【実施例1】
【0032】
1.材料及び方法
1.1 検体の入手
本実施例の実験は公益財団法人東京都医学総合研究所(旧東京都精神医学総合研究所)の研究倫理委員会の承認(承認番号:17−36、承認日:2005年9月3日)を得て実施された。
【0033】
1.2 脳検体からの不溶性画分の調製
前記患者から採取された脳の凍結検体(0.5g)が5倍容量のA68緩衝液(10mM Tris(pH7.5)、0.8M NaCl、1mM EGTA、1mM DTT)中でホモジナイズされ、懸濁液が作製された。該懸濁液にN−ラウロイルサルコシンナトリウムが終濃度1%添加され、37°Cで30分間インキュベーションされた。前記懸濁液は遠心分離(12,000g、10分間、25°C)され、上清が回収された。前記上清はさらに遠心分離(100,000g、20分間、25°C)され、沈殿が得られた。前記沈殿はPBS中でBiomic 7040 Ultrasonic Processor装置(セイコー株式会社)を使用して超音波処理され、500μL程度の沈殿試料がエッペンドルフ型試験管に分注された。上清が遠心分離(100,000g、20分間、25°C)後に除去され、ALS患者由来の不溶性画分が調製された。
【0034】
1.3 細胞導入用試料の調製
PBS 150μLが前記不溶性画分に添加され、VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理が行われた。上清が遠心分離(2,300g、5分間、25°C)後に回収された。前記上清5μLずつが6ウェルプレートのウェル1個分の培養細胞に導入されるために1.5mLのエッペンドルフチューブに分注され、該チューブ1本につき、マルチフェクタム(プロメガ株式会社)62.5μLと、OptiMEM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)120μLとが添加され、室温で30分間インキュベーションされた。前記OptiMEM62.5μLがさらに添加され、室温で5分間インキュベーションされた。得られた細胞導入用試料の全量が、6ウェルプレートの単一ウェルに播種された培養細胞に導入された。
【0035】
1.4 細胞培養
培養細胞として、神経芽腫細胞株のSH−SY5Y細胞と、これに所望のタンパク質を一過的に発現させたトランスフェクタントとが用いられた。SH−SY5Y細胞は10%ウシ胎仔血清を含む細胞培養用培地(D−MEM/F−12、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて培養された。以下、特記されない場合には、SH−SY5Y細胞及びそのトランスフェクタントは37°C、5%CO
2及び飽和水蒸気雰囲気下で培養された。SH−SY5Y細胞は播種翌日にウェル中で30%ないし50%コンフルエントになるように市販の6ウェルプレートに播種された。
【0036】
1.5 トランスフェクタントの作製
(1)ヒトαシヌクレイン(以下、「αS」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「αS発現細胞」という。)と、(2)HAでタグ化したTAR DNA結合タンパク質(以下、「HA−TDP」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「HA−TDP発現細胞」という。)という2種類のトランスフェクタントが作製された。簡潔には、αS又はHA−TDPをエンコードするポリヌクレオチドがpcDNA3ベクターに挿入されたコンストラクトが用意された(Ueda. Kら、Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 90:11282(1993)、Ou. SHら、J Virol. 3584: 394(1995))。前記コンストラクト1μgと、X−tremeGENE 9 DNAトランスフェクション試薬(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)3μLと、前記OptiMEM 100μLとの混合液が、前記DNAトランスフェクション試薬の30ないし50%コンフルエントの前記SH−SY5Y細胞に添加され、終夜培養後、以下の不溶性画分の導入に供された。
【0037】
1.6 培養細胞への不溶性画分の導入
前記6ウェルプレートのウェル1個用の導入試料がウェル1個の前記細胞培養用培地に添加された後、前記培養細胞は6時間培養された。前記インキュベーション後、培地が新鮮な細胞培養用培地(2mL)に交換され、3日間培養された。その後、前記培養細胞は、ウェスタンブロット法又は免疫細胞化学法による解析に供された。直ちに使用されない場合には−20°Cで保存された。
【0038】
1.7 ウェスタンブロット法による解析
1.7.1 さまざまな細胞抽出画分の調製
培養細胞への不溶性画分の導入後、前記細胞培養用培地は除去され、PBS 1mLが添加された。前記培養細胞は剥離され、遠心分離(1,800g、5分間、4°C)された。上清の除去後、PBS 1mLが添加された。前記培養細胞は再度遠心分離(1,800g、5分間、4°C)され、洗浄された。
【0039】
1.7.2 トリス緩衝液可溶性画分の調製
前記培養細胞は細胞破砕溶液(50mM Tris−HCl(pH 7.5)、0.15M NaCl、5mM EDTA、5mM EGTA、及び、プロテアーゼインヒビターカクテルセットIII(カタログ番号539134、メルク株式会社))100μLに懸濁され、37°Cで30分間インキュベーションされた。VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理した後、上清と沈殿とが超遠心分離(290,000g、20分間、4°C)によって分離され、前記上清がトリス緩衝液可溶性画分(以下、「TS画分」という。)として用いられた。
