特許第6062371号(P6062371)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許6062371神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】6062371
(24)【登録日】2016年12月22日
(45)【発行日】2017年1月18日
(54)【発明の名称】神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/02 20060101AFI20170106BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20170106BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20170106BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20170106BHJP
   C12N 15/09 20060101ALN20170106BHJP
【FI】
   C12P21/02 A
   C07K14/47
   C12Q1/02
   G01N33/15 Z
   !C12N15/00 A
【請求項の数】7
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2013-544149(P2013-544149)
(86)(22)【出願日】2012年5月18日
(86)【国際出願番号】JP2012062794
(87)【国際公開番号】WO2013073219
(87)【国際公開日】20130523
【審査請求日】2015年5月1日
(31)【優先権主張番号】特願2011-252522(P2011-252522)
(32)【優先日】2011年11月18日
(33)【優先権主張国】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用 第52回日本神経学会学術大会(研究集会名)、日本神経学会(主催者名)、平成23年5月20日開催(開催日)
(73)【特許権者】
【識別番号】591063394
【氏名又は名称】公益財団法人東京都医学総合研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100080089
【弁理士】
【氏名又は名称】牛木 護
(74)【代理人】
【識別番号】100161665
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 知之
(74)【代理人】
【識別番号】100121153
【弁理士】
【氏名又は名称】守屋 嘉高
(74)【代理人】
【識別番号】100178445
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 淳二
(74)【代理人】
【識別番号】100133639
【弁理士】
【氏名又は名称】矢野 卓哉
(72)【発明者】
【氏名】野中 隆
(72)【発明者】
【氏名】増田 雅美
(72)【発明者】
【氏名】山下 万貴子
(72)【発明者】
【氏名】秋山 治彦
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 成人
【審査官】 戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2009/125646(WO,A1)
【文献】 国際公開第2009/008529(WO,A1)
【文献】 国際公開第2007/066809(WO,A1)
【文献】 FEBS Lett.,2009年,vol.583, no.2,pp.394-400
【文献】 Commun. Integr. Biol.,2011年 7月,vol.4, no.4,pp.501-502
【文献】 J. Biol. Chem.,2011年 5月,vol.286, no.21,pp.18664-18672
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 21/00−21/02
C12N 15/00−15/90
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/
WPIDS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)TDP−43が構成的に発現される培養細胞に、患者脳由来のTDP−43を含む不溶性画分を導入するステップと、
(2)前記不溶性画分が導入された前記培養細胞を培養するステップと、
(3)前記培養細胞から不溶性画分を抽出するステップと、
(4)培養細胞から抽出されたTDP−43を含む不溶性画分を、TDP−43を構成的に発現する培養細胞に導入し、前記不溶性画分が導入された前記培養細胞を培養し、前記培養細胞から不溶性画分を抽出することを含む、TDP−43を含む不溶性凝集体を培養細胞において増幅するステップとを含むことを特徴とする、リン酸化TDP−43を含む神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法。
【請求項2】
(5)前記ステップ(4)をさらに少なくとも1回連続して繰り返すステップを含むことを特徴とする、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
TDP−43が構成的に発現される培養細胞に、患者脳由来のTDP−43を含む不溶性画分を導入し、前記培養細胞を培養し、TDP−43を含む不溶性凝集体を増幅し、又は、該増幅するステップをさらに少なくとも1回連続して繰り返し、前記培養細胞から不溶性画分を抽出して製造され、組み換えTDP−43がリン酸化されたリン酸化TDP−43を含むことを特徴とする、前記培養細胞より抽出された不溶性凝集体。
【請求項4】
請求項3に記載の不溶性凝集体をTDP−43が構成的に発現される細胞内に導入された、細胞。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の製造方法によって得られる抽出された不溶性凝集体をTDP−43が構成的に発現される細胞内に導入された、細胞。
【請求項6】
前記培養細胞が、神経細胞又は神経芽腫細胞由来であることを特徴とする、請求項5又は6に記載の細胞。
【請求項7】
請求項1又は2の方法で製造されたTDP−43を含む不溶性画分を、TDP−43が構成的に発現される培養細胞に導入するステップと、前記培養細胞にTDP−43が関与する神経変性疾患の治療薬の候補化合物を接触させるステップと、前記培養細胞の細胞死を抑制する効果を有する前記候補化合物を前記神経変性疾患の治療薬候補としてスクリーニングするステップとを含むことを特徴とする、TDP−43が関与する神経変性疾患の治療薬候補のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法と、該方法により製造される不溶性凝集体とに関し、具体的には、神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞内で、前記神経変性疾患の患者脳に由来する不溶性画分をシードとして不溶性凝集体を形成させるステップを繰り返すことによる、不溶性凝集体の製造方法と、該方法により製造される不溶性凝集体とに関する。
【背景技術】
【0002】
多くの神経変性疾患の患者脳には、それぞれの疾患に特徴的な細胞内封入体(凝集体)が出現する。アルツハイマー病(AD)では神経原線維変化、パーキンソン病(PD)ではレビー小体と呼ばれる病理構造物は、いずれも種々のタンパク質からなる不溶性凝集体である。神経原線維変化の主要構成成分としてタウ、レビー小体の主要構成成分としてαシヌクレイン、そして筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)に認められるユビキチン陽性の細胞内封入体の主要構成成分として43kDaのTAR DNA結合タンパク質(TDP−43)がそれぞれ同定されている。これらは正常な場合には可溶性のタンパク質として存在しているが、患者脳においては不溶性の異常な凝集体として沈着しており、そのメカニズムは今のところ不明である。また、これらの凝集体の出現部位と神経細胞の脱落(細胞死)部位に相関が見られることから、細胞内に出現するこれらの凝集体が細胞毒性を有し、最終的に神経細胞が死に至り発症につながるというメカニズムが考えられている。したがって、細胞内凝集体の形成機構や凝集体による細胞死誘導機構などを解明することは、種々の神経変性疾患の治療薬の開発などに貢献できると考えられる。
