(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、上記金型取り付け部材は、適宜取り替えることができる上記鍛造可動金型とは異なり、同一の部材が繰り返し使用されるものである。このため、鍛造加工を長期間繰り返して行う場合、上記金型取り付け部材には繰り返しかかる衝撃負荷によって破損が発生し、この金型取り付け部材を修理または交換する必要が生じていた。なお、上記破損は、上記金型取り付け部材において上記衝撃負荷による応力が集中する上記凹凸構造の近傍にしばしば発生するものである。
本発明は、上記した問題を解決するものとして創案されたものである。すなわち、本発明が解決しようとする課題は、鍛造ハンマーにおいて凹凸構造を備えた金型取り付け部材において鍛造加工の衝撃負荷による破損を抑制して、金型取り付け部材の耐久性の向上を実現させることである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
上記課題を解決するために、本発明の金型取り付け部材の強化方法は以下の手段をとる。
まず、第1の発明は、鍛造ハンマーにおいて鍛造の衝撃力を被鍛造物に与えるための鍛造金型が着脱可能に取り付けられる金型取り付け部材の強化方法である。この金型取り付け部材の強化方法は、マルテンサイト変態を生じさせることができ、かつ、1回以上の焼き戻しを含む熱処理によって所定の機械的性質を有するように調質された合金工具鋼によって、側方に向かって開放される縁部分を有する凹凸構造を備えた形状に形成され、かつ、この凹凸構造に鍛造金型が着脱可能に係合されて取り付けられる金型取り付け部材の本体部材と、上記合金工具鋼よりもマルテンサイト変態が生じにくい性質あるいはマルテンサイト変態が生じない性質を有し、かつ、上記合金工具鋼と比べてよりじん性が大きくかつより溶接性がよい低炭素な合金鋼によって形成されて、上記本体部材の上記側方側の表面上に上記凹凸構造にあわせて接合される補強板とをそれぞれ用意する用意ステップと、この用意ステップによって用意された本体部材および補強板の両方を、上記合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度よりも高く、かつ、上記焼き戻しにおいて1つ以上設定される焼き戻し加熱温度のうちで最も低い温度である第1の温度以下の温度とする予熱ステップと、この予熱ステップを経た補強板を、上記予熱ステップを経た本体部材の側方側の表面上に上記凹凸構造にあわせて配置して、配置された補強板を、高張力鋼用の溶接材料を用いたすみ肉溶接によって本体部材に一体に接合させることで、上記補強板によって上記本体部材が補強された金型取り付け部材を形成する溶接ステップと、この溶接ステップによって形成された金型取り付け部材を、この金型取り付け部材から残留応力を除去することができる温度である第2の温度に所定の時間維持することで、金型取り付け部材の本体部材および補強板における残留応力の一部あるいは全部を除去する応力除去ステップとを有している。上記溶接ステップにおいては、上記予熱ステップを経た本体部材および補強板を、上記合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度よりも高い温度とし、かつ上記本体部材のうち上記すみ肉溶接の熱影響部を除く部分を、上記第1の温度以下の温度とするように温度調整を行う。上記応力除去ステップにおいて、上記第2の温度は、上記合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度よりも高く、上記第1の温度以下で、かつ、上記本体部材の熱影響部を、この熱影響部において熱影響を受けた金属の機械的性質を上記溶接ステップの前に上記合金工具鋼が有していた機械的性質に近づけるように焼き戻すことができる温度に設定されている。
固体にかかる衝撃負荷によってこの固体に発生する破損は、まず、上記固体において応力が集中する部分に検出が難しい小さなスケール(例えば[μm]のスケール)の亀裂(以下においては「微小亀裂」)とも称する。)として発生して、この微小亀裂が開口および進展ならびに伝播をすることで、より大きなスケールの破損となることが知られている。
