(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
外周面形状がテーパフェースであり、且つ径方向断面形状がレクタンギュラリング、スクレーパリング及びナピアリングのいずれかとなるように形成された、内燃機関用ピストンリングの第2圧力リングであって、
ピストンリング基材と、該ピストンリング基材の少なくとも外周摺動面に設けられた硬質皮膜とを有し、
前記ピストンリング基材はビッカース硬度Hv350以上Hv550以下の炭素鋼材又は低合金鋼からなり、
前記外周摺動面は前記ピストンリング基材の上端から下端に向けて漸次外側に張り出すテーパ状に形成され、
テーパ状に形成された前記外周摺動面と、リング下面と平行な下端面又は下端部と接する仮想線とは、前記外周摺動面で最も径方向外側に位置する前記外縁端部の位置で、該外縁端部から軸方向の下端に向かって漸次内側に縮径する曲面によって連絡され、
前記外周端部は、前記外周摺動面の下部に位置し、
前記外周端部は、前記外周摺動面と、リング下面に平行な下端面又は下端部と接する仮想線との境界部分であり、
且つ、前記外周摺動面の外縁端部と、前記曲面がリング下面と平行な前記下端面又は下端部と接する前記仮想線と、の間の軸方向の長さが、0.01mm以上0.30mm以下形成され、
前記硬質皮膜は膜厚5μm以上30μm以下、空孔率0.5%以上1.5%以下及びビッカース硬度Hv800以上Hv2300以下のイオンプレーティング皮膜からなり、当該硬質皮膜が前記ピストンリング基材の表面に成膜されていることを特徴とするピストンリング。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明に係るピストンリングについて図面を参照しつつ詳しく説明する。なお、本発明は、その技術的範囲に含まれるものであれば以下の説明及び図面の記載に限定されない。
【0027】
[ピストンリング]
ピストンリング1,2は、
図1〜
図4に示すように、外周面形状がテーパフェースであり、且つ径方向断面形状がレクタンギュラリング、スクレーパリング及びナピアリングのいずれかとなるように形成されたものであって、第2圧力リングとして用いられるものである。このピストンリング1,2は、ピストンリング基材10,40と、ピストンリング基材10,40の少なくとも外周摺動面14,44に設けられた硬質皮膜20とを有している。このピストンリング1,2は、ピストン(図示しない。)の外周面に形成されたピストンリング溝に装着され、ピストンの上下運動(往復運動に同じ。)に伴ってシリンダライナ(図示しない。)の内周面を摺動しながら上下運動する摺動部材である。このピストンリング1,2は、第2圧力リングとしての機能を発揮するために、その外周摺動面14,44の形状が上記したテーパ状の各形態のいずれかとなっている。
【0028】
なお、このピストンリング1,2では、必要に応じて、ピストンリング基材10,40と硬質皮膜20との間に下地膜30が形成されていてもよい。
【0029】
本願において、「上端」及び「下端」とは、ピストンリング1,2又はピストンリング基材10,40の軸方向(又はその外周摺動面14,44の幅方向)における外周摺動面14,44の両側の端部を意味し、具体的には、
図1等を平面視した場合の外周摺動面14,44の上側端部を上端といい、その下側端部を下端という。また、「上面」及び「下面」とは、ピストンリング1,2又はピストンリング基材10,40の軸方向の両側の面を意味し、具体的には、
図1等を平面視した場合の上側の面を上面といい、下側の面を下面という。また、「外周面」及び「内周面」とは、ピストンリング1,2又はピストンリング基材10,40の径方向の両側の面を意味し、具体的には、
図1等を平面視した場合の左側の面を外周面といい、右側の面を内周面という。
【0030】
(ピストンリング基材)
ピストンリング基材10,40は、外周面形状がテーパフェースであり、且つ径方向断面形状がレクタンギュラリング、スクレーパリング及びナピアリングのいずれかとなるように形成されたものである。その断面形状は、
図1(A)及び
図1(B)に示すように、上面11,41と下面12,42とは平坦に形成され、相互に平行をなしている。また、内周面13,43は、上面11,41及び下面12,42とそれぞれ直角をなしている。
【0031】
一方、外周摺動面14,44は、上面11,41から下面12,42に向かうにつれて漸次外側に向けて張り出すように形成され、テーパ状をなしている。テーパ状に形成された外周摺動面14,44は、
図2(A)及び
図4に示すように、鉛直線Lに対するテーパ角αが0.5°以上3°以下の傾斜をなしている。
【0032】
図1(A)、
図1(B)及び
図2(A)に示すスクレーパリングにおいては、外周摺動面14の下部にステップ状の切り込み部15が形成されている。このステップ状の切り込み部15は、外周摺動面14の下端部分を径方向内側に向けて切り欠くようにして形成したものである。ステップ状の切り込み部15は、ピストンリング基材10の下面12から所定の位置(例えば下端から0.2mmの位置)において、ピストンリング1の外周摺動面14から径方向内側に向けて水平に形成された水平面15aと、ピストンリング1の外縁端部16から所定の距離(例えば外縁端部16から0.5mm)の位置にて水平面15aと垂直をなす鉛直面15bとから構成されている。そして、ピストンリング1の外周摺動面14と水平面15aとは、ピストンリング1の外縁端部16の位置にて曲面で滑らかに連絡され、水平面15aと垂直面15bとの間も滑らかな曲面で連絡されている。外周摺動面14の下部にはこのようなステップ状の切り込み部15が形成されているため、外周摺動面14の最も径方向外側に位置する外縁端部(ノーズ部ともいう。)16は、外周摺動面14とステップ状の切り込み部15との境界部分になっている。なお、
図2(A)中、符号Xは径方向を示し、符号Yは軸方向を示す。
【0033】
これらの外周摺動面14の下部形態は、
図1(C)及び
図2(B)に示すナピアリングにおいても同様である。なお、
