(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6061335
(24)【登録日】2016年12月22日
(45)【発行日】2017年1月18日
(54)【発明の名称】塩酸溶液からのオスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の溶媒抽出分離方法
(51)【国際特許分類】
C22B 11/00 20060101AFI20170106BHJP
C22B 43/00 20060101ALI20170106BHJP
C22B 3/26 20060101ALI20170106BHJP
B01D 11/04 20060101ALI20170106BHJP
【FI】
C22B11/00 101
C22B43/00 102
C22B3/26
B01D11/04 B
【請求項の数】2
【全頁数】8
(21)【出願番号】特願2012-271448(P2012-271448)
(22)【出願日】2012年12月12日
(65)【公開番号】特開2014-25144(P2014-25144A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2015年9月1日
(31)【優先権主張番号】特願2012-136715(P2012-136715)
(32)【優先日】2012年6月18日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】505374783
【氏名又は名称】国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100140109
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 新次郎
(74)【代理人】
【識別番号】100075270
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 泰
(74)【代理人】
【識別番号】100096013
【弁理士】
【氏名又は名称】富田 博行
(74)【代理人】
【識別番号】100092967
【弁理士】
【氏名又は名称】星野 修
(74)【代理人】
【識別番号】100112634
【弁理士】
【氏名又は名称】松山 美奈子
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 祐二
(72)【発明者】
【氏名】三村 均
(72)【発明者】
【氏名】池田 泰久
【審査官】
池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】
特開2010−101641(JP,A)
【文献】
特開2011−047665(JP,A)
【文献】
特開2012−144448(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22B 1/00−61/00
B01D 11/00−12/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I):
CH3−N−(CH2CONR2)2・・・(I)
(式中、Rは炭素数が8個〜12個のアルキル基を示す)
で表されるメチルイミノ−N,N−ビスジアルキルアセトアミドを抽出剤として用いる塩酸溶液からのオスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の溶媒分離方法。
【請求項2】
下記一般式(I):
CH3−N−(CH2CONR2)2・・・(I)
(式中、Rは炭素数が8個〜12個のアルキル基を示す)
で表されるメチルイミノ−N,N−ビスジアルキルアセトアミドを含浸させた樹脂を抽出媒体とする抽出カラムに、オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀を含む塩酸溶液を通液することにより、塩酸溶液からオスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀を抽出分離する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、塩酸溶液からの貴金属の溶媒抽出分離方法に関し、特に、塩酸溶液からオスミウム、イリジウム、パラジウム、白金、金及又は水銀を有機相に抽出分離する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
メチルイミノ−N,N−ビスジアルキルアセトアミド(以下「MIDOA」と略すこともある。)は、2個のアミド基を連結するアルキル基中に窒素原子を含み、2個のカルボニル酸素と窒素で金属と反応できる3座配位性の抽出剤である。本発明者らは、MIDOAが硝酸溶液からのCr、Mo、Pd、Tc、W、Re、Puの抽出剤として有効であることを確認している(特許文献1及び2)。
