特許第6061370号(P6061370)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6061370レーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ及びそのレーザー発振可否制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6061370
(24)【登録日】2016年12月22日
(45)【発行日】2017年1月18日
(54)【発明の名称】レーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ及びそのレーザー発振可否制御方法
(51)【国際特許分類】
   H01S 3/102 20060101AFI20170106BHJP
   H01S 3/09 20060101ALI20170106BHJP
   H01S 3/08 20060101ALI20170106BHJP
   H01S 3/17 20060101ALI20170106BHJP
   H01S 3/11 20060101ALI20170106BHJP
【FI】
   H01S3/102
   H01S3/09
   H01S3/08
   H01S3/17
   H01S3/11
【請求項の数】7
【全頁数】16
(21)【出願番号】特願2012-135273(P2012-135273)
(22)【出願日】2012年6月15日
(65)【公開番号】特開2014-3045(P2014-3045A)
(43)【公開日】2014年1月9日
【審査請求日】2015年4月17日
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成23年度、科学技術振興機構、戦略的創造研究推進事業委託事業、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】301023238
【氏名又は名称】国立研究開発法人物質・材料研究機構
(72)【発明者】
【氏名】古海 誓一
(72)【発明者】
【氏名】澤田 勉
【審査官】 林 祥恵
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−279933(JP,A)
【文献】 特開2006−287024(JP,A)
【文献】 古海誓一,”高分子材料によるコロイドフォトニック結晶レーザー”,高分子,2010年 5月 1日,Vol.59,No.5,pp.338-339
【文献】 古海誓一,”自己組織化による有機フォトニック結晶レーザー”,化学工業,2011年 7月 1日,Vol.62,No.7,pp.40-47
【文献】 古海誓一,”自己組織化による有機・高分子フォトニック結晶レーザーの創製”,第60回高分子討論会予稿集,2011年 9月13日,Vol.60,No.2,pp.2176-2178
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01S 3/00−3/30
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
2つのフォトニック結晶膜の間に発光特性と所定の波長の光と前記所定の波長とは異なる他の所定の波長の光の交互照射により吸光率が夫々増大及び減少するフォトクロミック特性との両者を有する層を配置して前記層の吸光度を変化させることにより、光励起によるレーザー発振可否を制御可能とした、レーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ。
【請求項2】
前記フォトニック結晶膜の反射波長バンド内に前記フォトクロミック特性により吸光率が変化する波長バンド及びレーザー発振波長が入る、請求項1に記載のレーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ。
【請求項3】
前記層はフォトクロミック材料と発光物質とを含む、請求項1または2に記載のレーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ。
【請求項4】
前記層は、前記フォトクロミック物質と前記発光物質とをその中に分散させたポリマーを含む、請求項3に記載のレーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ。
【請求項5】
前記フォトニック結晶膜はコロイド結晶膜である、請求項1から4の何れかに記載のレーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティ。
【請求項6】
請求項1から5の何れかに記載のレーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーに前記所定の波長の光を照射してフォトクロミック反応を起こすことにより、前記層の吸光度を増大させてレーザーキャビティのレーザー発振を抑止し、
前記レーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーに前記所定の波長の光とは異なる他の所定の波長の光を照射してフォトクロミック反応を起こすことにより、前記層の吸光度を減少させてレーザーキャビティのレーザー発振を促進する、レーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティのレーザー発振可否制御方法。
【請求項7】
前記所定の波長の光の照射と前記所定の波長の光とは異なる他の所定の波長の光の照射の少なくとも一方は前記レーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティの発光面の任意の領域に局所的に光の照射を行うことにより、前記発光面のレーザー発振を前記任意の領域内で抑止しまたは促進する、請求項6に記載のレーザー発振可否制御可能フォトニック結晶レーザーキャビティのレーザー発振可否制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は特許文献1などに記載のコロイド結晶レーザーキャビティに代表されるフォトニック結晶レーザーキャビティの改良に関し、特定的には、光照射によってレーザー発振をオン・オフ切替でき、更にはレーザー発振のオン・オフ切替は、レーザー全体だけではなく、例えば数μm程度の大きさの領域などの微細パターンの単位で切替できるフォトニック結晶レーザーキャビティに関する。ここで、フォトニック結晶レーザーキャビティとは、フォトニック結晶を反射鏡として使用したレーザーキャビティを意味する。なお、本願ではレーザー媒体まで含んだ概念としてこの用語を使用する。