ここで、上記第1の発明によれば、金型取り付け部材の本体部材は、この本体部材において鍛造金型が着脱可能に係合される凹凸構造にあわせて補強板が一体に接合されることで補強される。このため、上記金型取り付け部材において、補強板は、本体部材において応力集中が発生する凹凸構造の近傍を拘束して、この部分に発生する微小亀裂の開口を押さえこんで閉じる拘束部材として機能する。これにより、上記微小亀裂がより大きなスケールの破損になることを抑え、鍛造加工の衝撃負荷による金型取り付け部材の破損を抑制して、この金型取り付け部材の耐久性の向上を実現させることができる。また、補強板のじん性を本体部材のじん性よりも大きくすることで、補強板を上記拘束部材とするために必要な強度を保ちながら小型化することが可能となる。また、マルテンサイト変態を生じさせにくいあるいは生じさせない低炭素な合金鋼により補強板を形成し、この補強板および本体部材を、この本体部材にマルテンサイト変態を生じさせる温度よりも高い温度に保ちながら溶接および応力除去処理を実行することで、上記溶接にともなう温度変化によるマルテンサイト変態のために補強板および本体部材が変形することを抑えることができる。これにより、補強板を本体部材の表面上に溶接によって一体に接合させて金型取り付け部材を補強することが可能となる。また、補強板を、本体部材を形成する合金工具鋼よりも溶接性がよい低炭素な合金鋼によって形成して、引張強さの値および破断伸びの値がともに大きい高張力鋼用の溶接材料を用いて本体部材にすみ肉溶接で溶接することにより、この溶接による本体部材と補強板との接合強度を、鍛造加工において金型取り付け部材にかかる衝撃負荷に耐えられる強度とすることが可能となる。なお、前もって焼き戻しおよび調質がなされた合金工具鋼により形成された部材に対して溶接を行う場合、上記部材には、溶接の熱源または溶融された金属による局所的な過熱のために、局所的に金属の機械的性質が変化された熱影響部が生じる。ここで、上記第1の発明によれば、溶接ステップにおいて本体部材に生じた熱影響部を、応力除去ステップにおいて溶接ステップの前の状態に近づけるように焼き戻すことができる。また、上記本体部材における上記熱影響部以外の部分は、その温度が上記焼き戻しにおける最低の焼き戻し加熱温度を上回らないように推移されることで、本体部材を形成する合金工具鋼が調質されたときの機械的性質を保つ。これにより、補強板の溶接により補強された金型取り付け部材において、その本体部材に生じる機械的性質の変化を抑えることができる。
【0006】
ついで、第2の発明は、上述した第1の発明にかかる金型取り付け部材の強化方法において、上記用意ステップが実行されてから上記予熱ステップが実行されるまでの間に、上記用意ステップによって用意された本体部材に損傷または欠陥が存在するか否かを、本体部材を破壊することなく検査する非破壊検査ステップと、この非破壊検査ステップによって本体部材に損傷または欠陥が検出された場合に、検出された全ての損傷および欠陥に対して補修を行う補修ステップとが実行されるものである。
亀裂などの損傷または欠陥を有する物体において、上記損傷または欠陥がより大きなスケールに拡大されることを押さえこむために必要な力の大きさは、上記損傷または欠陥のスケールが大きいほど大きくなる。また、上記物体の耐久性は、上記損傷または欠陥のうちで最大のスケールの損傷または欠陥に依存し、この損傷または欠陥のスケールが大きいほど、上記物体の耐久性は低下される。
ここで、上記第2の発明によれば、金型取り付け部材の本体部材において、微小亀裂よりもスケールが大きく非破壊検査ステップによって検出が可能な損傷または欠陥は、全て補修された状態となる。これにより、本体部材内から補強板によっては押さえこむことが難しい大きなスケールの損傷を減らすとともに、本体部材そのものの耐久性を向上させて、金型取り付け部材の耐久性をさらに向上させることが可能となる。
【0007】
さらに、第3の発明は、上述した第1または第2の発明にかかる金型取り付け部材の強化方法において、上記用意ステップにおいて、上記補強板として、上記すみ肉溶接によって本体部材に溶接される周縁部の少なくとも一部が、この周縁部の総延長を長くするカーブ形状をなすように形成された上記低炭素な合金鋼製の板材を用意するものである。
この第3の発明によれば、金型取り付け部材において本体部材と補強板とがすみ肉溶接によって溶接される補強板の周縁部を、この周縁部のカーブ形状によってより長くすることができる。これにより、上記すみ肉溶接における溶接の有効長さをより長くして、上記金型取り付け部材における本体部材と補強板との接合強度をより大きくすることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明によって強化された金型取り付け部材が適用された鍛造ハンマー1の構成について、主に