【0003】
このためには、各疾患に特徴的な細胞内凝集体を培養細胞に再現させる系の構築が必要となる。しかし、これらの凝集体を形成するタンパク質をただ単に細胞に発現させても患者脳に見られる凝集体は一切出現しない。近年本願の発明者らは、in vitroで調製されたそれらのタンパク質の凝集体を培養細胞に効率よく導入する方法を確立した(特許文献1、非特許文献1)。そして、in vitroで調製された前記凝集体を予めこれらのタンパク質を一過性に発現した細胞に導入すると、患者脳に見られる細胞内凝集体と性質や形状が類似した凝集体が出現することを見いだした。これらの凝集体は、単に細胞に一過性にそのタンパク質を発現した場合には全く認められないが、in vitroで調製された前記タンパク質の凝集体が前記細胞に導入されると、該凝集体が凝集の核、すなわち、シードとなって、前記細胞の中で新たな凝集体が形成される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際出願第WO2007/066809号公開公報
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Nonaka,T.ら、J.Biol.Chem.285:34885(2010)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
in vitroで調製された前記タンパク質の凝集体から細胞内で形成された凝集体は、前記神経変性疾患の進行に伴って出現する不溶性凝集体とは所詮異なる。そこで、前記神経変性疾患の発症過程を再現するためには、前記神経変性疾患の患者の脳で形成された不溶性凝集体をシードとして細胞内で凝集体を形成する過程を再現する実験系を開発する必要がある。また、細胞内で凝集体を形成する過程を詳細に解析するためには、患者の脳で形成された不溶性凝集体を大量に得る必要がある。しかし、患者の脳で形成された不溶性凝集体は量が限られるので、同質の不溶性凝集体を製造する方法を開発することが必要である。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法を提供する。本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法は、(1)神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞に、神経変性疾患の患者脳に由来する不溶性画分を導入するステップと、(2)前記不溶性画分が導入された前記培養細胞を培養するステップと、(3)前記培養細胞から不溶性画分を抽出するステップとを含む。
【0008】
本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法は、(4)培養細胞から抽出された不溶性画分を、神経変性疾患関連タンパク質を構成的に発現する培養細胞に導入し、前記不溶性画分が導入された前記培養細胞を培養し、前記培養細胞から不溶性画分を抽出することを含む、神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を培養細胞において増幅するステップを含む場合がある。
【0009】
本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法は、(5)前記ステップ(4)をさらに少なくとも1回連続して繰り返すステップを含む場合がある。
【0010】
本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法において、前記神経変性疾患関連タンパク質は、TAR DNA結合タンパク質、αシヌクレイン、タウタンパク質、βアミロイドタンパク質、ポリグルタミン、SOD1及びプリオンタンパク質からなるグループから選択される場合がある。
【0011】
本発明は、本発明の製造方法によって得られる前記神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を提供する。
【0012】
本発明は、生物学的試料から神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を製造する方法を提供する。本発明の生物学的試料から神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を製造する方法は、(1)生物学的試料から抽出された不溶性画分を神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞に導入するステップと、(2)前記不溶性画分が導入された前記培養細胞を培養するステップと、(3)前記培養細胞から不溶性画分を抽出するステップとを含む。
【0013】
本発明の生物学的試料から神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を製造する方法は、(4)培養細胞から抽出された不溶性画分を、神経変性疾患関連タンパク質を構成的に発現する培養細胞に導入し、前記不溶性画分が導入された前記培養細胞を培養し、前記培養細胞から不溶性画分を抽出することを含む、神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を培養細胞において増幅するステップを含む場合がある。
【0014】
本発明の生物学的試料から神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を製造する方法は、(5)前記ステップ(4)をさらに少なくとも1回連続して繰り返すステップを含む場合がある。
【0015】
本発明は、本発明の生物学的試料から神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を製造する方法によって得られる、生物学的試料由来の前記神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体を提供する。
【0016】
本発明は、生物学的試料の細胞毒性の検査方法を提供する。本発明の生物学的試料の細胞毒性の検査方法は、本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体か、前記神経変性疾患の患者脳に由来する不溶性画分かを、前記神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞に導入するステップと、前記培養細胞の細胞死の程度を定量化するステップとを含む。
【0017】
本発明は、神経変性疾患の治療薬候補のスクリーニング方法を提供する。本発明の神経変性疾患の治療薬候補のスクリーニング方法は、本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体か、前記神経変性疾患の患者脳に由来する不溶性画分かを、前記神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞に導入するステップと、前記培養細胞に神経変性疾患の治療薬の候補化合物を接触させるステップと、前記培養細胞の細胞死を抑制する効果を有する前記候補化合物を前記神経変性疾患の治療薬候補としてスクリーニングするステップとを含む。
【0018】
本明細書における神経変性疾患とは、患者脳の神経細胞内に特徴的な病理構造物、すなわち、種々のタンパク質からなる線維性の不溶性凝集体の出現を伴う疾患であり、アルツハイマー病(AD)、パーキンソン病(PD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD)、ピック病(Pick)等が知られている。前記不溶性凝集体は、細胞毒性の原因となり、最終的に神経細胞が死に至り発症につながると考えられている。
【0019】
