特許第6060714号(P6060714)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6060714
(24)【登録日】2016年12月22日
(45)【発行日】2017年1月18日
(54)【発明の名称】ディスク状鍛造品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B21K 1/32 20060101AFI20170106BHJP
   B21J 5/00 20060101ALI20170106BHJP
   B21J 13/06 20060101ALI20170106BHJP
【FI】
   B21K1/32 Z
   B21J5/00 K
   B21J13/06
   B21J5/00 B
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2013-22636(P2013-22636)
(22)【出願日】2013年2月7日
(65)【公開番号】特開2014-151340(P2014-151340A)
(43)【公開日】2014年8月25日
【審査請求日】2015年12月21日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 信吾
(72)【発明者】
【氏名】岡島 琢磨
(72)【発明者】
【氏名】吉田 広明
【審査官】 塩治 雅也
(56)【参考文献】
【文献】 特開昭57−009553(JP,A)
【文献】 特開平06−330161(JP,A)
【文献】 特開2001−340938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21K 1/32
B21J 5/00
B21J 13/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の構成を備えたディスク状鍛造品の製造方法。
(1)前記ディスク状鍛造品の製造方法は、
初期直径D、及び、初期高さH(≦D)であるディスク状の被鍛材を載置することができ、かつ、単軸周りに回転可能な下金敷と、
前記被鍛材に対し、単軸上で上下することにより前記被鍛材を圧下することができ、かつ、前記下金敷の中心方向に移動可能な上金敷とを用いて、
前記被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行う多重放射鍛造工程
を備え、
前記多重放射鍛造工程では、加熱及びリヒートを行い、塑性変形及び結晶粒の微細化を行う
(2)前記上金敷は、打撃面の角部に角落とし処理が施されている。
(3)前記多重放射鍛造工程は、
前記上金敷の見かけの中心方向長さをL、
前記上金敷の見かけの幅をW(≦L)、
前記上金敷の中心方向の長さの実効値(=L−前記角落とし処理の幅×2)をLeff
前記上金敷の幅の実効値(=W−前記角落とし処理の幅×2)をWeff
前記被鍛材の中心から、前記上金敷と前記被鍛材とが接触した時の接触面の内、前記被鍛材の中心から最も遠い位置までの距離をr、
距離rの位置における前記上金敷の見かけの幅をW(r)、
距離rの位置における前記上金敷の幅の実効値(=W(r)−前記角落とし処理の幅×2)をWeff(r)とした時に、
(a)前記上金敷と前記被鍛材とが接触した時の接触面の見かけの中心方向長さ(X)が、X<Leffを満たし、
(b)前記下金敷のk番目(1≦k≦n−1)の打撃と(k+1)番目の打撃の間の回転角度(θk)が、
(W(r)−Weff(r))/2<rθk≦Weff(r)を満たし、
(c)前記上金敷の前記被鍛材の中心方向への移動量(s)が、s<Leff、かつ、
(L−Leff)/2<s<D/4+(L−Leff)/2を満たすように、
前記被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行うものである。
(4)前記被鍛材は、ニッケル基合金からなる。
【請求項2】
前記多重放射鍛造工程は、