図2(B)に示すように、ステップ状の切り込み部15は、ピストンリング1の外周摺動面14から径方向内側に向けてえぐるように形成された湾曲面15a’と垂直面15b’とで構成されている。そして、ピストンリング1の外周摺動面14と湾曲面15a’とは、ピストンリング1の外縁端部16の位置にて曲面で滑らかに連絡されている。
【0034】
図2(A)に示すスクレーパリングや
図2(B)に示すナピアリングにおいて、外周摺動面14と、水平面15a又は湾曲面15a’とを連絡している外縁端部16には、硬質皮膜20が設けられている。この硬質皮膜20は、
図2中に「d」(以下「長さd」という。)で示されるように、ピストンリング基材10の軸方向に0.01mm以上0.30mm以下の範囲で形成されている。この長さdが0.01mmよりも小さいと、ピストンリング1がシリンダライナの内周面と摺動することに伴って、硬質皮膜20に欠けが生じやすくなる。これに対し、長さdが0.30mmよりも大きいと、掻き落とし機能が低下してしまう。なお、「長さd」とは、硬質皮膜20を形成した後のピストンリング1において、
図2(A)及び
図2(B)示すように、外縁端部16の座標位置Aと、その外縁端部16から軸方向Yの下端に向かって漸次内側に縮径(直径が小さくなること。)する曲面が、リング下面12と平行な下端面(
図2(A))又は下端部(
図2(B))と接する仮想線Bとの間の軸方向Yの長さである。
【0035】
次に、ピストンリング基材10,40の組成について説明する。このピストンリング基材10,40は、炭素鋼材、低合金鋼材、ばね鋼材、又はこれら鋼材特性に相当する他の鋼材である。炭素鋼材としては、硬質線材、特にJIS規格で表されるSWRH62A、SWRH62B又はこれら鋼材特性に相当する他の炭素鋼材等を挙げることができ、低合金鋼としては、弁ばね用オイルテンパー線、特にJIS規格で表されるSWOSC−V又はこの鋼材特性に相当する他の低合金鋼等を挙げることができる。ばね鋼線材としては、特にJIS規格で表されるSUP9、SUP10、SUP11又はこれら鋼材特性に相当する他のばね鋼材等を挙げることができる。なお、本発明では、C:0.2質量%以上1.0質量%以下を含有する炭素鋼材、低合金鋼材又はばね鋼材を好ましく用いることができる。
【0036】
C(炭素)は、硬度及び強度を得るために必要であるだけでなく、微細な硬質炭化物(例えば硬質クロム炭化物等)を形成することで耐摩耗性を向上させるために重要な元素である。C含有量を上記の範囲にした場合、必要な機械的性質が得られるだけでなく、硬質炭化物の過剰な生成を抑制することができる。C含有量が0.2質量%に満たないと、硬度や強度等の必要な機械的性質を得ることが困難となる。一方、C含有量が1.0質量%を超えると、硬質炭化物が出現し、シリンダライナの内周面に対する攻撃性が高まってしまう。
【0037】
なお、上記の場合において、Crを0.5質量%以上1.1質量%以下の範囲で含有させることが好ましい。
【0038】
Cr(クロム)は、ピストンリング基材10,40に固溶して耐熱性や耐食性を向上させる元素であり、一部は炭化物を形成して、耐焼付性を向上させる。Cr含有量を上記の範囲である0.5質量%以上1.1質量%以下にした場合、熱によってピストンリング基材10,40がへたることを効果的に阻止すると共に、硬質皮膜20の密着性を向上させる。Cr含有量が0.5質量%よりも少ないと、熱へたり性が悪化するという難点がある。一方、Cr含有量が1.1質量%を超えると、硬質の炭化物が出現し、シリンダライナ1,2の内周面に対する攻撃性が高まってしまうこと、また、コストが高くなること、等の問題が生じる。
【0039】
このピストンリング基材10,40は、残部として鉄及び不可避不純物を含有する炭素鋼材であるが、所望の目的に応じて他の元素、例えばSiやMn等の元素を含んでいてもよい。
【0040】
Si(珪素)は、脱酸剤として添加するものであり、Crと同様に熱によるへたりを防止するのに効果的である。Siを含有させる場合の好ましいSi含有量は、0.1質量%以上1.6質量%以下の範囲である。この範囲のSiを含有させることで、前記の作用を効果的に奏することが可能となる。Si含有量が0.1質量%未満であると、へたり防止効果を効果的に発揮することができない。一方、Si含有量が1.6質量%を超えると、リング形成時の加工性を害すると共に、靱性が低下することがある。
【0041】
Mn(マンガン)は、Siと同様に脱酸剤として添加される。また、Mnは、強度を増すのに有効な元素である。Mnを添加する場合の好ましい含有量は、0.2質量%以上1.0質量%以下である。Mn含有量が0.2質量%未満であっても、脱酸剤としての作用は奏するが、強度の向上を図ることが困難となる。これに対し、Mn含有量が1.0質量%を超えた場合、リング形成時における加工性を害することがある。
【0042】
なお、SiやMn以外にも、必要に応じ、Mo(モリブデン)、Ni(ニッケル)、V(バナジウム)等の元素を添加して、耐摩耗性、耐食性、耐熱性等を向上させることもできる。
【0043】
このピストンリング基材10,40は、下地膜30又は硬質皮膜20がその表面に成膜される前に、下地膜30又は硬質皮膜20を形成するのに用いる金属ターゲットと陰極との間にアーク放電を発生させ、イオン化されたメタルイオンをピストンリング基材10,40の表面に照射させる「イオンボンバードメント」により清浄化される。これにより、ピストンリング基材10,40の表面に存在する酸化膜や水酸化膜等の不動態皮膜が破壊され、清浄化される。
【0044】
こうしたピストンリング基材10,40は、その硬度がビッカース硬度Hv350以上Hv550以下の範囲となるように形成される。ビッカース硬度がこの範囲となるように形成されることで、熱負荷や圧力負荷が大きい第2圧力リングとして良好な機能を発揮することができる。上記範囲内のビッカース硬度を備えたピストンリング基材10,40は、後述する製造方法の欄で説明するように、ピストンリング基材10,40上に硬質皮膜20を密着性よく成膜するための清浄化処理、すなわちイオン化された金属ターゲットのメタルイオンを表面に照射する清浄化処理を、ピストンリング基材10,40の硬度の低下が生じない温度に維持しながら行うことにより得られる。そのため、本発明で用いるピストンリング基材10,40は、硬質皮膜20(必要に応じて下地膜3も)を成膜する前の清浄化処理によっても硬度低下が起こっていない。その結果、ピストンリング基材10,40上に密着性よく硬質皮膜20を成膜してなるピストンリング1,2となっている。