【0003】
貴金属は、錯体としての安定性や溶解性が高いことから、塩酸溶液として使用されることが多く、塩酸溶液からの貴金属の回収に対するニーズがある。従来の貴金属の精錬法として、金はアマルガム法や青化法が利用されるが、人体に有害な水銀やシアン化合物を利用するため危険性が高い。活性炭への吸着を利用するオスミウムの回収法が提案されているが、吸着法はpH6以上に調整しなければならない(特許文献3)。アルカリ融解を利用するイリジウムの回収法が提案されているが、650℃の高温が融解に必要となる(特許文献4)。パラジウムの回収について陽イオン交換法が提案されているが、pH2−12の領域で塩酸酸性の条件ではない(特許文献5)。白金の回収について、イリジウムと同様に融解後電解回収法があるが、1400℃の高温が必要である(特許文献6)。水銀について、汚染土壌からの回収法が提案されるが、気化させるために、300℃の高温条件が必要である(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2009-114129号公報
【特許文献2】特開2010-101641号公報
【特許文献3】特開平9-137237号公報
【特許文献4】特開2001-64734号公報
【特許文献5】特開平2000-192162号公報
【特許文献6】特開2008-1917号公報
【特許文献7】特開平10-296229号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀を塩酸溶液から回収する方法として、次の課題を解決する必要がある。
溶融法では高温で溶融することが必要であるため、長時間を要し大容量を取り扱うことが困難である。
【0006】
イオン交換法は、反応に長時間を要し、大容量を取り扱うことが難しい。
溶媒抽出法は、これまでに有効な抽出剤の提案がなく、溶媒抽出で塩酸溶液からの
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀を回収する報告例はない。
【0007】
本発明は、
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の精製及び回収の溶解液として有効な塩酸溶液から、pH調整などの処理を必要とせずに、直接、抽出分離できる溶媒抽出分離法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解消すべく鋭意検討した結果、特定の構造を有するアセトアミド化合物が、上記課題を解消しうる抽出剤足りうることを知見し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち本発明は、下記一般式(I):
CH
3−N−(CH
2CONR
2)
2・・・・(I)
(式中、Rは炭素数が8個〜12個のアルキル基を示す)
で表されるメチルイミノ−N−N−ビスジアルキルアセトアミド(以下、この化合物を「MIDAA」という)を抽出剤として用いることを特徴とする塩酸溶液から
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀を直接有機相に抽出分離する溶媒抽出分離方法を提供するものである。
【0010】
MIDAAは以下の特性を有するため、水相から有機相への
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の分配比が高く、塩酸溶液からの
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の抽出分離に適する。なお、分配比とは、[有機相中の金属イオン濃度]/[水相中の金属イオン濃度]を示す。
(1)疎水性が高く、n−ドデカンとの親和性が高く、さらにそれ以外の多くの有機溶媒に溶解可能である。(2)空気中分解や昇華等の反応が起こらず空気中で安定に存在する。さらに、オスミウム、イリジウム、白金、金、水銀との錯体を容易に形成することができる窒素ドナーを含む三座配位子である。(3)炭素、水素、酸素、窒素からなる化合物であり、二次廃棄物の発生量を低減することができる。(4)有機リン化合物、アミン化合物と異なり、毒性が低い。(5)容易に製造できる。
【0011】
上記一般式(I)におけるRの具体例としては、オクチル基、デシル基、ドデシル基等を挙げることができる。オクチル基は廉価であり、分配比が良好であること、ドデシル基は水相から有機相に抽出されない新たな第三相を形成しにくく、抽出分離効率が高い。したがって、本発明において抽出剤として用いられる上記MIDAAの具体例としては、メチルイミノビスジオクチルアセトアミド、メチルイミノビスジデシルアセトアミド、メチルイミノビスジドデシルアセトアミドを挙げることができ、特にメチルイミノビスジオクチルアセトアミドが好ましい。