【背景技術】
【0002】
フォトニック結晶(photonic crystal、PC)は次世代の光電子工学の有望な構造体として大きな注目を浴びてきた。それは、PCは、微小空間における光子だけではなく、光子−物質の相互作用を自由自在に制御できる可能性を持っているからである(非特許文献1〜3)。PCとは、互いに異なる誘電体媒体が光の波長程度の長さの周期性を持った構造を指し、これによって光子に対する禁止領域が分散スペクトル中に出現する。このような特定の領域は、現在フォトニックバンドギャップ(PBG)として知られている。三次元(3D)−PCは、PGB由来のある特定の波長範囲内で、あらゆる方向の光の伝播を完全に禁止するという完全なPBGを持つことができる(非特許文献4〜6)。しかしながら、3D−PCの製造方法はほとんどが微細加工技術によって作製されるので、作製プロセスが煩雑である。それは、これら微細加工技術はプロセスの分解能、製造プロセス、及び高価格の設備に起因する課題があり、簡便に作製することはできない。
【0003】
このような状況において、コロイド結晶(colloidal crystal、CC)、すなわちポリマー、シリカ等の単分散コロイド微小粒子(monodispersed colloidal microparticles)の3D規則的配列構造、はこれらが入手容易でありまた生産性がよいことから3D−PCとして利用できると期待されている(非特許文献7〜16)。CCの最も魅力的な点は、コロイド微小粒子は基板上でコロイド懸濁流体から3D−PC構造を自己組織化することができることである。従って、CCは簡単、低コストかつ大規模に作製することができる。微小粒子の直径が数百nmである場合、一様なCC膜では、Braggの方程式に従った可視反射色としてPBGを観測することができる。Bragg反射波長を決めるのはコロイド微小粒子の直径だけではなく、誘電体材料の屈折率及び微小粒子の充填率も影響する。このCCの研究について、これまでの研究例を調査してみると、重力沈降、垂直デポジション等によって高品質のCCを製造するための方法論が確立されている(非特許文献7〜16)。実際のフォトニックデバイスの観点からは、主なCCの研究は、温度、標的の分子やイオン、光エネルギー、電磁界等のような外部刺激の変化によって反射波長をシフトさせることができる様々な光センサー及びディスプレイの開発であった(非特許文献7〜16)。
【0004】
これまでに本願発明者等は、低閾値光励起による柔軟なポリマーレーザーデバイスというCCの新たな用途の可能性を見出した(特許文献1、非特許文献17)。このCCレーザー(CC−L)キャビティ構造は一対のポリマーCC膜の間に組み込まれた発光面欠陥を含む。このCC−Lキャビティを低閾値パワーで光励起することで、PBG由来の波長領域に対応するCC膜の反射バンド内で単一の非常に狭いレーザー発振ピークが生じる。このような低閾値レーザー発振は、PBG内に局所化された欠陥モードによるもので、発光フォトンをCC−Lキャビティ内にうまく閉じ込めることによって実現されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、フォトニック結晶レーザーキャビティの可能性を更に広げることであり、具体的には事前の光照射によってレーザー発振を制御できるフォトニック結晶レーザーキャビティを与えることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一側面によれば、フォトニック結晶膜の間に発光特性とフォトクロミック特性の両者を有する層を配置した、スイッチング可能フォトニック結晶レーザーキャビティが与えられる。
ここで、前記フォトニック結晶膜の反射波長バンド内に前記フォトクロミック特性により吸光率が変化する波長バンド及びレーザー発振波長が入ってよい。
また、前記層はフォトクロミック材料と発光物質とを含んでよい。
また、前記層は、前記フォトクロミック物質と前記発光物質とをその中に分散させたポリマーを含んでよい。
また、前記フォトニック結晶膜はコロイド結晶膜であってよい。
本発明の他の側面によれば、前記スイッチング可能フォトニック結晶レーザーに所定の波長の光を照射してフォトクロミック反応を起こすことにより、前記層の吸光度を増大させてレーザーキャビティのレーザー発振を抑止し、前記スイッチング可能フォトニック結晶レーザーに前記所定の波長の光とは異なる他の所定の波長の光を照射してフォトクロミック反応を起こすことにより、前記層の吸光度を減少させてレーザーキャビティのレーザー発振を促進する、スイッチング可能フォトニック結晶レーザーキャビティのスイッチング方法が与えられる。
ここで、前記所定の波長の光の照射と前記所定の波長の光とは異なる他の所定の波長の光の照射の少なくとも一方は前記スイッチング可能フォトニック結晶レーザーキャビティの発光面に局所的に光の照射を行うことにより、前記発光面のレーザー発振を所望のパターンで抑止しまたは促進してよい。
【発明の効果】
【0007】