【0045】
(下地膜)
下地膜30は、
図1(B)及び
図3(B)に示すように必要に応じて設けられる。下地膜30は、ピストンリング基材10,40に対する硬質皮膜20の密着性を高めて剥離を防ぐために設けられる膜であって、ピストンリング基材10,40の少なくとも外周摺動面14,44に設けられる。通常は、
図1(B)に示すように、外周摺動面14,44のみに設けられるが、硬質皮膜20の下地膜として、外周摺動面14,44の他、上面11,41及び下面12,42の3面に形成してもよいし、外周摺動面14,44、上面11,41、下面12,42及び内周面13,43の全周に形成してもよい。
【0046】
下地膜30としては、Cr膜又はCr−B膜を好ましく適用できる。下地膜30は、種々の形成手段で形成することができるが、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法等の乾式手段で成膜することが好ましい。なお、下地膜30の厚さは特に限定されないが、0.5μm以上2.0μm以下程度であることが好ましい。
【0047】
(硬質皮膜)
硬質皮膜20は、イオンプレーティング法により形成されるイオンプレーティング皮膜であり、Cr−N膜又はCr−B−N膜等が挙げられる。
図1(A)〜
図1(C)に示すように、ピストンリング基材10の少なくとも外周摺動面14に設けられる。ただし、ピストンリング基材10の外周摺動面14の他、上面11,下面12及び内周面13に設けても構わない。
【0048】
図1(B)は、外周面形状がテーパフェースで、径方向断面形状がスクレーパリングについて下地膜30上を形成したものを示している。この
図1(B)に示すように硬質皮膜20を設ける場合、硬質皮膜20は下地膜30上に設けられる。このとき、下地膜30は少なくともピストンリング基材1の外周摺動面14に設けられ、硬質皮膜20もその下地膜30上の外周摺動面14に設けられる。外周摺動面14に下地膜30と硬質皮膜20とを積層することにより、密着性をより向上させることができ、高面圧下での硬質皮膜20の剥離を極力抑制することができる。こうしたピストンリング1は、高い耐摩耗性と高い耐スカッフ性を実現できる。なお、下地膜30がピストンリング基材10の全周に設けられていれば硬質皮膜20も全周に設けてもよいが、その場合であっても、少なくとも外周摺動面14に硬質皮膜20が設けられていればよく、上面11、下面12及び内周面13には必要に応じて任意に設ければよい。
【0049】
このピストンリング1では、硬質皮膜20は、その膜厚が5μm以上30μm以下で形成される。硬質皮膜20の膜厚が5μm未満であると、耐摩耗性が不十分である。一方、硬質皮膜20の膜厚が30μmを超えると、硬質皮膜20に欠けが生じやすくなるという難点がある。
【0050】
硬質皮膜20の空孔率は、0.5%以上1.5%以下で形成される。仮に、空孔率が0.5%未満であると、靱性が低下して脆く欠けやすくなる。その一方で、空孔率が1.5%を超えると、皮膜の硬度が低下し、耐摩耗性が悪化してしまうだけでなく、加工時に適切な面粗度を得ることが困難となる。
【0051】
このようにして設けられた硬質皮膜20は、ビッカース硬度でHv800以上Hv2300以下である。
【0052】
なお、硬質皮膜20は、その膜厚が7μm以上20μm以下で、空孔率が0.7%以上1.3%以下で、ビッカース硬度がHv1000以上Hv2000以下であることがより好ましい。
【0053】
本発明は、上記のように、外周面形状がテーパフェースであるスクレーパリングに適用する他、
図1(C)に示すように、ナピアリングに対しても適用することができる。
【0054】
以上、ピストンリング基材10の外周摺動面14の下端部にステップ状の切り込み部15が形成されたピストンリング1について説明したが、
図3及び
図4に示すようにステップ状の切り込み部を設けないピストンリング2、即ち、レクタンギュラリングに本発明を適用することもできる。
【0055】
図3及び
図4に示すピストンリング2は、ピストンリング基材40と、ピストンリング基材40の少なくとも外周摺動面44に設けられた硬質皮膜20とを備えている。なお、このピストンリング2は、ピストンリング基材40の外縁端部の形状のみが
図1及び
図2に示したピストンリング1とは異なり、ピストンリング基材40のその他の構成や硬質皮膜20については同様であるので、ここではピストンリング基材40の外形のみについて詳細を説明する。
【0056】
図3(A)に示すピストンリング基材40は、その断面形状が、上面41と下面42とは平坦に形成され、相互に平行をなしている。また、内周面43は、上面41及び下面42とそれぞれ直角をなすようにして形成されている。
【0057】
これに対し、外周摺動面44は、上面41から下面42に向かうにつれて漸次外側に向けて張り出すように形成され、テーパ状をなしている。このピストンリング基材40についても、
図4に示す鉛直線Lに対するテーパ角αは0.5°以上3°以下の傾斜をなしている。
【0058】
そして、外周摺動面44の下端部は、
図4に示すように、ピストンリング基材40を構成する下面42から、ピストンリング2の外縁端部46を経て連絡されている。このため、硬質皮膜20が形成された後のピストンリング2においては、外周摺動面44で最も径方向外側に位置する外縁端部46は、外周摺動面44と下面42との境界部分となっている。この外周摺動面44と下面42との連絡部位(ノーズ部)は、
図4に示すように硬質皮膜20が設けられており、ピストンリング2の軸方向に0.01mm以上0.30mm以下の長さdで形成されている。ここでの「長さd」とは、硬質皮膜20を形成した後のピストンリング2において、
図4示すように、外縁端部46の座標位置Aと、その外縁端部46から軸方向Yの下端に向かって漸次内側に縮径(直径が小さくなること。)する曲面が、リング下面42と平行な下端面又は下端部と接する仮想線Bとの間の軸方向Yの長さである。
【0059】