前記下金敷を間欠的に回転させながら、前記上金敷を前記下金敷の中心方向に移動させることなく前記上金敷を用いて前記被鍛材を圧下し、前記被鍛材の円周方向に沿って一様なひずみを与える円周方向鍛造工程と、
前記上金敷を前記下金敷の中心方向に移動させる移動工程と
を交互に繰り返すものである
請求項1に記載のディスク状鍛造品の製造方法。
【請求項3】
前記多重放射鍛造工程は、鍛造温度及びリヒート温度が800℃以上1150℃以下の範囲内にある請求項1又は2に記載のディスク状鍛造品の製造方法。
【請求項4】
以下の構成をさらに備えた請求項1から3までのいずれか1項に記載のディスク状鍛造品の製造方法。
(1)前記ニッケル基合金は、
15.0≦Cr≦17.0mass%、
28.0≦Fe≦44.0mass%、
2.8≦Nb≦3.3mass%、
1.4≦Ti≦2.2mass%、
0.1≦Al≦0.4mass%、
C≦0.06mass%、
Cu≦0.3mass%、
Mn≦0.35mass%、
Si≦0.35mass%、
S≦0.015mass%、
P≦0.02mass%、
B≦0.006mass%、及び、
Co≦1.0mass%
を含み、残部がNiからなるNi基超合金からなり、
ASTM結晶粒度≧#4の組織である。
(2)前記多重放射鍛造工程は、鍛造温度及びリヒート温度が950℃以上1030℃以下の範囲内にある。
(3)前記被鍛材の鍛造が終了した後、前記被鍛材を950℃以上1030℃以下の温度で溶体化処理を行う溶体化処理工程をさらに備えている。
【請求項5】
前記多重放射鍛造工程の後に、前記被鍛材の中心部に残った未加工部を十字鍛造する十字鍛造工程をさらに備えた請求項1から4までのいずれか1項に記載のディスク状鍛造品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ディスク状鍛造品の製造方法に関し、さらに詳しくは、容量の小さなプレス機械を用いて大口径のディスク状鍛造品を鍛造することが可能なディスク状鍛造品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鍛造加工は、金属材料を工具の間で圧縮して所定の形状に加工する方法であり、自由鍛造と型鍛造に大別される。また、鍛造加工は、鍛造温度に応じて、熱間鍛造と冷間鍛造に大別される。鍛造加工は、単に材料を所望の形状に塑性変形させるだけでなく、鋳造組織の破壊や結晶粒の微細化を目的として行われることもある。
【0003】
材料を塑性変形させるためには、材料の大きさに応じた荷重を付与する必要がある。一方、材料を塑性変形させるために必要な最小応力は、一般に、結晶粒を微細化するために必要な最小応力より小さい。そのため、プレス機械の容量が一定である場合、材料が大きくなるほど、材料に加えることができる最大ひずみが小さくなり、結晶粒を微細化するのが困難となる。
【0004】
そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、Ni基耐熱合金の温度が再結晶開始温度未満に低下するまでの間に、1打撃当たりの圧下率が7%以上となる加工を同一箇所で2回以上行うNi基耐熱合金の製造方法が開示されている。
同文献には、再結晶開始温度にある間に複数回の加工を行うと、加工回数が多くなるほど、粒径を均一かつ微細にすることができる点が記載されている。
【0005】
特許文献2には、Ni基合金からなるロッド素材を結晶粒の粒成長が起こる温度よりも低い温度で加熱し、ロッド素材を回転鍛造する方法が開示されている。
同文献には、回転鍛造を利用することにより、非常に均一な結晶粒度、高い引張強さ、良好な延性、及び、優れた応力破断特性を有する材料を製造できる点が記載されている。
【0006】
特許文献3には、Ni基超合金を、加熱温度950℃〜1100℃、圧下率/(加熱温度−鍛造温度)≧0.3の関係を満足する鍛造条件で鍛造を行う方法が開示されている。
同文献には、このような方法により、鍛造後において、均一微細な再結晶組織を得ることができる点が記載されている。
【0007】
