【実施例】
【0018】
1.減圧蒸留条件の検証
図1はガラスエッチング廃液からフッ化水素酸および塩酸を分離回収するために作製した試験装置の概略図である。図に示す通り、減圧蒸留条件の検証には、減圧蒸留試験装置10を用いた。この試験装置10は、蒸留の対象となる廃液を貯留する貯留容器11と、この貯留容器11の周囲を均一に加熱するウォータバス12とを備えた蒸発手段としての蒸発釜13を有する。
【0019】
蒸発釜13は上部蓋部14で密閉され、上部蓋部14には、貯留容器11内の廃液中に外気を供給する外気導入路16が流量計15を介して貫通され、その先端部が貯留容器内に導入されている。また、温度計17の先端部が廃液中に浸されており、廃液の温度が計測可能となっている。更に、上部蓋部14の貫通孔に一端部の開口が連通され、他端部はアスピレータ18によって吸引され、貯留容器11内を減圧状態とする吸引路19を備える。
【0020】
吸引路19の途中では、吸引された貯留容器11内の気体を冷却して凝縮する凝縮器20を備え、凝縮された凝縮液は、吸引路19から分岐された第1受器21と第2受器22とから採取することができる。また、吸引路19の途中には圧力計23が設置され、吸引路19内の圧力が計測される。尚、廃液を貯留する貯留容器11及び廃液からの蒸気が触れる上部蓋部14、外気導入路16の先端部、吸引路19、凝縮器20、第1受器21及び第2受器22は何れもフッ化水素酸の腐食に耐えられるようにポリエチレン製やテフロン(登録商標)製のものが採用されている。
【0021】
この試験装置10で高濃度のフッ化水素酸含有廃液を用いて、加熱温度70℃、操作圧力80Torr(≒10665.24Pa)の条件設定で蒸留試験を行った。その結果、留出速度が非常に遅く、留出液量も非常に少ないことが確認された。前述の通り、高濃度のフッ化水素酸含有廃液をも対象としているため、これに対応した条件設定を改めて検証した。即ち、高濃度フッ化水素酸含有廃液の減圧蒸留で、留出速度の向上、留出液量の増加を目的に最適条件の検討を行った。
【0022】
(1) 加熱温度の検証
留出速度を向上させるためには、熱を効率よく対象液に伝える必要がある。その方法の一つとして、加熱温度の上昇が考えられた。具体的には、加熱温度を上昇させ、対象液の沸点(約50〜60℃)との温度差を大きくすれば、伝熱効率が高くなるため、より効率よく留出することとなる。蒸留試験にて加熱温度を上昇させた結果、加熱温度が高い程、留出速度(液量)が向上(増加)した。ただし、加熱温度が高すぎると容器が軟化し、減圧条件に耐えられないことから、加熱温度は70℃とした。
【0023】
(2) 操作圧力(真空度)の検証
操作圧力を低くすれば、液体の沸点が低下し、加熱温度との温度差が大きくなるため、留出速度を向上させることができる。蒸留試験にて操作圧力を低下させた結果、操作圧力が低い程、留出速度が向上した。また、留出液中のフッ素濃度の上昇も確認された。最適操作圧力は、蒸留速度と容器の耐圧性を考慮し、50Torr(≒6665.78Pa)と設定した。
【0024】
(3) 空気導入
対象液全体に熱を効率よく伝えるための方法として、「撹拌」は有効である。撹拌方法はいくつか考えられるが、本件では空気の導入による撹拌方法を適用した。空気を導入することで、対象液の曝気による撹拌効果(伝熱性の向上)だけでなく、沸騰核の増加や、揮発したガスのキャリア効果(空気の流れによる蒸発の促進)も期待できる。
【0025】
後述する通り、蒸留試験にて空気を導入させた結果、留出速度が向上し、さらに空気量が多くなる程、留出速度が速くなった。ただし、空気量が多すぎると液温が低下するため、空気量は対象液300mLに対して0.3L/minと設定した。
【0026】
尚、詳しくは後述するが、空気導入によって、低濃度フッ化水素酸含有廃液の蒸留条件時と比較しておよそ2以上3倍近くの留出速度向上効果が得られ、留液中のフッ素濃度は空気の導入無しの場合と比較して、22倍から33倍以上の向上が見られた。
【0027】
2.留出液の定時回収
前述の「減圧蒸留条件の検証」にて決定した条件にて蒸留試験(定時回収)を行い、留出液の液量、濃度変化を確認した。また、これらに影響を与える要因についても検討した。試験条件は、液量300mL、操作圧力50Torr(≒6665.78Pa)、加熱温度70℃、空気導入0.3L/minとした。留液回収は、留出開始後60min毎に行い、最大8時間行った。
【0028】
蒸留対象液としては、フッ化水素酸含有廃液(実廃液:A液,B液,C液,D液,E液,F液)、及び試薬調整液(R1液,R2液)を用いた。尚、各フッ化水素酸含有廃液の詳しい組成等は次の表1に示す。
【0029】
【表1】
【0030】
(1) 留出液量について