なお、このピストンリング2においても、
図3(B)に示すように、ピストンリング基材40上に下地膜30を成膜し、硬質皮膜20をこの下地膜30上に成膜してもよい。
【0060】
(硬質炭素皮膜)
硬質炭素皮膜70は、
図5(A)及び
図5(B)に示すように、硬質皮膜20の上に任意に設けることができる。
図5(A)の例は、ピストンリング基材10(ピストンリング基材40についても同様。)上に硬質皮膜20が形成され、さらにその硬質皮膜20上に硬質炭素皮膜70が形成された形態であり、
図5(B)の例は、ピストンリング基材10,40上に下地膜30が形成され、その下地膜30上に硬質皮膜20が形成され、さらにその硬質皮膜20上に硬質炭素皮膜70が形成された形態である。
【0061】
硬質炭素皮膜70は、いわゆるダイヤモンドライクカーボン膜と呼ばれ、アモルファス状の炭素膜のことをいう。硬質皮膜20上に硬質炭素皮膜70を形成することにより、その硬質炭素皮膜70がピストンリング1,2の初期フリクションを低減するように作用する。こうした作用は、硬質炭素皮膜70が、ピストンリング1,2の相手材であるシリンダライナの内周面に対する摩擦係数が低く、相手材に対する初期なじみ性が良好であることに基づいている。特に、ピストンリング1,2の外縁端部(ノーズ部)16,46では、硬質炭素皮膜70を設けた後の表面粗さRa(JIS B0601−1994での算術平均粗さRa)が0.1μm以下、好ましくは0.05μm以下の平滑表面であることが好ましい。こうした平滑な硬質炭素皮膜70を設けたことにより、シリンダライナの内周面と摺動するピストンリング1,2の外縁端部(ノーズ部)16,46での初期フリクションをより一層向上させることができる。
【0062】
硬質炭素皮膜70としては、炭素の他に、ケイ素、酸素、水素、窒素、アルゴンのうち1種又は2種以上を含むものを好ましく適用できる。硬質炭素皮膜70は、上記の硬質皮膜20と同様のイオンプレーティング法で形成することが好ましいが、スパッタリング法、CVD法等の種々の形成手段で形成することもができる。硬質炭素皮膜70の厚さは特に限定されないが、例えば0.5μm以上10μm以下程度であればよい。
【0063】
[ピストンリングの製造方法]
本発明に係るピストンリング1,2は、例えば、
図6に示す工程を経て製造される。
【0064】
まず、既述の炭素鋼材を加工してピストンリング基材10,40の素形材を形成する(工程101)。次いで、硬質皮膜20を成膜する前工程として、所望の寸法に形成されたピストンリング基材10,40に対しバフ研磨を行う(工程102)。次いで、研掃材を圧縮空気と共にピストンリング基材10,40に吹き付けてスケール等を除去するドライホーニングを行う(工程103)。このような工程を経て、ピストンリング基材10,40の表面粗さは、JIS B0601−1994にて規定の十点平均粗さRzで5μmに形成される。
【0065】
次いで、準備したピストンリング基材10,40を成膜治具に固定する工程、そのピストンリング基材10,40をイオンプレーティング装置のチャンバ内にセットし、そのチャンバ内を真空引きする工程、ピストンリング基材10,40を固定した成膜治具を自転ないし公転させつつ、脱ガスのため、全体に予熱をかける予熱工程を順に行う。この予熱工程を経た後、アルゴンガス等の不活性ガスを導入し、イオンボンバードメント工程によってピストンリング基材10,40の表面を清浄化する(工程104)。
【0066】
このイオンボンバードメント工程は、下地膜30又は硬質皮膜20を形成するのに用いる金属ターゲットと陰極との間にアーク放電を発生させることにより金属をイオン化し、イオン化したメタルイオンをピストンリング基材10,40の表面に照射させる手法である。このイオンボンバードメント工程により、ピストンリング基材10,40の表面に存在する酸化膜や水酸化膜等の不動態皮膜が破壊され、清浄化される。
【0067】
ピストンリング基材10,40は、このイオンボンバードメント工程で加熱されて軟化するのを防ぐため、硬度の低下が生じない温度に維持されながら清浄化される。
【0068】
硬度の低下が生じない温度に維持するには、例えば、イオンボンバードメント工程に炉冷工程を挟んだり、アーク電流やバイアス電圧を適切に調整することにより行われる。また、硬度の低下が生じない温度に維持する手法としては、冷却水を利用してピストンリング基材10,40の温度上昇を防止してもよい。
【0069】
図7は、冷却水を利用してピストンリング基材10,40を冷却するイオンプレーティング装置50の構造を模式的に示したものである。このイオンプレーティング装置50は、ピストンリング基材10,40が内部に収容されるチャンバ51と、チャンバ51内にて高周波プラズマアークを生じさせるアーク発生部54と、ピストンリング基材10,40を搭載し、所望の速度で水平に回転するターンテーブル55とを備えている。チャンバ51には、その内部に所望のガスを導入するための導入口52と、チャンバ51の内部に導入されたガスを排出するための排出口53とが設けられている。さらに、イオンプレーティング装置50には、セットされたピストンリング基材10,40の内側にて冷却水を循環させる冷却水の循環路56が設けられている。なお、循環路56は、ピストンリング基材10,40を効果的に冷却することができるように適宜な状態に配される。
【0070】
このようなイオンボンバードメントの条件としては、アルゴンガスが導入され、例えばアーク電流が75A〜150A、バイアス電圧が−1000V〜−600Vに設定される。
【0071】
こうしたイオンボンバードメント工程は、ピストンリング基材10、40の硬度の低下が生じない温度に維持しながら、そのピストンリング基材10,40を清浄化できるので、硬度低下が起こっていないピストンリング基材10,40上に、耐摩耗性の良い硬質皮膜20を密着性よく成膜することができる。
【0072】
イオンボンバードメント工程が終了すると、ピストンリング基材10,40の表面に下地膜30や硬質皮膜20をコーティングする処理工程が施される。
【0073】