さらに、特許文献4には、インゴット由来の予備成形体を回転軸方向鍛造(揺動鍛造)させるスパッタターゲットの形成方法が開示されている。
【0008】
ディスク状の鍛造品は、円柱状の素材を自由鍛造することにより製造することができる。ディスク状の鍛造品を鍛造する方法としては、十字鍛造と放射鍛造がある。
十字鍛造とは、最終製品である鍛造品の直径より長い長さを有する上金敷を用い、上金敷の中心と被鍛材の中心をほぼ一致させ、被鍛材の中心を回転軸として上金敷を間欠的に回転させながら打撃を繰り返す鍛造方法である。
放射鍛造とは、上金敷を被鍛材の外周部に配置し、被鍛材の中心を回転軸として上金敷を間欠的に回転させながら打撃を繰り返す鍛造方法である。
【0009】
十字鍛造は、1回の打撃によって上金敷の直下にある被鍛材の全体に打撃が加えられるので、鍛造完了までのパスが少ないという特徴がある。しかしながら、直径の大きな被鍛材を加工するには、最終製品である鍛造品より大きな上金敷が必要となる。その結果、プレス機械の容量が一定である場合には、加工可能な被鍛材の大きさに限界がある。
【0010】
一方、放射鍛造は、最終製品である鍛造品の半径程度の長さを有する上金敷があれば鍛造可能である。そのため、プレス機械の容量が同一である場合、放射鍛造は、十字鍛造よりも大きな被鍛材を加工することができる。
しかしながら、放射鍛造による場合であっても、プレス機械の容量が一定である場合には、やはり加工可能な被鍛材の大きさに限界がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】特開2008−200730号公報
【特許文献2】特開2000−212709号公報
【特許文献3】特開平07−138719号公報
【特許文献4】特表2007−536431号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明が解決しようとする課題は、プレス機械の容量が一定である場合であっても、実質的に鍛造可能な被鍛材の大きさに制限がないディスク状鍛造品の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために本発明に係るディスク状鍛造品の製造方法は、以下の構成を備えていることを要旨とする。
(1)前記ディスク状鍛造品の製造方法は、
初期直径D、及び、初期高さH(≦D)であるディスク状の被鍛材を載置することができ、かつ、単軸周りに回転可能な下金敷と、
前記被鍛材に対し、単軸上で上下することにより前記被鍛材を圧下することができ、かつ、前記下金敷の中心方向に移動可能な上金敷とを用いて、
前記被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行う多重放射鍛造工程
を備えている。
【0014】
(2)前記上金敷は、打撃面の角部に角落とし処理が施されている。
(3)前記多重放射鍛造工程は、
前記上金敷の見かけの中心方向長さをL、
前記上金敷の見かけの幅をW(≦L)、
前記上金敷の中心方向の長さの実効値(=L−前記角落とし処理の幅×2)をLeff
前記上金敷の幅の実効値(=W−前記角落とし処理の幅×2)をWeff
前記被鍛材の中心から、前記上金敷と前記被鍛材とが接触した時の接触面の内、前記被鍛材の中心から最も遠い位置までの距離をr、
距離rの位置における前記上金敷の見かけの幅をW(r)、
距離rの位置における前記上金敷の幅の実効値(=W(r)−前記角落とし処理の幅×2)をWeff(r)とした時に、
(a)前記上金敷と前記被鍛材とが接触した時の接触面の見かけの中心方向長さ(X)が、X<Leffを満たし、
(b)前記下金敷のk番目(1≦k≦n−1)の打撃と(k+1)番目の打撃の間の回転角度(θk)が、
(W(r)−Weff(r))/2<rθk≦Weff(r)を満たし、
(c)前記上金敷の前記被鍛材の中心方向への移動量(s)が、s<Leff、かつ、
(L−Leff)/2<s<D/4+(L−Leff)/2を満たすように、
前記被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行うものである。