本発明では、事前の光照射によってレーザー発振をオン・オフ切替できる。更には、レーザー発振のオン・オフ切替は、レーザー全体だけではなく、例えば数μm程度の大きさの領域などの動的に形成された微細パターンの単位で切替えることも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】本発明のデバイスの概念的な説明図。微小パターン化されたレーザーの動的な光スイッチングは、一対のコロイド結晶膜の間にフォトクロミックな発光平面欠陥(photochromic light-emitting planar defect)(「発光層」とも呼ぶ)を有するコロイド結晶レーザー(CC−L)キャビティによって実現される。フォトクロミックな発光平面欠陥は、流体ホストオリゴマーとしての光架橋性のあるエトキシ化トリメチロールプロパントリアクリレート(ETT)マトリックス中に溶解したフォトクロミックなジアリールエテン誘導体(BDTH)及び発光性のピロメテン錯体(PM)からなる。BDTHを313nmと530nmの波長の光で交互に照射することにより、開放形態(BDTH−O)と閉形態(BDTH−C)の間でのフォトクロミック反応が起こる。発光するPMは高い蛍光量子収率を持つ効率の良い蛍光発光特性を示す。直径が約210nmのポリスチレン微小粒子のCC膜をポリ(ジメチルシロキサン)(PDMS)マトリックによって安定化した。
図2】(A)PDMSマトリックスで安定化した合成PS微小粒子のCC膜の走査型電子顕微鏡(SEM)像。差し込み図は、エマルジョン重合によって合成した単一のPS微小粒子の個別のSEM像。(B)PS/PDMSのCC膜の理論的な反射スペクトル(上側)、及び実験に基づく局所的反射スペクトル(下側)を示す図。理論的な反射スペクトルはスカラー波近似(scalar-wave approximation、SWA)技法を使用して計算した。実験では、局所反射スペクトルの測定領域はCC膜中で約100μmの半径に局限した。差し込み図はPS/PDMS CC膜の反射イメージの顕微鏡写真。
図3】(A)BDTH/PM膜の初期状態の吸収スペクトル(スペクトルa:黒色細実線)、波長313nmでの紫外光照射の光定常状態における吸収スペクトル(スペクトルb:破線)、及び波長530nmでの可視光照射の光定常状態の吸収スペクトル(スペクトルc:灰色太線)を示す図。差し込み図は293nm付近の吸収スペクトルを示す。BDTH/PM膜の吸収スペクトル変化は313nmの光だけでなく530nmの光についても照射中に等吸収点なしで進行することに注意されたい。(B)BDTH/PM膜の初期状態の蛍光スペクトル(黒色細実線)、波長313nmの光の照射後の光定常状態の蛍光スペクトル(スペクトルb:破線)、及び波長530nmの光の照射後の光定常状態の蛍光スペクトル(スペクトルc:灰色太線)を示す図。これらの蛍光スペクトルはXeランプからの波長470nmの光の励起によって測定した。
図4】(A)470nmの波長の光励起によるフォトクロミックな発光BDTH/PM平面欠陥を使ったCC−Lキャビティからの顕微鏡的発光スペクトルであり、スペクトルaはパルスエネルギーが29nJ/パルスの場合、スペクトルbはパルスエネルギーが38nJ/パルスの場合を示す。スペクトルaは発光強度軸方向に8倍してスペクトルの形状が見えるようにしている。灰色の上向き矢印はSWAの結果を使用して計算されたCC−Lキャビティ中の欠陥モードの理論波長を表す。差し込み図は560nm付近のレーザー発振の高分解能スペクトルを示す。(B)波長470nmの光による光励起のパルスエネルギーの関数としてのCC−Lキャビティの約560nmにおける発光エネルギーの変化を示す図。このCC−Lキャビティは、淡灰色の正方形でプロットした変化のグラフについては事前に波長313nmの光照射を行い、また濃灰色の円でプロットした変化のグラフについては事前に波長530nmの光照射を行って光定常状態になったものである。(C)CC−Lキャビティからのレーザー発振の微小パターン化された像である。このCC−Lキャビティは、図10に示す各種のフォトマスクを介して313nmの波長の光で照射することによって事前にパターンを書き込んでおいたものである。470nmの波長の光による光励起は5倍の対物レンズを通して行い、直径が約145μmの円形のスポットをCC−Lキャビティ上に得た。減光フィルター(NDフィルター)を使用して発光強度を減衰させて、明瞭な顕微鏡像を得た。
図5】本実施例で使用した顕微鏡システムの概略構成図。本システムはCC−Lキャビティの局所反射及び発光スペクトルの測定だけではなく、その顕微鏡光像のその場観察(in-situ observation)にも使用した。CC−Lキャビティの局所反射スペクトルは落射投光管及び対物レンズを介して測定した。局所反射スペクトルは、Nd:YAGレーザービームを備えた光学パラメーター式発振器(optical parametric oscillator、OPO)からのパルス化された波長470nmの光を使った光励起によって得られた。
図6】(A)単独でETTに溶解したBDTHの膜を313nmの波長の紫外光で照射した場合(上側のグラフ)及び530nmの波長の可視光で照射した場合(下側のグラフ)の吸収スペクトルの変化を示すグラフ。差し込み図は293nm付近で拡大したスペクトル変化を表す。吸収スペクトルは313nm光の場合だけではなく530nm光の場合にもその照射の過程の間、等吸収点を持ちながら吸収スペクトルが連続的に変化することに注意されたい。この事実はETT中でBMTHが凝集していないことをはっきりと示している。(B)単独でETT中に溶解したPMの膜の吸収スペクトル(波線)及び蛍光スペクトル(実線)を示すグラフ。
図7】波長313nmの光照射時間(網掛けのない領域)及び波長530nmの光の照射時間(網掛けによって灰色になっている領域)の関数としての、BDTH/PM膜の絶対蛍光量子収率(ΦFL)(白丸のプロット)及び580nmにおける吸収(黒丸のプロット)の連続変化を示すグラフ。313nmの波長の光の照射により580nmに吸収が現れるのは、BDTH−OからBDTH−Cへの光環化によるものであり、これによってPMからのΦFLの減少が起こると考えることができる。
図8図1に概略的に示されるところのPS/PDMS CC膜の対の間に局在化されたBMTH/PMのフォトクロミックな発光欠陥の断面SEM像の拡大図。
図9】フォトクロミックな発光BDTH/PM平面欠陥を有するCC−Lキャビティの、光学的に励起されたレーザー発振の前(左側)及び後(右側)の顕微鏡発光像の写真。470nmの波長の光による光励起は、20倍の対物レンズを通して行われ、CC−Lキャビティ上に直径が約36μmの円形のスポットを得た。