図1ないし
図4を用いて説明する。なお、以下において、ピストンロッドとラムとの間に介装されるラムブッシュ、および、ソーブロックをアンヴィルに係合させるためにこのアンヴィルに設定されるスライド代など、本発明において付随的な構成については、その図示および詳細な説明を省略する。
鍛造ハンマー1は、
図1に示すように、圧縮空気によって駆動されるピストン14により被鍛造物90の鍛造加工を行うエアースタンプハンマーである。すなわち、鍛造ハンマー1は、ラム10およびこのラム10に取り付けられた鍛造可動金型13に、ピストン14により持ち上げられて落下される上下動の繰り返しを実現させる。この上下動の繰り返しのエネルギーは、ソーブロック20に取り付けられた鍛造固定金型23上の被鍛造物90に衝撃力として与えられて、その一部が被鍛造物90の鍛造加工に消費される。ここで、鍛造可動金型13および鍛造固定金型23は、それぞれ本発明における「鍛造金型」に相当する。また、ラム10およびソーブロック20は、それぞれ本発明における「金型取り付け部材」に相当する。
【0010】
ソーブロック20は、
図1および
図2に示すように、じん性および硬度などの機械的性質が所定の値となるように調質された合金工具鋼(例えば合金工具鋼鋼材SKT4(JIS G 4404:2006))によって形成されたソーブロック本体21に、この合金工具鋼と比べてよりじん性が大きくかつより溶接性がよい低炭素な合金鋼(例えばニッケルクロムモリブデン鋼SNCM431(JIS G 4053:2008))によって形成された補強板22を一体に接合させた構成となっている。ここで、上記合金工具鋼は、熱処理によって比較的容易にマルテンサイト変態を生じさせることができる物質であり、1回以上の焼き戻しを含む熱処理によってじん性および硬度に優れるように調質されている。また、上記低炭素な合金鋼は、上記合金工具鋼と比べてマルテンサイト変態が生じにくく焼入れ性が悪い物質である。なお、ソーブロック本体21は、本発明における「本体部材」に相当する。
また、ソーブロック20は、
図1に示すように、その下側(図示下側)に蟻桟からなる係合部20Aを備えている。そして、ソーブロック20は、その係合部20Aをアンヴィル24の上部に形成された蟻溝からなる被係合部24Aに係合させることで、アンヴィル24に着脱可能に取り付けられるようになっている。このアンヴィル24は、建造物などの基礎24Bに埋め込まれるように設置されて、鍛造固定金型23およびソーブロック20を介して受ける上記鍛造加工の衝撃力を受け止めるように構成されている。
【0011】
ソーブロック本体21は、
図1および
図2に示すように、その上側(図示上側)に側方に向かって開放される縁部分21Bを有する凹凸構造21A(例えば蟻溝)を備えて、この凹凸構造21Aに鍛造固定金型23の被取り付け部23A(例えば蟻桟)が着脱可能に係合されて取り付けられるようになっている。これにより、ソーブロック20に対して鍛造固定金型23を適宜取り替えることが可能となる。一方で、凹凸構造21Aは、上述した鍛造加工の際に、ソーブロック本体21における凹凸構造21Aの近傍に応力集中を発生させる。
補強板22は、ソーブロック本体21に対して、このソーブロック本体21の側方側の表面を覆うように凹凸構造21Aにあわせて配置された状態で、補強板22の周縁部を溶接部22Aとするすみ肉溶接によって一体に溶接されて接合されている。このため、ソーブロック20において、補強板22は、ソーブロック本体21において応力集中が発生する凹凸構造21Aの近傍を拘束して、この部分に上記応力集中によって発生する微小亀裂の開口を押さえこんで閉じる拘束部材として機能する。これにより、ソーブロック本体21における凹凸構造21Aの近傍において上記微小亀裂がより大きなスケールの破損になることを抑え、鍛造加工の衝撃負荷によるソーブロック20の破損を抑制して、このソーブロック20の耐久性の向上を実現させることができる。また、補強板22のじん性をソーブロック本体21のじん性よりも大きくすることで、補強板22を上記拘束部材とするために必要な強度を保ちながら小型化することが可能となる。
【0012】