本明細書における神経変性疾患関連タンパク質とは、神経変性疾患で出現する不溶性凝集体の主要構成成分となるタンパク質であって、アルツハイマー病では微小管結合タンパク質の1つであるタウが、パーキンソン病ではαシヌクレインが、そして、筋萎縮性側索硬化症及び前頭側頭葉変性症では43kDaのTAR DNA結合タンパク質(TDP−43)がそれぞれ同定されている。タウは分子量55〜62kDaのタンパク質であり、選択的スプライシングにより6種のアイソフォームが存在している。微小管結合部位を4つ有する4リピートタウと3つ有する3リピートタウとに分けられる。タウの蓄積を伴う神経変性疾患はタウオパチー(tauopathy)と総称されており、疾患により蓄積するタウのアイソフォームが異なることが知られている。ADにおける凝集体(PHF)には6種類全てのアイソフォームが蓄積しているが、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)などでは、4リピートタウが主に蓄積する凝集体が認められる。またピック病では、3リピートタウが主に蓄積する特徴的な凝集体が出現する。そのほか、βアミロイドタンパク質、ポリグルタミン、SOD1及びプリオンタンパク質も、本明細書における神経変性疾患関連タンパク質に含まれる。
【0020】
本発明において、「神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞」は、それぞれの疾患において不溶性凝集体を形成することができることを条件として、いずれの細胞タイプの細胞であってもかまわない。前記神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞は、神経細胞に類似した性質を有する細胞が好ましい。その由来は、当該疾患の患者に由来する細胞であってもかまわないし、疾患と無関係に得られた細胞であってもかまわない。前記神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞の由来は、神経細胞の細胞系譜に属する細胞や、神経細胞の細胞系譜由来の腫瘍細胞であってもかまわない。KELLY、SH−SY5Y、SK−N−AS、SK−N−F1、SK−N−DZ、BE(2)−C、BE(2)−M17、SK−N−BE(2)、及び、SK−N−SHを含むが、これらに限定されない、神経芽種細胞株が前記神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞として用いられる場合がある。前記神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞は、iPS細胞、ES細胞、間葉系幹細胞その他の多分化能を有する幹細胞から神経細胞に分化させられた細胞に由来してもかまわない。あるいは、神経細胞以外の細胞タイプの細胞から直接分化転換により神経細胞に分化させられた細胞に由来してもかまわない。
【0021】
本発明において、「神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される」とは、いずれかの神経変性疾患関連タンパク質を一過的又は恒久的に発現することをいい、不溶性画分を導入する際に多くの細胞で前記神経変性疾患関連タンパク質が発現されていることを条件として、いかなる手法で前記神経変性疾患関連タンパク質が発現されてもかまわない。エレクトロポレーション、リン酸カルシウム法、ウイルスベクター法等の手法を含むが、これらに限定されない。細胞に外来DNAを取り込ませる際に細胞を傷つけないリポフェクション法が好ましい。これらの手法に用いる試薬は当業者に知られたいかなる試薬を用いてもかまわない。本明細書の実施例で用いられたX−tremeGENE9の他、FuGENE6、リポフェクチン、リポフェクタミン、マルチフェクタム等の市販の試薬を用いる場合がある。
【0022】
本明細書における「不溶性画分」とは、界面活性剤を含む水溶液に溶解しない画分をいう。本明細書では、サルコシルでも溶解せず、遠心により沈殿として分離できる画分をいう。不溶性画分は、前記神経変性疾患の患者の脳組織か、前記培養細胞かに由来する場合がある。本発明の不溶性画分は、前記脳由来の不溶性画分の場合と、前記脳由来の不溶性画分を前記培養細胞に導入して数日間培養後に抽出される不溶性画分の場合と、該不溶性画分を前記培養細胞に導入して数日間培養後に抽出される不溶性画分の場合と、不溶性画分の導入及び抽出を1回又は2回以上繰り返して得られる不溶性画分の場合とがある。
【0023】
本発明において、神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞に不溶性画分を導入するステップは、いかなる手法を用いて実行されてもかまわない。細胞に前記不溶性画分を導入する際に細胞を傷つけないリポフェクション法が好ましい。これらの手法に用いる試薬は当業者に知られたいかなる試薬を用いてもかまわない。本明細書の実施例で用いられたマルチフェクタムの他、X−tremeGENE 9、FuGENE6、リポフェクチン、リポフェクタミン等の市販の試薬を用いる場合がある。本発明において、不溶性画分が由来した神経変性疾患と、細胞に発現されるタンパク質が関連する神経変性疾患とは、同一の場合のあれば、異なる場合もある。
【0024】
本発明において、神経変性疾患関連タンパク質が構成的に発現される培養細胞を得ること、及び、前記培養細胞に不溶性画分を導入することは、実施例と同様に作用効果を奏することを条件として、培養容器、培養細胞数、導入される不溶性画分の量等をスケールアップしてもかまわない。
【0025】
本発明の細胞毒性の検査方法において、細胞毒性とは、細胞膜が破れて細胞質が培地に放出されることを指し、色素排除能力の喪失や、通常は細胞質に局在するLDH(乳酸脱水素酵素)等の酵素活性の培地中での検出によって定量される場合がある。
【0026】
本発明のスクリーニング方法において、不溶性凝集体の形成を促進又は抑制する候補化合物は、微生物、菌類、植物及び動物から調製される化合物と、化学的に合成される化合物とを含むが、これらに限定されない。不溶性凝集体の形成を促進する化合物は、神経変性疾患を増大させるリスク管理と、疾患の病理的機序の解明とのために必要である。不溶性凝集体の形成を抑制する化合物は、神経変性疾患の予防、治療、改善、病状の進行抑制等のために有用な医薬の開発に利用することができる。
【0027】
本発明の神経変性疾患関連タンパク質、培養細胞、不溶性画分及び生物学的試料の動物種は、導入された不溶性画分を凝集の核(シード)として、培養細胞内で発現した神経変性疾患関連タンパク質から新たな不溶性凝集体が形成されることを条件として、どのような動物種の組み合わせであってもかまわない。ヒトの他、トランスジェニック動物の作出が可能なモデル動物、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ヤギ等の哺乳類と、ES細胞が利用可能なアカゲザル等の霊長類とを含むグループから選択される場合がある。患者の脳由来の不溶性画分を利用する場合には、ヒト神経変性疾患関連タンパク質を発現するヒト培養細胞を用いることがあるが、ヒト神経変性疾患関連タンパク質を発現する培養細胞であれば、ヒト以外の動物種由来の細胞であってもかまわない。例えば、タンパク質リン酸化酵素、タンパク質分解酵素等のノックアウト動物由来の培養細胞が用いられる場合がある。
【0028】
本発明において生物学的試料とは、ヒト神経変性疾患関連タンパク質の凝集体を形成するための核となる不溶性画分を含む可能性がある全ての生物学的試料をいい、髄液、血液、血漿、リンパ液、精液を含むが、これらに限定されない体液と、脳、脊髄、骨髄、胸腺を含むが、これらに限定されない臓器又は組織を含む。好ましい生物学的試料は、脳又は髄液である。
【0029】
本明細書において言及される全ての文献はその全体が引用により本明細書に取り込まれる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1-1】ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図。
図1-2】ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図。
図1-3】ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図。
図2-1】ALS患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のウェスタンブロット図。
図2-2】ALS患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のウェスタンブロット図。
図3-1】ALS患者由来の不溶性画分によって蓄積された不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真。
図3-2】ALS患者由来の不溶性画分によって蓄積された不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真。
