【実施例】
【0038】
〔混合プラズマジェットの生成〕
図1には、混合プラズマジェットを用いてアルミ基材の表面を粗化処理する表面処理装置の様子が模式的に示されている。このアルミ基材の表面処理装置は、外管1と内管2の同軸二重管構造の混合ノズルを有するプラズマ発生装置10と、試料ステージ11に備え付けられたアルミ基材Wがプラズマ発生装置10から噴出される混合プラズマジェットで処理される処理用チャンバー20と、ガス洗浄瓶からなり、プラズマ発生装置10における混合ノズルの外管1にエッチングガスを供給するためのエッチングガス供給装置30とから構成される。
【0039】
このうち、プラズマ発生装置10については、
図2に示されるように、先端部の口径(内径)が2mmの石英ガラス製の内管2の一部外側を、外径15mmのガラス管からなる外管1が取り囲むような同軸二重管構造の混合ノズルを形成しており、外管1の接続口1aから供給されるエッチングガスが先端部から噴出されて、内管2の先端部から噴出されるプラズマジェットとダウンフロー領域で混合されるようになっている。また、この混合ノズルの先端部からおよそ100mmの位置には、プラズマジェット生成用の電極3として銅箔テープが内管2に巻き付けられている。そして、この表面処理装置を使ってアルミ基材の粗化処理を行うにあたっては、以下のような混合プラズマジェットの生成条件を採用した。
【0040】
先ず、エッチングガス供給装置30のガス洗浄瓶に10%塩酸を入れて80℃に加温し、ガス注入口からヘリウムガスをガス流量50sccmで注入して(He-2)、外管1の接続口1aに接続されたガス出口側からHClガスとH
2Oガスとを含んだエッチングガスが外管1に供給されるようにした。また、内管2にはヘリウムガスをガス流量500sccmで供給した(He-1)。このように混合ノズルの外管1と内管2にそれぞれガスをフローした状態で、電圧±7.5kV、周波数5kHz、デューティ比(Duty比)50%のパルス駆動高電圧を印加することにより、低周波パルス駆動大気圧プラズマジェットを内管2内で生成し、混合ノズル先端部の内管側より大気圧中へ噴出させて、混合ノズルの先端部外管側から噴出されるエッチングガスとダウンフロー領域で混合して、混合プラズマジェットを得るようにした。なお、電源には株式会社ハイデン研究所製SBP−10K−HF型を使用し、半導体スイッチング方式のパルス生成方式を採用して、立ち上がり時間が500ns以下、立ち下り時間が500ns以下となるようにした。また、
図3には、電圧が±5.0kVの場合であるが、この電源を使用して電圧±5.0kV、周波数5kHz、デューティ比50%のパルス駆動高電圧が印加されたときの電圧電流波形が示されている。
【0041】
また、エッチングガスのプラズマ化により塩素プラズマが生成することを確認するため、次のような発光分光測定を行った。ここでは、微弱な発光であるClピークを確認するために、
図4に示したような単管ノズルを使用して、プラズマジェット生成用電極3より上流でHClガスとH
2Oガスとを含んだエッチングガスをヘリウムガスとともに供給し、プラズマ化させるようにした。また、処理用チャンバー20内では、発光分光分析装置(OES)の受光部を試験管に挿入することで保護し、プラズマジェットの下流方向から測定を行った。これら以外については、先の表面処理装置における混合プラズマジェットの生成条件と同じにした。測定結果は
図5に示されるとおりであり、エッチングガスのプラズマジェットからClピークを確認することができた(479.4nm)。このことから、先の表面処理装置における混合プラズマジェット中でも、同様にClラジカルが存在するものと考えられる。
【0042】
[実施例1]
市販のアルミニウム板材(A5052; 板厚2.0mm)から40mm×40mmの大きさのアルミ基材を切り出して、
図1に示した表面処理装置の試料ステージ11に取り付けた。そして、このアルミ基材Wに対して直流バイアス450Vを印加し、処理用チャンバー20内を大気圧に保った状態で、先に説明した混合プラズマジェットの生成条件で混合プラズマジェットを1分間噴射して、アルミ基材Wを粗化処理した。このとき、混合ノズルの先端部とアルミ基材Wの表面との間隔は1cmとした。また、光学顕微鏡で確認したところによれば、アルミ基材の表面で混合プラズマジェットが噴射されたスポット径はおよそ1000μmであった。そして、このような1回の混合プラズマジェットの噴射を行った後、混合プラズマジェットの噴射位置が重ならないように、試料ステージ11におけるアルミ基材Wの取り付け位置を動かして、1回目の噴射位置のすぐ隣に上記と同様にして1分間の混合プラズマジェットの噴射を行い、これらを繰り返しながら、アルミ基材Wの表面の5mm×10mmの領域内に合計24箇所の混合プラズマジェットの噴射を行って粗化処理面を形成して、粗化処理アルミ基材を得た。