【0015】
本発明に係るディスク状鍛造品の製造方法は、前記多重放射鍛造工程の後に、前記被鍛材の中心部に残った未加工部を十字鍛造する十字鍛造工程をさらに備えていても良い。
【発明の効果】
【0016】
ディスク状被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行うと、相対的に小さな上金敷で相対的に大きなディスク状鍛造品を製造することができる。また、プレス機械の容量が一定であっても、加工可能な被鍛材の大きさに実質的に制限がない。さらに、単に大型の被鍛材を塑性加工できるだけでなく、被鍛材を再結晶させるに十分なひずみを被鍛材に付与することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】ディスク状の被鍛材及びその鍛造に用いられる上金敷の模式図である。
図2】十字鍛造、放射鍛造、及び、多重放射鍛造を説明するための模式図である。
図3】多重放射鍛造及び通常放射鍛造により直径1900mmの鍛造品を製造した時のパス数と圧下荷重との関係を示す図である。
図4】多重放射鍛造により製造された直径1900mmの鍛造品の粒度分布を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. ディスク状鍛造品の製造方法]
本発明に係るディスク状鍛造品の製造方法は、多重放射鍛造工程と、十字鍛造工程と、溶体化処理工程とを備えている。
【0019】
[1.1. 多重放射鍛造工程]
多重放射鍛造工程は、
初期直径D、及び、初期高さH(≦D)であるディスク状の被鍛材を載置することができ、かつ、単軸周りに回転可能な下金敷と、
前記被鍛材に対し、単軸上で上下することにより前記被鍛材を圧下することができ、かつ、前記下金敷の中心方向に移動可能な上金敷とを用いて、
前記被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行う工程
である。
【0020】
[1.1.1. 被鍛材]
被鍛材は、初期直径D、初期高さH(≦D)であるディスク状の形状を持つ。D及びHの絶対値は特に限定されるものではないが、本発明に係る方法は、大型の被鍛材であっても適用することができ、被鍛材の大きさには実質的に制限がない。
具体的には、初期直径D=550mm以上、かつ、初期高さH=400mm以上、あるいは、初期直径D=900mm以上、かつ、初期高さH=630mm以上である被鍛材に対して本発明を適用することができる。
【0021】
本発明において、被鍛材の材料は、特に限定されるものではなく、あらゆる金属材料に対して本発明を適用することができる。
特に、被鍛材は、オーステナイト系材料が好適である。また、被鍛材は、オーステナイト系材料の中でも、Ni基合金が好適である。さらに、被鍛材は、Ni基合金の中でも、Ni基超合金が好適である。
ここで、「Ni基合金」とは、含有元素の中でNiが最大である合金をいう。
「Ni基超合金」とは、Ni基合金の中で、特に耐熱・耐食性の向上を目的として、Al、Ti、その他の合金元素を添加したものをいう。
【0022】
Ni基超合金は、特に、
15.0≦Cr≦17.0mass%、28.0≦Fe≦44.0mass%、
2.8≦Nb≦3.3mass%、1.4≦Ti≦2.2mass%、
0.1≦Al≦0.4mass%、C≦0.06mass%、Cu≦0.3mass%、
Mn≦0.35mass%、Si≦0.35mass%、S≦0.015mass%、
P≦0.02mass%、B≦0.006mass%、及び、Co≦1.0mass%
を含み、残部がNiからなるもの(インコネル(登録商標)706相当)が好ましい。
【0023】
オーステナイト系材料(特に、Ni基合金)は、変形抵抗が大きい。一方、変形抵抗を下げるために、鍛造・リヒート温度を上昇させると、結晶粒が増大する。