図3-3】ALS患者由来の不溶性画分によって蓄積された不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真。
図3-4】ALS患者由来の不溶性画分によって蓄積された不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真。
図4-1】DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のウェスタンブロット図。
図4-2】DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のウェスタンブロット図。
図4-3】DLB患者由来の不溶性画分によって蓄積した不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真。
図5-1】PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のウェスタンブロット図。
図5-2】PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のウェスタンブロット図。
図5-3】CBD患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のウェスタンブロット図。
図5-4】ピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のウェスタンブロット図。
図6】さまざまな疾患の患者由来の不溶性画分が導入された培養細胞の細胞毒性試験の結果を示すグラフ。
図7-1】HAタグに対する抗体を用いて検出された、増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図。
図7-2】リン酸化TDPに対する抗体を用いて検出された、増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図。
図8】anti−409/410抗体を用いて検出された、ALS患者由来の不溶性画分の導入から1回目、2回目及び3回目の増幅後のTDP発現細胞の不溶性画分のウェスタンブロット図。
図9】anti−409/410抗体を用いて検出された、神経変性疾患の治療薬の候補化合物存在下で増幅された不溶性画分のウェスタンブロット図。
図10図9の各レーンの不溶性凝集体のデンシトメーターによる定量結果を対照溶媒のDMSO存在下での増幅結果を100%とする百分率で表した凝集体形成率の棒グラフ。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下に説明する本発明の実施例は例示のみを目的とし、本発明の技術的範囲を限定するものではない。本発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載によってのみ限定される。本発明の趣旨を逸脱しないことを条件として、本発明の変更、例えば、本発明の構成要件の追加、削除及び置換を行うことができる。
【実施例1】
【0032】
1.材料及び方法
1.1 検体の入手
本実施例の実験は公益財団法人東京都医学総合研究所(旧東京都精神医学総合研究所)の研究倫理委員会の承認(承認番号:17−36、承認日:2005年9月3日)を得て実施された。
【0033】
1.2 脳検体からの不溶性画分の調製
前記患者から採取された脳の凍結検体(0.5g)が5倍容量のA68緩衝液(10mM Tris(pH7.5)、0.8M NaCl、1mM EGTA、1mM DTT)中でホモジナイズされ、懸濁液が作製された。該懸濁液にN−ラウロイルサルコシンナトリウムが終濃度1%添加され、37°Cで30分間インキュベーションされた。前記懸濁液は遠心分離(12,000g、10分間、25°C)され、上清が回収された。前記上清はさらに遠心分離(100,000g、20分間、25°C)され、沈殿が得られた。前記沈殿はPBS中でBiomic 7040 Ultrasonic Processor装置(セイコー株式会社)を使用して超音波処理され、500μL程度の沈殿試料がエッペンドルフ型試験管に分注された。上清が遠心分離(100,000g、20分間、25°C)後に除去され、ALS患者由来の不溶性画分が調製された。
【0034】
1.3 細胞導入用試料の調製
PBS 150μLが前記不溶性画分に添加され、VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理が行われた。上清が遠心分離(2,300g、5分間、25°C)後に回収された。前記上清5μLずつが6ウェルプレートのウェル1個分の培養細胞に導入されるために1.5mLのエッペンドルフチューブに分注され、該チューブ1本につき、マルチフェクタム(プロメガ株式会社)62.5μLと、OptiMEM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)120μLとが添加され、室温で30分間インキュベーションされた。前記OptiMEM62.5μLがさらに添加され、室温で5分間インキュベーションされた。得られた細胞導入用試料の全量が、6ウェルプレートの単一ウェルに播種された培養細胞に導入された。
【0035】
1.4 細胞培養
培養細胞として、神経芽腫細胞株のSH−SY5Y細胞と、これに所望のタンパク質を一過的に発現させたトランスフェクタントとが用いられた。SH−SY5Y細胞は10%ウシ胎仔血清を含む細胞培養用培地(D−MEM/F−12、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)を用いて培養された。以下、特記されない場合には、SH−SY5Y細胞及びそのトランスフェクタントは37°C、5%CO及び飽和水蒸気雰囲気下で培養された。SH−SY5Y細胞は播種翌日にウェル中で30%ないし50%コンフルエントになるように市販の6ウェルプレートに播種された。
【0036】
1.5 トランスフェクタントの作製
(1)ヒトαシヌクレイン(以下、「αS」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「αS発現細胞」という。)と、(2)HAでタグ化したTAR DNA結合タンパク質(以下、「HA−TDP」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「HA−TDP発現細胞」という。)という2種類のトランスフェクタントが作製された。簡潔には、αS又はHA−TDPをエンコードするポリヌクレオチドがpcDNA3ベクターに挿入されたコンストラクトが用意された(Ueda. Kら、Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 90:11282(1993)、Ou. SHら、J Virol. 3584: 394(1995))。前記コンストラクト1μgと、X−tremeGENE 9 DNAトランスフェクション試薬(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)3μLと、前記OptiMEM 100μLとの混合液が、前記DNAトランスフェクション試薬の30ないし50%コンフルエントの前記SH−SY5Y細胞に添加され、終夜培養後、以下の不溶性画分の導入に供された。
【0037】
1.6 培養細胞への不溶性画分の導入
前記6ウェルプレートのウェル1個用の導入試料がウェル1個の前記細胞培養用培地に添加された後、前記培養細胞は6時間培養された。前記インキュベーション後、培地が新鮮な細胞培養用培地(2mL)に交換され、3日間培養された。その後、前記培養細胞は、ウェスタンブロット法又は免疫細胞化学法による解析に供された。直ちに使用されない場合には−20°Cで保存された。
【0038】
1.7 ウェスタンブロット法による解析
1.7.1 さまざまな細胞抽出画分の調製
培養細胞への不溶性画分の導入後、前記細胞培養用培地は除去され、PBS 1mLが添加された。前記培養細胞は剥離され、遠心分離(1,800g、5分間、4°C)された。上清の除去後、PBS 1mLが添加された。前記培養細胞は再度遠心分離(1,800g、5分間、4°C)され、洗浄された。
【0039】
1.7.2 トリス緩衝液可溶性画分の調製