図10】実施例で使用した各種のフォトマスクの顕微鏡で見た透過像。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下の説明ではCCによりフォトミック結晶を代表させて説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。フォトニック結晶には、例えば非特許文献12で解説しているように、1次元、2次元、3次元フォトニック結晶がある。1次元フォトニック結晶には誘電体多層膜やコレステリック液晶等がある。2次元フォトニック結晶としては、ガラスキャピラリー膜やポーラスアルミナ膜等が挙げられる。3次元フォトニック結晶には、例えばCCがある。さらに、最近では、ブロックコポリマーという特殊な合成高分子により1次元、2次元、3次元フォトニック結晶を形成できることが知られている。レーザー共振のための鏡として、特定の波長範囲を反射できるこれらフォトニック結晶の膜を利用できる。従って、本発明は任意のフォトミック結晶を使用したレーザーキャビティ全てを包含するものであることに注意されたい。
【0010】
本発明の一実施例に拠れば、図1に示すような、一対の一様なポリマーCC膜の間に新規なフォトクロミックな発光平面欠陥を有するCC−Lキャビティが提供される。ここで、「フォトクロミックな発光平面欠陥」とは、平面欠陥(本発明の文脈では結晶コロイドレーザーの発光層)であって、かつフォトクロミック特性を有するものを意味する。本発明ではレーザー共振器であるミラーとして機能するCC膜の間に置かれたレーザー媒質である発光層のゲインを、この発光層が併せ持っているフォトクロミック特性を使って制御することで、レーザー共振の可否を制御できるようにする。具体的には、発光層の発光スペクトルの光に対する吸光度をフォトクロミック特性によって変化させることにより、特定波長の光照射によってこの吸光度を低下させた場合にはレーザー発振が起こるようにし、逆にこの吸光度が高くなるようにしたときにはレーザー発振が起きないか、あるいは起こりにくくする。更に具体的には、発光層に所要の発光特性を有する物質と所要のフォトクロミック特性を有する物質とを含ませることでレーザー発振のスイッチングを実現できる。
【0011】
また、本発明の上述した原理から、このようなスイッチングは発光層全体に対して一様に行うことができるのはもちろん、上述したフォトクロミック特性を利用した吸光度の制御を発光層に対して局所的に行うことにより、CC−Lから所望のパターンのレーザー発振が得られるようにすることができる。このようなパターン化された発光は、事前に所望パターンに対応した電極を埋め込んでおくとか、レーザー光学系にパターンを切っておくなどの加工を施しておく必要は全くなく、フォトクロミック反応を起こす光を所望のパターンで照射するだけでよい。従って、レーザー装置を作製する際に準備しておかなくても、必要に応じて任意のパターンでレーザー発振を行うことができる。また、この発光パターンは非常に微細な形状を持たせることができる。
【0012】
なお、発光層がフォトクロミック特性を持っていない単純なCC−Lの構造や動作は、例えば特許文献1で詳細に説明されているなど良く知られていることであるため、以下ではこれらについての詳細な説明は省略する。
【実施例】
【0013】
以下、実施例により本発明を更に具体的に説明する。なお、以下の実施例はあくまでも本願発明の理解を助けるための例として提示されたものであり、本願発明を限定するものでないことに注意する必要がある。
最初に、高い配列構造を示すCC膜を作製するために、水中でミセル集合体を形成できるドデシル硫酸ナトリウム(sodium dodecyl sulfate、SDS)の存在下で、スチレンモノマーのエマルジョン重合を行うことによって、単分散ポリスチレン(PS)微小粒子を合成した。合成されたPS微小粒子の直径は、SDSの化学量論的濃度によって精密に制御した。SDS濃度が3.47mMで重合を行ったとき、合成されたPS微小粒子は、図2(A)の差込図に示すように、走査電子顕微鏡レベルでほとんど真球形状で、直径はほぼ210nmであった。
【0014】
合成したPS微小粒子を使用し、水性コロイド懸濁液のシリコンオイルによる自然乾燥技術によって一様なCC膜を作製した(非特許文献18)。CC膜が完全に自己組織化された後、ポリジメチルシロキサン(poly(dimethylsiloxane)、PDMS)前駆体の溶液をPS微小粒子間の空隙に浸透させた。最後に、熱重合によってPDMS前駆体を実質的に固定してPS/PDMSの平坦で安定なCC膜を得た。顕微鏡レベルでの光学特性を評価するため、図5に示す光学装置を作成して、CC膜の局所反射スペクトルを測定し、また反射顕微鏡像をその場で観察した。作製直後のCC膜は550nmから570nmの波長範囲でPBGの特徴的な反射バンドを示した。同時に、この反射はピーク強度で約60%に達した(図2(B)のスペクトルa)。観察された顕微鏡的な反射色は明瞭な緑色であった(図2(B)の差込図)。更に、走査型電子顕微鏡(SEM)で観察することで、PS粒子の秩序のある顕微鏡スケールのCC構造を評価することができた。SEMによる観察の結果、このCC膜はPS微小粒子の最密充填構造を有することがわかった(図2(A))。その格子間隔及び膜厚はそれぞれ195nm及び約14μmであった。PS/PDMS CC膜の理論的反射スペクトルはスカラー波展開法(SWA)をCC膜の格子間隔や厚さ、及びPS及びPDMSの屈折率のような実験値と組み合わせることによって計算できる(図2(B)のスペクトルb)。その結果の理論的なスペクトルはそれに対応する実験のスペクトルとかなり似た外観となった。具体的には、理論的な反射波長及びバンド幅は、実験結果と非常によく一致した。
もちろん、CC膜は他の材料を使用して作製することができる。また、単分散微細粒子として、物質ではなく、単分散の空孔を使用することもできるが、本願では空孔も粒子の一つの形態として取り扱う。
【0015】
一方、図1に示すCC−Lキャビティ中のフォトクロミックな発光材料については、以下の四種類の化合物を使用した:
1,2−ビス[2−メチルベンソ[b]チオフェン−3−yl]−3,3,4,4,5,5−ヘキサフルオロ−1−シクロペンテン(1,2-bis[2-methylbenzo[b]thiophen-3-yl]-3,3,4,4,5,5-hexafluoro-1-cyclopenene、BDTH)(フォトクロミック特性を有するジアリールエテン化合物として)、
1,3,5,7,8−ペンタメチル−2,6−ジエチルピロメテン−ジフルオロボレート錯体(1,3,5,7,8-pentamethyl-2,6,-diethylpyrromethene-difluoroborate complex、PM)(発光化合物として)、
エトキシ化トリメチロールプロパントリアクリレート(ethoxylated trimethylolpropane triacrylate、ETT)(流体ホストオリゴマーとして)、及び
ビス(2,4,6−トリメチルベンゾイル)フェニルホスフィンオキサイド(bis(2,4,6-trimethylbenzoyl)phenylphosphine oxide、BPO)(光重合開始剤として)。
当然のことであるが、上に挙げた物質は説明用の一つの例であって、他にも多様な物質を使用できる。
例えば、BDTHはジアリールエテンと呼称される代表的なフォトクロミック物質であるが、これ以外にも、アゾベンゼン、スピロピラン、フルギド、ビオロゲン、スピロピリミジン、インジゴ、クマリン、スチルベンという多様なフォトクロミック物質が知られており、これらのうちで所要の特性を満たすものから任意に選択して使用してよい。
また、発光物質としては、これに限定されるものではないが、発光性有機色素を使用する場合には、ローダミン640(エキシトン)、4−ジシアノメチレン−2−メチル−6−(p−ジメチルアミノスチリル)−4H−ピラン、クマリン、フラン、フロオレセイン、パイロメタン、ピリジン、オキサジン、キトンレッド等の多くの色素を使用することができ、またこれらの色素の多くは広く市販されている。もちろん、発光物質としては有機色素以外のものでもよい。
【0016】
本願ではBDTHをフォトクロミック化合物として選択した。それは、313nmの紫外(UV)光と530nmの可視光の切り替え照射に対して卓越した双安定性を示し、その結果、開放リング形態(open-ring form)(BDTH−O)と閉リング形態(closed-ring form)(BDTH−C)との間でフォトクロミック反応が起きる(図1)。その初期状態では、400nmより上の波長では固有のモル吸収係数がないため、BDTH−Oは光学的に高度の透明性を示す(図6(A)の上側のグラフ)。BDTH−Oを波長が313nmの光で照射すると、約580nmにおけるブロードな吸収バンドで強度が継続的に大きくなっていくことが観察された。これは、Woodward-Hoffmann則に従ったBDTH−OからBDTH−Cへの光環化の結果である。その後、530nmの光照射による光環化で、着色したBDTH−Cを元の無色のBDTH−Oに戻すことができた(図6(A)の下側のグラフ)。BDTHの際立った特徴として、BDTH−OとBDTH−Cの両者とも、他のジアリールエテン化合物と比較して、440nm付近に弱い強度の吸収バンドを示す(非特許文献20)。発光化合物として、高いモル吸光係数と高い蛍光量子収率をもっている、PMのピロメテン錯体を使用した。PMは高い蛍光量子収率を呈するので、効率的なレーザー帰還効果が期待できる(非特許文献24〜26)。このPMは520nm及び542nmにそれぞれ特徴吸収バンド及び蛍光バンドを有していた(図6(B))。542nmにあるPMの蛍光スペクトルバンドは約580nmにあるBDTH−Cのブロードな吸収バンドとかなり重なる(図6(A),(B))。従って、PMの蛍光強度はBDTH−Cの吸収によって抑制される可能性がある。この予備的な結果を考慮すれば、PMに適量のBDTH−Cを添加すれば、BDTHのフォトクロミック反応(非特許文献20〜23)によってPMの蛍光強度の可逆的な光スイッチングが起こるようにできると予測できる。
【0017】
BDTHとPMとの混合物の基底状態及び励起状態における基本的性質を解明するため、313nmと530nmの光の交互照射による吸収及び蛍光スペクトルの変化を測定した。ここで、BPOが入った光架橋可能なETTマトリックスに1.0重量%のBDTHと0.25重量%のPMを混合することによって、フォトクロミックな発光BDTH/PM膜を準備した。吸収スペクトルの変化を図3(A)に示す。先ず、作製後のBDTH/PM膜は、BDTH−O及びPMの電子吸収によりそれぞれ268nm及び520nmに中心を持つ二つのブロードなバンドを示した(図3(A)のスペクトルa)。これに313nmの光を照射した後では、BDTH−OからBDTH−Cへの光環化反応により、377nm及び580nmに新たな二つの吸収バンドが徐々に現れてくることを見出した(図3(A)のスペクトルb)。これらの結果を精査した結果、吸収スペクトルの変化は、313nmの光の照射の間に、295nm付近において等吸収点が存在しない状態で進行することが分かった(図3(A)の差込図)。この結果は、基底状態におけるBDTHとPMとの間の強い分子間相互作用を示している。その後、530nmの光照射により、BDTHの光開環反応に基く吸収バンドの単調減少が起こり、最終的には吸収強度は初期状態で観測された値に近いものに戻る(図3(A)のスペクトルc)。
【0018】