各蒸留対象液の、区間留出液量(wt%)を表2に、留出時間と留出液量変化(積算)を
図2に示した。即ち、各蒸留対象液の1時間毎の留出液量を示した。表2及び
図2に示す通り、区間留出液量は、すべての対象液で時間と共に減少傾向にあった。対象液のB液、F液、D液、R1液,R2液は留出液量が比較的多いが、対象液のA液、E液、C液は少なくなっている。明確な傾向があるわけではないが、(1) 水分量が多く、(2) 規定度が低い廃液は留出液量が多くなる傾向が確認された。
【0031】
また、フッ化水素酸−塩酸−水系の減圧蒸留では、まず水が初留として回収され、その後フッ化水素酸、塩酸が回収されることから、蒸留対象液中の水分が多くなればその分留出液量は多くなると考えられた。
【0032】
【表2】
【0033】
(3) 留出成分濃度、留出成分重量について
各対象液の区間留出液中のフッ素濃度変化(wt%)を表3と
図3とに示す。各対象液の区間留出液中のフッ素重量変化(g)を表4と
図4とに示す。また、各対象液の区間留出液中の塩素濃度変化(wt%)を表5と
図5とに示す。各対象液の区間留出液中の塩素重量変化(g)を表6と
図6とに示す。尚、各表中の網掛け部分は、対象液ごとの区間最大濃度又は重量を示している。
【0034】
【表3】
【0035】
表3及び
図3に示す通り、留出液中フッ素(F)濃度は、対象液のC液、D液で高い傾向であり、同様に、表4及び
図4に示す通り、留出液中フッ素(F)重量は、対象液のC液、D液が多い傾向であった。これにより、フッ素の留出については、含有するHF量(濃度)が高い廃液が多くなる傾向であることが判った。
【0036】
表5及び
図5に示す通り、留出液中塩素(Cl)濃度は塩素含有量が多い対象液のF液液が高くなり、同様に、表6及び
図6に示す通り、留出液中塩素重量も塩素含有量が多い対象液のF液が多くなっている。これにより、塩素の留出についても、含有するHCl量が高い廃液が多くなる傾向であることが判った。
【0037】
【表4】
【0038】
【表5】
【0039】
【表6】
【0040】
(4) ピーク濃度、ピーク重量について
予めどの程度のフッ素量が留出されるかを検証した。即ち、各対象液のピーク濃度、ピーク重量を事前に知ることができれば、蒸留に適した廃液であるかの予測が可能となる。このため、留出液中のフッ素濃度、フッ素重量は、対象液中のフッ化水素酸(HF)含有量が影響している可能性から、これらの相関性を確認した。表7及び
図7は原液中のHF含有量とピーク濃度・重量の関係を示している。
【0041】
図7に示す通り、留出液のフッ素ピーク濃度、ピーク重量は、対象液HF含有量と相関性が確認できた。この結果から、対象液中のHF含有量が分かれば、留出液のフッ素濃度、フッ素重量の大まかな予測が可能となった。例えば、対象液中のHF含有量が10wt%の場合、最大13wt%濃度の留液が回収できる(濃度最大区間液のみ回収した場合)。
【0042】
【表7】
【0043】
3.空気導入手段について
加熱温度、操作圧力条件は統一し、導入空気量を変化(増加)させた場合の留出速度と留出液中のフッ素、塩素濃度変化を計測した。即ち、試料は、R1(試薬調整液)とした。加熱温度は70℃とした。操作圧力は80Torr(≒10665.24Pa)とした。蒸留時間は4時間とした。空気量は対象液300mLに対して、0(なし)、0.15、0.3L/minの3通りを各々検証した。結果を表8に示す。
【0044】
【表8】
【0045】
表8に示す通り、空気量が0L/minと比較して、0.15L/minでは留出速度が倍以上の8.0mL/h、0.3L/minでは3倍近くの11.0mL/hとなった。また、留出中のフッ素濃度は空気量が0L/minと比較して、0.15L/minでは22倍以上の6.5wt%、0.3L/minでは33倍以上の9.7wt%であった。
【0046】
前述の通り、空気を導入することで、対象液の曝気による撹拌効果(伝熱性の向上)だけでなく、沸騰核の増加や、揮発したガスのキャリア効果(空気の流れによる蒸発の促進)も期待できる。空気量が多くなる程、留出速度(液量)および、留出液中のフッ素濃度が高くなることが確認された。
【0047】
4.総括
以上の通り、高濃度フッ化水素酸含有廃液の減圧蒸留によるフッ化水素酸、塩酸分離回収方法およびフッ化水素酸回収濃度予測について、高濃度廃液に対しては、操作圧力を50Torr(≒6665.78Pa)と低くすることで蒸留効率を高めることができた。また、撹拌及び沸騰促進のため空気導入を行えば、より効率的な蒸留が可能となった。更に、対象液中のフッ化水素酸含有量をあらかじめ算出することで、留出液中のフッ素最大濃度(または重量)の予測が可能となった。