【実施例】
【0032】
図1から
図3には、本発明の好ましい一実施例の時計用の定トルク機構1及び該機構1を備えた本発明の好ましい一実施例のムーブメント2及び本発明の好ましい一実施例の機械式時計3が示されている。
【0033】
機械式時計3は、
図1に示したような外観4を有する。すなわち、時計3は、時針6a、分針6b及び秒針6cからなる時刻表示針6を中心軸線Cのまわりで時計回りC1に回転可能に備える。時計3の文字板7は、正時の位置を表す植字7aを有する。8は時計ケースである。
【0034】
ムーブメント2は、
図1に加えて、
図3の(a)及び(b)の断面説明図からわかるように、機械式時計3の外装部品の中すなわち時計ケース8内において文字板7の背後で裏蓋9の手前に収容され、ムーブメント2の巻真2aの先端にはりゅうず8aが取付けられている。
【0035】
定トルク機構1を備えた時計3のムーブメント2は、
図2並びに
図3の(a)及び(b)に示したように、香箱車10、二番車15、三番車20、定トルク機構1、がんぎ車90、アンクル94及びてんぷ98を有する。定トルク機構1は、脱進車30と、四番車35と、定トルクばね機構5と、カム70と、フォーク状部分81及びアンクル状部分ないしアンクル様レバー86からなる制御レバー80とを備える。定トルクばね機構5は、帯状弾性体43からなる定トルクばね本体40と、該ばね本体40をなす帯状弾性体43の両端41,42が取付けられ巻回された第一及び第二の巻軸50,60とからなる。
【0036】
香箱車10は、香箱歯車11や主ぜんまい12や角穴車13を備え、二番車15は、(二番)かな16や(二番)歯車17を備え、三番車20は、(三番)かな21や(三番)歯車22を備える。脱進車30は、ハブ32を備えたかな31を有すると共に、多数のつめ34を備えたつめ車33を有する。四番車35は軸36と(四番)歯車37とを備える。
なお、本実施形態では、多数のつめ34を適用したが、つめの数は一つ以上あればよい。
【0037】
香箱車10の歯車11が二番車15のかな16に噛合され、二番車15の歯車17が三番車20のかな21に噛合され、三番車20の歯車22が脱進車30のかな31に噛合されている。脱進車30のかな31のハブ32が四番車35の軸36に対して同心で摺動回転自在である。
【0038】
定トルクばね本体40は、一端41で第一の巻軸50に取付けられ、他端42で第二の巻軸60に取付けられている。この例では、第一の巻軸50が四番車35の軸36と一体的に中心軸線Aと一致する中央巻軸で、第二の巻軸60が偏心位置において脱進車30の板に取付けられた偏心巻軸からなる。38は位相ズレ防止穴、39は位相ズレ防止ピンである。但し、位相ズレ防止穴38及ピン39はなくてもよい。
【0039】
四番車35は歯車37でがんぎ車90のかな91に噛合され、がんぎ車90はアンクル94を介しててんぷ98に結合されている。
【0040】
カム70は外に凸に湾曲した三つの辺71及び三つの頂点72からなる概ね三角形状の外形を備えると共にがんぎ車90の軸92に固定されてがんぎ軸92と一体的に回転する。カム70には制御レバー80のフォーク状部分81の二又部分82,83が係合し、該フォーク状部分81の基部の腕部84には、アンクル状部分ないしアンクル様レバー86の中央部87が回転自在に接続されている。アンクル状部分86は、脱進車30のつめ車33のつめ34と係合するつめ石88,89を両方の腕の先端に備える。
【0041】
このムーブメント2では、がんぎ車90が一回転する間に、制御レバー80のフォーク状部分81が三往復首を振るので、制御レバー80のアンクル状部分86のつめ石88又は89が、合わせて六回、脱進車30のつめ車33のつめ34との係合を解除して脱進車30の回転を許容し、それ以外のタイミングでは脱進車30のA1方向回転を禁止する。これにより、一方では、がんぎ車90が一定角度回転する毎にすなわち一定時間経過する毎に香箱10のぜんまい12によって定トルクばね機構5に対して概ね一定量の巻上げを行ない、他方では、香箱10のぜんまい12が一気に解けてしまうのを規制する。一方、脱進車30と四番車35との間にある定トルクばね機構5からの定トルクの作用下で、がんぎ車90が四番車35から一定トルクを受けて回転される。このようにして、脱進車30と四番車35との間にある定トルクばね機構5の巻上げ及び該定トルクばね機構5からのトルクによるがんぎ車90の回転駆動が繰返される。
【0042】
この例では、間欠的回転制御機構19は、がんぎ車(前記従動側輪列の車)90と一体回転されるカム70と、該カムに70よって揺動され前記脱進車30の前記つめ車33の回転を間欠的に許容するアンクル様レバー86を備えた制御レバー80からなる。
