特許第6060295号(P6060295)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】6060295
(24)【登録日】2016年12月16日
(45)【発行日】2017年1月11日
(54)【発明の名称】広帯域に対応可能な人体誘電率模擬液剤
(51)【国際特許分類】
   G01N 22/00 20060101AFI20161226BHJP
【FI】
   G01N22/00 Y
【請求項の数】6
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2016-72453(P2016-72453)
(22)【出願日】2016年3月31日
【審査請求日】2016年3月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】000102739
【氏名又は名称】エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001243
【氏名又は名称】特許業務法人 谷・阿部特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】麻生 博之
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 彰吾
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 賢一
【審査官】 立澤 正樹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−80882(JP,A)
【文献】 特開2006−78232(JP,A)
【文献】 特開2009−216691(JP,A)
【文献】 陳丹、前田忠彦,超広帯域人体骨等価ファントムの開発,通信講演論文集1,電子情報通信学会,2009年,B-1-197,p.197
【文献】 笹尾勇介、前田忠彦,超広帯域層状構造ファントム実現を目的とした超広帯域筋肉等価ファントム,通信講演論文集1,電子情報通信学会,2009年,B-1-198,p.198
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 22/00
G01R 29/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、無機塩、低級アルコール及び水を含む、人体誘電率模擬液剤であって、前記模擬液剤の総重量を基準にして、前記無機塩が0.1〜0.18重量%、及び低級アルコールが0.4〜0.7重量%の量で含まれる人体誘電率模擬液剤。
【請求項2】
前記無機塩が塩化ナトリウムである、請求項1に記載の人体誘電率模擬液剤。
【請求項3】
前記低級アルコールがエタノール又はメタノールである、請求項1又は2に記載の人体誘電率模擬液剤。
【請求項4】
前記非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類である、請求項1〜3のいずれか1項に記載の人体誘電率模擬液剤。
【請求項5】
前記非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレン(20)ソルビタントリオレエート(Tween 85)である、請求項4に記載の人体誘電率模擬液剤。
【請求項6】
前記陽イオン性界面活性剤が塩化ベンザルコニウムである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の人体誘電率模擬液剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁波と人体との相互作用の研究を行うために用いられるファントムを作成するための人体誘電率模擬液剤(本明細書では、模擬液剤とも称する)に関する。より詳細には、SAR(比吸収率:Specific Absorption Rate)を評価する為の模擬液剤であって、広帯域の周波数に対応可能な模擬液剤に関する。
【背景技術】
【0002】
携帯電話あるいは無線機器などを人体に近接して使用する場合、人体は電磁波に曝されその影響を受ける。しかし、試験に再現性を持たせること、或いは、人に長時間同一の姿勢を強いることが困難であることなどの理由により、この人体に対する影響を試験するために人体を使用することは困難である。そこで、人体に類似した誘電率を有する材料で、人体の頭部または胸部を模擬したファントムと呼ばれる物を用いて試験することが行われている。
【0003】