蛍光スペクトル測定により、励起状態にある芳香族残基間の分子間相互作用に関する貴重な情報が得られ、モノマー、エキシマー及び励起錯体(exciplex)の蛍光から固有発光種がわかる。蛍光スペクトルの変化を図3(B)に示す。初期状態のBDTH/PM膜は548nmに最大波長(λFL)を有する蛍光スペクトルを示し、そこで絶対蛍光量子収率(ΦFL)は0.25であった(図3(B)のスペクトルa)。PM単独でETTに溶解した膜はλFLが542nmのモノマー蛍光バンドを示す(図6(B))ことに注意されたい。BDTH/PMについてのλFLが6nmシフトするというこのような深色移動(bathochromic shift)はPMとBDTHとの励起錯体が形成されたとして合理的に説明することができる。その後、313nmの光で照射すると、PMの蛍光強度が低下し、ΦFLは最終的には光定常状態(photostationary state)において最小値0.01を取るという極めて低い値になった(図6(B)のスペクトルb)。この実験的に得られた事実により、PM(ドナー)からBDTH−C(アクセプタ)への分子間エネルギー移動による強い蛍光抑制(fluorescence quenching)が可能になる。照射光を313nmから530nmに変化させると、蛍光の強度は逆に大きくなり、それにともなってΦFLの値が0.29へと大きくなった(図3(B)のスペクトルc)。興味深いことに、照射光を313nmから530nmへ変化させた後のλFLは542nmと短い方へシフトした(図6(B))。この結果は、初期状態の膜中のPMとBDTHとの励起錯体はBDTHのフォトクロミック反応によって分離され、モノマーのPMが形成されることを示唆している。この解釈は以下の実験結果と良く一致している。照射光を313nmから530nmへと変化させた後のBDTH/PM膜のΦFL値(ΦFL=0.29)は、初期状態の値(ΦFL=0.25)よりも高いが、これはモノマー蛍光は通常はΦFL値が高いからである。次に、ΦFL及び580nmにおけるBDTH/PM膜の蛍光量子収率の繰り返し変化を、光照射の波長を313nmと530nmで繰り返し切り替えながら測定し、これらの値を全照射時間(秒)の関数として求めた(図7)。このグラフは、繰り返し照射の間のΦFLと580nmにおける吸収率は同期していることを示している。313nmの光照射を行うと、580nmにおける吸収率は増加し、ΦFL値が減少する。一方で、530nmの光照射に替えると、580nmにおける吸収率は減少し、ΦFL値が増加する。これらの変化は可逆的であった。このようにして、BDTHのフォトクロミック反応を利用して313nmと530nmの光を交互に照射することによってPMの蛍光強度を光で切り替えることを実現した。
【0019】
図1に示すような本願の実施例のCC−Lキャビティによる効率的なレーザー帰還を達成するため、以下の重要な要件を検討する必要がある。つまり、膜の反射バンドは平面欠陥中のBDTH/PMの光学利得スペクトル(optical gain spectrum)と十分に重なることが必要である(非特許文献17)。通常は、光学利得スペクトルは蛍光スペクトルと相似なスペクトル形状を有している。反射スペクトルと蛍光スペクトル(図2(B)及び図3(B))とを比較すると、十分に重なっていることから、PS/PDMS CC膜とDBTH/PM平面欠陥との組み合わせは効率的なレーザー帰還効果に適切であることを再確認した。これに基き、二枚のPS/PDMS CC膜の間に厚さが約2.7μmのフォトクロミックな発光BDTH/PM欠陥を有するCC−Lキャビティを作製した。その断面SEM写真を図8に示す。
【0020】
CC−Lキャビティの顕微鏡的領域からのレーザー放射の特性を、光パラメトリック共振器(optical parametric oscillator、OPO)を備えたNd:イットリウムアルミニウムガーネット(Nd:YAG)レーザービームからの470nmの光で光励起することで評価した。このレーザーは光学顕微鏡用の落射投光管に直接入る(図5、詳細は後述)。発光スペクトルの変化を図4(A)に示す。29nJ/パルスのパルスエネルギーで光励起を行うことで、BDTH/Mの発光スペクトル(図4(A)のスペクトルa)に特異な変異、つまり、ブロードな発光スペクトルはCC膜の反射バンド(図2(B))の範囲内では顕著に抑制されるという特徴的な発光スペクトルを観測できた。この実験結果は、CC膜の反射バンドはPBGとして働き、平面状欠陥からのフォトン放射をこのCC−Lキャビティの垂直方向へ強く拘束することを示唆している。励起エネルギーが36nJ/パルスまで増加すると、約560nmに単一の狭いレーザー発振ピーク(図4(A)のスペクトルb)が観察された。更に、顕微鏡的放射イメージはレーザー発振の前後で大幅に変化し、レーザー発振前は、淡い緑色の発光であったのに対して、レーザー発振すると輝度の強い発光に急変した(図9)。このレーザー発振はCC膜の反射バンド内で発現したので、レーザー発振のメカニズムとしてCC膜の欠陥モードによるものと考えられる(非特許文献17)。発振条件を考慮することにより、BDTH/PM平面欠陥の厚さ及び屈折率を使ったCC膜のSWA結果を使用することで、CC−Lキャビティの欠陥モードの理論波長を計算することができた。簡単に説明すれば、PBG内の光の波はEPBG(x)=CPBG−qxcos(Gx/2+δ)と表現することができる。ここで、CPBGは振幅係数を表し、またqは波動ベクトルの虚数部、Gは逆波動ベクトル(reciprocal wave vector)、δはギャップモードについての位相差である(非特許文献19)。欠陥モードはCC膜間に形成された定在波である。従って、平面欠陥中の光波はE(x)=Ccos(kx)またはC’sin(kx)、と記述できる。ここで、C及びC’は振幅係数であり、kは波動ベクトルである。欠陥モードピークはBDTH/PM平面欠陥とPS/PDMS CC膜との間の界面におけるE(x)及びdE(x)/dxの連続性によって決まる。この計算のため、BDTH/PM平面欠陥の厚さ及び屈折率は、実測値であるそれぞれ約2.7μm及び1.54を採用した。その結果、理論上の波長562nmは本願実施例のCC−Lキャビティのレーザー発振ピークの経験上の値である560nm(図4(A)の灰色の上向き矢印)と非常に良く一致した。このような単一レーザー発振ピークは、CC−Lキャビティの自由スペクトル範囲(free spectral range、FSR)がCC膜のPBF波長領域よりも広いという事実によるものである。
【0021】
このレーザー動作段階で、高分解能発光スペクトルを測定した(図4(A)の差込図)。これにより、スペクトル線幅(Δλ)が0.16nmと狭いことを見出した。一般に、キャビティのQ値はQ=λ/Δλで表される。ここでλはレーザー発振波長を表す。このレーザー発振スペクトルから、Q値は3.5×10と見積もることができた。本願発明者等の知る限り、このQ値は、これまで報告されている他のCCのQ値よりも高い。このような高いレーザー発振性能は、BDTH/PM平面欠陥の発光のフォトンがCC−Lキャビティ内に効率的に閉じ込められていることを示唆している。