【0043】
以上において、定トルクばね機構5を構成する定トルクばね本体40は、該ばね本体40の両端41,42が取付けられ巻回された第一及び第二の巻軸50,60の間においてO形定トルクばねとして働くべく、非特許文献1の式(26)に対応する次の式(1)を満たす。(但し、以下の式中の各変数の符号は図面では示さない。)
【0044】
T
2/E・I=(R
2−R
1)/R
nR
1+(R
12−R
22)/2R
12・R
2 (1)
【0045】
ここで、T
2は四番車35側に位置する出力側巻軸(この例では中央巻軸)50に作用するトルク、Eは定トルクばね本体40すなわち弾性帯状体43の縦弾性係数(ヤング率)、Iは定トルクばね本体40の中立軸に関する断面二次モーメント、R
1は脱進車30側に位置する巻軸(この例では偏心巻軸)60の側において巻回状態にある弾性帯状体43の(曲率)半径、R
2は中央巻軸50の側において巻回状態にある弾性帯状体43の(曲率)半径、R
nは弾性帯状体43の自然曲率半径である。なお、この例では弾性帯状体43の厚みを考慮する必要がなく、径R
1,径R
2は一定と解し得る。
【0046】
すなわち、自然曲率半径R
nが次式(2)を満たすようにしておけば、
R
n=(R
2−R
1)/{T
c・R
1/E・I−(R
12−R
22)/2R
1・R
2} (2)
【0047】
上記式(1),(2)からT
2=T
cとなって一定の出力トルクが得られることになる。
【0048】
以上の如く構成された機械式時計3のムーブメント2では、定トルク機構1の定トルクばね機構5の四番車35側の巻軸50から出力されるトルクT=T
2が、
図6の線Dで示した通り時間tによらず一定T=T
2=T
cになる。すなわち、このムーブメント2を備えた機械式時計3では、二つの巻軸60,50の間に巻回された特定の自然曲率R
nのO形の定トルクばねの形態の定トルクばね本体40をなす弾性帯状体43からなる定トルクばね機構5という比較的簡単な構造を組込むだけで、ルモントワール機構200を備えた従来のムーブメント102とは異なり、がんぎ車90を駆動するトルクTを一定にして、正確な駆動を行い得る。
【0049】
すなわち、
図7に示したルモントワール機構200の場合、脱進車210と四番車220との間のひげぜんまい230が解けるにつれて多少なりとのその出力トルクが低下するのを避け難いのに対して、この定トルクばね機構5では自然曲率R
nが所定の条件を満たすように定トルクばね本体40をなす弾性帯状体43を形成しておくだけで、その解けの程度にかかわらず出力トルクを一定に保ち得るので、主ぜんまい12の解けに伴う香箱車10からの出力トルクの低下の影響を受けることなく、がんぎ車90を実際上常に一定トルクで駆動し得るから、機械式時計の進みや遅れを最低限に抑え得る。
【0050】
なお、定トルクばね本体40の自然曲率R
nをその長さの方向の全体にわたって一定にしておく代わりに、長さ方向の領域に応じて曲率半径を異ならせておいてもよい。例えば、
図4の(a)のグラフに示したように、全体の長さのうち最初の1/3程度の長さ領域B1における自然曲率半径を1.5R程度とし、全体の長さのうち次の1/3程度の長さ領域B2における自然曲率半径を1.25R程度とし、更に、全体の長さのうち最後の1/3程度の長さ領域B3における自然曲率半径を1.0R程度としてもよい。
【0051】
出力トルクT
2の自然曲率R
nに対する依存の仕方は、上記式(1)から、
T
2=α1/R
n+α2 (1a)
(但し、α1,α2は定数)
となって、自然曲率R
nが大きくなるほど出力トルクが小さくなるので、領域B1,B2,B3における出力トルクは、自然曲率R
nの減少に応じて、概ね、R
n1=1.00,R
n2=1.67,R
n3=2.67程度と大きくなる。
【0052】
従って、ある場合には、定トルクばね本体40の弾性帯状体43のうち領域B1の部分が巻軸60,50間に延在して当該領域B1の自然曲率R
nによって一定のトルクT
2=T
cの大きさが決まるようにしておき、より大きなトルクが求められる場合には、弾性帯状体43のうち別の領域B2又はB3の部分が巻軸50,60間に延在して当該領域B2又はB3の自然曲率R
n1,R
n2,R
n3によって一定のトルクT
2=T
cの大きさT
c1,T
c2,T
c3が決まるようにすることによって、トルクのレベルを所望に応じて変更し得る。
【0053】
