特許第6057911号(P6057911)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6057911コーティングを施した摺動要素、特にピストンリング
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6057911
(24)【登録日】2016年12月16日
(45)【発行日】2017年1月11日
(54)【発明の名称】コーティングを施した摺動要素、特にピストンリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20161226BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20161226BHJP
   C23C 16/27 20060101ALI20161226BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20161226BHJP
【FI】
   F16J9/26 C
   C23C14/06 F
   C23C16/27
   F02F5/00 L
【請求項の数】14
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2013-540361(P2013-540361)
(86)(22)【出願日】2011年11月24日
(65)【公表番号】特表2014-505837(P2014-505837A)
(43)【公表日】2014年3月6日
(86)【国際出願番号】EP2011070921
(87)【国際公開番号】WO2012072483
(87)【国際公開日】20120607
【審査請求日】2014年8月27日
【審判番号】不服2016-4559(P2016-4559/J1)
【審判請求日】2016年3月28日
(31)【優先権主張番号】102010062114.5
(32)【優先日】2010年11月29日
(33)【優先権主張国】DE
(73)【特許権者】
【識別番号】509340078
【氏名又は名称】フェデラル−モーグル ブルシェイド ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】FEDERAL−MOGUL BURSCHEID GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】110002147
【氏名又は名称】特許業務法人酒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ケネディ,マルクス
(72)【発明者】
【氏名】ツィナボルト,ミヒャエル
【合議体】
【審判長】 阿部 利英
【審判官】 冨岡 和人
【審判官】 中川 隆司
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/121719(WO,A2)
【文献】 特表2011−519394(JP,A)
【文献】 特開2002−32907(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 9/00 - 9/28
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内側から外方へ、接着材層(10)と、金属を含有するDLC層(12)と、少なくともいくつかの領域に窒素でドーピングを施した無金属のDLC層(14、16)とを含むコーティングを少なくとも1つの面に施した摺動要素において、
前記摺動要素は、ピストンリングであり、
前記無金属のDLC層は、窒素がドープされた層と、前記窒素がドープされた層の下に窒素がドープされていない層とを有し、前記窒素がドープされた層と前記窒素がドープされていない層との間の比較的狭い範囲の境界領域において、窒素のドープ濃度が急峻に変化している、ことを特徴とする摺動要素。
【請求項2】
前記金属を含有するDLC層(12)は、金属としてタングステンを含有することを特徴とする、請求項1に記載の摺動要素。
【請求項3】
前記摺動要素は、母材として鋳鉄または鋼を含むことを特徴とする、請求項1または2に記載の摺動要素。
【請求項4】
前記無金属のDLC層の硬度は、1400HV0.02〜2900HV0.02であり、および/または、前記金属を含有するDLC層の硬度は、800〜1600HV0.02であることを特徴とする、請求項1からのうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項5】
前記金属を含有するDLC層および/または前記無金属のDLC層は、水素を含むことを特徴とする、請求項1からのうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項6】