【0022】
BDTH/PMでの蛍光強度が光スイッチング可能であること(図3(B))を利用し、313nmと530nmの光を交互に照射することによって、CC−Lキャビティからのレーザー動作を制御してみた。レーザー帰還効果についての470nm光の励起エネルギー(あるいはピークパワー)の閾値を決めるため、光励起のパルスエネルギーを増加させながら、約560nmのレーザー動作波長における発光強度の変化を調べた。事前にCC−Lキャビティに530nmの光を照射しておいた場合、470nmの光励起により、低い閾値エネルギーで単一のレーザー発振ピークを観察することができた(図4(B)の濃灰色の丸印のプロット)。励起エネルギーが36nJ/パルスを越えると、発光が著しく大きくなると同時に、スペクトルの線幅が0.16nmと狭くなった。この結果、閾値励起ピークパワーは約590kW/cmであると計算された。この閾値励起パワーは、これまで報告されている他のCC(非特許文献27〜33)と比較して相当に小さい。この観察結果とは対照的に、313nmの光で事前に照射しておいたCC−Lキャビティは全くレーザー発振しないことが分かった(図4(B)の淡灰色の正方形印のプロット)。前述のBDTH/PMの蛍光スペクトルおよび蛍光量子収率の変化に関する結果を見ると、313nmの光で照射した後のΦFL値(ΦFL=0.01)はレーザー帰還効果を誘起するには不十分であるとするのが正しいと考えられる。CC−Lキャビティが36nJ/パルス以上のパルスエネルギーで光励起されたとき、事前に530nmの光で照射されたCC−Lキャビティと330nmの光で照射されたCC−Lキャビティ場合とでは、発光強度に大きな違いがみられた。つまり、530nmの光で照射しておいたCC−Lキャビティの発光強度は、313nmで照射しておいたものより、3桁以上も大きかった。このようにして、313nmと530nmの波長の光の交互照射により、光励起されるレーザー動作の可逆的な光スイッチングに成功した。
【0023】
最後に、上記発明の応用として、CC−Lキャビティからの微小パターンレーザー発振が可能であることを示す。図4(C)はこの微小パターンレーザー発振の3通りの実験例の結果を示す写真である。この実験においては、CC−Lキャビティに、図10(A)〜(C)に示す3通りのフォトマスクを介して313nmの波長の光を照射して、BDTH/PM平面欠陥中に微小パターンを形成した。フォトマスクを取り外した後、図5に示す光学顕微鏡システムを使用して光励起とその結果の微小パターンレーザー発振の撮影を行った。明瞭なレーザー発振像を得るため、減光フィルター(NDフィルター)によって発光強度を減衰させた。興味深いことに、フォトマスクの形状を有する高コントラストの微小パターン化されたレーザー発振像を得ることができた(図4(C))。レーザー発振像中では、マスクされていた領域はレーザー発振の明るい緑色に発光したが、他方、マスクされていなかった領域は暗い像となった。重要なことには、CC−Lキャビティからの微小パターン化されたレーザー発振像は、以前の像を消去するために530nmの光照射を行い、次に各種のフォトマスクを介して313nmの照射を行って新たな像(図10)を書き込むことによって書き換えることができた。現在のところ、数μmの高分解能の微小パターン化レーザー発振像を得ることができた(図4(C)右端の写真)。従って、本発明に基づき、フォトマスクを介して光照射を行うことによって、フォトマスクの要求に応じて如何様にも変化させることが可能でかつ可逆的な、微小パターン化されたレーザー発振をCC−Lキャビティから得るように制御することに成功した。
なお、上の例では微小パターンレーザー発振のために所要パターンを有するフォトマスクを介してCC−Lキャビティに必要な波長の光を照射したが、当然ながら、発光パターンを本発明のCC−Lに「書き込む」手段、方法はこれに限定されるものではない。例えばレーザービームで描画を行うなど、多様なやり方で、固定形状のマスクを使用せずにCC−Lキャビティに任意のパターンで光を照射することができる。本願発明はそのような多様なやり方を全て包含することに注意すべきである。
また、二種類の波長の光の照射の両方をパターン化された光照射としてもよいが、そうではなくどちらか一方でパターン書き込みを行い、他方は全面に一様な光照射を行うことでパターンを消去してもよい。あるいはパターン消去は、パターン書き込みを行った波長と同じ波長で全面に一様な照射を行うことによって実現してもよい。
【0024】
以上、低閾値ピークパワーの光励起によって、可逆的に光スイッチングできる微小パターン化されたCC−Lキャビティからのレーザー発振の実例を示した。本願で与えたCC−Lキャビティ構造は、図1に示すように、一対のポリマーCC膜の間にフォトクロミックな発光平面欠陥を有するBDTHとPMが埋め込まれているものである。波長が470nmの光を使った光励起を与えることで、PBG中に局在する欠陥モードにより、CC膜の反射バンド内の約560nmの波長に単一で非常に狭帯域のレーザー発振ピークが生成される。この光励起レーザー発振動作は、313nmと530nmの波長の光で交互に照射することにより、BDTHのフォトクロミック反応によって引き起こされた分子間エネルギー転送のために、動的に切り替えることができる。更には、CC−Lキャビティからの高分解能で発光パターンを書き換え可能な微小パターン化レーザー発振を行うことができる。単一かつ狭帯域ピークの微小パターン化レーザー発振の動的光スイッチングは、高密度のフォトニックデバイスや表示デバイスを作成するにあたって大きな利点をもたらす(非特許文献34)。従って、本発明はフォトクロミック化合物によるレーザー帰還効果のオンデマンドの光制御を実現するだけではなく、あらゆる光集積回路のための高密度光スイッチングデバイスを作成するための有望なブレークスルーを与えるものである。
【0025】
[実験]
ここで本願実施例の細部を説明する。
【0026】
[使用測定器類]