前記培養細胞は細胞破砕溶液(50mM Tris−HCl(pH 7.5)、0.15M NaCl、5mM EDTA、5mM EGTA、及び、プロテアーゼインヒビターカクテルセットIII(カタログ番号539134、メルク株式会社))100μLに懸濁され、37°Cで30分間インキュベーションされた。VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理した後、上清と沈殿とが超遠心分離(290,000g、20分間、4°C)によって分離され、前記上清がトリス緩衝液可溶性画分(以下、「TS画分」という。)として用いられた。
【0040】
1.7.3 Triton X−100含有トリス緩衝液可溶性画分の調製
前記TS画分の調製で得られた沈殿は1%Triton X−100を含む前記細胞破砕溶液 100μLに懸濁され、37°Cで30分間インキュベーションされた。VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理した後、上清と沈殿とが超遠心分離(290,000g、20分間、4°C)によって分離され、前記上清はTriton X−100含有トリス緩衝液可溶性画分(以下、「TX画分」という。)として用いられた。
【0041】
1.7.4 N−ラウロイルサルコシンナトリウム含有トリス緩衝液可溶性画分及び不溶性画分の調製
前記TX画分の調製で得られた沈殿は1%N−ラウロイルサルコシンナトリウムを含む前記細胞破砕溶液に懸濁され、37°Cで30分間インキュベーションされた。VP−5S装置(タイテック株式会社)を使用して超音波処理した後、上清と沈殿とが超遠心分離(290,000g、20分間、4°C)によって分離され、前記上清はN−ラウロイルサルコシンナトリウム含有トリス緩衝液可溶性画分(以下、「Sar画分」という。)として用いられた。また、前記沈殿は不溶性画分(以下、「ppt画分」という。)として用いられた。
【0042】
1.7.5 ウェスタンブロッティング法による解析
TS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分は、当業者に周知な標準的な方法でウェスタンブロット法による解析に供された。簡潔には、前記画分のそれぞれが13.5%SDS−ポリアクリルアミドゲルの電気泳動により分離された。分離されたタンパク質はPVDF膜に転写され、以下の1次抗体及び2次抗体と反応され、ECL Plusウェスタンブロッティング検出システム(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)と、ImageQuant(商標)LAS 4000 mini(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)とを用いて検出された。
【0043】
用いられた1次抗体と、その希釈倍率とは以下のとおりである。
(1)TDP単量体を認識する抗TDP抗体(カタログ番号60019?2?Ig、ProteinTech、株式会社トランスジェニック、以下、「抗TDP単量体抗体」という。)、1:1000希釈
(2)HAタグを認識する抗HA抗体(カタログ番号H9658、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社)(以下、「anti−HA」という。)、1:2000希釈
(3)409番目/410番目のリン酸化セリンを認識する抗TDP抗体(TDP43−pS409/410、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、受領番号:FERM ABP−10984、WO2009/008529)(以下、「anti−409/410」という。)、1:1,000希釈
(4)αシヌクレイン及びβシヌクレインを認識する抗体(抗Syn102抗体、Nonaka Tら、Biochemistry, 44: 361(2005))(以下、「anti−Syn102抗体」という。)、1:2,000希釈
(5)129番目のリン酸化セリンを認識する抗αシヌクレイン抗体(Fujiwara Hら,Nat. Cell Biol. 4: 160(2002))(以下、「anti−PSer129抗体」という。)、1:2,000希釈
(6)シヌクレインの131番目−140番目のペプチドを抗原とする抗シヌクレイン抗体(Masuda Mら,FEBS Lett. 583: 787(2009))(以下、「131−140抗体」という。)、1:1,000希釈
【0044】
用いられた2次抗体と、その希釈倍率とは以下のとおりである。
(1)抗ウサギーHRP標識IgG(カタログ番号170?6515、バイオラッド株式会社)1:20,000希釈
(2)抗マウスーHRP標識IgG(カタログ番号170?6516、バイオラッド株式会社)1:20,000希釈
(3)ビオチン化抗ウサギーIgG(カタログ番号BA1000、フナコシ株式会社)1:500希釈
(4)ビオチン化抗マウスーIgG(カタログ番号BA2000、フナコシ株式会社)1:500希釈
【0045】
1.8 共焦点顕微鏡観察
免疫細胞化学染色は当業者に周知な標準的な方法で行われた。簡潔には、前記培養細胞は4%パラホルムアルデヒドで固定された。その後、透過処理が0.2%Triton X−100で行われ、ブロッキングが5%ウシ胎仔血清を含むPBS溶液で行われた。前記anti−HAと、前記anti−409/410抗体とが適切に希釈され、1次抗体として用いられた。Alexa Fluor 488 goat anti−rabbit IgG(カタログ番号A11008、インビトロジェン株式会社)と、Alexa Fluor 568 goat anti−mouse IgG(カタログ番号A11004、インビトロジェン株式会社)とが適切に希釈され、2次抗体として用いられた。細胞核はTO−PRO−3(Molecular Probes、ライフテクノロジーズジャパン株式会社)で染色された。前記培養細胞はProLong Gold antifade reagent(カタログ番号P36934、インビトロジェン株式会社)で封入され、共焦点顕微鏡(カールツァイスマイクロスコピー株式会社)で観察された。
【0046】
2.結果
2.1 ウェスタンブロット解析
図1−1、1−2及び1−3は、それぞれ、抗TDP単量体抗体、anti−HA及びanti−409/410抗体を用いて検出された、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞画分のウェスタンブロット図である。「HA−WT」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−TDP発現細胞であることを表す。「ALSppt」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−WT+ALSppt」はALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−WT」、「ALSppt」又は「HA−WT+ALSppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図1−1、1−2及び1−3から明かなとおり、抗TDP単量体抗体、anti−HA及びanti−409/410抗体は、HA−TDP発現細胞のppt画分と、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分とに対しては反応しなかった。しかし、前記抗TDP単量体抗体、anti−HA及びanti−409/410抗体は、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のppt画分に対して反応した。特に、前記anti−409/410抗体は、約50kDaのインタクトなTDPと、約25kDaのTDPのC末端断片とを検出した。この交叉反応性は、神経変性疾患患者、特にALS患者由来の試料のウェスタンブロット解析で検出される交叉反応性と非常に類似していた。
【0047】
図2−1及び2−2は、それぞれ、anti−Syn102抗体及びanti−PSer129抗体を用いて検出された、ALS患者由来の不溶性画分を導入したαS発現細胞のウェスタンブロット図である。「αS」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないαS発現細胞であることを表す。「ALSppt」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「αS+ALSppt」はALS患者脳由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「αS」、「ALSppt」又は「αS+ALSppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図1−1、1−2及び1−3から明かなとおり、anti−Syn102抗体及びanti−PSer129抗体は、αS発現細胞のppt画分と、ALS患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分と、ALS患者由来の不溶性画分を導入したαS発現細胞のppt画分とに対して反応しなかった。