補強板22は、少なくともその一部分が、ソーブロック本体21において発生および進展が予測される微小亀裂の変形様式(開口型のモードI、面内せん断型のモードII、面外せん断型のモードIIIのいずれか、またはこれらの組み合わせ)の変形方向に沿うように配置されていることが望ましい。このように補強板22を配置することで、この補強板22による拘束の方向を上記微小亀裂の開口の方向に一致させて、補強板22の上記拘束部材としての性能を向上させることができる。
なお、上記微小亀裂の変形様式は、例えばソーブロック本体21と同じ形状のソーブロックを用いた実験またはシミュレーションなど、公知の手段により前もって予測することができるものである。
【0013】
ラム10は、
図1ないし
図4に示すように、じん性および硬度ならびに耐磨耗性などの機械的性質が所定の値となるように調質された合金工具鋼(例えば合金工具鋼鋼材SKT4(JIS G 4404:2006))によって形成されたラム本体11に、この合金工具鋼と比べてよりじん性が大きくかつより溶接性がよい低炭素な合金鋼(例えばニッケルクロムモリブデン鋼SNCM431(JIS G 4053:2008))によって形成された補強板12を一体に接合させた構成となっている。ここで、上記合金工具鋼は、熱処理によって比較的容易にマルテンサイト変態を生じさせることができる物質であり、1回以上の焼き戻しを含む熱処理によってじん性および硬度ならびに耐磨耗性に優れるように調質されている。また、上記低炭素な合金鋼は、上記合金工具鋼と比べてマルテンサイト変態を生じにくく焼入れ性が悪い物質である。なお、ラム本体11は、本発明における「本体部材」に相当する。
また、ラム10には、
図1ないし
図3に示すように、ラムブッシュ(図示省略)を介してピストン14から下側に延びるピストンロッド14Aが差し込まれた状態に取り付けられている。ここで、ピストン14は、アンヴィル24(
図1参照)の上にソーブロック20を挟むように載置された1対のフレーム1Aに一体に組み付けられている。この1対のフレーム1Aは、ラム10を側方から挟みこむことで、このラム10およびラム10に取り付けられた鍛造可動金型13の上下動(
図1参照)をレール状のガイド部分1B(
図3参照)によってガイドするように構成されている。
【0014】
また、ラム10のラム本体11には、その各フレーム1Aに対向する側部(
図3で見て左右両側の部分)に、各フレーム1Aのガイド部分1Bにスライド可能に係合されることで上記上下動のガイドを実現させる被ガイド溝10Aが形成されている。ここで、被ガイド溝10Aをラム本体11の溝とすることで、このラム本体11を形成する調質済みの合金工具鋼の硬度および耐摩耗性を活かして、各フレーム1Aのガイド部分1Bによるラム10の損耗を抑えることができる。
また、ラム本体11は、その底部に側方(
図3で見て上下方向)に向かって開放される縁部分11Bを有する凹凸構造11A(例えば蟻溝)を備えて、この凹凸構造11Aに鍛造可動金型13の被取り付け部13A(例えば蟻桟)が着脱可能に係合されて取り付けられるようになっている。これにより、ラム10に対して鍛造可動金型13を適宜取り替えることが可能となる。一方で、凹凸構造11Aは、上述した鍛造加工の際に、ラム本体11における凹凸構造11Aの近傍に応力集中を発生させる。
【0015】
補強板12は、
図1ないし
図4に示すように、ラム本体11に対して、このラム本体11の側方側の表面を覆うように凹凸構造11Aにあわせて配置された状態(
図2参照)で、補強板12の周縁部を溶接部12Aとするすみ肉溶接によって一体に溶接されて接合されている。このため、ラム10において、補強板12は、ラム本体11において応力集中が発生する凹凸構造11Aの近傍を拘束して、この部分に上記応力集中によって発生する微小亀裂の開口を押さえこんで閉じる拘束部材として機能する。これにより、ラム本体11における凹凸構造11Aの近傍において上記微小亀裂がより大きなスケールの破損になることを抑え、鍛造加工の衝撃負荷によるラム10の破損を抑制して、このラム10の耐久性の向上を実現させることができる。また、補強板12のじん性をラム本体11のじん性よりも大きくすることで、補強板12を上記拘束部材とするために必要な強度を保ちながら小型化することが可能となる。