タングステンを含有する前記DLC層は、ナノ結晶タングステンカーバイド析出物を含むことを特徴とする、請求項に記載の摺動要素。
【請求項7】
前記接着材層の厚みは、最大1μmであることを特徴とする、請求項1からのうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項8】
前記接着剤層はクロム接着材層であることを特徴とする、請求項に記載の摺動要素。
【請求項9】
前記コーティングの総厚は、5μm〜40μmであることを特徴とする、請求項1からのうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項10】
前記金属を含有するDLC層の厚みに対する前記無金属のDLC層の厚みの比率は、0.7〜1.5であり、および/または、前記コーティングの総厚に対する前記無金属のDLC層の厚みの比率は、0.4〜0.6であることを特徴とする、請求項1からのうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項11】
前記無金属のDLC層の窒素含有量は、5at%から40at%であることを特徴とする、請求項1から10のうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項12】
前記無金属のDLC層の窒素含有量は10at%から25at%であることを特徴とする、請求項11に記載の摺動要素。
【請求項13】
前記無金属のDLC層の窒素がドープされた層は、前記無金属のDLC層の最上層である、ことを特徴とする、請求項1から12のうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【請求項14】
前記無金属のDLC層の、前記窒素がドープされた層の厚みは、前記窒素がドープされていない層の厚みの10〜90%であることを特徴とする、請求項1から13のうちのいずれか1項に記載の摺動要素。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、少なくとも1つの滑り面にコーティングを施した摺動要素、特にピストンリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
例えば、内燃機関のピストンリング、ピストン、またはシリンダライナーなどの摺動要素は、可能な限り小さい摩擦で、かつ低レベルの摩耗で、長い耐用年数の間中作動しなければならない。内燃機関の燃料消費に直接関係する摩擦は、DLC(ダイヤモンド状炭素)コーティングによって低く保つことができる。さらにまた、最高40μmの層厚を、原理上達成可能である。しかし、5μmを超える層厚の場合、層の特性が、例えば、層の構造および組成に関して変化し、したがって、要求される耐用年数が達成されなくなるという問題がある。このことは、5μm未満の層厚にも同様にあてはまる。
【0003】
技術の現状
これに関連して、大部分が窒化クロムからなる硬質材料をベースにしたPVDコーティングも知られている。そのような層は、摩耗に対する必要な耐性を備えているが、要求される低い摩擦係数を備えていない。
【0004】
良好ななじみ運転挙動を有するDLCコーティングを施した摺動要素が、特許文献1から知られている。しかし、全体的にみれば、低い摩擦係数の持続性を、さらに改善することが望まれる。
【0005】
特許文献1は、内側から外方へ、接着材層、金属を含有するDLC層、および無金属のDLC層を含むコーティングを施した摺動要素に関するものである。
【0006】
ガイドブッシュと、ガイドブッシュの内面に硬質炭素膜を形成する方法であって、水素化非晶質炭素の硬質炭素膜が、プラズマCVD処理によって内側表面に形成される方法が特許文献2から知られている。
【0007】
最後に、特許文献3には、内側から外方へ、IVB族、VB族、またはVIB族の元素を含む層と、ダイヤモンド状ナノコンポジット組成物を含む中間層と、DLC層とを含むピストンリングが示されている。
【0008】
出願人の事前に公開されていない独国特許出願第102009028504号明細書は、請求項1の前文に記載の摺動要素に関するものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】独国特許第102005063123号明細書
【特許文献2】独国特許出願公開第19735962号明細書
【特許文献3】国際公開第2006/125683号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
この背景に対して、本発明は、摩擦係数と摩耗特性との組み合わせに関してさらに改善された摺動要素を提供するという目的に基づいている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
この目的は、請求項1に記載の摺動要素によって解決される。
【0012】