【0040】
1.7.3 Triton X−100含有トリス緩衝液可溶性画分の調製
前記TS画分の調製で得られた沈殿は1%Triton X−100を含む前記細胞破砕溶液 100μLに懸濁され、37°Cで30分間インキュベーションされた。VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理した後、上清と沈殿とが超遠心分離(290,000g、20分間、4°C)によって分離され、前記上清はTriton X−100含有トリス緩衝液可溶性画分(以下、「TX画分」という。)として用いられた。
【0041】
1.7.4 N−ラウロイルサルコシンナトリウム含有トリス緩衝液可溶性画分及び不溶性画分の調製
前記TX画分の調製で得られた沈殿は1%N−ラウロイルサルコシンナトリウムを含む前記細胞破砕溶液に懸濁され、37°Cで30分間インキュベーションされた。VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理した後、上清と沈殿とが超遠心分離(290,000g、20分間、4°C)によって分離され、前記上清はN−ラウロイルサルコシンナトリウム含有トリス緩衝液可溶性画分(以下、「Sar画分」という。)として用いられた。また、前記沈殿は不溶性画分(以下、「ppt画分」という。)として用いられた。
【0042】
1.7.5 ウェスタンブロッティング法による解析
TS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分は、当業者に周知な標準的な方法でウェスタンブロット法による解析に供された。簡潔には、前記画分のそれぞれが13.5%SDS−ポリアクリルアミドゲルの電気泳動により分離された。分離されたタンパク質はPVDF膜に転写され、以下の1次抗体及び2次抗体と反応され、ECL Plusウェスタンブロッティング検出システム(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)と、ImageQuant(商標)LAS 4000 mini(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)とを用いて検出された。
【0043】
用いられた1次抗体と、その希釈倍率とは以下のとおりである。
(1)TDP単量体を認識する抗TDP抗体(カタログ番号60019?2?Ig、ProteinTech、株式会社トランスジェニック、以下、「抗TDP単量体抗体」という。)、1:1000希釈
(2)HAタグを認識する抗HA抗体(カタログ番号H9658、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)(以下、「anti−HA」という。)、1:2000希釈
(3)409番目/410番目のリン酸化セリンを認識する抗TDP抗体(TDP43−pS409/410、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、受領番号:FERM ABP−10984、WO2009/008529)(以下、「anti−409/410」という。)、1:1,000希釈
(4)αシヌクレイン及びβシヌクレインを認識する抗体(抗Syn102抗体、Nonaka Tら、Biochemistry, 44: 361(2005))(以下、「anti−Syn102抗体」という。)、1:2,000希釈
(5)129番目のリン酸化セリンを認識する抗αシヌクレイン抗体(Fujiwara Hら,Nat. Cell Biol. 4: 160(2002))(以下、「anti−PSer129抗体」という。)、1:2,000希釈
(6)シヌクレインの131番目−140番目のペプチドを抗原とする抗シヌクレイン抗体(Masuda Mら,FEBS Lett. 583: 787(2009))(以下、「131−140抗体」という。)、1:1,000希釈
【0044】
用いられた2次抗体と、その希釈倍率とは以下のとおりである。
(1)抗ウサギーHRP標識IgG(カタログ番号170?6515、バイオラッド株式会社)1:20,000希釈
(2)抗マウスーHRP標識IgG(カタログ番号170?6516、バイオラッド株式会社)1:20,000希釈
(3)ビオチン化抗ウサギーIgG(カタログ番号BA1000、フナコシ株式会社)1:500希釈
(4)ビオチン化抗マウスーIgG(カタログ番号BA2000、フナコシ株式会社)1:500希釈
【0045】
1.8 共焦点顕微鏡観察
免疫細胞化学染色は当業者に周知な標準的な方法で行われた。簡潔には、前記培養細胞は4%パラホルムアルデヒドで固定された。その後、透過処理が0.2%Triton X−100で行われ、ブロッキングが5%ウシ胎仔血清を含むPBS溶液で行われた。前記anti−HAと、前記anti−409/410抗体とが適切に希釈され、1次抗体として用いられた。Alexa Fluor 488 goat anti−rabbit IgG(カタログ番号A11008、インビトロジェン株式会社)と、Alexa Fluor 568 goat anti−mouse IgG(カタログ番号A11004、インビトロジェン株式会社)とが適切に希釈され、2次抗体として用いられた。細胞核はTO−PRO−3(Molecular Probes、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で染色された。前記培養細胞はProLong Gold antifade reagent(カタログ番号P36934、インビトロジェン株式会社)で封入され、共焦点顕微鏡(カールツァイスマイクロスコピー株式会社)で観察された。