【0048】
以上の結果から、ALS患者由来の不溶性画分は、HA−TDP発現細胞では不溶性凝集体の蓄積を顕著に促進する一方、αS発現細胞では不溶性凝集体の蓄積を促進しないことが示された。したがって、不溶性凝集体の蓄積には、凝集の核(シード)となる不溶性画分と、前記不溶性凝集体を形成するタンパク質単量体との特異的な組み合わせが必要であることが示された。
【0049】
2.2 共焦点顕微鏡観察
図3−1、3−2、3−3及び3−4は、ALS患者由来の不溶性画分によって蓄積した不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色された培養細胞の共焦点顕微鏡写真である。図の写真のそれぞれの左上に用いた1次抗体が示されている。「merge」は、残りの3枚の写真の画像を合成したことを意味する。図3−1、3−3及び3−4ではHA−TDP発現細胞が用いられ、図3−2ではSH−SY5Y細胞が用いられた。図3−1では不溶性画分は導入されなかったが、図3−2、3−3及び3−4ではALS患者由来の不溶性画分が導入された。図3−1から、ALS患者由来の不溶性画分が導入されなかったHA−TDP発現細胞ではリン酸化TDPは検出されなかった。図3−2から、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞ではリン酸化TDPはわずかに検出された。図3−3及び3−4から、ALS患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞では、リン酸化TDPとHA−TDPは局在パターンが重なった。図3−4ではリン酸化TDP及びHA−TDPを発現する細胞はダイヤ状のユニークな形態をとっていた。
【実施例2】
【0050】
1.材料及び方法
1.1 不溶性凝集体と、神経変性疾患関連タンパク質との組み合わせ
検体の入手、脳検体からの不溶性画分の調製、不溶性画分を含む導入試料の調製、細胞培養、トランスフェクタントの作製、培養細胞への不溶性画分の導入、ウェスタンブロット解析、及び、共焦点顕微鏡観察は実施例1と同様に行われた。脳検体は、レビー小体型認知症(dementia with lewy bodies:DLB)、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration:CBD)、ピック病(Pick disease)、及び、前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)の患者から入手され、不溶性画分が調製された。2種類のトランスフェクタント、(1)HAでタグ化され、3つの繰り返し配列を有する微小管結合タンパク質タウのアイソフォーム(以下、「HA−3R1N」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「HA−3R1N発現細胞」という。)と、(2)HAでタグ化され、4つの繰り返し配列を有する微小管結合タンパク質タウのアイソフォームのアイソフォーム(以下、「HA−4R1N」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「HA−4R1N発現細胞」という。)という2種類のトランスフェクタントがさらに作製された。簡潔には、HA−3R1N又はHA−4R1NをエンコードするヌクレオチドをpcDNA3ベクターに挿入したコンストラクトが用意された。(Goedert Mら、Neuron 3: 519(1989)前記コンストラクト1μgと、X−tremeGENE 9 DNAトランスフェクション試薬(ロシュ・ダイアグノスティックス株式会社)3μLと、OptiMEM(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)100μLとの混合液が、前記DNAトランスフェクション試薬の30ないし50%コンフルエントの前記SH−SY5Y細胞に添加され、終夜培養後、以下の不溶性画分の導入に供された。ウェスタンブロット解析では、1次抗体として396番目のリン酸化セリンを認識する抗タウ抗体(カタログ番号577815、メルク株式会社)(以下、「anti−PS396抗体」という。)と、2次抗体として抗ウサギーHRP標識IgG(カタログ番号170?6515、バイオラッド株式会社)1:20,000希釈あるいはビオチン化抗ウサギーIgG(カタログ番号BA1000、フナコシ株式会社)1:500希釈とがさらに用いられた。
【0051】
1.2 細胞毒性試験
細胞毒性試験は、SH−SY5Y細胞と、ALS、FTLD又はピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞とについて、市販の細胞毒性試験キット(CytoTox 96(登録商標)Non−Radioactive Cytotoxicity Assay、G1780、プロメガ株式会社)を用いて製造者の指示書に従って行われた。細胞毒性率(%)が、細胞培養液中の乳酸脱水素酵素の測定値を細胞培養液中および生細胞中の乳酸脱水素酵素の測定値で除算した商の百分率として算出された。
【0052】
2.結果
図4−1及び4−2は、それぞれ、anti−Syn102抗体及びanti−PSer129抗体を用いて検出された、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のウェスタンブロット図である。「αS」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないαS発現細胞であることを表す。「DLBppt」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にDLB患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「αS+DLBppt」はDLB患者脳由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「αS」、「DLBppt」又は「αS+DLBppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図4−1及び4−2から明かなとおり、anti−Syn102抗体は、αS発現細胞のppt画分と、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分と、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のppt画分とに対して反応しなかった。anti−PSer129抗体は、αS発現細胞のppt画分と、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応しなかった一方、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞のppt画分に対して反応した。これらの結果から、αS発現細胞では、DLB患者由来の不溶性画分が導入されても、されなくても、ほとんどのαSは可溶性画分に存在し、不溶性凝集体は非常に微量であった。しかし、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞では、リン酸化αSのかなりの量が不溶性画分に移る。トランスフェクションが行われずにDLB患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞にはリン酸化αSがほぼまったく検出されなかったことから、DLB患者由来の不溶性画分が導入されたαS発現細胞では、DLB患者由来の不溶性画分がシードとなって新たに不溶性凝集体が形成されることが示唆された。
【0053】