人体による電磁波の吸収を評価するための指標として、SARが用いられている。SARは、電磁波に曝された際の、単位質量当たりの吸収電力である。SARの測定法は、国際電気標準会議(IEC)により画定されている(非特許文献1参照)。例えば、図1(a)に示されるように、ファントム容器102に模擬液剤104を満たし、SARプローブの先端のセンサ106を模擬液剤に挿入し、プローブ走査装置108により走査して電波防護指針に適合するか否かの評価(SAR評価)を行う。
【0004】
SAR評価に使用するための、ファントム用の模擬液剤が開発されている(特許文献1、特許文献2)。しかし、これらの模擬液剤は、狭帯域の周波数にのみ対応するものである。このため、測定対象の周波数が変わるたびにファントム容器内の模擬液剤を入れ替える必要があり、測定が煩雑となっていた。
【0005】
また、携帯電話等で使用される周波数帯域が拡大されていることに伴い、広帯域の周波数に対応できる模擬液剤が望まれている。このような模擬液剤としては、例えば、Tween85、塩化ベンザルコニウム、イオン交換水からなるものが開示されている(非特許文献2)。しかし、この模擬液剤であっても、低周波数側への対応がまた不十分であり、広帯域の周波数にわたって1つの模擬液剤で対応するものではない。
【0006】
更に、従来の模擬液剤は、例えば無線LAN等についてSARを測定する場合、高い周波数帯域(例えば4.5GHz〜6GHz程度)で不透明(白濁)化するという問題があった。このような模擬液剤の不透明化は、測定箇所の目視を困難にする。例えば、SARの測定では、測定箇所の目視が必要となるが、SARプローブの先端のセンサを模擬液剤に浸すと、図1(b)に示すように、センサの先端部分が、高い周波数帯域で不透明化した模擬液剤で遮られ、先端部分の目視が困難となる。これは、センサの正確な位置決めを困難にする。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2006−78232号公報
【特許文献2】特開2011−80882号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】IEC 62209-2
【非特許文献2】浜田リラ及び渡辺聡一、比吸収率評価用広帯域ファントム液剤の開発、一般社団法人電子情報通信学会ソサイエティ大会講演論文集、2015年、通信(1),214,2015−08−25
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記課題を解決するものであり、広い周波数帯域にわたって1種類の模擬液剤でSAR評価試験を実施できるものを提供することを目的とする。特に、本発明では、従来よりも更に低周波の領域で利用可能な模擬液剤を提供することを目的とする。
【0010】
更に、本発明は、電波防護指針適合評価に用いる全周波数帯で透明である模擬液剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、SAR測定用の人体誘電率模擬液剤である。この模擬液剤は、非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、無機塩、低級アルコール及び水を含み、前記模擬液剤の総重量を基準にして、前記無機塩が0.1〜0.18重量%、及び低級アルコールが0.4〜0.7重量%の量で含まれることを特徴とする。
【0012】
本発明の模擬液剤では、無機塩は、塩化ナトリウムであることが好ましい。また、低級アルコールはエタノール又はメタノールであることが好ましい。
【0013】
本発明では、非イオン性界面活性剤は、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類であることが好ましく、ポリオキシエチレン(20)ソルビタントリオレエート(Tween 85)であることがより好ましい。
【0014】
更に本発明では、陽イオン性界面活性剤は、塩化ベンザルコニウムであることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
広い周波数帯域でSARの評価が可能であるので、測定対象の周波数を変更してもファントム容器から模擬液剤を交換する必要がなく、連続的に試験ができる。
【0016】
従来の高周波数用の液剤と比べ、透明度が高く、試験時の測定箇所の目視が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】(a)SAR測定の様子を示す図であり、(b)は、SARプローブが挿入された部分の拡大図である。
図2】従来の模擬液剤と本発明の模擬液剤の対応周波数帯域を示す図である。
