは、MnZnフェライトの結晶構造を完成し、均一な結晶組織を実現するためであり、また、保持時間は前記最高保持温度での保持時間である。この保持時間を1〜2時間とするのは、同じくMn−Znフェライトの結晶構造を完成し、均一な結晶組織を実現するためと、短時間焼成で生産性が改善できるためである。なお、保持時間は温度が最高温度に達してからその温度が維持され、冷却に入る前までの時間である。
【0026】
本発明では、焼成時の最高保持温度を1300℃以上に保持するとともに、500℃から最高保持温度までの昇温速度を600℃/h以上とすることが好ましい。ここで、焼成時の昇温速度が600℃/hに満たないと、短時間焼成で高い焼結密度を実現することが難しく、初透磁率が低減する場合がある。従って、Mn−Zn系フェライトの製造における焼成時の昇温速度は、600℃/h以上であることが好ましい。
ついで、大気または窒素、あるいはそれらの混合ガス中で、上記した昇温速度の下に1300℃以上の温度まで加熱され、1300〜1330℃温度に保持して焼成する。焼成時の最高保持温度が1300℃未満の場合、焼結体密度が低くなって、高い初透磁率を得ることが難しくなる。なお、保持時間は、フェライトの組成によって異なるが、通常、高透磁率を実現するには、3〜8時間程度が必要である。しかしながら、本発明の場合、原料酸化鉄に含まれるAlの効果によって焼結性が促進されるため、1〜2時間の短時間保持で十分である。
【実施例】
【0027】
次に、本発明を実施例に基づいて説明する。
まず、酸洗廃液(廃塩酸)を精製した後の塩化鉄溶液を焙焼して高純度酸化鉄を回収するにあたり、不純物を共沈して除去する際に用いる塩化Alの量を調節することにより、種々の量のAlを含有する酸化鉄を製造した。なお、酸化鉄中のAl量は、蛍光X線分析により測定した。次いで、表1に示す種々の組成のFe
2O
3およびZnOで残部がMnOとなる配合の下に原料を混合後、930℃で3時間仮焼した。この仮焼品に、表1に併記した添加物として種々の量のSiO
2およびCaOを添加し、ボールミルで12時間粉砕し、外径36mmおよび内径24mmおよび高さ12mmのリング状に成形後、酸素分圧を制御(3〜5%)した窒素および空気混合ガス中にて1320℃および1.5時間の焼成を行った。このとき、500℃から1330℃までの昇温速度を650℃/hとした。
【0028】
かくして得られたリング試料に10巻の巻線を施してから、室温において10kHzの周波数で初透磁率を測定した。
この測定結果を表1に併記する。
同表には、本発明に従う発明例No.1〜12と、比較として本発明のいずれかの要件が範囲外である比較例No.1〜10とを示す。
さらに、表2に示すように、比較例11〜14として、高純度酸化鉄(Al:0.001mass%)を用いた他は上記と同様に作製した仮焼品に、上記の添加成分に加えてAl
2O
3を添加して上記と同様に粉砕、成形および焼成したMn−Zn系フェライトについても評価を行った。
その結果を表2に併記する。
【0029】
表1から分かるとおり、発明例はいずれも、原料酸化鉄中のAl量を0.040〜0.10mass%の範囲に制限することにより、初透磁率が10000以上と高いものになった。
これに対して、比較例は、いずれも初透磁率が10000未満であった。特に、表2に示す比較例11〜14は、上記した仮焼品にAl酸化物を添加して最終製品におけるAl量を発明例と同じにした例であるが、いずれも初透磁率は10000未満であった。
【0030】
【表1】
【0031】
【表2】