これに対し、オーステナイト系材料の熱間鍛造に対して本発明を適用すると、鍛造・リヒート温度を低温化することができる。そのため、変形抵抗が大きくなった場合であっても、被鍛材に相対的に大きなひずみを付与することができる。また、大型の鍛造品(例えば、直径1500mm以上のディスク状鍛造品)を製造する場合であっても、容量の小さなプレス機械を用いて、塑性変形及び結晶粒の微細化を行うことができる。
【0024】
[1.1.2. 下金敷]
下金敷は、初期直径D、及び、初期高さH(≦D)であるディスク状の被鍛材を載置することができ、かつ、単軸周りに回転可能なものからなる。下金敷は、最終製品である鍛造品を載置可能な大きさ以上であれば良い。
【0025】
[1.1.3. 上金敷]
上金敷は、被鍛材に対し、単軸上で上下することにより前記被鍛材を圧下することができ、かつ、下金敷の中心方向に移動可能なものからなる。
上金敷の平面形状は、特に限定されるものではなく、多重放射鍛造によって被鍛材を均一に変形可能なものであれば良い。上金敷の平面形状としては、例えば、長方形、正方形、台形、三角形、円、楕円、などがある。
【0026】
上金敷の打撃面の角部には、角落とし処理(C面取り又はR面取り)が施されている必要がある。角落とし処理が施されていない上金敷を用いて打撃を行うと、角部によって被鍛材が断裂する場合がある。角落とし処理の幅は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。角落とし処理の幅は、通常、5〜200mm程度である。
上金敷は、上金敷に外接する四角形であって、その面積が最小であるもの(外接四角形)の長辺が下金敷(又は、これに載置される被鍛材)の中心方向と略平行となるように配置されていても良く、あるいは、非平行となるように配置されていても良い。
【0027】
[1.1.4. 上金敷の回転角度、及び、径方向への移動量]
図1に、ディスク状の被鍛材及びその鍛造に用いられる上金敷の模式図を示す。図1に示す例において、上金敷の平面形状は長方形になっており、かつ、上金敷の長辺がディスク状の被鍛材の中心方向(半径方向)と略平行となるように配置されている。
【0028】
図1において、Lは、上金敷の見かけの中心方向長さである。「見かけの中心方向長さ」とは、被鍛材の重心と上金敷の重心を結ぶ線に対して垂直方向に引いた平行線であって、上金敷の輪郭に接するように引いた2本の平行線の間の距離をいう。
Wは、上金敷の見かけの幅である。Wは、W≦Lである必要がある。「見かけの幅」とは、被鍛材の重心と上金敷の重心を結ぶ線に対して平行方向に引いた平行線であって、上金敷の輪郭に接するように引いた2本の平行線の間の距離をいう。
【0029】
effは、上金敷の中心方向長さの実効値(=L−角落とし処理の幅×2)である。
effは、上金敷の幅の実効値(=W−角落とし処理の幅×2)である。
角落とし処理の幅は、場所によらず一定であっても良く、あるいは、場所によって異なっていても良い。「角落とし処理の幅×2」とは、上金敷の両側に形成された角落とし処理の幅の和を表し、必ずしも両側の幅が同一であることを意味しない。
図1に示す例において、短辺側の角落とし処理の幅は、長辺側の角落とし処理の幅より長くなっている。また、被鍛材の中心側(紙面の左側)の短辺と外側(紙面の右側)の短辺には、それぞれ、同一幅の角落とし処理がなされている。同様に、紙面の上側の長辺と下側の長辺には、それぞれ、同一幅の角落とし処理がなされている。
【0030】
rは、被鍛材の中心から、上金敷と被鍛材とが接触した時の接触面の内、被鍛材の中心から最も遠い位置までの距離である。
W(r)は、距離rの位置における上金敷の見かけの幅である。
eff(r)は、距離rの位置における上金敷の幅の実効値(=W(r)−角落とし処理の幅×2)である。
上金敷が長方形であり、かつ、上金敷の長辺がディスク状の被鍛材の中心方向と略平行となるように配置されている場合、W=W(r)、Weff=Weff(r)となる。
【0031】
被鍛材に相対的に大きな打ち残し(換言すれば、十字鍛造が困難となるような打ち残し)を生じさせることなく、被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行うためには、以下の条件を満たしている必要がある。