図3】(a)は、200MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(エタノール使用)の複素比誘電率の実部を示す図であり、(b)は、同複素比誘電率の虚部を示す図である。
図4】200MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(エタノール使用)の複素比誘電率の実部及び虚部の値の目標値からの偏差を示す図である。
図5】(a)は、400MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(エタノール使用)の複素比誘電率の実部を示す図であり、(b)は、同複素比誘電率の虚部を示す図である。
図6】400MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(エタノール使用)の複素比誘電率の実部及び虚部の値の目標値からの偏差を示す図である。
図7】(a)は、650MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(エタノール使用)の複素比誘電率の実部を示す図であり、(b)は、同複素比誘電率の虚部を示す図である。
図8】650MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(エタノール使用)の複素比誘電率の実部及び虚部の値の目標値からの偏差を示す図である。
図9】(a)は、350MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(メタノール使用)の複素比誘電率の実部を示す図であり、(b)は、同複素比誘電率の虚部を示す図である。
図10】350MHz〜6GHz用の本発明の模擬液剤(メタノール使用)の複素比誘電率の実部及び虚部の値の目標値からの偏差を示す図である。
図11】(a)は、従来の模擬液剤について高周波の領域でSARを測定する様子を示す写真であり、(b)は、本発明の模擬液剤について高周波の領域でSARを測定する様子を示す写真である。
図12】(a)は、従来の模擬液剤について、白濁の様子を示す写真であり、(b)は、本発明の模擬液剤について、透明な外観を示す写真である。
図13】本発明の模擬液剤の透明度を測定するための装置の概略図である。
図14図13に示す装置で測定した、本発明の模擬液剤の透明度の測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の第1の実施形態の模擬液剤は、非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、無機塩、低級アルコール及び水を含み、前記模擬液剤の総重量を基準にして、前記無機塩が0.1〜0.18重量%、及び低級アルコールが0.4〜0.7重量%の量で含まれることを特徴とする水溶液である。
【0019】
非イオン性界面活性剤は、本発明の人体誘電率模擬液剤に対して、該模擬液剤の複素比誘電率の実部を低下させる機能を有する。本発明において用いることができる非イオン性界面活性剤は、脂肪酸系界面活性剤(ショ糖脂肪酸エステル類、ソルビタン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル類など)、高級アルコール系界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルエーテル類など)、アルキルフェノール系界面活性剤(ポリオキシエチレンアルキルフェノールエーテル類など)、脂肪酸アミド系界面活性剤(脂肪酸アルカノールアミド類など)を含む。より好ましい界面活性剤は、Tweenの商品名で販売されているポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノラウエート(Tween 20)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノパルミテート(Tween 40)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノステアレート(Tween 60)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタンモノオレエート(Tween 80)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタントリステアレート(Tween 65)、ポリオキシエチレン(20)ソルビタントリオレエート(Tween 85)などを含む。特に好ましい非イオン性界面活性剤は、ポリオキシエチレン(20)ソルビタントリオレエート(Tween 85)である。