補強板12は、少なくともその一部分が、ラム本体11において発生および進展が予測される微小亀裂の変形様式(開口型のモードI、面内せん断型のモードII、面外せん断型のモードIIIのいずれか、またはこれらの組み合わせ)の変形方向に沿うように配置されていることが望ましい。このように補強板12を配置することで、この補強板12による拘束の方向を上記微小亀裂の開口の方向に一致させて、補強板12の上記拘束部材としての性能を向上させることができる。なお、上記微小亀裂の変形様式は、例えばラム本体11と同じ形状のラムを用いた実験またはシミュレーションなど、公知の手段により前もって予測することができるものである。
【0016】
なお、補強板12は、
図5および
図6に示すように、溶接部12Aとされる周縁部の一部(
図5および
図6では上側の周縁部)が、この周縁部の総延長を長くするカーブ形状をなすように形成されたものを用意して用いるものであってもよい。この場合、補強板12のすみ肉溶接における溶接の有効長さ(すなわち、溶接部12Aの総延長)がより長くなるので、ラム10におけるラム本体11と補強板12との接合強度をより大きくすることができる。
【0017】
続いて、上述した金型取り付け部材(ラム10およびソーブロック20)に適用される本発明の強化方法について説明する。ここで、上記各金型取り付け部材(ラム10またはソーブロック20)は、本体部材(ラム本体11またはソーブロック本体21)および補強板(補強板12または補強板22)の具体的な形状を除いて、その各構成および上記強化方法における各ステップが共通している。このため、以下においては、上記強化方法について、その説明をラム10の強化方法における各ステップにより代表させて行い、ソーブロック20の強化方法における各ステップについては、その詳細な説明および図示を省略する。
また、以下においては、すみ肉溶接の溶接箇所を溶接直後に適宜加熱して溶着金属に入り込んでいる拡散性水素を逃がす溶接直後熱ステップなどの、本発明において付随的なステップについては、その詳細な説明を省略する。
【0018】
本発明のラム10の強化方法においては、まず、熱処理によって硬度および耐摩耗性ならびにじん性に優れるように調質された合金工具鋼(例えば合金工具鋼鋼材SKT4(JIS G 4404:2006))によって形成されたラム本体11と、上記合金工具鋼よりもマルテンサイト変態が生じにくく、かつ、じん性および溶接性に優れる低炭素な合金鋼(例えばニッケルクロムモリブデン鋼SNCM431(JIS G 4053:2008))によって形成された補強板12とをそれぞれ用意する。このステップは、本発明における「用意ステップ」に相当する。
上記用意ステップによって用意されるラム本体11は、鍛造可動金型13の被取り付け部13Aを着脱可能に係合させることができるように、凹凸構造11Aを備えてこの凹凸構造11Aの縁部分11Bが側方に向かって開放された形状(
図2参照)に成形されている。また、上記用意ステップによって用意される補強板12は、すみ肉溶接によってラム本体11の表面を覆った状態に接合することができるように、この表面に対して上記すみ肉溶接の溶接部12A(
図2参照)の分だけ小さい板形状に成形されている。
【0019】
ところで、上記合金工具鋼の熱処理は、1回以上の焼き戻しを含んでいる。このため、ラム本体11は、上記焼き戻しにおいて1つ以上設定される焼き戻し加熱温度のうちで最も低い温度(以下、「第1の温度」とも称する。)を超えてさらに加熱されると、合金工具鋼の相変化による機械的性質の変化を発生させる。この「合金工具鋼の相変化による機械的性質の変化」の例としては、合金工具鋼に含まれるマルテンサイトがフェライトとセメンタイトとの混合組織に相変化することによるラム本体11の硬度の低下などが挙げられる。
また、上記用意ステップによって用意される補強板12の板厚は、この補強板12によって強化されるラム10の大きさおよびこのラム10が受けることになる衝撃負荷の大きさによって適宜変更されるものである。例えば、ラム10が2[t]クラスのエアースタンプハンマーに使用されるラムである場合は、補強板12は板厚50[mm]のものが用意される。一方、ラム10がより大型の鍛造ハンマーに使用される場合は、補強板12はより厚い(例えば板厚80[mm]の)ものが用意され、ラム10がより小型の鍛造ハンマーに使用される場合は、補強板12はより薄い(例えば板厚30[mm]の)ものが用意される。
【0020】