【0046】
2.結果
2.1 ウェスタンブロット解析
図1−1、1−2及び1−3は、それぞれ、抗TDP単量体抗体、anti−HA及びanti−409/410抗体を用いて検出された、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞画分のウェスタンブロット図である。「HA−WT」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−TDP発現細胞であることを表す。「ALSppt」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−WT+ALSppt」はALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−WT」、「ALSppt」又は「HA−WT+ALSppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図1−1、1−2及び1−3から明かなとおり、抗TDP単量体抗体、anti−HA及びanti−409/410抗体は、HA−TDP発現細胞のppt画分と、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分とに対しては反応しなかった。しかし、前記抗TDP単量体抗体、anti−HA及びanti−409/410抗体は、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のppt画分に対して反応した。特に、前記anti−409/410抗体は、約50kDaのインタクトなTDPと、約25kDaのTDPのC末端断片とを検出した。この交叉反応性は、神経変性疾患患者、特にALS患者由来の試料のウェスタンブロット解析で検出される交叉反応性と非常に類似していた。
【0047】
図2−1及び2−2は、それぞれ、anti−Syn102抗体及びanti−PSer129抗体を用いて検出された、ALS患者由来の不溶性画分を導入したαS発現細胞のウェスタンブロット図である。「αS」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないαS発現細胞であることを表す。「ALSppt」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「αS+ALSppt」はALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「αS」、「ALSppt」又は「αS+ALSppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図1−1、1−2及び1−3から明かなとおり、anti−Syn102抗体及びanti−PSer129抗体は、αS発現細胞のppt画分と、ALS患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分と、ALS患者由来の不溶性画分を導入したαS発現細胞のppt画分とに対して反応しなかった。
【0048】
以上の結果から、ALS患者由来の不溶性画分は、HA−TDP発現細胞では不溶性凝集体の蓄積を顕著に促進する一方、αS発現細胞では不溶性凝集体の蓄積を促進しないことが示された。したがって、不溶性凝集体の蓄積には、凝集の核(シード)となる不溶性画分と、前記不溶性凝集体を形成するタンパク質単量体との特異的な組み合わせが必要であることが示された。
【0049】
2.2 共焦点顕微鏡観察
図3−1、3−2、3−3及び3−4は、ALS患者由来の不溶性画分によって蓄積した不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真である。図の写真のそれぞれの左上に用いた1次抗体が示されている。「merge」は、残りの3枚の写真の画像を合成したことを意味する。
図3−1、3−3及び3−4ではHA−TDP発現細胞が用いられ、
図3−2ではSH−SY5Y細胞が用いられた。
図3−1では不溶性画分は導入されなかったが、
図3−2、3−3及び3−4ではALS患者由来の不溶性画分が導入された。
図3−1から、ALS患者由来の不溶性画分が導入されなかったHA−TDP発現細胞ではリン酸化TDPは検出されなかった。
図3−2から、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞ではリン酸化TDPはわずかに検出された。
図3−3及び3−4から、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞では、リン酸化TDPとHA−TDPは局在パターンが重なった。
図3−4ではリン酸化TDP及びHA−TDPを発現する細胞はダイヤ状のユニークな形態をとっていた。
【実施例2】
【0050】
1.材料及び方法
1.1 不溶性凝集体と、神経変性疾患関連タンパク質との組み合わせ