【0020】
本発明の模擬液剤は、該模擬液剤の総重量を基準として29.32〜重量29.61%、より好ましくは29.60〜29.61重量%の範囲内の非イオン性界面活性剤を含む。
【0021】
本発明で用いられる陽イオン性界面活性剤は、本発明の人体誘電率模擬液剤に対して、該模擬液剤の複素比誘電率の虚部を上昇させる機能および、該模擬液剤の防腐化させる機能を有する。好ましい陽イオン性界面活性剤は、四級アミン塩である。より好ましくは、塩化ジステアリルジメチルアンモニウム、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、塩化セチルピリジニウム等が含まれる。特に好ましくは、塩化ベンザルコニウムである。本発明の人体誘電率模擬液剤は、該模擬液剤の総重量を基準として8.2〜8.36重量%、より好ましくは8.24〜8.26重量%の範囲内の陽イオン性界面活性剤を含む。
【0022】
本発明の人体誘電率模擬液剤は無機塩を含む。無機塩は、アリカリ金属ハロゲン化物、例えば、臭化リチウム、臭化ナトリウム、臭化カリウム、塩化リチウム、塩化ナトリウム(食塩)、塩化カリウム、ヨウ化リチウム、ヨウ化ナトリウム、ヨウ化カリウム等が好ましい。本発明では、アルカリ金属塩化物(塩化リチウム、塩化ナトリウム(食塩)、塩化カリウム)等がより好ましい。本発明では、塩化ナトリウムが特に好ましい。本発明の人体誘電率模擬液剤は、該模擬液剤の総重量を基準として0.1〜0.2重量%、より好ましくは0.16〜0.18重量%の範囲内の無機塩を含む。
【0023】
本発明の人体誘電率模擬液剤は低級アルコールを含む。低級アルコールには、直鎖又は分枝鎖状のC1〜C6アルコールが含まれる。好ましくは、低級アルコールはメタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、n−ブタノール、sec−ブタノール、tert−ブタノール等を含む。より好ましい低級アルコールは、メタノール又はエタノールである。本発明の模擬液剤は、該模擬液剤の総重量を基準として0.4〜0.7重量%、より好ましくは0.4〜0.5重量%の範囲内の低級アルコールを含む。
【0024】
本発明の人体誘電率模擬液剤の残余は、水である。水としては、蒸留水、イオン交換水、脱イオン水などの精製水を用いることが好ましい。
【0025】
本発明の模擬液剤は、広い周波数帯域にわたってSAR評価に適合する。本発明の模擬液剤は、上記の割合で無機塩(特に塩化ナトリウム)及び低級アルコール(特にエタノール)を含むことで、広い周波数帯域にわたるSAR評価に適合する。特に、本発明の模擬液剤は、従来よりも低い周波数の領域まで適用範囲を広げることがでる。
【0026】
加えて、本発明の模擬液剤は、上記の割合で無機塩(特に塩化ナトリウム)及び低級アルコール(特にエタノール)を含むことで、適用周波数の範囲全体にわたって透明となる。
【0027】
特に、従来の塩化ベンザルコニウムを含む模擬液剤は、600MHz以下の誘電率などの電気定数の調整が困難であったが、無機塩(特に塩化ナトリウム)及び低級アルコール(特にエタノール)を含むことで、より低周波数(例えば200MHz)まで、電気定数の調整が可能になる。
【0028】
従来では、図2に示すように、IEC62209規格の所望の周波数に応じた模擬液剤(例えば、図2の733MHz、835MHz・・・5200MHzなど)を準備し、これを必要に応じてファントム容器に入れ替えて使用していた。しかし、本発明の模擬液剤は、低周波数から高周波数(例えば200MHz〜6GHz)までの広い周波数帯域について、1つの模擬液剤で対応することができる。
【0029】
本発明の模擬液剤は、その調合を変化させることによって、無線LANなどで用いられている2.4GHz帯、5GHz帯など、ならびに携帯電話などで用いられている700MHz帯、800MHz帯、900MHz帯、1400MHz帯、2000MHz帯、2450MHz、3500MHz帯を含む種々の周波数帯における人体の誘電率を模擬することができる。例えば、非イオン性界面活性剤の量を増加させることによって、模擬液剤の複素比誘電率の実部を低下させることができる。一方、陽イオン性界面活性剤の量を増加させることによって、模擬液剤の複素比誘電率の虚部を上昇させることができる。これら2つの材料の作用を適宜調整して、模擬液剤の電気定数を、所望の周波数帯における所望の電気定数に合致させること(例えば、複素比誘電率の実部と虚部を目標値の所定の偏差の範囲内に調整することなど)ができる。更に、上述したように、無機塩及び低級アルコールを含むことで、本発明の模擬液剤は、広い範囲の周波数帯域に適合でき、且つ、この広い周波数帯域全体において透明な溶液となる。