これによれば、この摺動要素は、内側から外方へ、接着材層と、金属、特にタングステンを含有するDLC層と、無金属のDLC層とを含むコーティングを、少なくとも1つの面に施されている。このコーティングは、特に少なくとも1つの滑り面に施すことができる。この代わりに、あるいは、またはこれに加えて、少なくとも1つの側面にコーティングを施すこともできる。接着材層は、望ましくはクロム接着材層である。金属を含有するDLC層は、非晶質炭素を含み、a−C:H:Meと記すことができる。タングステンを含有する好ましいDLC層は、a−C:H:Wと記すことができる。最外層または最上層も、非晶質炭素も含み、a−C:Hと記すことができる。摩擦および摩耗に関する特に良好な特性は、記載する値によって判定した。これらの摩擦学的特性については、最上層を厚くすると耐用年数を長くすることができる。しかし、この最上層が、中間層に比べて厚すぎる場合、この層の高い残留応力が接着力を低下させるので、摩耗値は悪化し、これが、層間剥離の原因となる場合がある。
【0013】
無金属のDLC層のドーピングに関しては、特に窒素を使用した場合に、層の残留応力が有利に低減されることが確認できた。層の耐用年数を確実に長くできるようにするためには、無金属のDLC層に、特に臨界の層厚が達成されるくらいに、特に窒素でドーピングを施す。これによって、上述のように、残留応力が低減され、したがって、厚い層厚を形成できる。摩耗試験台上で行った最初の試験で、良好な結果を得た。窒素によるドーピングと、これによって達成できる利点との詳細に関しては、2000年、ブラジル、サンパウロ、物理学学術誌、ブラジルジャーナルオブフィジックス(Brazilian Journal of Physics)、第30巻、No.3のデイーエフフランチェスキーニ(D.F.Franceschini)による記事「プラズマ蒸着されたa−C(N):H膜」が、本願の内容を形成する。
【0014】
コーティングが、摺動要素の少なくとも1つの滑り面に少なくとも部分的に形成されるが、コーティングは、滑り面の全体にわたって延ばすことができ、特に、例えば、ピストンリングの側面、および/または、滑り面からそれに隣接する表面までの遷移部などの、滑り面に隣接する面に全体的に、または部分的に形成することもできる。
【0015】
さらにまた、無金属のDLC層にわたって窒素の含有量を徐々に変化させることによって、確実に残留応力が良い方向になることが、現在のところ期待される。
【0016】
本発明による摺動要素の好ましい展開形態が更なる請求項に記載されている。
【0017】
現在のところ鋳鉄または鋼が、摺動要素、特にピストンリングの母材として好ましい。
特に良好な特性をこれらの材料の場合に確認できた。
【0018】
層の硬度に関しては、1400HV0.02〜2900HV0.02の値が、無金属のDLC層(a−C:H、最上部)の場合に好ましく、および/または、800〜1600HV0.02の値が、金属を含有するDLC層(a−C:H:Me)の場合に好ましい。というのは、層の粘着力と密着力とについての要求が、これらの値によって満たされたからである。
【0019】
金属を含有するDLC層および無金属のDLC層の両方は、水素を含むことができ、これが試験で有益であると分かった。
【0020】
さらに、タングステンを含有するDLC層が、ナノ結晶タングステンカーバイド析出物を含有するのが好ましく、これが特性にとってさらに有益となる。
【0021】
特に、クロム接着材層である接着材層の厚みに関しては、最大1μmの値が好ましい。
【0022】
摩擦係数と摩耗特性との間の、記載した均衡を特に満足な形で達成できるように、5μm〜40μm、特に、およそ10〜20μmのコーティングの総厚みが好ましい。
【0023】
コーティングの効率的な形成に関しては、接着材層を金属蒸着によって形成するのが、現在のところ好ましい。
【0024】
金属を含有するDLC層および/または無金属のDLC層に関して、これらの層を、PVD処理、および/またはPA−CVD処理によって形成すれば、本発明によるコーティングを好適に製造いすることができる。特に、前述の2つの処理は、本発明によるコーティングの個々の層、または複数の層のために組み合わせることができる。窒素をドーピングする場合、プラズマ中のアセチレンのイオン化から生じる炭素に加えて、窒素が析出して、層に対して上記のようにドーピングが施されるように、処理中に窒素を基本的にガスとして加える。処理の詳細な説明は、特に、材料工学(Material Science and Engineering)、第37巻、129〜281頁(2002)のジェーロバートソン(J. Robertson)による記事「ダイヤモンド状非晶質炭素」に見出すことができる。
【0025】