下地膜30を硬質皮膜20の下に成膜する場合には、ピストンリング基材10,40の少なくとも外周摺動面14,44に下地膜30を形成する(工程105)。下地膜30は、既述のように、ピストンリング基材10,40の外周摺動面14,44の他、上面11,41、下面12,42及び内周面13,43にも目的に応じて形成してもよい。この下地膜30の形成工程では、イオンプレーティング法でCr膜又はCr−B膜を成膜する。イオンプレーティング法により下地膜30を成膜する場合の成膜条件としては、例えば、チャンバ内のアルゴンガスの雰囲気圧力を0.8Pa〜2.6Paにして、アーク電流を100A〜200A、バイアス電圧を−10V〜−30Vに設定し、15分程度行う。
【0074】
次いで、Cr−N膜又はCr−B−N膜の硬質皮膜20を少なくとも外周摺動面14,44に成膜する(工程106)。この硬質皮膜20についても、イオンプレーティング法で成膜する。硬質皮膜20を成膜するイオンプレーティング条件としては、例えば、チャンバ内のアルゴンガスの圧力を1.3Pa〜4.0Paにして、アーク電流を100A〜200A、バイアス電圧を0V〜−30Vに設定し、120分程度行う。
【0075】
このような工程を経ることで、ピストンリング基材10,40に硬質皮膜20が形成される。
【0076】
硬質皮膜20の成膜工程が終了すると、次いで、表面にバフ研磨が行われ(工程107)、最後にピストンリング1,2の外周摺動面14,44に所謂当たりを付けるために外周LP(ラッピング)処理が施され(工程108)、ピストンリング1,2が完成する。なお、LP(ラッピング)処理とは、砥粒によってリング外周面を研削する処理である。
【0077】
以上、本発明のピストンリング1,2は、外周面形状がテーパフェース・レクタンギュラリング、テーパフェース・スクレーパリング及びテーパフェース・ナピアリングのいずれかとなるように形成された、内燃機関用ピストンリングの第2圧力リングに関するものであるが、従来のような窒化処理で形成された窒化層を有していないので、熱負荷が小さく、ピストンリング1,2の寸法バラツキが低減し、歩留まりが向上してコストダウンを実現できると共に、加工や熱処理に要する労力及びコストが大幅に削減されたものとなっている。また、ピストンリング基材10,40の少なくとも外周摺動面14,44に直接硬質皮膜20が設けられているので、耐摩耗性に優れたピストンリング1,2となっている。
【0078】
特に、炭素鋼材又は低合金鋼からなるピストンリング基材10,40のビッカース硬度がHv350〜Hv550の範囲であり、そうしたピストンリング基材10,40上にビッカース硬度Hv800以上Hv2300以下の硬質皮膜が直接設けられているので、従来のような窒化処理工程時等で生
じる強度低下等がなく、強度が維持され、耐摩耗性に優れた低コストのピストンリング1,2となっている。こうした本発明に係るピストンリングを、熱負荷や圧力負荷が大きいディーゼルエンジンに使用した場合であっても、ピストンリング基材14,44の強度や硬度が良好に維持されているので、硬質皮膜の欠けを効果的に阻止することができる。
【実施例】
【0079】
以下に、実施例と比較例を挙げて、本発明を更に詳しく説明する。
【0080】
[実施例1]
ピストンリング基材10を形成するために、C:0.63質量%、Si:0.25質量%、Mn:0.75質量%、P:0.01質量%、S:0.01質量%、残部:鉄及び不可避不純物からなる硬鋼線を用いて第2圧力リング形態のピストンリング基材10の素形材を加工した(工程101)。このピストンリング基材10の素形材に対し、バフ研磨を行い(工程102)、その後、研掃材を用いてドライホーニングを行って(工程103)、ピストンリング基材10を形成した。なお、ピストンリング1の外周摺動面14の形状は、テーパフェースであり且つ径方向断面形状をスクレーパリング(
図1(B)参照)とした。
【0081】
次いで、ピストンリング基材10をイオンプレーティング装置のチャンバ内にセットし、そのチャンバ内を真空引きする工程、ピストンリング基材10を固定した成膜治具を自転ないし公転させつつ、脱ガスのため、全体に予熱する予熱工程を施す。この予熱工程を経た後、アルゴンガスを導入し、イオンボンバードメントによってピストンリング基材10の表面を清浄化した(工程104)。
【0082】
このイオンボンバードメント工程(
図6の工程104)では、ピストンリング基材10の硬度低下が生じない温度に維持しながら行った。この際、アーク電流を100Aに、バイアス電圧を−600Vに設定した。
【0083】
次いで、チャンバ内のアルゴンガス雰囲気の圧力を1.3Paとし、アーク電流を150Aに、バイアス電圧を−25Vに設定し、15分間かけてCr膜からなる厚さ1.0μmの下地膜30を形成した(工程105)。
【0084】
その後、チャンバ内の窒素ガス雰囲気の圧力を2.8Paとし、アーク電流を150Aに、バイアス電圧を−25Vに設定し、120分間かけてCr−N膜からなる厚さ11.5μmの硬質皮膜20を形成した(工程106)。Cr−N膜は、Cr、CrN及びCr
2Nよりなるイオンプレーティング膜である。
【0085】
そして、バフ研磨を行い(工程107)、最後に外周LP処理を行って(工程108)、ピストンリング1を完成させた(
図1(B)参照)。
【0086】
得られたピストンリング1は、ピストンリング基材10のビッカース硬度がHv450であり、ほとんどビッカース硬度に変化はなかった。なお、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度はHv454であった。また、ピストンリング1の外縁端部(ノーズ部ともいう。)16に形成された硬質皮膜20は、ピストンリング1の軸方向に0.1mmの長さdで形成されていた。また、硬質皮膜20の膜厚は11.5μmであり、空孔率は0.9%であり、さらに、ビッカース硬度はHv1395であった。これらの結果を表1に示した。
【0087】
[実施例2]
実施例2では、実施例1と同様に、C:0.63質量%、Si:0.25質量%、Mn:0.75質量%、P:0.01質量%、S:0.01質量%、残部:鉄及び不可避不純物からなる硬鋼線を用いてピストンリング基材10の素形材を加工し、この素形材に対しバフ研磨(工程102)、ドライホーニング(工程103)、並びにイオンボンバードメント(工程104)を施してピストンリング基材10を形成した。