【0030】
以上の成分を少なくとも含む本発明の人体誘電率模擬液剤は、上述の特徴に加えて、以下のような優れた特徴を有する。
【0031】
従来の高周波用の模擬液剤に比べて、模擬液剤の構成成分が分離しないので、電気定数(例えば、複素比誘電率の実部と虚部)が安定し、時間経過による測定の不確さが軽減できる。広い周波数帯域にわたって、模擬液剤を交換する必要が無いので、ファントム容器の洗浄の際に生じる、模擬液剤の下水への放出が減り、水質汚濁が抑えられる。電気定数(例えば、複素比誘電率の実部と虚部)の調整を脱イオン水のみで行うことができる。エタノールを成分として用いる場合、その消泡作用により、模擬液剤の泡立ちが抑えられる。
【0032】
ここで、本発明の模擬液剤の電気定数は誘電率である。この誘電率は、いわゆる複素比誘電率を意味する。この複素比誘電率の実部は誘電率に相当し、その虚部は導電率に相当する。複素比誘電率の虚部と導電率の関係は、下式から導くことができる。
σ=ε"ωε0
【0033】
但し、σ:導電率(S/m)、ε”:複素比誘電率の虚部、ω:各周波数(=2πf、f:電磁波の周波数(Hz)、ε0:自由空間の誘電率(8.854×10-12(F/m)である。
【実施例】
【0034】
本発明を実施例により、より詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0035】
(実施例1) 200MHz〜6GHz用の人体誘電率模擬液剤
脱イオン水61.57重量%に、非イオン性界面活性剤(Tween85)29.6重量%、陽イオン性界面活性剤(塩化ベンザルコニウム)8.25重量%、塩化ナトリウム0.18重量%、及びエタノール0.40重量%を溶解させて、模擬液剤を形成した。
【0036】
(実施例2) 400MHz〜6GHz用の人体誘電率模擬液剤
脱イオン水61.48重量%に、29.61重量%の非イオン性界面活性剤(Tween85)、8.36重量%の陽イオン性界面活性剤(塩化ベンザルコニウム)、0.15重量%の塩化ナトリウム、及び0.40重量%のエタノールを溶解させて、模擬液剤を形成した。
【0037】
(実施例3) 650MHz〜6GHz用の人体誘電率模擬液剤
脱イオン水61.88重量%に、29.32重量%の非イオン性界面活性剤(Tween85)、8.20重量%の陽イオン性界面活性剤(塩化ベンザルコニウム)、0.10重量%の塩化ナトリウム、及び0.50重量%のエタノールを溶解させて、模擬液剤を形成した。
【0038】
(実施例4) 350MHz〜6GHz用の人体誘電率模擬液剤
脱イオン水61.39重量%に、29.52重量%の非イオン性界面活性剤(Tween85)、8.23重量%の陽イオン性界面活性剤(塩化ベンザルコニウム)、0.16重量%の塩化ナトリウム、及び0.70重量%のメタノールを溶解させて、模擬液剤を形成した。
【0039】
上記実施例1〜4の模擬液剤の組成を以下の表にまとめた。
【0040】
【表1】
【0041】
(比較例1) 従来の人体誘電率模擬液剤(5200MHz用模擬液剤)
イオン交換水62.9重量%に、17.8重量%の非イオン性界面活性剤(Tween20)、19.0重量%の非イオン性界面活性剤(Tween85)、及び0.3重量%の安息香酸ナトリウムを混合して、模擬液剤を形成した。
【0042】
(電気定数の評価)
実施例1〜4で得られた人体誘電率模擬液剤の複素比誘電率を、24℃において、KEYSIGHT製の同軸開放端型プローブを用いて測定した。測定した周波数は200MHz〜6GHzであった。結果を表2〜5及び図3〜10に示す。
【0043】
【表2】
【0044】
【表3】
【0045】
【表4】
【0046】
【表5】
【0047】
上記表2〜5及び図3、5、7及び9の結果から明らかなように、本発明の模擬液剤は、各模擬液剤がカバーする周波数の範囲内において目標値の許容範囲内にあり、IEC62209規格に適合していることがわかる。
【0048】
図4、6、8及び10のそれぞれに、上記表2〜5中の偏差の数値をグラフ化して示した。本発明の模擬液剤は、各模擬液剤がカバーする周波数の範囲内において、目標値からの偏差が±10%の範囲に収まっていることがわかる。
【0049】
以上のように、本発明の実施例1〜実施例4の模擬液剤は、IEC62209規格に適合しており、且つ、目標値からの偏差が±10%の範囲に収まっていることが示された。