上述した用意ステップによって用意されたラム本体11は、その内部および表面に亀裂などの損傷または欠陥が存在するか否かが、ラム本体11を破壊することがない検査方法(例えば浸透探傷試験)によって検査される。このステップは、本発明における「非破壊検査ステップ」に相当する。この非破壊検査ステップによってラム本体11から損傷または欠陥が検出された場合、後述する予熱ステップに進む前に、上記損傷および欠陥を全て補修する補修ステップが実行される。
上記非破壊検査ステップおよび上記補修ステップによれば、ラム10のラム本体11において、微小亀裂よりもスケールが大きく上記非破壊検査ステップによって検出が可能な損傷または欠陥は、全て補修された状態となる。これにより、ラム本体11内から補強板12によっては押さえこむことが難しい大きなスケールの損傷を減らすとともに、ラム本体11そのものの耐久性を向上させて、ラム10の耐久性をさらに向上させることが可能となる。
【0021】
上記補修ステップにおける補修は、ラム本体11において検出された損傷または欠陥をその周辺部分と一緒に削り取り、削り取られた部分を肉盛り溶接によって埋め戻してラム本体11の形状を復元することで行われる。この補修方法によれば、補修の対象となる損傷または欠陥の周辺部分に、塑性変形領域または上記非破壊検査ステップでは検出されなかった損傷もしくは欠陥が存在する場合に、これらの塑性変形領域および損傷ならびに欠陥が上記補修の際に一緒に取り除かれる。また、上記補修方法によれば、上記肉盛り溶接の溶接材料を適宜変更することにより、補修後のラム本体11の性質を変えることができる。すなわち、例えば炭素の含有量が少なくじん性が大きい溶接材料を用いた肉盛り溶接によってラム本体11の損傷を補修することで、ラム本体11において損傷が発生しやすい部分のじん性を局所的に向上させて、ラム本体11全体の耐久性を向上させることができる。
なお、上述した用意ステップにおいて用意したラム本体11が、以前に鍛造ハンマーで鍛造加工に使用されていた中古品であり、かつ、上述した非破壊検査ステップにおいて損傷が見つかった場合には、この損傷を調べることで、ラム本体11において上記鍛造加工による微小亀裂が発生しやすい位置および発生した微小亀裂の進展の変形様式を予測することができる。
【0022】
上述した用意ステップによって用意された補強板12は、その内部および表面に亀裂などの損傷または欠陥が存在するか否かが、補強板12を破壊することがない検査方法(例えば浸透探傷試験)によって検査される。この検査によって補強板12から損傷または欠陥が検出された場合、後述する予熱ステップに進む前に、補強板12において検出された損傷および欠陥を全て補修するか、損傷または欠陥がない新しい補強板12を用意するかのいずれかが実行される。
上記各操作によれば、ラム10の補強板12において、微小亀裂よりもスケールが大きく検出が可能な損傷または欠陥をなくすことができる。これにより、補強板12の耐久性を向上させて、ラム10の耐久性をさらに向上させることが可能となる。
【0023】
上述した各ステップを経たラム本体11および補強板12は、所定の加熱装置によってそれぞれ全体が所定の予熱温度になるまで加熱される。このステップは、本発明における「予熱ステップ」に相当する。この予熱ステップにより、溶接部12Aにおいて互いに溶接されたラム本体11および補強板12を常温にまで冷却した後に溶接部12Aまたはラム本体11もしくは補強板12に発生する溶接割れを抑制することができる。
なお、上記予熱ステップにおいて、上記予熱温度は、ラム本体11を形成する合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度よりも高く、かつ、上述した第1の温度以下となる温度に設定されている。このため、上記予熱ステップにおいて、ラム本体11は、上記合金工具鋼においてマルテンサイトの生成または分解をともなう相変化、および、この相変化にともなう変形を起こすことがない。
【0024】
上記予熱ステップを経た補強板12は、同じく上記予熱ステップを経たラム本体11の側方側の表面上に凹凸構造11Aにあわせて配置され(
図2および
図3を参照)、その周縁部が溶接部12Aとされてラム本体11に対してすみ肉溶接される(
図3および
図4を参照)。これにより、ラム本体11および補強板12は互いに一体に接合されて、この補強板12によってラム本体11が補強されたラム10が形成される。このステップは、本発明における「溶接ステップ」に相当する。