【0088】
次いで、下地膜は形成せずに、実施例1と同条件でピストンリング基材10に直接硬質皮膜20を成膜し(工程106)、バフ研磨(工程107)、外周LP処理(工程108)を経てピストンリング1を得た(
図1(A)参照。)。
【0089】
得られたピストンリング1は、ピストンリング基材10のビッカース硬度がHv446であった。なお、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度はHv450であった。また、ピストンリング1の外縁端部(ノーズ部)16に形成された硬質皮膜20は、ピストンリング1の軸方向に0.1mmの長さdで形成されていた。また、硬質皮膜20の膜厚は10.5μmであり、空孔率は1.0%であり、さらに、ビッカース硬度はHv1373であった。これらの結果を表1に示した。
【0090】
[実施例3]
実施例3は、硬質皮膜20としてCr−B−N膜を成膜したものである。Cr−B−N膜を成膜する条件に変更した以外は、実施例1と同様にしてピストンリング1を形成した。なお、Cr−B−N膜は、Cr−N膜にBを固溶したものである。
【0091】
得られたピストンリング1は、ピストンリング基材10のビッカース硬度がHv439であった。なお、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度はHv445であった。また、ピストンリング1の外縁端部(ノーズ部)16に形成された硬質皮膜20は、ピストンリング1の軸方向に0.1mmの長さdで形成されていた。また、硬質皮膜20の膜厚は11.0μmであり、空孔率は1.3%であり、さらに、ビッカース硬度はHv1863であった。これらの結果を表1に示した。
【0092】
[実施例4]
実施例4は、硬質皮膜20の厚さを18.0μmに変更し、さらに軸方向の長さdを0.20mmに変更した以外は、実施例1と同様にしてピストンリング1を形成した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0093】
[実施例5]
実施例5は、硬質皮膜20の厚さを29.0μmに変更した以外は、実施例1と同様にしてピストンリング1を形成した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0094】
[実施例6]
実施例6は、硬質皮膜20の上にさらに硬質炭素皮膜70を形成した以外は、実施例1と同様にしてピストンリング1を形成した。なお、硬質炭素皮膜70は、実施例1でのLP処理(工程108)を行った後、スパッタリング法により、炭素ターゲットと、導入ガスとしてのアルゴンとを用いて厚さ2.8μmの硬質炭素皮膜(ダイヤモンドライクカーボン膜)を成膜した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0095】
[実施例7]
実施例7は、ピストンリング基材10として、Cr:0.65質量%、C:0.55質量%、Si:1.4質量%、Mn:0.65質量%、P:0.01質量%、S:0.01質量%、残部:鉄及び不可避不純物からなるシリコンクロム鋼線を用いた。それ以外は実施例1と同様である。
【0096】
得られたピストンリング1は、ピストンリング基材10のビッカース硬度がHv495であった。なお、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度はHv501であった。また、ピストンリング1の外縁端部(ノーズ部)16に形成された硬質皮膜20は、ピストンリング1の軸方向に0.09mmの長さdで形成されていた。また、硬質皮膜20の膜厚は10.9μmであり、空孔率は1.0%であり、さらに、ビッカース硬度はHv1375であった。これらの結果を表1に示した。
【0097】
[実施例8]
実施例8は、硬質皮膜20の厚さを20.5μmに変更し、さらに軸方向の長さdを0.22mmに変更た以外は、実施例7と同様にしてピストンリング1を形成した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0098】
[実施例9]
実施例9は、硬質皮膜20の上にさらに硬質炭素皮膜70を形成した以外は、実施例7と同様にしてピストンリング1を形成した。なお、硬質炭素皮膜70は、実施例1でのLP処理(工程108)を行った後、スパッタリング法により、炭素ターゲットと、導入ガスとしてのアルゴンとを用いて厚さ2.8μmの硬質炭素皮膜(ダイヤモンドライクカーボン膜)を成膜した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0099】
[実施例10]
実施例10は、ピストンリング基材10として、C:0.56質量%、Si:0.25質量%、Mn:0.8質量%、P:0.01質量%、Cr:0.8質量%、残部:Fe及び不可避不純物からなるばね鋼材を用いた。それ以外は実施例1と同様である。
【0100】
得られたピストンリング1は、ピストンリング基材10のビッカース硬度がHv470であった。なお、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度はHv475であった。また、ピストンリング1の外縁端部(ノーズ部)16に形成された硬質皮膜20は、ピストンリング1の軸方向に0.10mmの長さdで形成されていた。また、硬質皮膜20の膜厚は12.0μmであり、空孔率は1.3%であり、さらに、ビッカース硬度はHv1370であった。これらの結果を表1に示した。
【0101】
[実施例11]
実施例11は、硬質皮膜20の厚さを16.0μmに変更し、さらに軸方向の長さdを0.20mmに変更た以外は、実施例10と同様にしてピストンリング1を形成した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0102】
[実施例12]