無金属のDLC層と金属を含有するDLC層との間の厚みの比率は、望ましくは、0.7〜1.5であり、および/または、無金属のDLC層とコーティングの全体との間の厚みの比率は、0.4〜0.6である。中間層と最上層とが、ほとんど同一の厚みである場合、特に良好な摩耗値を確定でき、したがって、およそ1.0、特に0.9〜1.1の厚み比率、または、およそ0.5、特に0.45〜0.55の、全層に対する最上層の厚みの比率が、ここでは好ましい。金属を含有するDLC層が、全層のおよそ40〜70%の割合を占め、無金属のDLC層が、およそ4.4から、およそ7.6μmの厚みを有し、全層厚が例えば10〜20μmであるのが、現在のところ特に好ましい。
【0026】
摩擦に関しては、内燃機関で生じる要求を十分満たし、かつ、特に、概して一定である摩擦係数を上記の範囲内のコーティングに対して確認することができた。逆に、これらの範囲外では、高い摩擦係数ピークおよび一定しない摩擦特性が、短期間の後でさえ確認された。
【0027】
本発明がそれによって限定されるわけではないが、この挙動に対する説明として、現在のところ考えられることは、無金属のDLC層が、最初にシステム全体に、すなわち、コーティング全体に非常に高い残留応力を生じさせ、この残留応力を、金属を含有するDLC層の層厚が最外層の層厚に近い場合、コーティングが、強度と靱性との間の組み合わせに関して最適な形で形成されるようにして相殺できるということである。これによってコーティングされている摺動要素、特にピストンリングは、したがって、摩耗に対する良好な耐性を有する。無金属のDLC層と金属を含有するDLC層との間の層厚の比率が、0.7未満であり、および/または全層に対する最上層の層厚の比率が、0.4未満である場合、最外層の無金属のDLC層は、摩耗に対する高い耐性を有するが、それにもかかわらず、層厚が不十分なので、摺動要素の耐用年数は、短くなりすぎる。これとは対照的に、無金属のDLC層と金属を含有するDLC層との間の層厚の比率が1.5を超え、および/または、全層に対する最上層の層厚の比率が0.6を超える場合、金属を含有するDLC層の厚みは、残留応力を相殺するのには不十分である。このことは、結果として最外層の厚い厚みにもかかわらず、DLC層全体の早すぎる摩耗をもたらし、または動作中の極端に高い負荷の結果としてDLC層の剥離をもたらす。無金属a−C:H層の層厚をさらに増やす場合、これは、窒素のドーピングによって可能である。というのは、残留応力がこれによって低減されて、最上層の伝導率が改善されるために、コーティング処理がより安定するからである。残留応力の低減は、さらに摩擦挙動の改善につながる。
【0028】
さらにまた、5at%を超え、および/または、最大40at%の窒素含有量が、初期の試験で好結果であることが証明された。特に、10at%〜25at%が、現在のところ望ましい。
【0029】
無金属のDLC層の外側領域が、窒素でドーピンギを施されるのが好ましい。
【0030】
無金属のDLC層の、ドーピングを施された領域によって占められる厚み部に関しては、ドーピングを施されていない領域の10〜90%の厚みが望ましい。初期のテストでは、これらの値に対して良い結果が生じさせられた。
【0031】
本発明の好ましい実施形態の例を以下に図面を参照しながらより詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】本発明によるコーティングの構造を模式的に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
図1に模式的に示すように、本発明によるコーティングは、基板8上に、内側から外方へ、接着材層10、金属を含有するDLC層12、および無金属のDLC層である最上層14,16を含む。示している実施形態の例では、外側領域16は、窒素でのドーピングを施されているが、内側領域14は、窒素でのドーピングを施されていない。示している例では、ドーピング領域の窒素濃度は、およそ15%であり、ドーピングを施された領域からドーピングを施されていない領域への遷移部ではわずかな範囲で徐々に変化させられている。言い換えると、窒素含有量は、比較的小さな厚み範囲で0に下がっている。しかし、この変化は、ちょうど良い程度にすることができる。
【0034】

本発明によるコーティングの特性を以下のように確認した。テストは、滑り面のコーティングの最上層に対して1つの場合はドーピングを施し、他の実施形態ではドーピングを施さずに2つのピストンリングを用いて行った。
【0035】
ドーピングを施した例の場合、およそ20%低い摩擦係数が測定された。このことは、sp2混成炭素原子の含有量が、窒素のドーピングによって増加するという事実によって説明できる。sp2混成炭素原子は、剪断応力の場合に1つの空間方向に個々の結晶面が摺動できるようにする黒鉛状結晶構造を有し、これは、機械的エネルギーを複数の結晶面のずれによって吸収できることを意味する。これによって、低いsp2の含有量を有する層組織より少ない摩擦が得られる。注意すべき点は、sp2の含有量を過度に高く設定すべきではないということであり、というのは、それによって、摩耗に対する耐性が低くなるからである。
図1