【0043】
上記で得られた粗化処理アルミ基材について、先ず、原子間力顕微鏡(キーエンス社製VN-8010)を用いて、粗化処理面のなかから200μm×200μmの範囲を選択してAFM(Atomic Force Microscope)による表面解析を行ったところ、中心線平均粗さRaは278.9nmであった。ここで、
図6は、粗化処理アルミ基材の粗化処理面が含まれる部分を厚み方向に切って、走査型電子顕微鏡(日本電子社製JCM-5700)を用いてその断面の一部を断面観察したSEM写真である(倍率1000倍)。この断面SEM写真から分かるように、粗化処理により形成された凹凸部に起因する凹状部のなかには、プラズマ照射直下に形成された凹状部の開口縁部から開口幅方向中心に向けて雪庇状に突き出した突出部が形成されたもの〔(i)で示したもの〕や、プラズマ照射直下の周囲に形成された(i)で示した凹状部よりも微細な凹状部を有したもの〔(ii)で示したもの〕が確認できる。このうち、雪庇状に突き出した突出部を備えた凹状部(雪庇保有凹状部)を模式的に示したものが
図8である。そして、任意に選んだ雪庇保有凹状部について、その最大開口幅(穴径)dと最深部から開口縁部までの高さ(深さ)hを計測したところ、d=5.5μm及びh=6.5μmであった。なお、
図6に示した断面観察では、プラズマ処理したアルミ基材の処理面に接着剤を塗布してSEM観察用の試料を作製した。
【0044】
また、先の
図6に示された微細な凹状部(ii)について、粗化処理面の一部を表面観察したSEM写真が
図7である〔(a)は倍率1000倍、(b)は倍率5000倍〕。これらのSEM写真からも分かるように、粗化処理アルミ基材の粗化処理面には、粗化処理によって雪庇保有凹状部以外にも凹凸部が形成されたことが確認できる。
【0045】
そして、上記で得られた粗化処理アルミ基材を射出成形機の金型内にセットし、熱可塑性樹脂としてポリフェニレンサルファイド(PPS)(ポリプラスチックス社製商品名:フォートロン、グレード名RSF10719)を用いて、金型温度150℃、樹脂温度320℃、射出速度100mm/s、保圧50MPa、保圧時間3秒の射出成形条件でPPSの射出成形を行い、
図9に示すように、5mm×10mm×30mmの大きさのPPS成形体(樹脂部材)41を成形すると共に、このPPS成形体41を粗化処理アルミ基材42の粗化処理面(5mm×10mm)で接合させて、試験用のアルミ・樹脂接合体40を作製した。
【0046】
得られた試験用アルミ・樹脂接合体40について、
図10に示すように、アルミ・樹脂接合体40の粗化処理アルミ基材42を冶具44に固定し、PPS成形体41の上端にその上方から1mm/min.の速度で荷重43を印加し、粗化処理アルミ基材42とPPS成形体41との間の接合部分を破壊する方法でアルミ・樹脂接合体40の接合部のせん断強度を評価する試験を実施し、接合が破壊されるときの力(せん断破壊荷重:N)を測定した。また、その際の破断面を観察して、○:接合面の一部あるいはその大部分が樹脂の凝集破壊で破壊された場合、及び×:粗化処理アルミ基材42とPPS成形体41との界面で破壊された場合の基準で、耐久試験の前後におけるアルミ・樹脂接合体の接合強度を評価した。結果を表1に示す。
【0047】
【表1】
【0048】
[実施例2〜6]
1回の混合プラズマジェットの噴射時間を8分(実施例2)、6分(実施例3)、4分(実施例4)、10分(実施例5)、及び30分(実施例6)に変更した以外はそれぞれ実施例1と同様にして粗化処理アルミ基材を得た。得られた各粗化処理アルミ基材について、実施例1と同様にしてAFMによる表面解析から粗化処理面の中心線平均粗さRaを測定し、また、断面SEM観察によって、任意に選んだ雪庇保有凹状部の最大開口幅(穴径)dと最深部から開口縁部までの高さ(深さ)hを求めた。更には、得られた粗化処理アルミ基材について、それぞれ実施例1と同様にしてPPS成形体41を接合させて試験用のアルミ・樹脂接合体40を作製し、せん断破壊荷重を測定すると共に、その際の破断面からアルミ・樹脂接合体の接合強度を評価した。結果を表1にまとめて示す。
【0049】
このうち、
図11には、実施例5で得られた粗化処理アルミ基材の写真が示されている。この写真の下方中央部分に粗化処理面が表されており、1箇所あたり混合プラズマジェットを10分間噴射して、5mm×10mmの領域内の24箇所に混合プラズマジェットを噴射した様子が分かる。
【0050】
[比較例1]
混合プラズマジェットによる粗化処理を行わずに、未処理のアルミ基材を用いて、実施例1と同様にしてPPS成形体41を接合させて試験用のアルミ・樹脂接合体40を作製した。ここで、実施例1と同様にして、未処理のアルミ基材の中心線平均粗さRaを測定したところ206.7nmであった。また、実施例1と同様にして、断面SEM写真による断面観察を行ったが、雪庇状に突き出した突出部を備えた凹状部は一切観察されなかった。