【0012】
上記MIDAAは、3−メチルイミノ二酢酸を塩化チオニルやジシクロヘキシルカルボジイミドなどの縮合剤を用いて、酸塩化物を生成し、その後、トリエチルアミンなどの存在下でジメチルアミンやジ−n−オクチルアミンなどの二級アミン化合物を氷点下で冷却しながら添加して緩やかに反応させ、得られた生成物を水、水酸化ナトリウム及び塩酸溶液で洗浄し、シリカゲルカラムに繰り返し通して単離精製することで製造することができる。
【0013】
縮合剤の使用量は、3−メチルイミノ二酢酸100質量部に対して100〜120質量部とするのが、3−メチルイミノ二酢酸を十分に反応させることができると一般に考えられる。これより多い場合は反応液内に残分が多く生じるようになり、精製時においても経済性の点からも不都合である。
【0014】
塩素化の反応条件は、アルゴン雰囲気で、塩化チオニルを攪拌しながらゆっくり加える(2〜3時間)。余分な塩化チオニル(沸点79℃)は緩やかに加温することで蒸発させる。また、塩素化に際しては、酢酸エチルなどの溶媒を用いることができる。
【0015】
二級アミン化合物の使用量は、塩素化により得られた化合物100質量部に対して、100〜120質量部とするのが、酸塩化物を十分に反応させると一般に考えられる。これより多い場合は反応液内に残分が多く生じるようになり、精製時においても経済性の点からも不都合である。
【0016】
本発明の溶媒抽出分離方法は、MIDAAを使用する点を除いて通常の溶媒抽出分離方法の手順を用いることができる。
MIDAAをn−ドデカン(溶剤)に溶解し、振とうさせる(液―液混合法)。溶剤としては、ドデカン、オクタノール、ニトロベンゼン、クロロホルム、トルエンなどを用いることができるが、安全性の観点などからn−ドデカンがもっとも好ましい。
【0017】
MIDAAの使用量は、溶液の濃度がモル濃度で0.1〜0.2Mとなるようにするのが好ましい。
塩酸の濃度は、抽出対象によっても異なり、たとえばイリジウムでは塩酸濃度が高くなると分配比が低くなる傾向にあるが、白金、金、水銀では塩酸濃度が高くなる傾向にある。一般的には1M〜6Mの範囲の塩酸濃度が好ましい。
【0018】
MIDAAと処理対象である塩酸溶液との混合比は、処理対象である金属の含有量によっても異なるが、1:1の化学反応を起こすことが把握されており、一般的には0.01:1〜1:0.01(=水相:有機相の容積比)の範囲内とするのが好ましい。
【0019】
振とう条件は、室温ないしは25℃とし、振とう時間は、10分〜20分とするのが好ましい。
本発明の溶媒分離方法には、抽出カラムに貴金属を含む塩酸溶液を通液させるカラム分離も含まれる。抽出カラムの調製は、下記のようにして行うことができる。MIDAAを溶解したアルコールと樹脂を混ぜ、室温で撹拌して樹脂にMIDAAを含浸させる。アルコールとしてはメタノール、エタノールを好適に挙げることができる。アルコール中MIDAA濃度は0.1M程度が好適である。樹脂としてはアンバーライト(登録商標)XAD樹脂(ローム・アンド・ハース社)を好適に挙げることができる。樹脂と溶液の量は、樹脂密度が低く溶液に浮くことを考慮して、アルコール10mlに対して樹脂1〜2gが好適である。その後、固相と液相とを分離して固相のみを回収乾燥し、MIDAA含浸樹脂を得る。MIDAA含浸樹脂を直径1〜10cmのカラムに入れ、抽出カラムとする。抽出カラムに貴金属を含む塩酸溶液を通液して、MIDAA含浸樹脂に貴金属を吸着させて塩酸溶液から回収する。
【発明の効果】
【0020】
本発明の塩酸溶液からの
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の溶媒抽出方法は、pH調整などの前処理が不要で、大容量の溶液処理が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】
図1は、MIDOAによる
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の抽出分配比と塩酸濃度との関係を示すグラフである。有機相は0.1M MIDOA/ドデカン
【
図2】
図2は、0.1 M MIDOA/ドデカンを用いる、3M HClからの高濃度の
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の抽出結果を示すグラフである。
【
図3】
図3は、0.1M MIDOA含浸樹脂を吸着剤として用いた各種金属の分配係数を塩酸濃度に対してプロットしたグラフである。
【実施例】
【0022】
以下、本発明を実施例及び比較例を用いてさらに具体的に説明するが、本発明はこれらに制限されるものではない。
[合成例1]MIDOAの調製
3−メチルイミノ二酢酸(和光純薬製)10gと塩化チオニル20gとを用いて塩素化を行った。溶媒としては酢酸エチルを100g用い、反応条件は、50〜60℃、2〜3時間とした。