第1に、上金敷と被鍛材とが接触した時の接触面の見かけの中心方向長さ(X)は、次の(a)式を満たしている必要がある。
X<Leff ・・・(a)
ここで、「接触面の見かけの中心方向長さ(X)」とは、被鍛材の重心と上金敷の重心を結ぶ線に対して垂直方向に引いた平行線であって、接触面の輪郭に接するように引いた2本の平行線の間の距離をいう。
(a)式は、上金敷の打撃面の一部を用いて、被鍛材の打撃を行うことを意味する。これにより、1打撃当たりの荷重を軽減することができる。
【0032】
第2に、下金敷のk番目(1≦k≦n−1)の打撃と(k+1)番目の打撃の間の回転角度(θk)は、次の(b)式を満たしている必要がある。
(W(r)−Weff(r))/2<rθk≦Weff(r) ・・・(b)
図1に示すように、「rθ」は、θによって切られる弧の長さ(l)を表す。弧の長さ(l)がWeff(r)より短い時、1周で打ち残しが無くなる。
「(W(r)−Weff(r))/2」は、上金敷の幅方向に形成された角落としの幅の平均値を表す。弧の長さ(l)が角落としの幅の平均値より短い時、実質的に同一箇所を打撃していることになるので、実益がない。
【0033】
「k番目の打撃と(k+1)番目の打撃の間の回転角度」とは、隣接する打撃の間の回転角度を表す。なお、「θn」は、n番目の打撃と1番目の打撃の間の回転角度を表す。
「k」及び「k+1」は、打撃の位置を表し、必ずしも打撃の順序を表さない。すなわち、円周方向に沿って、1番目の打撃、2番目の打撃、3番目の打撃、…n番目の打撃が並んでいる場合、打撃は、この順序で行っても良く、あるいは、これとは異なる順序で行っても良い。例えば、先に奇数番目の位置で打撃を行い、次いで、偶数番目の位置で打撃を行っても良い。
【0034】
第3に、上金敷の前記被鍛材の中心方向への移動量(s)は、次の(c1)式及び(c2)式を満たしている必要がある。
s<Leff ・・・(c1)
(L−Leff)/2<s<D/4+(L−Leff)/2 ・・・(c2)
(c1)式は、上金敷を被鍛材の中心方向へ移動する際、打ち残しを生じさせないようにするために必要な条件である。
「(L−Leff)/2」は、上金敷の中心方向に形成された角落としの幅の平均値を表す。移動量(s)が角落としの幅の平均値より短い時、実質的に同一箇所を打撃していることになるので、実益がない。
(c2)式の右辺は、相対的に大きな打ち残しを生じさせることなく、被鍛材に対して2周以上の放射鍛造を行うために必要な条件である。
【0035】
被鍛材への打撃が被鍛材の外周から中心に向かって2周以上行われ、かつ、上述した条件を満たす限りにおいて、個々の打撃の順序は問わない。
例えば、
(a)被鍛材の外周部において1回目の打撃を行い、
(b)下金敷を回転させることなく、上金敷を被鍛材の内側に移動させ、1回目の打撃に近接した位置で2回目の打撃を行い、
(c)下金敷を回転させると同時に、上金敷を被鍛材の外周部に移動させ、上記(a)の打撃と上記(b)の打撃を繰り返しても良い。
【0036】
しかしながら、多重放射鍛造工程は、
下金敷を間欠的に回転させながら、上金敷を下金敷の中心方向に移動させることなく上金敷を用いて被鍛材を圧下し、被鍛材の円周方向に沿って一様なひずみを与える円周方向鍛造工程と、
上金敷を下金敷の中心方向に移動させる移動工程と
を交互に繰り返すのが好ましい。
また、円周方向に合計n個の打撃が並んでいる場合、打撃は、この順序で行うのが好ましい。
【0037】
未加工領域に打撃を加える場合、上金敷と被鍛材の接触面の面積が大きくなるため、一定のひずみを加えるには、より大きな荷重が必要となる。一方、隣接する領域を逐次鍛造すると、初回の打撃以外は、回転角度(θk)及び/又は移動量(s)に応じて上金敷と被鍛材の接触面の面積が小さくなるので、一定のひずみを加えるのに必要なプレス荷重を小さくすることができる。
【0038】
[1.1.5. 鍛造温度及びリヒート温度]