【0050】
(透明性の評価)
実施例1で得られた模擬液剤の透明性を評価した。まず、図5に示すようにファントム容器に、比較例1の模擬液剤(図5(a))を満たし、IEC62209規格に従って、複数の周波数の電気定数(複素比誘電率)を測定した。その結果、比較例1の模擬液剤は、低周波の領域(4500MHzまで)では、目視により透明な溶液であったが、高周波の領域(4500MHz以上)では白濁し、プローブの先端の目視ができなかった。
【0051】
これに対し、本発明の模擬液剤(図5(b))では、比較例1の模擬液剤で白濁が生じたのと同じ高周波の領域においても透明であり、プローブの先端の目視が可能であった。
【0052】
さらに、実施例1及び比較例1の模擬液剤に関して、5.2GHzの周波数における模擬液剤の透明度を目視により比較した。目視により白濁が観測されない場合を、透明と判断した。結果を図6に示した。図6(a)は比較例1の模擬液剤であり、図6(b)は、実施例1の模擬液剤である。図6(a)の比較例の模擬液剤は、明らかな白濁溶液であった。これに対し、図6(b)の本発明の模擬液剤は、透明な外観を有していた。
【0053】
このように、本発明の模擬液剤は、200MHz〜6GHzの周波数にわたって、透明な模擬液剤となることがわかった。
【0054】
実施例2及び実施例3の模擬液剤についても、実施例1と同様に、400MHz〜6GHz及び650MHz〜6GHzの周波数帯域で透明であった。更に、低級アルコールとしてメタノールを用いた実施例4の模擬液剤についても、350MHz〜6GHzの周波数帯域で透明であった。
【0055】
次に、実施例1の模擬液剤において、無機塩と低級アルコールの濃度を変化させ、人体誘電率模擬液剤の透明性を評価した。この評価では、模擬液剤の懸濁の程度を、レーザーポインターを用いて、図13に示すような構成の観測装置により観測した。図13に示すように、模擬液剤の入った透明容器の外側から、レーザーポインターの赤色レーザー光を照射し、光が模擬液剤を通過した後の散乱光を目視で観測した。図13の観測系では、模擬液剤の透明度が高い場合は、照射面にレーザー光が散乱することなく当たるが、白濁により透明度が低くなるとチンダル現象によりレーザー光が散乱して照射面に当たる。このため照射面のレーザー光は、散乱がない場合に比べ、径の大きな光点として観測される。本測定では、測定した各模擬液剤を以下の基準で評価した。
【0056】
照射面の光点を目視により観測したとき、レーザー光を照射面へ直接照射した場合と比べてほぼ同じ径であるものを、透明度が高い(光散乱:無)と評価した。また、照射面の光点を目視により観測したとき、レーザー光の照射面での径が最も大きいものを透明度が低い(光散乱:有)と評価した。更に、レーザー光の照射面での径が上記2つの基準の間にあるものを透明度が中である(光散乱:有)と評価した。
【0057】
無機塩と低級アルコールの含有量と、その結果を表6に示す。また、図14に観測の結果を模擬溶液の状態を示す写真と共に示す。表6及び図14において、上記評価に基づいて、透明度が高いものを「透明度:高」及び「光散乱:無」と表し、透明度が低いものを「透明度:低」及び「光散乱:有」と表し、透明度が中程度のものを「透明度:中」及び「光散乱:有」と表した。
【0058】
【表6】
【0059】
以上の結果から、本発明の人体誘電率模擬液剤は、広い周波数帯域にわたって優れた誘電特性を示し、かつ200MHz〜6GHzの周波数帯域において透明であることが明らかとなった。
【符号の説明】
【0060】
102 ファントム容器
104 模擬液剤
106 SARプローブ
108 プローブ走査装置
【要約】      (修正有)
【課題】高周波数帯域で透明であり、広い周波数帯域にわたって1種類の模擬液剤でSAR評価試験を実施できる人体誘電率模擬液剤を提供する。
【解決手段】非イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、無機塩、低級アルコール及び水を含む、人体誘電率模擬液剤であり、総重量を基準にして、無機塩が0.1〜0.18重量%、及び低級アルコールが0.4〜0.7重量%の量で含まれる。無機塩が塩化ナトリウムであり、低級アルコールがエタノール又はメタノールであり、非イオン性界面活性剤がポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル類であり、陽イオン性界面活性剤が塩化ベンザルコニウムである。
【選択図】なし
図1
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