【0023】
その後、この反応溶液中にジオクチルアミン20gを5℃以下に冷却しながら2〜3時間かけて添加し、添加終了後、一昼夜反応させた。反応終了後、シリカゲルカラムを用いて単離精製を行い、MIDOAを得た。得られたMIDOAは、無極性溶媒のドデカンに高い溶解性(1.1M以上の濃度の溶液を調製可能)を示した。
【0024】
[実施例1]
有機相として0.1M MIDOA/n−ドデカンを用い、水相として各濃度の塩酸を用いて、Os、Ir、Pt、Au、Hgの溶媒抽出実験を行った。各金属イオンを含む塩酸溶液と0.1M MIDOA濃度のドデカン溶媒を等量ずつ混合、25℃で30分程度振とうして、相分離させた。振とう後の水相及び有機相の金属イオンの分配比を測定した。結果を
図1に示す。図の横軸、縦軸はそれぞれ塩酸濃度と分配比である。なお、分配比は抽出実験後の有機相中の金属イオン濃度を水相中の金属イオン濃度で割った比である。
図1より、Irを除く各元素の分配比は、定量的な回収が可能な分配比10を超えている。最も低いIrでも1.3M以下の濃度のHCl溶液から分配比は10を越えており、1.3Mを越える濃度のHCl溶液であっても多段抽出(例えば、5M HCl溶液では2回繰り返すことで、分配比8×8=16を得る)を行うことで定量的な回収が可能な分配比10を超えることわかる。
【0025】
[実施例2]
Ir、Pt、Auの抽出容量を測定した。10 mM以上の金属イオン濃度を含む3M HCl溶液を用いて、0.1M MIDOA/n−ドデカン溶媒を等量ずつ混合、振とうして、相分離させた。振とう後の有機相の金属イオン濃度を測定した。
図2は、相分離後の有機相の金属イオン濃度と、抽出前の水相の金属イオン濃度とをプロットしたグラフである。有機相中の金属イオン濃度が高いほど多くの金属元素を抽出できることを示す。
図2より、1回の溶媒抽出分離でIrは42.7mM、Ptは27.5mM、Auは18.8mMを抽出可能である。同じ操作を複数回繰り返すことにより、水相中に残存している金属イオンを有機相に抽出分離できることがわかる。
【0026】
[実施例3]
メチルイミノビスジドデシルアセトアミド(以下、「MIDDdA」と略すこともある。)を用いて実施例2と同様に溶媒抽出実験を行った。得られた結果を表1に示す。0.1M MIDDdA/n−ドデカンの有機相を用いて1M HCl溶液からの各元素の分配比は、いずれの元素も定量的な回収が可能な分配比10を超えている。
【0027】
[参考例1]
Pdの塩酸溶液を用いて実施例1〜3と同じ実験を行った。結果を
図1〜2及び表1に併記する。Pdの分配比は非常に高く、1回の溶媒抽出分離で46.6mMを抽出分離できた。
【0028】
【表1】
【0029】
[実施例4]
MIDOAを含浸した樹脂を用いて固液条件での各種貴金属の分配係数(Kd)を求め、塩酸濃度との関係を調べた。
【0030】
XAD2000樹脂(ローム・アンド・ハース社)5gを水約50ml及びエタノール約50mlで洗浄した。洗浄した樹脂1g程度を秤量し、0.1M MIDOA/エタノール溶液約10mlと1時間、室温で振り混ぜた。次いで、デカンテーション及びろ過を行い、樹脂のみを回収して風乾した。回収した樹脂を、Os、Ir、Pt、Au、Hgをそれぞれ含む塩酸溶液に添加して振り混ぜ、金属の分配係数(Kd)を求めた。
Kd=([塩酸溶液中の初期金属濃度]−[振り混ぜ後の塩酸溶液中の金属濃度])/([振り混ぜ後の塩酸溶液中の金属濃度]×[塩酸溶液量])/樹脂量(g)
図3は、各種金属の分配係数を塩酸濃度に対してプロットしたグラフである。Os、Pt、Au、Hgの分配係数は、塩酸濃度が0.1M〜10Mの間でおおむね100を越えており、溶液量を樹脂量の10倍とした場合に樹脂中への金属回収率が90%以上であることを意味する。分配係数が最も低いIrでも、溶液量に対する樹脂量の比率を高めることで回収率を向上させることが可能である。
【0031】
[参考例2]
Pdの塩酸溶液を用いて実施例4と同じ実験を行った。結果を
図3に併記する。Pdの分配係数は、塩酸濃度が低いほど高く、塩酸濃度が高くなるに従って低くなるが、分配係数は10を越えており、溶液量に対する樹脂量の比率を高めることで回収率を向上させることが可能である。
【0032】
図3から、各種貴金属の分配係数が塩酸濃度に依存していることがわかる。このことから、目的の貴金属にあわせて塩酸濃度を調節することで、塩酸溶液から貴金属を抽出できるといえる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
MIDOAは、塩酸溶液中のOs、Ir、Pt、Au、Hgに高い分配比を示し、これらを効率よく抽出分離できる。本方法は、塩酸溶液からの
オスミウム、イリジウム、白金、金又は水銀の回収や精錬の効率を高めることができる。