被鍛材を所定の鍛造温度に加熱した後、被鍛材の温度が鍛造可能な温度を下回るまで、多重放射鍛造が繰り返される。被鍛材の温度が鍛造可能な温度を下回った時には、多重放射鍛造を中断し、被鍛材のリヒートを行う。
本発明に係る方法は、従来の方法に比べて変形抵抗が小さくなるので、被鍛材の温度が従来の方法では鍛造困難な温度まで低下した場合であっても、鍛造を続行することができる。
【0039】
鍛造温度及びリヒート温度は、特に限定されるものではなく、被鍛材の組成や目的とする結晶粒径に応じて、最適な温度を選択することができる。
例えば、被鍛材が上述したNi基合金である場合、ASTM粒度≧#4の組織を安定して得るためには、多重放射鍛造工程における鍛造温度及びリヒート温度は、800℃以上1150℃以下の範囲内にあるのが好ましい。
また、被鍛材が上述した組成を有するNi基超合金である場合、ASTM結晶粒度≧#4の組織を安定して得るためには、多重放射鍛造工程における鍛造温度及びリヒート温度は、950℃以上1030℃以下の範囲内にあるのが好ましい。
【0040】
[1.2. 十字鍛造工程]
十字鍛造工程は、多重放射鍛造工程の後に、被鍛材の中心部に残った未加工部を十字鍛造する工程である。
多重放射鍛造を行う場合において、被鍛材の中心方向への移動量(s)を最適化すると、多重放射鍛造のみにより被鍛材の全体を均一に鍛造することもできる。しかしながら、多重放射鍛造は、従来の方法に比べて鍛造回数が多くなる。そのため、未加工部の面積がある程度小さくなった時には、未加工部を十字鍛造しても良い。
【0041】
[1.3. 溶体化処理工程]
溶体化処理工程は、被鍛材の鍛造(多重放射鍛造、又は、多重放射鍛造+十字鍛造)が終了した後、被鍛材の溶体化処理を行う工程である。
鍛造品によっては、鍛造終了後、そのまま各種の用途に用いることができる。しかしながら、鍛造直後は、一般に結晶粒が不均一になっている。そのため、再結晶により結晶粒の大きさを揃えるためには、鍛造終了後に溶体化処理を行うのが好ましい。
【0042】
一般に、溶体化処理温度が低すぎると、十分な効果が得られない。一方、溶体化処理温度が高すぎると、結晶粒が粗大化する。
最適な温度は、被鍛材の組成や用途により異なる。例えば、被鍛材が上述したNi基超合金からなる場合、ASTM結晶粒度≧#4の組織を安定してい得るためには、溶体化処理温度は、950℃以上1030℃以下が好ましい。
【0043】
[2. 作用]
図2に、十字鍛造、放射鍛造、及び、多重放射鍛造を説明するための模式図を示す。
「十字鍛造」とは、図2の「1」に示すように、被鍛材の中心と上金敷の中心をほぼ一致させ、被鍛材の中心を回転軸として上金敷を間欠的に回転させながら打撃を繰り返す鍛造方法である。十字鍛造は、鍛造完了までのパスが少ないという利点がある。
しかしながら、十字鍛造は、被鍛材と上金敷の接触面積が大きいので、被鍛材の直径が大きくなるほど、より大きな圧下荷重が必要となり、所定の大きさのひずみを加えるのが困難となる。
【0044】
「放射鍛造」とは、図2の「3」に示すように、上金敷を被鍛材の外周部に配置し、被鍛材の中心を回転軸として上金敷を間欠的に回転させながら打撃を繰り返す鍛造方法である。放射鍛造終了後に被鍛材の中央部に未加工部が存在する場合には、図2の「4」に示すように、未加工部の十字鍛造が行われる。放射鍛造は、圧下荷重に余裕がない場合に、上金敷と被鍛材の接触面積を抑制することで、圧下荷重を軽減することができる。
しかしながら、被鍛材の大きさがさらに大きくなると、放射鍛造であっても、より大きな圧下荷重が必要となり、所定の大きさのひずみを加えるのが困難となる。
【0045】
これに対し、「多重放射鍛造」とは、図2の「2」及び「3」に示すように、被鍛材の外周から中心に向かって2周以上放射鍛造を行う鍛造方法である。多重放射鍛造は、被鍛材の中心部の未加工部が無くなるまで行っても良く、あるいは、2回以上の多重放射鍛造を行った後、図2の「4」に示すように、未加工部の十字鍛造を行っても良い。
【0046】