検体の入手、脳検体からの不溶性画分の調製、不溶性画分を含む導入試料の調製、細胞培養、トランスフェクタントの作製、培養細胞への不溶性画分の導入、ウェスタンブロット解析、及び、共焦点顕微鏡観察は実施例1と同様に行われた。脳検体は、レビー小体型認知症(dementia with lewy bodies:DLB)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD)、ピック病(Pick disease)、及び、前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)の患者から入手され、不溶性画分が調製された。2種類のトランスフェクタント、(1)HAでタグ化され、3つの繰り返し配列を有する微小管結合タンパク質タウのアイソフォーム(以下、「HA−3R1N」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「HA−3R1N発現細胞」という。)と、(2)HAでタグ化され、4つの繰り返し配列を有する微小管結合タンパク質タウのアイソフォームのアイソフォーム(以下、「HA−4R1N」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「HA−4R1N発現細胞」という。)という2種類のトランスフェクタントがさらに作製された。簡潔には、HA−3R1N又はHA−4R1NをエンコードするヌクレオチドをpcDNA3ベクターに挿入したコンストラクトが用意された。(Goedert Mら、Neuron 3: 519(1989)前記コンストラクト1μgと、X−tremeGENE 9 DNAトランスフェクション試薬(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)3μLと、OptiMEM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)100μLとの混合液が、前記DNAトランスフェクション試薬の30ないし50%コンフルエントの前記SH−SY5Y細胞に添加され、終夜培養後、以下の不溶性画分の導入に供された。ウェスタンブロット解析では、1次抗体として396番目のリン酸化セリンを認識する抗タウ抗体(カタログ番号577815、メルク株式会社)(以下、「anti−PS396抗体」という。)と、2次抗体として抗ウサギーHRP標識IgG(カタログ番号170?6515、バイオラッド株式会社)1:20,000希釈あるいはビオチン化抗ウサギーIgG(カタログ番号BA1000、フナコシ株式会社)1:500希釈とがさらに用いられた。
【0051】
1.2 細胞毒性試験
細胞毒性試験は、SH−SY5Y細胞と、ALS、FTLD又はピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞とについて、市販の細胞毒性試験キット(CytoTox 96(登録商標)Non−Radioactive Cytotoxicity Assay、G1780、プロメガ株式会社)を用いて製造者の指示書に従って行われた。細胞毒性率(%)が、細胞培養液中の乳酸脱水素酵素の測定値を細胞培養液中および生細胞中の乳酸脱水素酵素の測定値で除算した商の百分率として算出された。
【0052】
2.結果
図4−1及び4−2は、それぞれ、anti−Syn102抗体及びanti−PSer129抗体を用いて検出された、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のウェスタンブロット図である。「αS」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないαS発現細胞であることを表す。「DLBppt」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にDLB患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「αS+DLBppt」はDLB患者脳由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「αS」、「DLBppt」又は「αS+DLBppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図4−1及び4−2から明かなとおり、anti−Syn102抗体は、αS発現細胞のppt画分と、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分と、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のppt画分とに対して反応しなかった。anti−PSer129抗体は、αS発現細胞のppt画分と、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応しなかった一方、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のppt画分に対して反応した。これらの結果から、αS発現細胞では、DLB患者由来の不溶性画分が導入されても、されなくても、ほとんどのαSは可溶性画分に存在し、不溶性凝集体は非常に微量であった。しかし、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞では、リン酸化αSのかなりの量が不溶性画分に移る。トランスフェクションが行われずにDLB患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞にはリン酸化αSがほぼまったく検出されなかったことから、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞では、DLB患者由来の不溶性画分がシードとなって新たに不溶性凝集体が形成されることが示唆された。
【0053】