図2では、中央巻軸50が巻解け側で偏心巻軸60が巻取り側である例を示しているけれども、その代わりに、中央巻軸50が巻解け側で偏心巻軸60が巻取り側になっていてもよい。また、以上においては、偏心巻軸60が脱進車30に取付けられ中央巻軸50が四番車35に取付けられている例について示したけれども、その代わりに、偏心巻軸60が四番車35に取付けられ中央巻軸50が脱進車30に取付けられていてもよい。また、以上においては、定トルク機構1が四番車とがんぎ車との間に設けられた例について示したけれども、定トルク機構1は、香箱車10と二番車15との間に設けられても、二番車15と三番車20との間に設けられても、三番車20と四番車35との間に設けられてもよい。
【0054】
また、この例では、脱進車30がつめ車33を一体的に備えるけれども、その代わりに、つめ車33の板状本体部と一体的な歯車に対して直接的に又は他の歯車を介して噛合した別の歯車が「つめ」を備えた車(つめ車)を有し、該つめ車の回転が間欠的に行われるようになっていてもよい。
【0055】
定トルクばね本体40の同一の主面が内周側に位置するいわゆる「O形」の定トルクばねを用いた定トルクばね機構5の例について説明したけれども、定トルクばね機構は、「O形」の代わりに、「N形」であってもよい。
【0056】
図5に示した定トルクばね機構5Aにおいて、
図1から
図3に示した定トルクばね機構5と同様な要素には同一の符号が付され、概ね同様であるけれども異なるところのある要素には、同一の符号の最後に添字Aが付されている。
【0057】
定トルクばね機構5Aでは、定トルクばね本体40Aが「O形」の代わりに「N形」の形態を構成するように、中央巻軸60のまわりにおいて偏心巻軸50のまわりとは逆向きに巻回されている(中央巻軸60と偏心巻軸50との間でいわゆる「N形」の定トルクばねの形態で巻回されている)点を除いて、定トルクばね機構5の定トルクばね本体40と同様に構成されている。
【0058】
定トルクばね機構5Aは、次の特性を有する。
【0059】
すなわち、定トルクばね本体40Aは、N形定トルクばねとして働くべく、非特許文献2の式(40)に対応する次の(1)を満たす。
T
2/E・I=(R
2+R
1)/R
nR
1+(R
12−R
22)/2R
12・R
2 (3)
ここで、各変数T
2,E,I,R
1,R
2,R
nの意味は、前述の場合と同様である。
【0060】
この場合も、自然曲率半径R
nが次式(4)を満たすようにしておけば、
R
n=(R
2+R
1)/{T
c・R
1/E・I−(R
12−R
22)/2R
1・R
2} (4)
上記式(1),(2)からT
2=T
cとなって一定の出力トルクが得られることになる。その他の点は、
図1〜
図3の場合と同様である。
なお、間欠的回転制御機構の他の例としては、
図9に示すように、カム70、制御レバー80(アンクル様レバー86及びフォーク様レバー86)を設けず、がんぎ車90のかなを四番車35に?みあうように構成し、中心軸線Aを中心に回動自在なはずみ車100を設けるようにしてもよい。
この構成は、例えば、英国特許出願公開第573942号明細書(GB573942A)に開示される構成と同様であるため、詳しい説明は省略するが、その構成の概要は、
図9に示すように、例えば、つめ車33の代わりに、他の歯車と比べ十分に大きな円盤状のはずみ車100を設けられている。
そして、位相ズレ防止ピン兼動力伝達ピン39B及び位相ズレ防止穴兼動力伝達穴38Bによって、はずみ車100は、がんぎ車90が回転するときに間欠的に相対回転が許容されるようになっている。
具体的には、例えば、四番車35が回転するときに、はずみ車100は慣性モーメントが大きいために四番車35に対して相対的に低速で回転するため、位相ズレ防止ピン兼動力伝達ピン39Bが位相ズレ防止穴兼動力伝達穴38Bの端部を離れ位相ズレ防止穴兼動力伝達穴38Bの内部を移動(回動)する。そして、四番車35は位相ずれ防止ピン兼動力伝達ピン39Bから回転力(動力、又はトルク等)を与えられず、定トルクばね本体40から一定の回転力(動力、又はトルク等)を与えられる。
四番車35が停止すると相対的に低速で回転するはずみ車100の位相ズレ防止穴兼動力伝達穴38Bが再び四番車35の位相ズレ防止ピン兼動力伝達ピン39Bに接触し、中心軸線Aを中心に回動自在に設けられたはずみ車100は、位相ズレ防止ピン兼動力伝達ピン39Bへ回転力(動力、又はトルク等)を与え、間欠的に相対回転するようになっている。
なお、
図9において、上述した他の図と同一の符号を示す部材は、前記他の図に示す部材と、少なくとも同様の機能、作用又は効果を奏するものとする。
また、はずみ車100の形状は、円盤形状に限られず、楕円、三角形状、四角形状等の三つ以上の線分で囲まれた平面図形であるいわゆる多角形状であってもよい。