実施例12は、硬質皮膜20の上にさらに硬質炭素皮膜70を形成した以外は、実施例10と同様にしてピストンリング1を形成した。なお、硬質炭素皮膜70は、実施例1でのLP処理(工程108)を行った後、スパッタリング法により、炭素ターゲットと、導入ガスとしてのアルゴンとを用いて厚さ2.8μmの硬質炭素皮膜(ダイヤモンドライクカーボン膜)を成膜した。得られたピストンリング1の各特性を表1に示した。
【0103】
[比較例1]
実施例1において、諸条件を変更して比較例1のピストンリングを形成した。この比較例1におけるピストンリングは、硬質皮膜の膜厚が3.4μmに形成されており、膜厚が5μm未満に形成されたものである。
【0104】
[比較例2]
この比較例2におけるピストンリングは、硬質皮膜の膜厚が31.5μmに形成されており、膜厚が30μmを超えて形成されたものである。
【0105】
[比較例3]
実施例1において、諸条件を変更して比較例3のピストンリングを形成した。この比較例3におけるピストンリングは、硬質皮膜の空孔率が0.2%に形成されており、空孔率が本発明の下限値である0.5%よりも小さく形成されたものである。
【0106】
[比較例4]
この比較例4のピストンリングは、硬質皮膜の空孔率が1.9%に形成されており、空孔率が本発明の上限値である1.5%よりも大きく形成されたものである。
【0107】
[比較例5]
比較例5は、実施例1で用いたピストンリング基材10において、外周摺動面14の外縁端部16に形成された硬質皮膜20は、軸方向に0.005mmの長さdで形成されたものであり、その長さdが本発明の下限値である0.01mmよりも小さく形成されたものである。
【0108】
[比較例6]
比較例6は、実施例1で用いたピストンリング基材10において、外周摺動面14の外縁端部16に形成された硬質皮膜20は、軸方向に0.35mmの長さdで形成されたものであり、その長さdが本発明の上限値である0.30mmよりも大きく形成されたものである。
【0109】
[比較例7]
比較例7は、イオンボンバードメント工程において、ピストンリング基材に対して冷却をすることなく清浄工程を行ったものである。この比較例7のピストンリングは、イオンボンバードメント工程で冷却しなかった他は、実施例1と同様の工程を経て形成した。得られたピストンリングは、ピストンリング基材のビッカース硬度がHv344であり、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度がHv453であったのに対して硬度の低下が著しかった。
【0110】
[比較例8]
実施例7において、諸条件を変更して比較例8のピストンリングを形成した。この比較例8におけるピストンリングは、硬質皮膜の膜厚が4.1μmに形成されており、膜厚が5μm未満に形成されたものである。
【0111】
[比較例9]
この比較例9におけるピストンリングは、硬質皮膜の膜厚が31.2μmに形成されており、膜厚が30μmを超えて形成されたものである。
【0112】
[比較例10]
実施例7において、諸条件を変更して比較例10のピストンリングを形成した。この比較例10におけるピストンリングは、硬質皮膜の空孔率が0.3%に形成されており、空孔率が本発明の下限値である0.5%よりも小さく形成されたものである。
【0113】
[比較例11]
この比較例11のピストンリングは、硬質皮膜の空孔率が2.1%に形成されており、空孔率が本発明の上限値である1.5%よりも大きく形成されたものである。
【0114】
[比較例12]
比較例12は、実施例7で用いたピストンリング基材10において、外周摺動面14の外縁端部16に形成された硬質皮膜20は、軸方向に0.005mmの長さdで形成されたものであり、その長さdが本発明の下限値である0.01mmよりも小さく形成されたものである。
【0115】
[比較例13]
比較例13は、実施例7で用いたピストンリング基材10において、外周摺動面14の外縁端部16に形成された硬質皮膜20は、軸方向に0.33mmの長さdで形成されたものであり、その長さdが本発明の上限値である0.30mmよりも大きく形成されたものである。
【0116】
[比較例14]
比較例14は、イオンボンバードメント工程において、ピストンリング基材に対して冷却をすることなく清浄工程を行ったものである。この比較例14のピストンリングは、イオンボンバードメント工程で冷却しなかった他は、実施例1と同様の工程を経て形成した。得られたピストンリングは、ピストンリング基材のビッカース硬度がHv320であり、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度がHv490であったのに対して硬度の低下が著しかった。
【0117】
[比較例15]
実施例10において、諸条件を変更して比較例15のピストンリングを形成した。この比較例15におけるピストンリングは、硬質皮膜の膜厚が3.9μmに形成されており、膜厚が5μm未満に形成されたものである。
【0118】
[比較例16]
この比較例16におけるピストンリングは、硬質皮膜の膜厚が32.0μmに形成されており、膜厚が30μmを超えて形成されたものである。
【0119】
[比較例17]
実施例10において、諸条件を変更して比較例17のピストンリングを形成した。この比較例17におけるピストンリングは、硬質皮膜の空孔率が0.3%に形成されており、空孔率が本発明の下限値である0.5%よりも小さく形成されたものである。
【0120】
[比較例18]
この比較例18のピストンリングは、硬質皮膜の空孔率が1.8%に形成されており、空孔率が本発明の上限値である1.5%よりも大きく形成されたものである。
【0121】
[比較例19]
比較例19は、実施例10で用いたピストンリング基材10において、外周摺動面14の外縁端部16に形成された硬質皮膜20は、軸方向に0.005mmの長さdで形成されたものであり、その長さdが本発明の下限値である0.01mmよりも小さく形成されたものである。
【0122】
[比較例20]
比較例20は、実施例10で用いたピストンリング基材10において、外周摺動面14の外縁端部16に形成された硬質皮膜20は、軸方向に0.35mmの長さdで形成されたものであり、その長さdが本発明の上限値である0.30mmよりも大きく形成されたものである。
【0123】
[比較例21]