図4−3は、DLB患者由来の不溶性画分によって蓄積した不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色した培養細胞の共焦点顕微鏡写真である。図の写真のそれぞれの左上に用いた1次抗体が示されている。「merge」は、残りの3枚の写真の画像を合成したことを意味する。DLB患者由来の不溶性画分を導入したαS発現細胞では、αSそのものは細胞質全体に局在して検出されたが、リン酸化αSは封入体に局在して検出された。
【0054】
図5−1は、anti−PS396抗体を用いて検出された、PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau3R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−3R1N発現細胞であることを表す。「PSP」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau3R1N+PSP」はPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau3R1N」、「PSP」又は「HA−tau3R1N+PSP」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図5−1から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−3R1N発現細胞のppt画分と、PSP患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分と、PSP患者由来の不溶性画分を導入したHA−3R1N発現細胞のppt画分とに対して反応しなかった。
【0055】
図5−2は、anti−PS396抗体を用いて検出された、PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau4R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−4R1N発現細胞であることを表す。「PSP」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau4R1N+PSP」はPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau4R1N」、「PSP」又は「HA−tau4R1N+PSP」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図5−2から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−4R1N発現細胞のppt画分と、PSP患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応しなかった一方、PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のppt画分に対して反応した。
【0056】
図5−3は、anti−PS396抗体を用いて検出された、CBD患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau4R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−4R1N発現細胞であることを表す。「CBD」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にCBD患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau4R1N+CBD」はCBD患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau4R1N」、「CBD」又は「HA−tau4R1N+CBD」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図5−3から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−4R1N発現細胞のppt画分と、CBD患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応を示さなかった一方、CBD患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のppt画分に対して反応した。
【0057】
図5−4は、anti−PS396抗体を用いて検出された、ピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau3R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−4R1N発現細胞であることを表す。「Pick」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にピック病患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau3R1N+Pick」はピック病患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau3R1N」、「Pick」又は「HA−tau3R1N+Pick」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図5−4から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−3R1N発現細胞のppt画分と、ピック病患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応しなかった一方、ピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のppt画分に対して反応した。