【0051】
次いで、この比較例1に係るアルミ・樹脂接合体40について、実施例1と同様にしてせん断破壊荷重を測定するために、冶具44に固定した未処理のアルミ基材42に荷重43を印加しようとしたところでPPS成形体41が外れてしまい、荷重はゼロという結果であった。その際の接合面を確認したところ、未処理のアルミ基材42とPPS成形体41との界面で剥離した状態であった。
【0052】
[比較例2]
エッチングガスを供給せずに、内管2にヘリウムガスをガス流量500sccmで供給して、混合ノズルの先端部からプラズマジェットのみ噴射するようにした以外は実施例1と同様にしてアルミ基材を粗化処理した。得られたアルミ基材について、プラズマジェットのみを噴射した個所の中心線平均粗さRaを実施例1と同様にして測定したところ、Raは375.0nmであった。また、実施例1と同様にして、断面SEM写真による断面観察を行ったが、雪庇状に突き出した突出部を備えた凹状部は一切観察されなかった。
【0053】
次いで、この比較例2に係るアルミ・樹脂接合体40について、実施例1と同様にしてせん断破壊荷重を測定しようとしたが、比較例1と同様、冶具44に固定したアルミ基材42に荷重43を印加しようとしたところでPPS成形体41が外れてしまい、荷重はゼロであった。その際の接合面を確認したところ、やはり、未処理のアルミ基材42とPPS成形体41との界面で剥離した状態であった。
【0054】
[比較例3]
プラズマを生成させずにエッチングガスのみ噴射した以外は実施例1と同様にしてアルミ基材を粗化処理した。得られたアルミ基材について、プラズマジェットのみを噴射した個所の中心線平均粗さRaを実施例1と同様にして測定したところ、Raは210.3nmであり、表面粗さは元来のアルミ基材の値とほとんど変化しないことを確認した。また、実施例1と同様にして、断面SEM写真による断面観察を行ったが、雪庇状に突き出した突出部を備えた凹状部は一切観察されなかった。
【0055】
次いで、この比較例3に係るアルミ・樹脂接合体40について、実施例1と同様にしてせん断破壊荷重を測定しようとしたが、比較例1と同様、冶具44に固定したアルミ基材42に荷重43を印加しようとしたところでPPS成形体41が外れてしまい、荷重はゼロであった。その際の接合面を確認したところ、やはり、未処理のアルミ基材42とPPS成形体41との界面で剥離した状態であった。
【0056】
上記で得られた実施例1〜6及び比較例1の結果をもとに、エッチングガスとプラズマジェットとを混合した混合プラズマジェットの1回あたりの噴射時間と粗化処理後のアルミ基材の表面粗さRaとの関係をグラフにすると
図12のようになる。この
図12のグラフから分かるように、混合プラズマジェットの噴射時間の増加に伴い、アルミ基材の表面粗さRaが比例関係で上昇する。この結果から計算される粗化処理速度は約34nm/minであった。
【0057】
更に、上記実施例5で得た粗化処理アルミ基材について、粗化処理面の一部を倍率200倍の光学顕微鏡で観察した光学顕微鏡写真を
図13(A)に示す。また、この実施例5で得た粗化処理アルミ基材の粗化処理面から200μm×200μmの範囲を選択して、原子間力顕微鏡で表面解析したAFM測定結果を
図13(B)に示す。加えて、比較参照のため、上記比較例1の未処理のアルミ基材について、同様の光学顕微鏡写真とAFM測定結果を
図14(A)と
図14(B)に、また、上記比較例2でヘリウムのプラズマジェットのみを噴射したアルミ基材について、同様の光学顕微鏡写真とAFM測定結果を
図15(A)と
図15(B)に、それぞれ示す。
【0058】
このうち、
図14(B)及び
図15(B)のAFM測定結果と
図13(B)のAFM測定結果とを比べて明らかなように、HClガスとH
2Oガスとを含んだエッチングガスとプラズマジェットとを混合した混合プラズマジェットを用いることで、アルミ基材の表面粗さが大きく向上していることが分かる。ここで、ヘリウムのプラズマジェットのみを噴射した比較例2の場合においても、比較例1における未処理のアルミ基材に比べて表面粗さRaが増しているが、これは、プラズマジェットにより大気中の酸素や水分が作用してアルミ基材の表面を酸化し、その酸化物の結晶が生成したり、これらが離脱するなどして粗化された可能性が考えられる。なお、ここでは光学顕微鏡写真やAFM測定結果を添付していないが、プラズマを生成させずに、HClガスとH
2Oガスとを含んだエッチングガスを直接アルミ基材に10分間吹き付けた比較例3の場合では、アルミ基材の表面に変化は認められなかった。