図4−3は、DLB患者由来の不溶性画分によって蓄積した不溶性凝集体を検出するために免疫細胞化学染色した培養細胞の共焦点顕微鏡写真である。図の写真のそれぞれの左上に用いた1次抗体が示されている。「merge」は、残りの3枚の写真の画像を合成したことを意味する。DLB患者由来の不溶性画分を導入したαS発現細胞では、αSそのものは細胞質全体に局在して検出されたが、リン酸化αSは封入体に局在して検出された。
【0054】
図5−1は、anti−PS396抗体を用いて検出された、PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau3R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−3R1N発現細胞であることを表す。「PSP」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau3R1N+PSP」はPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau3R1N」、「PSP」又は「HA−tau3R1N+PSP」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図5−1から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−3R1N発現細胞のppt画分と、PSP患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分と、PSP患者由来の不溶性画分を導入したHA−3R1N発現細胞のppt画分とに対して反応しなかった。
【0055】
図5−2は、anti−PS396抗体を用いて検出された、PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau4R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−4R1N発現細胞であることを表す。「PSP」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau4R1N+PSP」はPSP患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau4R1N」、「PSP」又は「HA−tau4R1N+PSP」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図5−2から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−4R1N発現細胞のppt画分と、PSP患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応しなかった一方、PSP患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のppt画分に対して反応した。
【0056】
図5−3は、anti−PS396抗体を用いて検出された、CBD患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau4R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−4R1N発現細胞であることを表す。「CBD」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にCBD患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau4R1N+CBD」はCBD患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau4R1N」、「CBD」又は「HA−tau4R1N+CBD」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図5−3から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−4R1N発現細胞のppt画分と、CBD患者由来の不溶性画分が導入されたSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応を示さなかった一方、CBD患者由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞のppt画分に対して反応した。
【0057】
図5−4は、anti−PS396抗体を用いて検出された、ピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のウェスタンブロット図である。「HA−tau3R1N」は、患者脳由来の不溶性画分が導入されないHA−4R1N発現細胞であることを表す。「Pick」はトランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞にピック病患者脳由来の不溶性画分が導入されたことを表す。「HA−tau3R1N+Pick」はピック病患者脳由来の不溶性画分が導入されたHA−4R1N発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「HA−tau3R1N」、「Pick」又は「HA−tau3R1N+Pick」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図5−4から明かなとおり、anti−PS396抗体は、HA−3R1N発現細胞のppt画分と、ピック病患者由来の不溶性画分を導入したSH−SY5Y細胞のppt画分とに対して反応しなかった一方、ピック病患者由来の不溶性画分が導入されたHA−3R1N発現細胞のppt画分に対して反応した。
【0058】
図6は、異なる疾患の患者由来の不溶性画分が導入された培養細胞の細胞毒性試験の結果を示すグラフである。細胞毒性率(%)は、トランスフェクションが行われずにALS患者由来の不溶性画分が導入したSH−SY5Y細胞実験群では約5%であり、患者由来の不溶性画分が導入されなかったHA−TDP発現細胞実験群では約6%であり、HA−TDP発現細胞へのALS、FTLD及びピック病患者由来の不溶性画分の導入実験群では、それぞれ、約11%、約15%及び約4.5%であった。
【0059】
以上の結果から、さまざまな神経変性疾患の不溶性凝集体の蓄積には、凝集の核(シード)となる不溶性凝集体と、該神経変性疾患の関連タンパク質との特異的な組み合わせが必要であることが示された。また、細胞死が不溶性凝集体の蓄積にともなって増大することが示された。さらに、さまざまな神経変性疾患患者から調製した不溶性画分と、該神経変性疾患の関連タンパク質とを利用して、不溶性凝集体の蓄積モデル細胞培養系を構築することができることが示唆された。
【実施例3】
【0060】
1.材料及び方法
検体の入手、脳検体からの不溶性画分の調製、不溶性画分を含む導入試料の調製、細胞培養、トランスフェクタントの作製、培養細胞への不溶性画分の導入、及び、ウェスタンブロット解析は実施例1と同様に行われた。HA−TDP発現細胞へのALS患者由来の不溶性画分の導入後、前記HA−TDP発現細胞から調製されたppt画分(以下、「増幅用不溶性画分」という。)は新たなHA−TDP発現細胞に導入された。
【0061】
2.結果
図7−1は、anti−HA抗体を用いて検出された、増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図である。図7−2は、anti−409/410抗体を用いて検出された、増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞のウェスタンブロット図である。「none」は、トランスフェクションを行われなかったSH−SY5Y細胞に患者脳由来の不溶性画分が導入されない条件であることを表す。「HA−WT」はHA−TDP発現細胞に患者脳由来の不溶性画分が導入されない条件であることを表す。「HA−WT+Cell ppt」は増幅用不溶性画分が導入されたHA−TDP発現細胞であることを表す。「TS」、「TX」、「Sar」及び「ppt」は、それぞれのレーンには、「none」、「HA−WT」又は「HA−WT+Cell ppt」の条件で処理された細胞のTS画分、TX画分、Sar画分及びppt画分が適用されたことを示す。図7−1及び7−2から明かなとおり、anti−HAは、増幅用不溶性画分を導入したHA−TDP発現細胞のppt画分に対して強く反応した。また、anti−409/410抗体は、約50kDaのインタクトなTDPと、約25kDaのTDPのC末端断片とに対して反応した。以上の結果から、神経変性疾患患者由来の不溶性画分と同様に、培養細胞由来の不溶性画分も不溶性凝集体を形成できることが示された。つまり、神経変性疾患関連タンパク質の単量体を強制発現させた培養細胞に、当該神経変性疾患患者の脳由来の不溶性画分を導入させると、該不溶性画分がシードとなって新たに不溶性凝集体が形成される。換言すると、前記培養細胞内で不溶性凝集体が増幅される。そして、培養細胞内で形成された不溶性凝集体は、それ自身がシードとして新たな培養細胞に導入されると不溶性凝集体を形成することができる。すると、不溶性凝集体の形成を繰りかえすことにより、神経変性疾患患者の脳由来の不溶性画分を大量に増幅することができる。