ここで、上記溶接ステップの上記すみ肉溶接の溶接方法としては、溶接材料として引張強さの値および破断伸びの値がともに大きい高張力鋼用の溶接材料を用いたアーク溶接が採用される。ラム本体11を形成する合金工具鋼よりも溶接性がよい低炭素な合金鋼によって補強板12を形成して、この補強板12を高張力鋼用の溶接材料を用いてラム本体11にすみ肉溶接で溶接することにより、この溶接によるラム本体11と補強板12との接合強度を、鍛造ハンマー1(
図1参照)による鍛造加工においてラム10にかかる衝撃負荷に耐えられるだけの強度とすることが可能となる。また、アーク溶接は、高張力鋼用の溶接材料を用いた溶接に適した溶接方法である。なお、本明細書において、「引張強さ」および「破断伸び」は、それぞれJIS Z 3211:2008または2012年12月の時点においてJIS Z 3211:2008によって引用される各規格に記載された「引張強さ」および「伸び」に相当する物性である。
【0025】
上記すみ肉溶接においては、
図3および
図4に示すように、溶接部12Aにおいて溶融された上記高張力鋼用の溶接材料にラム本体11および補強板12の一部を溶かしこむように溶接を行う。これにより、溶接部12Aを介したラム本体11と補強板12との接合強度を大きくすることができる。一方で、ラム本体11において溶接部12Aに隣接する部分には、溶接の熱源となるアーク放電(図示省略)または溶接部12Aの溶融金属による局所的な過熱の熱影響のために、金属の機械的性質が局所的に変化された熱影響部11Cが生じる。この熱影響部11Cにおける金属の機械的性質の変化には、例えば、合金工具鋼が過熱状態からの急冷によって焼き入れされた状態となることによるじん性の低下などがある。
なお、上記アーク放電および上記溶融金属は、補強板12において溶接部12Aに隣接する部分の低炭素な合金鋼も局所的に過熱するが、この過熱による低炭素な合金鋼への熱影響は上記熱影響部11Cにおける合金工具鋼への熱影響と比べて無視できるほど小さい。このため、
図3および
図4においては、補強板12において過熱された部分を熱影響部として別に図示することをしていない。
【0026】
また、上記すみ肉溶接においては、上記高張力鋼用の溶接材料として、ラム本体11を形成する合金工具鋼および補強板12を形成する低炭素な合金鋼のいずれよりもじん性が大きい溶接材料(例えばシャルピー衝撃試験(JIS Z 2242:2005)から求められるシャルピー衝撃値が120[J/cm
2]以上となる溶接材料)を使用することで、上記ラム本体11と補強板12との接合強度をさらに大きくすることができる。
また、上記溶接ステップにおいては、上述した予熱ステップを経たラム本体11および補強板12を、合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度よりも高い温度とし、かつ、ラム本体11のうち溶接によって過熱される熱影響部11Cを除く部分の全体を、上述した第1の温度以下とするように温度調整を行う。すなわち、上記溶接ステップにおいては、互いに溶接されるラム本体11および補強板12において、現在溶接が行われている溶接部12Aから離間された部分の各温度を測定しながら溶接を行う。そして、測定されたラム本体11または補強板12の温度が合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度以下にまで低下されそうになったときには、上記予熱ステップにおいて使用した加熱装置によってラム本体11および補強板12を再加熱して、このラム本体11および補強板12の各温度が合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度以下の温度とならないようにする。また、測定されたラム本体11または補強板12の温度が上述した第1の温度よりも所定の温度(例えば20[℃]〜40[℃])だけ低い温度を超えた場合は、上述したすみ肉溶接における次のパスでラム本体11の全体の温度が上記第1の温度を超えるおそれがあると判定して、パス間の待機時間を長くすることで、ラム本体11のうち熱影響部11Cを除く部分を上記第1の温度以下に保つ。
【0027】
上述した溶接ステップによって形成されたラム10は、上記溶接ステップに続いて、所定の溶接後熱処理装置によって、その全体が再結晶現象によってラム10から残留応力を除去することができる温度(本発明における「第2の温度」に相当する温度)にされて、この状態が所定の時間(例えば10[時間])維持される。このステップは、本発明における「応力除去ステップ」に相当する。この応力除去ステップにおいては、ラム10のラム本体11および補強板12は、マルテンサイト変態などの相変化を起こすことなく再結晶現象を起こすことで、それぞれの残留応力の一部あるいは全部が除去される。