【0058】
図6は、異なる疾患の患者由来の不溶性画分が導入された培養細胞の細胞毒性試験の結果を示すグラフである。細胞毒性率(%)は、トランスフェクションが行われずにALS患者由来の不溶性画分が導入したSH−SY5Y細胞実験群では約5%であり、患者由来の不溶性画分が導入されなかったHA−TDP発現細胞実験群では約6%であり、HA−TDP発現細胞へのALS、FTLD及びピック病患者由来の不溶性画分の導入実験群では、それぞれ、約11%、約15%及び約4.5%であった。
【0059】
以上の結果から、さまざまな神経変性疾患の不溶性凝集体の蓄積には、凝集の核(シード)となる不溶性凝集体と、該神経変性疾患の関連タンパク質との特異的な組み合わせが必要であることが示された。また、細胞死が不溶性凝集体の蓄積にともなって増大することが示された。さらに、さまざまな神経変性疾患患者から調製した不溶性画分と、該神経変性疾患の関連タンパク質とを利用して、不溶性凝集体の蓄積モデル細胞培養系を構築することができることが示唆された。
【実施例3】
【0060】
1.材料及び方法
検体の入手、脳検体からの不溶性画分の調製、不溶性画分を含む導入試料の調製、細胞培養、トランスフェクタントの作製、培養細胞への不溶性画分の導入、及び、ウェスタンブロット解析は実施例1と同様に行われた。HA−TDP発現細胞へのALS患者由来の不溶性画分の導入後、前記HA−TDP発現細胞から調製されたppt画分(以下、「増幅用不溶性画分」という。)は新たなHA−TDP発現細胞に導入された。
【0061】
2.結果
図7−1は、anti−HA抗体を用いて検出された、増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図である。
図7−2は、anti−409/410抗体を用いて検出された、増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図である。「none」は、トランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞に患者脳由来の不溶性画分が導入されない条件であることを表す。「HA−WT」はHA−TDP発現細胞に患者脳由来の不溶性画分が導入されない条件であることを表す。「HA−WT+Cell ppt」は増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「none」、「HA−WT」又は「HA−WT+Cell ppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。
図7−1及び7−2から明かなとおり、anti−HAは、増幅用不溶性画分を導入したHA−TDP発現細胞のppt画分に対して強く反応した。また、anti−409/410抗体は、約50kDaのインタクトなTDPと、約25kDaのTDPのC末端断片とに対して反応した。以上の結果から、神経変性疾患患者由来の不溶性画分と同様に、培養細胞由来の不溶性画分も不溶性凝集体を形成できることが示された。つまり、神経変性疾患関連タンパク質の単量体を強制発現させた培養細胞に、当該神経変性疾患患者の脳由来の不溶性画分を導入させると、該不溶性画分がシードとなって新たに不溶性凝集体が形成される。換言すると、前記培養細胞内で不溶性凝集体が増幅される。そして、培養細胞内で形成された不溶性凝集体は、それ自身がシードとして新たな培養細胞に導入されると不溶性凝集体を形成することができる。すると、不溶性凝集体の形成を繰りかえすことにより、神経変性疾患患者の脳由来の不溶性画分を大量に増幅することができる。
【0062】
図1−3及び
図7−2のブロット図のバンドの濃度をデンシトメーターで定量化し、その測定値をもとに、本実施例における不溶性凝集体の増幅倍率を推定した。
図1−3の「HA−WT+ALS ppt」のpptレーン(ALS患者脳由来のサルコシル不溶性画分をHA−WT発現細胞に導入後3日間培養した細胞の破砕液から得られたサルコシル不溶性画分が適用されたレーン)の20ないし55kDaの範囲のバンドをデンシトメーターで測定したところ、その読み取り値は187,419,461であった。このppt画分は、100μLのPBSに懸濁されたもので、
図1−3のウェスタンブロット法による解析には15μLが前記レーンに適用され、5μLが新たなHA−WT発現細胞への導入に用いられた。したがって、増幅前の不溶性凝集体の量はデンシトメーターの読み取り値の単位で、62,473,153.65となる。
図7−2の「HA−WT+Cell ppt」のsar及びpptレーン(本実施例で増幅されたサルコシル可溶性及び不溶性画分が適用されたレーン)の20ないし150kDaの範囲のバンドをデンシトメーターで測定したところ、その読み取り値は278,226,669であった。このsar及びppt画分は、ともに100μLのPBSに懸濁されたもので、
図7−2のウェスタンブロット法による解析には10μLが前記レーンに適用された。したがって、増幅後の不溶性凝集体の量はデンシトメーターの読み取り値の単位で、2,782,266,690となる。すると、2,782,266,690を62,473,153.65で除算した商の約44.5が本実施例における不溶性凝集体の増幅倍率の推定値である。この結果から、本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法は少なくとも数十倍の増幅効率を有することが示された。