【0062】
図1−3及び図7−2のブロット図のバンドの濃度をデンシトメーターで定量化し、その測定値をもとに、本実施例における不溶性凝集体の増幅倍率を推定した。図1−3の「HA−WT+ALS ppt」のpptレーン(ALS患者脳由来のサルコシル不溶性画分をHA−WT発現細胞に導入後3日間培養した細胞の破砕液から得られたサルコシル不溶性画分が適用されたレーン)の20ないし55kDaの範囲のバンドをデンシトメーターで測定したところ、その読み取り値は187,419,461であった。このppt画分は、100μLのPBSに懸濁されたもので、図1−3のウェスタンブロット法による解析には15μLが前記レーンに適用され、5μLが新たなHA−WT発現細胞への導入に用いられた。したがって、増幅前の不溶性凝集体の量はデンシトメーターの読み取り値の単位で、62,473,153.65となる。図7−2の「HA−WT+Cell ppt」のsar及びpptレーン(本実施例で増幅されたサルコシル可溶性及び不溶性画分が適用されたレーン)の20ないし150kDaの範囲のバンドをデンシトメーターで測定したところ、その読み取り値は278,226,669であった。このsar及びppt画分は、ともに100μLのPBSに懸濁されたもので、図7−2のウェスタンブロット法による解析には10μLが前記レーンに適用された。したがって、増幅後の不溶性凝集体の量はデンシトメーターの読み取り値の単位で、2,782,266,690となる。すると、2,782,266,690を62,473,153.65で除算した商の約44.5が本実施例における不溶性凝集体の増幅倍率の推定値である。この結果から、本発明の神経変性疾患関連タンパク質の不溶性凝集体の製造方法は少なくとも数十倍の増幅効率を有することが示された。
【実施例4】
【0063】
1.材料及び方法
検体の入手、脳検体からの不溶性画分の調製、不溶性画分を含む導入試料の調製、細胞培養、トランスフェクタントの作製、培養細胞への不溶性画分の導入、及び、ウェスタンブロット解析は実施例3と同様に行われた。本実施例では、HAタグ化されないインタクトのTAR DNA結合タンパク質(以下、「TDP」という。)を発現するSH−SY5Y細胞(以下、「TDP発現細胞」という。)も用いられた。TDP発現細胞へのALS患者由来の不溶性画分の導入から3日後、前記TDP発現細胞のppt画分(以下、「1回目の増幅後の不溶性画分」という。)が回収され、ウェスタンブロット解析に供されるとともに、第1のHA−TDP発現細胞に導入された。前記1回目の増幅後の不溶性画分の導入から3日後、第1のHA−TDP発現細胞のppt画分(以下、「2回目の増幅後の不溶性画分」という。)が回収され、ウェスタンブロット解析に供されるとともに、第2のHA−TDP発現細胞に導入された。前記2回目の増幅後の不溶性画分の導入から3日後、第2のHA−TDP発現細胞のppt画分(以下、「3回目の増幅後の不溶性画分」という。)が回収され、ウェスタンブロット解析に供された。
【0064】
2.結果
図8は、anti−409/410抗体で検出された、1回目、2回目及び3回目の増幅後の不溶性画分のウェスタンブロット図である。それぞれのウェスタンブロット図のレーン1は、トランスフェクションされないSH−SY5Y細胞のppt画分であった。それぞれのウェスタンブロット図のレーン2は、不溶性画分が導入されなかったHA−TDP発現細胞(1回目)又はTDP発現細胞(2回目及び3回目)であった。それぞれのウェスタンブロット図のレーン3は、1回目、2回目又は3回目の増幅後の不溶性画分であった。1回目、2回目及び3回目の増幅後の不溶性画分のウェスタンブロット図のレーン3のバンドを比較すると、1回目の増幅後の不溶性画分は患者脳の不溶性画分をシードとしてタグ化されないTDPが不溶化したため、タグ化されたTDPが不溶化された2回目及び3回目の増幅後の不溶性画分に比べて分子量が小さい。実施例3と同様にデンシトメーターで1回目の増幅後の不溶性凝集体と、3回目の増幅後の不溶性凝集体とを定量したところ、それぞれデンシトメーターの読み取り値の単位で、1,534,573.82と、52,345,813.5とであった。したがって、本実施例の2段階の増幅での増幅倍率は、後者を前者で割った商の34.1倍である。
【実施例5】
【0065】
1.材料及び方法
検体の入手、脳検体からの不溶性画分の調製、不溶性画分を含む導入試料の調製、細胞培養、トランスフェクタントの作製、培養細胞への不溶性画分の導入、及び、ウェスタンブロット解析は実施例3と同様に行われた。本実施例では、患者脳由来の不溶性画分のHA−TDP発現細胞への導入から6時間後に、神経変性疾患の治療薬の候補化合物がそれぞれ終濃度20μMとなるように添加された。前記候補化合物として、エキシフォン(exifone、東京化成工業株式会社、H1065)、ゴッシペチン(gossypetin、ChromaDex Inc.(カリフォルニア州アーバイン)、ASB−00007390−010、和光純薬工業株式会社)、ミリセチン(myricetin、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社、M6760−10MG)及び没食子酸エピカテキン((?)−Epicatechin gallate、シグマ アルドリッチ ジャパン株式会社、E3893−10MG)と、対照実験として溶媒のDMSOとが用いられた。前記候補化合物は100%DMSOを溶媒として20mM溶液として調製され、HA−TDP発現細胞の培養液中に1000倍希釈で添加された。したがって、対照実験のDMSOも終濃度が0.1%となるように添加された。患者脳由来の不溶性画分の導入から3日後にHA−TDP発現細胞のppt画分が回収され、ウェスタンブロット解析に供され、不溶性凝集体の量がデンシトメーターを用いて定量された。
【0066】
2.結果
図9はanti−409/410抗体で検出された、神経変性疾患の治療薬の候補化合物存在下で増幅された不溶性画分のウェスタンブロット図である。矢印は、不溶性凝集体を構成するタグ化TDPのバンドを表す。レーンはそれぞれ、HA−WT(HA−TDP発現細胞に患者脳由来の不溶性画分が導入されない条件)、DMSO(神経変性疾患の治療薬の候補化合物の対照溶媒)、エキシフォン、ゴッシペチン、ミリセチン及び没食子酸エピカテキンを表す。図10は、図9の各レーンの不溶性凝集体のデンシトメーターによる定量結果を対照溶媒のDMSO存在下での結果を100%とする百分率で表した棒グラフである。図10から明かなとおり、神経変性疾患の治療薬の候補化合物のうち、エキシフォンはほとんど凝集体形成を阻害する効果を示さなかったが、没食子酸エピカテキン、ミリセチン及びゴッシペチンは凝集体形成を阻害する効果が認められた。最も有効なゴッシペチンでは、凝集体形成が40%近く阻害された。この結果から、本発明の不溶性凝集体の蓄積モデル細胞培養系は、神経変性疾患の治療薬の候補のスクリーニングに使用可能であることが示された。
【産業上の利用可能性】
【0067】
本明細書において説明したとおり、本発明の不溶性凝集体の製造方法によれば、均質な不溶性凝集体を大量に調製できる。したがって、本発明の不溶性凝集体の製造方法は、不溶性凝集体を含む生検試料を入手できない研究機関にも不溶性凝集体を提供することを可能とし、神経変性疾患研究を発展することが可能となる。また、本発明の不溶性凝集体の製造方法は、神経変性疾患の治療薬候補の簡便かつ安価なスクリーニング方法を提供することができる。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2-1】
図2-2】
図3-1】
図3-2】
図3-3】
図3-4】
図4-1】
図4-2】
図4-3】
図5-1】
図5-2】
図5-3】
図5-4】
図6
図7-1】
図7-2】
図8
図9
図10