吸収スペクトルはフォトダイオードアレイ分光計(Agilent Technologiesの8453)で測定した。波長313nmの光照射は、0.1NのNaOH中にKCrOを溶解した溶液フィルター及びバンドパスフィルター(東芝のUV-D35)を介して150W Hg−Xeランプ(三永電機製作所のUV SUPERCURE 203S)によって行った。波長530nmの光照射については、小型のXeランプ(朝日分光のMAX-302-vis)を530±10nmのバンドパスフィルターと組み合わせて使用した。313nm及び530nmの光の強度は、それぞれ約5mW/cm及び約10mW/cmに調節した。蛍光スペクトルはスペクトル蛍光光度計(島津製作所のRE-5300PC)を使用して測定した。蛍光量子収率は光マルチチャネルアナライザー(浜松ホトニクスのC10027-01)を備えた絶対光蛍光量子収率測定システム(浜松ホトニクスのC9920-02G)で記録した。蛍光スペクトルと蛍光量子収率の測定の両方について、励起波長を470nmに設定した。走査電子顕微鏡(SEM)像は、電界放出形走査電子顕微鏡(日本電子のJSM-6500F)によって得られた。屈折率はアッベ屈折計(アタゴのNAR-2T-HI)によって得られた。
【0027】
[CC−Lキャビティの作成]
図1に示す微小パターン化されたレーザー動作の可逆的、動的光スイッチングのための新たなタイプのCC−Lキャビティを作製した。このCC−Lキャビティは、PS/PDMSの一対のCCフィルムの間にBDTH/PMのフォトクロミックな発光平面欠陥を設けている。作成手順は非特許文献39としてすでに報告したものと同様である。
【0028】
簡単に説明すれば、PS微小粒子の自己組織化とその後の微小粒子間の空所でのPDMS前駆体の熱重合により、合成石英ガラス基板上に一様かつ大サイズのCC膜を作製した(非特許文献40)。ここで使用したPS微小粒子は、エマルジョン重合によって合成した、直径が約210nmの単分散のPS微小粒子である。CC−Lキャビティを作製するため、作製された大きな膜から約1cmの大きさの高品質CC部品を切り抜いた。平面欠陥中のフォトクロミックな発光材料は、フォトクロミックなジアリールエテン誘導体としてのBDTHと、発光化合物としてのPMと、液体ホストオリゴマーとしてのETTと光重合開始剤としてのBPOとを、重量比でそれぞれ1.0:0.3:0.5:98で混合することによって得られた。この液体混合物は、一対のCC膜の間に毛細管力によって滑らかに注入された。CC膜間の厚さは、約2.7マイクロメートルの粒子径を有するシリカ粒子を使用することによって調節した。最後に、405nmの光照射によってETTオリゴマーを重合させて、それ以降、PS/PMDS CC膜の間のフォトクロミックな発光BDTH/PMの中間層が固定されるようにした。
【0029】
[光学測定]
図5に示す光学顕微鏡システムを構成して、CC−Lキャビティの局所反射及び発光スペクトルの測定だけではなく、キャビティの反射及び発光の顕微鏡像のその場観察ができるようにした。局所反射スペクトルは、光学顕微鏡(オリンパスのBX-RLA2)用の100Wハロゲンランプ付き落射投光管により測定した。CC−Lキャビティの顕微鏡レベルの領域からの発光スペクトルはQスイッチされるNd:YAGレーザービーム(ContnuumのSurelite I-10 & OPO Plus)からの波長355nmの三次高調波(THG)によって励起された光パラメトリック発信器(OPO)からのパルス化された470nmの光を使用して測定した。そのパルス幅は約6nS、繰り返し周波数は10Hzであった。励起パルスエネルギーは、λ/2プレート、Gran-Laser prism、及び減光フィルター(NDフィルター)によって制御した。励起ビームをCC−Lキャビティに垂直な面に沿って伝播させ、20倍及び5倍の顕微鏡対物レンズを使用してCC−Lキャビティに収束することで、CC−Lキャビティ上に直径がそれぞれ約36μm及び約145μmの円形スポットを得た。CC−Lキャビティからの共線伝達発光スペクトル(collinear transmitted emission spectra)は電荷結合素子(CCD)検出器(Andor TechnologyのSR-303i及びiDus DU420A)を備えた分光計で記録した。同時に、顕微鏡反射及び発光カラー像をCMOSカメラ(島津製作所のMoticam2000)によって撮影した。
【産業上の利用可能性】
【0030】
以上説明したように、本発明によれば、レーザー発振が起こるかどうかを事前の光照射によって制御することができ、また全体のオン・オフだけではなく、レーザー発振が起こる箇所を非常に微細なレベルで動的に制御することができるので、例えば表示装置などの各種の応用が考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0031】
【特許文献1】特開2006−287024号公報
【非特許文献】
【0032】
【非特許文献1】John, S. Phys. Today 1991, 5, 32.
【非特許文献2】Yablonovitch, E. J. Opt. Soc. Am. B 1993, 10, 283.
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【非特許文献4】Blannco, A.; Chomski, E.; Grabtchak, S.; Ibisate, M.; John, S.; Leonard, S. W.; Lopez, C.; Meseguer, F.; Miguez, H.; Mondia, J. P.; Ozin, G. A.; Toader, O.; van Driel, H. M. Nature 2000, 405, 437.
【非特許文献5】Noda, S.; Tomoda, K.; Yamamoto, N.; Chutinan, A. Science 2000, 289, 604.
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【非特許文献40】Fudouzi, H. J. Colloid Interface Sci. 2004, 275, 277.
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10