比較例21は、イオンボンバードメント工程において、ピストンリング基材に対して冷却をすることなく清浄工程を行ったものである。この比較例21のピストンリングは、イオンボンバードメント工程で冷却しなかった他は、実施例1と同様の工程を経て形成した。得られたピストンリングは、ピストンリング基材のビッカース硬度がHv335であり、硬質皮膜20を形成する前のピストンリング基材10のビッカース硬度がHv475であったのに対して硬度の低下が著しかった。
【0124】
[摩耗試験]
摩耗試験は、
図8に示すアムスラー型摩耗試験機60を使用し、上記実施例1〜12と比較例1〜21で得られたピストンリングと同じ条件で得た測定試料61(7mm×8mm×5mm)を固定片とし、相手材62(回転片)にはドーナツ状(外径40mm、内径16mm、厚さ10mm)のものを用い、測定試料61と相手材62を接触させ、荷重Pを負荷して行った。各測定試料61を用いた摩擦係数試験条件は、潤滑油63:クリセフH8(1号スピンドル油相当品)、油温:80℃、周速:1m/秒(478rpm)、荷重:1471.5N、試験時間:7時間の条件下で、ボロン鋳鉄を相手材62として行った。なお、ボロン鋳鉄からなる相手材62は、所定形状に研削加工した後、研削砥石の細かさを変えて順次表面研削を行い、最終的に1〜2μmRz(十点平均粗さ。JIS B0601(1994)に準拠。)となるように調整した。
【0125】
表2に示す摩耗指数は、実施例1〜12に相当する各測定試料の摩耗量を、比較例1に対応する測定試料の摩耗量に対しての相対比として比較し、摩耗指数とした。同様に、比較例2〜21に対応する測定試料ついても、比較例1に対応する測定試料の摩耗量に対しての相対比として比較し、摩耗指数として示した。したがって、各測定試料の摩耗指数が100よりも小さいほど摩耗量が小さいことを表す。結果を表2に示した。
【0126】
表2から明らかなように、硬質皮膜の膜厚が5μm〜30μm、硬質皮膜の空孔率が0.5%〜1.5%、長さdが0.01mm〜0.30mm、ピストンリング基材のビッカース硬度がHv350〜Hv550、硬質皮膜20のビッカース硬度がHv800〜Hv2300の範囲に形成された実施例1〜12に対応する各測定試料は、いずれも摩耗指数が100よりも小さく、比較例1に対応する測定試料よりも耐摩耗性に優れていた。
【0127】
[欠け性試験]
硬質皮膜20を成膜した後、炉冷を150分間行い、その後、炉から試料を取り出し、外観を目視にて観察した。欠けが発生したものは除き、欠けの発生がなかったものについて、ツイスト試験を行った。
【0128】
欠けの発生が抑制される程度(耐欠け性)は、
図9に示すツイスト試験機80を使用したツイスト試験により評価した。このツイスト試験は、ピストンリング81に形成された硬質皮膜の密着性を評価する試験であり、その測定は、ピストンリング81の合口82aの相対向する合口端部82bを掴持具83a、83bで掴持し、掴持具83aを固定しておいて掴持具83bをピストンリング81の直径方向で合口の反対側82cを軸として一点鎖線で示されるように回転させ、ピストンリング81を所定の捻り角度にて捻る方法で行った。そして、捻り後に、このピストンリング81の合口反対側82cを切断し、切断面(破面)における硬質皮膜がピストンリング基材から剥離するか否かを目視で観察した。なお、このときの捻り角度は90°とした。
【0129】
表2に示す耐欠け性は、上記ツイスト試験の結果を以下の評価基準で表したものである。「ランク1」は出炉時に欠けの発生がなく且つツイスト試験でも剥離が無いもの、「ランク2」は出炉時に欠けの発生がないが、ツイスト試験で剥離が発生したもの、「ランク3」は出炉時に欠けが発生したもの、とした。表2に示すように、比較例1,2,3,5、比較例8,9,10,12、及び比較例15,16,17,19が耐欠け性に劣る結果となった。
【0130】
[オイル消費試験]
リング母材が同一の実施例4,8,11及び比較例6,13,20で得られたピストンリングを用いてオイル消費試験を行った。このオイル消費試験では、排気量が2.4Lでシリンダ内径が87mmの直列4気筒ガソリンエンジンの実機実験を行いた。エンジンの運転条件は、高負荷、回転数7000r.p.m.で連続重量法にてオイル消費量を測定した。
【0131】
測定は、ファーストリング、セカンドリング及びオイルリングを組み合わせて行った。ファーストリングとしては、SWOSC−V材で、リング軸方向幅h1を1.2mmとし、リング径方向幅a1を2.9mmとし、外周面形状をバレルフェースとし、外周面をPVD処理したものを用いた。セカンドリングとしては、実施例4,8,12及び比較例6,13,20で得られたピストンリングを、リング軸方向幅h1を1.0mmとしリング径方向幅a1を2.5mmとしたものを用いた。オイルリングとしては、3ピースタイプのオイルリングを用い、スペーサエキスパンダの軸方向幅h1を2.0mmとし、スペーサエキスパンダの径方向幅a1を2.5mmとし、外周面をPVD処理し、サイドレールがJIS規格で表されるSWRH72A材で、スペーサーがSUS304材であるものを用いた。
【0132】
オイル消費量の確認を行った結果を表2に示した。各実施例よりも各比較例は1を超える値となり、オイル消費が悪化する傾向にあることがわかった。
【0133】
[硬度測定]
硬度測定は、微小ビッカース硬度試験機(株式会社フューチュアテック製、FM−ARS9000)を用いて測定した。実施例1〜12のピストンリング1において、ピストンリング基材10の母材硬度は、いずれもHv439〜Hv495の範囲であり、硬質皮膜20のビッカース硬度はいずれもHv1370〜Hv1863の範囲であった。
【0134】
[厚さ測定]
硬質皮膜20の各試料を湿式切断機にて切断し、樹脂に試料を埋め込んで研磨し、断面観察から算出した。実施例1〜12において硬質皮膜20の膜厚は、いずれも5μm〜30μmの範囲内に形成されていた。
【0135】
[成分測定]
硬質皮膜20中の成分組成は、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)装置(日本電子株式会社製、JXA−8800RL)を用いて定量した。
【0136】
【表1】
【0137】
【表2】