なお、上記応力除去ステップを経たラム10は、上記溶接後熱処理装置の設定温度を徐々に下げてラム10を冷却させる徐冷ステップによって常温にまで冷却された後に、鍛造ハンマー1のピストンロッド14A(
図1参照)に取り付けられる。
【0028】
ところで、上述した応力除去ステップにおいてラム10が維持される温度である第2の温度は、上記合金工具鋼におけるマルテンサイト変態開始温度を超えて、上述した第1の温度よりも少しだけ低い温度に設定されている。ここで、上記「第1の温度よりも少しだけ低い温度」とは、上記溶接後熱処理装置において温度の擾乱があった場合でもラム10の温度が上記第1の温度を上回るおそれがない第1の温度近傍の温度であり、例えば第1の温度よりも20[℃]〜40[℃]だけ低い温度である。なお、上記第2の温度は、上記合金工具鋼に軟化焼鈍を発生させるために必要とされる加熱温度よりも低い。
また、上記第2の温度は、焼き入れされた合金工具鋼を焼き戻すことができる温度である。このため、上記応力除去ステップにおいては、ラム本体11の熱影響部11Cにおいて焼き入れされた状態とされた合金工具鋼(本発明における「熱影響を受けた金属」に相当する。)は、焼き戻された状態に変化されて、その機械的性質が、上述した溶接ステップの前においてラム本体11を形成する合金工具鋼が有していた機械的性質に近づけられる。
【0029】
上述したラム10の強化方法によれば、マルテンサイト変態を生じさせにくい低炭素な合金鋼により補強板12を形成し、この補強板12およびラム本体11を、このラム本体11にマルテンサイト変態を生じさせる温度よりも高い温度に保ちながら溶接および応力除去処理を実行する。このため、上記溶接にともなう温度変化によるマルテンサイト変態のためにラム本体11および補強板12が変形することを抑えることができる。これにより、補強板12をラム本体11の表面上に溶接によって一体に接合させてラム10を補強することが可能となる。
また、上述したラム10の強化方法によれば、上述した溶接ステップにおいてラム本体11に生じた熱影響部11Cを、上述した応力除去ステップにおける第2の温度の設定により、上記溶接ステップの前の状態に近づけるように焼き戻すことができる。また、ラム本体11における熱影響部11C以外の部分は、その温度がラム本体11を形成する合金工具鋼の焼き戻しにおける最低の焼き戻し加熱温度(すなわち上述した第1の温度)を上回らないように推移されることで、上記合金工具鋼が調質されたときの機械的性質を保つ。これにより、補強板12の溶接により補強されたラム10において、そのラム本体11に生じる機械的性質の変化を抑えることができる。
【0030】
本発明は、上述した一実施形態で説明した外観、構成に限定されず、本発明の要旨を変更しない範囲で種々の変更、追加、削除が可能である。例えば、以下のような各種の形態を実施することができる。
(1)鍛造金型が係合される金型取り付け部材の凹凸構造は蟻溝に限定されない。すなわち、例えば金型取り付け部材の凹凸構造を蟻桟として鍛造金型に形成された蟻溝に係合させる構成を採用するなど、金型取り付け部材の凹凸構造の具体的な形状を適宜変更することができる。
(2)本発明における本体部材および補強板の具体的な素材は、上述したものに限定されず、本発明の技術思想を逸脱しない範囲で適宜変更することができる。例えば、補強板を形成する低炭素な合金鋼を、一般的には前もって炭素を添加する浸炭処理を行わない限りマルテンサイト変態が生じない物質であるニッケルクロムモリブデン鋼SNCM220(JIS G 4053:2008)に変更することができる。
(3)本発明により強化することができる金型取り付け部材は、圧縮空気を駆動力源として鍛造金型を持ち上げて落下させるエアースタンプハンマーに適用されるラムおよびソーブロックの組に限定されない。すなわち、本発明によれば、モーターを駆動力源としたスプリングハンマーなど、鍛造の衝撃力を被鍛造物に与える任意の鍛造ハンマーに適用される金型取り付け部材を強化することができる。また、上記鍛造ハンマーに適用される金型取り付け部材のうち、ラムまたはソーブロックのいずれか一方から補強板による本体部材の補強を省略することができる。