多重放射鍛造は、鍛造時間が劇的に増加するため、被鍛材の温度が低下しやすい。しかしながら、上金敷と被鍛材の接触面積を放射鍛造に比べて小さくすることができる。
そのため、相対的に小さな上金敷で相対的に大きなディスク状鍛造品を製造することができる。また、プレス機械の容量が一定であっても、加工可能な被鍛材の大きさに実質的に制限がない。さらに、単に大型の被鍛材を塑性加工できるだけでなく、被鍛材を再結晶させるに十分なひずみを被鍛材に付与することができる。
【実施例】
【0047】
(実施例1、比較例1)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1]
Ni基超合金からなる直径700mm、高さ1680mmの被鍛材に対し、据込鍛造及び十字鍛造を行い、直径1800mm×高さ450mmのディスクとした。
次に、このディスクに対して、
(a)二重放射鍛造・上面(比較例1の「通常放射鍛造・上面」と同じ鍛造条件)、
(b)二重放射鍛造・下面外周(中心部にφ1100mmの未鍛造領域を残す)、
(c)二重放射鍛造・下面内周(中心部にφ400mmの未鍛造領域を残す)、及び、
(d)十字鍛造(中心部に残った未鍛造領域の十字鍛造)
を行い、直径1900mmの鍛造品を得た。鍛造が終了するまでの間、必要に応じて、被鍛材のリヒートを行った。鍛造温度及びリヒート温度は、それぞれ、980℃とした。
鍛造終了後、室温まで空冷(AC)した。さらに、鍛造品を溶体化処理(ST)温度まで再加熱した。溶体化処理温度は、980℃とした。
【0048】
[1.2. 比較例1]
直径1800mm×高さ450mmのディスク状被鍛材に対し、
(a)通常放射鍛造・上面(実施例1の「二重放射鍛造・上面」と同じ鍛造条件)、
(b)通常放射鍛造・下面(中心部にφ600mm未鍛造領域を残す)、及び、
(c)十字鍛造(中心部に残った未鍛造領域の十字鍛造)、
を行った。鍛造温度は、980℃とした。
【0049】
[2. 試験方法]
[2.1. 圧下荷重]
1パス毎に、圧下荷重を測定した。
[2.2. 結晶粒度]
ASTM E 112に準じた方法により、ASTM結晶粒度を測定した。
【0050】
[3. 結果]
[3.1. 圧下荷重]
図3に、多重放射鍛造(実施例1)及び通常放射鍛造(比較例1)により直径1900mmの鍛造品を製造した時のパス数と圧下荷重との関係を示す。図3より、以下のことが分かる。
(1)上面の鍛造(パス数:〜45)は、実施例1及び比較例1ともに実質的に同一条件で鍛造が行われているので、鍛造荷重にほとんど差は認められなかった。
(2)上面の鍛造が終了した後、被鍛材を反転させ、下面の通常放射鍛造を行った場合、下面の鍛造時(パス数:45〜105)には、圧下荷重が著しく増大した。これは、被鍛材の径拡大に伴い、被鍛材と上金敷の接触面積が増大したためである。
(3)上面の鍛造が終了した後、被鍛材を反転させ、下面の多重(二重)放射鍛造を行った場合、下面外周の鍛造時(パス数:45〜80)と下面内周の鍛造時(パス数:80〜160)のいずれにおいても、著しい圧下荷重の増大は認められなかった。これは、多重放射鍛造により、被鍛材と上金敷の接触面積が減ったためである。
【0051】
[3.2. 結晶粒度]
図4に、多重放射鍛造により製造された直径1900mmの鍛造品の粒度分布を示す。図4中、「1」、「2」及び「3」は、それぞれ、被鍛材の左側の上部、中間及び下部の結晶粒度を表す。「4」、「5」及び「6」は、それぞれ、被鍛材の中央の上部、中間及び下部の結晶粒度を表す。「7」、「8」及び「9」は、それぞれ、被鍛材の右側の上部、中間及び下部の結晶粒度を表す。
図4より、多重放射鍛造による場合であっても、溶体化処理後においてASTM結晶粒度≧#4を達成できていることがわかる。
【0052】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0053】
本発明に係るディスク状鍛造品の製造方法は、ガスタービンディスク、蒸気タービンディスク、コンプレッサーディスクなどの製造方法として用いることができる。
図1
図2
図3
図4